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特開2016-211360既存建築物の増築方法及び耐震改修方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-211360(P2016-211360A)
(43)【公開日】2016年12月15日
(54)【発明の名称】既存建築物の増築方法及び耐震改修方法
(51)【国際特許分類】
   E04G 23/02 20060101AFI20161118BHJP
   E04H 9/02 20060101ALI20161118BHJP
   F16F 15/04 20060101ALI20161118BHJP
   F16F 15/023 20060101ALI20161118BHJP
【FI】
   E04G23/02 J
   E04H9/02 301
   E04H9/02 341C
   E04H9/02 351
   F16F15/04 P
   F16F15/023 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-76230(P2016-76230)
(22)【出願日】2016年4月6日
(31)【優先権主張番号】特願2015-91796(P2015-91796)
(32)【優先日】2015年4月28日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】515116249
【氏名又は名称】UAO株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094835
【弁理士】
【氏名又は名称】島添 芳彦
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 麻理
(72)【発明者】
【氏名】森本 剛
【テーマコード(参考)】
2E139
2E176
3J048
【Fターム(参考)】
2E139AA01
2E139BB07
2E139BB24
2E139BB42
2E139BB52
2E139CA02
2E139CC08
2E176AA01
2E176BB33
3J048AA02
3J048CB30
3J048DA01
3J048EA38
(57)【要約】
【課題】既存建築物に作用する地震力を増大することなく、上層増築部分を増築するとともに、上層増築部分の質量を利用して既存建築物の地震時の負荷を軽減する。
【解決手段】既存建築物(B)の最上層階、或いは、既存建築物の最上層部の複数階の構造体(2)が撤去され、既存建築物の鉛直荷重(Wb)が軽減する。撤去により軽減した鉛直荷重(Wx)以下の荷重(Wa)を有する複数階層の上層構造体(A)が、既存建築物の最上部に増築される。上層構造体の床面積(Sa)は、撤去された構造体の床面積(Sx)よりも大きい。既存建築物の頂部(10)と上層構造体の基部(11)との間に免震装置(3)及び制振装置(4)が介装される。上層構造体の鉛直荷重は、免震装置を介して既存建築物に伝達し、既存建築物によって支持される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
既存建築物の最上部に上層構造体を増築するとともに、既存建築物及び上層構造体の間の層間領域に免震装置又は制振装置を配設する既存建築物の増築方法において、
既存建築物の最上層階、或いは、既存建築物の最上層部の複数階の構造体を撤去して既存建築物の鉛直荷重を軽減し、
前記構造体の撤去により軽減した鉛直荷重と等しく又は該鉛直荷重よりも小さい鉛直荷重を有する複数階層の上層構造体であって、撤去された構造体の床面積よりも大きい床面積を有する上層構造体を前記既存建築物の最上部に増築し、
前記既存建築物の頂部と前記上層構造体の基部との間に免震装置及び制振装置を介装し、該免震装置を介して前記上層構造体の鉛直荷重を前記既存建築物の既設構造体に伝達し、該既設構造体によって支持することを特徴とする既存建築物の増築方法。
【請求項2】
撤去された前記構造体の階層数よりも多い階層数の上層構造体、撤去された前記構造体の最大平面寸法よりも大きい最小平面寸法を有する上層構造体、或いは、外気開放空間を最下部に有する上層構造体が、前記既存建築物の最上部に増築されることを特徴とする請求項1に記載の増築方法。
【請求項3】
前記上層構造体は、軽量な金属製軸組部材の軽量骨組により構築され、前記上層構造体の外壁は、軽量パネル部材からなり、前記上層構造体の単位床面積当たりの鉛直荷重は、撤去された前記構造体の単位床面積当たりの鉛直荷重の1/2以下に設定されることを特徴とする請求項1又は2に記載の増築方法。
【請求項4】
既存建築物の最上部に上層構造体を増築するとともに、既存建築物及び上層構造体の間の層間領域に免震装置又は制振装置を配設する既存建築物の耐震改修方法において、
既存建築物の最上層階、或いは、既存建築物の最上層部の複数階の構造体を撤去して既存建築物の鉛直荷重を軽減し、
前記構造体の撤去により軽減した鉛直荷重と等しく又は該鉛直荷重よりも小さい鉛直荷重を有する複数階層の上層構造体であって、撤去された構造体の床面積よりも大きい床面積を有する上層構造体を前記既存建築物の最上部に増築し、
前記既存建築物の頂部と前記上層構造体の基部との間に免震装置及び制振装置を介装し、該免震装置を介して前記上層構造体の鉛直荷重を前記既存建築物の既設構造体に伝達し、前記上層構造体に作用する地震荷重を前記既設構造体によって支持するとともに、前記上層構造体の質量と前記既存建築物との間に生じる地震時の位相の相違と、前記上層構造体及び既存建築物の応答剪断力の軽減とにより、建築物全体の耐震性を向上することを特徴とする既存建築物の耐震改修方法。
【請求項5】
撤去された前記構造体の階層数よりも多い階層数の上層構造体、撤去された前記構造体の最大平面寸法よりも大きい最小平面寸法を有する上層構造体、或いは、外気開放空間を最下部に有する上層構造体が、前記既存建築物の最上部に増築されることを特徴とする請求項4に記載の耐震改修方法。
【請求項6】
前記上層構造体は、軽量な金属製軸組部材の軽量骨組により構築され、前記上層構造体の外壁は、軽量パネル部材からなり、前記上層構造体の単位床面積当たりの鉛直荷重は、撤去された前記構造体の単位床面積当たりの鉛直荷重の1/2以下に設定されることを特徴とする請求項4又は5に記載の耐震改修方法。
【請求項7】
耐震性能指標Isが0.6未満の値である既存不適格建築物を耐震改修する耐震改修方法において、
既存不適格建築物の最上層階、或いは、既存不適格建築物の最上層部の複数階の構造体を解体・撤去して減築することにより、該建築物の鉛直荷重を軽減し、
前記構造体の解体・撤去により軽減した鉛直荷重と等しく又は該鉛直荷重よりも小さい鉛直荷重を有する上層構造体を前記建築物の最上部に増築するとともに、該建築物の頂部と前記上層構造体の基部との間に免震装置及び制振装置を介装し、該免震装置を介して前記上層構造体の鉛直荷重を前記建築物の既設構造体に伝達し、
前記上層構造体を同調質量ダンパーとして使用して、前記既設構造体の地震時の最大層間変形角を低減することを特徴とする耐震改修方法。
【請求項8】
前記建築物の耐震性能指標Isが0.4以上であり、前記既設構造体の耐震改修を省略するのに必要とされる最小限の減築層数として定義される必要減築率ηが、0.25以下に設定されることを特徴とする請求項7に記載の耐震改修方法。
【請求項9】
前記建築物の耐震性能指標Isが0.3以上であり、前記既設構造体の耐震改修を省略するのに必要とされる最小限の減築層数として定義される必要減築率ηが、0.3≧η≧0.1の範囲内であって、前記耐震性能指標Isに対してη≧0.8−1.3×Isの範囲内(β)に設定されることを特徴とする請求項7に記載の耐震改修方法。
【請求項10】
前記上層構造体の平面寸法W及び高さ寸法Vに関し、短辺方向の平面寸法Wに対する高さ寸法Vの比を1.6以下の値に設定することを特徴とする請求項7乃至9のいずれか1項に記載の耐震改修方法。
【請求項11】
前記建築物の基礎は、直接基礎又は直基礎であることを特徴とする請求項7〜10のいずれか1項に記載の耐震改修方法。
【請求項12】
前記免震装置を前記既設構造体の最上部に連結するための免震装置用基礎が、該既設構造体の最上層スラブの上面及び下面に形成され、上下の基礎は、前記最上層スラブを貫通する鉄筋又はボルトによって一体的に連結されることを特徴とする請求項7〜11のいずれか1項に記載の耐震改修方法。
【請求項13】
前記最大層間変形角を低減するために、減築層数を増大し、前記最大層間変形角を増大するために、減築層数を低減することを特徴とする請求項7〜12のいずれか1項に記載の耐震改修方法。
【請求項14】
前記免震装置が構成する免震層の剛性を調整又は設定変更することによって、前記最大層間変形角を修正することを特徴とする請求項7〜13のいずれか1項に記載の耐震改修方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、既存建築物の増築方法及び耐震改修方法に関するものであり、より詳細には、既存建築物を増床するとともに、既存建築物の耐震改修工事を簡素化、簡略化又は省略可能にする既存建築物の増築方法及び耐震改修方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
建築物の耐震化技術として、(1)耐力壁又は耐震フレーム等の増設、耐震ブレースの新設、柱・基礎等の補強などにより建築物を耐震補強する耐震技術(特開2010-229800号公報等)、(2)積層ゴムアイソレータ、すべり免震支承等の免震装置を基礎又は中間階に設置し、地盤の揺れに建物が追随しないようにする免震技術(特許第3381066号公報等)、(3)制振ダンパー等のエネルギー吸収機構を建物に組込み、地震時の建物の揺れを抑制し、構造体の損傷を防止する制振技術(特開2010-281171号公報等)が知られている。一般に、これら異種の耐震化技術は、単独で建築物に適用され、或いは、複合的に建築物に適用される。
【0003】
近年、都市部又は市街地の既存建築物の耐震化を促進する耐震化促進の政策又は施策が注目されており、既存建築物の耐震化を効果的に実施する技術が各方面で議論されている。しかしながら、既存建築物の耐震化は、建築物の不動産価値及び安全性を向上させる一方、建物の所有者に多大な経済的負担を課す結果を招く。しかも、建築物の耐震化は、建物の運営上又は経営上の利益に直接的に反映し難いことから、建物所有者が耐震化に要した経済的負担を建物の運営又は経営上の利益によって早期に補償又は回収することは、現実には、極めて困難である。このため、都市部又は市街地の既存建築物の耐震化は、所望の如く普及・促進し難い事情がある。
【0004】
既存建築物の増築と関連して建物を耐震化する技術として、既存建築物の最上部を増築するとともに、剛性機構(免震装置)及び制振機構(オイルダンパー)を上層増築部分に配置する既存建築物の増築方法が、特開2010-242449号公報に記載されている。また、既存建築物の最上層部を増築するとともに、免震支承を上層増築部分に配置し、建築物を中間層免震により耐震化する既存建築物の増築方法が、特開2009-57736号公報に記載されている。
【0005】
図4は、特開2010-242449号公報(特許文献4)に記載された既存建築物の耐震改修方法を概略的に示す建築物の概略断面図である。
【0006】
図4(A)には、階数N(地上階)及び地下1階の既存建築物Bが示されている。図4(B)に示す如く、階数n(例えば、階数n=2又は3)の上層増築部分Aが既存建築物の上層に増築される。上層増築部分Aと既存建築物Bとの間の層間領域には、架台Dが配置され、架台Dは、既存建築物Bの外側に配置された複数の柱Cによって支持される。柱Cは、基礎J(或いは、地盤Gに新設又は増設された基礎(図示せず))上に立設される。剛性機構を構成する免震装置Kと、制振機構を構成するオイルダンパーMとが、架台Dと上層増築部分Aとの間に介装される。このような既存建築物の増築方法によれば、増築部分の質量をマスダンパーとして利用したマスダンパー型制振構造を既存建築物に適用し、これにより、既存建築物を耐震化し得るのみならず、建物の床面積増大(増床)に伴う賃貸収入等の増収により、建物の運営又は経営上の利益を増収・増益し得ると考えられ、従って、増床に伴う賃貸収入等の増収により、耐震化に要する費用を比較的早期に補償又は回収し得るかもしれない。このような観点より、既存建築物の増床を伴う既存建築物を耐震改修方法は、都市部又は市街地の既存建築物の耐震化を促進する上で優位な手法であると考えることができる。
【0007】
図5は、特開2009-57736号公報(特許文献5)に記載された既存建築物の耐震改修方法を概略的に示す建築物の概略断面図である。
【0008】
図5(A)には、階数N(地上階)及び地下1階の既存建築物Bが示されている。図5(B)に示す如く、階数n(例えば、階数n=2〜3)の上層増築部分Aが既存建築物の上層に増築される。上層増築部分Aと既存建築物Bとの間の層間領域には、免震支承K'が配置される。免震支承K'は、増設支柱C'の頂部に支持される。増設支柱C'は、既存建築物Bの既存柱(図示せず)の周囲又は近傍に新たに増設された柱であり、既存建築物Bの基礎J(或いは、地盤Gに新設又は増設された基礎(図示せず))によって支持される。このような既存建築物の増築方法によれば、建物の床面積増大(増床)に伴う賃貸収入の増大等により、建物の運営又は経営上の利益が増大し得るので、既存建築物Bの耐震化に要する費用を比較的早期に補償又は回収し得ると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2010-229800号公報
【特許文献2】特許第3381066号公報
【特許文献3】特開2010-281171号公報
【特許文献4】特開2010-242449号公報
【特許文献5】特開2009-57736号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、上層増築部分Aの荷重Waが既存建築物Bに作用すると、既存建築物Bに作用する地震力(地震加速度k×荷重W)が増大する。このため、特許文献4の技術の如く上層増築部分Aの質量を利用したマスダンパー型制振構造を増築後の建築物に適用して、増築後の建築物の耐震性を最適化し得たとしても、地震時における既存建築物Bの負荷が増大する結果、増築前の既存建築物Bの耐震補強以上に既存建築物Bを耐震補強する必要が生じる。
【0011】
この点は、特許文献5の技術においても同様であり、上層増築部分Aの荷重Waが既存建築物Bに作用すると、既存建築物Bに作用する地震力(地震加速度k×荷重W)が増大するので、地震時における既存建築物Bの負荷が増大する結果、増築前の既存建築物Bの耐震補強以上に既存建築物Bを耐震補強する必要が生じる。
【0012】
このため、従来の増築方法(特許文献4、5)においては、上層増築部分Aの荷重Waを基礎J又は地盤Gに直に伝達する柱C:C'を既存建築物Bに新設し、上層増築部分Aの荷重Waを柱C:C'によって直に支持することにより、上層増築部分Aの荷重Waが既存建築物Bに作用するのを回避せざるを得ない。
【0013】
しかしながら、柱C:C'を支持する基礎の新設又は増設の必要性、地盤支持力を確保する地盤改良又は杭増設の必要性、既存建築物の構造体と新設の柱C:C'との挙動の相違、柱C:C'の座屈防止、柱C:C'の施工性等を考慮すると、上層増築部分Aの荷重Waを支持する柱C:C'の新設は、現実には、極めて困難である。このため、柱C:C'を新設せず、しかも、既存建築物Bに作用する地震力を増大することなく、上層増築部分を増築することができ、しかも、上層増築部分Aの荷重Waを利用して既存建築物Aの地震時の負荷を軽減することが可能であれば、実用上、極めて有益である。
【0014】
本発明は、このような課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、既存建築物に作用する地震力を増大することなく、上層増築部分を増築するとともに、上層増築部分の質量を利用して既存建築物の地震時の負荷を軽減することができる既存建築物の増築方法及び耐震改修方法を提供することにある。
【0015】
他の観点より、本発明は、耐震性能指標Isが0.6未満の値である既存不適格建築物を耐震改修する耐震改修方法において、既設構造体を構造的に改変する耐震改修工事を少なくとも部分的に省略し、或いは、実質的に完全に省略することができる既存不適格建築物の耐震改修方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、上記目的を達成すべく、既存建築物の最上部に上層構造体を増築するとともに、既存建築物及び上層構造体の間の層間領域に免震装置又は制振装置を配設する既存建築物の増築方法において、
既存建築物の最上層階、或いは、既存建築物の最上層部の複数階の構造体を撤去して既存建築物の鉛直荷重を軽減し、
前記構造体の撤去により軽減した鉛直荷重と等しく又は該鉛直荷重よりも小さい鉛直荷重を有する複数階層の上層構造体であって、撤去された構造体の床面積よりも大きい床面積を有する上層構造体を前記既存建築物の最上部に増築し、
前記既存建築物の頂部と前記上層構造体の基部との間に免震装置及び制振装置を介装し、該免震装置を介して前記上層構造体の鉛直荷重を前記既存建築物の既設構造体に伝達し、該既設構造体によって支持することを特徴とする既存建築物の増築方法(請求項1)を提供する。
【0017】
本発明は又、既存建築物の最上部に上層構造体を増築するとともに、既存建築物及び上層構造体の間の層間領域に免震装置又は制振装置を配設する既存建築物の耐震改修方法において、
既存建築物の最上層階、或いは、既存建築物の最上層部の複数階の構造体を撤去して既存建築物の鉛直荷重を軽減し、
前記構造体の撤去により軽減した鉛直荷重と等しく又は該鉛直荷重よりも小さい鉛直荷重を有する複数階層の上層構造体であって、撤去された構造体の床面積よりも大きい床面積を有する上層構造体を前記既存建築物の最上部に増築し、
前記既存建築物の頂部と前記上層構造体の基部との間に免震装置及び制振装置を介装し、該免震装置を介して前記上層構造体の鉛直荷重を前記既存建築物の既設構造体に伝達し、前記上層構造体に作用する地震荷重を前記既設構造体によって支持するとともに、前記上層構造体の質量と前記既存建築物との間に生じる地震時の位相の相違と、前記上層構造体及び既存建築物の応答剪断力の軽減とにより、建築物全体の耐震性を向上することを特徴とする既存建築物の耐震改修方法(請求項4)を提供する。
【0018】
なお、上記鉛直荷重は、建築物の固定荷重と、長期荷重(常時荷重)として建物に作用する積載荷重との合計値、即ち、長期鉛直荷重であり、多雪地域の建築物にあっては、長期荷重(常時荷重)として建物に作用する積雪荷重を含む。
【0019】
本発明の上記構成によれば、既存建築物の最上層階、或いは、既存建築物の最上層部の複数階の構造体が撤去され、既存建築物の鉛直荷重が軽減した後、軽減した鉛直荷重と同等以下の鉛直荷重を有する上層構造体が、既存建築物の上部に構築される。既存建築物の上部構造体の撤去に伴って、既存建築物の既設構造体全体の重心位置は、下方に変位する。鉛直荷重及び地震荷重に対する既存建築物の負荷(増築後)は、増築前の負荷と同等、若しくは、増築前の負荷よりも軽減する。
【0020】
また、上記構成によれば、上層構造体の質量(マス)と既存建築物(下部構造体)との間に生じる地震時の位相の相違を利用したマスダンパー型制振構造が既存建築物に適用されるとともに、上層構造体及び既存建築物の応答剪断力をいずれも軽減する中間層免震構造が既存建築物に適用される。このため、増築部分を含む建築物全体の耐震性が向上する。
【0021】
かくして、本発明の増築方法及び耐震改修方法によれば、上層構造体(上層増築部分)の荷重を直に支持する柱等の構造部材を新設又は増設せず、基礎の増築又は改修や、地盤支持力の確保又は杭の増設・補強等を要することもなく、上層構造体を増築することができる。しかも、本発明の増築方法及び耐震改修方法は、既存建築物の既設構造を耐震改修する耐震改修工事の簡略化又は省略を可能にするので、実用的に極めて有利である。
【0022】
加えて、上記増築方法又は耐震改修方法によれば、撤去された構造体の床面積よりも大きい床面積を有する上層構造体が増築されるので、建築物全体の床面積が増大する。建築物の床面積の増大、即ち、増床は、建築物の不動産価値を高めるだけではなく、賃貸収入等の増収により、建物の運営又は経営上の利益の増収・増益をもたらす。このため、既存建築物の耐震改修に要する費用を比較的早期に補償・回収することが可能となる。これは、市街地又は都市部の既存建築物の耐震化を促進する上で現実的に極めて有効な対策である。
【0023】
好ましくは、撤去された上記構造体の階層数よりも多い階層数の上層構造体、撤去された上記構造体の最大平面寸法よりも大きい最小平面寸法を有する上層構造体、或いは、外気開放空間を最下部に有する上層構造体が、上記既存建築物の最上部に増築される。
【0024】
更に好ましくは、上層構造体は、軽量鉄骨等の軽量軸組部材の骨組により構築され、上層構造体の外壁は、金属カーテンウォール等の軽量パネル部材からなり、上層構造体の単位床面積当たりの鉛直荷重は、撤去された上記構造体の単位床面積当たりの鉛直荷重の2/3以下、好適には、1/2以下、更に好適には、1/3以下に設定される。
【0025】
他の観点より、本発明は、耐震性能指標Isが0.6未満の値である既存不適格建築物を耐震改修する耐震改修方法において、
既存不適格建築物の最上層階、或いは、既存不適格建築物の最上層部の複数階の構造体を解体・撤去して減築することにより、該建築物の鉛直荷重を軽減し、
前記構造体の解体・撤去により軽減した鉛直荷重と等しく又は該鉛直荷重よりも小さい鉛直荷重を有する上層構造体を前記建築物の最上部に増築するとともに、該建築物の頂部と前記上層構造体の基部との間に免震装置及び制振装置を介装し、該免震装置を介して前記上層構造体の鉛直荷重を前記建築物の既設構造体に伝達し、
前記上層構造体を同調質量ダンパーとして使用して、前記既設構造体の地震時の最大層間変形角を低減することを特徴とする耐震改修方法(請求項7)を提供する。
【0026】
本発明の上記構成によれば、既存不適格建築物の最上部を減築する頂部減築により建物の質量を減少させた上で、上層構造体が増築される。このような減築及び増築は、既存部分の構造負荷の増大を回避する上で有効であるばかりでなく、建物全体に占める上層構造体の割合又は比率を増大せしめる。このため、剛性及び耐力を適正化した免震層を介して上層構造体を支持し、その質量を同調質量ダンパー(TMD)として使用することにより、既設構造体の地震時の最大層間変形角を低減することができる。かくして、本発明によれば、減築に起因した応答低減効果(慣性質量低減効果)と、免震層を介して増築した上層構造体の制振効果による応答低減効果(制振効果)とにより、既存不適格建築物の地震応答が軽減するので、既存不適格建築物の耐震改修工事を簡略化し、或いは、その耐震改修工事を省略することが可能となる。なお、「減築」は、既存建築物の上部構造体を解体・撤去して建物の高さ及び床面積を減少させる既存建築物の改造又は改築を意味する。
【0027】
本発明の好適な実施形態においては、必要減築率ηが耐震性能指標Isと関連して定められ、必要減築率ηに適合するように減築層数が決定される。必要減築率ηは、上記既設構造体の耐震改修を省略するのに必要とされる最小限の減築層数である。例えば、上記建築物の耐震性能指標Isは、0.4以上の値であり、必要減築率ηは、0.25に設定され、或いは、上記建築物の耐震性能指標Isは、0.3以上の値であり、必要減築率ηは、0.41に設定される。本発明の他の好適な実施形態において、上記建築物の耐震性能指標Isは、0.3以上であり、必要減築率ηは、0.3≧η≧0.1の範囲内であって、耐震性能指標Isと関連してη≧0.8−1.3×Isの範囲内(β)に設定される。
【0028】
好ましくは、上記上層構造体の平面寸法W及び高さ寸法Vに関し、短辺方向の平面寸法Wに対する高さ寸法Vの比が1.6以下の値に設定され、上記建築物の基礎は、直接基礎又は直基礎であり、上記免震装置を上記既設構造体の最上部に連結するための免震装置用基礎が、既設構造体の最上層スラブの上面及び下面に形成され、上下の基礎は、最上層スラブを貫通する鉄筋又はボルトによって一体的に連結される。
【0029】
好ましくは、上記最大層間変形角を低減するために、減築層数を増大し、或いは、最大層間変形角を増大するために、減築層数を低減することにより、上記耐震改修方法が最適化される。所望により、上記免震装置が構成する免震層の剛性が調整又は設定変更され、これにより、上記耐震改修方法を最適化するように最大層間変形角が修正される。
【発明の効果】
【0030】
本発明に係る既存建築物の増築方法及び耐震改修方法によれば、既存建築物に作用する地震力を増大することなく、上層増築部分を増築するとともに、上層増築部分の質量を利用して既存建築物の地震時の負荷を軽減することができる。
【0031】
また、本発明に係る既存不適格建築物の耐震改修方法によれば、耐震性能指標Isが0.6未満の値である既存不適格建築物を耐震改修する耐震改修方法において、既設構造体を構造的に改変する耐震改修工事を少なくとも部分的に省略し、或いは、実質的に完全に省略することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1図1は、本発明の好適な実施形態に係る既存建築物の増築方法及び耐震改修方法を概略的に示す既存建築物の概略断面図である。
図2図2は、本発明の他の好適な実施形態に係る既存建築物の増築方法及び耐震改修方法を概略的に示す既存建築物の概略断面図である。
図3図3は、本発明の更に他の好適な実施形態に係る既存建築物の増築方法及び耐震改修方法を概略的に示す既存建築物の概略断面図である。
図4図4は、特開2010-242449号公報(特許文献4)に記載された既存建築物の耐震改修方法を概略的に示す建築物の概略断面図である。
図5図5は、特開2009-57736号公報(特許文献5)に記載された既存建築物の耐震改修方法を概略的に示す建築物の概略断面図である。
図6図6(A)は、必要減築率ηと耐震性能指標Isとの関係を示す線図であり、図6(B)は、減築階数と耐震性能指標Isとの関係を例示する図表である。
図7図7(A)は、建物頂部の形態を概略的に示す平面図であり、図7(B)は、既存建築物の立面形態を概略的に示す立面図であり、図7(C)は、増築建物部分の正面及び側面の形態を概略的に示す立面図である。
図8図8は、減築後の既存建築物の頂部と免震装置との連結方法を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、添付図面を参照して、本発明の好適な実施形態に係る既存建築物の増築方法及び耐震改修方法を説明する。
【0034】
図1は、本発明の好適な実施形態に係る既存建築物の増築方法及び耐震改修方法を概略的に示す既存建築物の概略断面図である。
【0035】
図1(A)には、階数N(地上階)及び地下1階の既存建築物Bが示されている。本実施形態に係る既存建築物Bは、RC構造(鉄筋コンクリート構造)又はSRC構造(鉄骨鉄筋コンクリート構造)の建築物であり、各階プラン及び各階床面積が実質的に同一の建築物(例えば、事務所建築物、多目的用途のテナントビル、倉庫ビル、流通・配送センター建物、学校建築物等)である。既存建築物Bは、例えば、昭和56年の建築基準法施行令改正前に市街地に建設された高さH=31m以下、階数N=10階未満の建築物であり、昭和56年の新耐震設計法の適用前に構造設計された建物である。この種の建築物は、現行の耐震基準に基づいてその耐震性を再計算・再検討すると、現行の耐震基準に適合しないものが多いことから、耐震化の必要性が耐震診断によって判定又は認識されることが多く、このため、多くの場合、耐震改修を要する傾向がある。
【0036】
本実施形態の増築方法及び耐震改修方法においては、図1(C)に示す如く、既存建築物Bの最上層部に複数階層(1〜n階)の上層構造体Aが増築される。既存建築物Bは、荷重Wb(固定荷重及び積載荷重を含む長期鉛直荷重)を有し、上層構造体Aは、荷重Wa(固定荷重及び積載荷重を含む長期鉛直荷重)を有するので、単に既存建築物Bの上に上層構造体Aを増築すると、増築後の建築物1は、総荷重W=Wa+Wbになり、従って、増築後の建物に作用する地震力は、概略的には、地震加速度×荷重Wbから地震加速度×荷重W(=Wa+Wb)に増大する。このため、建築物1の既存部分を耐震改修しようとすると、従来技術の如く、柱の増設又は新設や、基礎の増設又は新設を含む比較的大規模且つ高額な耐震改修工事が必要となる。
【0037】
このため、本実施形態の増築方法及び耐震改修方法においては、図1(A)及び図1(B)に示す如く、既存建築物B上に上層構造体Aを増築する前に減築され、既存建築物Bの上部構造体2が解体・撤去される。荷重Waの上部構造体2を解体・撤去した後の既存建築物Bの荷重Wcは、荷重Wb−荷重Wxに軽減し、既存建築物Bの重心位置Pは、下方に変位する。解体・撤去すべき上部構造体2は、最上階から階数Xの範囲内の建物部分であり、階数Xは、増築すべき上層構造体Aの荷重Waに相応して設定される。即ち、階数Xは、解体・撤去すべき建物部分の荷重Wxが上層構造体Aの荷重Waよりも大きく、従って、増築後の建築物の総荷重W=Wc+Waが減築前の既存建築物Bの荷重Wb未満になるように設定される。これにより、建築物1の総荷重Wは、減築前の既存建築物Bの荷重Wbよりも減少し、建物全体の軽量化が図られる。
【0038】
上部構造体2の解体・撤去後(減築後)、積層ゴムアイソレータ等の免震装置3が既存建築物Bの頂部10に配設され、上層構造体Aが免震装置3上に構築される。この結果、上層構造体Aの基部11と既存建築物Bの頂部10との間の層間領域に免震層Qが形成される。免震層Qには、上層構造体Aの基部11と既存建築物Bの頂部10とを相互連結する制振ダンパー等のエネルギー吸収機構4が制振装置として配設される。
【0039】
本実施形態において、上層構造体Aは、既存建築物Bの各階プラン及び各階床面積と実質的に同じ各階プラン及び各階床面積を有する。上層構造体Aの階数nは、解体・撤去された上部構造体2の階数Xよりも大きく、例えば、既存建築物Bの最上階のみを解体・撤去した場合(X=1)、その後に増築される上層構造体Aの階数nは、n=2であり、既存建築物Bの最上階及びその下階を解体・撤去した場合(X=2)、その後に増築される上層構造体Aの階数nは、n=3又は4である。
【0040】
上層構造体Aの床面積Saは、解体・撤去された既存構造体の床面積Sxよりも大きく、例えば、X=1、n=2の場合、或いは、X=2、n=4の場合、建物全体の総床面積Sは、既存建築物Bの床面積Sbに比べて面積Sx(=Sa×1/2)だけ増床し、X=2、n=3の場合、建物全体の総床面積Sは、既存建築物Bの床面積Sbに比べて面積Sx×1/2(=Sa×1/3)だけ増床する。
【0041】
このように建物全体の軽量化及び床面積増大(増築荷重Wa<撤去荷重Wx、増築階数n>撤去階数X)を両立させるため、上層構造体Aは、軽量鉄骨又はアルミニウム合金製型材等の軽量骨組により構築され、上層構造体Aの外壁は、金属カーテンウォール、ALC(軽量気泡コンクリート)パネル等の軽量パネルからなり、上層構造体Aの屋根部は、金属製又は樹脂製の軽量屋根材等により形成される。例えば、既存建築物Bの単位重量(固定荷重及び積載荷重)が12kN/m2であるとき、上層構造体Aの単位重量(固定荷重及び積載荷重)は、7kN/m2に設定される。好ましくは、上層構造体Aの単位床面積当たりの鉛直荷重(単位重量)は、上部構造体2(解体・撤去部分)の単位床面積当たりの鉛直荷重(単位重量)の2/3以下、好適には、1/2以下、更に好適には、1/3以下に設定される。
【0042】
このような増築方法及び耐震改修方法によれば、鉛直荷重に対する既存建築物Bの構造負荷は、増築の前後において実質的に同等、或いは、増築後に軽減するので、上層構造体Aの荷重Waを既存建築物Bの既設構造体、既設基礎J及び地盤Gによって支持することができる。しかも、建築物1の総荷重Wが既存建築物Bの荷重Wbと同等以下の荷重であり、既存建築物Bの既設構造体は、その重心位置Pが低位置に変位することから、地震荷重に対する既設構造体の構造負荷は、増築の前後において実質的に同等、或いは、増築後に軽減する。このため、上層構造体Aの荷重Waを直に支持する柱等の構造部材を新設又は増設せず、基礎Jの増築又は改修や、地盤支持力の確保又は杭の増設・補強等を要することもなく、減築前の既存建築物Bに求められた耐震改修と同等又は同等以下の耐震改修を既存建築物Bに適用すれば良い。
【0043】
また、上記増築方法及び耐震改修方法によれば、免震装置3及びエネルギー吸収機構4を有する免震層Qが上層構造体A及び既存建築物Bの間に形成されるので、上層構造体Aの質量と既存建築物Bとの間に生じる地震時の位相の相違を利用したマスダンパー型制振効果(TMD効果)、或いは、上層構造体A及び既存建築物Bの応答剪断力をいずれも軽減する中間層免震効果により、既存建築物Bの耐震化を図ることできる。これは、既存建築物Bの耐震改修工事の簡素化又は簡略化、或いは、耐震改修工事の省略を可能にするので、実用的に極めて有利である。
【0044】
更に、上記増築方法又は耐震改修方法によれば、上層構造体Aの増築により、建築物全体の床面積が増大するので、建築物の不動産価値が高まるだけではなく、賃貸収入の増収等により、建物の運営又は経営上の利益がもたされる。このため、増築費用及び耐震改修費用を比較的早期に回収することが可能となる。従って、上記増築方法又は耐震改修方法は、都市部又は市街地の既存建築物の耐震化を促進する上で極めて有効な手法である。
【0045】
図2は、本発明の他の好適な実施形態に係る既存建築物の増築方法及び耐震改修方法を概略的に示す既存建築物の概略断面図である。
【0046】
前述の実施形態は、既存建築物Bと実質的に同じ各階プラン及び各階床面積を有する上層構造体Aを既存建築物Bの上部に構築し、既存建築物Bの階数N及び高さHを増大する増築方法及び耐震改修方法であるが、市街地又は都市部における都市計画上の高さ制限等の適用により、既存建築物Bの高さHを所望の如く増大し難いことがある。本実施形態は、そのような既存建築物Bに好適に適用し得る構成のものである。
【0047】
図2(A)に示す既存建築物Bは、図2(B)に示す如く、最上階から階数Xの範囲内の上部構造体2が解体・撤去される。図2(C)に示す如く、階数Xと同一、或いは、階数Xよりも少ない階数nの上層構造体Aが増築される。建築物1の全高hは、増築前の高さHと同一、或いは、増築前の高さHよりも低減する。上層構造体Aの外周部は、既存建築物Bの外縁から水平且つ外方にキャンチレバー形式に延出しており、上層構造体Aの各階床面積は、上部構造体2の各階床面積より大きく、上層構造体Aの床面積Saは、撤去された上部構造体2の床面積Sxよりも大きい。従って、建築物1の総床面積Sは、ΔS=Sa−Sxだけ増築後に増大する。図2に示す実施形態の他の構成及び作用・効果は、前述の実施形態と同じであるので、前述の実施形態の説明を引用することにより、重複した説明を省略する。
【0048】
図3は、本発明の更に他の好適な実施形態に係る既存建築物の増築方法及び耐震改修方法を概略的に示す既存建築物の概略断面図である。
【0049】
前述の実施形態に係る建築物1は、免震層Qを介して既存建築物B及び上層構造体Aを実質的に連続的に接続した構造を有するが、本実施形態では、緑化空間、機械設備空間等の多目的用途に利用可能な外気開放空間5が、既存建築物Bと上層構造体Aとの間に形成される。
【0050】
図3(C)に示す如く、外気開放空間5は、免震装置3によって支持された架台6と、架台6に立設された複数の柱7によって形成される。架台6は、エネルギー吸収機構4によって既存建築物Bの頂部10に連結される。所望により、耐震ブレース等の耐震補強部材8が柱7のスパン領域に配設される。図3に示す実施形態の他の構成及び作用・効果は、前述の実施形態と同じであるので、前述の実施形態の説明を引用することにより、重複した説明を省略する。
【0051】
以上説明したとおり、建築物の床面積を増大するための単純な頂部増築だけでは、既存部分の構造負荷が増大するばかりでなく、建物の総重量の増加によって建物基礎の長期応力が許容値を超過する可能性があるが、本発明に係る増築方法では、既存建築物Bの最上層階、或いは、既存建築物Bの最上層部の複数階の構造体2を撤去して既存建築物Bの鉛直荷重Wbを軽減する頂部減築が、増築前に実施される。頂部減築により建物の質量を減少させた上で行う頂部増築によれば、単純な頂部増築によって生じ得る上記の不利又は弊害が解消するばかりでなく、建物全体に占める増築建物部分の割合又は比率が増大する。
【0052】
上記実施形態では、このような上層構造体Aの質量を有効利用すべく、減築後の既存建築物Bの頂部10と、増築された上層構造体Aの基部11との間に免震装置3及び制振装置4が介装され、上層構造体Aの鉛直荷重Waが、免震層Qを介して既存建築物Bの既設構造体に伝達するように設定される。このような構成によれば、剛性及び耐力を適正化した免震層Qを介して上層構造体Aを支持し、その質量を同調質量ダンパー(TMD)として使用することにより、既存建物部分の地震時の最大層間変形角を低減することが可能となる。
【0053】
これは、上部構造体2の減築(頂部減築)と、免震層Qを介してなされる上層構造体Aの増築(頂部増築)とにより、既存建物部分の耐震改修を省略又は簡略化するにもかかわらず、既存建物部分を耐震改修したのと同等の耐震性向上効果を達成し得ることを意味する。そして、このような技術思想は、既存不適格建築物の耐震改修方法として好ましく使用することができ、その場合には、耐震性能指標Isと関連して減築層数を決定した上で、既存建物部分の地震時の最大応答を最小にするように増築建物部分の設計を最適化する最適設計法を採用することが望ましいと考えられる。
【0054】
以下、本発明の増築方法を既存不適格建築物の耐震改修方法として把握し、本発明に係る耐震改修方法の実施形態について説明する。なお、「既存不適格建築物」は、1981年(昭和56年)の建築基準法施行令改正前の耐震基準(旧耐震基準)で設計・施工され、1981年(昭和56年)の建築基準法施行令改正以後の耐震基準(新耐震基準)に適合しない既存建築物を意味する。
【0055】
図6(A)は、必要減築率ηと耐震性能指標Isとの関係を示す線図であり、図6(B)は、減築階数と耐震性能指標Isとの関係を例示する図表である。なお、減築率は、減築層数を減築前の建物の全階数で除した値であり、図6の縦軸の指示値である必要減築率ηは、既存建物部分の耐震改修を省略するのに必要とされる最小限の減築層数である。但し、必要減築率ηは、減築により撤去した上部構造体2の質量と同等の質量の上層構造体Aを増築し、上層構造体Aを同調質量ダンパーとして使用すること(即ち、本発明に従って減築・増築及びTMD制振を実施すること)を条件としたものである。従って、必要減築率ηは、上層構造体AのTMD効果を有効利用して既存建物部分の耐震改修を省略する耐震改修方法において、既存建物部分の耐震改修を省略するのに必要とされる最小限の減築層数として把握し得る。
【0056】
なお、本発明に従って省略又は簡略化し得る既存建物部分の耐震補強工事として、例えば、既存建築物Bの内部構造に対して耐震壁や内部ブレース等を付設する耐震補強工事や、既存建築物Bの外側に外部ブレースや外部バットレス等を新たに設置する耐震補強工事等が挙げられる。
【0057】
図6(A)の横軸の指示値である耐震性能指標Isは、建物の強度、靱性、形状、経年状況等を考慮した構造耐震指標である。耐震改修促進法等では、構造耐震指標の判定基準は、Is値=0.6と規定されている。即ち、Is値<0.6の建物については、耐震補強の必要性があると一般に判断され、他方、Is値≧0.6の建物については、必要な耐震強度を保有する建物(従って、耐震改修を要しない建物)であると一般に判断される。
【0058】
なお、本発明者等の研究(シミュレーション等)において必要減築率ηを特定する際に実際に使用された図6(A)の横軸の数値は、減築前の建物最下層の剪断力係数C1である。しかしながら、旧耐震基準で設計された多くの建物の靱性指標(F値)が概ね1.0〜1.27であり、その形状指標SD×径年指標Tの値が、多くの事例において概ね80〜100%(0.8〜1.0)であるという経験則より、F×SD×Tを1.0であると見做し、上記剪断力係数C1と耐震性能指標Isとを概ね等価な値と見做すことが可能である。このため、図6(A)に示す必要減築率ηの特定においては、横軸の値として、耐震性能指標Isが採用されている。
【0059】
図6(A)には、既存建築物の耐震性能指標Isに対する必要減築率ηを示す曲線が示されており、本実施形態において採用可能な減築率の範囲αが、図6(A)に斜線で示されている。また、図6(B)には、耐震性能指標Isが0.3又は0.4である既存建築物(減築前)に関し、既存建物部分の耐震改修を省略する場合に必要とされる減築階数が、既存建築物の階数(減築前の全階数)との関係で例示されている。
【0060】
図6(B)の図表より明らかなとおり、既存建築物の耐震性能指標Isが0.3である場合、既存建物部分の耐震改修を省略するには、少なくとも既存建物の約50%を減築する必要が生じる。これは、例えば、5階建ての既存建築物において上部3層を撤去し、下部2層のみを残すことを意味しており、減築・増築工事の経済的優位性又は合理性においてその有効性に疑問が生じる。これに対し、既存建築物の耐震性能指標Isが0.4である場合、既存建物の約25%程度の減築、或いは、それ以下の減築であっても、本発明に従って既存建物部分の耐震改修を省略することができる。これは、例えば、4階建ての既存建築物において上部1層を撤去し、下部3層を残すことを意味しており、減築・増築工事の優位性又は合理性を担保し得ると考えられる。
【0061】
既存建物部分の耐震改修を省略するための必要減築率η及び耐震性能指標Isの関係は、図6(A)の線図より、概略的にη=0.8−1.3×Isとして把握することも可能である。例えば、Is値=0.5の既存建築物に関しては、必要減築率ηが0.15であり、従って、10階建ての既存建築物に関しては、上部2層を減築し、減築質量と同一又は同等質量の上層増築を行って増築部分を同調質量ダンパーとして有効に機能せしめることにより、既存建物部分の耐震改修を実施することなく、既存建物部分の耐震性能を新耐震基準に適合させることができる。図6(A)には、η≧0.8−1.3×Is、0.3≧η≧0.1の範囲が符号βで示されている。本発明の耐震改修方法において、必要減築率ηは、範囲β内の値に好ましく設定し得る。
【0062】
ここに、減築層数の設定や、上層構造体Aの設計は、減築・増築後の建築物1の耐震性能を評価した上で最終的に確定すべきものである。具体的には、減築層数の設定、上層構造体Aの構造設計条件の設定、免震層Qの剛性・耐力の設定などに基づいて、既存建物部分の最大層間変形角が求められる。既存建物部分の最大層間変形角が比較的大きく、所定の耐震クライテリアを満たさない場合には、減築層数の増大や、上層構造体Aの構造設計条件の設定変更、免震層Qの剛性・耐力の設定変更などが実施され、既存建物部分の最大層間変形角が再計算される。この手順が順次反復実施され、減築層数、上層構造体Aの構造設計条件、免震層Qの剛性・耐力等の最適化が図られる。
【0063】
以上説明したとおり、本発明の増築方法及び耐震改修方法は、耐震性能指標Isが0.6未満の値である既存不適格建築物を耐震改修する既存不適格建築物の耐震改修方法として把握することができる。この耐震改修方法は、頂部減築・頂部増築を実施し、増築部分の質量を同調質量ダンパー(TMD)として利用して地震動に対する既存建物部分の最大応答を低減し、これにより、既存建物部分の最大層間変形角を低下せしめて、総合的な耐震性能を向上するという技術思想の耐震改修方法である。このような耐震改修方法によれば、既存建物部分の強度及び靱性を向上させる耐震改修を省略し又は簡略化するにもかかわらず、既存不適格建築物の既存建物部分を耐震改修することができる。
【0064】
本発明の耐震改修方法を確実に実施するために考慮すべき附帯的又は付随的な事項として、増築建物部分の整形性、既存建物の基礎構造の種類、免震層の構造等が挙げられる。以下、この点について補足的に説明する。
【0065】
図7(A)は、建物頂部の形態を概略的に示す平面図であり、図7(B)は、既存建築物の立面形態を概略的に示す立面図であり、図7(C)は、増築建物部分の正面及び側面の形態を概略的に示す立面図である。
【0066】
一般に、建物の平面形状には、図7(A)の左図に示す如く、矩形、長方形又は正方形のように整形な形態や、図7(A)の右図に示す如く、台形、五角形、L形、三角形等の不整形な形態があり、また、建物の断面形状には、図7(B)に示す如く、各階を同一平面にした整形な形態や、上階の床面積を漸減させたセットバック形態等の不整形な形態が存在する。頂部域に不整形な平面又は断面形状を有する建物に関して減築・増築及び免震層介装を行った場合、一部の免震装置3の積層ゴムに過大な引張り力が作用する可能性がある。この点を考慮し、図7(C)の左図に示すように増築部分の平面寸法が高さ方向に均一である場合、短辺方向の平面寸法に対する高さ寸法の比(V/W)は、1.6以下に設定され、図7(C)の右図に示すように増築部分の平面寸法が高さ方向に漸減する場合、短辺方向の平面寸法に対する高さの比(V/W)は、1.0以下に設定される。但し、このような高さ及び平面寸法の条件は、厳密には、時刻歴応答解析によって得られる応答加速度やその分布によって求めるべき性質のものである。
【0067】
従って、本発明においては、増築部分の高さ寸法Vの最大値が、短片方向の平面寸法Wによって規定されるとともに、不整形な既存建物、或いは、不整形な増築部分の場合には、整形な既存建物、或いは、整形な増築部分に比べて、増築部分の高さ寸法Vの最大値が相対的に低い値に設定される。このため、本発明は、実質的に矩形の平面輪郭を有し、短辺方向の平面寸法が比較的大きく、しかも、高さ方向に一様又は均等な形態を有する建築物に有利に適用し得ると考えられる。
【0068】
また、2000年以前に設計・施工された既存建築物の杭基礎は、近年の構造設計法に従って耐震強度を検討すると、十分な強度を得られない事例が比較的多い。強度不足を補うための杭の増設・補強は、技術的又は理論的には可能であるかもしれないが、実際の施工を考慮すると実務的に極めて困難である。このため、本発明においては、建築物の荷重を直に地盤に伝達する直接基礎又は直基礎(べた基礎又はフーチング基礎)の基礎構造形式を採用することが望ましい。
【0069】
図8は、減築後の既存建築物Bの頂部10と免震装置3との連結方法を示す断面図である。図8において、既存建築物Bは、一点鎖線で示されている。また、図8には、上部構造体(増築部分)Aの基部11、梁12及び柱13が図示されている。
【0070】
既存建築物Bの頂部10と免震装置3との連結には、強度上の理由で後施工アンカーを使用し難いことから、本実施形態においては、既設建築物Bの頂部10に免震装置3用の基礎20が構築される。基礎20は、頂部10の床スラブ上側及び床スラブ下側に施工された鉄筋コンクリート構造の基礎部21、22を含み、上下の基礎21、22は、床スラブを貫通する鉄筋24又はボルト等によって相互連結され且つ頂部10と一体化する。望ましくは、基礎21、22の鉄筋23は、ハツリ出した頂部10の鉄筋(既設鉄筋)25に溶接される。
【0071】
以上、本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の範囲内で種々の変形又は変更が可能である。
【0072】
例えば、上記実施形態においては、RC構造又はSRC構造の既存建築物について説明したが、S構造(鉄骨構造)の既存建築物に対して本発明を適用しても良い。
【0073】
また、上記実施形態においては、軽量鉄骨又はアルミニウム合金製型材等の軽量骨組の上層構造体を増築するものとして説明したが、上層構造体の骨組として、木構造軸組部材を採用することも可能である。
【0074】
更に、上記実施形態では、各階プラン及び各階床面積が実質的に同一の既存建築物について説明したが、各階プラン及び各階床面積が相違する既存建築物に対して本発明を適用しても良い。
【0075】
また、既存建築物の耐震性能指標Isが0.3である場合は、減築層数が過大となり、減築・増築工事の経済的優位性又は合理性を確保し難いという点を上記実施形態において説明したが、これは、既存建物部分の耐震改修を実質的に完全に省略することを条件とした場合であり、ある程度まで既存建物部分の耐震改修を実施する場合には、既存建築物の耐震性能指標Isが0.4未満であっても、既存建物の必要減築率ηを低減することができるので、減築・増築工事の優位性又は合理性を担保し得ると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、既存建築物の増築方法及び耐震改修方法、殊に、既存建築物を増床するとともに、既存建築物の耐震改修工事を簡素化、簡略化又は省略可能にする既存建築物の増築方法及び耐震改修方法に好ましく適用される。本発明の増築方法及び耐震改修方法は、都市部又は市街地の既存建築物の耐震化を促進する耐震化促進の政策又は施策を推進し、都市部又は市街地の既存建築物の耐震化を普及・促進する上で、極めて有効な方法であり、その実用的価値は、顕著である。
【符号の説明】
【0077】
1 建築物(増築後)
2 上部構造体(解体・撤去部分)
3 免震装置
4 エネルギー吸収機構(制振装置)
5 外気開放空間
6 架台
7 柱
8 耐震補強部材
10 既存建築物の頂部
11 上部構造体の基部
A 上層構造体(増築部分)
B 既存建築物
Q 免震層
N、n、X 階数
W 総荷重
Wa、Wb、Wx 荷重
S 総床面積
Sa、Sb、Sx 床面積
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【手続補正書】
【提出日】2016年4月6日
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】請求項9
【補正方法】変更
【補正の内容】
【請求項9】
前記建築物の耐震性能指標Isが0.3以上であり、前記既設構造体の耐震改修を省略するのに必要とされる最小限の減築層数として定義される必要減築率ηが、0.3≧η≧0.1の範囲内であって、前記耐震性能指標Isに対してη≧0.8−1.3×Isの範囲内(β)に設定されることを特徴とする請求項7又は8に記載の耐震改修方法。