(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-162570(P2016-162570A)
(43)【公開日】2016年9月5日
(54)【発明の名称】瞬間加熱によるイオン化装置、質量分析計、質量分析システム及びイオン化方法
(51)【国際特許分類】
H01J 49/10 20060101AFI20160808BHJP
H01J 49/04 20060101ALI20160808BHJP
G01N 27/64 20060101ALI20160808BHJP
【FI】
H01J49/10
H01J49/04
G01N27/64 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】39
【出願形態】OL
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2015-39745(P2015-39745)
(22)【出願日】2015年3月2日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 発行日:平成26年9月1日 刊行物:第75回応用物理学会秋季学術講演会講演要旨集(DVD) 発行日:平成26年9月11日 刊行物:第8回バイオ関連化学シンポジウム 講演要旨集 第163頁 日本化学会−生体機能関連化学部会、バイオテクノロジー部会、フロンティア生命科学研究会 開催日:平成26年9月12日 研究集会名:第8回バイオ関連化学シンポジウム 日本化学会−生体機能関連化学部会、バイオテクノロジー部会、フロンティア生命科学研究会主催 開催場所:岡山大学 津島キャンパス 開催日:平成26年9月19日 研究集会名:第75回応用物理学会秋季学術講演会研究会 開催場所:北海道大学札幌キャンパス 発行日:平成27年1月23日 刊行物:マテリアルサイエンス研究科 博士学位論文公聴会 要旨集 開催日:平成27年2月5日 研究集会名:マテリアルサイエンス研究科 博士学位論文公聴会 開催場所:北陸先端科学技術大学院大学 発行日:平成27年2月26日 刊行物:第62回応用物理学会春季学術講演会講演予稿集(DVD)
(71)【出願人】
【識別番号】304024430
【氏名又は名称】国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】100154966
【弁理士】
【氏名又は名称】海野 徹
(72)【発明者】
【氏名】杉山 清隆
(72)【発明者】
【氏名】高村 禅
【テーマコード(参考)】
2G041
5C038
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA01
2G041EA01
2G041GA17
2G041JA07
2G041JA08
5C038EE02
5C038EF17
5C038GG13
(57)【要約】
【課題】 小型、安価で、イオン化効率が高く且つ質の良いマススペクトルを得られるイオン化装置、質量分析計及びイオン化方法を提供する。
【解決手段】 本発明のイオン化装置は、微小領域を瞬間加熱することにより、当該微小領域に隣接して均一に塗布若しくは保持した試料をイオン化する。そして、イオン化及び脱離を補助するマトリックスを試料に予め混合するか、試料と同時に塗布若しくは保持するか、又は試料に次いで塗布若しくは保持する。
例えば、微小電極からなるヒータを試料の直下に形成して試料を瞬間的に電流で加熱する方式を採用し得る。そして、分析しようとする微小領域に瞬間的に大きなエネルギーを供給してイオン化する。微小電極上への試料薄膜形成技術を開発したことで、レーザーに勝る単位面積当たりのエネルギーを、効率的に試料全体に短時間で伝達できる。また、適したマトリックス材量を選ぶことにより、1価のイオンが高い効率で得られる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
微小領域を瞬間加熱する加熱手段を備えており、当該微小領域に隣接して均一に塗布若しくは保持した試料をイオン化することを特徴とするイオン化装置。
【請求項2】
イオン化及び脱離を補助するマトリックスを前記試料に予め混合するか、前記試料と同時に塗布若しくは保持するか、又は前記試料に次いで塗布若しくは保持することを特徴とする請求項1記載のイオン化装置。
【請求項3】
前記試料及びマトリックスをイオン化脱離させるために必要な温度まで所定の時間内で加熱することができる距離範囲内に、当該試料及びマトリックスを均一に配置することを特徴とする請求項1又は2に記載のイオン化装置。
【請求項4】
前記必要な温度が500 K〜3,700 K、好ましくは1,500 K〜3,000 Kの範囲内であることを特徴とする請求項3に記載のイオン化装置。
【請求項5】
前記所定の時間が2,000 ns以下であることを特徴とする請求項3又は4に記載のイオン化装置。
【請求項6】
前記距離範囲が10 μm以下、好ましくは2 μm以下であることを特徴とする請求項3〜5のいずれか一項に記載のイオン化装置。
【請求項7】
前記瞬間加熱の時間が1,000 ns以下であることを特徴とする請求項1〜6のいずれか一項に記載のイオン化装置。
【請求項8】
前記瞬間加熱が微小領域に流す電流により行われることを特徴とする請求項1〜7のいずれか一項に記載のイオン化装置。
【請求項9】
有効にイオン化脱離される試料及びマトリックスが2 μm以下の薄膜であることを特徴とする請求項2〜7のいずれか一項に記載のイオン化装置。
【請求項10】
有効にイオン化脱離される試料及びマトリックスに対して単位体積当たり供給される熱エネルギーが1〜20 nJ/μm3 、好ましくは4〜10 nJ/μm3 の範囲内であることを特徴とする請求項2〜8のいずれか一項に記載のイオン化装置。
【請求項11】
塗布膜厚×加熱面積×8〜20 mW/μm3 のエネルギーを供給可能で1,000 ns以下のON/OFFが可能な加熱制御用電源を持つことを特徴とする請求項1〜10のいずれか一項に記載のイオン化装置。
【請求項12】
有効にイオン化脱離される試料及びマトリックスに対して単位体積単位時間当たり2〜40 mW/μm3 、好ましくは8〜20 mW/μm3 の熱エネルギーを供給することを特徴とする請求項2〜11のいずれか一項に記載のイオン化装置。
【請求項13】
前記マトリックスとして大気圧室温中の蒸気圧が2.8×10-4 Paよりも高いものを用いることを特徴とする請求項2〜12のいずれか一項に記載のイオン化装置。
【請求項14】
前記試料を塗布する際に、前記マトリックス溶液を前記微小領域に滴下してマトリックス薄膜を形成し、次に該マトリックス薄膜の上からマトリックスとサンプルの混合溶液を滴下・乾燥することによって均一な試料薄膜を形成することを含む試料堆積法を用いることを特徴とする請求項2〜13のいずれか一項に記載のイオン化装置。
【請求項15】
マトリックスとして2,5-ジヒドロキシ安息香酸やさらに蒸気圧の低い2,5-ジヒドロキシアセトフェノンを用いることを特徴とする請求項2〜14のいずれか一項に記載のイオン化装置。
【請求項16】
前記瞬間加熱を行なう場所を1つ以上備えることを特徴とする請求項1〜15のいずれか一項に記載のイオン化装置。
【請求項17】
複数の加熱場所を備えており、各加熱場所を指定した順番で順次加熱してイオンを生成する機能を備えることを特徴とする請求項1〜16のいずれか一項に記載のイオン化装置。
【請求項18】
前記試料を決められた間隔で配置した試料ホルダーを具備することを特徴とする請求項1〜17のいずれか一項に記載のイオン化装置。
【請求項19】
請求項1〜18のいずれか一項に記載のイオン化装置を搭載したことを特徴とする質量分析計。
【請求項20】
請求項19に記載する質量分析計に、測定対象の生体物質が塗布されたあるいは生体試料を保持したプレートを顕微観察する機能を付加したことを特徴とする質量分析システム。
【請求項21】
請求項19に記載する質量分析計又は請求項20に記載する質量分析システムに、測定対象の生体物質が塗布された薄膜の膜厚あるいは生体試料の膜厚を確認する機能を付加したことを特徴とする質量分析システム。
【請求項22】
微小領域を瞬間加熱することで、当該微小領域に隣接して均一に塗布若しくは保持した試料をイオン化することを特徴とするイオン化方法。
【請求項23】
イオン化及び脱離を補助するマトリックスを前記試料に予め混合するか、前記試料と同時に塗布若しくは保持するか、又は前記試料に次いで塗布若しくは保持することを特徴とする請求項22記載のイオン化方法。
【請求項24】
前記試料及びマトリックスをイオン化脱離させるために必要な温度まで所定の時間内で加熱することができる距離範囲内に、当該試料及びマトリックスを均一に配置することを特徴とする請求項22又は23に記載のイオン化方法。
【請求項25】
前記必要な温度が500 K〜3,700 K、好ましくは1,500 K〜3,000 Kの範囲内であることを特徴とする請求項24に記載のイオン化方法。
【請求項26】
前記所定の時間が2,000 ns以下であることを特徴とする請求項24又は25に記載のイオン化方法。
【請求項27】
前記距離範囲が10 μm以下、好ましくは2 μm以下であることを特徴とする請求項24〜26のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項28】
前記瞬間加熱の時間が1,000 ns以下であることを特徴とする請求項22〜27のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項29】
前記瞬間加熱が微小領域に流す電流により行われることを特徴とする請求項22〜28のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項30】
有効にイオン化脱離される試料及びマトリックスが2μm以下の薄膜であることを特徴とする請求項23〜28のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項31】
有効にイオン化脱離される試料及びマトリックスに対して単位体積当たり供給される熱エネルギーが1〜20 nJ/μm3 、好ましくは4〜10 nJ/μm3 の範囲内であることを特徴とする請求項23〜29のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項32】
塗布膜厚×加熱面積×8〜20 mW/μm3 のエネルギーを供給し、1,000 ns以下でON/OFFを行なうことを特徴とする請求項22〜31のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項33】
有効にイオン化脱離される試料及びマトリックスに対して単位体積単位時間当たり2〜40 mW/μm3 、好ましくは8〜20 mW/μm3 の熱エネルギーを供給することを特徴とする請求項23〜32のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項34】
前記マトリックスとして大気圧室温中の蒸気圧が2.8×10-4 Paよりも高いものを用いることを特徴とする請求項23〜33のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項35】
前記試料を塗布する際に、前記マトリックス溶液を前記微小領域に滴下してマトリックス薄膜を形成し、次に該マトリックス薄膜の上からマトリックスとサンプルの混合溶液を滴下・乾燥することによって均一な試料薄膜を形成することを含む試料堆積法を用いることを特徴とする請求項23〜34のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項36】
マトリックスとして2,5-ジヒドロキシ安息香酸やさらに蒸気圧の低い2,5-ジヒドロキシアセトフェノンを用いることを特徴とする請求項23〜35のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項37】
前記瞬間加熱を行なう場所が1つ以上あることを特徴とする請求項22〜36のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項38】
複数の加熱場所を指定した順番で順次加熱してイオンを生成することを特徴とする請求項22〜37のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【請求項39】
前記試料を決められた間隔で配置した試料ホルダーを用いることを特徴とする請求項22〜38のいずれか一項に記載のイオン化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は生体関連物質ならびに生体試料のイオン化装置、質量分析計、質量分析システム及びイオン化方法に関する。さらに詳しくは、微小領域の瞬間加熱によって測定試料あるいはそれと助材との混合物を加熱することを特徴とするサンプルのイオン化装置とそれを応用したシステム等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
生体関連物質の分析の有力な手段としてレーザー照射イオン化と質量分析を結びつけた装置が一般に用いられている。紫外領域や赤外領域の波長を有するレーザーを用いて、マトリックスと混合させたサンプルに光エネルギーと熱エネルギーを与えることで多くの対象物質をイオン化することが可能で、強力な分析ツールとしての地位を確立している(例えば特許文献1)。 対象としては試料板に格子状にスポットされた生体関連物質の分析や生体組織そのものをホルダーに保持してレーザー照射ターゲットとするなど様々な応用が発展している。この技術のポイントはレーザー照射による高効率イオン化であり、レーザー強度を上げるほどイオン生成率は上昇する。しかし、レーザーの価格も上昇することが1つの難点である。また、試料へのレーザー照射の位置や強度を制御するための大型な光学系を装置に組み込む必要がある。
レーザー照射を用いないイオン化としては、半導体微細加工技術を用いて基板上に作製された微小領域を電流によって瞬間加熱させ、マトリックスと混合させたたんぱく質等の生体サンプルに瞬間的に熱エネルギーを与えることでイオン化が可能であった(例えば非特許文献1、2)。しかしながら、得られる質量スペクトルは、1価のイオンが得られにくく、多価イオンが多く、またフラグメントイオンとみられる様々なバックグラウンドピークが見られ、質量分析としては使いにくいものであった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平10−40858号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】K. Sugiyama, Hiroki Harako, Y. Ukita and Y. Takamura, “Development of miniaturized ionization source for protein sample coupled with time of flight mass spectrometry “, MNE2013, O-LIFE-18, London, (Sep. 2013)
【非特許文献2】K. Sugiyama, H. Harako, Y. Ukita, T. Shimoda, Y. Takamura, “Pulse-heating ionization for protein on-chip mass spectrometry”, Anal. Chem., 86(15), 2014, 7593-7597.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は生体関連物質の基本技術となっているレーザー脱離イオン化質量分析計の持つ欠点を補うためになされたものである。この欠点とはイオン化に用いるレーザーおよびレーザーを制御する光学系が高価であり装置が大規模になる点、イオン化効率があまり高くない点である。
また、このような欠点を持つレーザーを用いない系として、微小領域を電流によって瞬間加熱させ、マトリックスと混合させたたんぱく質等の生体サンプルに瞬間的に熱エネルギーを与えることでイオン化が可能であったが、そのマススペクトルは質の悪いものであった。
本発明は、小型、安価で、イオン化効率が高く且つ質の良いマススペクトルを得られるイオン化装置、質量分析計及びイオン化方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のイオン化装置は、微小領域を瞬間加熱する加熱手段を備えており、当該微小領域に隣接して均一に塗布若しくは保持した試料をイオン化することを特徴とする。
また、イオン化及び脱離を補助するマトリックスを前記試料に予め混合するか、前記試料と同時に塗布若しくは保持するか、又は前記試料に次いで塗布若しくは保持することを特徴とする。
また、前記試料及びマトリックスをイオン化脱離させるために必要な温度まで所定の時間内で加熱することができる距離範囲内に、当該試料及びマトリックスを均一に配置することを特徴とする。
【0007】
また、前記必要な温度が500 K〜3,700 K、好ましくは1,500 K〜3,000 Kの範囲内であることを特徴とする。
また、前記所定の時間が2,000 ns以下であることを特徴とする。
また、前記距離範囲が10 μm以下、好ましくは2 μm以下であることを特徴とする。
また、前記瞬間加熱の時間が1,000 ns以下であることを特徴とする。
また、前記瞬間加熱が微小領域に流す電流により行われることを特徴とする。
【0008】
また、有効にイオン化脱離される試料及びマトリックスが2μm以下の薄膜であることを特徴とする。
また、有効にイオン化脱離される試料及びマトリックスに対して単位体積当たり供給される熱エネルギーが1〜20 nJ/μm
3 、好ましくは4〜10 nJ/μm
3 の範囲内であることを特徴とする。
また、塗布膜厚×加熱面積×8〜20 mW/μm
3 のエネルギーを供給可能で1,000 ns以下のON/OFFが可能な加熱制御用電源を持つことを特徴とする。
また、有効にイオン化脱離される試料及びマトリックスに対して単位体積単位時間当たり2〜40 mW/μm
3 、好ましくは8〜20 mW/μm
3 の熱エネルギーを供給することを特徴とする。
また、前記マトリックスとして大気圧室温中の蒸気圧が2.8×10
-4 Paよりも高いものを用いることを特徴とする。
【0009】
また、前記試料を塗布する際に、前記マトリックス溶液を前記微小領域に滴下してマトリックス薄膜を形成し、次に該マトリックス薄膜の上からマトリックスとサンプルの混合溶液を滴下・乾燥することによって均一な試料薄膜を形成することを含む試料堆積法を用いることを特徴とする。
また、マトリックスとして2,5-ジヒドロキシ安息香酸やさらに蒸気圧の低い2,5-ジヒドロキシアセトフェノンを用いることを特徴とする。
また、前記瞬間加熱を行なう場所を1つ以上備えることを特徴とする。
また、複数の加熱場所を備えており、各加熱場所を指定した順番で順次加熱してイオンを生成する機能を備えることを特徴とする。
また、前記試料を決められた間隔で配置した試料ホルダーを具備することを特徴とする。
【0010】
本発明の質量分析計は、上記イオン化装置を搭載したことを特徴とする。
本発明の質量分析システムは、上記質量分析計に、測定対象の生体物質が塗布されたあるいは生体試料を保持したプレートを顕微観察する機能を付加したことを特徴とする。
また、上記質量分析計又は質量分析システムに、測定対象の生体物質が塗布された薄膜の膜厚あるいは生体試料の膜厚を確認する機能を付加したことを特徴とする。
【0011】
本発明のイオン化方法は、微小領域を瞬間加熱することで、当該微小領域に隣接して均一に塗布若しくは保持した試料をイオン化することを特徴とする。
イオン化及び脱離を補助するマトリックスを前記試料に予め混合するか、前記試料と同時に塗布若しくは保持するか、又は前記試料に次いで塗布若しくは保持することを特徴とする。
また、前記試料及びマトリックスをイオン化脱離させるために必要な温度まで所定の時間内で加熱することができる距離範囲内に、当該試料及びマトリックスを均一に配置することを特徴とする。
また、前記必要な温度が500 K〜3,700 K、好ましくは1,500 K〜3,000 Kの範囲内であることを特徴とする。
また、前記所定の時間が2,000 ns以下であることを特徴とする。
また、前記距離範囲が10 μm以下、好ましくは2 μm以下であることを特徴とする。
また、前記瞬間加熱の時間が1,000 ns以下であることを特徴とする。
【0012】
また、前記瞬間加熱が微小領域に流す電流により行われることを特徴とする。
また、有効にイオン化脱離される試料及びマトリックスが2μm以下の薄膜であることを特徴とする。
また、有効にイオン化脱離される試料及びマトリックスに対して単位体積当たり供給される熱エネルギーが1〜20 nJ/μm
3 、好ましくは4〜10 nJ/μm
3 の範囲内であることを特徴とする。
また、塗布膜厚×加熱面積×8〜20 mW/μm
3 のエネルギーを供給し、1,000 ns以下でON/OFFを行なうことを特徴とする。
また、有効にイオン化脱離される試料及びマトリックスに対して単位体積単位時間当たり2〜40 mW/μm
3 、好ましくは8〜20 mW/μm
3 の熱エネルギーを供給することを特徴とする。
【0013】
また、前記マトリックスとして大気圧室温中の蒸気圧が2.8×10
-4 Paよりも高いものを用いることを特徴とする。
また、前記試料を塗布する際に、前記マトリックス溶液を前記微小領域に滴下してマトリックス薄膜を形成し、次に該マトリックス薄膜の上からマトリックスとサンプルの混合溶液を滴下・乾燥することによって均一な試料薄膜を形成することを含む試料堆積法を用いることを特徴とする。
また、マトリックスとして2,5-ジヒドロキシ安息香酸やさらに蒸気圧の低い2,5-ジヒドロキシアセトフェノンを用いることを特徴とする。
また、前記瞬間加熱を行なう場所が1つ以上あることを特徴とする。
また、複数の加熱場所を指定した順番で順次加熱してイオンを生成することを特徴とする。
また、前記試料を決められた間隔で配置した試料ホルダーを用いることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明では微小電極からなるヒータを試料の直下に形成して試料を瞬間的に電流で加熱する方式をレーザーに代わって採用し、分析しようとする微小領域に瞬間的に大きなエネルギーを供給してイオン化を実現する。この時、微小電極上への試料薄膜形成技術を開発したことで、レーザーに勝る単位面積当たりのエネルギーを、効率的に試料全体に短時間で伝達することを可能とした。このような条件では、適したマトリックス材量を選ぶことにより、1価のイオンが高い効率で得られ、また、多価のイオンや、フラグメントイオン、マトリックス由来のイオンが非常に少なく、さらに従来のMALDI法と比べても1〜2桁高い効率でイオン化し、良質な質量スペクトルが得られる。
このように、本発明のイオン化装置は小型、安価で、イオン化効率が高く且つ質の良いマススペクトルを得られる。
【0015】
従来の非特許文献1、および非特許文献2の方法では、単純に適した試料溶液を乾燥させることで基板の上に固相試料を形成していた。しかし、滴下される液滴の大きさはイオン源と比べて非常に大きく、固相試料がイオン源の上にのらない場合が度々あった。またマトリックスの種類によっては、乾燥の過程において溶液中で結晶化が進むことで試料が部分的に数十 μmの粒子状となってしまう場合もあった。このように試料層が厚くなる場合には、試料全体への熱伝導が大幅に阻害され試料がのらない場合と同様にイオン化が生じなかったと考えられる。またこの微小な電極の瞬間加熱によるイオン化の場合には、MALDI法で生じるマトリックスの効率的な光吸収による選択的な加熱は起こらないため、マトリックスとサンプルには同程度の熱エネルギーが伝わることでサンプルの熱分解が起きやすくフラグメントイオンが生成され、分析に支障をきたしていたと考えられる。
【0016】
本発明では、ヒータから試料には伝熱でエネルギーが伝わる。従って、このように良質なスペクトルが得られるには、短時間で、脱離する大部分の資料に均一に、熱が伝わることが重要である。このためには、脱離するサンプル及びマトリックスはヒータから十分近い距離に配置されることが重要である。
これまでの実験と考察により、ヒータの加熱時間は1,000 ns以下、ヒータに隣接したサンプルの昇温時間時間はこれより少し遅れるが10〜2,000 nsで十分好ましい結果が得られる。イオン化と脱離に必要なサンプルの昇温温度は、サンプル又はマトリックス材量によって変わるが、一般的に想定される材料では経験的に、500 K〜3,700 K、好ましくは、1,500〜3,000 Kと考えられる。本発明では、試料及びマトリックスが均一に加熱された時に、従来法からは予想できないほど良質のスペクトルが得られることが本質であり、このためにはサンプルはヒータから、ある一定の距離に均一に保持されることが必要である。その距離は、当然のことながら材料熱伝達係数や比熱により変化し、即ちマトリックス材量により変化するが、実施例の示す範囲で経験的に10 μm以下、好ましくは2 μm以下の距離に配置されることが、良質の質量スペクトルを得るのに有効であることが示唆されている。
図12(a)は典型的な条件でヒータの上部に塗布された薄膜物質が、ヒータの瞬間加熱により、物質表面が最大温度になった時の表面温度を、膜厚を変えて理論的にシミュレーションして得られた温度分布である。薄膜の物性値としてSiのものを用いた結果であるが、膜厚が薄いことが、均一な加熱を得るのに非常に重要であることが判る。
図12(b)は膜厚、及び材料の比熱、及び材料の熱伝達係数が変わった時、最大温度にどのような影響があるかを、同様のシミュレーションで求めたものである。熱伝達係数が半分になると、厚い膜の時は、温度の低下が著しいが、薄膜ではその差が縮まり、ヒータの温度の十分追従していることが判る。材料の比熱が変化した場合は、膜厚が厚い部分では、熱伝達係数が半分になったこととほぼ同様の効果があるが、膜厚が薄い部分では、熱伝達は十分であり、むしろ比熱が変わったことにより、ヒータと膜を合算した熱容量が変化したことが利いて、温度が若干低下していることが判る。
このシミュレーションより、膜厚が十分薄いと、膜の最大温度は、ヒータ側の熱容量で決まる温度に近づいていくことが判る。試料を塗布していないヒータ部のみで温度の変化をシミュレーションで求めたものを
図12(c)に示す。この時のヒータの形状は
図1及び
図2に記載してあるものと同じであり、ヒータの材料値はCrのものを用いた。
また、適した加熱エネルギーは、脱離するサンプルの単位体積当たりに換算すると、1〜20 nJ/μm
3 、好ましくは4〜10 nJ/μm
3、単位体積単位時間当たり2〜40 mW/μm
3 、好ましくは8〜20 mW/μm
3であった。
【0017】
本発明者らは、試料溶液中の溶媒(例えば水やアセトニトリル)が気化する際に時間を要する程、微小電極のある基板上に形成される固体試料の粒子径が大きくなることに気付いた。この知見より、揮発性が高い溶媒例えばアセトンに希釈したマトリックス溶液を微小電極上に滴下した場合に、溶液が瞬時に広がって1秒以内に乾燥することによって、イオン源上に膜厚が数百nm程の均一なマトリックス層を形成することが可能であったことを見出した。
また発明者らは、1層目のマトリックスの薄膜の上にサンプルとマトリックスの混合溶液を滴下した場合でも、2層目にサンプルとマトリックスから成る薄膜を形成できることを明らかにした。このように溶液を2回に分けて滴下することで試料を2層の構造にし、1層目にマトリックスのみの層を設けたことで、熱源となる微小電極とサンプルとの直接的な接触を避けることに成功している。これによって、微小電極で瞬間加熱によって生じた熱エネルギーは必ずマトリックスを介してサンプルに伝達されるため、サンプルの熱的分解の影響を抑えることに成功し、高効率で微量サンプルを分析することが可能であった。
【0018】
本発明では、MALDIと異なり、1回の瞬間加熱で、ヒータ上のサンプルの殆どが一度に、イオン化脱離する。従って、複数のパルスの結果を積算したり、他のサンプルの分析を行うには、ヒータ上にサンプルを固定し直す必要がある。この度に、ヒータ部を大気中にとりだすのは大変である。従って、本発明では、複数のヒータを、等間隔に配置し、必要に応じて移動させ、順番に加熱、イオン化、質量分析を行うことが、特に有効である。また、サンプルの塗布状態、イオン化状態を確認するのに、ヒータ部の像を見ることができる顕微観察装置を有することも、特に有効である。また本発明においては、サンプルの膜厚が本質的に重要であり、膜厚を確認する機能を搭載することも、特に有効である。
【0019】
本発明では微小領域に加えるエネルギー密度は大きいがエネルギーの絶対量は大きくなく、全体として小さなエネルギーで高密度のエネルギーを目的の場所に供給してイオンを生成している。また本発明の試料膜形成法によって試料の厚みを0.2〜2 μmの薄膜にしたことで、MALDIで用いられるレーザー強度を1桁上回る高密度のエネルギーを試料に加えることも可能となった。本発明の試料薄膜作成法を用いた熱によるイオン化では、非特許文献1、2で得られた従来のタンパク質のマススペクトルに対して、フラグメントイオンと多価イオンの生成を抑え、一価イオンが顕著に生成される。また1.00×10
-2〜1.11×10
-2 μJ/μm
2 の表面エネルギー密度で熱エネルギーを試料に与えることによって、高いイオン化効率を実現した。また、微細加工によりイオン生成領域を複数個、例えば格子状に数百μm間隔で並べることも可能であり、多くの試料を順次測定したり、生体試料の色々な部位を系統的に測定することもできる。イオン化に要するデバイスおよび加熱装置類は安価なものでありシステム全体の大幅な価格低減も実現できる利点がある。
なお、電極としては、例えばクロムや金、白金など物理蒸着や化学蒸着で容易にパターン形成が可能なものがあげられるが、本発明はかかる例示のみに限定されるものではない。また、基板となる絶縁材料はガラスやシリコンなどがあげられるが、本発明はかかる例示のみに限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】本発明の瞬間加熱によるイオン化を用いた生体物質質量分析計のイオン化装置を説明した図である。
【
図2】本発明の生体物質質量分析計を説明した図である。
【
図3】質量分析計を用いて測定した質量分析結果を示した図である。(実施例1)
【
図4】従来法と本発明の薄膜試料の作成方法を説明した図である。(実施例2)
【
図5】実施例2にて得られた試料の顕微鏡写真である。
【
図6】実施例2にて得られた試料の顕微鏡写真である。
【
図7】実施例2にて得られた試料の顕微鏡写真である。
【
図8】実施例2にて得られた試料膜厚の計測結果と質量分析結果である。(実施例3)
【
図9】実施例2にて得られた試料膜厚の計測結果と質量分析結果である。(実施例3)
【
図10】本発明の薄膜試料作成方法を用いて測定した質量分析結果を示した図である。(実施例4)
【
図11】本発明のイオン化装置をアレイ化して、複数の微小な加熱領域をもつものの一例である。(実施例5)
【
図12】膜厚と最大温度に関して、実験条件から理論的にシミュレーションで予測して得られたグラフ(a)、(b)及び(c)。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を図面に示す実施の形態に基づき説明するが、本発明は下記の具体的な実施形態に何等限定されるものではない。
本発明の瞬間加熱によるイオン化装置を用いた生体物質質量分析計を用いて質量分析を行った結果を示す。
図1に、本発明のイオン化装置の一例を示す。このイオン化装置は、
図1に示すように導線の配線用電極101を備えている。各配線用電極101にははんだ付けや導電性接着剤などを用いて、通電用の導線102a,102bが接続されている。配線用電極101は狭小部103を介して互いに接続されている。また側部電極104は配線用電極101の片側のみと接続されており、側部電極104上の電位は常に配線用電極101の片側と同電位になり、後の質量分析でイオンの軌跡をコントロールする際に有利に働く。また、配線用電極101、狭小部103、側部電極104、導線102a,102bは導電性材料で構築されており、絶縁材料の上に形成されている。本発明の「加熱手段」は配線用電極101、導線102a,102b、狭小部103及び側部電極104で構成される。もっとも、同様の加熱効果が得られるものであればこの構成に限らない。例えば、透明な基盤に形成した微小領域を裏面より光で加熱する等の方法も当然考えられる。
【0022】
導線102a,102bに電圧を印加することで、狭小部103付近に電流を流す。この際、配線用電極101に接続された狭小部103は他の部分(配線用電極101や導線102a,102b)の断面積より小さな断面積を有するため、この狭小部103では電流が集中し、他の部分101、102a,102bよりも温度が高くなり、試料の脱離やイオン化が起こり易くなる。各部のサイズは例えば狭小部の幅は30 μm、長さは100 μm、厚さは250 nmとし、配線用電極の幅は2 mm、長さは5 mm、厚さは250 nmであるが、必ずしもこれに限定されない。
また、導線102a,102bに電圧を印加する加熱制御用電源としては、塗布膜厚×加熱面積× 8〜20 mW/μm
3 のエネルギーを供給可能で1,000 ns以下のON/OFFが可能なものを使用するのが好ましい。なぜなら、本発明は、想定される試料又試料とマトリックスに、均一に熱を加えることにより、良いイオン化脱離状態を得ることであるから、必要な電力は、段落[0016]記載の適した加熱エネルギー8〜20 mW/μm
3を用いて、当該の式で計算できる。またこの電力により1,000 ns以下の短時間で瞬間加熱を行うには、十分高速にこの電力をONし、1,000 ns以下の所定の時間を経た後、十分高速にOFFしないとヒータの断線や局所加熱部以外の試料が好ましくない条件で試料がイオン化しバックグラウンドを増加させる原因となるからである。ただし、加熱制御用電源としては必ずしもこれに限定されない。
狭小部103の上に、マトリックスとサンプルからなる溶液が滴下され、乾燥することによって固相試料層105が形成される。マトリックスには例えば2,5-ジヒドロキシ安息香酸や2,5-ジヒドロキシアセトフェノン、シナピン酸などの分子量100程度の有機物が用いられるが、サンプルの種類によって適したマトリックスの種類は異なる。またサンプルを希釈する溶媒には超純水などが用いられるが体積比で0.1 %のトリフルオロ酢酸などを添加し、酸性としておくと正イオンを生成する際に適当である。
【0023】
図2に、本発明のイオン化装置が用いられた質量分析計の一例を示す。
図2に示された装置は、イオン化装置によって生成された正電荷を持つ正イオン201を高真空の静電場中を加速、自由飛行させ二次電子増倍管202を用いて検出を行う装置である。
イオン化装置は絶縁材料としてシリコン酸化膜が形成されたシリコン基板203の上に作製されている。狭小部103に電界を印加し該狭小部を加熱するために、金属性の導線102a,102bを用いて、例えばはんだ付けや導電性接着剤で配線用電極101と固定される。イオン化装置の電極片側102aは、例えば印加電圧が20〜40 V程度で昇圧されている。もう片側の電極102bには、例えば電界効果トランジスタと矩形波発生装置などが接続されており、250 ns〜1000 ns程度の時間幅だけ電圧が変化する。これによって、250 ns〜1,000 ns程度の時間幅だけ狭小部103に電界が印加され、イオンが生成される。
【0024】
イオン化装置に向かうようにして、-100 V〜-500 V程度の電圧が印加された飛行時間質量分析部204が配置されている。イオン化装置で生成された正イオン201は加速されて、この飛行時間質量分析部204に入る。この飛行時間質量分析部204は導電性材料で覆うように作製されているため、内部に電界は存在せずイオンはこの区間中を一定のエネルギーで自由飛行する。飛行時間質量分析部204を通過したイオンは、-2,100 V〜−2,300 Vの電圧が印加された二次電子増倍管202(例えば、DeTech社製:モデル414)で増幅、検出され測定した飛行時間のデータをコンピューター205で収集・解析等することにより、質量分析を行うことができる。
なお、以上の該イオン化装置、該飛行時間質量分析部、該二次電子増倍管は全て真空ポンプ206と接続された真空チャンバー207の内部に構築されている。真空チャンバー207は、ターボ分子ポンプ(例えば、Pfeiffer社製:HiCube300)等で圧力が10
-2 Pa〜10
-4 Paの真空度まで減圧されている。イオン源に導入したマトリックスが気化して完全に排気されてしまうような圧力よりもやや高い圧力10
-3 Pa〜10
-4 Paに設定することが好ましい。
【実施例1】
【0025】
図3に、本発明のイオン化装置を用いて測定された飛行時間型質量分析の結果を示す。
上述のような構成の質量分析計を用いてイオン化装置によって生成されたイオンの質量分析を行った。飛行時間質量分析部の印加電圧は-500 V、検出器への印加電圧は-2,100 Vとし、試料をイオン化する際には1回のみ電界を印加し、その時間は500 nsとした。このパルス状の電圧印加に同期させて検出された信号の飛行時間から質量分析を行う。試料はマトリックスとサンプルの溶液を事前に混合することで準備し、滴下、乾燥することでイオン化装置の上に固相試料を形成した。マトリックスには2,5-ジヒドロキシ安息香酸を用い、体積比1:1で超純水とアセトニトリルを混合した溶液中に濃度10 mg/mlで希釈した。サンプルには超純水に希釈されたウシ血清アルブミン(分子量:66 kDa)を用いた。
図3(A)はサンプルに濃度0.1 mg/mlのウシ血清アルブミンを用いた場合、
図3(B)はサンプルに濃度1 μg/mlのウシ血清アルブミンを用いた場合の結果を示す。
図3(A)と
図3(B)両者の場合において、ウシ血清アルブミンの分子量に相当する質量電荷比、およびその1/2や1/3や1/4といった質量電荷比にもイオンが検出されており、サンプルのイオン化と質量分析に成功している。ただしそれ以外の質量電荷比の領域にもイオンが検出されており、フラグメントと思われるイオンも生成される。この原因としては本実施例で使用された2,5-ジヒドロキシ安息香酸が本分析のマトリックスとして適していないことや、サンプルに熱エネルギーが過剰に伝達されていると考えられる。
【実施例2】
【0026】
本実施例では、マトリックスの種類には大きく依存しないような微小電極上への試料の薄膜形成技術を開発した。これによって瞬間加熱によりレーザーに勝るエネルギーを単位体積当たりの試料に注入することが可能となった。
図4に、本発明のイオン源上への試料膜形成法に関して示す。
図4(A)のような従来法ではシリコン酸化膜が堆積されたシリコン製の基板401の上に電極402が作製されており、マトリックスとサンプルの溶液を事前に混合させて試料溶液403とし、500 nl程度滴下し乾燥していた。マトリックスの場合は超純水とアセトニトリルを体積比1:1で希釈した溶液で希釈し、サンプルの場合は超純水で希釈されている。従来法では、試料溶液滴下後に、大気圧下もしくは減圧下で乾燥させ固相試料を形成していた。この場合では、マトリックスの種類によっては粒子状の固相試料404になることが多くみられ課題であった。
これに対して
図4(B)で示される本発明の方法では、マトリックスとサンプルを混合させた溶液を滴下する前に、例えばアセトンなどの高揮発性溶媒に希釈したマトリックス溶液をイオン源上へ滴下している。シリコンと親和性が高く、揮発性が高い溶媒に希釈したマトリックス溶液を滴下することで、溶媒は瞬時に広がって乾燥し、マトリックス薄膜405を形成する。次にこのマトリックス薄膜405の上から、マトリックスとサンプルとを混合させた溶液を250 nl程度滴下する。すると、イオン源上に直接試料を滴下した場合と比較して、溶液と基板界面での親和性が良好であるため、従来法よりも均一性の高い試料薄膜406を形成することが可能である。均一な薄膜を形成できたことで、イオン源上の単位体積当たりの試料に対してより大きなエネルギー密度での瞬間加熱によるイオン化が可能となった。
【0027】
本発明の試料滴下法を用いて形成された試料膜の表面状態顕微鏡写真の一例を
図5〜
図7に示す。イオン化装置は、狭小部の幅は30 μm、長さは100 μm、厚さは250 nmとし、配線用電極の幅は2 mm、長さは5 mm、厚さは250 nmであり、クロムと白金で作製された。また、基板には厚さ100 nmの絶縁材料としてシリコン酸化膜が形成されたシリコン基板が用いられている。
図5は、マトリックスには濃度が10 mg/mlでアセトンに希釈された2,5-ジヒドロキシ安息香酸を、サンプルには濃度が0.1 mg/mlで超純水に希釈されたウシ血清アルブミンを用いた場合の結果である。
図6は、マトリックスには濃度が10 mg/mlでアセトンに希釈されたシナピン酸を、サンプルには濃度が0.1 mg/mlで超純水に希釈されたウシ血清アルブミンを用いた場合の結果である。
図7は、マトリックスには濃度が10 mg/mlでアセトンに希釈された2,5-ジヒドロキシアセトフェノンを、サンプルには濃度が0.1 mg/mlで超純水に希釈されたウシ血清アルブミンを用いた場合の結果である。
シナピン酸および2,5-ジヒドロキシアセトフェノンをマトリックスとして用いた場合には、従来の混合溶液をイオン源の上へ滴下すると、溶液乾燥後に粒子状の試料となって分布し、その大きさは3 μm〜300 μmほどであった。これに対して本発明の試料滴下法では、一層目としてマトリックスの薄膜が形成されていること、そしてその上層にマトリックスとサンプルの試料薄膜が形成されている。分子構造の異なるマトリックスを用いた場合でも微小なイオン源の上に薄膜状の試料を容易に堆積することに成功した。
【実施例3】
【0028】
本実施例では、試料滴下時に従来法であるイオン源上にマトリックスとサンプルの混合溶液を滴下する方法と、マトリックスの薄膜上にマトリックスとサンプルの混合溶液を滴下する方法を用いて、試料膜厚と質量分析の測定結果を対比した。
試料膜厚に関しては、
図8及び
図9にレーザー顕微鏡を用いて試料の膜厚を計測した結果を示す。いずれの場合もマトリックスには濃度が10 mg/mlでアセトンに希釈された2,5-ジヒドロキシアセトフェノンを、サンプルには濃度が0.1 mg/mlで超純水に希釈されたウシ血清アルブミンを用いた場合の結果である。
【0029】
図8は、従来法によりマトリックスとサンプルの溶液を事前に混合させて試料溶液とし、500 nl程度滴下し乾燥する場合の結果であり、
図8(A)の破線断面の試料膜厚計測結果を
図8(B)に示す。この場合では試料の厚さは薄くても5 μm〜9 μmとなっており、また試料の厚みも均一とはならない。
これに対して
図9は、本発明の試料薄膜形成法を用いた結果であり、1層目に250 nlのマトリックス溶液を滴下、乾燥させ、その後に250 nlのマトリックスとサンプルの混合溶液を滴下、乾燥させている。顕微鏡写真である
図9(A)の破線断面の試料膜厚計測結果を
図9(B)に示す。本発明の試料膜形成法を用いることで試料層は均一になったことが
図9(B)から分かる。また微小領域上の試料膜の厚さは最も厚い部分でも2 μmに収まる。
質量分析に関しては、飛行時間質量分析部の印加電圧は-500 V、検出器への印加電圧は-2,100 Vとし、試料をイオン化する際には1回のみ電界を印加し、その時間は500 nsとした。このパルス状の電圧印加に同期させて検出された信号の飛行時間から質量分析を行う。
【0030】
図8(C)と
図9(C)に質量分析を行った結果の比較を示す。
図8(C)はイオン源上にマトリックスとサンプルの混合溶液を滴下する方法を用いた場合、
図9(C)はマトリックスの薄膜上にマトリックスとサンプルの混合溶液を滴下する方法を用いた場合の結果を示す。
図8(C)ではサンプルイオンの分子量の1/2、1/3、1/4、1/5、1/6に相当するような質量電荷比にピークが得られた。これはすなわち多価イオンが生成されたことを意味しており、微小電極の瞬間加熱を用いたイオン化法でもタンパク質イオンの生成と質量分析は可能である。ただし、このような多価イオンが多く生成されてしまう場合には、生体試料など種々の生体関連物質が含まれているサンプルの場合に解析が困難になる。
これに対して
図9(C)ではサンプルイオンの分子量にのみ鋭いピークが得られた。これは本発明によって試料の薄膜を形成することが可能になったため、イオン源からの熱エネルギー伝達が効率的に進みマトリックスや水分子などの電荷を担う分子の脱離が促進された影響だと考えられる。
また、
図8(C)で見られたような質量電荷比10,000以下に見られたピークも存在しなかった。これは、一層目にマトリックスの薄膜を形成したことでサンプルへの熱エネルギーは必ずマトリックスを介して伝達され、サンプルへの過剰な熱エネルギーの投入が抑えられたことでサンプルの分解が抑制されたことを示す。
【0031】
また
図9(D)に市販のMALDI-TOF-MSを用いて、
図9(C)と同じ濃度で同じマトリックスとサンプル、すなわちマトリックスには濃度が10 mg/mlでアセトンに希釈された2,5-ジヒドロキシアセトフェノンを、サンプルには濃度が0.1 mg/mlで超純水に希釈されたウシ血清アルブミンを用いて質量分析を行った結果を示す。分析は波長355 nmのレーザーを用いて1万回のパルス積算によって行われた。
図9(C)は1回のパルスの結果である。
図9(D)の場合でも、試料タンパク質の一価由来のピークが得られているが、それ以外の二価イオンやバックグラウンドのシグナルも大きい。
図9(C)に示される本発明のイオン化装置を用いた場合と比較すると、本発明のイオン化では従来のMALDI法と比較して、桁違いの高いイオン化効率とフラグメントイオンを抑制することができていると言え、非常に進歩性が高い。本発明のイオン化装置によって、質量分析でさらに微量なサンプルの分析が可能であると期待される。
【実施例4】
【0032】
図10にマトリックスの薄膜上にマトリックスとサンプルの混合溶液を滴下する方法を用いて、イオン源に印加する表面エネルギー密度を変化させて行われた質量分析の比較を示す。飛行時間質量分析部の印加電圧は-500 V、検出器への印加電圧は-2,300 Vとした。試料をイオン化する際には1回のみ電界を印加し、その時間は500 nsに固定し、印加電圧を28〜33 Vまで変更することでエネルギー密度を変化させた。単位体積当たりの試料薄膜に印加されるエネルギー密度が4.3 〜6.0 nJ/μm
3の範囲において、サンプルの分解物の生成を抑制してサンプルの一価イオンが顕著に生成される。
【実施例5】
【0033】
本発明のイオン化装置をアレイ化して複数の微小な加熱領域をもつ場合の結果に関して
図11に示す。
本発明のような微小電極はリソグラフィー技術などによって容易にアレイ化して複数個配置することが可能である。
図11の例では、幅が30 μmで長さが100 μmそして厚みが250 nmの微小電極を約200 μmずつ離して絶縁材料であるシリコン酸化膜が堆積された基板1101の上に縦方向に配置しており、同一の試料を3つの狭小部(1102a、1102b、1102c)にかかるように堆積している。各微小領域を順次加熱することで、堆積させた試料の微小領域のみが脱離、イオン化していることが示された。この例では同一のサンプルの複数回分析が可能であるが、試料が導入される領域を制限するような試料ホルダーを設けることによって、異なる複数のサンプルの場合にも本イオン化法を適用することが可能である。
このようなアレイ化したイオン化装置の場合でも、構造は絶縁材料上の電極のみから成立するためイオン源を安価に大量に作製することが可能である。従来の大型のイオン化装置では不可能であったような大量のイオン源をディスポーザブル的に使用することが可能となる。この利点によって、イオン源もしくは試料導入部の洗浄不良に起因するようなコンタミネーションを防ぐことも可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0034】
本発明のイオン化装置およびこれを備えた質量分析計はμTAS(micro total analysis systems)、Lab on chipといわれる分野に好適に使用することができる。本発明によれば、質量分析に必要な要素の一部を微細化することができ、1つの板状のチップに小型化可能である。また、微細加工によりイオン生成領域を複数個、例えば格子状に数十 μm間隔で並べることも可能であり、多くの試料を順次測定したり、生体試料の色々な部位を系統的に測定することもできる。イオン化に要するデバイスおよび加熱装置類は安価なものでありシステム全体の大幅な価格低減も実現できる利点がある。このような用途や長所から本発明は産業上の利用性が非常に高い。
【符号の説明】
【0035】
101 配線用電極
102a,102b 導線
103 狭小部
104 側部電極
105 固相試料層
201 正イオン
202 二次電子増倍管
203 シリコン基板
204 飛行時間質量分析部
205 コンピューター
206 真空ポンプ
207 真空チャンバー
401 基板
402 電極
403 試料溶液
404 粒子状の固相試料
405 マトリックス薄膜
406 試料薄膜
1101 基板
1102a〜c 狭小部