(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-151909(P2016-151909A)
(43)【公開日】2016年8月22日
(54)【発明の名称】異常診断方法及び異常診断システム
(51)【国際特許分類】
G05B 23/02 20060101AFI20160725BHJP
【FI】
G05B23/02 T
G05B23/02 301X
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-29249(P2015-29249)
(22)【出願日】2015年2月18日
(71)【出願人】
【識別番号】000000099
【氏名又は名称】株式会社IHI
(71)【出願人】
【識別番号】503361400
【氏名又は名称】国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100118267
【弁理士】
【氏名又は名称】越前 昌弘
(72)【発明者】
【氏名】森 初男
(72)【発明者】
【氏名】水越 紀良
(72)【発明者】
【氏名】大貝 高士
(72)【発明者】
【氏名】丸 祐介
(72)【発明者】
【氏名】山本 高行
(72)【発明者】
【氏名】竹内 伸介
(72)【発明者】
【氏名】野中 聡
(72)【発明者】
【氏名】八木下 剛
【テーマコード(参考)】
3C223
【Fターム(参考)】
3C223AA03
3C223AA18
3C223BA03
3C223BB17
3C223CC02
3C223DD03
3C223EB01
3C223EB02
3C223FF05
3C223FF23
3C223FF35
3C223FF45
3C223GG01
3C223HH03
(57)【要約】
【課題】監視対象物の定常状態のみならず非定常状態についても異常診断することができる、異常診断方法及び異常診断システムを提供する。
【解決手段】監視対象物2のシミュレーションモデル3を作成するモデル作成ステップStep1と、監視対象物2の運転を開始する運転開始ステップStep2と、監視対象物2の運転状態における内部状態量を計測して実測値x^を抽出する計測ステップStep3と、監視対象物2の運転状態と同一の制御入力値uをシミュレーションモデル3にインプットして監視対象物2の内部状態量の予測値xを算出する予測ステップStep4と、実測値x^と予測値xとの差分からマハラノビス距離MDを算出するマハラノビス距離算出ステップStep5と、マハラノビス距離MDに基づいて監視対象物2の運転状態が異常であるか否か診断する異常診断ステップStep6と、を備えている。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
非定常状態の運転状態を含む監視対象物の異常診断方法であって、
前記監視対象物のシミュレーションモデルを作成するモデル作成ステップと、
前記監視対象物の運転状態における内部状態量を計測して実測値を抽出する計測ステップと、
前記監視対象物の運転状態と同一の制御入力値を前記シミュレーションモデルにインプットして前記監視対象物の内部状態量の予測値を算出する予測ステップと、
前記実測値と前記予測値との差分からマハラノビス距離を算出するマハラノビス距離算出ステップと、
前記マハラノビス距離に基づいて前記監視対象物の運転状態が異常であるか否か診断する異常診断ステップと、
を備えることを特徴とする異常診断方法。
【請求項2】
前記マハラノビス距離算出ステップは、前記差分とその積分値とを成分とするエラーベクトルを算出するステップを含む、ことを特徴とする請求項1に記載の異常診断方法。
【請求項3】
前記予測ステップは、時系列的に一つ前の実測値に基づいて前記予測値を算出する、ことを特徴とする請求項2に記載の異常診断方法。
【請求項4】
非定常状態の運転状態を含む監視対象物の異常診断システムであって、
前記監視対象物を模擬したシミュレーションモデルと、
前記監視対象物の運転状態における内部状態量を計測する計測手段と、
前記シミュレーションモデルにより求められた予測値と前記計測手段から抽出された実測値との差分からマハラノビス距離を算出するとともに該マハラノビス距離に基づいて前記監視対象物の運転状態が異常であるか否か診断する診断装置と、
少なくとも前記監視対象物及び前記シミュレーションモデルに同一の制御入力値を送信する制御装置と、
を備えることを特徴とする異常診断システム。
【請求項5】
前記診断装置は、前記差分とその積分値とを成分とするエラーベクトルに基づいて前記マハラノビス距離を算出する、ことを特徴とする請求項4に記載の異常診断システム。
【請求項6】
前記シミュレーションモデルは、時系列的に一つ前の実測値に基づいて前記予測値を算出する、ことを特徴とする請求項5に記載の異常診断システム。
【請求項7】
前記監視対象物は、再使用型宇宙機用エンジンである、ことを特徴とする請求項4に記載の異常診断システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異常診断方法及び異常診断システムに関し、特に、動的変化を有する非定常状態における異常の発見に適した異常診断方法及び異常診断システムに関する。
【背景技術】
【0002】
ガスタービン発電プラント、原子力発電プラント、火力発電プラント等の各種プラントやジェットエンジン等の内燃機関の分野では、安定した運転や出力を保持するために、運転状態(試験を含む)を監視して異常診断することが行われている。
【0003】
例えば、特許文献1には、監視対象から所定の監視対象データを取得し、そのマハラノビス距離を算出して監視対象の異常を検知する監視手段と、異常の予兆を示す異常信号と関連する監視対象データである関連信号とを抽出して所定の入力信号を生成するデータ処理手段と、入力信号に基づいて監視対象の故障診断を行う故障診断手段と、を備え、監視対象における異常の予兆の監視から故障診断までの一連の処理を自動化できる監視システムが開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、過去に入力した各変数の値を含む蓄積データを記憶する蓄積データ記憶部と、各変数について新たに入力した値と蓄積データに含まれる所定期間の最大値及び最小値を抽出して中間の値を中央値として決定する決定部と、各変数について新たに入力した値と中央値との差分値を求める第1算出部と、求められた各変数の差分値と所定の単位空間のデータを利用してマハラノビス距離を求める第2算出部と、マハラノビス距離が予め定められる閾値の範囲内であるかを判定し異常を診断する判定部と、を備え、プラントから新たに入力する複数の変数の値を所定の単位空間と比較して前記プラントの異常を診断する異常診断装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−090382号公報
【特許文献2】特開2014−035282号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、プラントや内燃機関等の監視対象物は、一般に、安定した運転状態を示す定常状態と、定常状態に至るまでの過渡的な不安定な運転状態を示す非定常状態と、を有している。非定常状態は、同一の監視対象物であっても、その時の環境条件や運転条件等によって異なるものであり、同一の動的変化を示すことはほとんどない。
【0007】
特許文献1に記載された監視システムでは、監視対象データのマハラノビス距離を算出することにより異常の予兆を示す異常信号及び関連信号から故障診断の入力信号生成している。ここで、監視対象データのマハラノビス距離を算出した後、異常又はその予兆を示しているか否か判断するには、予め基準データを準備しておく必要がある。このとき、定常状態の場合には、運転状態や出力状態が安定していることから、基準データを準備することが可能である。しかしながら、動的変化を伴う非定常状態の場合には、監視対象データのみからは基準データを作成することができず、異常診断を行うことができない。
【0008】
また、特許文献2に記載された異常診断装置においても、過去の蓄積データを用いてマハラノビス距離を算出していることから、特許文献1と同様に、定常状態の場合には過去のデータと比較して異常診断できるものの、非定常状態の場合には異常診断することができない。
【0009】
本発明は、上述した問題点に鑑みて創案されたものであり、監視対象物の定常状態のみならず非定常状態についても異常診断することができる、異常診断方法及び異常診断システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明によれば、非定常状態の運転状態を含む監視対象物の異常診断方法であって、前記監視対象物のシミュレーションモデルを作成するモデル作成ステップと、前記監視対象物の運転状態における内部状態量を計測して実測値を抽出する計測ステップと、前記監視対象物の運転状態と同一の制御入力値を前記シミュレーションモデルにインプットして前記監視対象物の内部状態量の予測値を算出する予測ステップと、前記実測値と前記予測値との差分からマハラノビス距離を算出するマハラノビス距離算出ステップと、前記マハラノビス距離に基づいて前記監視対象物の運転状態が異常であるか否か診断する異常診断ステップと、を備えることを特徴とする異常診断方法が提供される。
【0011】
前記マハラノビス距離算出ステップは、前記差分とその積分値とを成分とするエラーベクトルを算出するステップを含んでいてもよい。さらに、前記予測ステップは、時系列的に一つ前の実測値に基づいて前記予測値を算出するようにしてもよい。
【0012】
また、本発明によれば、非定常状態の運転状態を含む監視対象物の異常診断システムであって、前記監視対象物を模擬したシミュレーションモデルと、前記監視対象物の運転状態における内部状態量を計測する計測手段と、前記シミュレーションモデルにより求められた予測値と前記計測手段から抽出された実測値との差分からマハラノビス距離を算出するとともに該マハラノビス距離に基づいて前記監視対象物の運転状態が異常であるか否か診断する診断装置と、少なくとも前記監視対象物及び前記シミュレーションモデルに同一の制御入力値を送信する制御装置と、を備えることを特徴とする異常診断システムが提供される。
【0013】
前記診断装置は、前記差分とその積分値とを成分とするエラーベクトルに基づいて前記マハラノビス距離を算出するようにしてもよい。さらに、前記シミュレーションモデルは、時系列的に一つ前の実測値に基づいて前記予測値を算出するようにしてもよい。また、前記監視対象物は、例えば、再使用型宇宙機用エンジンである。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る異常診断方法及び異常診断システムによれば、監視対象物の内部状態を模擬するシミュレーションモデルを作成し、監視対象物の実測値とシミュレーションモデルの予測値との差分を用いて監視対象物の異常の有無を診断するようにしたことから、シミュレーションモデルにより異常診断時の環境条件や運転条件に適応した予測値を算出することができるとともに、差分を取ることにより監視対象物の実測値を正常値に対する変動値に置換することができる。したがって、監視対象物の運転状態が非定常状態の場合であっても、その動的変化に追従して対応することができ、監視対象物の定常状態のみならず非定常状態についても異常診断することができる。また、異常診断にマハラノビス距離を用いることにより、異常診断の簡素化及び高速化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明に係る異常診断システムを示す概略全体構成図である。
【
図2】本発明に係る異常診断方法を示すフロー図である。
【
図3】マハラノビス距離算出ステップの説明図であり、(a)はエラーベクトル、(b)は予測値の算出方法の一例、を示している。
【
図4】異常診断ステップの説明図であり、(a)はマハラノビス距離の概念図、(b)は異常診断の概念図、を示している。
【
図5】本発明を再使用型宇宙機用エンジンに適用した場合の有効性を検証するための説明図であり、(a)は制御入力値、(b)は実測値の模擬データ、(c)はマハラノビス距離による異常診断結果、を示している。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態について
図1〜
図5を用いて説明する。ここで、
図1は、本発明に係る異常診断システムを示す概略全体構成図である。
図2は、本発明に係る異常診断方法を示すフロー図である。
図3は、マハラノビス距離算出ステップの説明図であり、(a)はエラーベクトル、(b)は予測値の算出方法の一例、を示している。
図4は、異常診断ステップの説明図であり、(a)はマハラノビス距離の概念図、(b)は異常診断の概念図、を示している。
【0017】
本発明の一実施形態に係る異常診断システム1は、
図1に示したように、非定常状態の運転状態を含む監視対象物2の異常診断システムであって、監視対象物2を模擬したシミュレーションモデル3と、監視対象物2の運転状態における所定の内部状態量を計測する計測手段4と、シミュレーションモデル3により求められた予測値xと計測手段4から抽出された実測値x^(実際の表記はxの上に^。以下、同じ。)との差分(x^−x)からマハラノビス距離MDを算出するとともにマハラノビス距離MDに基づいて監視対象物2の運転状態が異常であるか否か診断する診断装置5と、監視対象物2及びシミュレーションモデル3に同一の制御入力値uを送信する制御装置6と、を備えている。
【0018】
監視対象物2は、例えば、再使用型宇宙機用エンジンであるが、これに限定されるものではなく、ジェットエンジン等の他の内燃機関や、ガスタービン発電プラント、原子力発電プラント、火力発電プラント、化学プラント等の各種プラント等であってもよい。特に、監視対象物2は、運転状態において、安定した運転状態を示す定常状態と、定常状態に至るまでの過渡的な不安定な運転状態を示す非定常状態と、を含むことが好ましい。
【0019】
シミュレーションモデル3は、監視対象物2の内部状態量を推定可能な内部推定モデルであり、例えば、数値シミュレーション技術を応用して作成される。シミュレーションモデル作成時には、リアルタイムでの処理を考慮し、漸化式表現(ARMA)で記述してもよい。例えば、監視対象物2が再使用型宇宙機用エンジンの場合には、内部状態量として、例えば、燃焼圧Pc、再生冷却出口温度Tjmf、燃料ポンプ回転数Nf、酸化剤ポンプ回転数No、燃料ポンプ出口圧力Pdf、酸化剤ポンプ出口圧力Pdo等が選択される。したがって、これらの内部状態量を算出可能なシミュレーションモデルが作成される。シミュレーションモデル3は、監視対象物2の全体を模擬した一つのシミュレーションモデルであってもよいし、内部状態量を個別に算出可能な複数のシミュレーションモデルにより構築されていてもよい。
【0020】
計測手段4は、監視対象物2に設置され、例えば、燃焼圧Pc、再生冷却出口温度Tjmf、燃料ポンプ回転数Nf、酸化剤ポンプ回転数No、燃料ポンプ出口圧力Pdf、酸化剤ポンプ出口圧力Pdo等の内部状態量を計測するセンサである。例えば、計測手段4は、圧力計、温度計、ロータリエンコーダ等であるが、これらに限定されるものではなく、監視対象物2によって、計測する内部状態量によって、適宜選択される。
【0021】
制御装置6は、監視対象物2を運転するために必要な制御入力値uを送信する装置である。この監視対象物2の運転は、実運用であってもよいし、監視対象物2の試験であってもよい。また、制御装置6は、監視対象物2の運転に必要な制御入力値uをシミュレーションモデル3にも送信する。シミュレーションモデル3は、この制御入力値uに基づいて内部状態量を計算し、各内部状態量について予測値xを算出する。なお、制御入力値uにより運転された監視対象物2の出力値yを計測して外部に抽出するようにしてもよい。
【0022】
診断装置5は、計測手段4により計測された実測値x^のデータと、シミュレーションモデル3により算出された予測値xのデータと、を受信し、これらのデータを用いて監視対象物2の異常診断を行う装置である。かかる診断装置5では、例えば、
図2に記載したフロー図に基づいて処理される。なお、診断結果及び診断データは、診断装置5からモニタ出力、紙出力、データ出力等によって外部出力するようにしてもよい。
【0023】
ここで、
図2に記載したフロー図は、監視対象物2のシミュレーションモデル3を作成するモデル作成ステップStep1と、監視対象物2の運転を開始する運転開始ステップStep2と、監視対象物2の運転状態における内部状態量を計測して実測値x^を抽出する計測ステップStep3と、監視対象物2の運転状態と同一の制御入力値uをシミュレーションモデル3にインプットして監視対象物2の内部状態量の予測値xを算出する予測ステップStep4と、実測値x^と予測値xとの差分(x^−x)からマハラノビス距離MDを算出するマハラノビス距離算出ステップStep5と、マハラノビス距離MDに基づいて監視対象物2の運転状態が異常であるか否か診断する異常診断ステップStep6と、を備えている。
【0024】
上述した診断装置5では、マハラノビス距離算出ステップStep5及び異常診断ステップStep6の処理を行う。本実施形態における異常診断方法では、マハラノビス距離を用いた多変量解析に基づいて、得られたデータ(実測値x^)が異常であるか否かを診断している。このマハラノビス距離を用いることにより、複数の変数の相関関係を一度に処理することができ、個々の変数について個別に異常であるか否かを診断する必要がなく、異常診断の簡素化及び高速化を図ることができる。
【0025】
また、マハラノビス距離算出ステップStep5は、
図2に示したように、実測値x^と予測値xとの差分(x^−x)を算出する差分算出ステップStep51と、差分(x^−x)と誤差の積分値Σεとを成分とするエラーベクトルεを算出するエラーベクトル算出ステップStep52と、エラーベクトルεに基づいてマハラノビス距離MDを計算するマハラノビス距離計算ステップStep53と、を含んでいてもよい。
【0026】
ここで、エラーベクトルεは、例えば、
図3(a)に示したように表記することができる。エラーベクトルεの一成分を構成する積分値Σεは、時々刻々と変化するエラーベクトルを連続的に計算すれば、いわゆる積分値として算出できるものであり、一定の時間(スパン)毎にエラーベクトルεを計算する場合には、積分値Σεは差分(x^−x)の総和として算出することができる。このように、誤差(差分)の積分値Σεを用いることにより、同一方向への累積誤差評価感度が脆弱となることを防ぐことができる。
【0027】
例えば、内部状態量として、燃焼圧Pc、再生冷却出口温度Tjmf、燃料ポンプ回転数Nf、酸化剤ポンプ回転数No、燃料ポンプ出口圧力Pdf、酸化剤ポンプ出口圧力Pdoを選択した場合には、エラーベクトルεは、
図3(a)に示したように、(ΔPc,ΔTjmf,ΔNf,ΔNo,ΔPdf,ΔPdo,ΣΔPc,ΣΔTjmf,ΣΔNf,ΣΔNo,ΣΔPdf,ΣΔPdo)の行列として表記することもできる。この場合、エラーベクトルεは、12個の変数を含んでいることから、これらの変数により形成されるベクトル空間R
12に含まれる。
【0028】
また、予測ステップStep4は、監視対象物2の運転と同一の制御入力値uをシミュレーションモデル3にインプットする入力ステップStep41と、制御入力値uに基づいて内部状態量の予測値xを算出する予測値算出ステップStep42と、を含んでいる。予測値算出ステップStep42(予測ステップStep4)は、
図3(b)に示したように、時系列的に一つ前の実測値x
n−1^に基づいて予測値x
nを算出するようにしてもよい。すなわち、予測値x
nは実測値x
n−1^に基づいて算出され、予測値x
n+1は実測値x
n^に基づいて算出される。かかる処理により、誤差の累積を抑制することができ、予測値x
nの精度を向上させることができ、異常診断の精度を向上させることができる。
【0029】
マハラノビス距離計算ステップStep53において、エラーベクトルεからマハラノビス距離MDを計算するには、まず、数1を用いてエラーベクトルεを規格化し、物理量単位に依存しない状態に変換する。エラーベクトルεの規格化には、運転期間中の全平均値ベクトルε ̄(実際の表記はεの上に ̄。以下、同じ。)及び偏差σεを用いる。
【0031】
次に、数2を用いて、マハラノビス距離MDを計算する。ここで、ε
Tは、エラーベクトルεの転置行列を意味し、dim(ε)は、エラーベクトルεの次元を意味している。また、共分散行列は、例えば、正常であると診断された過去の蓄積データから導出することができる。
【0033】
マハラノビス距離MDを算出し、等距離の点を結ぶことにより、例えば、
図4(a)に示したような内部状態量の相関関係を求めることができ、図示した略楕円領域の中心から離れるに従って誤差が大きく、この領域から逸脱した場合に異常であると診断することができる。ここで、
図4(a)に示した相関関係は、直感的理解を促すために、内部状態量D1,D2の2変数のみの相関関係を示している。この相関関係によれば、略楕円領域の長径方向に対しては誤差の許容量が大きく、略楕円領域の短径方向に対しては誤差の許容量が小さいことが理解できる。なお、図示しないが、上述したように、12個の変数を用いた場合には、12次元の相関関係を求めることとなる。
【0034】
異常診断ステップStep6では、例えば、
図4(b)に示したように、時々刻々と変化する誤差(差分値)に対して、診断時毎にマハラノビス距離MDを計算し、その都度、誤差(差分値)がマハラノビス距離MDの範囲内であるかを判断する。例えば、時間t1におけるマハラノビス距離MD1、時間t2におけるマハラノビス距離MD2、時間t3におけるマハラノビス距離MD3、時間t4におけるマハラノビス距離MD4、時間t5におけるマハラノビス距離MD5は、その時の環境条件や運転条件等によって時々刻々と変化するものである。なお、
図4(b)に示した図は、本実施形態に係る異常診断方法の直感的理解を促すために図示したものである。
【0035】
上述した本実施形態に係る異常診断方法及び異常診断システム1によれば、監視対象物2の内部状態を模擬するシミュレーションモデル3を作成し、監視対象物2の実測値x^とシミュレーションモデル3の予測値xとの差分(x^−x)を用いて監視対象物2の異常の有無を診断するようにしたことから、シミュレーションモデル3により異常診断時の環境条件や運転条件に適応した予測値xを算出することができるとともに、差分を取ることにより監視対象物2の実測値x^を正常値に対する変動値に置換することができる。したがって、監視対象物2の運転状態が非定常状態の場合であっても、その動的変化に追従して対応することができ、監視対象物2の定常状態のみならず非定常状態についても異常診断することができる。
【0036】
ここで、
図5は、本発明を再使用型宇宙機用エンジンに適用した場合の有効性を検証するための説明図であり、(a)は制御入力値、(b)は実測値の模擬データ、(c)はマハラノビス距離による異常診断結果、を示している。
図5(a)及び(b)において、推力の数値を実線、燃料の数値を点線、酸化剤の数値を一点鎖線、燃焼圧の数値を二点鎖線、で表示している。なお、
図5(a)において、推力が上に凸となっている部分(略台形部分)は非定常状態を模擬したものである。
【0037】
図5(a)に示した推力を得るために、図示したように、燃料及び酸化剤の分量を制御するものとする。いま、マハラノビス距離MDによる異常診断の有効性を検証するために、
図5(b)に示したように、正常な実測値に対してオフセット値(図中のαの部分)を与えて、異常な数値を意図的に含む実測値の模擬データを作成した。そして、この実測値の模擬データとシミュレーションモデル3により求められる予測値を用いて、上述したマハラノビス距離算出ステップStep5の処理を行ったところ、
図5(c)に示した結果が得られた。
【0038】
図5(c)において、実線はマハラノビス距離MDの時間的変化を示しており、●(黒丸)は異常であると診断された点を示している。この検証結果によれば、意図的に異常な数値を付与したオフセット部分に対応した部分のマハラノビス距離MDについて異常であると診断されていることが理解できる。したがって、本実施形態に係る異常診断方法及び異常診断システム1は、非定常状態を含む運転状態に対して異常診断可能な応答性を有していることが認められる。
【0039】
本発明は上述した実施形態に限定されず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変更が可能であることは勿論である。
【符号の説明】
【0040】
1 異常診断システム
2 監視対象物
3 シミュレーションモデル
4 計測手段
5 診断装置
6 制御装置
Step1 モデル作成ステップ
Step2 運転開始ステップ
Step3 計測ステップ
Step4 予測ステップ
Step41 入力ステップ
Step42 予測値算出ステップ
Step5 マハラノビス距離算出ステップ
Step51 差分算出ステップ
Step52 エラーベクトル算出ステップ
Step53 マハラノビス距離計算ステップ
Step6 異常診断ステップ