【課題】表面にPd被覆層を有するCuボンディングワイヤにおいて、高温高湿環境でのボール接合部の接合信頼性を改善し、車載用デバイスに好適なボンディングワイヤを提供する。
【解決手段】Cu合金芯材と、前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層とを有する半導体装置用ボンディングワイヤにおいて、ボンディングワイヤがInを含み、ワイヤ全体に対するInの濃度が0.011〜1.2質量%であることを特徴とする半導体装置用ボンディングワイヤ。
前記Cu合金芯材がPt、Pd、Rh、Niから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含み、前記Cu合金芯材に含まれる前記元素の濃度がそれぞれ0.05〜1.2質量%であることを特徴とする請求項1記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
前記ボンディングワイヤがさらにB、P、Mg、Ga、Geから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含み、ワイヤ全体に対する前記元素の濃度がそれぞれ1〜100質量ppmであることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
前記ボンディングワイヤ表面の結晶方位を測定したときの測定結果において、前記ボンディングワイヤ長手方向に対して角度差が15度以下である結晶方位<111>の存在比率が面積率で30〜100%であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項記載の半導体装置用ボンディングワイヤ。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のボンディングワイヤは第1に、Cu合金芯材と、前記Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層とを有する半導体装置用ボンディングワイヤにおいて、ボンディングワイヤがInを含み、ワイヤ全体に対するInの濃度が0.011〜1.2質量%であり、前記Pd被覆層の厚さが0.015〜0.150μmである。これによりボンディングワイヤは、車載用デバイスで要求される高温高湿環境でのボール接合部の接合信頼性を改善することができる。
【0012】
本発明のボンディングワイヤを用いて、アーク放電によってボールを形成すると、ボンディングワイヤが溶融して凝固する過程で、ボールの表面にボールの内部よりもPdの濃度が高い合金層が形成される。このボールを用いてAl電極と接合を行い、高温高湿試験を実施すると、接合界面にはPdが濃化した状態となる。このPdが濃化して形成された濃化層は、高温高湿試験中の接合界面におけるCu、Alの拡散を抑制し、易腐食性化合物の成長速度を低下させることができる。これによりボンディングワイヤは、接合信頼性を向上することができる。一方、Pd被覆層の厚さが0.015μm未満の場合、上記濃化層が十分に形成されず、接合信頼性を向上することができない。Pd被覆層の厚さは0.02μm以上であるとより好ましい。一方、Pd被覆層厚さが0.150μmを超えると、FAB形状が悪化する傾向が顕著になるため、上限を0.150μmとした。
【0013】
ボールの表面に形成されたPdの濃度が高い合金層は、耐酸化性に優れるため、ボール形成の際にボンディングワイヤの中心に対してボールの形成位置がずれる等の不良を低減することができる。
【0014】
本発明はさらに、ボンディングワイヤがInを含み、ワイヤ全体に対するInの濃度が0.011質量%以上であることで、温度が130℃、相対湿度が85%の高温高湿環境下でのボール接合部の接合寿命をさらに向上することができる。
【0015】
Inを含有したPd被覆Cuボンディングワイヤを用いてボール部を形成し、FABを走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)で観察したところ、FABの表面に直径数十nmφ程度の析出物が多数見られた。析出物をエネルギー分散型X線分析(EDS:Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)で分析するとInが濃化していることが確認された。以上のような状況から、詳細なメカニズムは不明だが、FABに観察されるこの析出物がボール部と電極との接合界面に存在することで、温度が130℃、相対湿度が85%の高温高湿環境でのボール接合部の接合信頼性が向上しているものと思われる。ワイヤ全体に対するInの濃度が0.031質量%以上であるとより好ましい。Inの濃度が0.031質量%以上であると、高温高湿環境下でのボール接合部の接合寿命をより向上させることができる。また、In含有量が0.100質量%以上であるとさらに好ましい。Inの濃度が0.100質量%以上であると、高温高湿環境下でのボール接合部の接合寿命をさらに向上させることができ、より厳しい接合信頼性に対する要求に対応することができる。
【0016】
半導体装置のパッケージであるモールド樹脂(エポキシ樹脂)には、分子骨格に塩素(Cl)が含まれている。HAST評価条件である130℃、相対湿度が85%の高温高湿環境下では、分子骨格中のClが加水分解して塩化物イオン(Cl
-)として溶出する。CuボンディングワイヤをAl電極に接合した場合、Cu/Al接合界面が高温下に置かれると、CuとAlが相互拡散し、最終的に金属間化合物であるCu
9Al
4が形成される。Cu
9Al
4はClなどのハロゲンによる腐食を受けやすく、モールド樹脂から溶出したClによって腐食が進行し、接合信頼性の低下につながる。CuワイヤがPd被覆層を有する場合には、Pd被覆CuワイヤとAl電極の接合界面はCu/Pd濃化層/Alという構造になるため、Cuワイヤに比較するとCu
9Al
4金属間化合物の生成は抑制されるものの、車載用デバイスで要求される高温高湿環境での接合信頼性としては不十分であった。
【0017】
それに対し、本発明のようにPd被覆Cuワイヤ中にInが含有されていると、接合部におけるCu
9Al
4金属間化合物の生成がさらに抑制される傾向にあると考えられる。ボール接合部のFAB形成時に、ワイヤ中のInはPd被覆層にも拡散する。ボール接合部におけるCuとAl界面のPd濃化層に存在するInが、CuとAlの相互拡散を抑制する効果があり、結果としてCu
9Al
4の生成を抑制するものと思われる。また、ワイヤに含まれるInがCu
9Al
4の形成を直接阻害する効果がある可能性もある。
【0018】
Inの存在部位としてはCu芯材中が好ましいが、Pd被覆層、Au表皮層に含まれることでも十分な作用効果が得られる。Cu芯材中にInを添加する方法は正確な濃度管理が容易であり、ワイヤ生産性、品質安定性が向上する。また、熱処理による拡散等でInの一部がPd被覆層やAu表皮層にも含有することで、各層界面の密着性が良化して、ワイヤ生産性をさらに向上させることも可能である。
【0019】
一方で、ワイヤ中のIn含有量が過剰となり、ワイヤ全体に対するInの濃度が1.2質量%より大きくなると、FAB形状が悪化すると共に、ボンディングワイヤが硬質化してワイヤ接合部の変形が不十分となり、ウェッジ接合性の低下が問題となる。
【0020】
因みに、Pd被覆層の最表面にCuが存在する場合がある。Cuの濃度が30原子%以上になると、ワイヤ表面の耐硫化性が低下し、ボンディングワイヤの使用寿命が低下するため実用に適さない場合がある。したがって、Pd被覆層の最表面にCuが存在する場合、Cuの濃度は30原子%未満であることが好ましい。ここで、最表面とは、スパッタ等を実施しない状態で、ボンディングワイヤの表面をオージェ電子分光装置によって測定した領域をいう。
【0021】
半導体装置のパッケージであるモールド樹脂(エポキシ樹脂)には、シランカップリング剤が含まれている。シランカップリング剤は有機物(樹脂)と無機物(シリコンや金属)の密着性を高める働きを有しているため、シリコン基板や金属との密着性を向上させることができる。さらに、より高温での信頼性が求められる車載向け半導体など、高い密着性が求められる場合には「イオウ含有シランカップリング剤」が添加される。モールド樹脂に含まれるイオウは、HASTでの温度条件である130℃程度では遊離しないが、175℃〜200℃以上の条件で使用すると遊離してくる。そして、175℃以上の高温で遊離したイオウがCuと接触すると、Cuの腐食が激しくなり、硫化物(Cu
2S)や酸化物(CuO)が生成する。Cuボンディングワイヤを用いた半導体装置でCuの腐食が生成すると、特にボール接合部の接合信頼性が低下することとなる。
【0022】
175℃以上の高温環境でのボール接合部信頼性を評価する手段として、HTS(High Temperature Storage Test)(高温放置試験)が用いられる。高温環境に暴露した評価用のサンプルについて、接合部の抵抗値の経時変化を測定したり、ボール接合部のシェア強度の経時変化を測定したりすることで、ボール接合部の接合寿命を評価する。近年車載用の半導体装置においては、175℃〜200℃のHTSでのボール接合部の信頼性向上が求められている。
【0023】
本発明のボンディングワイヤは、Cu合金芯材が、Pt、Pd、Rh、Niから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含み、Cu合金芯材に含まれる前記元素の濃度がそれぞれ0.05〜1.2質量%であると好ましい。Cu合金芯材がこれら元素を含有することにより、ボール接合部の高温環境での接合信頼性のうち、175℃以上のHTSでの成績が改善する。Cu合金芯材に含まれるこれら成分の濃度がそれぞれ0.05質量%未満では上記の効果が得られず、1.2質量%より高くなると、FAB形状が悪化すると共に、ボンディングワイヤが硬質化してワイヤ接合部の変形が不十分となり、ウェッジ接合性の低下が問題となる。さらに、上記元素を上記含有量範囲で含有することにより、ループ形成性を向上、すなわち高密度実装で問題となるリーニングを低減することができる。これは、Cu合金芯材がPt、Pd、Rh、Niを含むことにより、ボンディングワイヤの降伏強度が向上し、ボンディングワイヤの変形を抑制することができるためである。Cu合金芯材に含まれる前記元素の濃度は、より好ましくは0.1質量%以上、0.2質量%以上、0.3質量%以上、又は0.5質量%以上である。また、Cu合金芯材に含まれる前記元素の濃度は、より好ましくは1質量%以下、又は0.8質量%以下である。なお、ボンディングワイヤ製品からCu合金芯材に含まれる前記元素の濃度を求める方法としては、例えば、ボンディングワイヤの断面を露出させて、Cu合金芯材の領域について濃度分析する方法、ボンディングワイヤの表面から深さ方向に向かってスパッタ等で削りながら、Cu合金芯材の領域について濃度分析する方法が挙げられる。例えば、Cu合金芯材がPdの濃度勾配を有する領域を含む場合には、ボンディングワイヤの断面を線分析し、Pdの濃度勾配を有しない領域(例えば、深さ方向へのPdの濃度変化の程度が0.1μm当たり10mol%未満の領域)について濃度分析すればよい。濃度分析の手法については後述する。
【0024】
本発明のボンディングワイヤは、Pd被覆層上にさらにAu表皮層を有していてもよい。例えば、本発明のボンディングワイヤは、Pd被覆層の表面にさらにAu表皮層を0.0005〜0.050μm形成することとしてもよい。これによりボンディングワイヤはウェッジ接合性を改善することができる。
【0025】
Au表皮層は、Pd被覆層と反応して、Au表皮層、Pd被覆層、Cu合金芯材間の密着強度を高め、ウェッジ接合時のPd被覆層やAu表皮層の剥離を抑制することができる。これによりボンディングワイヤは、ウェッジ接合性を改善することができる。Au表皮層の厚さが0.0005μm未満では上記の効果が得られず、0.050μmより厚くなるとFAB形状が偏芯する。Au表皮層の厚さは、好ましくは0.0005μm以上、より好ましくは0.001μm以上、0.003μm以上、又は0.005μm以上である。また、Au表皮層の厚さは、好ましくは0.050μm以下である。なおAu表皮層は、Pd被覆層と同様の方法により形成することができる。
【0026】
因みに、Au表皮層の最表面にCuが存在する場合がある。Cuの濃度が35原子%以上になると、ワイヤ表面の耐硫化性が低下し、ボンディングワイヤの使用寿命が低下するため実用に適さない場合がある。したがって、Au表皮層の最表面にCuが存在する場合、Cuの濃度は35原子%未満であることが好ましい。ここで、最表面とは、スパッタ等を実施しない状態で、ボンディングワイヤの表面をオージェ電子分光装置によって測定した領域をいう。
【0027】
ボンディングワイヤはさらにB、P、Mg、Ga、Geから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含み、ワイヤ全体に対する前記元素の濃度がそれぞれ1〜100質量ppmであることにより、高密度実装に要求されるボール接合部のつぶれ形状を改善、すなわちボール接合部形状の真円性を改善することができる。これは、前記元素を添加することにより、ボールの結晶粒径を微細化でき、ボールの変形が抑制できるためである。ワイヤ全体に対する前記元素の濃度が1質量ppm未満では上記の効果が得られず、100質量ppmより大きくなるとボールが硬質化し、ボール接合時のチップダメージが問題となるため実用に適さない。ワイヤ全体に対する前記元素の濃度はそれぞれ、より好ましくは3質量ppm以上、又は5質量ppm以上である。ワイヤ全体に対する前記元素の濃度はそれぞれ、より好ましくは95質量ppm以下、90質量ppm以下、85質量ppm以下、又は80質量ppm以下である。
【0028】
なおボンディングワイヤのCu合金芯材、Pd被覆層、Au表皮層の界面には、製造工程での熱処理等によって原子が拡散し、濃度勾配を有する合金層が形成される場合がある。上記のような場合、Cu合金芯材とPd被覆層の境界は、Pd濃度を基準に判定し、Pd濃度が50原子%を境界として、Pd濃度が50原子%以上の領域をPd被覆層、50原子%未満の領域をCu合金芯材と判定した。この根拠は、Pd濃度が50原子%以上であればPd被覆層の構造から特性の改善効果が期待できるためである。また、Pd被覆層とAu表皮層の境界は、Au濃度を基準に判定した。Au濃度が10原子%を境界とし、Au濃度が10原子%以上の領域をAu表皮層、10原子%未満の領域をPd被覆層と判定した。この根拠は、Au濃度が10原子%以上であればAu表皮層の構造から特性の改善効果が期待できるためである。
【0029】
Pd被覆層、Au表皮層の濃度分析、Cu合金芯材中のPt、Pd、Rh、Niの濃度分析には、ボンディングワイヤの表面から深さ方向に向かってスパッタ等で削りながら分析を行う方法、あるいはワイヤ断面を露出させて線分析、点分析等を行う方法が有効である。これらの濃度分析に用いる解析装置は、走査型電子顕微鏡または透過型電子顕微鏡に備え付けたオージェ電子分光分析装置、エネルギー分散型X線分析装置、電子線マイクロアナライザ等を利用することができる。ワイヤ断面を露出させる方法としては、機械研磨、イオンエッチング法等を利用することができる。また、In、B、P、Mg、Ga、Geなどの微量成分については、ICP発光分光分析装置やICP質量分析装置を利用して、ボンディングワイヤ全体に含まれる元素の濃度として分析することができる。
【0030】
ボンディングワイヤの表面における、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15度以内までを含む結晶方位<111>の存在比率が面積率で30〜100%であると、ループ形成性を向上、すなわち高密度実装で問題となるリーニングを低減することができる。表面結晶方位が揃っていれば、横方向の変形に対して強くなり、横方向の変形を抑制するため、リーニング不良を抑制することができるからである。したがって一実施形態において、ボンディングワイヤ表面の結晶方位を測定したときの測定結果において、前記ボンディングワイヤ長手方向に対して角度差が15度以下である結晶方位<111>の存在比率が面積率で30〜100%である。リーニング不良を抑制する観点から、上記結晶方位<111>の存在比率は面積率で、より好ましくは35%以上、さらに好ましくは40%以上、45%以上、50%以上、又は55%以上である。
【0031】
(製造方法)
次に本発明の実施形態に係るボンディングワイヤの製造方法を説明する。ボンディングワイヤは、芯材に用いるCu合金を製造した後、ワイヤ状に細く加工し、Pd被覆層、Au表皮層を形成して、熱処理することで得られる。Pd被覆層、Au表皮層を形成後、再度伸線と熱処理を行う場合もある。Cu合金芯材の製造方法、Pd被覆層、Au表皮層の形成方法、熱処理方法について詳しく説明する。
【0032】
芯材に用いるCu合金は、原料となるCuと添加する元素を共に溶解し、凝固させることによって得られる。溶解には、アーク加熱炉、高周波加熱炉、抵抗加熱炉等を利用することができる。大気中からのO
2、H
2等のガスの混入を防ぐために、真空雰囲気あるいはArやN
2等の不活性雰囲気中で溶解を行うことが好ましい。
【0033】
Pd被覆層、Au表皮層をCu合金芯材の表面に形成する方法は、めっき法、蒸着法、溶融法等がある。めっき法は、電解めっき法、無電解めっき法のどちらも適用可能である。ストライクめっき、フラッシュめっきと呼ばれる電解めっきでは、めっき速度が速く、下地との密着性も良好である。無電解めっきに使用する溶液は、置換型と還元型に分類され、厚さが薄い場合には置換型めっきのみでも十分であるが、厚さが厚い場合には置換型めっきの後に還元型めっきを段階的に施すことが有効である。
【0034】
蒸着法では、スパッタ法、イオンプレーティング法、真空蒸着等の物理吸着と、プラズマCVD等の化学吸着を利用することができる。いずれも乾式であり、Pd被覆層、Au表皮層形成後の洗浄が不要であり、洗浄時の表面汚染等の心配がない。
【0035】
Pd被覆層、Au表皮層の形成に対しては、最終線径まで伸線後に形成する手法と、太径のCu合金芯材に形成してから狙いの線径まで複数回伸線する手法とのどちらも有効である。前者の最終径でPd被覆層、Au表皮層を形成する場合には、製造、品質管理等が簡便である。後者のPd被覆層、Au表皮層と伸線を組み合わせる場合には、Cu合金芯材との密着性が向上する点で有利である。それぞれの形成法の具体例として、最終線径のCu合金芯材に、電解めっき溶液の中にワイヤを連続的に掃引しながらPd被覆層、Au表皮層を形成する手法、あるいは、電解又は無電解のめっき浴中に太いCu合金芯材を浸漬してPd被覆層、Au表皮層を形成した後に、ワイヤを伸線して最終線径に到達する手法等が挙げられる。
【0036】
Pd被覆層、Au表皮層を形成した後は、熱処理を行う場合がある。熱処理を行うことでAu表皮層、Pd被覆層、Cu合金芯材の間で原子が拡散して密着強度が向上するため、加工中のAu表皮層やPd被覆層の剥離を抑制でき、生産性が向上する点で有効である。大気中からのO
2の混入を防ぐために、真空雰囲気あるいはArやN
2等の不活性雰囲気中で熱処理を行うことが好ましい。
【0037】
ボンディングワイヤの表面における、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15度以内までを含む結晶方位<111>の存在比率を面積率で30〜100%にする方法は以下のとおりである。即ち、Pd被覆層形成後またはPd被覆層とAu表皮層を形成後の加工率を大きくすることで、ワイヤ表面上の方向性を有する集合組織(伸線方向に結晶方位が揃った集合組織)を発達させることができる。具体的には、Pd被覆層形成後またはPd被覆層とAu表皮層を形成後の加工率を90%以上にすることで、ボンディングワイヤの表面におけるワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15度以内までを含む結晶方位<111>の存在比率を面積率で30%以上とすることができる。ここで、「加工率(%)=(加工前のワイヤ断面積−加工後のワイヤ断面積)/加工前のワイヤ断面積×100」で表される。
【0038】
ワイヤの表面における、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15度以内までを含む結晶方位<111>の存在比率(面積率)を求めるには、ワイヤ表面を観察面として結晶組織の評価を行う。評価手法として、後方散乱電子線回折法(EBSD、Electron Backscattered Diffraction)を使用できる。EBSD法は観察面の結晶方位を観察し、隣り合う測定点間での結晶方位の角度差を図示出来るという特徴を有し、ボンディングワイヤのような細線であっても、比較的簡便ながら精度よく結晶方位を観察できる。
【0039】
表面<111>方位比率は、専用ソフトにより特定できた全結晶方位を母集団として、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以内までを含む結晶方位<111>の存在比率(面積率)を算出することにより求められる。
【0040】
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨の範囲内で適宜変更することが可能である。
【実施例】
【0041】
以下では、実施例を示しながら、本発明の実施形態に係るボンディングワイヤについて、具体的に説明する。
【0042】
(サンプル)
まずサンプルの作製方法について説明する。芯材の原材料となるCuは純度が99.99質量%以上で残部が不可避不純物から構成されるものを用いた。In、Pt、Pd、Rh、Ni、B、P、Mg、Ga、Geは純度が99質量%以上で残部が不可避不純物から構成されるものを用いた。芯材のCu合金組成が目的のものとなるように、添加元素であるIn、Pt、Pd、Rh、Ni、B、P、Mg、Ga、Geを調合する。In、Pt、Pd、Rh、Ni、B、P、Mg、Ga、Geの添加に関しては、単体での調合も可能であるが、単体で高融点の元素や添加量が極微量である場合には、添加元素を含むCu母合金をあらかじめ作製しておいて目的の添加量となるように調合しても良い。
【0043】
芯材のCu合金は、直径がφ3〜8mmの円柱型に加工したカーボンるつぼに原料を装填し、高周波炉を用いて、真空中もしくはN
2やArガス等の不活性雰囲気で1090〜1300℃まで加熱して溶解させた後、炉冷を行うことで製造した。得られたφ3〜8mmの合金に対して、引抜加工を行ってφ0.3〜1.4mmのワイヤを作製した。伸線には市販の潤滑液を用い、伸線速度は20〜400m/分とした。ワイヤ表面の酸化膜を除去するために、硫酸による酸洗処理を行った後、芯材のCu合金の表面全体を覆うようにPd被覆層を1〜15μm形成した。さらに、一部のワイヤはPd被覆層の上にAu表皮層を0.01〜1.5μm形成した。Pd被覆層、Au表皮層の形成には電解めっき法を用いた。めっき液は市販の半導体用めっき液を用いた。その後、200〜700℃の熱処理と伸線加工を繰返し行うことによって直径20μmまで加工した。加工後は最終的に破断伸びが約7〜15%になるようN
2もしくはArガスを流しながら熱処理をした。熱処理方法はワイヤを連続的に掃引しながら行い、N
2もしくはArガスを流しながら行った。ワイヤの送り速度は10〜200m/分、熱処理温度は200〜700℃で熱処理時間は0.05〜1.5秒とした。
【0044】
Pd被覆層形成後またはPd被覆層とAu表皮層を形成後の加工率を調整することにより、ボンディングワイヤの表面における、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15度以内までを含む結晶方位<111>の存在比率(面積率)を調整した。
【0045】
In、B、P、Mg、Ga、Geについては、ICP発光分光分析装置を利用して、ボンディングワイヤ全体に含まれる元素の濃度として分析した。
【0046】
Pd被覆層、Au表皮層の濃度分析、Cu合金芯材中のPt、Pd、Rh、Niの濃度分析には、ボンディングワイヤの表面から深さ方向に向かってスパッタ等で削りながらオージェ電子分光分析を実施した。得られた深さ方向の濃度プロファイルから、Pd被覆層厚、Au表皮層厚、Cu合金芯材中のPt、Pd、Rh、Niの濃度を求めた。
【0047】
上記の手順で作製した各サンプルの構成を表1に示す。表1において、本発明の範囲から外れる項目にアンダーラインを付している。
【0048】
(評価方法)
ワイヤ表面を観察面として、結晶組織の評価を行った。評価手法として、後方散乱電子線回折法(EBSD、Electron Backscattered Diffraction)を用いた。EBSD法は観察面の結晶方位を観察し、隣り合う測定点間での結晶方位の角度差を図示出来るという特徴を有し、ボンディングワイヤのような細線であっても、比較的簡便ながら精度よく結晶方位を観察できる。
【0049】
ワイヤ表面のような曲面を対象として、EBSD法を実施する場合には注意が必要である。曲率の大きい部位を測定すると、精度の高い測定が困難になる。しかしながら、測定に供するボンディングワイヤを平面に直線上に固定し、そのボンディングワイヤの中心近傍の平坦部を測定することで、精度の高い測定をすることが可能である。具体的には、次のような測定領域にすると良い。円周方向のサイズはワイヤ長手方向の中心を軸として線径の50%以下とし、ワイヤ長手方向のサイズは100μm以下とする。好ましくは、円周方向のサイズは線径の40%以下とし、ワイヤ長手方向のサイズは40μm以下とすれば、測定時間の短縮により測定効率を高められる。更に精度を高めるには、3箇所以上測定し、ばらつきを考慮した平均情報を得ることが望ましい。測定場所は近接しないように、1mm以上離すと良い。
【0050】
表面<111>方位比率は、専用ソフトにより特定できた全結晶方位を母集団として、ワイヤ長手方向の結晶方位のうち、ワイヤ長手方向に対して角度差が15°以内までを含む結晶方位<111>の存在比率(面積率)を算出することにより求めた。
【0051】
高温高湿環境又は高温環境でのボール接合部の接合信頼性は、接合信頼性評価用のサンプルを作製し、HAST及びHTS評価を行い、それぞれの試験におけるボール接合部の接合寿命によって判定した。接合信頼性評価用のサンプルは、一般的な金属フレーム上のSi基板に厚さ0.8μmのAl−1.0%Si−0.5%Cuの合金を成膜して形成した電極に、市販のワイヤーボンダーを用いてボール接合を行い、市販のモールド樹脂によって封止して作製した。ボールはN
2+5%H
2ガスを流量0.4〜0.6L/minで流しながら形成させ、その大きさはφ34μmとした。
【0052】
HAST評価については、作製した接合信頼性評価用のサンプルを、不飽和型プレッシャークッカー試験機を使用し、温度130℃、相対湿度85%の高温高湿環境に暴露し、5Vのバイアスをかけた。ボール接合部の接合寿命は48時間毎にボール接合部のシェア試験を実施し、シェア強度の値が初期に得られたシェア強度の1/2となる時間とした。高温高湿試験後のシェア試験は、酸処理によって樹脂を除去して、ボール接合部を露出させてから行った。
【0053】
HAST評価のシェア試験機はDAGE社製の試験機を用いた。シェア強度の値は無作為に選択したボール接合部の10か所の測定値の平均値を用いた。上記の評価において、接合寿命が96時間未満であれば実用上問題があると判断し×印、96〜144時間であれば実用可能であるがやや問題有りとして△印、144〜288時間であれば実用上問題ないと判断し○印、288時間以上であれば特に優れていると判断し◎印とし、表1の「HAST」の欄に表記した。
【0054】
HTS評価については、作製した接合信頼性評価用のサンプルを、高温恒温器を使用し、温度200℃の高温環境に暴露した。ボール接合部の接合寿命は500時間毎にボール接合部のシェア試験を実施し、シェア強度の値が初期に得られたシェア強度の1/2となる時間とした。高温高湿試験後のシェア試験は、酸処理によって樹脂を除去して、ボール接合部を露出させてから行った。
【0055】
HTS評価のシェア試験機はDAGE社製の試験機を用いた。シェア強度の値は無作為に選択したボール接合部の10か所の測定値の平均値を用いた。上記の評価において、接合寿命が500〜1000時間であれば実用可能であるが改善の要望ありと判断し△印、1000〜3000時間であれば実用上問題ないと判断し○印、3000時間以上であれば特に優れていると判断し◎印とした。
【0056】
ボール形成性(FAB形状)の評価は、接合を行う前のボールを採取して観察し、ボール表面の気泡の有無、本来真球であるボールの変形の有無を判定した。上記のいずれかが発生した場合は不良と判断した。ボールの形成は溶融工程での酸化を抑制するために、N
2ガスを流量0.5L/minで吹き付けながら行った。ボールの大きさは34μmとした。1条件に対して50個のボールを観察した。観察にはSEMを用いた。ボール形成性の評価において、不良が5個以上発生した場合には問題があると判断し×印、不良が3〜4個であれば実用可能であるがやや問題有りとして△印、不良が1〜2個の場合は問題ないと判断し○印、不良が発生しなかった場合には優れていると判断し◎印とし、表1の「FAB形状」の欄に表記した。
【0057】
ワイヤ接合部におけるウェッジ接合性の評価は、リードフレームのリード部分に1000本のボンディングを行い、接合部の剥離の発生頻度によって判定した。リードフレームは1〜3μmのAgめっきを施したFe−42wt%Ni合金リードフレームを用いた。本評価では、通常よりも厳しい接合条件を想定して、ステージ温度を一般的な設定温度域よりも低い150℃に設定した。上記の評価において、不良が11個以上発生した場合には問題があると判断し×印、不良が6〜10個であれば実用可能であるがやや問題有りとして△印、不良が1〜5個の場合は問題ないと判断し○印、不良が発生しなかった場合には優れていると判断し◎印とし、表1の「ウェッジ接合性」の欄に表記した。
【0058】
ボール接合部のつぶれ形状の評価は、ボンディングを行ったボール接合部を直上から観察して、その真円性によって判定した。接合相手はSi基板上に厚さ1.0μmのAl−0.5wt%Cuの合金を成膜した電極を用いた。観察は光学顕微鏡を用い、1条件に対して200箇所を観察した。真円からのずれが大きい楕円状であるもの、変形に異方性を有するものはボール接合部のつぶれ形状が不良であると判断した。上記の評価において、不良が6個以上発生した場合には問題があると判断し×印、不良が4〜5個であれば実用可能であるがやや問題有りとして△印、1〜3個の場合は問題ないと判断し○印、全て良好な真円性が得られた場合は、特に優れていると判断し◎印とし、表1の「つぶれ形状」の欄に表記した。
【0059】
[リーニング]
評価用のリードフレームに、ループ長5mm、ループ高さ0.5mmで100本ボンディングした。評価方法として、チップ水平方向からワイヤ直立部を観察し、ボール接合部の中心を通る垂線とワイヤ直立部との間隔が最大であるときの間隔(リーニング間隔)で評価した。リーニング間隔がワイヤ径よりも小さい場合にはリーニングは良好、大きい場合には直立部が傾斜しているためリーニングは不良であると判断した。100本のボンディングしたワイヤを光学顕微鏡で観察し、リーニング不良の本数を数えた。不良が7個以上発生した場合には問題があると判断し×印、不良が4〜6個であれば実用可能であるがやや問題有りとして△印、不良が1〜3個の場合は問題ないと判断し○印、不良が発生しなかった場合には優れていると判断し◎印とし、表1の「リーニング」の欄に表記した。
【0060】
【表1-1】
【表1-2】
【表1-3】
【表1-4】
【表1-5】
【0061】
(評価結果)
本発明例1〜111に係るボンディングワイヤは、Cu合金芯材と、Cu合金芯材の表面に形成されたPd被覆層とを有し、ボンディングワイヤはInを含み、ワイヤ全体に対するInの濃度が0.011〜1.2質量%であり、Pd被覆層の厚さが0.015〜0.150μmである。これにより本発明例1〜111に係るボンディングワイヤは、温度が130℃、相対湿度が85%の高温高湿環境下で5VのバイアスをかけたHAST試験でボール接合部信頼性が得られることを確認した。本発明例12,13より、ワイヤ全体に対するInの濃度が0.031質量%以上になるとHAST試験でのボール接合信頼性の判定が○となり、より好ましい濃度範囲であることが確認された。また、本発明例14−24、47−111より、ワイヤ全体に対するInの濃度が0.100質量%以上になるとHAST試験でのボール接合信頼性の判定が◎となり、さらに好ましい濃度範囲であることが確認された。
【0062】
一方、比較例1〜3、7〜9はIn濃度が下限を外れ、HAST試験でボール接合部信頼性が得られなかった。比較例4〜6、10〜13は、In濃度が上限を外れ、FAB形状とウェッジ接合性が不良であった。比較例1,4,7,19はPd被覆層の厚さが下限を外れ、FAB形状が不良であった。
【0063】
Pd被覆層上にさらにAu表皮層を有する本発明例については、Au表皮層の層厚が0.0005〜0.050μmであることにより、優れたウェッジ接合性が得られることを確認した。
【0064】
実施例25〜36、47〜74、81〜111は、Cu合金芯材がさらにPt、Pd、Rh、Niを含み、ワイヤ中に含まれるこれら元素の濃度が0.05〜1.2質量%であることにより、HTS評価によるボール接合部高温信頼性が良好であるとともに、リーニングが良好であることを確認した。
【0065】
実施例37〜46、59〜106、108、109、111はボンディングワイヤがさらにB、P、Mg、Ga、Geから選ばれる少なくとも1種以上の元素を含み、ワイヤ全体に対する前記元素の濃度が1質量ppm以上であることにより、ボール接合部のつぶれ形状が良好であった。