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特開2016-201232リチウムイオン電池用正極スラリー組成物、リチウムイオン電池用正極の製造方法及びリチウムイオン電池の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-201232(P2016-201232A)
(43)【公開日】2016年12月1日
(54)【発明の名称】リチウムイオン電池用正極スラリー組成物、リチウムイオン電池用正極の製造方法及びリチウムイオン電池の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/139 20100101AFI20161104BHJP
   H01M 4/525 20100101ALI20161104BHJP
【FI】
   H01M4/139
   H01M4/525
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-79897(P2015-79897)
(22)【出願日】2015年4月9日
(71)【出願人】
【識別番号】000002288
【氏名又は名称】三洋化成工業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】田邊 史行
(72)【発明者】
【氏名】牧野 拓紀
(72)【発明者】
【氏名】森 宏一
【テーマコード(参考)】
5H050
【Fターム(参考)】
5H050AA07
5H050AA19
5H050BA16
5H050BA17
5H050CA08
5H050CA09
5H050CB12
5H050GA10
5H050GA12
5H050GA22
5H050HA00
5H050HA01
5H050HA02
5H050HA14
(57)【要約】
【課題】粘度の経時安定性に優れるリチウムイオン電池用正極スラリー組成物及びサイクル特性が良好なリチウムイオン電池を提供する。
【解決手段】酸解離定数(pKa)が6〜21である炭素酸(A)、塩基性を示す正極活物質、結着剤及び溶媒を含んでなるリチウムイオン電池用正極スラリー組成物を用いる。塩基性を示す正極活物質が炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウムを原料として得られる正極活物質が好ましく、炭素酸(A)は下記一般式(2)で表される炭素酸が好ましい。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸解離定数(pKa)が6〜21である炭素酸(A)、塩基性を示す正極活物質、結着剤及び溶媒を含んでなるリチウムイオン電池用正極スラリー組成物。
【請求項2】
塩基性を示す正極活物質が炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウムを原料として得られる正極活物質である請求項1に記載のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物。
【請求項3】
塩基性を示す正極活物質がリチウムニッケル複合酸化物である請求項1又は2に記載のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物。
【請求項4】
リチウムニッケル複合酸化物が下記一般式(1)で表される請求項3に記載のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物。
【化1】
[式中、xは0≦x≦1.2であり、yは0≦y<0.9であり、MはAl、Mg、Mn、Fe、Co、Cu、Zn、Ti、Ge、W、及びZrからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素である。]
【請求項5】
炭素酸(A)が下記一般式(2)で表される炭素酸である請求項1〜4いずれか1項に記載のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物。
【化2】
[式中、X、X及びXは、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、炭素数1〜12の炭化水素基、下記一般式(3)で表される基又は下記一般式(4)で表される基であり、X、X及びXのうち少なくとも1つが、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、下記一般式(3)で表される基又は下記一般式(4)で表される基であり、X、X及びXは互いに環を形成していてもよい。]
【化3】
[Rは水素原子又は炭素数1〜12の炭化水素基である。]
【化4】
[Rは炭素数1〜12の炭化水素基である。]
【請求項6】
前記一般式(2)においてX、X及びXの組合せが、2つの一般式(3)で表される基と水素原子との組合せ、2つの一般式(4)で表される基と水素原子若しくは炭素数1〜10である炭化水素基との組合せ又はニトロ基と2つの水素原子との組合せである請求項5に記載のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物。
【請求項7】
前記炭素酸(A)が、マロン酸ジエステル、シアノ酢酸エステル、アセチルアセトン又はニトロメタンである請求項1〜6のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物。
【請求項8】
前記炭素酸(A)の沸点が250℃以下であり、pKが10〜17である請求項1〜7のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物。
【請求項9】
前記炭素酸(A)の含有量が0.01〜20重量%である請求項1〜8のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物
【請求項10】
請求項1〜9いずれか1項に記載のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物を正極集電体に塗工し、溶媒及び炭素酸を除去する工程を含むリチウムイオン電池用正極の製造方法。
【請求項11】
請求項11に記載の製造方法で得られたリチウムイオン電池用正極を成形し、組み立てる工程を含むリチウムイオン電池の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
リチウムイオン電池等の非水電解液二次電池は、高電圧、高エネルギー密度という特徴を持つことから、携帯情報機器分野等において広く利用され、その需要が急速に拡大しており、現在、携帯電話やノート型パソコンを始めとするモバイル情報化機器用の標準電池としてのポジションが確立されている。当然ながら、携帯機器等の高性能化と多機能化に伴い、その電源としての非水電解液二次電池に対しても更なる高性能化(例えば、高容量化と高エネルギー密度化)が求められている。この要求に応えるために種々の方法、例えば、電極の充填率の向上による高密度化、現行の活物質(特に負極)の利用深度の向上、新規高容量の活物質の開発等が行われている。そして、現実に非水電解液二次電池がこれらの方法によって確実に高容量化されている。
【0002】
リチウムイオン電池は、正極、負極、セパレータ及び電解液から構成される。正極及び負極は、活物質、導電助材及びこれらを結着するための結着剤を、水又は有機溶媒中で混合し正極スラリーを調製したのち、これを集電体上に塗工・乾燥することにより得られる。
【0003】
リチウムイオン電池の製造工程中で問題となるのが上記正極スラリーの粘度安定性である。粘度が安定しなければ、集電体への目付け量や厚みに変化が生ずるため、安定したリチウムイオン電池の生産に資することができない。
【0004】
スラリーの粘度が安定しない一つの原因は、電極用の結着剤がスラリー調製中に経時変化するためである。例えば、結着剤として使用されているポリフッ化ビニリデンは、塩基性の化合物と反応することで三次元架橋が起こり、増粘やゲル化することが知られている。
【0005】
このような問題を解決するために、例えば、特許文献1には、有機酸を正極スラリーに添加する方法が開示されている。特許文献2には、スラリーのpHを調整することで粘度を安定化させる方法が開示されている。また、特許文献3では、シアノ基含有ポリマーを少量添加する増粘抑制方法が開示されている。
しかし、特許文献1及び2の方法では、電極中に酸が残存するため、得られるリチウムイオン電池の性能を悪化させるという問題点があった。また、特許文献3の方法によってもリチウムイオン電池のサイクル特性が悪化する問題点があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平9−306502号公報
【特許文献2】特開2000−90917号公報
【特許文献3】特開2012−89312号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、粘度の経時安定性に優れるリチウムイオン電池用正極スラリー組成物及びサイクル特性が良好なリチウムイオン電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の目的を達成すべく鋭意検討を行った結果、本発明に到達した。すなわち本発明は酸解離定数(pKa)が6〜21である炭素酸(A)、塩基性を有する正極活物質、結着剤及び溶媒を含んでなるリチウムイオン電池用正極スラリー組成物;該スラリー組成物を正極集電体に塗工し、溶媒及び炭素酸を除去する工程を含むリチウムイオン電池用正極の製造方法;該正極を成形し、組み立てる工程を含むリチウムイオン電池の製造方法である。
【発明の効果】
【0009】
本発明のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物を用いることで、スラリーの増粘、ゲル化を防止することができ、該正極スラリーを加工して得られるリチウムイオン電池用正極は品質安定性に優れ、該正極を加工して得られるリチウムイオン電池はサイクル特性などの特性に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、発明を実施するための形態について詳細に説明する。
本発明のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物は酸解離定数(pKa)が6〜21である炭素酸(A)、塩基性を有する正極活物質、結着剤及び溶媒を含んでなる。
【0011】
本発明のスラリー組成物に含まれる炭素酸(A)は、通常、酸解離定数(pKa)が6〜21である。
本発明において、炭素酸とは炭素原子に直接結合した水素が脱離することによってカルバニオンを生じる化合物をいう。本発明において、炭素酸の酸解離定数(pKa)は炭素原子に直接結合した水素原子が解離することによってのみ生じる酸の酸性度の強さを表す指標である。pKaの値は炭素酸(A)の溶解に用いる溶媒によって異なるが、本発明におけるpKaはジメチルスルホキシド(以下DMSOと略記)中において、25℃で測定された値である。DMSO中でのpKaの具体的な測定方法はAccounts of Chemical Research 21巻456〜463ページを参照すればよい。
炭素酸(A)のpKaは通常6〜21であり、10〜17が好ましく、もっとも好ましくは13〜16である。pKaが21を超えると十分な増粘抑制効果を得ることができず、またpKaが6未満であると電池性能の観点から好ましくない。
【0012】
炭素酸(A)は、正極スラリー粘度の安定化等の観点から、沸点が250℃以下であることが好ましく、30〜250℃が更に好ましく、70〜230℃が特に好ましく、90〜210℃が最も好ましい。炭素酸(A)の沸点が250℃以下であると後述する正極乾燥工程において正極中に炭素酸(A)が残存しにくくなるため好ましい。
【0013】
炭素酸(A)としては、下記一般式(2)で表される炭素酸及びpKaが6〜21である芳香族化合物[シクロペンタジエン(pKa:18)、インデン(pKa:20.1)及びフルオレン(pKa:22.6)等]が好ましい。
【化2】
[式中、X、X及びXは、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、炭素数1〜12の炭化水素基、下記一般式(3)で表される基又は下記一般式(4)で表される基であり、X、X及びXのうち少なくとも1つは、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、下記一般式(3)で表される基又は下記一般式(4)で表される基であり、X、X及びXは互いに環を形成していてもよい。]
【化3】
[Rは水素原子又は炭素数1〜12の炭化水素基である。]
【化4】
[Rは炭素数1〜12の炭化水素基である。]
【0014】
一般式(2)中、X、X及びXは、それぞれ独立に、水素原子、ハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、炭素数1〜12の炭化水素基、下記一般式(3)で表される基又は下記一般式(4)で表される基であり、炭素数1〜12の炭化水素基としては、炭素数1〜10の脂肪族炭化水素基(メチル基、エチル基、プロピル基、tert−ブチル基、ネオペンチル基、オクチル基及びデシル基等)及び炭素数6〜12の芳香族炭化水素基(フェニル基、p−トリル基、メチシル基、ビフェニル基及びナフチル基等)等が挙げられる。
これらのうち、炭素数1〜12の炭化水素基としては、正極スラリーの増粘抑制効果の観点から、メチル基、エチル基及びブチル基が好ましく用いられ、炭素数6〜12の芳香族炭化水素基としては、電池特性の観点から、フェニル基が好ましく用いられる。
【0015】
一般式(3)で表される基において、Rは水素原子又は炭素数1〜12の炭化水素基であり、下記一般式(4)で表される基において、Rは水素原子又は炭素数1〜12の炭化水素基であり、R及びRである炭素数1〜12の炭化水素基としては、前記のX、X及びXと同じ炭素数1〜12の炭化水素基が挙げられ、好ましいものも同じである。
【0016】
一般式(2)において、X、X及びXのうち少なくとも1つはハロゲン原子、ニトロ基、シアノ基、下記一般式(3)で表される基、又は、下記一般式(4)で表される基であり、X、X及びXは互いに環を形成していてもよい。
【0017】
下記一般式(2)で表される炭素酸のうち、好ましいものとしては、前記一般式(2)においてX、X及びXの組合せが以下の組合せである炭素酸が挙げられる。
2つの一般式(3)で表される基と水素原子との組合せである炭素酸(A)(アセチルアセトン等);
2つの一般式(4)で表される基と水素原子との組合せである炭素酸(A)[マロン酸と炭素数1〜10の脂肪族アルコールとのエステル(マロン酸ジメチル、マロン酸ジエチル、マロン酸ジプロピル及びマロン酸ジブチル等)等];
2つの一般式(4)で表される基と炭素数1〜10である炭化水素基との組合せである炭素酸(A)(メチルマロン酸ジメチル、エチルマロン酸ジメチル、メチルマロン酸ジエチル、エチルマロン酸ジエチル、フェニルマロン酸ジエチル及びマロン酸ジフェニル等);
2つの一般式(4)で表される基とニトロ基との組合せである炭素酸(A)(ニトロマロン酸ジエチル等);
2つの一般式(4)で表される基とシアノ基との組合せである炭素酸(A)(シアノマロン酸ジエチル等);
ニトロ基と2つの水素原子との組合せである炭素酸(A)(ニトロメタン)
2つのシアノ基と水素原子との組合せである炭素酸(A)(ジシアノメタン);
一般式(3)で表される基と2つの水素原子との組合せである炭素酸(A){フェニルアセトフェノン[ビフェニル基と2つの水素原子との組合せ]等};
2つの一般式(3)で表される基と炭素数1〜12の炭化水素基との組合せである炭素酸(A)(1−フェニル−1,3−ブタンジオン等);
一般式(4)で表される基とシアノ基と水素原子との組合せである炭素酸(A)(シアノ酢酸エチル等)。
【0018】
下記一般式(2)で表される炭素酸のうち、電池性能等の観点から特に好ましく用いられるものは、前記一般式(2)においてX、X及びXの組合せが、2つの一般式(3)で表される基と水素原子との組合せである炭素酸(A)、2つの一般式(4)で表される基と水素原子又は炭素数1〜12の炭化水素基との組合せである炭素酸(A)及びニトロ基と2つの水素原子との組合せである炭素酸(A)が好ましく、マロン酸ジメチル、マロン酸ジエチル、メチルマロン酸ジエチル、アセチルアセトン及びニトロメタンが更に好ましい。
【0019】
炭素酸(A)として特に好ましく用いられるものとしては、以下の炭素酸が挙げられ、そのDMSO中でのpKaの具体的数値は以下の通りである。
マロン酸ジメチル:沸点180℃、pKa15.7
マロン酸ジエチル:沸点199℃、pKa15.3
アセチルアセトン:沸点140℃、pKa14.2
ニトロメタン:沸点100℃、pKa17.2
シクロペンタジエン:沸点41℃、pKa18.0
【0020】
前記の炭素酸(A)は試薬等として市販品として購入することが可能であり、一般式(2)で表される炭素酸のうち、一般式(4)で表される基を有する基を有する炭素酸は、対応するマロン酸等のエステル交換等の公知の方法で容易に合成することができる。
【0021】
本発明のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物に用いる正極活物質は、通常、塩基性を示す正極活物質が用いられる。
本発明において塩基性を示す正極活物質とは、リチウムイオン電池に用いられる正極活物質のうち、100mlの水に10gの正極活物質を撹拌混合して得られる正極活物質水分散液の平衡に達したときのpH値が8以上となる正極活物質を意味する。なお、pHが平衡に達するまでの時間は、正極活物質によって調整することが出来るが、通常5分〜15分である。また、pHの測定方法としては、公知のpH測定方法(pHメーター及びリトマス試験紙等)を用いることができる。
【0022】
塩基性を示す正極活物質としては、炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウムを原料として得られる正極活物質が挙げられる。
炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウムを原料として得られる正極活物質は、炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウム並びに金属塩及び/又は金属酸化物の混合物を焼成することで得ることができ、金属塩及び金属酸化物としては、Ni、Mn、Mg、Al、Ti、Cr、Fe、Cu及びZrの硝酸塩並びにこれらの酸化物が挙げられる。
なお、炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウム並びに金属塩の混合物を焼成して得られる正極活物質は、炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウムを含む水溶液に前記の硝酸塩からなる少なくともの1種の硝酸塩と含む水溶液を混合することで析出する複合金属炭酸塩を焼成する方法(特開2006−004724号公報記載の方法等)等の公知の方法で得ることができ、炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウム並びに金属酸化物の混合物を焼成して得られる正極活物質は、炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウム並びに金属酸化物を乳鉢等の公知の混合装置で混合して得られる混合物を焼成する方法等の公知の方法で得ることができる。
炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウムを原料として得られる正極活物質は、炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウムが焼成後も残留することによって正極活物質が塩基性を示す。残留した炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウムがリチウムイオン電池用正極スラリー組成物の増粘、ゲル化の原因となるが、炭素酸(A)を用いることで粘度の経時安定性に優れるリチウムイオン電池用正極スラリー組成物を得ることができる。
【0023】
炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウムを原料として得られる正極活物質としては、リチウムコバルト複合酸化物(LiCoO等)、リチウムマンガン複合金属酸化物(LiMnO等)及びリチウムニッケル複合酸化物等が挙げられる。
【0024】
なかでも本発明のリチウムイオン電池用正極スラリーにはリチウムニッケル複合酸化物を用いることが好ましく、更に好ましくは、下記一般式(1)で表されるリチウムニッケル複合酸化物である。
【化1】
【0025】
[式中、xは0≦x≦1.2であり、yは0≦y<0.9であり、MはAl、Mg、Mn、Fe、Co、Cu、Zn、Ti、Ge、W、及びZrからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素である。]
【0026】
xは0≦x≦1.2あり、yは0≦y<0.9である。
【0027】
正極活物質中のNiは、単位重量あたりの電池容量等の観点から、より多く含まれることが好ましい。このため式(1)中のyは0〜0.9の範囲にあることが好ましく、より好ましくは0〜0.7の範囲にあることが好ましい。
xは複合酸化物の充電状態に依存し、通常0〜1.2の範囲にあることが好ましい。
【0028】
式(1)において、MはAl、Mg、Mn、Fe、Co、Cu、Zn、Ti、Ge、W、及びZrからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素である。一般式(1)で表されるリチウムニッケル複合酸化物が、Mとして2種以上の異なる元素を有する場合、Mとして含まれる異なる元素の比率は特に限定されない。
これらのうちAl、Mn及びCoが好ましく用いられる。
【0029】
本発明のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物に用いる正極活物質として好ましいものとしてはLiNiO、LiNi1/3Co1/3Mn1/3、LiNi5/12Co1/6Mn5/12、LiNi8/10Co1/10Mn1/10及びLiNi0.8Co0.15Al0.05が挙げられる。
これらの他、ニッケルを含有しないものの具体例として、LiCoO及びLiMnOなどが挙げられる。
【0030】
本発明のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物には、更に塩基性を示さない正極活物質を含んでもよい。塩基性を示さない正極活物質としては、前記の炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウムを原料として得られる正極活物質のうち、炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウムが正極活物質に残留しない方法で合成した正極活物質、原料として酸性物質を用いる方法で合成した正極活物質並びに炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウムを原料として用いない正極活物質等が挙げられる。
【0031】
炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウムが正極活物質に残留しない方法としては、国際公開第2012/029370号に記載の製造方法等が挙げられる。
原料として酸性物質を用いる方法で合成した正極活物質としては、リン酸鉄リチウム及びケイ酸鉄リチウム等の酸素酸塩化合物挙げられる。
炭酸リチウム及び/又は水酸化リチウムを原料として用いない正極活物質としては、リチウム塩として硝酸塩や硫酸塩を用いる方法等が挙げられる。
【0032】
本発明のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物が、塩基性を示さない正極活物質を含む場合、塩基性を示さない正極活物質の含有量は、塩基性を示す正極活物質と塩基性を示さない正極活物質との合計重量に基づいて0〜70重量%であることが好ましい。
【0033】
本発明のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物は炭素酸(A)、塩基性を示す正極活物質、結着剤、溶媒及び必要に応じて導電助剤を含有する。
【0034】
結着剤としては、リチウムイオン電池の電極用結着剤として用いられるものであれば制限無く使用することができる。このような結着剤としては、デンプン、ポリフッ化ビニリデン、ポリビニルアルコール、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、テトラフルオロエチレン、ポリエチレン及びポリプロピレン等の高分子化合物が挙げられる。これらのうちポリフッ化ビニリデンであることが好ましい。
【0035】
溶媒としては水、1−メチル−2−ピロリドン、メチルエチルケトン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、N,N−ジメチルアミノプロピルアミン及びテトラヒドロフラン等が挙げられる。これらのうち1−メチル−2−ピロリドンであることが好ましい。
【0036】
必要に応じて用いる導電助剤としては、黒鉛(例えば天然黒鉛及び人工黒鉛)、カーボンブラック類(例えばカーボンブラック、アセチレンブラック、ケッチェンブラック、チャンネルブラック、ファーネスブラック、ランプブラック及びサーマルブラック)、金属粉末(例えばアルミニウム粉及びニッケル粉)及び導電性金属酸化物(例えば酸化亜鉛及び酸化チタン)等が挙げられる。
【0037】
本発明のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物に含まれる炭素酸(A)の含有量は、正極活物質、結着剤、溶媒、導電助剤及び炭素酸(A)の合計重量に対して、0.01〜20重量%含有していることが好ましい。より好ましくは0.1〜10.0重量%であり、さらに好ましくは0.5〜5.0重量%である。含有量が0.01重量%以上であるとゲル化や増粘の抑制効果が優れるため好ましく、20重量%以下であると電池特性の観点から好ましい。
【0038】
正極活物質の含有量は、正極活物質、結着剤、溶媒、導電助剤及び炭素酸(A)の合計重量に対して好ましくは35〜60重量%であり、さらに好ましくは40〜50重量%である。
結着剤の含有量は、正極活物質、結着剤、溶媒、導電助剤及び炭素酸(A)の合計重量に対して好ましくは0.5〜15重量%であり、さらに好ましくは1〜10重量%である。
溶媒の含有量は、正極スラリー塗工性の観点から正極活物質、結着剤、溶媒、導電助剤及び炭素酸(A)の合計重量に対して30〜60重量%であり、さらに好ましくは40〜50重量%である。
導電助剤の含有量は、電池出力の観点から正極活物質、結着剤、溶媒、導電助剤及び炭素酸(A)の合計重量に対して好ましくは0〜15重量%であり、さらに好ましくは0.5〜5重量%である。
【0039】
本発明のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物は所定量の正極活物質、結着剤、溶媒及び必要により用いる導電助剤並びに炭素酸(A)を攪拌容器に入れ、任意の方法で混合することで調製することが出来る。攪拌容器に入れる順番に制限はなく、任意の順番で入れることが出来る。攪拌方法の具体例としては攪拌羽による方法、マグネティックスターラーによる方法及び遊星式攪拌による方法などが挙げられる。
【0040】
本発明のリチウムイオン電池用正極は、本発明のリチウムイオン電池用正極スラリー組成物を集電体に塗工し、溶媒を除去することで製造することが出来る。具体的には、集電体にバーコーター等の塗工装置で塗工し、乾燥して溶媒を除去して、必要によりプレス機でプレスすることにより得られる。集電体としては、銅、アルミニウム、チタン、ステンレス鋼、ニッケル、焼成炭素、導電性高分子及び導電性ガラス等が挙げられる。
【0041】
上記乾燥時の温度としては50〜180℃が好ましく、より好ましくは80〜150℃である。温度が50℃以上であると溶媒及び炭素酸(A)を効果的に除くことができ、180℃以下であると活物質や結着剤の特性を保持したまま電極を乾燥させることができる。さらに必要に応じて不活性ガス雰囲気下で送風を行なう、乾燥機を減圧するなどで効率的に(A)を除くことができる。
【0042】
正極を乾燥させて炭素酸(A)を除くことにより、本発明の集電体を除いたリチウムイオン電池用正極の合計重量に基づく(A)の含有量を0.5重量%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.3重量%以下である。(A)の含有量が0.5重量%以下であると、電池性能の観点から好ましい。正極中に(A)が残存すると、リチウムイオン電池を組み立てた後、充放電中に酸化や還元等により分解し、電池性能に悪影響を与えるため、正極中に残存する炭素酸(A)の量は出来るだけ少ないことが好ましい。
【0043】
本発明のリチウムイオン電池は正極、負極及びセパレータを収納した電池缶内に電解液を注入して電池缶を密封する際に、正極として本発明の正極を用いることで製造することが出来る。
【0044】
リチウムイオン電池におけるセパレータとしては、ポリエチレン又はポリプロピレン製フィルムの微多孔膜、多孔性のポリエチレンフィルムとポリプロピレンとの多層フィルム、ポリエステル繊維、アラミド繊維及びガラス繊維等からなる不織布、並びに、これらの表面にシリカ、アルミナ及びチタニア等のセラミック微粒子を付着させたものが挙げられる。
【0045】
リチウムイオン電池における電池缶としては、ステンレススチール、鉄、アルミニウム及びニッケルメッキスチール等の金属材料を用いることができるが、電池用途に応じてプラスチック材料を用いることもできる。また電池缶は、用途に応じて円筒型、コイン型、角型又はその他任意の形状にすることができる。
【0046】
リチウムイオン電池における電解液としては、炭酸エステル系溶媒に電解質を溶解させたものを用いることができる。
炭酸エステル系溶媒の具体例としてはジメチルカーボネート、メチルエチルカーボネート、ジエチルカーボネート、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート及びブチレンカーボネート等が挙げられる。
電解質としては例えば、LiPF6、LiBF4、LiSbF6、LiAsF6及びLiClO4等を用いることができる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例により本発明をさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。以下、特に定めない限り、%は重量%、部は重量部を示す。
【0048】
<リチウムイオン電池用正極スラリーの調製>
表1記載の正極活物質粉末90.0部、ケッチェンブラック[シグマアルドリッチ(株)製]5部、ポリフッ化ビニリデン[シグマアルドリッチ(株)製]5部を乳鉢で充分に混合した後、1−メチル−2−ピロリドン[東京化成工業(株)製]70.0部及び表1記載の部数の炭素酸(A)又は表2に記載の部数の比較用の化合物(A’)を仕込み、さらに乳鉢で充分に混合して、実施例1〜14及び比較例1〜7で用いられるリチウムイオン電池用正極スラリーを得た。
【0049】
表1中の正極活物質の欄に記載した略号はそれぞれ以下の化学式で表記される活物質を表す。
NCM111:LiNi1/3Co1/3Mn1/3
LNO:LiNiO
NCA:LiNi0.8Co0.15Al0.05
NCM523:LiNi5/10Co2/10Mn3/10
LCO:LiCoO
【0050】
<リチウムイオン電池用正極スラリーの粘度安定性試験>
上記方法によって調製したリチウムイオン電池用正極スラリー50部を100mlサンプル管にとり、室温で6時間・12時間・24時間経過後のスラリーの粘度をE型粘度計で測定し、その粘度変化率をもとに評価した。結果を表1及び表2に記載した。表中の記号の意味は以下の通りである。
○:粘度変化なし(粘度変化率10%未満)
△:増粘している(粘度変化率10%以上100%未満)
×:ゲル化して流動性なし(粘度変化率100%以上)
【0051】
<リチウムイオン電池用正極の作製>
上記方法によって調製したリチウムイオン電池用正極スラリーのうち50部を、大気中でワイヤーバーを用いて厚さ20μmのアルミニウム電解箔上の片面に塗布し、80℃で1時間乾燥させた後、さらに減圧下(1.3kPa)、80℃で2時間乾燥して、15.95mmφに打ち抜き、リチウムイオン電池用正極を作製した。
【0052】
<リチウムイオン電池の作製>
2032型コインセル内の両端にリチウム金属及び上記方法によって作製したリチウムイオン電池用正極を配置し、リチウム金属−正極間にセパレータ(ポリプロピレン製不織布)を挿入し、リチウムイオン電池を作製した。エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)の混合溶媒(体積比率1:1)に、LiPFを12重量%の割合で溶解させた電解液を作製したセルに注液密封し、以下の方法で充放電サイクル特性を評価し、結果を表1及び表2に記載した。
【0053】
<充放電サイクル特性(正極)の評価>
充放電測定装置「バッテリーアナライザー1470型」[東陽テクニカ(株)製]を用いて、0.1Cの電流で電圧4.5Vまで充電し、10分間の休止後、0.1Cの電流で電池電圧を3.5Vまで放電し、この充放電を繰り返した。この時の初回充電時の電池容量と50サイクル目充電時の電池容量を測定し、下記式から充放電サイクル特性を算出した。数値が大きい程、充放電サイクル特性が良好であることを示す。
充放電サイクル特性(%)=(50サイクル目充電時の電池容量/初回充電時の電池容量)×100
【0054】
<正極中の炭素酸(A)又は化合物(A’)残存量評価>
ガスクロマトグラフィーを用いた検量線法により定量を行ない、結果を表1及び表2に記載した。なお、化合物(A’3)はポリマーであるのでそのまま残存したものとして計算した。電極から電極粉末を剥離し、1%のアセトン分散液としてこの液を以下の条件にて測定した。各炭素酸(A)又は化合物(A’)の50ppm、200ppmのアセトン溶液を作成してこれを以下の条件にて測定し検量線を作成した。
<測定条件>
ガスクロ本体:GC−2010(島津製作所製)
カラム:ZB−5(島津GLC製)
気化室温度:250℃
カラム温度:50℃
内部標準:クロロベンゼン(200ppm)
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】
【0057】
表2において、化合物(A’1)として用いた酢酸のpKaは酸素原子−水素原子の結合の解離に基づく解離常数を記載した。
【0058】
本発明のリチウムイオン電池用正極スラリー(実施例1〜14)は、何も添加していないスラリー(比較例1〜5)に比べて顕著な増粘抑制効果を発揮した。正極活物質中には原料である炭酸リチウムや水酸化リチウムなどの塩基性物質が含まれ、これが結着剤をゲル化させる原因となっている。本発明の正極スラリー中に必須成分として含まれる炭素酸(A)は、活性メチレン基あるいは活性メチン基を有するため、塩基性物質の働きを阻害するものと考えられる。また、従来から知られていた増粘抑制効果のある化合物は、増粘抑制効果こそあるものの、サイクル特性に悪影響を与えることがわかった(比較例6〜7)。これらの化合物は沸点や中和により生成する塩の関係上、正極中に残存し電池性能に悪影響を及ぼしたものと思われる。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明のリチウムイオン電池用正極スラリーは粘度安定性に優れるため、リチウムイオン電池の製造効率を大きく改善することができ、正極スラリーのゲル化や増粘に起因する不良品比率を低下させることができる。本発明のリチウムイオン電池用正極スラリーを用いたリチウムイオン電池用電極を用いたリチウムイオン電池は、サイクル特性が良好である。