特開2016-192936(P2016-192936A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特開2016-192936糖タンパク質の製造方法、ベクター、キット、昆虫生体および昆虫細胞
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-192936(P2016-192936A)
(43)【公開日】2016年11月17日
(54)【発明の名称】糖タンパク質の製造方法、ベクター、キット、昆虫生体および昆虫細胞
(51)【国際特許分類】
   C12P 21/00 20060101AFI20161021BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20161021BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20161021BHJP
【FI】
   C12P21/00 CZNA
   C12N5/00 102
   C12N15/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
【全頁数】22
(21)【出願番号】特願2015-75070(P2015-75070)
(22)【出願日】2015年4月1日
(71)【出願人】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【弁理士】
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【弁理士】
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【弁理士】
【氏名又は名称】稲本 潔
(72)【発明者】
【氏名】比嘉 友紀子
(72)【発明者】
【氏名】片岡 由起子
(72)【発明者】
【氏名】野村 雄
(72)【発明者】
【氏名】菅沼 政俊
【テーマコード(参考)】
4B024
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B024AA20
4B024BA80
4B024CA04
4B024CA20
4B024DA02
4B024EA02
4B024GA11
4B064AG01
4B064CA10
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA16
4B065AA90X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA24
(57)【要約】
【課題】従来法と比較して効率的かつ安価な、所望の複合型糖鎖を有する糖タンパク質の製造方法を提供することを課題とする。
【解決手段】N-アセチルグルコサミニダーゼ活性に対する阻害能を有する抗体を昆虫において発現させることを含む糖タンパク質の製造方法によって、上記の課題を解決する。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
昆虫生体または昆虫細胞に、所望のタンパク質をコードする遺伝子と、当該所望のタンパク質に所望の複合型糖鎖が形成されることを妨げる分解酵素を阻害する抗体をコードする遺伝子とを導入する工程と、
前記導入工程で得られた昆虫生体または昆虫細胞から所望の複合型糖鎖が形成された所望のタンパク質を取得する工程と
を含む糖タンパク質の製造方法。
【請求項2】
前記分解酵素が、細胞内で作用する膜タンパク質である請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記分解酵素が、N-アセチルグルコサミニダーゼである請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
前記所望の複合型糖鎖が、非還元末端の少なくとも1つにガラクトースまたはシアル酸が結合した複合型糖鎖である請求項1〜3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記昆虫生体または昆虫細胞に、ガラクトース転移酵素をコードする遺伝子およびシアル酸転移酵素をコードする遺伝子の少なくとも1つを導入する工程をさらに含む請求項1〜4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記昆虫生体または昆虫細胞に、シアル酸およびシアル酸誘導体の少なくとも1つを投与する工程をさらに含む請求項1〜5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
前記昆虫生体または昆虫細胞に、デオキシガラクトノジリマイシン、メチルβ-ガラクトピラノシド、ラクトースの少なくとも1つを投与する工程をさらに含む請求項1〜6のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
前記所望のタンパク質をコードする遺伝子および前記抗体をコードする遺伝子の少なくとも1つが、少なくとも1つのベクターに組み込まれている請求項1〜7のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記昆虫が、鱗翅目昆虫である請求項1〜8のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
前記昆虫が、カイコである請求項1〜9のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項11】
所望のタンパク質に所望の糖鎖が生じることを抑制する膜タンパク質の活性を阻害する抗体をコードする遺伝子を含むベクター。
【請求項12】
所望のタンパク質に所望の糖鎖が生じることを抑制する膜タンパク質の活性を阻害する抗体をコードする遺伝子を含むベクターを含むキット。
【請求項13】
所望のタンパク質に所望の糖鎖が生じることを抑制する膜タンパク質の活性を阻害する抗体をコードする遺伝子を含むベクターが導入された昆虫生体または昆虫細胞。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖タンパク質の製造方法に関する。より具体的には、本発明は、所望の複合型糖鎖を有する糖タンパク質の製造方法および該製造方法において用い得るベクター、キット、昆虫生体および昆虫細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内において発現されるタンパク質は、多くの場合、数本〜数十本の比較的短い糖鎖が付加された糖タンパク質の形態にあり、これら糖タンパク質の多くは、糖鎖を付加されていることによって、それらに特異的な性質を発揮することが知られている。近年、糖タンパク質の糖鎖成分が癌の転移や免疫等において重要な役割を担うことが明らかとなり、その潜在的な有用性に着目した研究に関心が集まっている。例えば、癌に特有な糖鎖を有する糖タンパク質を用いて、強い抗体依存性細胞傷害(Antibody-Dependent Cellular Cytotoxicity)活性を単独で示す抗体医薬をスクリーニングできれば、化学療法に対する依存性が低くなり、副作用の少ない新たな癌治療法を提供できると考えられている。
【0003】
糖鎖研究の発展のためには、所望の糖鎖が付加された糖タンパク質の量産が必須である。近年、哺乳動物型糖鎖を有する糖タンパク質量産のために、昆虫系を用いることについての研究が進められている。しかし、昆虫において、発現したタンパク質に付加される糖鎖は、多くの場合、マンノースコア型のN-結合型糖鎖である。このマンノースコア型のN-結合型糖鎖は、還元末端に存在するジアセチルキトビオース部位にβ1,4結合したマンノースの3位および6位の各々に、別の2つのマンノースがそれぞれβ1,3結合およびβ1,6結合した構造を有する。昆虫においては、糖鎖の形成過程において、マンノースコア型糖鎖の非還元末端にN-アセチルグルコサミンが結合した糖鎖も形成され得るが、これは最終的にはN-アセチルグルコサミニダーゼの作用によりN-アセチルグルコサミンを失い、マンノースコア型の糖鎖となる。
【0004】
一方、ヒト等の哺乳動物において見られる糖鎖は、主に複合型のN-結合型糖鎖である。これは、マンノースコア型糖鎖の非還元末端にN-アセチルグルコサミンが結合した糖鎖、それにガラクトースが結合した糖鎖、更にそれにシアル酸が結合した糖鎖等である。したがって、哺乳動物型糖鎖を有する糖タンパク質を昆虫系で製造する場合、昆虫にガラクトース転移酵素、シアル酸転移酵素等を導入する必要がある。そして、哺乳動物型糖鎖を有する糖タンパク質の産生効率を更に向上させるためには、昆虫において発現されるN-アセチルグルコサミニダーゼを抑制又は阻害することが有効であると考えられている。
【0005】
特許文献1には、昆虫細胞において糖鎖にシアル酸を付加するために、2-アセトアミド-1,2-ジデオキシノジリマイシン(2-ADN)を用いてN-アセチルグルコサミニダーゼを阻害することが記載されている。N-アセチルグルコサミニダーゼを阻害するためのその他の方法として、非特許文献1にはカイコのヒューズド・ローブス(Bombyx mori fused lobes ;BmFDL)をノックダウンすることが、非特許文献2にはshRNAを用いてN-アセチルグルコサミニダーゼを阻害することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−70469号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】永田 祐大ら、「カイコβ-N-acetylglucosaminidase(BmFDL)のノックダウンがN-グリカン形成に与える影響」、九州大学大学院、日本分子生物学会、2011年12月13日
【非特許文献2】兼松 亜弓ら、「カイコ細胞および幼虫でのshRNA発現によるN-アセチルグルコサミニダーゼ遺伝子の発現抑制」、静岡大学、日本分子生物学会、2012年9月25日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、特許文献1において用いられるN-アセチルグルコサミニダーゼの阻害剤(2-アセトアミド-1,2-ジデオキシノジリマイシン;2-ADN)は高価である。また、N-アセチルグルコサミニダーゼ阻害剤は特にカイコ生体に作用させるときには代謝による阻害剤の排出や分解もあるため、作用を持続させるために一定間隔で複数回投与する必要があると考えられる。さらに確実に阻害するためには培養条件適正化が必要であり、煩雑である。また、非特許文献1および非特許文献2の方法が試みられているが、それぞれどの程度効果があるか不明である。そこで、本発明は、従来法と比較して効率的かつ安価な、所望の複合型糖鎖を有する糖タンパク質の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、N-アセチルグルコサミニダーゼ活性に対する阻害能を有する抗体を昆虫において発現させることによって、所望の複合型糖鎖を有する糖タンパク質を効率的かつ安価に製造できることを意外にも見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
本発明によれば、昆虫生体または昆虫細胞に、所望のタンパク質をコードする遺伝子と、当該所望のタンパク質に所望の複合型糖鎖が形成されることを妨げる分解酵素を阻害する抗体をコードする遺伝子とを導入する工程と、導入工程で得られた昆虫生体または昆虫細胞から所望の複合型糖鎖が形成された所望のタンパク質を取得する工程とを含む糖タンパク質の製造方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】BmFDL阻害抗体クローンのN-アセチルグルコサミニダーゼ阻害活性を示す図である。
図2】リコンビナントBmFDL抗体のN-アセチルグルコサミニダーゼ阻害活性を示す図である。
図3】シアル酸付加量の測定結果を示すグラフである。
図4】ガラクトース付加量の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明による糖タンパク質の製造方法(以下、単に「製造方法」ともいう)では、昆虫生体または昆虫細胞に、所望のタンパク質をコードする遺伝子と、当該所望のタンパク質に所望の複合型糖鎖が形成されることを妨げる分解酵素を阻害する抗体をコードする遺伝子とを導入する。
【0013】
昆虫は、組換えタンパク質の発現に適する昆虫(昆虫綱;Insecta)であれば特に限定されない。好ましくは鱗翅目(Lepidoptera)昆虫、より好ましくはカイコガ科(Bombycidae)、ヤガ科(Nocuidae)、ヒトリガ科(Arctiidae)およびヤママユガ科(Saturniidae)からなる群より選択される鱗翅目昆虫等が挙げられる。より具体的な生物種としては、カイコ(Bombyx mori)、クワゴマダラヒトリ(Spilosoma imparilis)、サクサン(Antheraea pernyi)、スポドプテラ フルギペルーダ(Spodoptera frugiperda)、イラクサギンウワバ(Trichoplusia ni)等が挙げられる。それらの中でもカイコが特に好ましい。
【0014】
昆虫生体は、成虫、蛹および幼虫のいずれの形態であってよい。好ましくは、蛹または幼虫であり得る。セリンプロテアーゼの活性およびバキュロウイルスへの感受性の観点から、蛹を用いることが特に好ましい。
【0015】
昆虫細胞は、組換え型タンパク質の発現に適する昆虫から樹立した細胞株であれば特に限定されず、例えばBmN、BmN4、SpIm、Anpe、Sf9、Sf21、High5、S2などが挙げられる。
【0016】
所望のタンパク質は、糖鎖が付加され得るタンパク質であれば特に限定されない。本実施形態においては、アルカリホスファターゼ(ALP)等が用いられ得る。
【0017】
所望のタンパク質に所望の糖鎖が形成されることを妨げる分解酵素は、当業者に公知のものであれば特に限定されない。好ましくは、細胞内で作用する膜タンパク質である分解酵素、より好ましくはN-アセチルグルコサミニダーゼ、更に好ましくはキトオリゴ糖分解に関与するβ-N-アセチルグルコサミニダーゼ(chitooligosaccharidolytic β-N-acetylglucosaminidase;AgHEX02、DmHEX02、BmHEX01、TnHEX01、SfHEXA、SfHEXB、SfHEXB1等)、N-グリカンプロセシングに関与するβ-N-アセチルグルコサミニダーゼ(N-glycan prosessing β-N-acetylglucosaminidase;BmFDL、DmFDL、SfFDL、AmFDL、GmFDL、SfFDL等)、BmGlcNAcase、BmGlcNAcase1、BmGlcNAcase2等であり得る。なかでも、BmFDLが特に好ましい。
【0018】
所望のタンパク質に所望の糖鎖が形成されることを妨げる分解酵素を阻害する抗体は、特に限定されず、阻害対象となる分解酵素に応じて当業者が適宜設計することができる。本実施形態においては、N-アセチルグルコサミニダーゼ活性を阻害する抗体が用いられ得る。このような抗体としては、例えば、アクセッション番号P01868の下、核酸の塩基配列が公知であるIgG1重鎖(γ鎖)定常部と、アクセッション番号P01837の下、核酸の塩基配列が公知であるκ鎖定常部とを有する抗体等が挙げられる。
【0019】
上記の抗体は、例えば以下のようにして作製することができる。まず、阻害対象となる分解酵素の抗原部位を選択し、該抗原を用いてマウス等の動物を免疫する。免疫は当業者に公知の方法を用いて行うことができ、抗原は、フロイント完全アジュバントやフロイント不完全アジュバントのようなアジュバントと混合してもよい。最終免疫後、免疫された動物から脾臓を抽出し、脾臓細胞を分離して抗体産生細胞を得ることができる。次いで、得られた抗体産生細胞を他の細胞、例えば骨髄腫細胞等と融合させることによってハイブリドーマを作製できる。得られたハイブリドーマから産生されたモノクローナル抗体を精製し、阻害活性を測定し、阻害活性を示す抗体の遺伝子を昆虫用のベクターにクローニングする。昆虫で抗体を産生し、精製し、阻害活性を確認する。これらの一連の工程は、当業者に公知の方法に従って行うことができる。
【0020】
上記の抗体をコードする遺伝子および所望のタンパク質をコードする遺伝子の昆虫への導入は、当業者に公知の方法を用いて行うことができる。このような方法としては、例えばウイルス、プラスミド、コスミド、フォスミド等のベクターを用いる方法が挙げられる。なかでも、ウイルスベクターを用いることが好ましく、バキュロウイルスベクターを用いることが特に好ましい。具体的なバキュロウイルスとしては、BmNPV、AcNPV、HycuNPV、AnpeNPV等が挙げられる。本実施形態においては、バキュロウイルスベクターを用いて、上記の遺伝子が昆虫に導入され得る。ベクターは、導入された遺伝子が一過性に発現されるように導入してもよいし、トランスジェニック技術等によって持続的に発現されるように導入してもよい。このようにバキュロウイルスベクターを用いて上記の抗体を発現させる場合、昆虫が生命を維持し続ける限りウイルスは増幅を続け、抗体が発現され続けるため、化合物投与による場合と比較して、より効率的に分解酵素を阻害できる。
【0021】
昆虫には、更にガラクトース転移酵素をコードする遺伝子、N-アセチルグルコサミン転移酵素をコードする遺伝子、シアル酸転移酵素をコードする遺伝子、フコース転移酵素をコードする遺伝子の少なくとも1つが導入されてもよい。
【0022】
ガラクトース転移酵素は、糖供与体から糖鎖にガラクトースを転移できる酵素であれば特に限定されない。好ましくはβ-1,4-ガラクトース転移酵素、より好ましくはβ-1,4-ガラクトース転移酵素I (GalT I)、β-1,4-ガラクトース転移酵素II (GalT II)、β-1,4-ガラクトース転移酵素III(GalT III)、β-1,4-ガラクトース転移酵素IV (GalT IV)等であり得る。ガラクトース転移酵素の由来は特に限定されないが、好ましくは哺乳動物由来であり得る。本実施形態においては、ハツカネズミ(Mus musculus)由来のGalT III(mGalT III)が用いられ得る。
【0023】
シアル酸転移酵素は、糖供与体からシアル酸を糖鎖に転移できる酵素であれば特に限定されないが、好ましくはα2,3-シアル酸転移酵素、α2,6-シアル酸転移酵素等であり得る。これらのシアル酸転移酵素は、複合型糖鎖の非還元末端にあるガラクトースにシアル酸をα2,3結合またはα2,6結合させることが特に好ましい。シアル酸転移酵素の由来は特に限定されないが、好ましくは哺乳動物由来であり得る。本実施形態においては、ヒト由来のhSTが用いられ得る。
【0024】
N-アセチルグルコサミン転移酵素は、糖供与体から糖鎖にN-アセチルグルコサミンを転移できる酵素であれば特に限定されない。好ましくは、N-アセチルグルコサミン転移酵素I (GnT I)およびII (GnT II)等であり得る。GnT I単独またはGnT IおよびIIの組合せを用いることが特に好ましい。N-アセチルグルコサミン転移酵素III、IV、VまたはVI (Gnt III〜VI)をコードする遺伝子を昆虫に導入することにより、バイセクティング複合型糖鎖や3〜5本鎖分岐の複合型糖鎖を取得することもできる。N-アセチルグルコサミン転移酵素の由来は特に限定されないが、好ましくはカイコ由来若しくは哺乳動物由来であり得る。
【0025】
フコース転移酵素は、糖供与体からフコースを糖鎖に転移できる酵素であれば特に限定されない。具体的にはα1,3-フコース転移酵素、α1,6−フコース転移酵素等が挙げられる。これらの転移酵素は、複合型糖鎖の還元末端にあるN-アセチルグルコサミンにフコースをα1,6-結合させることが特に好ましい。フコース転移酵素の由来は特に限定されないが、好ましくはカイコ由来若しくは哺乳動物由来であり得る。
【0026】
本発明の製造方法には、昆虫生体または昆虫細胞に、シアル酸およびシアル酸誘導体及び前駆体の少なくとも1つを投与する工程を含めてもよい。シアル酸誘導体及び前駆体としては、例えばCMP-Neu5Ac、Neu5Ac、Neu5Ac-9-P、ManNAc-6-P、UDP-GlcNAc等が挙げられる。
本発明の製造方法には、昆虫生体または昆虫細胞に、デオキシガラクトノジリマイシン、メチルβ-ガラクトピラノシド、ラクトースの少なくとも1つを投与する工程を含めてもよい。
【0027】
上記の少なくとも1つの物質の投与経路は、特に限定されず、注入、経口、塗布等によって投与することができる。
上記の少なくとも1つの物質の1回あたりの投与量は、特に限定されないが、好ましくは1回あたり0.10 mg以上であり得る。
上記の少なくとも1つの物質の投与期間および投与間隔は、特に限定されない。例えば、1週間の間、1日1回または2日に1回投与され得る。
【0028】
なお、昆虫生体または細胞には、シアル酸誘導体及び前駆体を合成するために必要な酵素、例えばCMP-Nue5Ac合成酵素、Neu5Ac-リン酸合成酵素、Neu5Ac9-リン酸合成酵素、UDP-GlcNAc2エピメラーゼ/ManNAcキナーゼなどが更に導入されてもよい。
【0029】
本発明の製造方法では、導入工程で得られた昆虫生体または昆虫細胞から所望の複合型糖鎖が形成された所望のタンパク質を取得する。
【0030】
一般に、糖鎖は、O-結合型糖鎖とN-結合型糖鎖とに大別される。O-結合型糖鎖とは、タンパク質またはポリペプチドのセリンまたはスレオニン残基のヒドロキシ基にO-グリコシド結合する糖鎖をいう。具体的には、以下の式(12)〜(16):
【化1】
のいずれか1つで表される糖鎖構造を含む糖鎖等が挙げられるが、これらに限定されない。還元末端側のN-アセチルガラクトサミン(GalNAc)には、GlcNAcが結合していてもよい。なお、還元末端側とは、タンパク質またはポリペプチドのセリンまたはスレオニン残基に結合するGalNAcの側をいう。上記の式(12)〜(16)においては、右側が還元末端側に相当する。一方、上記のセリンまたはスレオニン残基に結合するGalNAcの側とは反対側(上記の式(12)〜(16)においては左側)を非還元末端という。以下、同様の式で糖鎖構造を表す場合、右側を還元末端側、左側を非還元末端側として表記する。また、上記の式には、糖の結合態様も示されている。例えば、2つの糖の間に「β1-3」と記されている場合、それらの糖は、それぞれ左側の糖の1位および右側の糖の3位において、β1,3結合していることを示す。上記の式中、Galはガラクトース、GlcNAcはN-アセチルグルコサミンを表す。
【0031】
N-結合型糖鎖とは、タンパク質またはポリペプチドのアスパラギン残基のアミノ基にN-グリコシド結合する糖鎖をいう。N-結合型糖鎖は、一般に、少マンノース型、ハイマンノース型、混成型および複合型に大別される。
【0032】
本実施形態において、少マンノース型糖鎖とは、(i) N-結合型糖鎖の還元末端に存在するジアセチルキトビオース部分の非還元末端側のN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)にマンノースがβ1,4結合している糖鎖および(ii)上記の(i)の糖鎖の非還元末端側のマンノースに1つまたは2つのマンノースがβ1,3結合および/またはβ1,6結合している糖鎖をいう。具体的には、以下の式(4)〜(7):
【化2】
のいずれか1つで表される糖鎖構造からなる糖鎖であり得る。これらの式においても、右側が還元末端側、左側が非還元末端側として表される。上記の式中、Manはマンノースを表す。本明細書においては、式(4)で表される糖鎖構造からなる糖鎖を、マンノースコア型糖鎖ともいう。
【0033】
本実施形態において、ハイマンノース型糖鎖とは、式(4)の糖鎖構造の非還元末端側のマンノースに、マンノース以外の糖が結合することなく、1以上のマンノースが更に結合している糖鎖をいう。例えば、以下の式(8):
【化3】
で表される糖鎖構造の非還元末端側のマンノースに、マンノース以外の糖が結合することなく、1以上のマンノースが更に結合している糖鎖等が挙げられる。より具体的な例としては、以下の式(9):
【化4】
で表される糖鎖構造を含む糖鎖等が挙げられる。
【0034】
本実施形態において、混成型糖鎖とは、以下の式(4):
【化5】
の糖鎖構造の非還元末端側の一方のマンノースに、マンノース以外の糖が結合し、もう一方のマンノースには、マンノース以外の糖が結合することなく、1以上のマンノースが更に結合している糖鎖をいう。例えば、以下の式(10):
【化6】
で表される糖鎖構造(式中、Xは、マンノース以外の1以上の糖を表し、複数存在してもよい)を有する糖鎖等が挙げられる。より具体的な例としては、以下の式(11):
【化7】
で表される糖鎖構造を含む糖鎖等が挙げられる。
【0035】
混成型糖鎖は、そのジアセチルキトビオース部分の還元末端側のN-アセチルグルコサミンにフコースが結合、特にα1,6結合した糖鎖であってもよい。また、混成型糖鎖は、ジアセチルキトビオース部分にβ1,4結合しているマンノースに更に1以上のN-アセチルグルコサミンが結合、特にβ1,4結合した糖鎖(いわゆるバイセクティング糖鎖)であってもよい。
【0036】
本実施形態において、複合型糖鎖とは、
(i) 以下の式(1)または(2):
【化8】
で表される糖鎖構造を含むが、但し、N-アセチルグルコサミンが結合していない非還元末端側のマンノースには、マンノースが結合することはない糖鎖構造を含む糖鎖、および
(ii)式(3):
【化9】
の糖鎖構造を含む糖鎖をいう。式(3)の糖鎖構造には、例えば以下の式(17)〜(20):
【化10】
で表される糖鎖構造を含む糖鎖等も包含され得る。式(17)〜(19)の糖鎖構造は、それぞれ、いわゆる3本鎖分岐型(Triantennary)、4本鎖分岐型(Tetraantennary)および5本鎖分岐型(Pentaantennary)である。また、式(20)の糖鎖構造は、いわゆるバイセクティング糖鎖である。
【0037】
複合型糖鎖は、そのジアセチルキトビオース部分の還元末端側のN-アセチルグルコサミンにフコースが結合、特にα1,6結合した糖鎖であってもよい。また、複合型糖鎖は、ジアセチルキトビオース部分にβ1,4結合しているマンノースに更に1以上のN-アセチルグルコサミンが結合、特にβ1,4結合した糖鎖(いわゆるバイセクティング糖鎖)であってもよい。
【0038】
本発明の製造方法によって得られる所望の複合型糖鎖が形成された糖タンパク質は、上記の抗体を用いて、上記の分解酵素の活性を阻害することによって得られた糖タンパク質であれば特に限定されない。好ましくは、非還元末端にN-アセチルグルコサミン、ガラクトースまたはシアル酸を有する複合型のN-結合型糖鎖を持つタンパク質であり得る。このような糖鎖としては、例えば、(i) 下記の式(1)〜(3):
【化11】
で表される糖鎖構造を含む複合型糖鎖、
(ii) 以下の式(21)〜(25):
【化12】
で表される糖鎖構造を含む複合型糖鎖、
(iii) 上記の式(21)〜(25)で表される糖鎖構造のいずれか1つの非還元末端のガラクトースに、1以上のシアル酸がα2,3結合および/またはα2,6結合した複合型糖鎖等が挙げられる。
【0039】
所望の複合型糖鎖は、そのジアセチルキトビオース部分の還元末端側のN-アセチルグルコサミンにフコースが結合、特にα1,6結合した糖鎖であってもよい。また、所望の複合型糖鎖は、ジアセチルキトビオース部分にβ1,4結合しているマンノースに更に1以上のN-アセチルグルコサミンが結合、特にβ1,4結合した糖鎖(いわゆるバイセクティング糖鎖)であってもよい。
【0040】
本実施形態においては、ガラクトース転移酵素および/またはシアル酸転移酵素が導入された昆虫生体において、N-アセチルグルコサミニダーゼ活性を阻害する抗体を用いて、N-アセチルグルコサミニダーゼを阻害することによって、非還元末端にガラクトースまたはシアル酸を有する複合型糖鎖を持つ糖タンパク質が製造され得る。
【0041】
上記のようにして得られた所望の複合型糖鎖を有する糖タンパク質の取得は、当業者に公知の方法を用いて行うことができる。例えば、当業者に公知の方法を用いて、昆虫生体を磨砕し、超遠心分離を行うこと等によって目的タンパク質を回収することができる。このようにして得られた糖タンパク質は、当業者に公知の方法、例えばクロマトグラフィ等を用いて、更に精製してもよい。
【0042】
本発明の範囲内には、所望のタンパク質に所望の糖鎖が生じることを抑制する膜タンパク質の活性を阻害する抗体をコードする遺伝子を含むベクターも包含され得る。ベクターは、キットの形態であってもよいし、昆虫生体または昆虫細胞に導入されていてもよい。このようなキットおよび昆虫生体または昆虫細胞も本発明の範囲内である。
【0043】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【実施例】
【0044】
参考例1:BmFDL阻害抗体の取得
リコンビナントBmFDLの作製
マウスの免疫に用いる抗原(リコンビナントBmFDL)作製に関しては、まず、MagExtractor mRNA isolation kit (東洋紡社製)を用いて、カイコ幼虫からmRNAを抽出した。配列番号12および13で表される塩基配列を有するプライマーを作製し、BD Advantage 2 polymerase systemを用いて、BmFDL遺伝子の5’および3’末端領域を増幅した。増幅されたDNAフラグメントをpT7-Blue T-ベクター(タカラバイオ社製)に組み込み、Big Dye sequencing reagent (Applied Biosystems, Foster City, CA, USA)および配列番号14および15で表される塩基配列を有するプライマーを用いて、配列解析を行った。
【0045】
全長BmFDLのcDNAフラグメントを配列番号16および17のプライマーセットを用いて増幅し、BglIIおよびXhoIを用いて制限酵素処理を行い、バキュロウイルストランスファーベクターpM01 (シスメックス社製)にクローニングした。得られたウイルスベクターを、B. mori nucleopolyhedrovirus DNAと共にカイコ細胞にコ・トランスフェクトした。 得られた組換えウイルスを96穴プレートを用いる限界希釈法によりスクリーニングした。次に純化したBmFDL発現組換えバキュロウイルスをカイコに感染させ、感染末期に体液を回収した。カイコ体液40 mlを、160 mlの150 mMのNaClを含む100 mM TrisバッファーpH 8.0(TBS)で希釈した。希釈した体液を、TBSで平衡化したStrep-Tactin Superflowカラム(IBA社)にアプライした。カラムを洗浄後、200 mlの2.5 mMのジスチオビオチンを含むTBSで溶出を行い、タンパク質の溶出が見られた溶出液を回収した。次に溶出された分画をDWで10倍に希釈し、20 mM TrisバッファーpH 8.0で平衡化したHiTrap Q HPカラム(GEヘルスケア)にアプライした。カラムをTrisバッファーpH 8.0で洗浄後、NaCl濃度を0から1.0 Mに上げるグラジェント溶出を行い、タンパク質吸着画分を回収し、精製物とした。
【0046】
マウスへの免疫
上記で得られたリコンビナントBmFDL 50 μgを完全アジュバントTiterMax Gold(TiterMax USA, Inc.)と混合させ、マウスのフッドパッド内に注射することにより初回免疫した。初回免疫から2週間後にマウスのフッドパッド内に注射により追加免疫し、さらに以下に記載するハイブリドーマの取得の前々日にBmFDLのみを静脈に注射し最終免疫した。
【0047】
細胞融合
最終免疫の2日後に、マウスから脾臓を採取し、マウスミエローマ細胞P3/X63-AG8.653と5:1で混合し、融合剤としてポリエチレングリコール1500(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を用いて細胞融合させることにより細胞融合を行った。次いで、HAT(Sigma製)及び10%FCS含有RPMI1640培地中で薬剤選択し多数のハイブリドーマを得た。
【0048】
ハイブリドーマのスクリーニング
一次スクリーニング ELISA
上記のようにして得られたハイブリドーマから、抗BmFDLモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマをスクリーニングした。具体的には、まず、抗原(リコンビナントBmFDL)0.05μgを96穴プレート(nuncイムノプレート マキシソープ)に室温一時間の条件で固定し、PBSで3回洗浄し、1% BSA/PBSを用いて、室温1時間の条件で固定することによりブロッキングした。その後、TPBSで3回洗浄し、1%BSA/TPBSで2倍希釈したハイブリドーマ培養上清と共に室温1時間の条件でインキュベートした。TPBSで3回洗浄し、HRP標識抗マウスIgG抗体(10,000倍希釈)と共に室温1時間の条件でインキュベートし、TPBSで3回洗浄し、HRPを検出した。この結果、抗BmFDLモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを複数種類選択した。
【0049】
二次スクリーニング 免疫沈降
マイクロチューブにProtein G セファロースビーズを30μl加えた。次いで、1%BSA/TPBSで2倍希釈したハイブリドーマ培養上清を500μl加えローテート(4℃ o/n)し、1 mgの抗原を加えローテート(4℃ 1時間)した。TPBSで3回洗浄した。30 mL のSDS-PAGE用サンプルバッファーを加え、100℃で5分間ボイルし、SDS-PAGEを行った。この結果、抗BmFDLモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを8種類選択した。
【0050】
抗体精製
この8種類のハイブリドーマ培養上清から、ProteinG(GE ヘルスケア)を用いて、抗体を精製し、中和活性を測定した。具体的には、以下のようにして中和活性を測定した。
中和活性測定(BmFDL阻害抗体の探索)
下記の表1に示されるBmFDLモノクローナル抗体クローン10μlを、1μlの0.5 mg/ml精製BmFDLと4℃で1時間反応させた。
【0051】
【表1】
【0052】
その後、10 μlの1M クエン酸リン酸バッファー、2 μlのPA化糖鎖基質PA-Sugar Chain 012(Takara)、2 μlの20% Triton X-100、75 μlのDWを加えて撹拌し、30℃で16時間反応させた。98℃で3分加熱し、試料を氷上で冷却した。12,000rpmで5分間遠心分離し、上清についてHPLC解析を行った。HPLC解析には、以下のものを用いた。Cosmosil 5C18-AR2(nacalai tesque) カラム、溶媒条件として、溶媒A=DW、溶媒B=20% アセトニトリル、溶媒C=0.2% TFAをA:B:C=90:0:10でMixしたものを、流速1.2ml/minで流し、平衡化した。カラム温度は35℃とした。
【0053】
HPLC解析用の上清10μlをインジェクションし、5分から40分にかけてBを0%から20%、Aを 90%から70%のグラジェント溶出を行い、PA化糖鎖を蛍光(Ex310nm、Em380nm)で検出した。実験の結果、1-404-1のクローンにのみ、BmFDL活性の阻害が観察され、このクローンの抗体に中和活性が存在することが示された(図1)。
【0054】
参考例2:阻害抗体遺伝子の取得
上記で中和活性を有することが確認されたクローン1-404-1の抗体遺伝子をハイブリドーマから取得した。まず、ハイブリドーマを培養し、培養したハイブリドーマからMagExtractor mRNA のプロトコルに従って mRNA の精製を行った。次に、SMARTer RACE cDNA kit のプロトコルに従って、5’ RACEを行い、抗体可変部領域の遺伝子配列を決定した。決定した配列から、下記の表2に示すプライマーを作製し、遺伝子クローニングベクター(シスメックス社)にクローニングを行い、DNAシーケンサー(ABI製)を用いて、配列を確認した。
【表2】
抗体定常部MmG1C:マウスIgG1重鎖の定常部アクセッション番号:P01868
抗体定常部MmKC:マウスκ鎖の定常部アクセッション番号:P01837
【0055】
参考例3:カイコでの組換えBmFDL活性阻害抗体の発現
バキュロウイルスでの抗体の発現
阻害抗体発現バキュロウイルスの作製
上記で取得した遺伝子配列から、配列番号1〜4で表される塩基配列を有する各プライマー(以下の表3を参照)を用いてPCRを行い、増幅産物を取得し、以下の表4に示される各種制限酵素を用いて制限酵素処理を行い、同様に制限酵素処理と脱リン酸化処理を行った以下の表4に示されるトランスファーベクター(シスメックス社)とライゲーションし、コンピテントセルDH5αを塩化カルシウム法で形質転換することで、各遺伝子のトランスファーベクターを得た。トランスファーベクターへの挿入配列は、DNAシーケンサー(ABI製)を用いて確認した。
【0056】
【表3】
【0057】
【表4】
【0058】
組換えバキュロウイルスの作製は、線状化ABvNPVのDNA(シスメックス社)とトランスファーベクターのコ・トランスフェクションにより行った。具体的には35 mm細胞培養用ディッシュを用いて、BmN細胞を約5×105個の単層に、静置培養で準備した。線状化ABvバキュロウイルスDNA(シスメックス社)0.2μgと、外来遺伝子導入バキュロウイルス転移ベクター各0.5μgを1.5 mlのチューブ中で100μlのTC-100(無血清)に混合し、室温で15分間静置した。TC-100(無血清)100μlにカチオン性脂質試薬(X-tremeGENE HP DNA Transfection Reagent;Roche)を8μl混合し、室温で15分間静置した。次に2つの溶液を混合し、さらに室温で15分間静置した後に800μlのTC-100(無血清)を加えた。この混合液を35mmの細胞培養用ディッシュで単層に準備したBmN細胞に加え、25℃で16時間培養後に混合液を除去し、新たなTC−100(10%FBSを含む)を2ml添加して、25℃で7日間静置培養した。その培養上清を組換えウイルス原液とした。
【0059】
組換えウイルス原液からの外来遺伝子組換えABvバキュロウイルスの単離は、まず、BmN細胞を1穴当たり1.5×104個/50μl TC−100(10%FBS)で培養した96穴プレートを準備した。組換えウイルス原液をTC−100(10%FBS)を用いて10−4、10−5、10−6、10−7、10−8、10−9と6段階に希釈したウイルス希釈液を、各プレートの1穴当たり50μlずつ混合し感染させた。これらのプレートは乾燥防止のためシールして25℃で静置培養した。組換えウイルスの選抜は、感染7日目に、光学顕微鏡下で感染症状を確認することによって行い、培養上清を単離ウイルス液「BmFDL阻害抗体-NPV」とした。
【0060】
カイコを用いた組換え阻害抗体の発現
組換え阻害抗体の活性を確認するために、BmFDL阻害抗体-NPVを5齢1日の蚕(錦秋鐘和)に接種し、5齢7日に体液のサンプリングを行った。
カイコを用いて発現させた阻害抗体の精製
発現させた阻害抗体はProteinG(GE ヘルスケア)を用いて精製を行った。精製物は280nmの吸光でタンパク質定量を行った。
【0061】
参考例4:組換え阻害抗体の中和活性測定
中和活性測定(バキュロウィルス発現BmFDL抗体(1-404-1株)の中和活性の評価)
1μlの0.5 mg/ml精製BmFDLと、17.6 μg若しくは44.4 μgの精製抗BmFDLモノクローナル抗体(クローン1-404-1)またはこのクローンの配列を用いた精製組換えBmFDL抗体を、4℃で1時間反応させた。各サンプル中には、以下の表5に示す成分が添加されている。
【0062】
【表5】
【0063】
10 μlの1M クエン酸リン酸バッファー、2 μlのPA化糖鎖基質PA-Sugar Chain 012(Takara)、2 μlの20% Triton X-100、DWを加え、液量を100 μlとした。撹拌後、30℃で16時間反応させた。次いで、98℃で3分加熱し、試料を氷上で冷却した。12,000rpm 5分の遠心分離し、上清についてHPLC解析を行った。カラムはCosmosil 5C18-AR2(nacalai tesque)を用いた。溶媒A=DW、溶媒B=20% アセトニトリル、溶媒C=0.2% TFAをA:B:C=90:0:10でMixしたものを、流速1.2ml/minで流し、平衡化した。カラム温度は35℃とした。解析用試料を10μlインジェクションし、5分から40分にかけてB を0%から20%、A を90%から70%のグラジェント溶出をおこない、PA化糖鎖を蛍光(Ex310nm、Em380nm)で検出した。
【0064】
その結果、天然のモノクローナル抗体に比べ、やや阻害効果は低いが、組換えBmFDL抗体でもGlcNAcase(BmFDL)の阻害効果が見られ、組換え抗体に中和活性が存在することが示された(図2)。
【0065】
参考例5:組換えウイルスの作製
(1)遺伝子の取得及びトランスファーベクターへの導入
mGalT III(Mus musculus UDP-Gal:betaGlcNAc beta 1,4-galactosyltransferase,polypeptide 3)のクローニングは、鋳型としてのcDNA (アクセッション番号NM_020579)と、表3に示されるプライマーセットとを用いるPCRによって得られた増幅産物を、トランスファーベクター(シスメックス社製pV01)中の表4に記載される制限酵素サイトに導入することによって行った。
【0066】
所望の複合型糖鎖を付加することが意図されるタンパク質としてALPを用いた。ALP遺伝子は、配列番号11によって表される核酸を合成し(GenScript社)、それを鋳型として、表3に示されるプライマーセットを用いるPCRによって得られた増幅産物を、トランスファーベクター(シスメックス社製pM31)中の表4に記載される制限酵素サイトに導入することによって行った。
【0067】
hST (Homo sapiens ST6 beta-galactosamide alpha-2,6-sialyltranferase 1(ST6GAL1)) (アクセッション番号NM_173216)のクローニングは、鋳型としてのHuman Universal QUICK-Clone (商標) cDNA II(Clontech社)と、表3に示されるプライマーセットとを用いるKOD-PCR(TOYOBO)によって遺伝子配列を増幅し、得られた増幅産物を、トランスファーベクター(シスメックス社製pM31)の表4に記載される制限酵素サイトに導入することによって行った。
【0068】
(2)組換えウイルスの作製
リポフェクション試薬(X-tremeGENE HP DNA トランスフェクション試薬:ロシュ製)を用いて、上記で得られた4つのプラスミドのいずれか1つ(0.5 μg)および線状バキュロウイルスABvNPVのDNA (0.2 μg)をBmN細胞(Maeda et al, InverterbrateCell system and Applications, Vol.1, p.167-181,CRC Press, Boca Raton(1989))にコ・トランスフェクションした。96穴プレートを用いる限界希釈法によって組換えウイルスを選抜し、培養上清を回収した。このようにして得られたBmFDL阻害抗体、mGalT III、ALPおよびhSTを発現する組換えウイルスは、それぞれBmFDL阻害抗体-NPV、GalT III-NPV、ALP-NPVおよびST-NPVと名付けた。
【0069】
実施例:非還元末端にシアル酸を有する複合型糖鎖が付加されたALPの製造
5齢1日のカイコを、以下の表6に示す条件で、バキュロウイルス感染させた。
【表6】
【0070】
得られたカイコに、5齢5日目、CMPシアル酸(ヤマサ醤油社製)を注射針で経皮投与した。感染症状が顕示されたカイコの体液を回収し、Dock-Tagアフィニティー精製によって、発現されたALPを精製した。
【0071】
(シアル酸付加量測定)
上記のようにして得られたALP(各種0.25μg相当)を、緩衝液(25 mM Tris-HCl pH 8.0、10%グリセロール、1 mM CaCl2および5mM EGTA)中に希釈(終濃度2.5 μg/ml)し、96穴プレート(nuncイムノプレート マキシソープ)に室温1時間の条件で固定し、プレートをTTBSで3回洗浄し、室温で1時間の条件でブロッキングした。次いで、プレートをTTBSで3回洗浄した。レクチン(SNA、ベクターラボラトリーズ社製)をペルオキシダーゼ標識キット(同仁化学)でキット添付のプロトコルに従って標識したものを各ウェルに2μg/ml 100μlアプライし、室温1時間の条件で静置した後、TTBSで3回洗浄し、HRP検出した。サンプルA、B、CおよびDのシアル酸付加量を比較した。
【0072】
結果を図3に示す。図3より、複合型糖鎖の非還元末端にシアル酸が付加される割合は、450 nmの吸光度値ベースで2倍以上向上することが示された。
【0073】
(ガラクトース付加量測定)
上記のようにして生成されたALP(各種0.25μg相当)を、緩衝液(25 mM Tris-HCl pH 8.0、10%グリセロール、1 mM CaCl2および5mM EGTA)中に希釈(終濃度2.5 μg/ml)し、96穴プレート(nuncイムノプレート マキシソープ)に室温30分の条件で固定し、80℃2時間の熱処理により末端シアル酸を除去した。プレートをTTBSで3回洗浄し、室温で1時間の条件でブロッキングした。次いで、プレートをTTBSで3回洗浄した。レクチン(SNA、ベクターラボラトリーズ社製)をペルオキシダーゼ標識キット(同仁化学)でキット添付のプロトコルに従って標識したものを各ウェルに2μg/ml 100μlアプライし、室温1時間の条件で静置した後、TTBSで3回洗浄し、HRP検出した。サンプルA、B、CおよびDのガラクトース付加量を比較した。
【0074】
結果を図4に示す。その結果、シアル酸が除去された後に複合型糖鎖の非還元末端に存在するガラクトースの割合は、450 nmの吸光度値ベースで2倍以上向上することが示された。
図1
図2
図3
図4
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]