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特開2016-136569レーザ加工システム、及びレーザ加工方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-136569(P2016-136569A)
(43)【公開日】2016年7月28日
(54)【発明の名称】レーザ加工システム、及びレーザ加工方法
(51)【国際特許分類】
   H01S 3/23 20060101AFI20160701BHJP
   H01S 3/00 20060101ALI20160701BHJP
   H01S 3/092 20060101ALI20160701BHJP
   H01S 3/095 20060101ALI20160701BHJP
【FI】
   H01S3/23
   H01S3/00 B
   H01S3/092
   H01S3/095
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-11055(P2015-11055)
(22)【出願日】2015年1月23日
(71)【出願人】
【識別番号】507351702
【氏名又は名称】武久 究
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(74)【代理人】
【識別番号】100129953
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 康弘
(72)【発明者】
【氏名】武久 究
【テーマコード(参考)】
5F172
【Fターム(参考)】
5F172AD04
5F172AD05
5F172AE03
5F172AE08
5F172AE12
5F172AF01
5F172AF02
5F172AF03
5F172AF05
5F172AL04
5F172DD06
5F172EE02
5F172EE26
5F172NR06
5F172ZA04
5F172ZZ01
(57)【要約】
【課題】途中の大気中に霧や雲が存在する場合でも、遠方の加工対象物を加工することができるレーザ加工システム、及びレーザ加工方法を提供すること。
【解決手段】本発明の一態様にかかるレーザ加工システムは、フラッシュランプ励起による波長1.06μm帯の固体レーザ、あるいはパルス動作させたヨウ素レーザ、あるいは酸素分子レーザである加工用レーザ100と、波長1.40μmより長い波長で動作する蒸発用レーザ200と、蒸発用レーザ200の発振直後に加工用レーザ100を発振させる制御装置3と、を備えたものである。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フラッシュランプ励起による波長1.06μm帯の固体レーザ、パルス動作させたヨウ素レーザ、又は酸素分子レーザである第一のパルスレーザ装置と、
波長1.40μmより長い波長で動作する第二のパルスレーザ装置と、
前記第二のパルスレーザ装置の発振直後に前記第一のパルスレーザ装置を発振させる制御装置と、を備えたレーザ加工システム。
【請求項2】
前記第一のパルスレーザ装置から取り出されたレーザ光と、前記第二のパルスレーザ装置から取り出されたレーザ光とを、同一の集光用ミラーを用いて、伝送させることを特徴とする請求項1に記載のレーザ加工システム。
【請求項3】
前記第二のパルスレーザ装置が、エリビウムYAGレーザであることを特徴とする請求項1、又は2に記載のレーザ加工システム。
【請求項4】
前記第二のパルスレーザ装置が、炭酸ガスレーザであることを特徴とする請求項1、又は2に記載のレーザ加工システム。
【請求項5】
前記第一のパルスレーザ装置としてパルス動作させたヨウ素レーザ、あるいは酸素分子レーザを用い、かつ前記ヨウ素レーザ、あるいは酸素分子レーザで用いられる励起酸素発生器に塩素ガスを供給するタイミングに基づき、前記第二のパルスレーザ装置のレーザ光を発振させることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のレーザ加工システム。
【請求項6】
第一のパルスレーザ装置と第二のパルスレーザ装置とを用いたレーザ加工方法であって、
前記第二のパルスレーザ装置によって、波長1.40μmより長い波長のパルスレーザ光を発振させるステップと、
フラッシュランプ励起による波長1.06μm帯の固体レーザ、パルス動作させたヨウ素レーザ、又は酸素分子レーザである第一のパルスレーザ装置を、前記第二のパルスレーザ装置の発振直後に発振させるステップと、を備えるレーザ加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レーザ加工システム、及びレーザ加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザ光は、ライトなどの自然光に比べると、ほとんど広がらずに長距離伝送できる特長を有する。このため、10km以上の遠方に配置された金属板などに対してレーザ光を集光させて穴加工を施すことも可能である。ただしこれを実現するには、大気伝送特性の良好な高出力レーザ、すなわち大気を構成する窒素分子、酸素分子、及び水蒸気に吸収されにくい波長で発振する高出力レーザを用いる必要がある。そのようなレーザとしては、特に近赤外域で動作する固体レーザ(例えば、Nd:YAGレーザやファイバレーザ等)、あるいはヨウ素レーザなどが好ましい。
【0003】
特にヨウ素レーザはCOIL(Chemical Oxygen Iodine Laser)と呼ばることがあり、波長1.315μmにおいて、大出力に連続(CW:Continuous Wave)動作できることが広く知られている。レーザ動作させるには、過酸化水素水(H2O2)と水酸化カリウム(KOH)または水酸化ナトリウム(NaOH)の混合溶液(以下、BHP溶液と呼ぶ。)と、塩素ガスとの化学反応によって一重項の励起状酸素分子(通常、O2(1Δg)と示される。)を生成させる。そして、O2(1Δg)のエネルギーをヨウ素原子(I)に移乗させる(すなわち基底状態のI(2P1/2)から励起状態のI(2P3/2)を生成する)ことでレーザ動作する。なお、ヨウ素レーザに関しては、下記、非特許文献1〜4において説明されている。
【0004】
前記大気伝送特性が良好なレーザを用いても、加工対象物が10km以上離れると、大気中に霧や雲が存在する場合、レーザ光を伝送できないことが問題である。つまり雲や霧は大気中の水分子がクラスタ状に集合して巨大化したものであり、これによってレーザ光が散乱されてしまうからである。なお、水分子がクラスタ化するには、核となる微粒子が存在し、これはエアロゾルと呼ばれる。ただし、水分子のクラスタも含めて、エアロゾルと呼ばれることもある。
【0005】
そこで、霧や雲を蒸発させることが可能なレーザを用いて、大気の伝送特性を改善する手法も研究されており、例えば、下記非特許文献6によると、エアロゾルへの吸収が良好なKrFエキシマレーザを用いると、これを蒸発できるとされており、レーザによってエアロゾルを蒸発させることは、LAV(Laser for Aerosol Vaporization)と呼ばれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Stephen C. Hurlick, et al., “COIL technology development at Boeing,” Proceedings of SPIE Vol. 4631, 101-115 (2002).
【非特許文献2】Masamori Endo, “History of COIL development in Japan: 1982-2002,” Proceedings of SPIE Vol. 4631, 116-127 (2002).
【非特許文献3】Edward A. Duff and Keith A. Truesdell, “Chemical oxygen iodine laser (COIL) technology and development,” Proceedings of SPIE Vol. 5414, 52-68 (2004).
【非特許文献4】Jarmila Kodymova, “COIL--Chemical Oxygen Iodine Laser: advances in development and applications,” Proceedings of SPIE Vol. 5958, 595818 (2005).
【非特許文献5】Kevin B. Hewett, “Singlet oxygen generators - the heart of chemical oxygen iodine lasers: past, present and future,” Proceedings of SPIE Vol. 7131 (2009).
【非特許文献6】Atmospheric thermal blooming and beam clearing by aerosol vaporization_SPIE Vol. 1221_p.91 (1990)
【非特許文献7】M. Endo, K. Shiroki, and T. Uchiyama, “Chemically pumped atomic iodine pulse laser,” Appl. Phys. Lett. Vol. 59, 891-892 (1991).
【非特許文献8】Kenji Suzuki, Kozo Minoshima, Daichi Sugimoto, Kazuyoku Tei, Masamori Endo, Taro Uchiyama, Kenzo Nanri, Shuzaburo Takeda, and Tomoo Fujioka, “High pressure pulsed COIL assisted with an instantaneous production of atomic iodine,” Proc. SPIE 4184, 124-127 (2001).
【非特許文献9】Masamori Endo, Kozo Minoshima, Koichi Murata, Oleg Vyskubenko, Kenzo Nanri, Shuzaburo Takeda, and Tomoo Fujioka, “High pressure pulsed COIL assisted with an instantaneous production of atomic iodine II,” Proc. SPIE 5120, 397-404 (2003).
【非特許文献10】K. Takehisa “New concepts of realizing a chemical oxygen laser,” Proc. SPIE 9251 (2014).
【非特許文献11】Janez Diaci and Boris Gaspirc, “Comparison of Er:YAG and Er,Cr:YSGG lasers used in dentistry,” Journal of the Laser and Health Academy, Vol. 2012, No.1.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
大気中に雲や霧が発生した場合、水への吸収特性の良いレーザ光(以下、蒸発用レーザと呼ぶ。)を伝送させて、大気中の霧や雲を蒸発させたとしても、大気は常に揺らいでいる。特に風の強い日は、毎秒数十メートルの速度で雲や霧が移動する。このことから、レーザ加工を行う間、常に蒸発用レーザを照射し続ける必要がある。従って、蒸発用レーザに極めて大出力の連続波(CW:Continuous Wave)レーザ、あるいは高繰り返し動作のレーザが必要になってしまうことが問題であった。
【0008】
雲は巻雲など軽いもので1立方メートル当たり0.05グラム、雨雲など重いものでグラムぐらいの重さがあると言われている。例えば、1立方メートル当たり1グラムの雲が存在する場合、雲を通過する際のレーザのビーム径を平均50cmとすると、雲の厚みがトータル100mである場合、約20グラムの水がレーザ光路内に含まれることになる。なお、ビーム径を50cmと太く仮定する理由としては、何キロもの遠方で集光できるように、最初にビーム径を1m前後に太くしてから伝搬させる必要があるためである。
【0009】
一方、室温(25℃)の水1グラム蒸発させる熱量は約2560Jであることから、約20グラムの水を全て蒸発させるために必要なレーザ出力は約51kJとなる。これは、水を25℃から100℃まで温度上昇させる熱量と、蒸発熱(2250J/g)とを加えた値である。しかし、これは一瞬の場合であり、雲が毎秒10メートルで移動するならば、ビーム径の50cmを横切るのに0.05秒掛かることになる。すなわち、ビーム光路内に入る雲を1秒間除去しようとすれば、このエネルギーの20倍ものエネルギーが必要になる。CWレーザあるいは高繰返しレーザを用いるならば、平均約1MWもの大出力のレーザ装置が必要になってしまう。しかしながら実際にこのような大出力レーザは、開発するだけでも極めて困難であるため、蒸発用レーザとして用いるのは非現実である。以上より、従来、霧や雲が発生する場合は、レーザ加工を行うことはほぼ不可能であった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記目的を達成するために、本発明のレーザ加工システムでは、加工用レーザに、フラッシュランプ励起で動作する1μm帯の固体レーザ(例えばNd:YAGレーザやNdガラスレーザ)、あるいはパルス型ヨウ素レーザ、あるいは酸素分子レーザを用いている。また、蒸発用レーザには、波長1.4μm以上でレーザ動作するパルスレーザを用いている。蒸発用レーザとしては、例えば、波長2.0μm付近で発振するツリウムYAGレーザ(Tm:YAGレーザ)、ツリウムYLFレーザ(Tm:YLFレーザ)、あるいはホルミウムYLFレーザ(Ho:YLFレーザ)、あるいは波長2.94μmで発振するエルビウムYAGレーザ(Er:YAGレーザ)、あるいは波長9.4〜10.6μmでパルス動作できる炭酸ガスレーザ(CO2レーザ)などが適している。
【0011】
また加工用レーザと蒸発用レーザのそれぞれの発振タイミングに関しては、蒸発用レーザをレーザ発振させた瞬間から、1ms以内に加工用レーザを発振させたものである。これによると、蒸発用レーザの伝送によって大気中に、加工用レーザに対する高透過率領域が形成され、その領域が風で流される前に、加工用レーザのレーザ光を伝送させることができる。
【0012】
加工用レーザの発振タイミングが蒸発用レーザの発振のタイミングから1ms後の場合、レーザ光の伝送方向に直角な方向に秒速10mの風が吹くと仮定すると、高透過率領域は10mm移動することになる。したがって、そのような強風下では、蒸発用レーザのビーム半径を、加工用レーザのビーム半径より10mm以上大きくしてから伝送させれば良い。
【0013】
前記に示したフラッシュランプ励起Nd:YAGレーザ、パルス型ヨウ素レーザ、あるいは酸素分子レーザでは、大出力のジャイアントパルスレーザ光を発生できるため、金属板などに1パルスで穴を空けることができる。これによると、蒸発用レーザもパルス型のレーザを用いて、1パルス発振させるだけで、加工用レーザ光が伝送する伝送路内を高透過率領域にできる。つまり、蒸発用レーザに要求されるレーザ出力を小さくすることができる。なお、パルス型ヨウ素レーザに関しては、前記、非特許文献7、8、9において示されており、酸素分子レーザに関しては、前記、非特許文献10において示されている。
【0014】
また、加工用レーザがパルス型ヨウ素レーザ、あるいは酸素分子レーザの場合、蒸発用レーザが加工用レーザの発振直前に自動的に発振するようにするには、これらのレーザに用いられる励起酸素発生器に塩素を供給する塩素タンクのバルブを開くための信号を用いて、蒸発用レーザで用いられるフラッシュランプを発光させたものである。これによると、蒸発用レーザが発振した直後に加工用レーザを1ms以下の遅れで発振させることができる。したがって、強風の場合でも、レーザ伝送路内がクリアーになった状態で、加工用のレーザ光を伝送できる。
【発明の効果】
【0015】
本発明の目的は、途中の大気中に霧や雲が存在する場合でも、遠方の対象物を加工することができるレーザ加工システム、及びレーザ加工方法を提供することである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の実施形態に係るパルス型ヨウ素レーザ発振器100の構成を示す断面図である。
図2】加工用レーザであるパルス型ヨウ素レーザ発振器を横から見た断面図である。
図3】パルス型ヨウ素レーザ発振器における光軸に垂直な断面図である。
図4】本発明の蒸発用レーザ200の構成図である。
図5】水の吸収係数の波長依存性を示すグラフである。
図6】本発明の実施形態におけるパルス型ヨウ素レーザ発振器と蒸発用レーザの動作タイミングの説明図である。
図7】本実施形態にかかる加工用レーザと蒸発用レーザのビーム半径を示す説明図である。
図8】本実施形態にかかる加工用レーザと蒸発用レーザのビーム半径の差を示す説明図である。
図9】加工用レーザと波長0.248μmの蒸発用レーザのビーム半径を示す説明図である。
図10】加工用レーザと波長0.248μmの蒸発用レーザのビーム半径の差を示す説明図である。
図11】加工用レーザと波長10.6μmの蒸発用レーザのビーム半径を示す説明図である。
図12】加工用レーザと波長10.6μmの蒸発用レーザのビーム半径の差を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
実施の形態1.
以下、本発明の実施の形態1を図1に基づいて説明する。図1は本発明の長距離レーザ加工システム1の全体構成を示す断面図である。長距離レーザ加工システム1では、加工用レーザ100に第一のパルスレーザ装置であるパルス型ヨウ素レーザ発振器が用いられており、第二のパルスレーザ装置である水蒸気の蒸発用レーザ200にフラッシュランプ励起エルビウムYAGレーザ発振器が用いられている。エルビウムYAGレーザは波長2.94μmで発振する固体レーザであり、図5に示したように、水に対する吸収率が極めて高いことで広く知られている。なお、エルビウムYAGレーザに関しては、非特許文献11に示されている。
【0018】
長距離レーザ加工システム1の構成要素である蒸発用レーザ200から、パルス状のレーザ光L2が取り出され、ミラー4で反射する、ミラーで反射したレーザ光L2は、ダイクロイックミラー5に入射して、ダイクロイックミラー5を透過する。一方、蒸発用レーザ200の発振直後に加工用レーザ100であるパルス型ヨウ素レーザ発振器が発振し、波長1.315μmでパルス状のレーザ光L1が取り出される。レーザ光L1はダイクロイックミラー5に入射し、ダイクロイックミラー5で反射する。ダイクロイックミラー5からのレーザ光L3では、波長1.315μmのレーザ光L1と波長2.94μmのレーザ光L2が空間的に重ね合わさられている。ただし時間的には、波長2.94μmのレーザ光L2が先に進むことになる。
【0019】
レーザ光L3は可変型ミラー6で反射して、直径約1mの大型集光ミラー8の中心部に設けられた穴を通過する。大型集光ミラー8の穴を通過したレーザ光L3は、凸面鏡7に当たって反射し、大型集光ミラー8に入射する。レーザ光L3は大型集光ミラー8の反射面(図で右側の凹面)のほぼ全面に当たって反射して進み、約10キロ離れた位置に置かれている加工対象物10であるアルミ板に集光される。なお、伝送距離が長いため、レーザ光は波線で分割されて描かれている。なお、可変型ミラー6では、レーザ光を伝搬させた際に影響される大気の揺らぎの影響を補正するための波面補正を行っている。
【0020】
図1ではレーザ光の包絡線が描かれているが、波長1.315μmのレーザ光L4,L6の包絡線は実線で示されており、波長2.94μmのレーザ光L5、L7は点線で示されている。どちらもシングル横モードのレーザ光であるが、波長が長い方がビーム広がり角は大きい。このため、波長2.94μmのレーザ光は、レーザ光L5、及びレーザ光L7のように太くなっている。
【0021】
加工対象物10における集光幅に関しては、加工用レーザ100から取り出された波長1.315μmのレーザ光L6は約1.7mmになる。一方、蒸発用レーザ200から取り出された波長2.94μmのレーザ光L7は約4mmになっている。したがって、加工用レーザ光が通過する伝送路は、蒸発用レーザ光が通過した伝送路内に含まれることになる。このため、加工用レーザ光は散乱を受けずに加工対象物10まで伝送できる。これが本発明の効果の一つであり、加工用レーザ100の波長より長い波長のレーザを蒸発用レーザ200に用いたものである。
【0022】
つまり、もしも蒸発用レーザ200にエキシマレーザを用いるならば、加工用レーザ100より波長が短くなる。このため、同一の集光ミラーを用いて集光させるならば、加工対象物10の近くでは、エキシマレーザの伝送路が細くなってしまい、加工用レーザ光L6が、蒸発用レーザ光L7からはみ出してしまうことになる(つまり図1に描かれた状態とは反対になってしまう)。これに関しては、図9、及び図10を用いて後述する。
【0023】
一方、加工用レーザ100であるパルス型ヨウ素レーザ発振器では、蒸発用レーザ200であるエルビウムYAGレーザ発振器で発振した直後の約1ms後に発振するように、制御装置3によって発振タイミングが制御されている。具体的には、制御装置3は信号S1を加工用レーザ100に出力し、信号S2を蒸発用レーザ200に出力する。信号S1は、加工用レーザ100の発振タイミングを制御し、信号S2は蒸発用レーザ200の発振タイミングを制御する。これにより、蒸発用レーザ200の発振直後に、加工用レーザ100が発振する。
【0024】
したがって、加工用レーザ光の伝送中に、毎秒10メートルの強風が吹いたとしても、霧や雲の移動距離は10mm程度である。このため、加工用のレーザ光L4、L6の光路において、蒸発用レーザ200によって形成された高透過率領域からはみ出す部分の割合は無視できる程小さい。
【0025】
ここで、加工用レーザ100であるパルス型ヨウ素レーザ発振器の構造に関して図2及び図3を用いて説明する。図2は加工用レーザ100を横から見た断面図であり、図3は加工用レーザ100の光軸に対して垂直に切った断面内の構造を示している。
【0026】
図2に示されているように、加工用レーザ100では、真空対応の気密性を有するハウジング101の中にレーザ共振器が配置されている。レーザ共振器は、全反射鏡102と出力鏡103とで構成されており、レーザ共振器の下に励起酸素発生器104が配置されている。励起酸素発生器104ではBHP溶液105が溜められている。BHP溶液105の上側に多数の円板106が並べられている。これら多数の円板106の共通の中心軸107は、矢印107Aのように回転するようになっている。すなわち回転円板方式の励起酸素発生器が用いられている。これに関しては、例えば、前記非特許文献5において説明されている。
【0027】
加工用レーザ100においてレーザ動作させるには、予めハウジング101内を真空排気しておく。それには排気管108内に設けられた開閉バルブ109を開き、図示されていない真空ポンプから矢印108Aのように真空排気しておく。次に励起酸素発生器104における円板106の表面に付着したBHP溶液105に対して、瞬時に大量に注入された塩素ガスを接触させることで、励起酸素分子が発生する。これに関しては、図3を用いて後述する。
【0028】
励起酸素分子が発生したら、ヨウ素注入管110から、矢印110Aのようにヨウ素分子が注入される。なお、ヨウ素分子は常温で固体であるため、加熱によって蒸発した気体状のヨウ素分子を、アルゴンあるいはヘリウムと一緒に流し込めば良い。なおヨウ素注入管110における励起酸素発生器104の直上には、ヨウ素分子を取り出すために表面に多数の穴が設けられている。ヨウ素分子は励起酸素分子と反応し、励起状態のヨウ素原子が発生し、これがレーザ発振して、レーザ光L1となって出力鏡103から取り出される。なお、ヨウ素注入管110自体を加熱してもよい。
【0029】
加工用レーザ100であるパルス型ヨウ素レーザ発振器の詳細構造を、その光軸113に対して垂直な断面構造が示された図3を用いて説明する。パルス型ヨウ素レーザ発振器は、大別すると、レーザ共振器112と励起酸素発生器104とで構成されている。円板106の表面から発生した励起酸素分子は矢印111のように、上部に配置されたレーザ共振器112内に進む。その際にヨウ素注入管110の表面の穴から飛び出したヨウ素分子と反応する。なお、円板106の下部はBHP溶液105に浸されているが、円板106は回転軸107の周りに回転している。このため、BHP溶液105の液面より上の部分の表面にもBHP溶液は付着する。
【0030】
なお、励起酸素分子を発生させるために必要な塩素ガスは、塩素ガス容器115から供給されるが、一旦、内容積の大きな塩素ガスタンク116中に蓄えられる。その理由としては、一度に大量の塩素ガスを励起酸素発生器104に供給する必要があるからである。塩素ガスを供給する際は、バルブ117を開き、塩素ガス注入管118から励起酸素発生器104内に塩素ガスを供給する。供給された塩素ガスは、BHP溶液が付着している円板106の上部に直ぐに当たるようになっており、瞬時に大量の励起酸素分子が発生して、ヨウ素レーザ発振器はパルス動作する。したがってパルス動作させる際は、信号S1が届く瞬間にバルブ117が開くようになる。
【0031】
以上に説明したように本実施形態では、加工用レーザ100にパルス型のヨウ素レーザを用いているが、その代わりにフラッシュランプ励起Nd:YAGレーザを用いても良い。ただし、本実施例でヨウ素レーザを用いた理由としては、ヨウ素レーザは気体レーザであるため、ビーム品質を高くすることが容易であり、回折限界に近いシングル横モードのレーザ光を発生できるからである。つまり、図2に示したように、共振器内のモードボリュームの形状として、光軸方向に長くなる細長い形状にすることが容易であることから、シングル横モードで発振しやすくなるからである。
【0032】
次に図1で示された蒸発用レーザ200の詳細構造を、図4を用いて説明する。図4は蒸発用レーザ200としてのフラッシュランプ励起エルビウムYAGレーザ発振器における光軸に沿った断面図である。
【0033】
レーザ媒質であるエルビウムYAG結晶201は、スラブ形状をしており、全反射鏡202と出力鏡203とで構成されたレーザ共振器間に配置している。またエルビウムYAG結晶201の上面近傍にはフラッシュランプ204A、下面近傍にはフラッシュランプ204Bが配置されている。これらフラッシュランプ204A、フラッシュランプ204Bは、それぞれ配線205A1、205A2、及び205B1、205B2のように電気回路206に繋がれている。
【0034】
蒸発用レーザ200を発振させるための信号S2が電気回路206に届くと、フラッシュランプ204A、フラッシュランプ204Bが発光して、エルビウムYAG結晶201が励起し、レーザ発振して、レーザ光L2が出力鏡203から取り出される。
【0035】
ここで、加工用レーザ100の発振タイミングと、蒸発用レーザの発振タイミングに関して、図6を用いて説明する。図6は横軸に時間をとったタイミングを説明するためのグラフであり、縦軸は定量的な値を示している訳ではない。ここでは、信号S1のタイミングを横軸0msとしている。
【0036】
加工用レーザ100であるパルス型ヨウ素レーザ発振器に対して、信号S1により塩素ガスが励起酸素発生器104に供給され始めると、グラフに示されたように、レーザ共振器112内に供給される酸素分子の圧力が線形に増加していく。ただしヨウ素レーザが発振するには、酸素分圧が一定値以上になってからであり、ここでは塩素ガスの供給開始から約4ms後に発振が開始され、レーザ光L1が取り出される。
【0037】
一方、信号S1より約3ms遅れたタイミングで信号S2が発生し、蒸発用レーザ200に用いられているフラッシュランプ204Aと204Bとが発光する。その結果、フラッシュランプ204A、204Bの発光から約1ms後にレーザ発振して、レーザ光L2が取り出される。したがって、レーザ光L2は、レーザ光L1が発振し始めるより約1ms早めに取り出されることになる。もちろん、1ms以下のタイミングで発振タイミングをずらしてもよい。
【0038】
ところで、本発明の長距離レーザ加工システム1で用いられる蒸発用レーザ200によって、加工用レーザ100からのレーザ光の伝送路内が高透過率領域にできることを図7図12を用いて以下で説明する。図7図12は、加工用レーザも蒸発用レーザも回折限界の高品質なビームが伝送されると仮定して、10km先の対象物体に集光させようとした場合のシミュレーション結果を示している。図7図9図11は、伝送途中の加工用レーザと蒸発用レーザのビーム半径を示すグラフである。図8図10図12は、伝送途中のビーム半径の差を示すグラフである。すなわち、図8図10図12では、蒸発用レーザのビーム半径から加工用レーザのビーム半径を差し引いた値を示している。
【0039】
図7図8は、上記実施形態の長距離レーザ加工システム1で説明したように、加工用レーザ100が波長1.315μmのヨウ素レーザ、蒸発用レーザ200が波長2.94μmのエルビウムYAGレーザの場合である。図7図8では、加工用レーザ100から取り出されるレーザ光L1が大型集光ミラー8に当たる際のビーム半径を500mm、蒸発用レーザ200から取り出されたレーザ光L2が同じ大型集光ミラー8に当たる際のビーム半径を510mmとしている。
【0040】
図8に示されたように、ビーム半径の差は常にプラスになる。すなわち、蒸発用のレーザ光L5、L7によって形成されたクリアーな領域内に加工用レーザ100のレーザ光L4、L6の全体が含まれることになる。したがって、加工用レーザ100のレーザ光L4、L6が加工対象物10まで効率良く伝送される。
【0041】
これに対して、蒸発用のレーザ光として、水への吸収が比較的高いとされている波長0.248μmのKrFエキシマレーザを用いた場合のビーム半径の変化の様子を図9図10に示す。図9図10では、加工用レーザ100から取り出されるレーザ光L1が大型集光ミラー8に当たる際のビーム半径を500mm、蒸発用レーザ200から取り出されたレーザ光L2が同じ大型集光ミラー8に当たる際のビーム半径を500mmとしている。図10に示すように、ビーム半径の差が負となってしまう。加工対象物10近傍では、KrFエキシマレーザのビーム径が加工用レーザ光L6のビーム径よりも小さくなってしまう。
【0042】
図9図10は、加工用レーザ100にヨウ素レーザを用いた場合であるが、加工用レーザ100にNd:YAGレーザを用いたとしても、どちらもKrFエキシマレーザより波長が長い。このため、大型集光ミラー8におけるレーザ光L2のビーム径を、レーザ光L1のビーム径と同じ、あるいはそれ以上にすると、加工対象物10近傍では、蒸発用のレーザ光L7のビーム径が加工用のレーザ光L6のビーム径よりも小さくなってしまう。つまり波長が短いと回折広がりが小さく、集光性が高いからである。その結果、加工用レーザ100のレーザ光L6がクリアーな領域からはみ出すことになってしまう。したがって、本発明の長距離レーザ加工システム1では、蒸発用レーザ200の波長は加工用レーザ100の波長より長くしてある。例えば、蒸発用レーザ200の波長を1.40μm以上とすることができる。
【0043】
さらに、図11図12に加工用レーザが波長1.315μmのヨウ素レーザ、蒸発用レーザ200は、波長10.6μmのCO2レーザを用いた場合のシミュレーション結果を示す。なお、図11図12では、加工用レーザ100から取り出されるレーザ光L1が大型集光ミラー8に当たる際のビーム半径を500mm、蒸発用レーザ200から取り出されたレーザ光L2が同じ大型集光ミラー8に当たる際のビーム半径を550mmとしている。
【0044】
蒸発用レーザ200の波長を10.6μmとした場合でもビーム径の差が常時プラスとなる。したがって、蒸発用のレーザ光L5、L7が通過したクリアーな領域を加工用のレーザ光L4、L6が通過する。よって、雲や霧による吸収を低減することができる。
【0045】
本実施の形態では、加工用レーザ100として、フラッシュランプ励起による波長1.06μm帯の固体レーザ、パルス動作させたヨウ素レーザ、あるいは酸素分子レーザ等のパルスレーザ装置を用いることができる。蒸発用レーザ200として、波長1.40μmより長い波長で動作するパルスレーザ装置と用いることができる。そして、制御装置3が蒸発用レーザ200の発振直後に加工用レーザ100を発振させる。
【0046】
この構成では、蒸発用レーザ200もパルス型のレーザを用いており、蒸発用レーザ200を1パルス発振させるだけで、加工用レーザ光が伝送する伝送路内を高透過率領域にできる。これにより、雲や霧を蒸発させることができる。強風の場合でも、加工用のレーザ光L4、L6の伝送路内がクリアーになった状態で、加工用のレーザ光L4、L6を伝送できる。伝送途中の大気中に霧や雲が存在する場合でも、遠方の加工対象物10を加工することができる
【0047】
蒸発用レーザ200として、エリビウムYAGレーザ、又は炭酸ガスレーザを用いることが好ましい。こうすることで、霧や雲を効率よく蒸発させることができる。また、加工用レーザ100として、パルス動作させたヨウ素レーザ、あるいは酸素分子レーザを用い、かつヨウ素レーザ、あるいは酸素分子レーザで用いられる励起酸素発生器に塩素ガスを供給するタイミングに基づき、蒸発用レーザ200を発振させる。
【0048】
本発明によると、多少の霧や雲が存在する大気中の遠方にある物体に穴加工を施すことができる。このため、例えば、危害を加えてくる可能性のある飛行物体におけるボディーに穴を空けて、飛行不能あるいは撃墜させることができる。
【0049】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明はその目的と利点を損なうことのない適宜の変形を含み、更に、上記の実施形態よる限定は受けない。
【符号の説明】
【0050】
1 長距離レーザ加工システム
3 制御装置
4 ミラー
5 ダイクロイックミラー
6 可変型ミラー
7 凸面鏡
8 大型集光ミラー
10 加工対象物
100 加工用レーザ
101 ハウジング
102 全反射鏡
103 出力鏡
104 励起酸素発生器
105 BHP溶液
106 円板
107 回転軸
107A 回転方向
108 排気管
108A 排気方向
109 開閉バルブ
110 ヨウ素注入管
111 励起酸素分子の流れ
112 レーザ共振器
113 光軸
115 塩素ガス容器
116 塩素ガスタンク
117 バルブ
118 塩素ガス注入管
200 蒸発用レーザ
201 エリビウムYAG結晶
202 全反射鏡
203 出力鏡
204A、204B フラッシュランプ
205A1、205A2、205B1、205B2 配線
206 電気回路
L1 加工用レーザ100からのレーザ光
L2 蒸発用レーザ200からのレーザ光
L3 加工用レーザ100からのレーザ光と蒸発用レーザ200からのレーザ光とが合成されたレーザ光
L4 加工用レーザ100からのレーザ光レーザ光
L5 蒸発用レーザ200からのレーザ
L6 加工用レーザ100からのレーザ光レーザ光
L7 蒸発用レーザ200からのレーザ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12