(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-165254(P2016-165254A)
(43)【公開日】2016年9月15日
(54)【発明の名称】大腸菌由来アルコール脱水素酵素yqhDの改変タンパク質およびその用途
(51)【国際特許分類】
C12N 9/04 20060101AFI20160819BHJP
C12P 7/02 20060101ALI20160819BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20160819BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20160819BHJP
【FI】
C12N9/04 EZNA
C12P7/02
C12N15/00 A
C12N1/21
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-47250(P2015-47250)
(22)【出願日】2015年3月10日
(71)【出願人】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(74)【代理人】
【識別番号】100102118
【弁理士】
【氏名又は名称】春名 雅夫
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【弁理士】
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【弁理士】
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【弁理士】
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100114889
【弁理士】
【氏名又は名称】五十嵐 義弘
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【弁理士】
【氏名又は名称】川本 和弥
(72)【発明者】
【氏名】工藤 基徳
(72)【発明者】
【氏名】石井 純
(72)【発明者】
【氏名】林 素子
(72)【発明者】
【氏名】近藤 昭彦
【テーマコード(参考)】
4B024
4B050
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B024AA03
4B024BA08
4B024BA80
4B024CA06
4B024CA20
4B024DA06
4B024EA04
4B024GA11
4B024HA01
4B050CC04
4B050DD02
4B050LL05
4B064AC02
4B064BJ01
4B064CA02
4B064CA19
4B064CB18
4B064CC24
4B064CD05
4B064DA16
4B065AA26X
4B065AA26Y
4B065AB01
4B065BA02
4B065CA05
4B065CA28
(57)【要約】
【課題】本発明は、NADHを補酵素として反応させることができる大腸菌由来yqhD改変タンパク質とその用途の提供を課題とする。
【解決手段】大腸菌由来yqhDの補酵素依存性を進化工学の手法を用いて変更することで、NADH依存性であり、かつアルコール脱水素酵素活性を有する改変yqhDタンパク質を構築した。本発明の改変タンパク質は、高価で安定性も低いNADPHの代わりに、比較的安価で安定性の高いNADHを利用することができるため、広範な工業的利用が可能となる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
大腸菌の野生型yqhD(配列番号:38)の34位から41位のアミノ酸の少なくとも1つを他のアミノ酸に置換したアミノ酸配列を有し、かつ、アルコール脱水素酵素活性を有する、yqhD改変タンパク質、又はその機能的同等物。
【請求項2】
前記yqhD改変タンパク質のNADHに対する活性が、野生型yqhDが有するNADHに対する活性よりも高い、請求項1記載のyqhD改変タンパク質、又はその機能的同等物。
【請求項3】
前記yqhD改変タンパク質のNADHに対する活性が、NADPHに対する活性よりも高い、請求項1または2記載のyqhD改変タンパク質、又はその機能的同等物。
【請求項4】
大腸菌の野生型yqhDの34位から41位以外のアミノ酸が少なくとも1つ以上他のアミノ酸に置換されており、かつ、アルコール脱水素酵素活性がアミノ酸の置換前の改変タンパク質から維持されている、請求項1〜3のいずれか一項記載の改変タンパク質。
【請求項5】
配列番号:26又は28により特定されるアミノ酸配列からなる、請求項1〜3のいずれか一項記載の改変タンパク質。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一項に記載されるyqhD改変タンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項7】
配列番号:27又は29からなる、請求項6記載のポリヌクレオチド。
【請求項8】
請求項6又は7に記載されるポリヌクレオチドを含む、ベクター。
【請求項9】
発現ベクターである、請求項8記載のベクター。
【請求項10】
請求項9記載の発現ベクターを用いて形質転換した大腸菌。
【請求項11】
(1)請求項10記載の形質転換した大腸菌を培養する工程、
(2)該培養した大腸菌を、プロピオンアルデヒドおよびNADHを含有する緩衝液に懸濁する工程、及び
(3)(2)において調製した懸濁液を、通常の反応温度で反応させる工程
を含む、1−プロパノールの生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大腸菌由来アルコール脱水素酵素yqhDの改変タンパク質、当該改変体タンパク質をコードするポリヌクレオチド、およびこれらを利用した1−プロパノールを生産する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
精密化学のビルディングブロックとしてアルコールが使用できることから、バイオアルコール生産は特に望ましい技術として産業上位置づけられている。バイオアルコールの生産性向上および副生物生成の減少を実現するため、代謝工学が発展を続けているものの、バイオアルコールの収率は、しばしばNADH/NADPHのような補酵素の酸化還元バランスに制約を受けるため、バイオアルコールの生産性を向上させるためには、この酸化還元バランスを改善することが必要である。
【0003】
バイオアルコールの生合成において、アルコールは、最終段階においてアルデヒドからNADPH依存の脱水素酵素によって変換されるが、組換え菌に組込まれた酵素活性は、菌体内における酸化還元バランスに影響し、その結果、バイオアルコールの生産量の減少を引き起こしてしまう(非特許文献1)。
【0004】
細胞内におけるNADH/NADPHの酸化還元を保つ手段としては、タンパク質工学手法を用いることができ、これを用いれば、脱水素酵素の補酵素に対する特異性を変更することができることが知られている。その結果、脱水素酵素の補酵素として、NADH/NADPHの両者を利用できるようにすることも可能である。それゆえ、脱水素酵素の改良は、バイオアルコール生産における重要な課題である。
【0005】
大腸菌のアルコール脱水素酵素yqhDは、野生型の場合NADP(H)を補酵素として利用し、バイオアルコール生産工程の下流において、脱水素酵素として広く用いられている(非特許文献1、2)。大腸菌由来のyqhDは、高い安定性と広い基質特異性を持つため、工業的な応用の観点からは、極めて魅力的な酵素である(非特許文献3)。
【0006】
yqhDのタンパク質立体構造は、2004年にX線結晶構造解析で明らかとなっている(非特許文献4)。
【0007】
yqhDは、サブユニットの分子量が41kDaであるホモ2量体であり、Fe
2+依存のアルコール脱水素酵素のスーパーファミリーに属している。yqhDのサブユニットは、N末端側の補酵素結合ドメインとC末端の触媒ドメインとの、2つのドメインを有している。この2つのドメイン間の触媒部位の割れ目で、脱水素反応が起きている。Zn
2+は、3つの活性なアミノ酸残基(Asp、His、His)に四面体上に配置されており、このZn
2+が基質の脱水素化反応を促進する。この酵素のX線結晶構造は、工学的ツールにおいて使用可能な合理的タンパク質の構造として使用されている(非特許文献5〜8)。
【0008】
進化工学や合理的デザインといったタンパク質工学は、酵素活性の改善や、リガンドまたは基質に対する特異性を改変する手段として、これまでにも用いられている(非特許文献8〜10)。
【0009】
エラープローンPCRによって作成されたyqhDの変異株のライブラリから、NADP(H)に高い活性を持つ変異体(Asp99Gln変異体、Asn147His変異体)が見つかっている(非特許文献11)。
【0010】
近年、コンピュータシミュレーション技術、分子動力とドッキングシミュレーションといった技術もまた、合理的なタンパク質デザインのために利用可能な手段として発展している(非特許文献12、13)。
【0011】
Xiuらの報告によれば、Klebsiella pneumonia由来の酵素におけるNADPH依存性の補酵素特異性を、コンピュータによるタンパク質デザインの手法を用いて弱めることに成功している(非特許文献14、15)。当該報告によると、NADP(H)に結合する部分のリン酸基に近接する残基であるAsp41が、補酵素の依存性のカギとなる役割を持つことが明らかとされている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Zeng et al., Curr Opin Biotechnol. 2011 Dec;22(6):749-57
【非特許文献2】Jensen et al., AMB Express. 2012 Aug 17;2(1):44
【非特許文献3】Jarboe, Appl Microbiol Biotechnol. 2011 Jan;89(2):249-57
【非特許文献4】Sulzenbacher et al., J Mol Biol. 2004 Sep 10;342(2): 489-502
【非特許文献5】Wiegert et al., J Biol Chem. 1997 May 16;272(20):13126-33
【非特許文献6】Richter et al., Engineering in Life Sciences, 11 (2011), 26-36
【非特許文献7】Moon et al., Appl Environ Microbiol. 2012 May;78 (9):3079-86
【非特許文献8】Andreadeli et al., FEBS J. 2008 Aug;275(15):3859-69
【非特許文献9】Chen, Trends Biotechnol. 2001 Jan;19(1):13-4
【非特許文献10】Leemhuis et al., IUBMB Life. 2009 Mar;61(3):222-8
【非特許文献11】Li et al., Progress in Natural Science,2008,18(12): 1519-1524
【非特許文献12】Machielsen et al., Engineering in Life Sciences Volume 9, Issue 1, pages 38-44, 2009
【非特許文献13】Brinkmann-Chen et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2013 Jul 2;110(27):10946-51
【非特許文献14】Ma et al., J Microbiol Biotechnol. 2013 Dec;23 (12) :1699-707.
【非特許文献15】Ma et al., J Biotechnol. 2010 Apr 15;146(4):173-8
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
大腸菌由来アルコール脱水素酵素yqhDは高い安定性と広い基質特異性を持つため、工業的な応用に有用な酵素ではあるものの、これまでは高価で安定性も低いNADPHを補酵素として利用せざるを得ないため、大腸菌由来yqhDの工業的利用は限られていた。そこで、本発明は、比較的安価で安定性の高いNADHをその補酵素として利用できるyqhDの改変タンパク質の提供をその課題とし、また、当該改変体を用いた1−プロパノールの効率的な生産方法の提供をその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を行った。具体的には、yqhDの補酵素依存性を進化工学の手法を用いて改変した。まず、NADP(H)のアデノシンのリボース残基にある2'-リン酸基とyqhDの結合部位を変異株のライブラリを作成するために選択した。ニトロブルーテトラゾリウム/フェナジンメトサルフェート法(nitroblue tetrazolium/phenazine methosulfate protocol)を用いて、1−プロパノールに対するNAD+依存活性からライブラリのスクリーニングを実施した。約2500個のクローンから4個の変異株を選択した。yqhD変異株の構造的なモデルに基づいて、Phe37がこれらの変異株の補酵素依存性の鍵となることを予測した。更に、yqhD変異株の変異解析から37番目の残基によってNADHの依存性が制御されていることを示した。
【0015】
本発明者らは上記の如く、NADH依存性であり、かつアルコール脱水素酵素活性を有する改変yqhDタンパク質を構築することで、本発明を完成させた。
【0016】
即ち本発明は、以下のタンパク質、並びに当該タンパク質をコードするポリヌクレオチド、当該ポリヌクレオチドを含むベクター、当該ベクターを用いて形質転換した大腸菌、及び当該形質転換した大腸菌を利用して効率的に1−プロパノールを生産する方法に関する。
【0017】
本発明は、より具体的には以下の〔1〕〜〔11〕を提供するものである。
〔1〕大腸菌の野生型yqhD(配列番号:38)の34位から41位のアミノ酸の少なくとも1つを他のアミノ酸に置換したアミノ酸配列を有し、かつ、アルコール脱水素酵素活性を有する、yqhD改変タンパク質、又はその機能的同等物、
〔2〕前記yqhD改変タンパク質のNADHに対する活性が、野生型yqhDが有するNADHに対する活性よりも高い、〔1〕記載のyqhD改変タンパク質、又はその機能的同等物、
〔3〕前記yqhD改変タンパク質のNADHに対する活性が、NADPHに対する活性よりも高い、〔1〕または〔2〕記載のyqhD改変タンパク質、又はその機能的同等物、
〔4〕大腸菌の野生型yqhDの34位から41位以外のアミノ酸が少なくとも1つ以上他のアミノ酸に置換されており、かつ、アルコール脱水素酵素活性がアミノ酸の置換前の改変タンパク質から維持されている、〔1〕〜〔3〕のいずれか記載の改変タンパク質、
〔5〕配列番号:26又は28により特定されるアミノ酸配列からなる、〔1〕〜〔3〕のいずれか記載の改変タンパク質、
〔6〕〔1〕〜〔5〕のいずれかに記載されるyqhD改変タンパク質をコードするポリヌクレオチド、
〔7〕配列番号:27又は29からなる、〔6〕記載のポリヌクレオチド、
〔8〕〔6〕又は〔7〕に記載されるポリヌクレオチドを含む、ベクター、
〔9〕発現ベクターである、〔8〕記載のベクター、
〔10〕〔9〕の発現ベクターを用いて形質転換した大腸菌、
〔11〕(1)〔10〕の形質転換した大腸菌を培養する工程、
(2)該培養した大腸菌を、プロピオンアルデヒドおよびNADHを含有する緩衝液に懸濁する工程、及び
(3)(2)において調製した懸濁液を、通常の反応温度で反応させる工程
を含む、1−プロパノールの生産方法。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明は、大腸菌のyqhD野生型(配列番号:38)の34位から41位のアミノ酸の少なくとも1つを他のアミノ酸に置換したアミノ酸配列を有し、かつ、アルコール脱水素酵素活性を有する改変yqhDタンパク質を提供する。
【0019】
本発明の改変タンパク質の一つの好ましい態様は、大腸菌(Escherichia coli)由来のyqhD(配列番号:38)において、34位から41位のアミノ酸配列を、
(1)LTSDLTGP(配列番号:24)へと置換したもの(配列番号:26、以下、「変異体34 F37D」、「mut 34 F37D」とも称する)、
(2)IVTDSGCS(配列番号:25)へと置換したもの(配列番号:28、以下、「変異体41 F37D」、「mut 41 F37D」とも称する)、
(3)GTILLVYS(配列番号:20)へと置換したもの(配列番号:30、以下、「変異体1」、「mut 1」とも称する)、
(4)LTSFLTGP(配列番号:21)へと置換したもの(配列番号:32、以下、「変異体34」、「mut 34」とも称する)、
(5)IVTFSGCS(配列番号:22)へと置換したもの(配列番号:34、以下、「変異体41」、「mut 41」とも称する)、及び
(6)VATALPDW(配列番号:23)へと置換したもの(配列番号:36、以下、「変異体46」、「mut 46」とも称する)が挙げられる。
【0020】
これらの改変タンパク質は、その酵素活性を有する限り、34位から41位のアミノ酸配列以外のアミノ酸配列において、1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入などの変異を有していてもよい。このような変異は、当業者であれば人為的に導入することもでき、また、自然界において偶然に生じることもあり得る。本発明の改変タンパク質には、これら双方の変異体が含まれる。本発明の改変タンパク質において許容される、変異するアミノ酸数は通常50アミノ酸以内であり、好ましくは30アミノ酸以内であり、さらに好ましくは10アミノ酸以内(例えば、5アミノ酸以内、3アミノ酸以内)である。なお、本発明において、「機能的同等物」とは、本発明の改変タンパク質においてアミノ酸の置換、欠失、付加および/または挿入などの改変を有するものであって、かつ、置換、欠失、付加および/または挿入前の改変タンパク質が有する酵素活性を保持するものをいう。
【0021】
一般にタンパク質の機能の維持のためには、置換するアミノ酸は、置換前のアミノ酸と類似の性質を有するアミノ酸であることが好ましい。このようなアミノ酸残基の置換は、保存的置換と呼ばれている。例えば、Ala、Val、Leu、Ile、Pro、Met、Phe、Trpは、共に非極性アミノ酸に分類されるため、互いに似た性質を有する。また、非荷電性としては、Gly、Ser、Thr、Cys、Tyr、Asn、Glnが挙げられる。また、酸性アミノ酸としては、AspおよびGluが挙げられる。また、塩基性アミノ酸としては、Lys、Arg、Hisが挙げられる。これらの各グループ内のアミノ酸置換は許容される。
【0022】
本発明の改変タンパク質は、当業者に周知の分子生物学、生物工学、遺伝子工学の分野において慣用されている技術に準じて調製することができる。例えば、大腸菌由来yqhD遺伝子について、公知の方法において部位特異的変異の導入を行い、本発明の改変タンパク質をコードするインサート配列を作成し、次に、大腸菌などの適切な宿主において改変タンパク質を過剰発現させるために用いられる発現ベクターに当該インサート配列を組込むことで、宿主内で改変タンパク質を過剰発現させ、その後、公知のタンパク質精製方法を利用して精製することにより、容易に調製することができる(例えば、Sambrookら、モレキュラー・クローニング、Cold Spring Harbor Laboratories)。
【0023】
本発明の改変タンパク質は、好ましくは、そのNADHに対する活性が、野生型yqhDが有するNADHに対する活性よりも高いタンパク質である。
【0024】
本発明において、「改変タンパク質のNADHに対する活性が、野生型yqhDが有するNADHに対する活性よりも高い」とは、野生型yqhDが有するNADHに対する活性と比較してその活性比が、1よりも大きいことをいう。NADHに対する活性において、本発明の改変タンパク質と野生型との活性比は、通常、少なくとも2以上、好ましくは3以上、より好ましくは4以上、さらに好ましくは5以上、さらにより好ましくは6以上の活性比を有することをいう。
【0025】
本発明の改変タンパク質および野生型yqhDのNADH又はNADPHへの酵素活性は、当業者によって一般的に行われる方法によって測定することができる。例えば、酵素活性は、適切な緩衝液中に、NAD+もしくはNADP+、適切な基質、および酵素を含む反応液中30℃で反応させ、NADHもしくはNADPHの増加にともなう340nmの吸光度の増加により測定することができる。1Uは、1分間に1μmolのNADHもしくはNADPHの増加を触媒する酵素量とすることができる。
【0026】
本発明の改変タンパク質は、好ましくは、当該改変タンパク質のNADHに対する活性が、当該改変タンパク質のNADPHに対する活性よりも高いタンパク質である。
【0027】
本発明において、「当該改変タンパク質のNADHに対する活性が、当該改変タンパク質のNADPHに対する活性よりも高い」とは、本発明の改変タンパク質が有するNADHに対する活性が、当該改変タンパク質の有するNADPHに対する活性よりも大きいことをいう。本発明の改変タンパク質のNADHに対する活性は、NADPHに対する活性に対して、通常、少なくとも2倍以上、好ましくは3倍以上、より好ましくは4倍以上、さらに好ましくは5倍以上、さらにより好ましくは6倍以上であることをいう。
【0028】
本発明の改変タンパク質のNADH又はNADPHへの活性については、当業者によって一般的に行われる方法によって測定することができる。例えば、以下の方法を例示することができる。培養後、菌体は4,500rpm、20分で卓上遠心機(クボタ)で集菌することができる。菌は1mMジチオスレイトールとバグバスター(メルクミリポア)を含む100mMリン酸緩衝液(pH7.0)で溶菌する。yqhD変異体の活性は20μLの溶解物に20μLの、0.2mM NAD(P)H、100mMプロピオンアルデヒドとなるように加え、5回程度ピペッテイング混合して、30℃で2分間インキュベートして分析する。また、Bradford法によって酵素濃度を推定することができる。
【0029】
また、本発明は、yqhD改変タンパク質をコードするポリヌクレオチドに関する。本発明のyqhD改変タンパク質をコードするポリヌクレオチドは、例えば配列番号:39に記載された大腸菌由来yqhDをコードするDNAに、当業者によって一般的に行われる部位特異的変異導入法を用いて塩基置換を導入することによって得ることができる。
【0030】
また、本発明は、このようにして得られた本発明のyqhD改変タンパク質をコードするポリヌクレオチドを、公知のベクターに挿入することによって作製されるベクターを提供する。
【0031】
本発明における「ベクター」とは、予め連結された他の核酸を輸送することができ、また、宿主DNA中への自己複製または組み込みができる核酸分子を意味する。例としては、プラスミド、コスミド、またはウィルスベクターなどが挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0032】
本発明におけるベクターには、発現ベクターが含まれる。発現ベクターとは、適当な宿主細胞に導入すると、クローニングされたDNAの発現をもたらす、プラスミド、ファージ、組換えウイルスまたは他のベクターなどの組換えDNAまたはRNA構築物をいう。適当な発現ベクターは、当業者によく知られており、真核細胞および/または原核細胞で複製可能なもの、または宿主細胞のゲノムに組み込まれるものを含む。本発明に用いることができる発現ベクターの例としては、例えば、pBR、pUC系プラスミドであり、特にpSE420Uが挙げられるが、これらに限定されない。
【0033】
また、本発明は、yqhD改変タンパク質をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターを用いて形質転換された大腸菌に関する。大腸菌の形質転換体の作製のための手順および宿主に適合したベクターの構築は、分子生物学、生物工学、遺伝子工学の分野において慣用されている技術に準じて行うことができる(例えば、Sambrookら、モレキュラー・クローニング、Cold Spring Harbor Laboratories)。
【0034】
また、本発明は、以下の工程を含む、1−プロパノールの効率的な生産方法に関する:
(1)形質転換した大腸菌を培養する工程、
(2)該培養した大腸菌を、プロピオンアルデヒドおよびNADHを含有する緩衝液に懸濁する工程、及び
(3)(2)において調製した懸濁液を、通常の反応温度で反応させる工程
を含む、1−プロパノールの生産方法。
【0035】
本発明における「形質転換した大腸菌を培養する工程」とは、当該形質転換した大腸菌が適切に増殖できるものである限り、あらゆる工程を適用することが可能である。形質転換された大腸菌を適切に培養する工程は、当業者には良く知られており、その例としては、例えば、適切な抗生物質等を含むLB培地中において、37℃、200rpmで振とう培養する工程などが挙げられるが、これに限定されるものではない。また、本発明において「通常の反応温度」とは、4℃〜50℃、より好ましくは20℃〜40℃を意味する。
【0036】
また、本発明における「緩衝液」は、本発明の酵素反応が妨げられない限り、どのような溶液であってもよく、好ましい緩衝液の例としては、例えば、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、HEPES緩衝液等が挙げられるが、これに限定されるものではない。なお、本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例】
【0037】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
〔実施例1〕大腸菌由来yqhD遺伝子プラスミドの作成
野生型yqhD遺伝子(配列番号:39)は、大腸菌K−12株の遺伝子からKOD plus neoポリメラーゼ(TOYOBO)とプライマー1、2(配列番号:1、2、表1)を用いて増幅した。
【0038】
【表1】
【0039】
PCR産物はNdeIとPacIで消化し、pSE420U(WO 2006-132145)に導入した。このプラスミドは大腸菌JM109株のコンピテントセル(タカラバイオ)に形質転換した。組み換えたプラスミドは、QIAprep spin miniprep kit(QIAGEN)で集め、DNA配列解析を用いてその配列情報を確認した。
【0040】
DNAライブラリの調製
変異株ライブラリは、KOD plus neo DNAポリメラーゼを用い、インバースPCR法(94℃ 10秒、57℃ 30秒、68℃ 4分を20サイクル)で構築した。yqhDを含むpSE420をテンプレートとして用い、プライマーとしては、表1に示されるyqhD rondom1 RおよびyqhD rondom1 F(配列番号:3、4)を使用した。鋳型のプラスミドは、DpnI(New England Biolabs)を用いて消化した。37℃、16時間の消化後、インバースPCR産物はQIAquick PCR purification kitで精製した。DNA断片はelectroligase(New England Biolabs)で環化した。組み換えプラスミド(1μl)は50μlの10−βエレクトロコンピテント セル(New England Biolabs)に加え、エレクトロポレーション(2.0kV, 200o−mu, 25μf)で形質転換した。形質転換体は、50μg/mlのアンピシリンを含むLB培地上に植えられた。
【0041】
ハイスループットのスクリーニング方法
スクリーニングはNitroblue tetrazolium (NBT)/ phenazine methosulfate(PMS)法の改良法で実施した。
【0042】
PMSの存在化でNBTは、脱水素酵素反応から生成したNADHと反応し、570nmに吸収を持つ青紫のフォルマザンを生成する。各コロニーは2mLの96穴プレート(深)に100μg/mLアンピシリンを含むLB培地(200μL)に植え継がれた。各プレートには92サンプルとpSE420UベクターとyqhDを導入したpSE420Uベクターを含む2つの陰性対照サンプルを収容した。
【0043】
プレートは1250rpm、30℃、16時間で、プレート振とう機(ModelISF−1−W、タイテック)で培養した。培地(40μL)を360μLの新しいLB培地、100μg/mLアンピシリン、0.4mMイソプロピルβ−D−1−チオカラクトピラノシド(IPTG)を含む新しい96穴プレートに移した。そのプレートを1250rpm、30℃、24時間で培養した。培養後、菌体は4,500rpm、20分で卓上遠心機 (クボタ)で集菌した。菌は1mMジチオスレイトールとバグバスター(メルクミリポア)を含む100mMリン酸緩衝液(pH8.0)で溶菌した。その後、プレートは室温で220rpm、60分で遠心し、溶解液を4,500rpm、30分の遠心で集菌した。yqhD変異体の活性は20μLの溶解物に180μLの、0.2mM NAD+、100mM 1−プロパノール、0.2mM NBT及び0.02mM PMSを含む100mMリン酸緩衝液(pH8.0)を加え、分析した。反応率はマイクロプレートリーダー(Spectramax)を用いて、25℃、570nmの青紫のフォルマザンの吸収で分析した。活性のある変異株からのプラスミドは、QIAprep spin miniprep kitで集め、DNA配列を確認した。
【0044】
変異株の酵素活性
大腸菌JM109株は、100μg/mLアンピシリンを含む10mL LB培地中で、37℃、200rpm、12時間で培養し、その1.0%(v/v)の培養液を新しいLB培地に植えついだ。培養後、培養液の660nmでの吸光度が0.9となった時、タンパク質は0.1mM IPTGを加えることで誘導された。菌体は遠心で集め、10mLのリン酸緩衝液(pH7.0)に懸濁し、超音波処理(照射30秒、5回、照射間隔10秒)で破砕した。破砕液の上清は遠心分離、10,000rpm、30分で集めた。タンパク質濃度はブラッドフォード試薬(バイオラッド社)を使用し、マイクロプレートリーダーで、595nmの吸光度を測定することで分析した。変異株からのタンパク質の発現を確認するためにSDS-PAGEを使用した。酵素活性は30℃でNADPHの酸化を340nmの吸光度を測定することで分析した(日立 U2010分光器)。なお、反応液の組成および分析時の温度等は以下の通りである:
・100mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH7.0)
・1mM ZnCl
2
・1.5mM propione aldyhyde
・NAD(P)H濃度(0−0.15mM)
・30℃
【0045】
ランダムなライブラリからの活性のある変異体の選択
ランダムなライブラリの作成のため、本発明者らは、ランダム配列を含むプライマー(配列番号:3および4、表1)を用い、yqhDの34−41位をランダム化した。おおよそ2,500個の細菌のクローンが得られた。得られたクローンに対して、NBT/PMS活性法により、NAD+を用いた1−プロパノールに対する加水分解活性をチェックした。
【0046】
変異体1、34、41、46の結果を表2に示した。4個の変異体における補酵素依存性は、基質としてプロピオンアルデヒドでチェックした。変異体34はNADHの依存性であり、野生株に比べて6.6倍活性が上昇した。
【0047】
【表2】
【0048】
各変異体における改変DNAと改変アミノ酸を表3に示す。
【0049】
【表3】
【0050】
〔実施例2〕mut 34、mut 41から更なる変異体の選択
本発明者らは、mut 34とmut 41に含まれるフェニルアラニン(Phe37)が、その大きな立体障害によってNADP(H)の結合部位を妨害し、これらの変異体の補酵素依存性の調整部位として働いていると予想した。本発明者らは、37位のアミノ酸を系統的に変異させ、相対酵素活性を測定した。インバースPCR法を用いて部位特異的突然変異を実施した。単一の変異PCR反応は、鋳型のプラスミドとプライマー3(配列番号:3、表1)とプライマー4から17(配列番号:4から17、表1)の溶液50μL中で実行した。反応混合物はDpnIで処理し、大腸菌JM109のコンピテントセルに形質転換した。変異株は、配列確認用のプライマー(配列番号:12、13)を用いてDNA配列を確認した。作成された変異株の補酵素依存性を測定した結果を表4に示す。
【0051】
【表4】
【0052】
この結果、37位のフェニルアラニンからアスパラギン酸への変異は、変異体のNADPHへの活性を減少し、NADHへの活性を大きく増加させることを見出した。
【0053】
NADHを補酵素とした変異株による1−プロパノールの製造
実施例1で選択した変異体および実施例2でさらに選択した変異体はそれぞれ実施例1に記載した方法で培養し、集菌した菌体をプロピオンアルデヒドとNADHを含有するリン酸緩衝液に懸濁し、30℃で反応させると、ほぼ定量的に1−プロパノールが生産された。生成されたプロパノールは、通常の方法でガスクロマトグラフにより検出できた。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明により提供される大腸菌由来yqhDの改変タンパク質は、比較的安価かつ安定性の高いNADHをその補酵素として利用することができるため、工業的な利用範囲が拡大される。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]