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特開2016-161490非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-161490(P2016-161490A)
(43)【公開日】2016年9月5日
(54)【発明の名称】非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/48 20060101AFI20160808BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20160808BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20160808BHJP
【FI】
   G01N33/48 Z
   G01N33/50 Z
   G01N33/15 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-42503(P2015-42503)
(22)【出願日】2015年3月4日
(71)【出願人】
【識別番号】510313636
【氏名又は名称】株式会社浜松ファーマリサーチ
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100064908
【弁理士】
【氏名又は名称】志賀 正武
(74)【代理人】
【識別番号】100094400
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 三義
(74)【代理人】
【識別番号】100086379
【弁理士】
【氏名又は名称】高柴 忠夫
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼松 宏幸
(72)【発明者】
【氏名】根本 真吾
(72)【発明者】
【氏名】小川 真弥
(72)【発明者】
【氏名】阿波賀 祐治
【テーマコード(参考)】
2G045
【Fターム(参考)】
2G045AA29
(57)【要約】      (修正有)
【課題】非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の強度を評価する方法、及び当該方法を利用して、被検物質の体動痛を緩和する作用の有無や作用強度を評価する方法を提供する。
【解決手段】非ヒト霊長類を被検動物とする、被検動物の体動痛を評価する方法であって、被検動物を、後肢による二足歩行時の姿勢を保持する歩行補助具に設置した状態で自由に後肢のみで歩行させ、歩行状態を評価する工程と、歩行状態の評価結果に基づいて、前記被検動物が感じている体動痛の強度を評価する工程と、を有することを特徴とする、非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
非ヒト霊長類を被検動物とする、被検動物の体動痛を評価する方法であって、
被検動物を、後肢による二足歩行時の姿勢を保持する歩行補助具に設置した状態で自由に後肢のみで歩行させ、歩行状態を評価する工程と、
歩行状態の評価結果に基づいて、前記被検動物が感じている体動痛の強度を評価する工程と、
を有することを特徴とする、非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法。
【請求項2】
前記歩行状態の評価を、歩行時の重心の位置、後肢の床への着き方、後肢の持ち上げ方、及び膝関節の伸展状態からなる群より選択される1種以上に基づいて行う、請求項1に記載の非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法。
【請求項3】
前記歩行状態の評価を、歩行時の重心の位置、後肢の床への着き方、後肢の持ち上げ方、及び膝関節の伸展状態についてスコア化して行う、請求項1に記載の非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法。
【請求項4】
前記被検動物が、カニクイザル又はアカゲザルである、請求項1〜3のいずれか一項に記載の非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法。
【請求項5】
前記被検動物が、疼痛モデル動物である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法。
【請求項6】
被検物質の体動痛を緩和する作用を評価する方法であって、
被検物質を摂取させた非ヒト霊長類を被検動物として、請求項1〜5のいずれか一項に記載の非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法を行い、得られた評価結果に基づいて前記被検物質の体動痛を緩和する作用の有無及び作用強度を評価することを特徴とする、被検物質の体動痛を緩和する作用の評価方法。
【請求項7】
前記被検動物が感じている体動痛の強度を、前記被検物質を摂取させる前と比較し、
前記被検動物が感じている体動痛の強度が、前記被検物質を摂取させる前よりも低下している場合に、前記被検物質が被検物質の体動痛を緩和する作用を有すると評価し、
前記被検動物が感じている体動痛の強度が、前記被検物質を摂取させる前の強度以上である場合に、前記被検物質が被検物質の体動痛を緩和する作用を有さないと評価する、請求項6に記載の被検物質の体動痛を緩和する作用の評価方法。
【請求項8】
体動痛を緩和する作用を有する物質をスクリーニングする方法であって、
被検物質を摂取させた非ヒト霊長類を被検動物として、請求項1〜5のいずれか一項に記載の非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法を行い、
前記被検動物が感じている体動痛の強度が、前記被検物質を摂取させる前よりも低下した場合に、当該被検動物が摂取した被検物質を、体動痛を緩和する作用を有する物質の候補物質として選抜することを特徴とする、体動痛を緩和する作用を有する物質のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の強度を、歩行状態から評価する方法、及び当該方法を利用して、被検物質の体動痛を緩和する作用の有無や作用強度を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
疼痛のメカニズムの解明や鎮痛薬の開発には、疼痛モデル動物が広く使用されている。動物は、ヒトと異なり、疼痛の程度や状態を自ら申告することができない。このため、動物を用いた疼痛試験では、痛みをもたらす種々の刺激に対する動物の行動(疼痛関連行動)を指標として痛みの強度を評価する。疼痛には、炎症性疼痛、神経障害性疼痛、癌性疼痛等の種類があり、それぞれメカニズムが異なるため、様々な疼痛モデル動物が知られている。炎症性疼痛モデル動物としては、後肢に化学的起炎物質を投与したラットやマウスが広く知られている。例えば、完全フロイントアジュバント(CFA)を膝関節に注入して関節炎を誘導したマウスは、変形性関節症(Osteoarthritis;OA)の疼痛モデル動物として用いられている(非特許文献1参照。)。
【0003】
非ヒト霊長類は、遺伝的にも、神経解剖学的にも、薬物動態学的にも、齧歯類よりもヒトに近いため、よりヒトに投与した際の作用効果と近似した作用効果が得られると期待できる。このため、ヒトに対して有効な鎮痛薬の開発のためには、疼痛モデル動物として、齧歯類よりも、ヒト以外の霊長類を用いることが好ましい。しかしながら、非ヒト霊長類の多くは本来四足歩行する動物であるため、変形性膝関節症のような後肢に疼痛部位を有する疼痛の解析を、非ヒト霊長類を用いて行うことは非常に困難である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Westlund,et al.,Translational Research,2012,vol.160(1),p.84−94.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の強度を評価する方法、及び当該方法を利用して、被検物質の体動痛を緩和する作用の有無や作用強度を評価する方法を提供することを目的とする。なお、体動痛は、痛みの指標の一つである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、後肢による二足歩行時の姿勢を保持する歩行補助具に設置した状態での歩行状態を評価することにより、非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛を客観的に評価できることを見出し、本発明を完成させた。
【0007】
すなわち、本発明に係る非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法、被検物質の体動痛を緩和する作用の評価方法、及び体動痛を緩和する作用を有する物質のスクリーニング方法は、下記[1]〜[8]の通りである。
[1] 非ヒト霊長類を被検動物とする、被検動物の体動痛を評価する方法であって、被検動物を、後肢による二足歩行時の姿勢を保持する歩行補助具に設置した状態で自由に後肢のみで歩行させ、歩行状態を評価する工程と、歩行状態の評価結果に基づいて、前記被検動物が感じている体動痛の強度を評価する工程と、を有することを特徴とする、非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法。
[2] 前記歩行状態の評価を、歩行時の重心の位置、後肢の床への着き方、後肢の持ち上げ方、及び膝関節の伸展状態からなる群より選択される1種以上に基づいて行う、前記[1]の非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法。
[3] 前記歩行状態の評価を、歩行時の重心の位置、後肢の床への着き方、後肢の持ち上げ方、及び膝関節の伸展状態についてスコア化して行う、前記[1]の非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法。
[4] 前記被検動物が、カニクイザル又はアカゲザルである、前記[1]〜[3]のいずれかの非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法。
[5] 前記被検動物が、疼痛モデル動物である、前記[1]〜[4]のいずれかの非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法。
[6] 被検物質の体動痛を緩和する作用を評価する方法であって、被検物質を摂取させた非ヒト霊長類を被検動物として、前記[1]〜[5]のいずれかの非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法を行い、得られた評価結果に基づいて前記被検物質の体動痛を緩和する作用の有無及び作用強度を評価することを特徴とする、被検物質の体動痛を緩和する作用の評価方法。
[7] 前記被検動物が感じている体動痛の強度を、前記被検物質を摂取させる前と比較し、前記被検動物が感じている体動痛の強度が、前記被検物質を摂取させる前よりも低下している場合に、前記被検物質が被検物質の体動痛を緩和する作用を有すると評価し、前記被検動物が感じている体動痛の強度が、前記被検物質を摂取させる前の強度以上である場合に、前記被検物質が被検物質の体動痛を緩和する作用を有さないと評価する、前記[6]の被検物質の体動痛を緩和する作用の評価方法。
[8] 体動痛を緩和する作用を有する物質をスクリーニングする方法であって、被検物質を摂取させた非ヒト霊長類を被検動物として、前記[1]〜[5]のいずれかの非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法を行い、前記被検動物が感じている体動痛の強度が、前記被検物質を摂取させる前よりも低下した場合に、当該被検動物が摂取した被検物質を、体動痛を緩和する作用を有する物質の候補物質として選抜することを特徴とする、体動痛を緩和する作用を有する物質のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明に係る非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法により、非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛を、安定的かつ客観的に評価することができる。
また、当該評価方法により、非ヒト霊長類を用いて、被検物質の体動痛を緩和する作用の有無や強度をより客観的に評価することができ、さらに、体動痛を緩和する作用を有する物質のスクリーニングもより客観的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明に係る体動痛評価方法において使用される歩行補助具の一態様を示した図である。図1(A)は概略斜視図、図1(B)は、側面図である。
図2】実施例1において、ジクロフェナク群(G2群)とビークル群(G1群)の歩行障害スコア(平均値±標準誤差)を示した図である。
図3】実施例1において、モルヒネを投与する前及び投与後30分経過時点における、MIA投与から36日目のビークル群のWeight Bearingテストの結果(図3(A))、Knee pressureテストの結果(図3(B))、及び歩行障害テストの結果(図3(C))を示した図である。
図4】実施例2において、MMx群とシャム群の歩行障害スコア(平均値±標準誤差)を示した図である。
図5】実施例2において、モルヒネを投与する前及び投与後30分経過時点における、MMxから42日目のMMx群のWeight Bearingテストの結果(図5(A))、Knee pressureテストの結果(図5(B))、及び歩行障害テストの結果(図5(C))を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明に係る非ヒト霊長類の二足歩行時の体動痛の評価方法(以下、「本発明に係る体動痛評価方法」ということがある。)は、非ヒト霊長類を被検動物とし、被検動物を、後肢による二足歩行時の姿勢を保持する歩行補助具に設置した状態で自由に後肢のみで歩行させ、歩行状態を評価する工程と、歩行状態の評価結果に基づいて、前記被検動物が感じている体動痛の強度を評価する工程と、を有することを特徴とする。被検動物が体動痛を感じている場合には、健常時(体動痛を感じていない場合)と比較して、歩行時の姿勢が崩れたり、体動痛を感じる部分に負担がかからないように庇う動作が観察される傾向があり、当該傾向は、体動痛の強度が強いほど大きくなる。すなわち、被検動物の歩行状態は被検動物が感じている体動痛の強度に影響を受けることから、歩行状態に基づいて、被検動物が感じている体動痛の強度を評価できる。
【0011】
本発明に係る体動痛評価方法においては、被検動物を、後肢による二足歩行時の姿勢を保持する歩行補助具に設置した状態で歩行状態を観察する。後肢による二足歩行時の体動痛を評価するためには、被検動物に、前肢を床に着けずに後肢のみで歩行させることが必要である。本発明に係る体動痛評価方法においては、後肢による二足歩行時の姿勢を保持する歩行補助具を用いることにより、本来四肢歩行を行う非ヒト霊長類に、所定の時間確実に後肢のみで歩行させることができる。
【0012】
本発明に係る体動痛評価方法において使用される歩行補助具は、被検動物に後肢による二足歩行時の姿勢を保持しながら、被検動物の二足歩行に伴って移動することにより、二足歩行を補助するものである。ここで、「後肢による二足歩行時の姿勢を保持する」とは、前肢を床に着けず、後肢のみが床に着いている姿勢を保持する、という意味である。より詳細には、当該歩行補助具は、被検動物の頸部を保持する保持部を有する保持部材と、前記保持部の高さ位置が、前記被検動物が前記二足歩行するときの姿勢における前記頸部の高さ位置となるように、前記保持部材を支持する支持本体と、前記支持本体の下部に設けられた車輪と、を有する。前記保持部は、平面視で前記被検動物の頭部よりも小さく、かつ頸部よりも大きい孔である。歩行補助具に設置された被検動物は、頸部の床からの高さが後肢による直立姿勢時の高さに保持されるため、前肢を床に着くことができず、後肢による二足歩行状態が維持される。また、当該歩行補助具は車輪を備えているため、被検動物は、当該歩行補助具に設置された状態で、前後左右に自由自在に歩行することができる。なお、当該歩行補助具としては、可能な限り被検動物に与えるストレスを軽減するように考慮されていることが好ましい。
【0013】
本発明に係る体動痛評価方法において使用される歩行補助具の一態様を、図1に示す。歩行補助具1は、保持部材10と、支持本体20と、車輪30と、を有し、床面Fにおいて用いられ、非ヒト霊長類である被検動物Aの後肢による二足歩行を補助するために用いる。
【0014】
保持部材10は、被検動物Aの頸部を保持する保持部14を有する。保持部14は、平面視で被検動物Aの頭部よりも小さく、かつ頸部よりも大きい孔である。保持部材10は、保持部14において被検動物Aの頸部に装着される。
【0015】
支持本体20は、保持部材10を所定の高さ位置に支持する。具体的には、支持本体20は、被検動物Aが二足歩行するときの姿勢における頸部の高さ位置を基準として、保持部14の高さ位置が、被検動物Aの二足歩行時の頸部の高さ位置となるように保持部材10を支持する。これにより、保持部材10を装着した被検動物Aは、二足歩行時の姿勢を保持可能となる。
【0016】
車輪30は、支持本体20の下部に設けられ、被検動物Aの二足歩行に伴い歩行補助具1の全体を移動可能としている。図では、歩行補助具1は、4つの車輪30を有することとしている。もちろん、被検動物Aの二足歩行を妨げないならば、車輪30の数は4つに限らない。
【0017】
歩行補助具1は、二足歩行時の姿勢において被検動物Aが前肢でつかまることが可能な手置台を備えた前肢保持部40をさらに有する。図では、前肢保持部40は保持部材10の前方下部に設けられることとしているが、支持本体20に設けることとしてもよい。被検動物Aは、本来樹上生活を営むものが多く、前肢が何も持っていない状態で二足歩行させるとストレスの原因となる。そのため、被検動物Aが前肢でつかまることが可能な位置に手置台(前肢保持部40)を設けることで、被検動物Aのストレスを低減させることができる。
【0018】
本発明に係る体動痛評価方法においては、被検動物を歩行補助具に設置した状態で自由に後肢のみで歩行させ、歩行状態を評価する。歩行状態は、被検動物と同一の個体又は同種の個体であって体動痛を感じていない状態の個体の歩行状態(健常時の歩行状態)と比較して評価する。被検動物の歩行状態が、健常時の歩行状態と同一又は近似している場合には、当該被検動物の歩行状態は正常である、と評価する。被検動物の歩行状態が、健常時の歩行状態とは異なる場合、すなわち、健常時の歩行状態では観察されない態様で歩行している場合には、当該被検動物の歩行状態には異常がある、と評価する。
【0019】
被検動物の歩行状態は、特に、ヒトや非ヒト霊長類が体動痛を感じる際に歩行時にあらわれる態様を指標として評価することが好ましい。具体的には、歩行時の重心の位置、後肢の床への着き方、後肢の持ち上げ方、及び膝関節の伸展状態からなる群より選択される1種以上に基づいて評価することが好ましい。各項目についてそれぞれ評価した結果をそのまま被検動物の歩行状態の評価としてもよいが、複数の項目の評価を総合的に判断して評価することにより、より正確に歩行状態を評価することができる。
【0020】
例えば、後肢の一方に体動痛を感じている場合には、歩行時の重心は、体動痛を感じていない後肢側に偏る(健足重心)。そこで、歩行時の重心が左右どちらにも偏っていない場合には歩行状態は正常と評価され、歩行時の重心が左右のいずれかに偏っている場合には歩行状態は異常と評価される。
【0021】
また、体動痛を感じている後肢では、体重負荷を軽くするように、つま先だけを床に着けて歩く頻度が高くなる傾向があり、体動痛を感じている後肢を持ち上げる動作も頻繁に観察される。そこで、床に着く足裏の面積が健常時と同程度の場合や、後肢を持ち上げる動作が観察されない場合には歩行状態は正常と評価され、つま先だけを着く頻度が高い場合や、後肢を持ち上げる動作が頻繁に観察される場合には歩行状態は異常と評価される。
【0022】
さらに、膝関節に疼痛を感じている場合には、膝関節の可動域が狭くなり、屈曲及び伸展が滑らかにできなくなる。そこで、膝関節の可動域が100%であり、関節の曲げ伸ばしが問題なくできている場合には、歩行状態は正常と評価され、膝関節の可動域が狭くなっている場合や、膝関節の可動域は100%であるものの、関節の伸展・屈曲時に足に力が入っていたり、痛みを我慢するような動作が観察される場合には、歩行状態は異常と評価される。
【0023】
各項目についてスコア化し、全項目のスコアを集計することにより、より客観的かつ半定量的に被検動物の歩行状態を評価することができる。例えば、歩行時の重心の位置、後肢の床への着き方、後肢の持ち上げ方、及び膝関節の伸展状態についてのスコア化としては、表1に示すようなものが挙げられる。4つの項目(パラメータ)についてそれぞれスコアをつけ、全てのスコアの総合点に基づいて、被検動物の歩行状態を評価する。スコアが0の場合に、歩行状態は正常であると評価され、スコアが大きくなるほど、歩行状態が悪い(異常度が大きい)と評価される。
【0024】
【表1】
【0025】
歩行状態が正常と判断された場合には、被検動物は体動痛を感じていない、又は被検動物が感じている体動痛の強度は極めて小さいと評価される。歩行状態が異常と判断された場合には、被検動物は体動痛を感じていると評価される。歩行状態をスコアで評価した場合には、歩行状態のスコアが小さいほど、被検動物が感じている体動痛の強度が小さく、歩行状態のスコアが大きいほど、歩行状態の異常度が大きく、被検動物が感じている体動痛の強度が強いと評価される。歩行状態を評価したスコアを、そのまま被検動物が感じている体動痛の強度のスコアとしてもよい。
【0026】
非ヒト霊長類は、原猿類と真猿類に分類される。原猿類としては、キツネザル類、ロリス類、ガラゴ類、メガネザル類が挙げられ、真猿類としては、クモザル類、オマキザル類、マーモセット類、オナガザル類、コロブス類、類人猿が挙げられる。本発明に係る体動痛評価方法において被検動物とされる非ヒト霊長類としては、疼痛のメカニズムや鎮痛薬に対する反応がよりヒトに近いことから、真猿類であることが好ましく、オナガザル類、コロブス類、又は類人猿であることがより好ましく、カニクイザル、アカゲザル、ニホンザル、シロテナガザル、ゴリラ、オランウータン、チンパンジー、又はボノボであることがさらに好ましく、カニクイザル又はアカゲザルであることがよりさらに好ましい。
【0027】
本発明に係る体動痛評価方法において用いられる被検動物としては、疼痛モデル動物が好ましく、関節へのMIA(Monosodium iodoacetate)投与や内側膝半月板切除(Medial meniscectomy;MMx)により誘発されたOAモデル動物等がより好ましい。これらの疼痛モデル動物は、常法により作製できる。
【0028】
本発明に係る体動痛評価方法により、非ヒト霊長類が感じている体動痛を客観的に評価することができるため、当該方法は、被検物質の体動痛を緩和する作用の評価や、体動痛を緩和する作用を有する物質のスクリーニングに利用することができる。
【0029】
具体的には、被検物質を摂取させた非ヒト霊長類を被検動物として、前述の本発明に係る体動痛評価方法を行い、得られた評価結果に基づいて当該被検物質の体動痛を緩和する作用の有無及び作用強度を評価することができる。例えば、被検動物が感じている体動痛の強度を、当該被検物質を摂取させる前に当該被検動物が感じていた体動痛の強度と比較する。当該被検動物が感じている体動痛の強度が、当該被検物質を摂取させる前よりも低下している場合に、当該被検物質が被検物質の体動痛を緩和する作用を有すると評価し、当該被検物質を摂取させる前の強度以上である場合に、当該被検物質が被検物質の体動痛を緩和する作用を有さないと評価する。本発明に係る体動痛評価方法において、被検動物の歩行状態をスコアで評価し、当該スコアをそのまま体動痛の強度のスコアとして評価する場合であって、当該被検動物の歩行状態のスコアが当該被検物質を摂取させる前よりも低下した場合に、スコアの数値の低下幅が大きいほど、当該被検物質の体動痛を緩和する作用が強いと評価できる。
【0030】
また、被検物質を摂取させた非ヒト霊長類を被検動物として、前述の本発明に係る体動痛評価方法を行い、当該被検動物が感じている体動痛の強度が、当該被検物質を摂取させる前よりも低下した場合に、当該被検物質を、体動痛を緩和する作用を有する物質の候補物質として選抜することができる。本発明に係る体動痛評価方法により、各被検物質の体動痛を緩和する作用の強度が客観的な数値(スコア)として評価することができるため、体動痛を緩和する作用を有する物質のスクリーニングに当該方法を利用することにより、複数の被検物質の中から、所望の強度の体動痛を緩和する作用を有する物質を効率よく選抜することができる。なお、スクリーニングは複数の被検物質を対象に行われるが、一の被検物質あたり一個体の被検動物を用いて体動痛を緩和する作用の強度を調べてもよく、一個体の被検動物を用いて複数の被検物質の体動痛を緩和する作用の強度を調べてもよい。
【実施例】
【0031】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0032】
なお、以降の実施例において行われた動物実験及び使用された動物の飼育等は、日本国における「動物の愛護及び管理に関する法律」(昭和48年法律第105号)、「実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準」(平成18年環境省告示第88号)、「厚生労働省の所管する実施機関における動物実験等の実施に関する基本指針」(平成18年厚生労働省通知)、及び「動物実験の適正な実施に向けたガイドライン」(平成18年日本学術会議策定)等を遵守して行われた。
【0033】
[実施例1]
MIA誘発OAモデルサルを被検動物とし、非ステロイド性抗炎症薬であるジクロフェナク(Diclofenac)の投与の有無による二足歩行時の体動痛の強度を評価した。
【0034】
<MIA誘発OAモデルサル>
MIA誘発OAモデルサルは、25mg ケタミン(第一三共株式会社製)麻酔下、7〜10年齢のカニクイザルの左膝関節腔にMIA(シグマ・アルドリッチ社製;60mg/mL溶液を1.5mL)を注入することにより作製した。
【0035】
<ジクロフェナク投与>
MIA誘発OAモデルサル5頭に対して、ジクロフェナクナトリウム塩(シグマ・アルドリッチ社製)を、サルの体重当たりの投与量が1mg/kgとなるように、1日1回経口投与した(ジクロフェナク群:G2群)。投与は、MIA投与の翌日から35日間行った。
対照として、MIA誘発OAモデルサル5頭に対して、0.5質量/容量% メチルセルロース水溶液(和光純薬工業株式会社製)を、ジクロフェナク投与群と同量となるように、1日1回経口投与した(ビークル群:G1群)。投与は、MIA投与の翌日から35日間行った。
【0036】
<歩行障害テスト>
ジクロフェナク群とビークル群の両方のMIA誘発OAモデルサルに対して、MIA注入から0、7、14、21、28、及び35日目に、歩行障害テストを行った。なお、測定はブラインド下で行い、歩行障害テスト実施者は、どのサルが何を投与されているか分からないようにした。また「0日目」には、MIA注入前に歩行障害テストを行った。
歩行障害テストは、まず、サルを図1に示す歩行補助具に保定し、歩行をビデオカメラ(パナソニック株式会社製)で約1〜3分間程度撮影した。撮影された画像を解析し、表1に記載の歩行スコア表に従い各項目についてサルの歩行状態を評価し、全項目のスコアの総計値を各サルの歩行障害スコアとした。
【0037】
MIA注入前(0日目)及びMIA注入から1〜35日目における各群の歩行障害スコアの計測結果(平均値±標準誤差)を図2に示す。この結果、両群とも、MIA注入前(0日目)には、歩行障害スコアは0であり、歩行状態は正常であったが、MIA注入後7日目以降には歩行障害スコアが高くなり、歩行状態に異常が観察された。MIA注入後14日目以降では、ジクロフェナク群では、ビークル群よりも歩行障害スコアが有意に小さく(P<0.05、(t検定))、歩行状態の異常度が小さかった。これは、ジクロフェナクにより、膝関節の炎症に起因する痛みが緩和されていたためである。これらの結果から、図1に示すような歩行補助具に設置した状態での歩行状態が、非ヒト霊長類が感じている体動痛の強度を反映しており、当該歩行状態から体動痛の強度を評価できることが明らかである。
【0038】
<モルヒネ投与による痛みの強度変化>
MIA誘発OAモデルサルに対して、モルヒネの投与による痛みの強度の変化を調べた。モルヒネは、サルの体重当たりの投与量が6mg/kgとなるように、筋肉注射した。
具体的には、MIA注入から36日目のビークル群(5頭)に対して、モルヒネの投与前及び投与後60分経過時点において、MIAを注入した左後肢に対してWeight Bearingテスト及びKnee pressureテストを行い、さらに前述の通り歩行障害テストを行った。
【0039】
Weight Bearingテストは、具体的には以下のようにして行った。まず、サルを歩行補助具に保定し、後肢を別々の体重計(株式会社タニタ製)の上に置いた。サルが安静状態で体位が安定していることを確認後、測定を開始した。測定は、各測定時点につき3回実施した。測定中に動物が動いた場合はその値を除外して再度測定し、3回の平均を当該測定時点の測定値とした。処置側後肢(左後肢)への荷重比率(%)は、以下の計算式(1)により算出した。
【0040】
【数1】
【0041】
Knee pressureテストは、以下のようにして行った。まず、サルを歩行補助具に保定し、圧痛計(松宮医科精器製作所製)を用いて、膝の関節裂隙及び大腿内側顆を3秒間程ゆっくりと押していった。サルの表情から痛みを感じていることが認められた時又は足を引っ込める等の逃避行動が認められた時の圧力値(kg)を、各測定時点の測定値とした(カットオフ値:3kg)。測定は、各測定時点につき3回実施した。処置側後肢(左後肢)の疼痛閾値(%)は、以下の計算式(2)により算出した。
【0042】
【数2】
【0043】
Weight Bearingテストの結果を図3(A)に、Knee pressureテストの結果を図3(B)に、歩行障害テストの結果を図3(C)に、それぞれ示す(いずれも、平均値±標準誤差)。この結果、モルヒネ投与前と比較して、モルヒネ投与から60分経過後には、有意に(P<0.01(対応t検定))、左後肢にかかる体重負荷が増大し、左膝関節が耐えられる圧力の閾値が増大し、歩行障害スコアが低下した。これは、モルヒネにより膝関節の痛みが緩和されたためである。これらの結果からも、図1に示すような歩行補助具に設置した状態での歩行状態が、非ヒト霊長類が感じている体動痛の強度を反映しており、当該歩行状態から体動痛の強度を評価できることが明らかである。
【0044】
[実施例2]
MMx誘発OAモデルサルを被検動物とし、二足歩行時の体動痛の強度を評価した。
【0045】
<MMx誘発OAモデルサル>
MMx誘発OAモデルサルは、25mg ケタミン(第一三共株式会社製)及び25mg ソムノペンチル(共立製薬株式会社製)麻酔下、6頭の7〜10年齢のカニクイザルの右膝関節に対し内側半月板切除手術を行うことにより作製した(MMx群)。
対照として、3頭の7〜10年齢のカニクイザルの右膝関節に対し偽手術(MMx群に実施した手術と同じ部位の皮膚を切開)を行うことにより作製した(シャム群)。
【0046】
<歩行障害テスト>
MMx群とシャム群の両方に対して、手術前(0日目)及び手術後7、14、17、21、24、28、35、42、49、及び56日目に、実施例1と同様にして歩行障害テストを行った。なお、「0日目」は、手術前に歩行障害テストを行った。
【0047】
<トレーニング>
MMx群とシャム群の両方に対して、手術から10〜45日目に、週に5日間、2mの間隔で設置された2個のケージの一方のケージから他方のケージにジャンプさせるトレーニングを行った。ジャンプとジャンプの間には、1〜2分間の休憩をはさみ、1日当たり50回ジャンプさせた。なお、トレーニング実施時及びトレーニング終了後に、バナナやリンゴ等の副食を与え、サルにストレスがかからないようにした。
【0048】
手術から0〜56日目における各群の歩行障害スコアの計測結果(平均値±標準誤差)を図4に示す。この結果、両群とも、手術前(0日目)には、歩行障害スコアは0であり、歩行状態は正常であった。また、シャム群では、手術後7〜56日目も歩行障害スコアはほぼ0であり、歩行状態は正常であった。これに対して、MMx群では、手術後14日目までは歩行障害スコアは0であったが、手術後17日目以降には歩行障害スコアが高くなり、歩行状態に異常が観察された。特に、トレーニングを実施していた手術後10〜45日目には、歩行障害スコアは経時的に高くなっており、トレーニング終了後の手術後49〜56日目には、歩行障害スコアがやや低下していた。歩行障害スコアの推移から、トレーニングにより左膝に負担がかかり、MMx誘発OAモデルサルが痛みを感じていたこと、また、サルが感じる痛みは、トレーニングの継続により酷くなっていったが、トレーニングの終了によりやや痛みが改善されたことが明らかとなった。
【0049】
<モルヒネ投与による痛みの強度変化>
MMx誘発OAモデルサルに対して、モルヒネの投与による痛みの強度の変化を調べた。モルヒネは、サルの体重当たりの投与量が6mg/kgとなるように、筋肉注射した。
具体的には、手術後42日目のMMx群(6頭)に対して、モルヒネの投与前及び投与後60分経過時点において、Weight Bearingテスト及びKnee pressureテストを行い、さらに前述の通り歩行障害テストを行った。各テストは、実施例1と同様にして行った。
【0050】
Weight Bearingテストの結果を図5(A)に、Knee pressureテストの結果を図5(B)に、歩行障害テストの結果を図5(C)に、それぞれ示す(いずれも、平均値±標準誤差)。この結果、モルヒネ投与前と比較して、モルヒネ投与から60分経過後には、有意に(Weight BearingテストはP<0.05、Knee pressureテスト及び歩行障害テストはP<0.01(対応t検定))、右後肢(処置側後肢)にかかる体重負荷が増大し、右膝関節が耐えられる圧力の閾値が増大し、歩行障害スコアが低下した。これらの結果から、モルヒネにより右膝関節の痛みが緩和されたことが確認された。
【符号の説明】
【0051】
1…歩行補助具、A…被検動物、10…保持部材、14…保持部、20…支持本体、30…車輪、40…前肢保持部、F…床面
図1
図2
図3
図4
図5