【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【課題】従来のMg合金の強度や押出性を上回り、6000系アルミニウム合金と同等の押出性とさらにその強度を超え、構造材料として実用可能なマグネシウム合金とその製造方法を提供する。
【解決手段】0.7原子%以上2.1原子%以下のアルミニウム(Al)と、0.10原子%以上0.25原子%以下のカルシウム(Ca)及び0.5原子%以下のマンガン(Mn)からなる溶質元素を含み、残部がマグネシウム(Mg)及び不可避的不純物元素より構成されるMg合金であって、CaとAlの原子数比(Ca/Al)が、0.1〜0.35であり、Mg合金の組織は、マグネシウム母相と溶質元素からなる析出物とからなり、マグネシウム母相中の各溶質元素の含有量が、各溶質元素の含有量よりも少ないことを特徴とする。マグネシウム母相の結晶粒径の平均は、好ましくは、少なくとも17μm以下であり、マグネシウム母相中の各溶質元素の含有量は、0.1原子%よりも少ない。
前記マグネシウム母相の結晶粒径の平均は17μm以下であり、前記Mg合金の底面すべりのシュミット因子は0.2以下である、請求項11又は12に記載のMg合金。
前記Mg合金の引張強さは260MPa以上であり、該Mg合金の0.2%耐力は210MPa以上であり、該Mg合金の破断伸びは20%以上である、請求項11〜13の何れかに記載のMg合金。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。なお、本明細書及び特許請求の範囲において、本発明のマグネシウム合金(Mg合金とも呼ぶ)の組成、含有量等についての「%」表記は、特記しない限り原子%(at.%)を表わすものとする。
【0022】
本発明のMg−Al−Ca−Mn系合金について説明する。
本発明のMg合金は、0.7at.%以上2.1at.%以下のアルミニウム(Al)、0.15at.%以上0.25at.%以下のカルシウム(Ca)、及び0.5at.%以下のマンガン(Mn)を含み、残部がマグネシウム(Mg)及び不可避的不純物元素より構成される合金である。Mg合金中のAl、Ca、Mnが溶質元素である。CaとAlの原子数比(Ca/Al)は、0.1〜0.35が好ましい。
【0023】
本発明のMg合金の一般式は、下記式(1)で表される。
Mg
100−a−b−cAl
aCa
bMnc (1)
(式(1)中、0.7≦a≦2.1、0.15≦b≦0.25、2.c≦0.5。なお、a、b、cは原子%(at.%)である。)
【0024】
本発明のMg合金の組織は、後述するように、マグネシウム母相と溶質元素からなる析出物とからなり、マグネシウム母相中の各溶質元素の含有量(at.%)は、Mg合金の各溶質元素の含有量よりも少ないことを特徴とする。
【0025】
次に、本発明のマグネシウム合金に添加されるAl、Ca及びMnの濃度の範囲について説明する。
(アルミニウムの組成)
Mg合金中のAlは、強い底面集合組織が得られ、かつ顕著な時効硬化を示す範囲の組成とする。
図1は、実施例及び比較例で得られたマグネシウム合金に添加されるAlの添加量に対する(a)引張強さ、(b)0.2%耐力、(c)伸び(%)を示す図である。図の横軸は、Al添加量(at%)であり、縦軸は(a)が引張強さ(MPa)、(b)が0.2%耐力(MPa、降伏応力とも呼ぶ)、(c)が伸び(%、破断伸びとも呼ぶ)である。図には、後述する押出しまま材、溶体化処理材及び時効材の各特性と、Al6000系合金の6N01−T6処理材の値も併せて示している。
本発明のMg合金では、Al組成を、0.7at.%以上2.3at.%以下とすれば、引張強さと伸びが、6N01−T6処理材の標準的機械的性質(非特許文献1)を上回るようになる。Al組成は、後述する実施例及び比較例で得られた引張特性等の結果より、Al組成が0.7at.%以上2.1at.%以下であれば、押出しまま材、およびその溶体化処理後でも、強い集合組織を形成し、高い0.2%耐力と高い時効硬化を示す。
【0026】
(カルシウムの組成)
Mg合金中のCaは、強い底面集合組織が得られ、かつ顕著な時効硬化を示す範囲の組成とする。
Mg合金の押出材の集合組織は、カルシウム添加量を0.05at.%以上としても変化しないため、強い底面集合組織を得られることは、非特許文献5により類推可能である。Mg−Al−Ca3元系状態図(非特許文献6)により、0.25at.%のカルシウム添加でも、高い時効硬化の発現に必要なアルミニウムを固溶することは可能である。Mg合金中のCaの添加量は、Caの添加によりMg合金が燃え難くなることを考慮して選定すればよい。従って、カルシウムの組成は、後述するCaとAlの添加量の比を考慮して、0.15at.%以上0.25at.%以下とすることが好ましい。
【0027】
本発明のMg合金の機械的強度の達成には、CaとAlの比も重要である。CaとAlは時効硬化に寄与するGPゾーン形成元素であり、一方でAlはMnと化合物を形成する。したがって、高強度化を達成するためには、MnおよびCa添加量が多くなるにつれてAl添加量を増加させることが好ましい。そのため、CaとAlの原子%比(Ca/Al)は、大凡0.1〜0.35程度が好ましい。なお、Ca/Alの範囲は、質量比(Ca/Al)では0.15〜0.52である。Ca/Alの比が、この範囲からずれると、本発明のMg合金の引張強さや0.2%耐力が低下するので好ましくない。
【0028】
(マンガンの組成)
Mg合金中のマンガンの添加により、耐食性を高めることができる。Mg合金中のマンガンの組成は、Al−Mn化合物を形成しても、高い時効硬化を得るために必要なAlを固溶できる範囲とする。
Mg−Al−Ca系合金へのMnの添加は、Mg合金中にAl−Mn系化合物(例えば、Al:Mn=1.4:1)の析出物を形成するため(後述する実施例1を説明する
図7参照)、マトリックス中へのAlの固溶量を減少させる。後述する実施例1〜3で示すように、Mn添加量が0.5at.%以下であれば、Caの固溶量以上のAlがマトリックスに残存するため、顕著な時効硬化を得ることが可能となり、Mg合金の耐食性を増すことができる。
【0029】
図2は、本発明のMg合金の製造方法を示すフロー図である。
図2に示すように、本発明のMg合金は、溶解・鋳造(工程1)を行い、次いで均質化処理(工程2)を施し、炉冷等による徐冷の後、熱間加工(工程3)し、続いて溶体化処理(工程4)を行った後、時効処理(工程5)を施すことにより製造することができる。
【0030】
均質化処理及び時効処理において、Al
2Ca(Al−Ca相とも呼ぶ)及びAl-Mn化合物(Al−Mn相とも呼ぶ)からなる溶質元素の析出物を粗大に析出させ、マグネシウム母相となるマトリックス(α−Mgとも呼ぶ)中の合金元素量を、Al、Ca及びMnの何れの元素も少なくとも0.1at.%以下、より好ましくは、0.05at.%以下にする。マグネシウム母相は、Mg母相とも呼ぶ。
析出物には、GPゾーンを含んでもよい。GPゾーンは,マグネシウム母相の結晶格子に整合して配列する溶質原子の析出物である。GPゾーンは、例えば、HCP構造の{0001}面に平行に溶質原子が集合し形成された析出相であり、厚さは数原子層程度、長さは数nm〜数10nmである。
【0031】
次に、本発明のMg合金の組織について説明する。
本発明のMg合金の組織は、溶体化処理後の底面すべりのシュミット因子が少なくとも0.2以下であり、マグネシウム母相の結晶粒径(平均再結晶粒径とも呼ぶ)が、少なくとも17μm以下となり、好ましくは3μm〜16μm、さらに好ましくは8〜16μmの結晶粒径を有し、かつ、微細な板状析出物が高密度に分散している。微細な板状析出物の密度は大凡10
23/m
3台と推定される。
【0032】
一般に、Mg合金のように最密六方構造(HCP構造)を有する多結晶金属材料の降伏応力σ
yは、結晶粒径と集合組織の関数として、式(2)によって表される(非特許文献7参照)。
【0034】
ここで、σ
0とAは定数、mはシュミット因子の逆数、Gはせん断係数、bはバーガースべクトルの大きさ、τ
cは臨界分解せん断応力、dは結晶粒径である。
【0035】
式(2)より、結晶粒径(d)の粗大化及び弱い集合組織の形成(mが小さくなる)により、降伏応力σ
yが低下することから、結晶粒の微細化と、強い底面集合組織の形成が重要であることが明らかである。
【0036】
図3は、式(2)の計算例を示す図である。
図3の横軸は、結晶粒径の−1/2乗、つまりd
-1/2(μm
-1/2)であり、縦軸は降伏応力(MPa)である。計算例は、シュミット因子の逆数(m
-1)を、0.1,0.3、0.5とし、他の数値を以下の値として計算した。
σ
0=50MPa、A=1
G=32GPa
b=0.32nm
τ
c=0.4MPa
【0037】
図3から、定性的には、降伏応力σ
yは、結晶粒径(d)の粗大化及び弱い集合組織の形成(mが小さくなる)により低下することから、マグネシウム母相の結晶粒径の微細化と、強い底面集合組織の形成が重要であることが明らかである。
【0038】
Mg合金中の析出物の形状を、HCP構造の底面に平行な板状と仮定したとき、結晶粒内の析出物の分散による金属材料の臨界分解せん断応力の増分Δτは、下記式(3)によって表される(非特許文献8参照)。
【0040】
ここで、ν:ポアソン比、f:析出物の体積率、d
t:析出物の直径である。
【0041】
図4は、式(3)の計算例を示す図である。
図4の横軸は、析出物の直径(nm)であり、縦軸は(MPa)である。計算は、析出物の体積率を、0.1、0.01、0.001とし、他の数値を以下の値として計算した。
G=32GPa
b=0.32nm
ν=0.29
図4の式(3)の計算例より、Mg合金において高い0.2%耐力を得るには、析出物の直径であるd
tを微細にし、体積率を大きくする必要がある。このためには、アルミニウムを、0.7at.%以上2.1at.%以下で添加し、高い時効硬化を得ることが重要である。
【0042】
(結晶粒径及びシュミット因子の測定方法)
Mg合金の結晶粒径は、電子線後方散乱回折法(Electron Backscatter Diffraction、EBSDと呼ぶ)により得た逆極点図マップから、各結晶粒の面積を求め、結晶粒を円と仮定して等価円直径を計算し、その平均値を平均粒径として求められる。さらに、EBSD法の測定によりシュミット因子も求めることができる。
【0043】
次に、本発明のMg合金の製造方法について詳細に説明する。
図2に示すように、本発明のMg合金は、
Mgと、Al、Ca及びMnを溶解して鋳造固体を得る工程1と、
鋳造固体を均質化処理して均質化固体を得る工程2と
均質化固体を熱間加工して有形固体を得る工程3と、
有形固体を溶体化処理して冷却固体を得る工程4と、
冷却固体を時効処理して前記Mg合金を得る工程5と、
を含み、
工程4において、450℃〜500℃で溶体化処理を施し、
工程5において、160℃〜200℃で時効処理を施して、Mgと、Al、Ca及びMnからなるMg合金として得ることができる。
なお、
図2の括弧内の記載は、後述する実施例1の製造条件を示している。
【0044】
以下、各工程について説明する。
[工程1]
鋳造固体を得る工程であり、Mg、Al、Ca及びMnを鉄の坩堝等で溶解して、溶湯とし、鋳型等に流し込んで冷却することで鋳造して、鋳造固体を得る。
Al、Ca、Mnの好適な質量比は、例えば、原子%比で、好ましくは、Alが0.7%以上2.1%以下、Caが0.15%以上0.20%以下、Mnが、0.50%以下を含み、残部がMgである。
【0045】
(溶解・鋳造の温度と時間)
溶解・鋳造の温度と時間を以下に示す。
溶解温度:700℃〜760℃、
溶解時間:60分〜240分(溶解量は、10kg〜750kg)
鋳造温度:680℃〜720℃
鋳造時間:5分〜60分
ここで、鋳造固体、つまりビレットを鋳造する時の冷却速度は、10℃/秒〜50℃/秒程度に設定することができる。
【0046】
[工程2]
鋳造固体を均質化処理して均質化固体を得る工程である。均質化処理では、鋳造固体中に存在する各成分の金属の分布を均質化し、溶湯の冷却中に形成する析出物をマトリックス中に固溶させる。均質化処理の温度と時間を以下に示す。
均質化処理:450℃〜500℃、30分〜4時間
均質化処理の温度が、450℃未満では化合物が安定的に存在し、合金元素の固溶が不十分であるので好ましくない。
517℃で粒界近傍の化合物を含む共晶領域が融解し始めることから、加熱時のオーバーシュートを抑制するため、最高でも500℃以下にすることが望ましい。
Mg合金の合金元素の十分な均質化を行うため、均質化時間は温度が低いほど長く、高温では短時間とし、結晶粒の粗大化を抑制することが好ましい。これにより、均質化時間を30分〜4時間とする。均質化処理の後、炉冷等による徐冷を行い、次いで熱間加工を行う。均質化処理の後、水冷等の急速冷却を行うと、均質化固体の強度が高くなり、熱間加工が困難となるので好ましくない。
【0047】
[工程3]
工程3は、均質化固体を押出しまたは圧延などで熱間加工して有形固体を得る工程である。熱間加工としては、押出加工又は圧延加工等を用いることができる。例えば、押出加工は、押出機械を用いて行うことができ、直接押出加工や間接押出加工を行えばよい。
押出加工の温度は、例えば250℃〜350℃、押出出口速度は、例えば20〜60m/分以上とすればよい。
押出温度が低すぎると、押出荷重が押出機の最大容量を超え、押出しできなくなるので、250℃よりも高くすることが好ましい。逆に押出温度が350℃よりも高くなると、加工発熱により化合物を含む粒界部分の共晶領域が溶融し、表面にクラックが発生するので好ましくない。
有形固体の形状等は、Mg合金の用途に応じて適宜に選定すればよい。
【0048】
本発明の熱間加工で得られる押出しまま材において、マグネシウム母相の結晶粒径の平均は17μm以下であり、Mg合金の底面すべりのシュミット因子は、0.2以下である。
押出しまま材においては、均質化処理後の徐冷中に析出した塊状のAl−Mn系化合物に沿って、Al−Ca系板状析出物が押出し中に析出している。これらの析出物は、Mg合金中に高密度で分散しており、押出しまま材の強度の向上に寄与する。析出物の密度は大凡10
23/m
3台と推定される。
押出しまま材のビッカース硬さは、50HV以上である。さらに、押出しまま材の引張強さ、0.2%耐力及び伸びは、それぞれ260MPa以上、210MPa以上、20%以上が得られる。
これにより、本発明のMg合金によれば、合金組成を従来のMg系の商用合金に比べて希薄化することにより、例えば60m/分という高速押出が可能で、押出まま材でも新幹線のダブルスキン構体に使用さえている6N01合金のT5処理材のJIS規格値(引張強さ245MPa以上、0.2%耐力205MPa以上、破断伸び8%以上)を上回る強度および延性を有するMg合金を提供することができる。
【0049】
[工程4]
工程4は熱間加工中に形成する析出物をマトリックス中に固溶させるために行う。この工程4は溶体化処理とも呼ばれ、例えば、電気炉で加熱して行うことができる。
(溶体化処理)
溶体化処理は、熱間加工で得た硬化した有形固体、例えば押出加工で得た押出しまま材中に形成される微細な再結晶粒の粗大化を抑制し、かつ合金元素をマトリックス中に十分に固溶させるため、低温では長時間、高温では短時間の溶体化処理を行う。工程条件を以下に示す。
溶体化処理:450℃〜500℃、5分〜60分
溶体化処理は、好ましくは6分〜60分、より好ましくは10分〜45分、更に好ましくは10分〜30分行う。
【0050】
(溶体化処理後の微細組織)
本発明のMg合金の製造方法において、Mg合金の強度の観点から、溶体化処理後で得られる溶体化処理材においては、溶体化処理後の底面すべりのシュミット因子が0.2〜0.15以下であり、マグネシウム母相の結晶粒径が、少なくとも17μm以下、より好ましくは、8μm〜16μmの結晶粒径を有し、かつ、微細な板状析出物が高密度に分散していることが必要である。
【0051】
例えば、後述する実施例1等に示すように、溶体化処理を500℃で10分行った場合、結晶粒径は16μmとなり、底面すべりのシュミット因子が0.15となる。
【0052】
[工程5]
工程5は冷却固体を時効処理してMg合金を得る工程である。時効処理は、溶体化処理材に析出物を分散させ、強度を付与する熱処理工程である。
(時効処理)
工程5の時効処理は、溶体化処理で得た合金元素が過飽和に固溶した冷却固体を、熱処理して、強度が高く、かつ、延性を向上して加工性のよいMg合金を得る工程であり、油浴(オイルバス)を用いて行うことができる。油浴の温度は、恒温槽で制御してもよい。工程条件を以下に示す。
時効処理:160℃〜200℃、15分〜240分
時効処理により単層規則的なGPゾーンを析出させ得る温度として160℃から200℃が好ましい。
時効時間はピーク硬さと同等な硬さが得られる時効時間として、15分(0.25時間)から240分(4時間)程度が好ましい。時効時間が、15分よりも短いとピーク時効の硬さが得られないので、好ましくない。時効時間は、ピーク時効の硬さが得られる時間で十分なので、240分以上の時効時間は必要ない。
【0053】
(時効処理後の微細組織)
本発明のMg合金の製造方法による時効処理後のMg合金、即ち時効材では、Al−Ca相とAl−Mn相からなる析出物を含んでいることが好ましい。これらの析出物は、GPゾーンとしてマグネシウム母相の結晶粒内に分散していることが好ましい。
【0054】
本発明の製造方法で得たMg合金は、以下の機械的な特性を有している。
本発明のMg合金のビッカース硬さ(HV)は、好ましくは50HV以上、より好ましくは50〜70HVである。
【0055】
本発明のMg合金は、工程3の押出加工で得られる押出しまま材、工程4の溶体化処理で得られる溶体化処理材、工程5の時効処理で得られる時効材の3種類がある。これらのビッカース硬さを、以下に示す。
押出しまま材:好ましくは50HV以上、より好ましくは50〜55HVである。
溶体化処理材:好ましくは50HV以上、より好ましくは50〜60HVである。
時効材:好ましくは60HV以上、より好ましくは60〜70HVである。
【0056】
Mg合金の0.2%耐力は、好ましくは270MPa以上、より好ましくは277〜289MPaである。
【0057】
Mg合金の引張強さは、好ましくは285MPa以上、より好ましくは285〜308MPaである。
【0058】
Mg合金の伸びは、好ましくは20%以上、より好ましくは20%〜24%である。
【0059】
本発明のMg合金及びその製造方法によれば、特に、押出加工前の均質化処理後に急冷を行わず、熱処理炉内等における徐冷、つまり、低速冷却と、熱間加工後の溶体化処理及び時効処理を行うことで、アルミニウム合金6N01合金(T6材)の引張強さ(285MPa)、0.2%耐力(255MPa)と破断伸び(12%)を大きく上回る、つまり、時効材として以下の機械的特性を付与できることが判明した。このような本発明のMg合金の機械的特性は、従来のMg合金で一般的に用いられていた汎用元素であるAlやZnの単純な少量添加では実現できなかった。
【0060】
(本発明のMg合金の機械的特性)
引張強さ:300〜308MPa
0.2%耐力:277〜289MPa
破断伸び:18〜24%
これにより、本発明のMg合金によれば、合金組成を従来のMg系の商用合金に比べて希薄化し、かつ時効処理により溶質元素の析出による強化を用いることにより、例えば60m/分という高速での押出しが可能で、強度が高く、かつ延性の高いMg合金を提供することができる。
【0061】
本発明のMg合金は、好ましくは、Al合金に代わる軽量材料として、鉄道、航空機、自動車、鉄道車両構体などへの用途に適用できる。
【0062】
本発明のMg合金の製造方法によれば、アルミニウムサッシに匹敵する押出速度で押出加工を行うことができるので、加工性が従来のMg合金に比較して著しく向上し、例えばアルミニウムサッシの製造装置で行うことができ、アルミニウムサッシに匹敵する生産性を実現することができる。
【0063】
本発明のMg合金の製造方法によれば、時効処理は比較的低温の160℃〜200℃で例えば、15分から30分位の超短時間の熱処理で時効硬化量を高めることができるので、エネルギーの消費を減少することができ、低コストを実現することができる。本発明のMg合金の実施例を、以下さらに詳細に説明する。
【実施例1】
【0064】
実施例1のMg合金の製造方法における各工程を以下に示す。
[工程1]
Mg合金の組成は、Mg−1.19Al−0.20Ca−0.20Mnとした。Mg9783gとAl131gとCa41gとMn45gの高純度材料を、鉄坩堝を使用し、700〜760℃で防燃ガス雰囲気中で約60分溶解して溶湯とした後、鋳型に流し込み、冷却速度を約50℃/秒として連続鋳造を行い、鋳造固体を得た。
【0065】
[工程2]
鋳造固体を均質化処理して均質化固体を得た。
均質化処理は、500℃で1時間行った後、熱処理炉内で0.5℃/分で炉冷した。
【0066】
[工程3]
均質化固体を押出加工して有形固体を得た。具体的には、鋳造材を棒材に加工、つまり展伸加工した。
押出加工には、1000kN油圧サーボプレス(川崎油工社製CFT2−100型)押出加工機を用いた。押出加工の条件を以下に示す。
押出温度:275℃
押出比=20
押出出口速度:24m/分
【0067】
[工程4]
有形固体を溶体化処理して冷却固体を得た。溶体化処理には、電気炉を用いた。溶体化処理は、500℃で10分行い、水で急冷した。
【0068】
[工程5]
冷却固体を時効処理して本発明のMg合金を得た。時効処理には、油浴を用いた。時効処理は200℃で行い、マグネシウム合金のビッカース硬度が最大となる所謂ピーク時効処理となるよう0.5時間の時効処理を施した。
【0069】
表1に、実施例及び比較例の合金組成、溶体化処理、時効処理工程を纏めて示す。
【表1】
【0070】
図5は、均質化処理後、炉冷直後の試料のSEM像を示す図である。SEM像は、日本電子株式会社製の走査型電子顕微鏡(JSM−7000F)により観察した。
図5から明らかなように、炉冷中に形成したと考えられる粗大な化合物の存在が確認できる。
【0071】
図6は、均質化処理後、炉冷を施した試料の押出し直前のSEM像と質量分析結果を示し、(a)は二次電子(SEI)像、(b)はMgのEDS(Energy Dispersion Spectroscopy)マップ像、(c)はAlのEDSマップ像、(d)はCaのEDSマップ像を示す図である。EDS像は、エネルギー分散法による元素分析方法であり、走査型電子顕微鏡に付加した検出器(Oxford Instruments社製、INCA Penta FETx3)で測定した。
図6に示すように、均質化処理後、炉冷を施した試料の組織内には、長さ数μm程度の粗大な化合物が観察され、その化合物にはAlとCaが濃化していることが分かった。
【0072】
図7(a)〜(d)は、均質化処理後、炉冷を施した試料の押出し直前の状態を観察した図であり、(a)は高角散乱環状暗視野走査透過電子顕微鏡像(High-angle Annular Dark Field Scanning Transmission Electron Microscopy、HAADF−STEMと呼ぶ)、(b)はEDS点分析の結果、(c)はマグネシウム母相より得られた電子線回折像、(d)は実施例1の化合物より得られた電子線回折像を示す。HAADF−STEM像では、重い元素ほど明るく見え、重い元素ほど暗く見える明視野像とは逆のコントラストが得られる観察法である。透過電子顕微鏡及び走査透過電子顕微鏡としては、日本電子株式会社製(JEM−2100F)の装置を用いた。
【0073】
均質化処理後に炉冷した試料には、GPゾーンは観察されず、GPゾーンを形成するAl及びCaが、粗大なAl−Ca化合物を形成している。
図7(a)及び(b)に示すように、
図6の結果と同様、実施例1の化合物にはAlとCaが濃化している箇所が存在している。
図7(b)に示すように、EDS点分析の結果、AlとCaの化合物は、AlとCaの比が、ほぼ2:1であることと、実施例1の化合物より得られた電子線回折像(
図7(d)のNo.1参照)とから、この粗大な化合物は、安定相であるAl
2Ca相と同定した。また、
図7(a)、(b)に示すように、一部にはAl−Mn系の化合物も存在していることが、
図7(a)の矢印2〜4で示す箇所のEDS点分析から分かった。
【0074】
炉冷することにより、Mg合金中に添加したAl、Ca、Mnからなるこれらの化合物、つまりAl
2Ca相やAl−Mn系の化合物(Al−Mn相)が析出する。これにより、
図7(b)及び(c)で示すように、マトリックス(マグネシウム固溶体、α−Mgとも呼ぶ)中の合金元素の固溶量(at%)は、0.03Al、0.01Ca、0.04Mnまで減少する。
【0075】
均質化処理後、炉冷を施した試料を用いて275℃で押出加工を施し、押出しまま材を得た。押出しまま材の形状は丸棒であり、直径は9.6mmである。
図8は、押出しまま材の表面外観と、押出加工時の最大押出荷重値を示す図である。
図8に示すように、押出しまま材の最大押出荷重値は、96t(トン)であり、押出しまま材の表面状態は良好であり、押出加工に伴う粒界近傍の化合物を含む共晶領域の融解による表面割れは観察されなかった。
【0076】
図9は、実施例1のMg合金の押出しまま材のミクロ組織と集合組織を示す図である。
図9のミクロ組織と集合組織は、EBSD法によって得られた逆極点図マップと(0001)の極点図である。逆極点図マップは、試料に電子線を照射したときに生じる電子線後方散乱回折による菊池線回折図形により結晶粒の結晶方位を解析し、個々の結晶粒を区別する手法である。押出しまま材の試料に電子線を照射するために、日本電子株式会社製の走査型電子顕微鏡(JSM−7000F)を使用した。後方散乱した電子線の検出は、走査型電子顕微鏡に装備した検出器(TSL社製検知器(MSC-2200)を用いた。電子線後方散乱回折の解析にはEBSD解析ソフトウェア(TSL社製、OIM Data Collection 5 software)を使用し、Mg合金の結晶粒径及び底面すべりのシュミット因子を求めた。
【0077】
図9の左下に示す0001等は結晶面を示し、実際には、観察面における各粒子の結晶面に応じて色を変えて表示(カラー表示)されている。
図9の外側の右上に表示される円及び帯状部の色の濃淡は、特定の結晶面、ここでは(0001)面の配向とその強度を示している。このEBSD法により、Mg合金の結晶粒径、つまり平均再結晶粒径と、底面すべりのシュミット因子を求めた。
【0078】
図9から面積法により算出した押出しまま材の平均再結晶粒径は11μm、底面すべりのシュミット因子は0.18であった。表2に、押出しまま材の平均再結晶粒径及び底面すべりのシュミット因子を纏めて示す。
【表2】
【0079】
図10(a)〜(e)は、押出しまま材の試料を観察した図であり、(a)は明視野TEM像、(b)は(a)の白点線で示す四角の領域のHAADF−STEM像、(c)はAlのEDSマップ像、(d)はCaのEDSマップ像、(e)はMnのEDSマップ像を示す。
図10(a)の挿入図は、明視野TEM像全領域からの電子線回折像を示す。
図10(a)〜(e)から押出しまま材でも均質化処理後の徐冷中に析出した塊状のAl−Mn系化合物に沿って、マグネシウム固溶体の(0001)底面に平行に、厚さ2〜5nm、長さ50〜100nm程度のAl−Ca系板状析出物が押出し中に析出していることが分かる。Al−Mn化合物は球状であり(
図10(e)参照)、Al−Mn化合物の周囲に濃化したCa(
図10(d)の矢印部分参照)が観察されることから、Al−Ca系析出物は、Caが濃化した領域から析出したものと考えられる。Al−Ca系析出物の組成は、Al
2Caである。Al−Mn系化合物とAl−Ca系化合物の板状析出物が、押出しまま材の強度の向上に寄与している。
【0080】
図11は、実施例1のMg合金の溶体化処理材のミクロ組織と集合組織を示す図である。
図11から面積法により算出した実施例1の溶体化処理材の平均再結晶粒径は16μm、底面すべりのシュミット因子は0.15であった。表3に、溶体化処理材の平均再結晶粒径及び底面すべりのシュミット因子を纏めて示す。
【表3】
【0081】
図12は、実施例1で作製したMg合金の溶体化処理後の時効硬化曲線を示す図である。ビッカース硬さは、ミツトヨ社製(モデルHM−102)装置で測定した。
図12の横軸は時効時間(h)、縦軸はビッカース硬さ(HV)である。
図12に示すように、押出しまま材のビッカース硬さは53HVである。溶体化処理によって、ビッカース硬さは52HVになるが、200℃で0.5時間の超短時間の時効処理によって、ビッカース硬さは67HVのピークに達する。表4に、ビッカース硬さ、ピーク時効時間、時効硬化量を纏めて示す。
【表4】
【0082】
図13は、実施例1の押出しまま材、溶体化処理材及び時効処理したMg合金の引張応力−ひずみ曲線を示す図である。
図13の横軸はひずみ、縦軸は応力(MPa)である。引張耐力、引張強さ及び伸びは、島津製作所製のオートグラフ(型番:AG−50kNI)を用いて測定した。
図13に示すように、実施例1の押出しまま材の引張強さ、0.2%耐力、破断伸びは、それぞれ、264±2MPa、218±3MPa、21±1%であった。表5に、押出しまま材の引張強さ、0.2%耐力、破断伸びを纏めて示す。
【表5】
【0083】
実施例1の溶体化処理材の引張強さ、0.2%耐力、破断伸びは、それぞれ、266±0MPa、187±0MPa、18±0%であった。表6に、溶体化処理材の引張強さ、0.2%耐力、破断伸びを纏めて示す。
【表6】
【0084】
実施例1の時効処理したMg合金である時効材の引張強さ、0.2%耐力、破断伸びは、それぞれ、307±1MPa、288±1MPa、20±2%であった。表7に、時効材の引張強さ、0.2%耐力、破断伸びを纏めて示す。
【表7】
【0085】
図13から本発明の実施例1のMg合金の引張強さは、アルミニウム合金6N01合金(T5およびT6材)の強度と延性(T5:引張強さ:245MPa以上、0.2%耐力:205MPa以上、破断伸び:8%以上、T6:引張強さ:285MPa、0.2%耐力:255MPa、破断伸び:12%)を大きく上回る引張特性を付与できることが判明した。
表8に、実施例1の押出しまま材、溶体化処理材及び時効処理したMg合金引張強さ、0.2%耐力、伸びを纏めて示す。
【表8】
【実施例2】
【0086】
実施例2では、Mg合金の組成を、Mg−0.97Al−0.20Ca−0.20Mnとした以外は、実施例1と同じ条件で、実施例2のMg合金を作製した。
【0087】
図14は、実施例2のMg合金の押出しまま材のミクロ組織と集合組織を示す図である。
図14から面積法により算出した押出しまま材の平均再結晶粒径は10μm、底面すべりのシュミット因子は0.20であった。
【0088】
図15は、実施例2のMg合金の溶体化処理材のミクロ組織と集合組織を示す図である。
図15から面積法により算出した溶体化処理材の平均再結晶粒径は13μm、底面すべりのシュミット因子は0.17であった。
【0089】
図16は、実施例2のMg合金の溶体化処理後の時効硬化曲線を示す図である。
図16の横軸及び縦軸は、
図12と同じである。
図16に示すように、押出しまま材の硬さは52HVである。溶体化処理後の硬さも53HVであり、押出しまま材と大きな差は見られない。また、ピーク時効に達するまでの時間は0.5時間であり、ピーク時効硬さは67HVと、実施例1のMg合金と同様に、超短時間で顕著な時効硬化を示す。
【0090】
図17は、実施例2のMg合金の押出しまま材、溶体化処理材及びピーク時効材の応力−ひずみ曲線を示す図である。
図17の横軸及び縦軸は、
図13と同じである。
図17に示すように、実施例2のMg合金の押出しまま材の引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、263±2MPa、217±4MPa、24±1%であった。
実施例2のMg合金の溶体化処理材の引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、260±0MPa、184±1MPa、25±0%であった。
実施例2のMg合金の、時効処理した引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、301±1MPa、282±2MPa、23±1%であった。
【0091】
図17から、本発明の実施例2のMg合金の引張強さは、アルミニウム合金6N01合金(T5およびT6材)の強度と延性を大きく上回る引張特性を付与できることが判明した。表9に、実施例2の押出しまま材、溶体化処理材及び時効処理したMg合金引張強さ、0.2%耐力、伸びを纏めて示す。
【表9】
【0092】
図17及び表9の結果により、実施例2のMg合金は、後述する実施例3のMg合金と同様に、250MPa以上の耐力と20%以上の高延性を示すことが分かる。
【実施例3】
【0093】
実施例3では、Mg合金の組成を、Mg−0.97Al−0.15Ca−0.46Mnとし、間接押出加工の条件を下記のように押出温度を350℃とし、押出出口速度を60m/分とした以外は、実施例1と同じ条件で、実施例3のMg合金を作製した。
(間接押出加工の条件)
押出温度:350℃
押出比=20
押出出口速度:60m/分
【0094】
図18は、実施例3のMg合金の押出しまま材のミクロ組織と集合組織を示す図である。
図18から、面積法により算出した押出しまま材の平均再結晶粒径は8.1μm、底面すべりのシュミット因子は0.19であり、比較的強い底面集合組織を示す。
【0095】
図19は、実施例3のMg合金の溶体化処理材のミクロ組織と集合組織を示す図である。
図19から、面積法により算出した溶体化処理材の平均再結晶粒径は9.4μm、底面すべりのシュミット因子は0.19であり、比較的強い底面集合組織を示す。
【0096】
図20は、実施例3のMg合金の溶体化処理後の時効硬化曲線を示す図である。
図20の横軸及び縦軸は、
図12と同じである。
図20に示すように、押出しまま材の硬さは54HVであり、溶体化処理後の硬さは57HVで、押出しまま材と大きな差は見られない。また、ピーク時効に達するまでの時間は0.25時間であり、ピーク時効硬さは65〜67HVと、実施例1のMg合金と同様に、超短時間で顕著な時効硬化を示す。
【0097】
図21は、実施例3の押出しまま材、溶体化処理材及びピーク時効材の応力−ひずみ曲線を示す図である。
図21の横軸及び縦軸は、
図13と同じである。
図21に示すように、実施例3の押出しまま材の引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、275±4MPa、242±5MPa、22±1%であった。
実施例3の溶体化処理材の引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、267±1MPa、206±1MPa、22±0%であった。
実施例3の時効処理したMg合金の引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、303±1MPa、280±3MPa、22±1%であった。
【0098】
図21から、本発明の実施例3のMg合金は、250MPa以上の耐力と20%以上の高延性を示すことが分かった。実施例3のMg合金は、実施例1のMg合金と同様に、引張強さは、アルミニウム合金6N01合金(T5およびT6材)の強度と延性を大きく上回る引張特性を付与できることが判明した。表10に、実施例3の押出しまま材、溶体化処理材及び時効処理したMg合金の引張強さ、0.2%耐力、伸びを纏めて示す。
【表10】
【0099】
(比較例1)
比較例1では、実施例1と同じ組成のMg−1.19Al-0.20Ca-0.20Mn合金を、均質化処理後に水冷をした以外は同じ条件で、比較例1のMg合金を作製した。
図22は、比較例1の合金を用いて275℃の押出加工に供したときの、(a)が押出し直前の素材より得たTEM明視野像、(b)がマトリックス(α−Mg)のEDS点分析の結果、(c)が電子線回折像を示す図である。明視野像は、BF(Bright-Field)とも呼ばれている。
図22(a)の挿入図は、高分解能透過電子顕微鏡像(High-Resolution TEM、HRTEMとも呼ぶ)である。
図22(c)の電子線回折像は、制限視野電子線回折像(Selected area Diffraction、SAED図形とも呼ぶ)である。
この条件では、最大押出荷重値が、プレス機の容量である100tを超えるため、押出材を得ることはできなかった。
【0100】
図22のTEM明視野像及びSAED図形より、押出し直前でも、SEM像のマトリックス中の合金元素量(at.%)は0.24Al、0.12Ca、0.05Mnと、実施例1に示した炉冷材より1桁以上も多く(
図7参照)、炉冷を施した場合には観察されなかった微細な板状析出物の存在が確認できる。これらの微細な板状析出物は、水冷後の押出温度までの加熱中に析出したものである。この微細な析出物が、押出素材を強化し、押出荷重値を増大させる原因となる。
【0101】
(比較例2)
比較例2では、Mg合金の組成を、Mg−0.31Al−0.19Ca−0.19Mnとした以外は、実施例1と同じ条件で、比較例2のMg合金を作製した。
図23は、比較例2のMg合金の押出しまま材のミクロ組織と集合組織を示す図である。
図23から、面積法により算出した押出しまま材の平均再結晶粒径は7μm、底面すべりのシュミット因子は0.23である。
【0102】
図24は、比較例2のMg合金の溶体化処理材のミクロ組織と集合組織を示す図である。
図24から、面積法により算出した溶体化処理材の平均再結晶粒径は10μm、底面すべりのシュミット因子は0.26である。
【0103】
図23及び
図24から、比較例2のMg合金では、実施例1〜3の場合より微細な粒径が得られ、底面すべりのシュミット因子の値から弱い底面集合組織を示すことが分かった。
【0104】
図25は、比較例2の溶体化処理後の時効硬化曲線を示す図である。
図25の横軸及び縦軸は、
図12と同じである。
図25に示すように、押出しまま材の硬さは51HVである。溶体化処理後の硬さは50HVで、押出しまま材と大きな差は見られない。また、ピーク時効に達するまでの時間は8時間で、ピーク時効硬さは61HVであった。
これにより、比較例2のMg合金は、実施例1〜3と比較して、ピーク時効に達するまでの時間は長く、その時効硬化量も小さいことが判明した。
【0105】
図26は、比較例2の押出しまま材、溶体化処理材及びピーク時効材の応力−ひずみ曲線を示す図である。
図26の横軸及び縦軸は、
図13と同じである。
図26に示すように、比較例2の押出しまま材の引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、238±1MPa、198±3MPa、31±1%であった。
比較例2の溶体化処理材の引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、228±1MPa、160±2MPa、31±1%であった。
比較例2の時効処理したMg合金の引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、262±3MPa、232±2MPa、26±1%であった。
表11に、比較例2の押出しまま材、溶体化処理材及び時効処理したMg合金の引張強さ、0.2%耐力、伸びを纏めて示す。
【表11】
【0106】
図26及び表11の結果により、比較例2のMg合金は、実施例1〜3のMg合金とは異なり、微細な結晶粒径と弱い底面集合組織を有するため、押出しまま材及び溶体化処理材は31%、また、ピーク時効材でも26%という高延性を示す。
一方、比較例2のMg合金の時効硬化量は11HVと小さく、さらに、底面集合組織も弱いため、ピーク時効後の強度特性は実施例1〜3より大きく劣ることが分かった。
【0107】
(比較例3)
比較例3では、Mg合金の組成を、Mg−0.59Al−0.19Ca−0.21Mnとした以外は、実施例1と同じ条件で、比較例3のMg合金を作製した。
図27は、比較例3のMg合金の押出しまま材のミクロ組織と集合組織を示す図である。
図27から面積法により算出した押出しまま材の平均再結晶粒径は7μm、底面すべりのシュミット因子は0.23である。
【0108】
図28は、比較例3のMg合金の溶体化処理材のミクロ組織と集合組織を示す図である。
図28から、面積法により算出した溶体化処理材の平均再結晶粒径は9μm、底面すべりのシュミット因子は0.24である。
【0109】
図27及び
図28から、比較例3のMg合金では、実施例1〜3の場合より微細な粒径が得られ、底面すべりのシュミット因子の値から弱い底面集合組織を示すことが分かった。
【0110】
図29は、比較例3の溶体化処理後の時効硬化曲線を示す図である。
図29の横軸及び縦軸は、
図12と同じである。
図29に示すように、押出しまま材の硬さは53HVである。溶体化処理後の硬さも53HVであり、押出しまま材と大きな差は見られない。また、ピーク時効に達するまでの時間は1時間で、ピーク時効硬さは67HVであった。
これにより、比較例3のMg合金は、実施例1〜3と同様に短時間で優れた時効硬化を示す。
【0111】
図30は、比較例3の押出しまま材、溶体化処理材及びピーク時効材の応力−ひずみ曲線を示す図である。
図30の横軸及び縦軸は、
図13と同じである。
図30に示すように、比較例3の押出しまま材の引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、244±1MPa、201±5MPa、25±1%であった。
比較例3の溶体化処理材の引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、241±1MPa、169±1MPa、26±0%であった。
比較例3の時効処理したMg合金の引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、278±2MPa、251±1MPa、24±0%であった。表12に、比較例3の押出しまま材、溶体化処理材及び時効処理したMg合金の引張強さ、0.2%耐力、伸びを纏めて示す。
【表12】
【0112】
図30及び表12の結果により、比較例3のMg合金は、実施例1〜3のMg合金とは異なり、微細な結晶粒径と比較的弱い底面集合組織を有している。さらに、ピーク時効材でも24%という高延性を示すことが分かる。一方、底面集合組織が弱いためピーク時効後の強度特性は、実施例1〜3よりも劣ることが分かった。
【0113】
(比較例4)
比較例4では、Mg合金の組成を、Mg−2.48Al−0.20Ca−0.20Mnとした以外は、実施例1と同じ条件で、比較例4のMg合金を作製した。
【0114】
図31は、比較例4のMg合金の押出しまま材のミクロ組織と集合組織を示す図である。
図31から面積法により算出した押出しまま材の平均再結晶粒径は13μm、底面すべりのシュミット因子は0.16である。
【0115】
図32は、比較例4のMg合金の溶体化処理材のミクロ組織と集合組織を示す図である。
図32から面積法により算出した溶体化処理材の平均再結晶粒径は17μm、底面すべりのシュミット因子は0.15である。
【0116】
図31及び
図32から、比較例4のMg合金では、粗大な再結晶粒径を示し、底面すべりのシュミット因子の値から強い底面集合組織を示すことが分かった。
【0117】
図33は、比較例4の溶体化処理後の時効硬化曲線を示す図である。
図33の横軸及び縦軸は、
図12と同じである。
図33に示すように、押出しまま材の硬さは52HVである。溶体化処理後の硬さも52HVであり、押出しまま材と大きな差は見られない。また、ピーク時効に達するまでの時間は0.5時間で、ピーク時効硬さは60HVであった。
これにより、比較例4のMg合金は、実施例1〜3及び比較例3のMg合金と比較すると、時効硬化量は、小さいことが分かった。
【0118】
図34は、比較例4の押出しまま材、溶体化処理材及びピーク時効材の応力−ひずみ曲線を示す図である。
図34の横軸及び縦軸は、
図13と同じである。
図34に示すように、比較例4の押出しまま材の引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、267±1MPa、195±1MPa、20±1%であった。
比較例4の溶体化処理材の引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、267±2MPa、185±0Pa、18±1%であった。
比較例4の時効処理したMg合金の引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びは、それぞれ、282±0MPa、241±3MPa、18±0%であった。表13に、比較例4の押出まま材、溶体化処理材及び時効処理したMg合金の引張強さ、0.2%耐力、伸びを纏めて示す。
【表13】
【0119】
図34及び表13の結果により、比較例4のMg合金は、時効処理を施しても、硬さの向上は小さいため、ピーク時効材の強度特性は、実施例1〜3のMg合金と比べて劣ることが分かった。
【0120】
(比較例5)
比較例5では、Mg合金の組成(at%)を、Mg−0.27Al−0.13Ca−0.21Mnとし、下記の条件で溶解・鋳造、均質化処理、間接押出加工、時効処理を行い、比較例5のMg合金を作製した。
溶解・鋳造:ダイレクトチル鋳造
均質化処理:アルゴン雰囲気において、500℃で24時間処理後、水冷した。
間接押出加工条件:
押出温度:350℃、400℃、450℃、500℃
押出比=20
押出出口速度:60m/分
時効処理:押出温度500℃の押出しまま材を、200℃で時効
【0121】
(従来例)
従来のMg−Al−Zn系合金であるAZ31(Al:2.97wt.%、Zn:0.80wt.%、Mn:0.36wt.%)を、以下の条件で作製した。
溶解・鋳造:ダイレクトチル鋳造
均質化処理:アルゴン雰囲気において、415℃で24時間と500℃で24時
間の2段処理
間接押出加工条件:
押出温度:500℃
押出比=20
押出出口速度:1.2、12、60m/分
時効処理:200℃
【0122】
図35は、均質化処理及び間接押出加工の温度と、押出しまま材の外観を示す図であり、(a)は比較例5、(b)は従来例である。間接押出加工の温度は500℃である。
図35(a)に示すように、比較例5のMg合金は、押出出口速度が60m/分でも押出しまま材の表面には割れ目がなく平坦であることが分かる。
一方、従来例のMg合金は、
図35(b)に示すように表面がMgの酸化により灰色に変化し、多数の割れ目が生じていることが分かる。従来例のMg合金では、表面が酸化せず、割れ目がないという実用的な押出出口速度は、1.2m/分であった。
上記間接押出加工の結果から、比較例5のMg合金によれば、押出出口速度が従来のMg−Al−Zn系合金の50倍も早く、Al合金と同等の押出出口速度を実現できることが分かった。
【0123】
比較例5の押出しまま材の試料の組織を調べたところ、Al−Mn系析出物とGPゾーンであることを確認した。
【0124】
押出温度が500℃の押出しまま材のミクロ組織と集合組織を、EBSD法により測定した。
図36は、押出温度が500℃の押出しまま材のミクロ組織と集合組織を示す図であり、それぞれ(a)が比較例5、(b)は従来例である。押出出口速度は、比較例5が60m/分、従来例が1.2m/分である。
図36から、押出しまま材の結晶粒径は、比較例5では28μm、従来例では48μmであった。
【0125】
押出温度を500℃で作製した押出しまま材に時効処理を施した結果について説明する。
図37は、比較例5の押出まま材の時効処理に関し、(a)は時効硬化曲線、(b)は応力−ひずみ曲線、(c)は0.2%耐力を示す図である。
図37(a)の横軸は時効時間(時間)、縦軸はビッカース硬度(HV)である。
図37(b)の横軸はひずみ、縦軸は応力(MPa)である。
図37(c)の横軸は結晶粒径の−1/2乗(μm
-1/2)であり、縦軸は0.2%耐力(MPa)である。
図37(a)に示すように、比較例5の押出しまま材の硬さは43.5HVであり、ピーク時効に達するまでの時間は4時間であり、ピーク時効硬さは約50HVであった。これから、比較例5のMg合金の時効硬化量は、約7HVである。
一方、従来例のMg−Al−Zn系合金の押出しまま材の硬さは、30時間を経ても47±1HVであり、時効硬化がないことが分かった。
【0126】
図37(b)に示すように、比較例5の時効処理したMg合金の引張強さは、250MPaとなり、押出しまま材よりも強度が増大していることが分かる。
【0127】
図37(c)に示すように、比較例5の時効処理したMg合金の0.2%耐力は、207MPaであり、押出しまま材の170MPaより増大していることが分かる。
【0128】
上記押出温度を500℃で作製した比較例5の押出しまま材の破断伸びが15.5%であり、時効処理した後の時効材の破断伸びは12.5%となった。
【0129】
上記組成のMg合金によれば、押出出口速度が60m/分とAl合金と同等の高速押出しが実現でき、引張強さ、0.2%耐力、破断伸びも従来のMg−Al−Zn系合金よりも高いことが分かった。しかしながら、比較例5のMg合金は、実施例1〜3のMg合金よりも引張強さ、0.2%耐力及び破断伸びが低下した。これは、比較例5のMg合金の組成において、Alの含有量が低いことによると推察される。
【0130】
図38は、押出し後に時効処理を施した比較例5のMg合金を観察した図であり、(a)は透過電子顕微鏡の明視野像、(b)は高分解能透過電子顕微鏡像を示す。
図38(a)の右下の挿入図は、制限視野電子線回折像(SAED)である。
【0131】
図38(a)に示すように、底面方向に沿った線状のコントラストが観察される。この線状のコントラストは、[0001]方向(
図38(a)に挿入されたSAED像の矢印方向)に垂直な連続的なコントラストで、微細な板状の析出物がマグネシウムマトリクスの底面にあることが分かる。
図38(b)に示すように、
図38(a)で観察された微細な板状の析出物は、所謂GPゾーン(Guinier-Preston zone)であり、(0002)面の単層構造であることが分かった。
【0132】
上記実施例1〜3によれば、本発明のMg合金の引張強さは、押出しまま材の260MPa〜281MPaよりも大きい300MPa〜308MPaという強度が得られ、かつ破断伸びが18%以上となり、加工が容易となる特性が得られる。また、本発明のMg合金では、ビッカース硬さにして65HV以上が容易に得られる。
【0133】
本発明は、上記実施の形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した発明の範囲内で種々の変形が可能であり、それらも本発明の範囲内に含まれることはいうまでもない。