【実施例】
【0041】
本発明の具体的な実施例について図面に基づいて説明する。
【0042】
図1には、前述したとおり、園池耕一郎氏が発表した過去100年間に亘る、耐熱性芽胞菌に高圧処理を施した場合の殺菌効果に関する論文の一部を示しており、耐熱性芽胞菌については1200MPaの高圧によっても殺菌できない結果が示されている。
【0043】
高圧処理による微生物の殺菌については、非耐熱性菌と耐熱性菌とでその効果は大きく異なる。
【0044】
即ち、非耐熱性菌に対して高圧処理の効果は顕著であり、加圧時に加温すると更に効果的であることも確認されている。
【0045】
従って、例えばほとんどの栄養細胞,グラム陰性菌,カビ・酵母では、死滅する菌種も多く見られる。
【0046】
しかし、前述のように耐熱性の芽胞菌については、400MPa以上の圧力でも殺菌は困難であることが示されており、更にその後の研究で高圧処理だけの殺菌ではたとえ同時あるいは直後に加熱しても加熱温度が高くなければ十分な殺菌効果が発揮されないことが分かってきた。
【0047】
そこで本発明は、前述のように、耐熱性芽胞菌の耐熱性のメカニズムの研究・考察し、耐熱性について、減圧処理後の時間経過と芽胞懸濁液の濁度を測定することで、加熱殺菌処理が殺菌に及ぼす効果を事前に知得し、比較的低圧な200MPa以下の減圧処理と、121℃以下の加熱殺菌処理との独立した効果によって、簡易な手法で効率良く、耐熱性芽胞菌を殺菌又は不活化することができる条件を見い出し本発明を完成したものである。
【0048】
即ち、加熱殺菌処理の前処理として、50℃以下の温度条件下で50MPa以上200MPa以下の静水圧を対象物に加える高圧処理を施し減圧する減圧処理を施した後、即ち、減圧直後、言い換えればこの減圧による静水圧変動が生じた直後から、10分以上経過した後で且つ18時間以上経過する前に、前記減圧処理を施した対象物に、初期温度より50℃〜80℃温度上昇させた温度で(少なくとも121℃以下の温度を)10分以上維持する前記加熱殺菌処理を施す。
【0049】
即ち、加熱殺菌処理の前処理として、50℃以下の温度条件下で50MPa以上200MPa以下の静水圧を対象物に加える高圧処理を施し減圧する減圧処理を施した後、この減圧による静水圧変動が生じた後所定の放置時間が経過した後に、前記減圧処理を施した対象物に、前記加熱殺菌処理を施すが、前記所定の放置時間は、前記減圧処理後の耐熱性の指標となる芽胞懸濁液の濁度が前記減圧直後の値の60%以下となる時間を予め測定により知得し、この知得した時間を前記所定の放置時間とし、前記減圧直後から前記所定の放置時間(10分程度以上)が経過するのを待って、前記加熱殺菌処理を施す。
【0050】
従って、本発明は、前述したように、減圧処理と加熱殺菌処理との各々独立した効果によって、従来殺菌できるとされてきた高い圧力や高い温度に依存することなく、圧力も温度も利用し易い範囲とし、そして殺菌効果を高めるために、高圧処理後の減圧処理の効果に着目し、この減圧処理による静水圧変動を重視し、その後時間とともに耐熱性芽胞菌の耐熱性が前記圧力程度でも十分に低下すること、並びに所定時間までは耐熱性が低いままで加熱殺菌が前述のような温度程度でも十分に効果が得られることなどを見い出し、前記問題を解決したもので、簡易な設備で実現可能で確実にして十分な殺菌効果を発揮する画期的な耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法となるものである。
【0051】
図3に、生物工学会誌第91巻第2号(50−72,2013年)に掲載された濁度の変化と発芽の関係を示すグラフと、濁度(OD)の変化と芽胞の顕微鏡写真の関係を掲載した。
【0052】
また一方、
図4にB.cereus芽胞の減圧処理後の濁度変化の実験結果を示す。
【0053】
即ち、この
図4は、高圧処理工程で100MPaに昇圧(昇圧時間1分)し、1分間保持し、0.1MPaに減圧(減圧時間1分)した場合の各工程、即ち高圧処理(昇圧,昇圧保持)・減圧処理(減圧)・減圧後の濁度(OD:Optical Densityの略)の変化を示したものである。
【0054】
先ず、前記
図3を参照すれば、枯草菌のスポアの濁度の変化からも明らかなように、発芽前の暗色化(darkening)写真2・3のスポアでは濁度が0.3前後でありこの芽胞は耐熱性を保持していない。これは一般に発芽する前に濁度が低下し、耐熱性が低下することを示すものであるが、高圧処理によっても減圧後に
図5に示すように濁度は急激に低下し、耐熱性が低下することを見い出した。
【0055】
以上のように、耐熱性の指標としてODを測定することは重要であるが、現在まで、高圧下または減圧開始から、実時間の経過によるODの変化は測定されていなかった。本発明では、耐熱性の低下を確認する手段として高圧処理後の減圧処理を施した後でのODの変化を時間経過と共に測定し、これによって耐熱性の低下を確認することができた。
【0056】
この
図4のグラフを工程別に観察すると、ODの変化は、100MPa、1分の昇圧時や保圧の時よりも、減圧してから急激に減少していることが確認できる。即ち、芽胞の耐熱性の低下は、加圧時よりも減圧直後からの時間の経過によって遥かに大きく減少することを見い出した。
【0057】
この
図4に示すODのグラフは、ODの変化量ではなく、OD650(波長が650ナノメートルでの光学密度)の計測値を縦軸として示した。
【0058】
初菌数を約10の8乗に調整していて、この時に0.9〜1.0になるようにして実験したものである。
【0059】
菌液の濃度を下げれば濁度も落ちるが、昇圧・保圧・減圧・減圧後の各過程でどの程度の減少が起きるかを計測したいと考えて、通常は0.6程度に調整をするが、あえて少し高くなるように調整して実験した。
【0060】
図3に示した資料(生物工学会誌第91巻第2号50−72,2013年)では0.6がPhase-gray,Phase-darkで0.3程度になり半減している。
【0061】
図4に示す減圧後における濁度の変化を測定したデータでも初期値を0.9とすると、減圧後の終点ではこの半分の0.4程度となっている。
【0062】
本実施例では、減圧処理後(減圧した直後)の濁度の値の60%程度となる10分を必要放置時間とし、この10分以上経過した後に加熱殺菌することにより低温殺菌でも十分な殺菌効果が発揮されることを確認した。
【0063】
更に説明すれば、前述のように芽胞溶液の濁度の低下は、耐熱性の低下を示す指標として知られており、発芽工程の判断基準ともなっている。即ち、発芽が生じない場合でも高圧、又は減圧処理で殺菌可能な状況を外部から知ることのできる重要な観察方法の一つが濁度の低下である。このように芽胞の耐熱性を判断することは、加熱殺菌処理後に微生物的に低菌化されるか否かを事前に知得するために、時間と手間のかかる培養作業を省くことができるので重要である。本発明においては、高圧処理による減圧処理によって芽胞溶液の濁度が低下し、これが耐熱性の指標となることを利用して、可能な限り低い温度、さらに低い圧力で確実にして十分な殺菌効果を発揮できる範囲を見い出したのである。
【0064】
即ち、
図4の実験結果に示すように、減圧処理後10分以上時間経過させることで、(減圧による静水圧変動を与え所定の放置時間を経過させることで)芽胞殻(Spore coat)の境界面の疎水性を低下させ、水濡れ性を上昇させ、芽胞内部へ水と熱の侵入を容易にすることによって、芽胞の殺菌並びに不活化を実現したのである。
【0065】
繰り返しになるが、
図4に示したように、濁度は減圧後に急激に低下する。減圧後に一定の経過時間(放置時間)を置いて耐熱性芽胞の耐熱性を十分に低下させ、その後に加熱殺菌を施すことで、十分に殺菌又は不活化できる、即ち、本発明は、減圧処理と加熱殺菌処理との各々独立した効果によって、従来殺菌できるとされてきた高い圧力や高い温度に依存することなく、圧力も温度も利用し易い範囲とし、そして殺菌効果を高めるために、高圧処理後の減圧処理の効果と、この減圧処理による静水圧変動に着目し、その後時間とともに耐熱性芽胞菌の耐熱性が前記圧力程度でも十分に低下すること、並びに所定時間までは耐熱性が低いままで加熱殺菌が前述のような温度程度でも十分に効果が取得できること、などを見い出しこれまでの問題を解決し、簡易な設備で実現可能で確実にして十分な殺菌効果を発揮する画期的な耐熱性芽胞菌の殺菌又は不活化処理方法となるものである。
【0066】
また、
図5は、減圧処理によって低下したB.cereus芽胞の耐熱性が回復するまでの時間を示すグラフである。
【0067】
この
図5に示す実験は、供試菌株:Bacillus cereus NBRC13494(精製芽胞)とし、1/15molリン酸緩衝液(pH7.0)に芽胞を懸濁し、初発菌数3.6×10
7cfu/mlとした。200MPa・25℃・10分間の減圧処理を施した後、25℃で0,6,12,18,24,48時間静置した後に90℃、5分間の加熱殺菌処理を行い、芽胞の生残菌数を計測することで、耐熱性を評価した。
【0068】
この実験は(25℃静置後の加熱処理は)、25℃で各時間静置した後に、90℃、5分の加熱殺菌処理をした際の生残芽胞菌数を表す。緩衝液中で48時間まで静置しても耐熱性に大きな変化は見られないが、減圧処理後、18時間までの静置では初発菌数に比べて約3.5オーダーの減少が見られ、更に18時間以降になると約2オーダーの生残芽胞数が増加しており、耐熱性の回復が認められた。
【0069】
従って、減圧処理後、濁度が減圧直後の60%以下となる10分程度以上待って加熱殺菌処理するが、少なくとも18時間以内にはこの加熱殺菌処理を行うことで確実にして十分な殺菌効果が発揮されることとなる。
【0070】
また、更に
図6は、0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したB.cereus芽胞の減圧処理(200MPa,25℃,10分)後の濁度変化を示すグラフで、この実験からも確実に殺菌効果を果たすことが確認できた。
【0071】
また、
図7に0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus subtilis(NBRC3134)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(90℃)での生残菌数の変化を示すグラフを、
図8に0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus subtilis(NBRC3134)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(100℃)での生残菌数の変化を示すグラフを、
図9に0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus subtilis(NBRC3134)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(110℃)での生残菌数の変化を示すグラフを、
図10に0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus cereus(NBRC13494)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(90℃)での生残菌数の変化を示すグラフを、
図11に0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus cereus(NBRC13494)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(100℃)での生残菌数の変化を示すグラフを、
図12に0.067Mリン酸緩衝液に懸濁したBacillus cereus(NBRC13494)芽胞の減圧処理とその後の加熱処理(110℃)での生残菌数の変化を示すグラフを示す。
【0072】
この実験からも確実に殺菌効果を果たすことが確認できた。
【0073】
また、
図13にB.cereus芽胞の減圧処理(200MPa,25℃,1分)後の濁度、並びに減圧処理後の加熱殺菌(100℃,30分)での生残率を示す表を、
図14にB.cereus芽胞の減圧処理(200MPa,25℃,1分)後の濁度、並びに減圧処理後の加熱殺菌(100℃,30分)での生残率との関係を示すグラフを示す。
【0074】
この実験結果から、前述のとおり減圧処理後の濁度の低下が減圧処理後の加熱殺菌処理の菌の生存率と相関することが確認できた。
【0075】
尚、
図15にBacillus cereus(NBRC13494)芽胞菌液の減圧処理後の濁度変化を示すグラフを示す。
【0076】
この実験結果から、減圧処理直後から濁度が低下し、その後室温で48時間放置しても、濁度が回復することはなかった。別の実験で18時間後から耐熱性の回復が認められるが、表面の水濡れ性は回復しないことなどもわかった。
【0077】
また、更に対象物を農産物並びに加工食品とし、減圧処理後の放置時間を10分間とした実施例、即ち、10分経過後(10分間待って)加熱殺菌処理した実施例として、
図16に鹿児島県産甘藷(紅あずま,皮付き輪切り)について、減圧処理(200MPa,50℃,5分)の10分後に加熱殺菌(100℃)を施した生残菌数の変化を示すグラフを、
図17に熊本県産甘藷(紅はるか,輪切り)について、減圧処理(200MPa,50℃,5分)の10分後に加熱殺菌(100℃30分)を施した生残菌数の変化を示すグラフを、
図18に鹿児島県産馬鈴薯(輪切り)について、減圧処理(200MPa,25℃,2分)の10分後に加熱殺菌(100℃15分,105℃15分)を施した生残菌数の変化を、
図19に冷凍たこやきの減圧処理(200MPa,25℃,2分)とその10分後に加熱殺菌(105℃30分)、及び冷蔵保存後の生残菌数の変化を示すグラフを、
図20にハンバーグの減圧処理(200MPa,25℃,2分)とその10分後に加熱殺菌(100℃15分、105℃15分)、及び冷蔵保存後の生残菌数の変化を示すグラフを、
図21に焼売の減圧処理(200MPa,25℃,2分)とその10分後に加熱殺菌(100℃15分、105℃15分)、及び冷蔵保存後の生残菌数の変化を示すグラフを、
図22にパイナップルの減圧処理(200MPa,25℃,2分)とその10分後に加熱殺菌(100℃15分、105℃15分)、及び冷蔵保存後の生残菌数の変化を示すグラフを示す。
【0078】
この実験結果からも十分な殺菌効果が発揮されることが確認できた。
【0079】
尚、本発明は、本実施例に限られるものではなく、各構成要件の具体的構成は適宜設計し得るものである。