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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-156971(P2016-156971A)
(43)【公開日】2016年9月1日
(54)【発明の名称】トポロジカルフォトニック結晶
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/02 20060101AFI20160805BHJP
   B32B 15/01 20060101ALI20160805BHJP
   B32B 15/08 20060101ALI20160805BHJP
【FI】
   G02B1/02
   B32B15/01 E
   B32B15/08 Q
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-34902(P2015-34902)
(22)【出願日】2015年2月25日
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】古月 暁
(72)【発明者】
【氏名】呉 龍華
【テーマコード(参考)】
4F100
【Fターム(参考)】
4F100AB01A
4F100AB01C
4F100AB11B
4F100BA03
4F100BA10A
4F100BA10C
4F100EJ24B
4F100JG05A
4F100JG05B
4F100JG05C
4F100JG06A
4F100JG06B
4F100JG06C
(57)【要約】      (修正有)
【課題】シリコン等のありふれた材料を使用し、また特殊で制御が困難なプロセスを要することなく作成できるトポロジカルフォトニック結晶を提供する。
【解決手段】正六角形に配置された誘電体円柱がハニカム状に配列した状態(a)において、正六角形の対角線の長さを2Rとし、正六角形とそれに隣接する正六角形との中心間の距離をa0とするとき、a/R<3とすることによりトポロジカルフォトニック絶縁状態を得る。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
平面上に互いに平行に立設された複数の誘電体円柱を有すると共に前記誘電体円柱の周囲が前記誘電体円柱を構成する誘電体とは異なる誘電率を有する誘電体で埋められた領域を設け、
前記領域において、前記複数の誘電体円柱は同じ大きさの正六角形に配置された誘電体円柱の複数の組に分けられ、
前記誘電体円柱の複数の組に対応する複数の前記正六角形の中心は三角格子の格子点に配置されるとともに、前記正六角形の頂点は隣接する二つの前記格子点間を結ぶ格子線上に配置され、
前記正六角形の対角線の長さを2Rとし、前記正六角形とそれに隣接する前記正六角形との中心間の距離をaとするとき、a/R<3が成立する
トポロジカルフォトニック結晶。
【請求項2】
前記領域は2枚の互いに平行な金属板で挟まれる、請求項1に記載のトポロジカルフォトニック結晶。
【請求項3】
前記金属板は金からなる、請求項2に記載のトポロジカルフォトニック結晶。
【請求項4】
前記誘電体円柱はシリコンからなる、請求項1または2に記載のトポロジカルフォトニック結晶。
【請求項5】
前記誘電体円柱の周囲を埋める誘電体は空気または真空である、請求項1から4の何れかに記載のトポロジカルフォトニック結晶。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はトポロジカルフォトニック結晶に関し、特にシリコン等の通常の材料を使用して作製できるトポロジカルフォトニック結晶に関する。
【背景技術】
【0002】
量子ホール効果(quantum Hall effect、QHE)の発見により、トポロジーを中心概念とした物性研究の新たな進展が見られた(非特許文献1〜11)。トポロジカル状態は学術的な観点で興味深いものであるというだけではなく、応用面にも重大な影響を及ぼすものと期待されている。それは、バルクトポロジーによって保護される強靭な表面(あるいエッジ)状態により、スピントロニクス及び量子計算に新たな可能性がもたらされるからである(非特許文献12〜17)。
【0003】
しかしながら、現在までにトポロジカル状態が確認されている物質はごく少数であり、またそのほとんどのものは非常に低い温度のみでトポロジカルな性質を示す。この問題により、実際の応用に必須である材料の詳細な研究や操作が妨げられていた。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題は、特殊な材料やプロセスを使用することなく作成できるトポロジカルフォトニック結晶を設計することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一側面によれば、平面上に互いに平行に立設された複数の誘電体円柱を有すると共に前記誘電体円柱の周囲が前記誘電体円柱を構成する誘電体とは異なる誘電率を有する誘電体で埋められた領域において、前記複数の誘電体円柱は同じ大きさの正六角形に配置された誘電体円柱の複数の組に分けられ、前記誘電体円柱の複数の組に対応する複数の前記正六角形の中心は三角格子の格子点に配置されるとともに、前記正六角形の頂点は隣接する二つの前記格子点間を結ぶ格子線上に配置され、前記正六角形の対角線の長さを2Rとし、前記正六角形とそれに隣接する前記正六角形との中心間の距離をaとするとき、a/R<3が成立するトポロジカルフォトニック結晶が与えられる。
ここで、前記領域は2枚の互いに平行な金属板で挟まれてよい。
また、前記金属板は金からなってよい。
また、前記誘電体円柱はシリコンからなってよい。
また、前記誘電体円柱の周囲を埋める誘電体は空気または真空であってよい。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、シリコン等のありふれた材料を使用し、また特殊で制御が困難なプロセスを要することなく作成できるトポロジカルフォトニック結晶が与えられる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】フォトニック結晶の設計を説明する図。(a)はそれぞれ6本のz方向に伸びる誘電体円柱によって構成される「人工原子」の三角フォトニック結晶の構成の概略を示す図。細い破線で描かれたひし形及び正六角形はそれぞれハニカム格子及び三角格子の単位セルを示す。やや太い黒色の実線で描かれた正六角形は人工原子を示し、またやや太い黒色の破線で描かれた六角形は人工原子の格子間領域を示す。(b)TM(transverse magnetic)モードの磁界H±iHの左手及び右手円偏光に関連付けられた本願フォトニック系の擬スピン状態を概念的に示す図。
図2】(a)人工原子におけるp/p及び
【数1】

フォトニック軌道の電界Eの分布を示す図。(b)正及び負の角運動量を持つ電界Eの分布
【数2】

及び
【数3】

を示す図。
図3】フォトニックバンドを示す図であって、ε=11.7(シリコン)、ε=1(空気、もちろん真空でもよい)及びR=1.5dである2Dフォトニック結晶についてのTMモードの分散関係を示す。(a)a/R=3.16の場合(差し込み図は三角格子のBrillouinゾーンを表す)、(b)a/R=3の場合及び(c)a/R=2.78の場合をそれぞれ示す。図中で中間調濃度の曲線は図右端の縦棒に示すように濃度によりd±バンド及びp±バンドを区別して表し、特に(c)のa/R=2.78についての図中の中間調濃度のカーブは両者の混成を表すように、d±バンド及びp±バンドをそれぞれ表す濃度の間で連続的に遷移している。
図4】フォトニックギャップ以下のΓ点におけるPoyntingベクトルの実空間分布を示す図。(a)自明な(trivial)状態であるa/R=3.16の場合。(b)トポロジカル状態であるa/R=2.78の場合。
図5】ヘリカルトポロジカルエッジ状態を示す図。(a)一つの方向に無限の長さを持ち、もう一つの方向にはトポロジカル領域及び自明な領域についてそれぞれ45個及び6個の人工原子を有する、リボン形状フォトニック結晶の分散関係を示す。右側はトポロジカルエッジ状態を含むフォトニック結晶ギャップ近傍の拡大図で、太い曲線はトポロジカルエッジ状態である。A及びBは電界Eが示されている二つの点である。ここで使用されているパラメータは、トポロジカル領域についてa/R=2.9であり、自明な領域についてはa/R=3.125であること以外は図3と同じである。(b)点A及びBにおける電界Ezの分布を示す。右側は界面に隣接したトポロジカル領域側の単位セルでの時間平均Poyntingベクトル
【数4】

(黒い矢印)である。
図6】本発明の実施例のトポロジカルフォトニック結晶の構造を概念的に示す図。(a)高さが有限のフォトニック結晶であって、2枚の水平の金の板が多数の誘電体(シリコン)円柱の両端に対称に配置されている。(b)2枚の平行な金の板に挟まれたトポロジカルフォトニック結晶の正方形の試料中の電界Ezによるエネルギー密度分布
【数5】

図7A】本発明の実施例において、a/R=3の場合のシリコン円柱の配置を概念的に示す図。
図7B】本発明の実施例において、a/R>3の場合のシリコン円柱の配置を概念的に示す図。
図7C】本発明の実施例において、a/R<3の場合のシリコン円柱の配置を概念的に示す図。
【発明を実施するための形態】
【0008】
フォトニック結晶は固体の中で並んでいる原子が周期的な誘電率及び/または透磁率を有する媒体で置き換えられている光学的材料である(非特許文献18)。負の屈折率、磁気レンズ等の自然界では得られない電磁的性質を実現する等、メタマテリアル(meta-material)と呼ばれている(非特許文献19)。最近、電磁波のユニークなエッジ伝播モードで特徴付けられるトポロジカルフォトニック状態が、外部磁界下にある磁気回転材料(gyromagnetic material)、電界と磁界とが結合する双異方性(bi-anisotropic)メタマテリアル、また結合共振器光学導波管(coupled resonator optical waveguide、CROW)で実現できるということがわかってきた(非特許文献20〜32)。
【0009】
本発明の一態様によれば、シリコン等の通常の誘電体だけでできた二次元(2D)フォトニック結晶が与えられる。なお、以下では代表例としてこのような誘電体としてもっぱらシリコンを使用した構成を説明するが、当然一般性を失うものではないことを注意しておく。
【0010】
ハニカム格子は6つの近隣サイトで構成される正六角形のクラスタの三角格子と同等であり、また、二つのサイトで構成されるひし型の単位セルの代わりに当該大きな正六角形の単位セルで考えることにより、ハニカム格子の第1のブリルアンゾーン(Brillouin zone)中のK及びK’点におけるDiracコーン(Dirac cone)が折りたたまれてΓ点でDiracコーンに二重に縮退する。ここで、C対称群のΓ点における空間的な反転操作における奇及び偶パリティに対応する二つの2D既約表現が存在することを検討するのは興味深いことである。これらの性質に基づいて、本発明者は図1(a)に示すように、正六角形クラスタの形状及びサイズ、さらにこれらが満たすC対称性を保つようにハニカム格子を変形することにより、トポロジカル非自明状態(topological nontrivial state)を実現した。厳密に言えば、Maxwell方程式を解くことにより、本発明者は、本発明の構成において「人工原子(artificial atom)」として動作する六角形クラスタでの電磁モードは、固体中の電子軌道と同様にs−波形、d−波形及びp−波形を呈してフォトニックバンドを形成することを見出した。また、Maxwell方程式が一般的に持つ時間反転対称性(time reversal(TR)symmetry)及び設計によるC結晶対称性を組み合わせることによって生まれる擬TR対称性を明らかにした。この擬TR対称性は電子系でのTR対称性と同じ挙動を示し、本発明のフォトニック系でKramers二重化(Kramers doubling)を引き起こす。このことは、三次元系について提案されたトポロジカル結晶絶縁体の場合と類似している(非特許文献33)。このことはTMモードにおける右手/左手回転偏光と電子の上向き/下向きスピンとの間の一対一対応に密接に関連する。フォトニックバンドのBerry曲率(Berry curvature)及び有限系のエッジ状態を評価することを通じて、「人工原子」の三角形格子の格子定数がシリコン円柱の元のハニカム格子に対応する値から縮小したときにトポロジカル状態が出現することを示すことに成功した。いかなる外部強磁場もまた回転磁界あるいは双異方性の材料も必要としない、シリコンだけで作製できる本発明のトポロジカル状態は、将来の応用に非常に有望である。
【0011】
<人工原子及び擬スピン>
誘電材料中の電磁波のTMモード(つまり、有限の平面内H、H及び面外E成分;他はゼロ)について検討する。簡単化のため、考慮している周波数領域における誘電率は周波数に依存しない実数とみなす。この場合、周波数ωの電磁波モードについてのマスター方程式は、Maxwell方程式より以下のように与えられる(非特許文献34):
【0012】
【数6】
【0013】
ここで、ε(r)は位置依存の誘電率であり、cは光の速度である。磁界の横方向成分はFaraday関係
【0014】
【数7】
【0015】
により与えられる。ここで透磁率μは真空の透磁率を仮定している。上記マスター方程式(1)は一般化されたSchroedinger方程式と考えることができ、従って電子系上におけるBloch理論は、ε(r)が図1(a)に図式的に示すように空間中で周期的である場合には、本発明の系に適用される。しかしながら、マスター方程式(1)は、スピン自由度を持つ電子ではなく、電磁波を記述していることに注意する必要がある。その最も際立った相違点は、時間反転操作に対する応答にある。
【0016】
本発明に係る2Dフォトニック結晶では、図1(a)に示すように、z軸に平行な方向の比誘電率εを有する誘電体(例えばシリコン)がそれとは異なる誘電率εを有する誘電材料(例えば空気)中に埋め込まれている。以下の議論はz軸に沿って一様である状態についてのものであって、この想定により問題は2Dに還元される。
【0017】
ハニカム格子状に配列された複数の誘電体円柱から出発し、6本の隣接する円柱からなる正六角形クラスタ及びC対称性が維持されるようにこの配列を変形する。このような変形が行なわれると、誘電体円柱の整列の態様は、正六角形の「人工原子」の三角形状格子と考える方がより好都合である。当該三角形状格子に付随するC対称群について、2つの2D既約表現E’及びE”が存在する。E’及びE”は単純関数x/y及びxy/(x−y)のような奇及び偶空間パリティに対応する(非特許文献35)。マスター方程式(1)を解くことによって得られる図2(a)の電界Eからわかるように、人工原子は固体中の通常の原子の電子軌道の対称性と同じ対称性をもつp/p及び
【0018】
【数8】
【0019】
軌道を有している。
【0020】
ここで2組の固有波動関数を以下のように定義する。
【0021】
【数9】
【0022】
これらの波動関数の「角運動量」jは±1及び±2である。以下の反ユニタリ演算子によって定義される擬TR操作を構成する。
【0023】
【数10】
【0024】
ここで、Kは複素共役演算子であって、マスター方程式(1)によって支配されるTMモード上のTR操作に対応する。また、σは2×2 Pauli行列である。
【0025】
【数11】
【0026】
及び
【0027】
【数12】
【0028】
であることを示すことができ、これにより式(2)に示される2セットの固有波動関数の下で
【0029】
【数13】
【0030】
がもたらされる。ここで強調しておくことは、一般的にはMaxwell方程式が持つTR対称性は、典型的にはボソン(boson)的なもので、K=1によって特徴付けられるが、本系には、典型的にはフェルミオン(fermion)的で、式(3)によって定義され式(4)を満たすTR演算子Tに特徴づけられる、隠された創成TR対称性が存在する。擬TR演算子Tにより、本Maxwell系におけるKramers二重化が電子系のKramers二重化(非特許文献35)に良く似ていることが保証される。式(2)中の固有波動関数から、2つの擬スピン状態は電界Eフィールドの正及び負の角運動量によって、あるいは等価なこととして、図1(b)及び図2(b)に示されるようにH±iHによって定義される面内磁界の左手及び右手回転偏光によって与えられることが明らかである。
【0031】
フォトニック系では、今まで議論された擬スピンは電界及び磁界の結合/反結合状態(bonding/antibonding states)(非特許文献24、25)、電磁波の左手/右手回転偏光(非特許文献28)及びCROW中での光の時計回り/反時計回り循環(非特許文献29、30)を含む。有効スピン軌道結合(spin-orbit coupling、SOC)は、分割リング共振器(split-ring resonator)及びΩ粒子に基づくメタマテリアルにより、圧電・圧磁材料超格子により、またCROW中の結合ループの非対称位置により、それぞれ拠出される。これらのうちの最初の二つの実装は込み入ったメタマテリアル構造を伴うので、微妙な製造工程が必要とされる。最後の一つはシリコン等の誘電体ファイバーだけを使用するので作成しやすいが、結合ループのうちの一つでも壊れれば、それが磁気的不純物(magnetic impurity)として働き、量子スピンホール効果(QSHE)のヘリカルエッジ状態を破壊する。
【0032】
<トポロジカルフォトニック結晶>
本発明者は、図1(a)により与えられる単位ベクトル
【0033】
【数14】
【0034】
及び
【0035】
【数15】
【0036】
に沿った周期境界条件の下でマスター方程式(1)によって記述されるフォトニックバンド分散を計算した。図3に示すように、バンド分散における二重縮退(double degeneracy)がΓ点に現れ、これらはp±及びd±状態であることが確認され、対称性からの考察と一致している。格子定数が大きい場合は、ギャップより下(または上)のフォトニックバンドはp±(またはd±)状態によって占有される(例えば、a/R=3.16の場合を示す図3(a)を参照)。定量的に言えば、a=1μmとした場合、Ω=138.6THzにおけるギャップΔω=7.7THzとなる。ここでこれらの周波数は格子定数aに逆比例する。
【0037】
格子定数a/Rを3まで小さくすると、p及びd状態はΓ点において縮退し、図3(b)に示すように、二つのDiracコーンが現れる。これは、格子定数がこのようになったとき、系は個別の円柱がハニカム格子に配列されたものと等価になり、二重に縮退したDiracコーンは、二つのサイトのひし形単位セルに基づくハニカム格子のBrillouinゾーン中のK及びK’点におけるDiracコーンに他ならない。フォトニック系におけるDirac分散はこれまでに正方格子及び三角格子の両者について議論された(非特許文献36、37)。これらの過去の系とは異なり、ここで人工原子の構造に組み込まれた構造によって保障されている擬TR対称性に付随する二つのDiracコーンが存在し、これによって、本系において非自明なトポロジーが可能となる。
【0038】
格子定数a/Rを更に小さくすると、a/R=2.78の場合について図3(c)に示すように、Brillouinゾーン全体に渡ってバンドギャップ(global band gap)が再び開かれる。Γ点の周りで、バンドギャップの低(高)周波数側における電界Eがd±(p±)特性を示し、Γ点から遠ざかると順序が逆になる。すなわち、本願のフォトニック格子では、格子定数aを小さくするとバンド逆転が起こる。
【0039】
バンド逆転前後の系を特徴づけるために、本願の電磁系におけるエネルギーフローを周期τ=2π/ω上で平均したPoyntingベクトル
【0040】
【数16】
【0041】
の実空間分布を確認した。a/R=3.16についての図4(a)(擬スピンアップをもつPoyntingベクトルは明記しない)に示すように、Poyntingベクトルは個別の原子の周りを循環する。この場合、電磁エネルギーは個々の原子の周りに流れるので、これは通常の「絶縁」状態の特徴を示すものである。a/R=2.78の場合、つまりバンド逆転の後では、図4(b)に示すように、Poyntingベクトルは人工原子の間の領域で大いに増強される。これは図4(a)の場合との際立った違いであり、従来のものではない絶縁状態であることを意味している。
【0042】
この状況を更に明らかにするため、上述のトポロジカルフォトニック結晶をリボン状にしたものを考える。ここで、リボンの外側は同じ周波数領域で自明なバンドギャップを有するフォトニック結晶を置く。これにより、トポロジカルエッジ状態が自由空間へ漏出することが防止される。ここで注意すべきこととして、6本の円柱のクラスタが本願設計の基本ブロックとされるので、意味のある議論においてはこれを壊してはならない。図5(a)に示すように、バルク分散のギャップ内に太い曲線で示され、二重縮退を有するエッジ状態が現れる。Γ点近傍の典型的な波数における電界Eの実空間分布を調べると(図5(a)中の拡大表示(右側)中の、k=±0.04×(2π)/aであるA及びB)、図5(b)に示すように、ギャップ内状態はエッジに位置し、バルクに向かって指数関数的に減衰することがわかる(他の二つの状態はリボンの反対側のエッジに位置するが、ここでは明示的には示されていない)。図5(b)の右側にある差し込み図から分かるように、Poyntingベクトルは、人工原子について平均化した場合でも擬スピンダウン/スピンアップ状態について有限の下向き/上向き電磁エネルギーフローを示す。このことはエッジにおいて二つの擬スピン状態に付随した逆方向での電磁エネルギーフローを曖昧さなく示し、これはQSHE状態の特徴である。リボン系について図5(a)に示すバルクバンド中のPoyntingベクトルの分布は図4に示す無限の系についての分布とそれほど大きくは異なっていない。準古典描像では、QHEは強い外部磁界の下における電子のバルクでの円運動及びエッジでのスキップ運動によって記述されたことがある(非特許文献38)。ここで、Poyntingベクトルは電磁系における物理量であり、従ってフォトニックQSHE状態について図4、5及び6に示される分布は実験で観測できることを強調しておく。本願の系におけるQSHEはまたΓ点近傍で成り立つk・pモデルに基づくZトポロジー指数の計算によっても確認できる。
【実施例】
【0043】
本願のトポロジー状態の実験的な実装については、z軸方向に沿ったシリコン円柱の有限の高さを考慮に入れた。距離H=10mmだけ離間した2枚の平行な金の板に挟まれた、正方形状である試料を検討した(図6(a))。トポロジカルな試料のサイズを
【0044】
【数17】
【0045】
とし、四辺の縁は皆自明なフォトニック結晶で囲む。トポロジカルな領域及び自明な領域についてRをそれぞれ3.65mm及び3mmとした。なお、ここで両領域のRの値が異なっているのは、設計の際の計算の都合上、格子定数aの値を両領域で一致させたことによって両領域のRが異なることになったためである。また、両領域についてd=2.4mm及びa=10mmとした。この構造により、トポロジカル周波数は13.47±1.2GHzとなった。周波数ω=13.47GHzの直線偏光を持つ線状電磁波源をシリコン円柱と平行においた。直線偏光を持つ電磁波源は二つの円偏光(二つの擬スピン)に分解することができるので、図6(b)に示すように、系はヘリカルトポロジカルエッジ状態を示す。
【0046】
以下では、図7A図7Cを参照して、本実施例におけるトポロジカルフォトニック結晶の自明な領域及びトポロジカル領域を実現するシリコン円柱の配置をより具体的に説明する。これらの図は何れも平面上に立設された多数のシリコン円柱を上から(図1の表記に従えばz方向から)見たものであり、黒色の円がそれぞれのシリコン円柱を現している。また、シリコン円柱の周囲の誘電体は空気である。
【0047】
図7Aはシリコン円柱がハニカム格子状に配置されており、これらの円柱は互いに等間隔になっている。つまり、6本のシリコン円柱の組の各シリコン円柱を頂点とする淡色の正六角形の対角線を対角線の長さ(この長さが2Rであることに注意されたい)の半分、つまり正六角形の中心からその頂点までの距離Rだけ延長すると、隣接する6本のシリコン円柱の組に属する最も近いシリコン円柱の中心位置に到達する。この対角線を更にRだけ延長すると当該隣接する6本のシリコン円柱の組の中心に到達する。このような隣接するシリコン円柱の組の中心間の距離はaであるから、この配置が上で説明したa/R=3に相当する。
【0048】
図7B図7Aの配置を変形し、6本のシリコン円柱が構成する組のそれぞれにおいて、上述の正六角形の形状及びサイズを維持したままで(つまりRを一定にして)、各組の間の距離aを大きくすることによって拡大したものである。この場合には明らかにa/R>3となる。従って、この配置では自明な状態となる。
【0049】
この距離の拡大を、上記正六角形の中心を格子点とすることで構成される三角格子(正三角格子)を使って説明すれば、以下のようになる。図7Aの配置において、これらの正六角形の中心はそれぞれ上記三角格子の格子点上に位置するとともに、正六角形の各頂点は隣接する格子点を結ぶ格子線上に位置する。この三角格子をこの三角格子の面内で比例拡大(等方向的に拡大)すると、格子点は相互の距離が一様に拡大するように移動する(この移動に当たって正六角形の形状・サイズ・向きは不変)ので、隣接する格子点相互の間隔aは当初の3Rから大きくなる。また上記正六角形は当初載っていた格子点の移動に伴ってそれと一緒に移動する。これにより、a/R>3となる。なお、この移動の際に正六角形の向きが変化しない、つまり平行移動が行なわれる。これにより、正六角形の頂点は隣接した格子点を結ぶ格子線上に位置した状態を維持する。
【0050】
図7C図7Aの配置を図7Bとは逆方向に変形したものである。つまり、6本のシリコン円柱が構成する正六角形の形状及びサイズを維持したままで各組の間の距離aを小さくすることによって縮小したものである。この場合には明らかにa/R<3となる。従って、この配置ではトポロジカル状態が現れる。
【0051】
図7Bの場合と同じようにこれらの六角形の中心を格子点とする三角格子に基づいて当該縮小を表現すれば、図7Bとは逆にこの三角格子をこの三角格子の面内で比例縮小(等方向的に縮小)すると、格子点は相互の距離が一様に縮小するように移動する(この移動に当たって正六角形の形状・サイズ・向きは不変)ので、隣接する格子点相互の間隔aは当初の3Rから小さくなる。また上記正六角形は当初載っていた格子点の移動に伴ってそれと一緒に平行移動する。これにより、a/R<3となる。
【0052】
ここで、シリコン円柱(一般には誘電体円柱)のハニカム格子状配置から6本組み円柱で構成される正六角形間距離の縮小を行う場合、a/R=2に到達すると隣接する正六角形が互いに接触するので、実際には2<a/R<3とする必要がある。なお、Rは誘電体円柱の中心位置からの距離であるため、円柱の太さが無視できない大きさである場合には、当然のことであるがこの比の値が実際に取り得る範囲が更に狭くなることに注意されたい。
【産業上の利用可能性】
【0053】
以上詳細に説明したように、本発明によれば通常の半導体デバイスに使用される材料など、ありふれた材料を使用し、また特殊で適切な制御が困難な処理を必要とせずにトポロジカルフォトニック結晶を実現できる。また、このようにして実現されたトポロジカルフォトニック結晶は室温でも動作可能であるため、実用に供するにあたって制限が少ない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0054】
【非特許文献1】Klitzing, K. v., Dorda, G. & Pepper, M. New method for high-accuracy determination of the fine-structure constant based on quantized Hall resistance. Phys. Rev. Lett. 45, 494-497 (1980).
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図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B
図7C