【解決手段】数式(3)d=1/(X・tanθ)で緩み層厚dを求める。見かけの粘着力C’を、緩み層厚dに比例するとして、数式(4)C’=d・γw・tanθで求める。dを亀裂による有効緩み層厚dn、表土の内部摩擦角φはθに等しいとすると、1+{(dn−u)・tanθ}/W・sinθ=Fsなる数式(5)を得る。このとき見かけの粘着力C’の低下割合nは見かけの緩み層厚dの減少割合nであり、nを崩壊予知前の連続雨量によるヒズミに関連づけることで、安全率Fs≦1.0時の限界地下水位unが確定するので、緩み層への雨水流入量を、地表の亀裂幅、に比例すると考えて、崩壊に至る水位を、時間雨量から水理式他で求め、崩壊発生を予測することとした。
有効緩み層厚dnから有効見かけ粘着力を求める式2でC’nを求め、明細書0003項の式1のCの項に粘着力C‘nを入れて式(1)を得る請求項1に記載する斜面安定解析方法。
C’n=dn・γw・tanθ・・・(2)
なおC’nは有効見かけ粘着力である。
緩み層が見かけの粘着力だけでなく、正規の粘着力を有する場合もあるので、汎用性を高めるために、φ‘なる見かけの内部摩擦角を仮定して、φ‘=C0+φなる合成力がθを形成すると考えて、θ=φ’と見なして、仮にC0を有する場合でも、これを意識することなくθ=φと同様の手順で安定解析が行える請求項1に記載する斜面安定解析方法。
なお、C0は正規の粘着力、φはすべり面の内部摩擦角、φ‘は見かけの内部摩擦角である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
今の単純なすべり破壊理論は、亀裂など変形を伴う実際の動的な機構を反映されておらず、すべり以前に生じる変形を考えない限り、崩壊予測は不可能である。災害に先立って発生する各種の変動を日頃から斜面を観察してこれを知り、樹木の生育に注意し、屋敷を土砂災害から守るために植えられた竹林や石積みの効果も評価できなければ表層崩壊予測は不可能である。なぜならば、現状との整合が得られない理論では崩壊予測はできないと考えられるからである。
【0009】
今日では防災は行政が行うものに住民の意識が大きく変化してしまった。人々は斜面に無関心となり、めったに山に入らず、その結果、土砂災害に見舞われる。平成26年8月の広島土砂災害もその例であり、山際の新興住宅地帯で74名の命が奪われた。一方で昔からの集落で、同年に発生した兵庫県の山間部での土砂災害は、広島を上回る規模の土砂量であったにもかかわらず死者は1人であった。昔は防災が日常生活のなかにあり自分の問題としてとらえられており、その考えが残る昔からの集落では災害が少なかったと考えられる。
【0010】
今日においてもこの基本は変わらない。土砂災害を自分の問題としてとらえない限り問題は解決しない。豪雨は未明に発生することが多く、そのとき山間地ではほとんどの場所が危険な状態になる。このため遠くの避難指定場所に行くことはできない。住民はきめ細かく斜面の状態を予測して、近所の安全な知人宅に一時的に避難するなどの行動が必要となる。
【0011】
特許文献2でも崩壊予知を時間の精度で予測することはできない。地区住民の誰がいつどこを通ってどこに避難すべきかを知るには、時間の変化に応じて斜面の安定性を評価できなければならない。これを可能にする技術の開発が急務である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
山地は年々隆起し、弱い箇所がさらに弱くなる破壊と、圧密他によって強度が回復し現状を維持しようとする復元力とが拮抗した一時的な状態が地形である。風化で地盤強度が低下するとこれに応じて次第に緩くなり、下方の緩緩斜面では内部摩擦角に等しい崖錐面が形成され一定の角度を保持している。このように地形は原則として地質強度と一定の関係を保っているのである。
【0013】
斜面には、環境の変化に対して、現況を維持しようとする力が働いている。つまり均衡を覆そうとする外力に対して、自然は最小限の力または変化量で対応しようとし、その目標として不安定度ゼロに向けて運動しているかに見える。変化を促す不安定量の基本は、地面が水平ならば不安定量もゼロなので、緩み層厚dとすべり面または斜面の平均傾斜角θの正接関数との積、d・tanθであり、これに対して植生量λが復元力を向上させる安定量として関与し、自ら存続するために斜面を常に、d・tanθ-λ=0を保つている。
【0014】
このときθは一般には、すべり面傾斜角を表すが、すべり面傾斜角は不明であることが多いので、本発明手法においては、平均的な地表傾斜角をθに代え例えば上部斜面と下部斜面の二つの地表面を有した台地の縁などで、上部斜面が10度で、下部斜面が40度の場合だと、両者の面を均等にまたぐ崩壊を考えた場合だと、平均傾斜は25度の直線のすべり面となる。このように本発明手法では、θをすべり面または斜面の平均傾斜角と定義する。
【0015】
次に不安定化機構を見ると、斜面上の物体の安定問題としては、原理的に転倒とすべりの2つがあることは明らかである。なぜ転倒かと言えば不安定な斜面で多く見られる地表に直角方向に差し込んだ開口亀裂であり、この亀裂は等高線の方向に伸びて、亀裂は消長を繰り返しながら上方に波及するので、この亀裂間の土塊は傾いた状態で基盤面に乗った不安定な状況となり、縦亀裂をすべり面とした転倒の問題を生じるからである。
図1
【0016】
斜面の断面を見ると、土塊はいかにも不安定で、雨で土塊の頭部の重量が増すと、重心が高くなってさらに不安定化するであろう。その不安定化が進むと土塊は倒れ込むように変位して、背後の亀裂は拡大する。亀裂の開口により支えを失ったさらに背後の土塊も次々と不安定化していく。この不安定化が斜面全体に波及するのである。
【0017】
このとき縦亀裂の間隔は粘着力で決まるであろう。これにより緩み層は土塊幅と傾斜角に応じた限界層厚を生じる。限界層厚に近い土塊は、雨などで頭部が重くなると谷側の底部を軸にして転倒し、土塊の山側底面に引っ張り性の亀裂を生じる。この面は基盤層に平行であり、これが連続してすべり面が形成される。このとき両者の安全率は接近していて、転倒とすべりはほぼ同時か、転倒の変位がわずか先行することになる。
【0018】
植生が環境に適応することで均衡斜面が形成される。植物は風化による地質量の増大を自らの成長による植生量で均衡をとりながら、すべりと転倒の両面で気候条件のもと、無駄のない均衡を作ろうとして斜面の安全率をFs=1.0に保つように戦略的に振る舞っている。植物は生存競争に勝つために、無駄なことはしないからである。
【0019】
地層の形状を保つために必要な力が内部摩擦角φと粘着力Cである。φは比較的単純であるが、粘着力Cはさまざまな力の集合であって力が働く機構は複雑である。Cは大きく分けて固結層がもつ正規の粘着力C0と、未固結層で地下水上昇時に働く一時的な見かけの粘着力C’がある。複雑なのは見かけの粘着力C’であり、すべり面に対してはある厚みを持った連続体として基盤層との密着性の大小で決まる。
【0020】
このため緩み層に亀裂が入ると、密着性が失われて見かけの粘着力C’が低下することで、すべりの安全率が低下する。そのとき緩み層は全く連続体でなく、ある程度の透気性を有するので、常時働く自重に対して密着性は働かない。このため未固結層では、長期的均衡はθ=φでのみ保たれ、不安定な斜面は長期間の間に変化してθ=φの斜面を形成する。
【0021】
しかしそれでは降雨時の一時的な重量増加分を支えることはできないので、一時的な力に対しては、見かけの粘着力C‘が働いている。C’は亀裂などで低下するので、植物は根の主に水平根によって、土塊をつないで亀裂の発生を防いでいる。C‘の低下を防ぐことで植物は間接的にすべり破壊を防止している。そしてその効果は、亀裂を生じなければ最高水位でも表層崩壊が発生しない特殊な条件でのみ発揮できる。ノリ枠の抑止機構がそれである。
【0022】
竹林はその地下茎がほとんど水平根であり、ノリ枠に似た竹は早期に水平根を延ばして、斜面補強をおこなう不安定な斜面に適応した植物である。山口県で崩壊事例を調べた非特許文献2によると、実際に山口県内の合計3,520ヶ所の森林崩壊を航空写真判読した結果、竹林の崩壊はわずか3ヶ所であり、それも竹林範囲の上の通常植生の崩壊による被害であって竹林が直接崩壊した箇所は皆無であった。人は竹を屋敷裏に植え、自らの身を守ったと考えられる。
【0023】
竹を植えることができない畑では、人は石積みを作って斜面を保護した。石を積んだだけの簡単な構造がなぜ崩れないかと言えば、壁面を山側に傾斜させることで、本来谷側に傾斜している土塊を、逆方向である山側に傾けて背後の土塊を三角形にして、重心を下げ、物理的に転倒の安定を図っているのである。
【0024】
水平根や構造物等の斜面に対する仕組みはこれまでうまく説明できなかった。これを説明するためには転倒とすべり両方の安定を考える必要がある。人や植物はこのように地域での安全率がFs=1.0になるように自然に働きかけている。もちろんもともと自然にはその性質があるのだが、これを補うことで均衡をより確かなものにしている。この均衡条件から、諸定数を逆算して安定解析を簡略化し、住民が利用できるようにしたのが本発明技術である。
【発明の効果】
【0025】
本発明の斜面安定解析方法では、特許文献2のシステムに組み込んで連続雨量及び時間雨量と風向を台風予想進路上の住民自らパソコンまたは携帯情報端末などで入力することで無数の斜面の安定解析を自動で行うことかできる。これにより住民自ら危険斜面の位置と崩壊時刻を予測でき、豪雨による土砂災害から人命を守ることができる可能性がある。
【発明を実施するための形態】
【0027】
本発明は、簡便法なる斜面安定解析手法における諸定数を定数相互に関連づけて合理化することによって、簡便に斜面の安定状態を解析できる斜面安定解析方法に関するものである。
以下、本発明を詳細に説明する前に、本発明の方法の概略を説明する。
本発明では、すべり面または斜面の平均傾斜角θは表土及び緩み層に地下水面が形成されない常時には安息角であるθ=φの状態と仮定する。このとき降雨時に地下水が地表まで上昇した時に、斜面が安定をぎりぎり保つのに必要な見かけの粘着力C’は土塊の含水重量の増加分の偏心分力すなわちC’はd・γw・tanθとなる。このC’=d・γw・tanθの水の単位体積重量γwを省略して式を変形すると、d=C’/tanθとなり、見かけの粘着力C’によって緩み層厚dが決まる。
【0028】
これをdについてとけば、d=C’n/tanθとなり、長方形の限界高さdmax=L/tanθと同じ形になる。本式で示すように未固結層の限界高さはC’で決まる。このときのC’を安定解析式1に代入して、地下水地表で、Fs=1.0としてφを逆算すると、未固結のすべての斜面は、φ=θとなり、さらに土塊の重心が底面から離れた時点で、すべりの安全率もFs<1.0となり、転倒とすべりの安全率は同じになる。
図2
【0029】
本手法のC’=d・tanθの関係を従来の簡便法の安定解析式に代入すると、諸要素は打ち消しあって、消滅したあとには、1+(d−u)tanθ/W・sinθ=Fsとなる。tanθとW・sinθは斜面ごとの定数なので、すべりに関する安全率は、d−uのみで決定され、亀裂を考慮した場合は、有効緩み層厚dnとなり、dn−uで安全率が決定される。亀裂によって有効層厚dnが減少すれば、亀裂水位uは容易にdnを超えるのでそれだけ崩壊しやすくなる。
【0030】
緩み層厚dは粘着力の逆数であるところの地質係数Kにtanθを乗じて求め、一方で特許文献2の手法を利用して地表ヒズミεを求める。また、ヒズミから見かけの粘着力C’の低下した残りの割合n、すなわち有効緩み層厚dnが亀裂により減少した残りの割合nを求める。このときの崩壊が発生する限界水位はunなので、この水位の到達を表土の透水係数と地表開口部からの流入量をヒズミから推測するために、水理式から平衡水位hを求める。そして、h=unを崩壊発生条件として、時間降雨強度から崩壊発生時刻を予測することができる。
そして、特許文献2の技術は、インターネット等で使用する斜面崩壊予測システムであるが、本発明の手法を特許文献2のソフトに組み込むことによって、端末型の電子装置等から地図上に危険斜面を表示することが可能になる。
【0031】
以下、本発明の斜面安定解析方法に関し、詳細に説明する。
崩壊地に隣接する不安定な斜面では、等高線の方向に伸びる開口した亀裂を多く生じている。非特許文献3のアンケートでも地すべり地帯では、このような亀裂が農地でよく発生すると多くの人が述べている。そしてこのような亀裂を放置すると地すべりが活発化するので、すぐに耕して亀裂をそのままにしないことが大切であると述べられている。
【0032】
斜面に生じる亀裂には、斜面が不安定化した時だけではなく、水田が乾燥すると正六面体の亀裂がごく普通に見られる。傾斜地では等高線方向の亀裂が卓越することで不安定な斜面で、亀裂の一部が緩み層の深くまで侵入すると考えられる。小さな亀裂を放置すると見かけの粘着力C‘が次第に失われて表土を分断する亀裂となり、表土を分断する亀裂を放置すると、この一部がさらに深くまで侵入して地すべり層全体の不安定化につながると考えられる。
【0033】
地表部の小さな乱れが、さらに深い部分の不安定化につながる可能性は否定できない。ただしこれらの亀裂はすべり面方向の逆向きの地表面と直角方向の斜面下方すなわち谷に向かって傾いており、直接的なすべり面の形成の兆候を示すものではない。このような亀裂は網状に複雑に生じる場合もあるが、主要な亀裂は、幅1〜2mの幅で生じている。これがよくわかるのは斜面の道路の舗装面である。
【0034】
このような亀裂は地表に対して直角方向に発達し、亀裂に囲まれた土塊は傾いた状態で基盤面に乗っている。亀裂に囲まれた土塊は見るからに不安定な形状をしている。亀裂は明瞭な分離面であり、この部分に表流水が侵入すると縦方向のすべり面が形成される。そして土塊に上方からの載荷重が作用すると、縦方向のすべり面がずれ動くことで土塊は谷側の底部付近を軸にしてわずか回転運動を生じると思われる。
図1
【0035】
このような荷重として降雨による土塊重量の増加が考えられる。当初より傾いた不安定な土塊は雨で頭部の重量が増すと、重心が高くなってさらに不安定化する。不安定化が進むと倒れ込むように変位を生じて、背後の亀裂が拡大する。するとさらに背後の土塊が不安定化し条件が変わるまで次々と連鎖する。この断続的に生じる連鎖的転倒現象がクリープ
図3である。広葉樹はさほど目立たないが、まっすぐ上に伸びる針葉樹ではクリープにより幹が傾くので変状がよくわかる。針葉樹の幹の傾きは根本付近において、アテと呼ばれる谷側の部分がより早く成長して針葉樹自ら曲がりを修正するが、これにより根曲を生じる。
【0036】
このような谷側に傾いた亀裂はなぜ生じるのだろうか。
緩い土は内部に空隙を含んだある構造を持っており、普段この土構造は数年単位で自重を支えることができる。もし基盤が水平であれば、そこに発達した表土及び緩み層の自重は、基盤に対して均等に作用するので横方向には動かず、少しずつ締め固められ問題となる亀裂や不安定化は当然生じない。
【0037】
また基盤面がθだけ傾いた場合でも、自重が単に鉛直方向に伝わるだけならば、支持に必要十分な反力が期待でき、その場合、土塊の底面にすべり力が作用ものの、土塊に転倒力が働くことはない。この状況が静的な力の構造であり現在の土質力学の基本である。しかしこれだと、すべり面の変位こそ生じる可能性があるが、等高線の方向に伸びる開口性の亀裂群はまず生じない。亀裂を生じても、微細なせん断性の変位であり、転倒性のクリープも生じることはない。この場合だと多くが地表付近に伸びる広葉樹の根による斜面安定効果はとても小さくておそらく植生と表層崩壊との関連はほとんど無いであろう。
【0038】
実際の状況はこのいずれでもなくて、亀裂は開口し、転倒性のクリープが見られることから、変状は転倒性の変位であることを示している。そしてその転倒性の変位をおさえる樹木の根による補強と表層崩壊との関係は極めて密接であることがこれまでの統計と一致している。
【0039】
ではなぜ土塊が転倒性の変位を示すのだろうか。
その一つの理由として、表土などの緩み層が不安定化する原因は、降雨による土塊重量の増加が考えられる。また地震による揺れで水平力が瞬間的に増加するためと考えられる。そして不安定な斜面の変位を正確に観測するとごくわずかであるが潮汐による規則的な変化も知られている。そして実際にはこれらの合力としての変動を生じているものと考えられる。これらの力によって緩み層は谷側で圧縮変形し、山側で引っ張り力を生じて、粘着力とつり合った位置に開口亀裂を生じ、これが拡大して転倒性の安定を損なっていると考えられる。
【0040】
これらの力によって緩み層は谷側で圧縮変形し、山側で引っ張り力を生じて、粘着力とつり合った位置に開口亀裂を生じた。この亀裂がさらに上側の斜面の不安定化要因となって、不安定な斜面において等高線に平行な開口亀裂群が形成されたと考えられる。
【0041】
この亀裂群により幅Lなる土塊群が形成されて、θの基盤表面から見ると、高さd、幅Lなる長方形の土塊がθだけ傾いて基盤面に乗った土塊を形成して、土塊の重量が雨によって増加することで過剰な偏圧が発生した結果、やがて縦亀裂が深さ方向で再び粘着力とつり合った位置の基盤面と平行な引っ張り亀裂を生じ、これがすべり面になって斜面が崩壊すると考えられる。
【0042】
そこでまず転倒の安定を考える。
縦亀裂にはさまれた緩み層の層厚dは基盤面からみると土塊高さdとして表現されるが、この形状において図学上、L/tanθを超えた場合に転倒するので、土塊の高さdはtanθに反比例し、その比例定数がLであり、土塊の高さ、すなわち緩み層厚dと、等高線方向の開口亀裂の幅からなる土塊幅Lと、すべり面の傾斜角θは密接な関係にあり、もしLが地質により一定値をとるなら、緩み層厚dnはすべり面傾斜角θに応じた限界層厚があることになる。
図2
【0043】
非特許文献4中の
図4は層厚と斜面傾斜角との測定例であるが、未成熟な斜面としてこれを除去すると、その上端部付近に一定の関係を持った一群が現れる。これら一群は緩み層厚d=1/tanθを中心として分布している。このことからLはほぼ1であり、緩み層厚にはおよそ傾斜角に応じた最大層厚が存在することがわかる。現実の緩み層厚はかなりのバラツキを有し、調査も1m離れるとかなり違った値となり、真の緩み層厚は緩んだ部分をすべて剥いでみない限りわからない。
【0044】
真の緩み層厚はたとえ多くの地質調査をおこなったとしても正確にはわからない。いずれにしても推測であるなら、簡便な方法である方が得策であるので、このとき標準的な緩み層厚dを、
d=1/tanθ・・・(2)
として、これを地質係数Xの逆数で補正し、
d=1/(X・tanθ)・・・(3)
式3でdを、求めることにする。
【0045】
地質係数Xは将来的に変化する場合があるので、これを微調整するために、X内に調整用のxを伏在させて、X・xとし、一方、降雨の作用程度を水分係数Yで表して、これにその地域の年間降雨量係数を与え、変化する水ミチの調整用のyを伏在させてY・yとする。x、yの初期値はそれぞれ1とするが、地下浸食や風化などの劣化により変化した場合、計算誤差を生じる。このような誤差を修正するためにxとyを使用する。
【0046】
一方、緩み層が不安定化して土塊幅Lなる縦亀裂を生じたときに、土塊は谷側の底面端部を軸として回転するので、縦方向の力の均衡が崩れた部分、すなわち土塊底面に沿って山側に引っ張り亀裂を生じる。底面の谷側は圧縮域である。特に引っ張り亀裂付近は負圧を生じていて周囲の地下水がこの部分に集まりやすく、この引っ張り応力を生じる部分が連続してすべり面を形成する。
【0047】
このときのすべりと転倒、両者の安全率はほぼ同じでなければならない。もしすべりの安全率が転倒より低いと、たかだか1m程度の地下水位の上昇は容易に生じるので、緩み層の変形と無関係にすべりが発生し、地表付近に張られた樹木の根の補強効果はほとんど無くなはずであるが、実際には、ある程度木が大きくなると斜面は簡単には崩壊しない。
【0048】
逆に転倒の安全率がすべりより低いと、緩み層は崩落という形で失われるので、すべりによる崩壊は生じない。しかし現状は転倒やや先行して、変位量が一定値を超えると、崩落する少し前にすべり発生している場合が多い。このとき樹木の根は、変位量を一定以下に抑えるように作用していると考えられる。
【0049】
すべり面の強度は、粘着力と内部摩擦角の二つであるが、すべり発生に至る段階で緩み層、とくにすべり面付近の粘着力が低下することで、力の均衡が失われる過程である。このとき重要な粘着力は、大きく分けて固結力した物体に働く正規の粘着力Cと、未固結層に働く一時的な見かけの粘着力C’の二種類が存在している。未固結であるところの表土層及び緩み層にはC’のみが働くことになる。
【0050】
この一時的な力である見かけの粘着力C’は物体の変形に対する抵抗力として発揮され、その多くは大気による負圧であり強い力が短期間に働いた場合に発揮され、長期にわたり働く荷重に対しては抵抗できない。従って長雨等の状況下では、不安定な地層は徐々にクリープを生じ、θはφに限りなく近づいていく。
【0051】
地下水上昇時に働く見かけの粘着力C‘は土塊幅Lの面で作用するので、その力は、C’・Lで発揮される。これとつり合うのが降雨による重量増加分のd・L・γw・tanθであり、単位幅として両辺のLを除き、緩み層厚dを亀裂を除いた有効見かけ層厚dnとすれば、有効見かけの粘着力C’nは、
C’n=dn・γw・tanθ・・・(4)
となり、d=(L・γw)/tanθを変形したL・γw=d・tanθと同じ形であるので、C’=L・γwであり、これにより亀裂は粘着力と緩み層中の地下水による最大重量増加の偏心分量と粘着力とがつり合った位置に発生することになることを示している。
【0052】
θ=φの緩み層では、降雨によって地下水位が上昇した場合、その重量を支えるのがC’であり、C’の大きさにより維持できる表土層厚が決まることになる。もし緩み層に幾ばくかの正規の粘着力C0があった場合は、θ=C0+φとなって、φ’=C0+φという見かけの内部摩擦角φ’を生じるであろう。φには45度以下という制約があり、緩い土砂のφは45度以下であるが、風化土や軟岩ではθ=C0+φなので45度以上の斜面を維持することができる。
【0053】
このように安定に大きく影響するところの土塊幅Lの実体は粘着力C’であることがわかる。降雨時に見かけの粘着力C’を発生することで土塊は一時的に安定し、その緩み層厚dがC’/tanθを超えた場合に粘着力が不足して、図学上の限界高さである、L/tanθを保てなくなり転倒するのである。
【0054】
次にすべり面の安定を考える。
これまで転倒の安定から緩み層の見かけの粘着力C‘を推定した。このC’を使った場合、すべりに対する安定はどうであろうか。緩み層の現状を説明できるのは地下水が地表にある状態でFs=1.0の植生量で調整された均衡斜面と考えて、転倒の安定から求めたC‘を一般的な安定解析式である式1に代入する。
【0055】
この場合、Cの項のγwは1.0であるので、省略して数式1のCの項にd・tanθを代入して、最高水位の安全率をFs=1.0として安定解析式1で逆算すると、φまたはφ’はすべての緩み層斜面のθと一致する。緩み層の代表である表土の場合、φ=θであり、不安定な地層が徐々にクリープを生じ、θはφに限りなく近づいていくことが計算上でも証明される。
【0056】
数式1のCの項にd・tanθを、そしてφの項にすべり面または斜面の平均傾斜角θをあてることで、数式1は数式5となり、強度常数のCとφはθの関数となって消滅し、そして斜面の安定は単にdとuで決まることになる。dは基盤層に対しての緩み層厚であり、緩み層がさらに亀裂によりn割に低下した時の有効緩み層厚dnであり、この状況で安定計算を行う。亀裂がない場合はd10であり、緩み層の半分まで亀裂を生じた状態はd5で表す。この場合、式5のようになる。
1+{(dn−u)・tanθ}/W・sinθ=Fs・・・(5)
ここにdn:有効緩み層厚、W:土塊重量、θ:すべり面または斜面の平均傾斜角、u:間隙水圧、 Fs:安全率である。
【0057】
なお、この数式5は数式1を以下のように変形することによって得られる。
まず、数式1のC中にd・tanθを入れると、以下の式6になる。
{d・γw・L・tanθ+(W・cosθ−u・L)・tanθ}/W・sinθ=Fs・・・(6)
式6を展開すると、
{d・γw・L・tanθ+W・cosθ・tanθ−u・L・tanθ}/W・sinθ=Fs
となるので、左側の第一項と第二項の順番を変えると、
{W・cosθ・tanθ+d・γw・L・tanθ−u・L・tanθ}/W・sinθ=Fs
となり、さらに展開すると、
W・cosθ・tanθ/W・sinθ+d・γw・L・tanθ/W・sinθ−u・L・tanθ/W・sinθ=Fs
となる。cosθ・tanθ=sinθなので、左側の第一項は1となり、
1+(d・γw・L・tanθ−u・L・tanθ)/W・sinθ=Fs
Lを単位幅とし、さらにγWは1なので、以下の数式5が得られる。
1+{(d−u)tanθ}/W’・sinθ=Fs・・・(5)
【0058】
このとき数式5の安全率は、1+変数の形にとなっていて、亀裂により緩み層厚がn割に減少した有効緩み層厚dn−unが常にFs=1.0である。計算の一例としてたとえばdが5割に減少したd5の状態で、地下水位が層厚の6割に達したu6のとき、すなわち変数部分が5−6でマイナス側になったとき崩壊が発生することを示している。
【0059】
そこで重要なのは有効層厚が減少した残りの割合nである。崩壊直前の斜面では計器によりヒズミを観測はできない。その代わりに植生を考慮して降雨量を指標とした不安定度からヒズミを推測して亀裂を生じたあとの、有効層厚dnならびに見かけの有効粘着力C’nを推定する。
【0060】
また地下水位は直接、観測することが難しいので、雨水流入量Qを時間雨量から推測したり、タンクモデルその他で地下水位を推定したりすることで、不確定数はなくなり、あとは気候・標準地質・地形・植生等の環境要因を係数で調整しておくことで、表土斜面の安定計算は、連続雨量によるヒズミから粘着力の低下を求め、時間降雨強度から地下水位を求める。
【0061】
斜面の外見はすべて異なるが、本手法により斜面の内的な力の均衡としてはすべて同じであり、モール・クーロンの破壊基準と、重力と、基盤の性質及びその傾きと、気候と、植生とが安定度という面で均衡しているとの概念を前提とすると、各種の現象が説明できることを述べてきた。これまではこの一部しか考慮しなかったために、崩壊予測もできなかった。本手法はこれまでの方法を修正して、斜面の力の平衡機構を明らかにして、主な変動要因である雨量から、斜面の均衡の崩れの程度を算出して崩壊を予測することができるのである。
【実施例】
【0062】
将来の斜面のありようを予測するためには当然、実際に発生した崩壊現象も説明できなければならない。そこで本手法の有効性を検証する目的で平成25年10月に発生した伊豆大島での土砂災害の実例で本手法による崩壊予測を
図5に示す範囲で実施した。
平成25年10月15日から16日にかけての台風26号襲来による伊豆大島元町の東側山腹において発生した土砂災害発生斜面であり、谷の深い北側のA区域、中央のなだらかなB区域、谷の深い南側のC区域の3区域とした。
【0063】
これらの区域において2種類の地質係数を使って、同年の春より崩壊までの雨量から崩壊直前のヒズミを算出したうえで、当日の雨量に基づいて各斜面において崩壊の有無を本手法によって解析したのが
図6、
図7であり、1/2,500地形図に崩壊と判定された斜面を黒色、崩壊水位の50%に水位が上昇した危険斜面を黒点で示していて、これらは実際の崩壊状況である灰色
図8内の黒斜線部とほぼ一致する。なお崩壊と判定したにもかかわらず実際に崩壊しなかった部分は黒色のままである。
【0064】
砂質で粘性に乏しい伊豆大島の地質を考えると、地質係数Xは1.1〜1.2と考えられるが、そのなかで谷が多く発達した区域は、地形形成が少し古いので、地質係数は粘性の多少高い1.1とし、谷の発達が悪いB区域は、新しい噴出物からなると考えられるので、地質係数は粘性が乏しいとの判断で1.2とした。これらの値はマサ土とほぼ同じであり、地質から容易に設定しうる係数である。また平成25年までに崩壊していると考えられる連続雨量800mm、時間雨量100mmの条件でFs<1.0の限界地下水上昇比を2の超える斜面をすでに崩壊した未成熟な斜面として、緩み層厚を通常の20%に減じている。
【0065】
以上の設定で連続雨量と崩壊時の時間降雨量との関係をB区域で解析した崩壊数のシミュレーション
図9に示すように、連続雨量と時間雨量との関係は、太い矢印付き黒線で示した状況で推移している。これによると崩壊は時間雨量60mmの15日24時までは崩壊はほとんどなく、60mmを超える16日1時頃より少しずつ崩壊が始まり、時間雨量80mmを超えた16日午前2時前後から急激に増えて、崩壊は午前3時から4時にかけてピークをむかえる。
【0066】
崩壊時刻はこの状況を伊豆大島の各所に設置された地震計は、この解析とほぼ同じ動きを記録している。たとえば三原山山頂の地震計では、2時03分に最初の大きな衝撃振動をとらえている。続いて2時23分頃同様の振動をとらえ、その後、山頂の地震計は2時30分に通信断で記録は途絶えた。
図10
【0067】
この様な強い振動は3時15分までに合計6回あった。すべて1〜2分の間の振動であり、土石流が流下する振動ではなく、斜面から崩れた土砂が谷に直角に近い形で衝突した際の振動であると考えられる。本手法による解析では、2時〜3時にかけて最も多くの斜面が崩壊し、地震計の記録とほぼ一致している。
【0068】
伊豆大島の土砂災害で、予測が最も難しかったのは、流下した一部の土砂が流域界の尾根を乗り越えて南側の神達地区に流入したことである。この原因は、伊豆大島の大金沢付近の地形が、中流部から上部の大島スカイラインに向けて扇を広げたような地形にあり、扇の要にあたる中流の狭さく部に土砂が集中し、この谷の部分が一時的に土砂により閉塞されて谷が埋積されて尾根の比高が減少し後続の土石流が直進して尾根を乗り越えて神達地区に土砂が達した。そして、このことをあたかも予測するように古い集落は神達地区をさけているのである。
【0069】
このとき表層崩壊が一斉に生じなければ、土石流は通常どおり谷に沿って流下し、流れ下って下流の砂防ダムに堆砂した可能性が高い。今回の伊豆大島における土石流被害が拡大した原因は、斜面が数時間の内に一斉に崩壊したことにある。極端な集中豪雨にもあるが、当地区の植生が地域になじんで均衡斜面が広く形成されていたことが一斉崩壊の理由と考えられる。斜面が多様であれば、崩壊時刻もばらついていたであろう。本発明理論の基本的な考え方である斜面は巧妙に均衡を保つように作られている。
【0070】
本発明手法は有効な方法であるが、ただ適用できるのは、緩み層の崩壊予測である。緩み層がなくて地層中にすでに断層などの明瞭すべり面が存在している場合は、予測できない恐れがある。この例としては深層崩壊の一部が考えられる。また植生があっても表土層厚が薄い場合は、地下水流が狭い面積を多くの地下水が流下するので流速を増して、基盤面と緩み層との境界付近が地下侵食を受ける場合も同様に予測が難しい。ただし表層崩壊に限る場合は、この二つの例外はさほど多くないと考えられる。