【実施例】
【0040】
下記表1は、本発明の比較例と実施例の組成を示している。
【0041】
下記表1の成分含量を有し、不純物であるリン(P)及び硫黄(S)を0.001質量%以下含有するフェライト系ステンレス鋼材を、1300℃で10分間溶体化処理した後、500℃で2時間鋭敏化熱処理した。このような熱処理は、市販鋼材の溶接後の処理環境を再現するためのものである。
【0042】
フェライト系ステンレス鋼を溶接するとき、ステンレス鋼の溶融温度付近(約1300℃以上)まで加熱し、このような溶接部を含むステンレス鋼構造物を400〜700℃の温度区間で用いると、炭化物安定化元素であるチタン(Ti)とニオブ(Nb)を添加したステンレス鋼材の場合は鋭敏化が進行し、粒界腐食を誘発する原因となる。
【0043】
【表1】
【0044】
上記それぞれの比較例と実施例の成分含量を有するフェライト系ステンレス鋼材を、上記溶体化処理及び鋭敏化熱処理した後、「modified−Strauss試験方法で鋭敏化の程度を評価した。
上記「modified−Strauss試験方法」は、蒸留水に6質量%の硫酸銅(CuSO
4)及び0.5質量%の硫酸(H
2SO
4)を含む体積300mlの溶液を、105℃の温度に維持し、銅球(copper ball)を試験片と電気化学的に連結し、20時間浸漬した後に鋼材の面積減少率及び粒界腐食性を測定する方法で評価する方法である。
【0045】
また、上記それぞれの比較例と実施例の成分含量を有するフェライト系ステンレス鋼材を上記溶体化処理及び鋭敏化熱処理した後、鋼材の微細構造に対して走査電子顕微鏡(SEM)、透過電子顕微鏡(TEM)及び三次元原子顕微鏡(3DAP)で粒界付近における金属元素の濃縮、欠乏現象と、炭化物、窒化物、及び金属間化合物の析出挙動を観察した。
【0046】
下記の表2に上記測定の結果をまとめて示した。表2における関係式の値は、「6{(Mo−0.05)×(Si−0.2)×(Mn−0.18)}/(C+N)」の関係式にそれぞれの成分の質量%値を代入した結果を意味する。
【0047】
【表2】
【0048】
図2は、上記のような方法でmodified−Strauss評価した後、それぞれの比較例と実施例の鋼材の表面を示している。
図2に示すように、炭化物安定化元素であるTiを添加した比較例1と比較例2の場合は粒界腐食が進行したことが確認できる。また、弱炭化物生成元素(weak carbide former)の含量が、粒界腐食の程度に及ぼす影響を観察した結果、モリブデン(Mo)が添加されていない比較例3及び4の試験片に粒界腐食が大きく発生し、ケイ素(Si)含量が不足する比較例5とマンガン(Mn)が不足する比較例6及びマンガン(Mn)とモリブデン(Mo)が不足する比較例7にも粒界腐食が大きく発生した。
しかしながら、弱炭化物生成元素(weak carbide former)が適正量添加された試験片である実施例1及び2には粒界腐食が全く発生しなかった。また、弱炭化物生成元素であるモリブデン(Mo)、ケイ素(Si)、及びマンガン(Mn)を適正量添加しチタン(Ti)を同時添加した試験片である実施例3及び4にも粒界腐食が発生しなかった。上記結果から、本発明の成分組成にチタン(Ti)を添加した場合は、粒界腐食の向上に何の影響も与えず、チタン(Ti)の添加にかかわらず同一の効果を有することが確認できた。
【0049】
図3は、比較例5及び6と実施例1及び2をmodified−Strauss評価した後の粒界腐食の程度を光学顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
図3に示すように、比較例5及び6は、粒界腐食による粒子脱落(grain drop−out)現象を明確に示す。しかしながら、実施例1及び2の写真では粒界腐食が全く発生しなかった。このような実験から、チタン(Ti)を添加しなくても、弱炭化物生成元素であるモリブデン(Mo)、ケイ素(Si)、及びマンガン(Mn)を適正量添加した場合は、フェライト系ステンレス鋼の粒界腐食を完全に防止することができることが確認できた。
【0050】
ASTM規格の A 240/A 240M−08によれば、一般的な環境における低クロムフェライト系ステンレス鋼はチタン(Ti)の含量が炭素(C)+窒素(N)含量より8倍以上多い場合に粒界腐食が防止されると記載している。しかしながら、最近の研究結果によれば、400℃〜700℃で用いられる鋼材の溶接熱影響部では、チタン(Ti)、ニオブ(Nb)などの安定化元素を炭素(C)+窒素(N)含量より20倍以上添加したにもかかわらずクロム(C)rが該当温度範囲で粒界に拡散し、クロム(C)rの偏析によってクロム(Cr)欠乏層が生じ、これによる粒界腐食が進行した。
【0051】
上記比較例1及び2の粒界腐食実験結果は、安定化元素の添加が低クロムステンレス鋼の粒界腐食を完全に防止することができないということを示す。
【0052】
図4は、チタン(Ti)などの安定化元素を炭素(C)+窒素(N)含量より20倍以上添加した比較例1のステンレス鋼の結晶粒界を3DAPで分析した結果を示すものである。
図4に示すように、上記の条件で安定化元素とCの反応によって、クロム(Cr)が粒界に析出物を生成することができなくても粒界析出物の周辺と粒界に濃縮される現象が起こることが確認できた。
【0053】
図5は、安定化元素を添加した比較例1の粒界における元素別分布を3DAPで分析して位置別濃度を示すグラフであるり、比較例1の粒界におけるクロム(Cr)の分布を示すものである。
図5に示すように、
図4から確認できるクロム(Cr)の濃縮現象によって粒界におけるクロム(Cr)濃度が35原子%以上増加し、濃縮されたクロム(Cr)の周辺部ではクロム(Cr)欠乏が起こり、クロム(Cr)濃度が5.3原子%以下に減少したことが確認できる。これは、低クロムステンレス鋼材においては安定化元素を添加してクロム(Cr)析出物の生成を抑制しても、粒界におけるクロム(Cr)濃縮と粒界の周辺におけるクロム(Cr)欠乏及びそれによる粒界腐食を防ぐことができないということを意味する。
【0054】
図2を参照すると、それぞれ0.6質量%及び0.7質量%のケイ素(Si)が添加された比較例3及び4、及び0.1質量%のモリブデン(Mo)が添加された比較例5の場合には、粒界腐食が起こったが、比較例1及び2に比べて粒界腐食速度が顕著に減少したことが確認できる。比較例3〜5に比べてモリブデン(Mo)及びケイ素(Si)の含量は高いが、マンガン(Mn)含量が低い比較例6及び7の場合には、むしろ耐粒界腐食性が比較例3〜5より低いことが確認できた。
【0055】
これに対し、モリブデン(Mo)、ケイ素(Si)、及びマンガン(Mn)が複合添加された実施例1〜4の場合には、粒界腐食が全く起こらなかったことが確認できる。上記の結果から、炭素親和度がクロム(Cr)より高い炭化物安定化元素であるチタン(Ti)の添加では防止することができないステンレス鋼の粒界腐食を、本発明で提案するクロム(Cr)より炭素親和度が低い元素を複合添加した方法により防止することができるということが確認できた。
【0056】
上記の結果は、モリブデン(Mo)、ケイ素(Si)、及びマンガン(Mn)を複合添加するときにそれぞれの濃度が一定質量以上の場合にフェライト系ステンレス鋼材の鋭敏化及び粒界腐食を完全に防止することができることを意味する。
【0057】
図6は、粒界腐食が起こらなかった代表的な鋼種である実施例2を1300℃で10分間溶体化処理した後、500℃で2時間鋭敏化熱処理し、粒界をSEM分析により観察した結果を示すものである。観察結果、金属間化合物が均一に生成されて粒界に沿って位置していることが確認できた。
【0058】
図7は、実施例2を1300℃で10分間溶体化処理した後、500℃で2時間鋭敏化熱処理し、炭素レプリカ分析技法で析出物を抽出して透過電子顕微鏡で観察した結果を示した写真である。実施例2の場合、粒界に沿ってモリブデン(Mo)、ケイ素(Si)、マンガン(Mn)系金属間化合物が生成され、解析パターン(Diffraction pattern)分析により、金属間化合物であるCMn
4MoSiが生成されることが観察された。特に注目すべき現象は、CMn
4MoSi金属間化合物にCが固溶することにより炭化物の生成の可能性を低めるということである。
【0059】
図8は、比較例6の粒界における元素別分布を3DAPで分析したグラフを示している。比較例6は、マンガン(Mn)が適正量より低い0.22質量%に調節された試験片であって、粒界腐食が大きく起こったものであり、この試験片の粒界を3DAPで観察した結果、粒界に沿ってクロム(Cr)濃度が23原子%に増加し、濃縮されたクロム(Cr)の周辺部ではクロム(Cr)欠乏が起こり、クロム(Cr)濃度が7.8原子%に減少したことが確認できる。これは、比較例6の場合には、添加されたモリブデン(Mo)−ケイ素(Si)−マンガン(Mn)の含量が十分ではないことからクロム(Cr)の濃縮及び欠乏現象が起こったため、粒界腐食を防ぐことができないということを意味する。
【0060】
図9は、実施例2の粒界における元素別分布を3DAPで分析したグラフである。
図9を観察した結果、粒界に沿ってクロム(Cr)濃度が18.2原子%に増加したが、この数値は
図5の比較例1、
図8の比較例6より顕著に低く、濃縮部付近のCrの最低含量は9.9原子%で粒内のクロム(Cr)含量と類似する。従って、実施例2の場合、粒界に沿ってクロム(Cr)欠乏が起こらず、粒界腐食が効果的に防止された。
【0061】
【表3】
【0062】
上記表3は、比較例1、比較例6及び実施例2の3DAP分析結果のうち粒界腐食に最も重要な影響を及ぼすクロム(Cr)と炭素(C)の濃度を粒界腐食試験結果と共に表した実施例を示している。上述したように、安定化フェライト系ステンレス鋼の粒界腐食は、溶体化処理後、固溶していた炭素原子が粒界に濃縮され、それにより、クロム(Cr)の粒界濃縮及び欠乏現象が起こることにより発生する。表3の炭素濃縮量を比較すると、比較例1の炭素濃縮量に比べて比較例6の炭素濃縮量が半分以下に減り、それにより、クロム(Cr)の粒界濃縮及び欠乏現象が減ったが、依然として粒界腐食による損傷は発生する。実施例2の場合、比較例1及び6に比べて炭素濃縮量が顕著に減少し、それにより、粒界のクロム(Cr)濃縮現象も顕著に減り、クロム(Cr)欠乏現象は起こらなかった。従って、実施例2の炭素濃縮量が減少した結果、粒界腐食が防止された。
【0063】
より詳細には、モリブデン(Mo)−ケイ素(Si)−マンガン(Mn)が十分な含量で複合添加されたフェライト系ステンレス鋼に粒界腐食が起こらない理由は、次の二つの現象によるものである。
【0064】
1)弱炭化物生成元素(weak carbide former)であるモリブデン(Mo)−ケイ素(Si)−マンガン(Mn)が添加された合金にCMn
4MoSi金属間化合物が生成しながら、鋼材の内部に固溶した炭素を金属間化合物の内部に固着化させて炭素の安定性を高めることにより、炭素の粒界濃縮によるクロム(Cr)の拡散を防止する。
【0065】
2)粒界の周辺部に粗大な金属間化合物が形成されてクロム(Cr)が粒界に拡散することを防ぐ。また、粒界の周辺にクロム(Cr)を含まない金属間化合物が形成されることにより、金属間化合物が形成された位置に分布していたクロム(Cr)が粒界付近のクロム(Cr)欠乏層に拡散してクロム(Cr)の欠乏を緩和させる。
【0066】
即ち、本発明によるステンレス鋼は、その製造及び溶接後の高温環境で、固溶した炭素がモリブデン(Mo)−ケイ素(Si)−マンガン(Mn)金属間化合物に捕捉された状態で安定化されるため、固溶した炭素とクロム(Cr)の反応によって生成されるクロム炭化物の生成を遮断し、これによるクロム(Cr)欠乏層の誘発を防ぐことができるため、高温環境に用いられるステンレス鋼、特に、溶接熱影響部の粒界腐食を効果的に防止することができる。
【0067】
これに対し、クロム(Cr)より炭素親和力に優れ、クロム(Cr)より優先的に炭化物を生成する安定化元素を添加する従来の粒界腐食防止技術は、生成したチタン(Ti)炭化物又はニオブ(Nb)炭化物のような金属炭化物が、溶接過程で高温に加熱される溶接熱影響部で分解され、炭素が溶接熱影響部内に再固溶し、再固溶した炭素は高温環境で用いられるときにクロム(Cr)欠乏層を形成するため、高温環境用ステンレス鋼部品の溶接熱影響部における粒界腐食を防ぐのが困難である。
【0068】
図10は、本発明の比較例及び実施例の粒界腐食実験後の鋼材の面積減少率を関係式の結果値によって示すグラフである。粗大なモリブデン(Mo)−ケイ素(Si)−マンガン(Mn)系金属間化合物が析出される関係式の値が1以上の鋼材は粒界腐食損失率が0であり、粒界腐食が起こらない。
【0069】
上記の実施例に示したように、クロム(Cr):10〜14質量%、炭素(C):0.02質量%以下、窒素(N):0.02質量%以下、リン(P):0.04質量%以下、硫黄(S):0.01質量%以下、モリブデン(Mo):0.05〜2.0質量%、ケイ素(Si):0.2〜1.5質量%、マンガン(Mn):0.1〜1.0質量%、及び残部の鉄(Fe)及び不可避不純物を含み、関係式「6{(Mo−0.05)×(Si−0.2)×(Mn−0.18)}/(C+N)」の結果値が1以上を満たすフェライト系ステンレス鋼は粒界腐食を効果的に抑制することが確認できた。
【0070】
以上のように本発明の例示的な実施例を、図面を参照して説明したが、多様な変形と他の実施例は本分野における熟練した技術者らによって実施することができる。このような変形と他の実施例は、添付の特許請求の範囲に全て含まれ、本発明の真の趣旨及び範囲を外れない。