【実施例】
【0035】
[分析用微細藻試料の培養と調整]
本発明の実施の形態の上記の一例の構成のBDF抽出装置を用いて、微細藻類からBDFを抽出した。
使用した微細藻類はNBRC(生物遺伝資源センター)より入手した真正眼点藻類のナンノクロロプシス オセアニカ(Nannochloropsis oceanica)である。これらを円筒型の光制御バイオリアクター(PBR、直径190 mm、高さ1500 mm、約35L容量)を用いてマイクロバブル通気下で、ケイ素を除いたf/2培地で培養した。培養後収穫された微細藻試料は濃縮し、冷凍保存された。
濃縮試料の一部は乾燥後、秤量され、湿重量、乾燥重量比を測定した。同じロットの微細藻類湿試料(約3 g)をメタノール(100mL)、クロロホルム(200mL)、触媒の酸化ストロンチウム(0.1 g、三津和科学薬品製)に混合した。混合された原料液はMW照射実験中、試料ビン内でスターラー2にて継続的に撹拌させた(
図1)。
【0036】
[MW照射実験とBDF抽出効率]
MWの照射時間は室温条件下(23℃)で0(コントロール試験, スターラー2で10分間の攪拌)、50、 150、 250、350、500秒である。MW照射された被処理液(有機溶媒混液試料)はろ過(0.8 μm孔径のグラス繊維ろ紙)され、ろ液中の有機溶媒は窒素ガス下でロータリーエバポレーターにより蒸発させた。得られた被処理液はFAMEを含む粗BDFである。その後、粗BDFを少量のクロロホルムに溶解し,秤量瓶へ移し変え,バキュームオーブンにて58℃、窒素ガス下でクロロホルムを完全に除去した。粗BDF秤量後、抽出効率(e
cb, %)を次式により求めた。
【0037】
【数1】
ここで、W
oil は微細藻類から抽出された粗BDF重量、 DW
algae は単位試料中の微細藻類の乾燥重量である。
【0038】
微細藻類試料の乾燥重量に対する粗BDFの抽出効率を
図2に示した。各MW照射時間における収率値は、3試料の平均値±標準偏差である。
MW照射時間、0秒から150秒において32.9%から36.7%であった。150秒以降、500秒に至るまでの効率はほぼ安定しており平均30.8%であった。統計的には、粗BDF抽出効率はMW照射時間に依存しない(One-way ANOVA, p = 0.24)。
【0039】
[粗BDF中のTAGからFAMEへの転換効率]
薄層クロマトグラフィーによりTAGからFAMEへの転換効率を求める。粗BDFをヘキサン、ジエチルエーテル(9:1)混液に溶解させた後、この少量を薄層クロマト(TLC, シリカゲル60F
254, Merck)の基点にスポットし、展開槽に入れる。展開後、薄層上のFAMEとTAG の同定は、基準試薬のステアリン酸メチルとトリリノレンの展開位置から求めた。薄層の乾燥後(15分)、ヨード燻蒸(15分)して呈色させた。TAG、およびFAMEと識別された発色部を撮影して、画像から発色部の面積を計測した。TAGからFAMEへの転換効率(BCE
i)は次式により求めた。
【0040】
【数2】
【0041】
式(2)で見積もられたBDF変換効率の指標(BCE
i)とMW照射時間との関係を
図3に示す。BCE
iの値はMW照射時間と共に変化した(
図3)。
図3中のアルファベットは、テューキーのHSD検定により求められた有意差の有無を示している。MW照射0秒(コントロール試験区)において得られた9 ± 4%の値は、室温下(約23度)における10分間の攪拌でTAGからFAMEへの変換が生じている事を示した。MW照射時間の増加はTAGのメチルエステル化を有意に加速させた(One-way ANOVA、p < 0.05、Tukey’s HSD test、p < 0.05、
図3)。最も高いBCE
iは350秒で得られ、500秒ではわずかに減少したが、両者間に有意差は見られなかった(Tukey’s HSD test、p = 0.29)。アルカリ固体触媒とMW照射装置3を用いた本実施例と類似した実験では、長時間のMW照射がBCE
i値を減少させるので、350秒よりも長い照射時間は不要と思われる。
【0042】
試料タンク内の原料液が撹拌機によって完全に混合されていたと仮定した場合、試料タンク内に残存するMWに暴露されていない原料液の容量は、式(3)として計算される。
【数3】
ここで、V
tはある時間 ‘t’ において試料タンク内に残存しているMWに暴露されていない原料液の容量(mL)、V
0はMW照射前において試料タンク内に残存しているMWに暴露されなかった原料液の容量(V mL、原料液の全容量)、tはMW照射時間(sec)、そして、τは滞留時間であり、次の式 (4)で求められる。
【0043】
【数4】
ここで、Fは原料液の流速(mL sec
-1)である。
【0044】
表2に、式(3)によって推定されたMW照射に一度も暴露されていない試料タンク内に残存する原料液の量とMW照射時間との関係を示す。
【表2】
【0045】
MWに暴露されていない原料液の容量は、時間と共に指数関数的に減少し、350秒の処理で0.17 mL(全体の0.06%)となった(表2)。これは、試験を行った原料液のほぼ全て(99.9%以上)が理論上MW照射に一度以上暴露された事を意味し、前記の実証実験のように、350秒で最も高いBCE
i値が得られた結果と矛盾しない。MW照射時間の0から350秒に観察されたBCE
iとの関係を
図4に示す。MW照射時間0秒から350秒の間で正の有意な相関関係が認められた(Pearson’s correlation test、r = 0.97、p < 0.01、n = 5、
図4)ことから、MW照射時間に対して得られたBCE
iの傾きは、TAGからFAMEへの転換速度が約0.20% sec
-1で進行した事を示唆している。
【0046】
上記のとおり、実証実験における最も高いBCE
iはMW照射時間350秒で得られ、約90%であった。乾燥試料を使用した試験では、MW照射法を用いて、本実施例よりも高いBCE
i(>99%)が得られた例もある。しかし、湿試料と乾燥試料を比較した場合、試料中の水分の影響によってBCE
iが低下する事が知られている.従って、本実施例で得られた約90%のBCE
iは、湿試料を使用した場合のほぼ最高値と考えられる。一方で、湿試料の乾燥には大量のエネルギーを必要とするため、BDF生成のために乾燥試料よりも湿試料を使用する方がよりエネルギー収支が優れている。以上の事から、本実施例で得られたBCE
iは、100%には至らなかったが、エネルギー収支を考慮すると十分に高い値であった。
【0047】
[試験]
[粗BDF中のFAMEの分離]
粗BDF試料からFAMEを分離するために、薄層クロマトグラフィーよりも多量の分離が可能なカラムクロマトグラフィーによる分離試験を行った。シリカゲル10 gを満たしたグラスカラム(Φ 12 mm)に展開液としてヘキサンとジエチルエーテル(9:1)混液を入れる。試料の粗BDFを添加して展開させた。TAGおよびFAMEの同定方法は薄層クロマトグラフィーで用いた方法と同様である。
【0048】
[FAMEの化学的組成とMW照射の影響]
カラムクロマトグラフィーにより分離されたFAMEを含む溶液試料は、ペンタデカン酸メチル(C15:0)を内部標準試料としてガスクロマトグラフィー分析(7890A GC, アジレント、水素炎イオン化検出器FID、アジレントカラムDB-23、長さ: 60 m, 内径: 0.25 mm, フィルム: 0.15 mm)に供された。キャリアーガスはヘリウム、流速110mL min
-1、気化室温度250℃、カラムオーブンの温度は0〜10 分に120℃、10〜20分に120〜150℃ (上昇温度3℃ min
-1)、20〜30分に150℃である。
【0049】
分析されたFAMEの7種の脂肪酸はC14:0 ミリスチン酸、C16:0 パルミチン酸、C16:1 パルミトレイン酸、C18:0 ステアリン酸、C18:1 n9 オレイン酸、C20:4 n6 アラキドン酸、C20:5 エイコサペンタエン酸 EPA、である。表3にMW照射時間に対応する全脂肪酸(7種)の合計濃度に対する各脂肪酸濃度の割合(百分率組成)を示した。
【0050】
【表3】
【0051】
表3中の値は3試料の平均値±標準偏差である。下の2行は各MW照射時間における飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の割合、右列は各脂肪酸、または飽和、不飽和脂肪酸の0から500秒までの平均値である。
【0052】
EPA、パルミチン酸、そしてパルミトレイン酸は、全脂肪酸濃度に対して平均74%を占め、これらが主要な脂肪酸種である。ステアリン酸を除く6種の脂肪酸は、MW照射時間の違いによる有意な組成の違いは認められなかった(One-way ANOVA、ミリスチリン酸: p = 0.57、パルミチン酸: p = 0.21、パルミトレイン酸: p = 0.19、オレイン酸: p = 0.50、アラキドン酸: p = 0.11、EPA: p = 0.22)。
【0053】
これらの結果は、MW照射時間の増加が脂肪酸組成に影響を与えない事を示している。また、飽和脂肪酸(C14:0、C16:0、C18:0)よりも不飽和脂肪酸(C16:1、C18:1 n9、C20:4 n6、C20:5 n3)の割合がより高い(表3)。
【0054】
実施例では、原料液にMWを効率良く、且つ確実に照射するためには,螺旋形状の反応管4を使用した。これは原料液の滞留時間(MWに暴露される時間)を長くするためである。原料液に対するMWの半透過深度は、MWの周波数と原料液の誘電定数、誘電正接から求められる。本実施例で使用した湿試料:有機溶媒比は1:100であるので、MWの半透過深度は、有機溶媒の誘電定数と誘電正接でほぼ決定され、それは約47 mmであると見積もられた。この半飽和深度は反応管4の内径よりも大きいため、MWは管の中央部まで到達していると考えられる。また、抽出溶媒として、エタノール、アセトン、ヘキサンを使用した場合の半飽和深度は、それぞれ、約3 mm、55 mm、492 mmであることから、他の溶媒を使用する場合にも適応可能である。特に、使用する有機溶媒の種類に制限が多い食品分野に対しても十分応用可能である事を示している。
【0055】
より高温度下(>90℃)での処理を行った場合、不飽和脂肪酸結合の酸化によって不飽和脂肪酸の相対的な割合が減少する事が知られている。本実施例において観測された原料液の最高温度は53.5〜57.8℃であった。従って、本MW照射装置を使用して微細藻類から脂質抽出を行った場合、より高温で処理する場合と比較して不飽和脂肪酸の収率を高められると考えられる。飽和脂肪酸のより高い含有率は、抗酸化特性を高めるためBDF貯蔵が容易になるが、凝固点が不飽和脂肪酸と比較して高くなるとされている。一方、相対的に高い不飽和脂肪酸の含有率は、抗酸化特性が低いが、凝固点が低いという利点がある。よって、本実施例で得られたBDFは寒冷地での使用に適していると考えられる。