【実施例1】
【0022】
以下、実施例1について説明する。
図1に示されるように、高周速磁性流体シール構造1は、回転シャフト2と、この回転シャフト2の周囲に配置されるハウジング3との間の隙間Sを封止する構造である。この高周速磁性流体シール構造1は、磁力を発生する磁力発生手段4と、この磁力発生手段4の軸方向における両側に配置された磁極部材5,5と、磁力発生手段4の磁力によって、磁極部材5,5と回転シャフト2との間に磁気的に保持され、これらの間の隙間Sを密封する磁性流体7とを有し、概略構成される。なお、磁力発生手段4、磁極部材5,5はハウジング3に取り付けられている。
【0023】
高周速磁性流体シール構造1は、大気側A(機外側)及び真空側V(機内側)の2領域間にまたがる回転シャフト2とハウジング3との間を真空分離(シール)するものである。ハウジング3は、例えば、非磁性金属材料からなり、回転シャフト2の保持及び密封を行う円筒部31と、この円筒部31よりも真空側Vのフランジ部32とを備えている。また、ハウジング3の円筒部31と回転シャフト2との間には、一対の環状の軸受33,33が設けられ、回転シャフト2を回転自在に支持している。フランジ部32と反対側に位置する軸受33は、円筒部31の大気側A側端部にボルト36により取り付けられる固定部材35によって軸方向に位置決め固定されている。
【0024】
フランジ部32は、円筒部31から半径方向内外に拡がるフランジ状に形成され、真空側Vが図示しない機器側への取り付け面とされるとともに、その外径側の外フランジ32Aに該外フランジ32Aを貫くように、機器取り付け用の複数のボルト孔が形成されている。また、内径側の内フランジ32Bは、磁力発生手段4や磁極部材5,5が真空側Vに軸方向移動することを規制する規制部とされている。即ち、これら磁力発生手段4や磁極部材5,5は、円筒部31と内フランジ部32Bとから形成される環状空間において、内フランジ32Bと固定部材35とにより軸受33等を介して軸方向に押圧支持されて収容されている。
【0025】
磁力発生手段4は、磁力を発生するもので、詳細な図示を省略するが、略円環状に又は円周方向に複数並べて形成されており、その軸方向で異極(N極、S極)が配されるように構成されている。
【0026】
磁極部材5,5は、磁力発生手段4の軸方向における両側に一対で配置され、磁性材料からなる略円環状部材であり、磁力発生手段4を支持する。
【0027】
磁性流体7としては、例えば、小粒径の磁性超微粒子を、界面活性剤を用いて溶媒や油中に分散させたものを用いることができる。磁性流体は、上記構成により、磁力線に沿って移動することで磁場に保持される特性を有する流体である。磁性流体7は、回転シャフト2が回転する際、磁極部材5と回転シャフト2のコーティング膜22のシール部22Bとの間で磁気的に保持され、両者の隙間Sを密封する。
【0028】
次に、
図1、
図2を参照して回転シャフト2について説明する。回転シャフト2は、ハウジング3に相対回転可能に組み付けられるものである。回転シャフト2は、主に、機械的強度を有し熱伝導性に優れる軸本体部21と、磁性材料から成るコーティング膜22から主に構成されている。コーティング膜22は、本体部22Aと、本体部22Aの外周面に複数の微細な凸部を有する凹凸形状で環状に形成されたシール部22Bとからなる。
なお、複数の微細な凸部は、磁性部材5,5側に形成しても、同様にシール効果が得られる。
【0029】
略円柱状の軸本体部21に、真空側Vから順に、コーティング膜22が被覆される環状の凹部21A、一方の軸受33の内輪の側端が当接する環状の凸部21E、大気側Aに設けられハウジング3の外部に形成された放熱部21D、大気側Aの端部に設けられ図示しない駆動源が接続される駆動側端部21Cから構成されている。
【0030】
放熱部21Dは、凹凸形状を有する放熱用フィンとして形成されており、回転シャフト2に熱が入熱した場合に、放熱部21Dは大気側Aに露出するため、回転シャフト2の回転に伴い効率的に放熱させることができる。また、放熱部21Dの軸方向長さ寸法を、可能な限り長く確保することで放熱効果をより高められる。
【0031】
軸本体部21の材質は、コーティング膜22よりも熱伝導率に優れるものであれば特に限定されず、用途を勘案しながら、強度特性や耐食性に優れた金属材料を選択することができる。例えば、オーステナイト系、又は、マルテンサイト系のステンレス鋼、チタン合金材料、アルミニウム合金、銅合金を用いることも可能である。放熱性の観点からは、熱伝導率が200W/m・K以上、特に300W/m・K以上であるものが好ましい。また、軸本体部21は回転トルクを受けるため所望の機械的強度が要求されることから、機械的強度に優れるものが好ましい。
【0032】
コーティング膜22は、膜厚が0.01〜20mm程度である。膜厚は、磁気回路を形成できる厚さを確保すればよい。コーティング膜22は軸本体部21に被覆されているため、コーティング膜22と軸本体部21との接合部は密に接触乃至一体化されており、コーティング膜22から軸本体部21への熱伝導を効率よく行うことができる。例えば、コーティング膜22に代えて磁性リングを圧入により軸本体部21に挿入する場合には、磁性リングの内周面と軸本体部21との外周面との接合部は、点乃至線接触の部分が少なからず存在するため、磁性リングから軸本体部21への熱伝導の効率はコーティング膜22に比較し良くない。
【0033】
また、コーティング膜22を凹部21A内に形成したため、コーティング膜22が当該凹部21Aの底面及び両側面にも接するように成膜されることとなり、コーティング膜22と凹部21Aの接合領域を広く確保できる。また、凹部21Aにコーティングする場合、凹部21Aの側面については、R又はテーパ状になっていると、凹部21A全体に容易にコーティングを行える。コーティング後、シール部22Bとなる凹凸部を加工する際に、シール部22Bが形成されない箇所の膜厚を凹部21Aの深さよりも薄く形成すると、軸本体部21の外周よりも窪む窪みが形成され、磁性流体7がこの窪みに保持され、軸方向に流出しにくくなるから好ましい。
【0034】
さらに、コーティング膜22は磁気回路を形成する領域近傍のみ、すなわち磁極部材5,5に対応する領域のみに設けられているため、熱伝導率に優れる軸本体部21の外周が軸方向に長い範囲で存在することとなり、当該軸本体部21が直接外部に曝される外表面が広く確保され、当該外表面から輻射される熱量を多くできる。
【0035】
また、コーティング膜22としては、メッキ膜、蒸着膜、溶射膜、ロウ付け膜等であって、磁性材料であれば特に限定されず、純ニッケル、ニッケル合金等が挙げられる。メッキとしては、溶融メッキ、気相メッキ、電気メッキ、化学メッキを問わないが、成膜速度の観点から電気メッキが好ましい。溶射及びロウ付けは成膜速度に優れる観点から好ましい。また、磁性を付与するために必要に応じてコーティング膜22は熱処理が施される。
【0036】
また、軸本体部21に凸部21Eを設けたため、凸部21は軸受33の位置規制部として機能し、軸受33の組み付けが簡単である。また、凸部21は磁性流体7が軸方向に流れることを抑制する堰となる。さらに、コーティング膜22を軸方向に大気側Aに延ばしコーティング膜22に凸部を設ける場合に比較し、機械的強度に優れる。
【0037】
また、回転シャフト2のサイズや形状としては、特に限定されず、用途を勘案しながら、適宜決定することができる。
【0038】
また、放熱部21Dが凹凸形状を有する放熱用フィンとして形成されているが、これには限定されず、例えば、軸本体部21よりも熱伝導率に優れる銅等のリングを装着した構成しても良く、この場合においても上記同様の放熱効果が得られる。
【0039】
また、図示を省略するが、軸本体部21に、冷却用の液体を循環させるための液体循環回路が設けられている構成とすることができる。液体循環回路が設けられることで、回転シャフト2を、放熱部21D等による放熱効果と併せて、効率的に冷却することが可能になる。
【0040】
図示しないが、ハウジング3には、外部から冷却水等を導入/排出するための液体循環回路を設けてもよい。また、ハウジング3は熱伝導率の高い材料により構成することもできる。さらに、ハウジング3の外径側に放熱フィンを設けてもよい。そうすることで、さらに放熱が高まり、温度上昇を抑えることができる。
【0041】
さらにまた、磁性流体7、コーティング膜22近傍において発生した熱がコーティング膜22から軸本体部21に入熱した場合、この熱の大部分は
図2に矢印で模式的に示されるように熱伝導性の良い軸本体部21を伝わって、外部に露出された放熱部21Dから大気に向けて効率的に放熱される。このようにして、磁性流体7の粘性抵抗による発熱が放熱されるため、磁性流体7の温度上昇が抑制され、磁性流体7の劣化を防ぐことができ、高速回転時における優れたシール性を維持することができる。また、回転シャフト2の温度上昇を抑制することができ、ひいては、回転シャフト2全体の熱膨張を抑制できる。特に径方向での寸法変化が抑制されることにより、磁性流体7を介して配置された、磁極部材5,5と回転シャフト2のコーティング膜22との隙間Sの寸法変化も抑制されるので、高速回転時における優れたシール性を維持できる。例えば、毎秒5メートル以上の周速で回転シャフト2を高速回転させても、磁性流体7の温度上昇が抑制され、また回転シャフト2の温度上昇及びそれに伴う熱膨張を抑制でき、安定したシール性で真空分離することが可能となる。
【0042】
また、軸受33,33は軸本体部21に直接取り付けられているため、軸受33,33及びその近傍において発生した熱は、軸本体部21に直接入熱し、この熱の大部分は
図2に矢印で模式的に示されるように熱伝導性の良い軸本体部21を伝わって、外部に露出された放熱部21Dから大気に向けて効率的に放熱される。さらに、軸受33,33を磁性流体7よりも放熱部21D側に配置しているため、軸受33,33で発生した熱が磁性流体7に伝わりにくい。
【実施例2】
【0043】
以下、実施例2について
図1、
図3を参照して説明する。実施例1の軸本体部21に対応する部材が、内側の内側軸本体部25と外側のコーティング層26とにより構成される点が主に相違する。以下、実施例1と相違する点についてのみ以下説明する。
【0044】
回転シャフト2は、内側軸本体部25、コーティング層26及びコーティング膜22から主に構成されている。内側軸本体部25は軸方向断面略I字状の略円柱状に形成されており、真空側Vからフランジ部25A、このフランジ部25Aから軸方向に延出する略円柱状の円柱部25Bと、大気側Aの端部に設けられ図示しない駆動源に接続される駆動側端部25Cから構成されている。
【0045】
コーティング層26はコーティングにより、内側軸本体部25の円柱部25Bに被覆されている。コーティング層26はコーティング膜22より厚いコーティング膜であり、その外径はフランジ部25Aの外径と略同じとなるように形成されている。コーティング層26はその外周側に、環状の凹部26A、一方の軸受33の内輪の側端が当接する環状の凸部26E、放熱フィンからなる放熱部26Dが設けられている。コーティング膜22はコーティング層26の環状の凹部26Aに設けられている。内側軸本体部25のフランジ部25Aは、真空側Vに露出するとともに、コーティング層26の側端が当接し、コーティング層26の軸方向への移動を規制するものである。
【0046】
内側軸本体部25の材質としては、特に限定されず、用途を勘案しながら、強度特性や耐食性に優れた金属材料を選択することができるが、コーティング層26よりも強度の高い高強度材料からなることが好ましく、例えば、オーステナイト系、又は、マルテンサイト系のステンレス鋼、もしくは、チタン合金材料等を採用することができる。
【0047】
コーティング層26の材質としては、コーティング膜22よりも熱伝導率に優れるものであれば特に限定されず、用途を勘案しながら、強度特性や耐食性に優れた金属材料を選択することができる。コーティング層26はコーティングにより形成され、コーティング膜22及び内側軸本体部25より熱伝導率に優れるものであれば限定されない。例えば、オーステナイト系、又は、マルテンサイト系のステンレス鋼、チタン合金材料、アルミニウム合金、銅合金、純銅、純銀、純金等を用いることも可能である。放熱性の観点からは、熱伝導率が200W/m・K以上、特に300W/m・K以上であるものが好ましい。
【0048】
また、凹部26Aにコーティング膜22をコーティングする場合、凹部26Aの側面については、R又はテーパ状になっていると、凹部26A全体に容易にコーティングを行える。コーティング後、シール部22Bとなる凹凸部を加工する際に、シール部22Bが形成されない箇所の膜厚を凹部26Aの深さよりも薄く形成すると、コーティング層26の外周よりも窪む窪みが形成され、磁性流体7がこの窪みに保持され、軸方向に流出しにくくなるから好ましい。
【0049】
また、コーティング層26を内側軸本体部25にコーティングするため、両者は密に一体化され、別途相互の周り止めの固定手段を設けることは必須ではない。密着強度が不足する場合は、被覆前のシャフト表面にブラスト処理等により凹凸を設けることで、抜け止めや周り止め機能を強化することができる。
なお、コーティング層26のコーティングは、メッキ層、蒸着層、溶射層、ロウ付け層等であればよい。
【0050】
以上、本発明の実施例を図面により説明してきたが、具体的な構成はこれら実施例に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における変更や追加があっても本発明に含まれる。
【0051】
例えば、磁性を有するコーティング膜22はメッキ膜、蒸着膜、溶射膜、ロウ付け膜等である。要するに、軸本体部21又はコーティング層26に対して、被膜処理により、コーティング膜が一体に密着乃至接合している膜であればよい。