【解決手段】溶接ワイヤの送給速度Fwを正送期間と逆送期間とに交互に切り換えて溶接する正逆アーク溶接を使用し、溶接トーチを溶接線に倣わせる正逆送給アーク溶接の倣い制御方法において、送給速度の波形パラメータ(周波数Sf、振幅Wf)を、倣い制御のゲインを入力とする波形設定関数によって設定する。波形設定関数は、ゲインが大きくなるほど、周波数1/Tfが低くなり、振幅Wfが小さくなる関数である。これにより、倣い制御系のゲインが変化しても、この変化に対応して送給速度Fwの波形パラメータが自動的に適正化されるので、常に溶接状態が安定化する。
溶接ワイヤの送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り換えて溶接する正逆アーク溶接を使用し、溶接トーチを溶接線に倣わせる正逆送給アーク溶接の倣い制御方法において、
前記送給速度の波形パラメータを、前記倣い制御のゲインを入力とする予め定めた波形設定関数によって設定する、
ことを特徴とする正逆送給アーク溶接の倣い制御方法。
【背景技術】
【0002】
一般的な消耗電極式アーク溶接では、消耗電極である溶接ワイヤを一定速度で送給し、溶接ワイヤと母材との間にアークを発生させて溶接が行なわれる。消耗電極式アーク溶接では、溶接ワイヤと母材とが短絡期間とアーク期間とを交互に繰り返す溶接状態になることが多い。
【0003】
溶接品質をさらに向上させるために、溶接ワイヤの正送と逆送とを周期的に繰り返して溶接する方法が提案されている(例えば、特許文献1等参照)。
【0004】
特許文献1の発明では、溶接電流設定値に応じた送給速度の平均値とし、溶接ワイヤの正送と逆送との周波数及び振幅を溶接電流設定値に応じた値とする。
【0005】
また、従来から溶接トーチを溶接線に倣わせながら溶接する倣い制御が行われている。この倣い制御では、溶接中に溶接トーチの位置と溶接線との位置ズレ量と相関する値を算出し、算出された位置ズレ量相関値をフィードバック制御して溶接トーチの位置を溶接線に倣わせる。倣わせる方法としては、溶接トーチをウィービングし給電チップ・母材間距離を変化させ、この変化に伴う溶接電流又は溶接電圧の変化に基づいて上記の位置ズレ量相関値を算出するアークセンサが用いられている(特許文献2参照)。その他の方法としては、CCDカメラを用いて位置ズレ量相関値を算出する場合もある(特許文献3参照)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来から、溶接電流設定値(平均送給速度)、開先形状、溶接ワイヤの種類、シールドガスの種類、給電チップ・母材間距離、溶接電源の外部特性等の種々な溶接条件に応じて、倣い制御のフィードバック制御系のゲインを調整して、倣い制御の安定化を図っていた。これは、溶接条件が変化すると倣い制御の精度が大きく変化するために、高精度を保つためには溶接条件に応じて倣い制御のゲインを再調整する必要があるためである。また、正逆送給アーク溶接では、送給速度が100Hz程度の周波数で正送期間と逆送期間とに常に変化しているために、倣い制御のゲインが変化して溶接トーチの動きが変化すると、溶接状態の安定性が変化するという問題があった。
【0008】
そこで、本発明では、倣い制御のゲインが変化しても、溶接状態の安定性を維持することができる正逆送給アーク溶接の倣い制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、
溶接ワイヤの送給速度を正送期間と逆送期間とに交互に切り換えて溶接する正逆アーク溶接を使用し、溶接トーチを溶接線に倣わせる正逆送給アーク溶接の倣い制御方法において、
前記送給速度の波形パラメータを、前記倣い制御のゲインを入力とする予め定めた波形設定関数によって設定する、
ことを特徴とする正逆送給アーク溶接の倣い制御方法である。
【0010】
請求項2の発明は、前記送給速度の前記波形パラメータが周波数及び/又は振幅である、
ことを特徴とする請求項1に記載する正逆送給アーク溶接の倣い制御方法である。
【0011】
請求項3の発明は、前記波形設定関数は、前記倣い制御の前記ゲインが大きくなるほと、前記周波数を低くし、前記振幅を小さくする関数である、
ことを特徴とする請求項2に記載する正逆送給アーク溶接の倣い制御方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、倣い制御のゲインが変化しても、ゲインの変化に応じて送給速度の波形パラメータが自動的に適正化されるので、溶接状態を常に安定化することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0015】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係る正逆送給アーク溶接の倣い制御方法を実施するための溶接装置のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0016】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御等による出力制御を行い、出力電圧Eを出力する。この電源主回路PMは、図示は省略するが、商用電源を整流する1次整流器、整流された直流を平滑する平滑コンデンサ、平滑された直流を高周波交流に変換する上記の駆動信号Dvによって駆動されるインバータ回路、高周波交流を溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を直流に整流する2次整流器を備えている。
【0017】
リアクトルWLは、上記の出力電圧Eを平滑する。このリアクトルWLのインダクタンス値は、例えば200μHである。
【0018】
送給モータWMは、後述する送給制御信号Fcを入力として、正送と逆送とを周期的に繰り返して溶接ワイヤ1を送給速度Fwで送給する。送給モータWMには、過渡応答性の速いモータが使用される。溶接ワイヤ1の送給速度Fwの変化率及び送給方向の反転を速くするために、送給モータWMは溶接トーチ4の先端の近くに設置される場合がある。また、送給モータWMを2個使用して、プッシュプル方式の送給系とする場合もある。
【0019】
溶接ワイヤ1は、上記の送給モータWMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を送給されて、母材2との間にアーク3が発生する。溶接トーチ4内の給電チップ(図示は省略)と母材2との間には溶接電圧Vwが印加し、溶接電流Iwが通電する。
【0020】
位置ズレ量相関値算出回路DLは、溶接線と溶接トーチ4の位置との位置ズレ量と相関する値を算出して、位置ズレ量相関値信号ΔLを出力する。この位置ズレ量相関値を算出する方法は、従来技術であるアークセンサ、CCDカメラ等を使用して行われる(特許文献2、3等参照)。上記の位置ズレ量相関値信号ΔLが正の値のときは溶接トーチ4の位置が溶接線から右側に位置ズレしていることを示し、0のときは位置ズレしていないことを示し、負の値のときは左側に位置ズレしていることを示している。
【0021】
ゲイン設定回路GRは、溶接条件に応じて適正化されたゲイン設定信号Grを出力する。ゲイン設定信号Grは正の値である。
【0022】
シフト量算出回路DDは、上記の位置ズレ量相関値信号ΔL及び上記のゲイン設定信号Grを入力として、シフト量信号ΔD=ΔL・(−1)・Grを算出して出力する。これにより、位置ズレ量相関値信号ΔL<0の溶接トーチ4が溶接線から左側に位置ズレしているときは、シフト量信号ΔD>0となり、溶接トーチ4を右側方向にΔDの絶対値だけシフトさせることになる。逆の場合も同様である。溶接トーチ4をシフトさせる量が、ゲイン設定信号Grによって変化する。したがって、ゲイン設定信号Grによって倣い制御のフィードバック制御系のゲインを可変させている。
【0023】
溶接トーチ移動装置MSは、上記のシフト量信号ΔDを入力として、この信号に基づいて溶接トーチ4の位置を溶接線に直行する方向(左右方向)にシフトさせて溶接線に沿うようにする。溶接トーチ4がウィービングしているときは、ウィービング中心位置が上記の溶接トーチの位置に相当する。溶接トーチ移動装置MSは、例えばロボットである。
【0024】
平均送給速度設定回路FARは、予め定めた平均送給速度設定信号Farを出力する。
【0025】
周波数設定回路SFRは、上記のゲイン設定信号Grを入力とする予め定めた周波数設定関数によって周波数設定信号Sfrを算出して出力する。周波数設定関数は、実験によって予め定義され、ゲイン設定信号Grの値が大きくなるほど周波数設定信号Sfrの値が小さくなる反比例関係にある関数である。
【0026】
振幅設定回路WFRは、上記のゲイン設定信号Grを入力とする予め定めた振幅設定関数によって振幅設定信号Wfrを算出して出力する。振幅設定関数は、実験によって予め定義され、ゲイン設定信号Grの値が大きくなるほど振幅設定信号Wfrの値が小さくなる反比例関係にある関数である。上記の周波数設定関数及び振幅設定関数を波形設定関数と呼ぶことにする。
【0027】
送給速度設定回路FRは、上記の平均送給速度設定信号Far、上記の周波数設定信号Sfr及び上記の振幅設定信号Wfrを入力として、振幅設定信号Wfrによって定まる振幅Wf及び周波数設定信号Sfrの逆数である周期設定値によって定まる周期Tfで正負対称形状に変化する予め定めた台形波を、平均送給速度設定信号Farの値だけ正送側にシフトした波形となる送給速度設定信号Frを出力する。この送給速度設定信号Frについては、
図2で詳述する。送給速度設定信号Frの波形は、台形波以外に正弦波、三角波であっても良い。
【0028】
送給制御回路FCは、上記の送給速度設定信号Frを入力として、送給速度設定信号Frの値に相当する送給速度Fwで溶接ワイヤ1を送給するための送給制御信号Fcを上記の送給モータWMに出力する。
【0029】
出力電圧設定回路ERは、予め定めた出力電圧設定信号Erを出力する。出力電圧検出回路EDは、上記の出力電圧Eを検出し平滑して、出力電圧検出信号Edを出力する。
【0030】
電圧誤差増幅回路EVは、上記の出力電圧設定信号Er及び上記の出力電圧検出信号Edを入力として、出力電圧設定信号Er(+)と出力電圧検出信号Ed(−)との誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。この回路によって、溶接装置は定電圧制御される。
【0031】
駆動回路DVは、上記の電圧誤差増幅信号Evを入力として、電圧誤差増幅信号Evに基づいてPWM変調制御を行い、上記の電源主回路PM内のインバータ回路を駆動するための駆動信号Dvを出力する。
【0032】
図2は、本発明の実施の形態1に係る正逆送給アーク溶接の倣い制御方法を示す、
図1の溶接装置における各信号のタイミングチャートである。同図(A)は送給速度Fwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(C)は溶接電圧Vwの時間変化を示す。以下、同図を参照して各信号の動作について説明する。
【0033】
同図(A)に示す送給速度Fwは、
図1の送給速度設定回路FRから出力される送給速度設定信号Frの値に制御される。送給速度設定信号Frは、振幅設定信号Wfrによって定まる振幅Wf及び周波数設定信号Sfrによって定まる周波数Sfの逆数となる周期Tf=1/Sfで正負対称形状に変化する予め定めた台形波を、平均送給速度設定信号Farの値だけ正送側にシフトした波形となる。このために、同図(A)に示すように、送給速度Fwは、平均送給速度設定信号Farによって定まる破線で示す平均送給速度Faを基準線として、上下に対称となる振幅Wf及び周期Tfで予め定めた台形波状の送給速度パターンとなる。すなわち、基準線から上側の振幅と下側の振幅とは同一値であり、基準線より上側の期間と下側の期間とは同一値となっている。
【0034】
ここで、0を基準線として送給速度Fwの台形波を見ると、同図(A)に示すように、時刻t1〜t5の逆送期間は、それぞれ所定の逆送加速期間、逆送ピーク期間、逆送ピーク値及び逆送減速期間から形成され、時刻t5〜t9の正送期間は、それぞれ所定の正送加速期間、正送ピーク期間、正送ピーク値及び正送減速期間から形成される。
【0035】
[時刻t1〜t5の逆送期間の動作]
同図(A)に示すように、送給速度Fwは時刻t1〜t2の逆送加速期間に入り、0から上記の逆送ピーク値まで加速する。この期間中は短絡状態が継続している。
【0036】
時刻t2において逆送加速期間が終了すると、同図(A)に示すように、送給速度Fwは時刻t2〜t4の逆送ピーク期間に入り、上記の逆送ピーク値になる。この期間中の時刻t3において、逆送及び溶接電流Iwの通電によるピンチ力によってアークが発生する。これに応動して、同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは数十Vのアーク電圧値に急増し、同図(B)に示すように、溶接電流Iwはこれ以降のアーク期間中は次第に減少する。
【0037】
時刻t4において逆送ピーク期間が終了すると、同図(A)に示すように、時刻t4〜t5の逆送減速期間に入り、上記の逆送ピーク値から0へと減速する。この期間中は、アーク期間が継続している。
【0038】
[時刻t5〜t9の正送期間の動作]
同図(A)に示すように、送給速度Fwは時刻t5〜t6の正送加速期間に入り、0から上記の正送ピーク値まで加速する。この期間中は、アーク期間のままである。
【0039】
時刻t6において正送加速期間が終了すると、同図(A)に示すように、送給速度Fwは時刻t6〜t8の正送ピーク期間に入り、上記の正送ピーク値になる。この期間中の時刻t7において、正送によって短絡が発生する。これに応動して、同図(C)に示すように、溶接電圧Vwは数Vの短絡電圧値に急減し、同図(B)に示すように、溶接電流Iwはこれ以降の短絡期間中は次第に増加する。
【0040】
時刻t8において正送ピーク期間が終了すると、同図(A)に示すように、時刻t8〜t9の正送減速期間に入り、上記の正送ピーク値から0へと減速する。この期間中は、短絡期間が継続している。
【0041】
これ以降は、上記の逆送期間及び上記の正送期間の動作を繰り返す。
【0042】
送給速度Fwの台形波の数値例を以下に示す。
周波数Sf=100Hz(周期Tf=10ms)、振幅Wf=60m/min、平均送給速度Fa=5m/min、半周期の各傾斜期間=1.2ms、ピーク期間=2.6ms、ピーク値=30m/minの台形波に設定すると、この台形波を平均送給速度Fa=5m/minだけ正送側にシフトした波形となる。平均溶接電流は約250Aとなる。この場合の各波形パラメータは、以下のようになる。
逆送期間=4.6ms、逆送加速期間=1.0ms、逆送ピーク期間=2.6ms、逆送ピーク値=−25m/min、逆送減速期間=1.0ms
正送期間=5.4ms、正送加速期間=1.4ms、正送ピーク期間=2.6ms、正送ピーク値=35m/min、正送減速期間=1.4ms
【0043】
図2(A)に示すように、送給速度Fwの波形パラメータは周波数Sf、振幅Wf等となる。溶接条件に応じて適正値に調整されるゲイン設定信号Grが変化すると、
図1の周波数設定回路SFRによって周波数設定信号Sfrが算出され、
図1の振幅設定回路WFRによって振幅設定信号Wfrが算出される。そして、これらの信号に基づいて送給速度Fwの周波数Sf及び振幅wfが自動設定される。このために、ゲイン設定信号Grの値が変化しても、溶接状態が安定化するように送給速度Fwの周波数Sf及び振幅Wfが自動的に適正化される。
【0044】
溶接中は、
図1の位置ずれ量相関値算出回路DLによって溶接トーチ4と溶接線との位置ずれ量と相関する値(位置ズレ量相関値信号ΔL)が刻々と算出される。そして、
図1のシフト量算出回路DDによって、位置ズレ量相関値信号ΔL及びゲイン設定信号Grに基づいて溶接トーチ4をシフトさせるためのシフト量信号ΔDが算出される。この信号によって溶接トーチ4は溶接線に沿うように左右方向にシフトされる。この結果、倣い制御が高精度を維持したままで、溶接状態を安定に保つことができる。
【0045】
実施の形態1はゲイン設定信号Grによって周波数設定信号Sfr及び振幅設定信号Wfrを共に変化させる場合であるが、どちらか一方だけ変化させるようにしても良い。
【0046】
上述した実施の形態1によれば、送給速度の波形パラメータ(周波数及び/又は振幅)を倣い制御のゲインを入力とする予め定めた波形設定関数によって設定する。これにより、本実施の形態では、倣い制御のゲインが変化しても、ゲインの変化に応じて送給速度の波形パラメータが自動的に適正化されるので、溶接状態を常に安定化することができる。