(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-223867(P2016-223867A)
(43)【公開日】2016年12月28日
(54)【発明の名称】粘弾性特性の測定方法および測定装置
(51)【国際特許分類】
G01N 11/10 20060101AFI20161205BHJP
【FI】
G01N11/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-109371(P2015-109371)
(22)【出願日】2015年5月29日
(71)【出願人】
【識別番号】000222026
【氏名又は名称】東北電子産業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】吉田 哲男
(72)【発明者】
【氏名】三浦 融
(72)【発明者】
【氏名】田面木 真也
(57)【要約】
【課題】熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、紫外線硬化樹脂などの硬化過程の粘弾性特性の変化を簡単に、連続的に測定することが可能な測定方法および測定装置を提供する。
【解決手段】圧電すべり波振動子を用い、大気中の特性と粘度と密度が既知のニュートン流体に浸漬した場合の特性から等価質量を求めるとともに、大気中と被測定試料中の直列抵抗の変化量と共振周波数の変化量から、被測定試料の粘弾性特性を測定する。また、圧電すべり波振動子の一方の面に、その振動領域を覆うように被測定試料を塗布し、前記振動領域の中央部の厚さを、前記圧電すべり波振動子の厚さの半分の厚さ以上にする。
【選択図】 図 1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電すべり波振動子の、少なくとも一方の面に、その振動領域を覆うように被測定試料を接触させたときの等価回路定数と、前記圧電すべり波振動子の大気中における等価回路定数を用いて、被測定試料の粘弾性特性を測定する粘弾性特性の測定方法および装置であって、
前記圧電すべり波振動子の等価質量mを、その共振周波数fs近傍において、ニュートン流体と見なせる粘度と密度が既知の液体に浸漬したときの前記圧電すべり波振動子の等価回路における直列抵抗の変化△Rが、前記圧電すべり波振動子の形状や寸法、および、測定した液体の既知の粘度と密度などから計算により求められる値に等しくなるように定める手段と、
圧電すべり波振動子の少なくとも一方の面に、その振動領域を覆うように被測定試料を接触させたときの前記圧電すべり波振動子の共振周波数fs1と、前記圧電すべり波振動子の大気中における共振周波数fs0と、前記圧電すべり波振動子の等価質量mを用いて、負荷質量mmと負荷機械リアクタンスxmを求める手段と、
前記圧電すべり波振動子の少なくとも一方の面に、その振動領域を覆うように被測定試料を接触させたときの前記圧電すべり波振動子の直列抵抗の変化△Rから、負荷機械抵抗rmを求める手段と、
以上の手段により得られた、負荷機械抵抗rmと負荷機械リアクタンスxmを用いて、複素粘度η*、および、複素剛性率G*を求める手段を含むことを特徴とする、粘弾性特性の測定方法および装置
【請求項2】
前記負荷機械リアクタンスxmの計算式に用いる共振周波数fsの値に対し、すべり振動モード以外の振動による影響を補正するための補正を加えるとともに、前記負荷機械抵抗rmの計算式に用いる大気中の直列抵抗R0の値に対し、すべり振動モード以外の振動による影響を補正するための補正を加えることを特徴とする、請求項1に記載の粘弾性特性の測定方法および装置
【請求項3】
前記圧電すべり波振動子の一方の面に、その振動領域を覆うように被測定試料を塗布し、前記振動領域の中央部の厚さを、前記圧電すべり波振動子の厚さの半分の厚さ以上にしたことを特徴とする、請求項1、および請求項2に記載の粘弾性特性の測定方法および装置
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粘弾性液体から粘弾性固体までの広い粘弾性範囲の物体の粘弾性特性を測定する方法および測定装置に関するもので、被測定試料として、特に、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、紫外線硬化樹脂など、その硬化過程、あるいは、溶融過程の粘弾性特性の変化を連続的に測定するのに適した粘弾性特性の測定方法および測定装置に関するものであり、圧電板の一部分に振動エネルギーが集中し、面に平行な方向に振動するエネルギー閉じ込め型圧電すべり波振動子(以下、単に圧電すべり波振動子という)を用い、この圧電すべり波振動子を大気中で測定した場合と、この圧電すべり波振動子の振動面に被測定試料を接触させた状態で測定した場合の、圧電振動子の等価回路における直列抵抗の変化量と共振周波数の変化量から、被測定試料の粘弾性特性を測定する測定方法および測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
エポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂の成形工程では、被成形体の寸法精度やひび割れなどの原因となる残留歪みに与える温度条件や圧力条件の管理が重要で、そのために、硬化過程の粘弾性特性の把握は非常に重要である。
このことは、紫外線硬化樹脂の場合も同様であり、紫外線硬化樹脂の場合は、硬化速度や硬化後の弾性率の評価に加え、特に、樹脂の使用中に日光や蛍光灯からの紫外線に被爆される機会が多く、保管中の樹脂の劣化状態の把握も必要になる。
熱可塑性樹脂においては、温度により溶融と硬化を繰り返すことが可能であるが、溶融と硬化を繰り返すことにより、樹脂の酸化反応などの影響で樹脂特性が変化する場合があり、この特性変化を把握する必要がある。
これらの要求に応えるために、従来、いくつかの方法が提案され、これらの樹脂の硬化過程、および、溶融過程の粘弾性特性の測定が行われている。
【0003】
これらの中で、最も広く行われている方法は、回転粘度計の原理を拡張した回転振動型動的粘弾性測定装置であり、試料物体に交流回転駆動力を印加し、そのときに発生する交流ねじれ歪みと、印加した交流回転力との振幅比および位相差から、被測定試料の複素弾性率G*(=G
1+jG
2)を求める方法である。
回転振動型動的粘弾性測定法では、前述したように、交流回転駆動力と交流ねじれ歪みの振幅比と位相角から複素剛性率G*を求めるため、駆動力センサとねじれ歪みセンサとしては、特に高精度のセンサが必要になる。しかも、粘度の低い液体状の試料を安定に保持するための機構や、硬化過程における試料の体積変化に対する対策が必要になることに加え、樹脂の硬化過程では、樹脂の剛性率が桁違いに大きくなるため、これに対応するためには、高精度のセンサだけでなく、剛性に優れた機構も必要になり、装置の大型化、複雑化を招き、結果として装置が高価になるという問題があった。
【0004】
また、紫外線硬化樹脂の硬化過程の粘弾性特性の測定においては、被測定試料に紫外線を照射した状態で、試料のFT-IR分光分析を行い、硬化にともなう吸収波長の変化から、硬化過程の粘弾性変化を測定する方法も提案されている。
FT-IR分光分析法により複素剛性率G*を測定する方法では、樹脂を硬化させるための系に、試料に分光分析用の光を照射し、透過あるいは反射光を受光するための光学系を付加して構築する必要があり、装置が大型かつ複雑になるという問題があった。また、得られた特性値は吸収波長の変化であり、これを機械的な物理定数の複素剛性率G*に換算する必要があるが、変換式が必ずしも全ての樹脂に共通ではないという問題点があった。
【0005】
さらに、特許文献1には、紫外線硬化樹脂に対して、前記回転振動型動的粘弾性測定法とFT-IR分光分析を同時に行うことが可能な測定装置が開示されており、機械的な物理定数である複素弾性率G*とFT-IR分光分析の測定結果を同時に比較できるという利点はあるが、前述した、回転振動型動的粘弾性測定法の問題点と、FT-IR分光分析法の問題点は、解決されていない。
【0006】
一方、非特許文献1には、圧電振動子を用いて液体の粘度および粘弾性特性を測定する方法の基本原理が詳しく解説されており、「振動面における液体の機械インピーダンスz
mをz
m=r
m+jx
mとし、r
mとx
mが別々に求められれば、複素粘度η*と複素剛性率G*を求めることができる(意訳転載)」と記載されている。しかしながら、r
mとx
mを具体的に求めるためには、圧電振動子の等価質量mあるいは力係数φを知る必要がある。ここで、「等価質量mあるいは力係数φ」と述べたのは、等価質量mあるいは力係数φのいずれか一方がわかれば、他方は計算で容易に求めることができるという意味である。
【0007】
圧電振動子の等価質量mあるいは力係数φの値は、圧電振動子の形状が、円板、矩形板、断面一様棒など、単純な形状をしていることに加え、振動モードが、振動子全体が振動するいわゆるバルク振動モードで、かつ、複数の振動モードの振動が互いに影響を与えない非結合振動モードの場合には、振動変位分布が、単純な分布となるため、材料定数と電極寸法を含む振動子寸法から計算により求めることができるが、本発明に用いる圧電すべり波振動子の場合には、振動エネルギーが圧電板の面内の一部に集中し、その分布を単純な関数で表すことが困難なので、等価質量mあるいは力係数φの値を計算で求めることは難しい。
【0008】
また、特許文献2には、タンタル酸リチウム単結晶からなる短冊状圧電すべり波振動子(以下単にLTすべり波振動子という)を用いた粘弾性評価用弾性振動センサが開示されており、エポキシ系接着剤の室温での硬化過程を粘性ηと弾性Csの変化として時間の経過とともに測定した例が示されている。しかしながら、特許文献2には、圧電すべり波振動子の等価質量mあるいは力係数φを求める方法は示されておらず、粘性ηと弾性Csの具体的な求め方も示されていない。また、特許文献2で引用されている非特許文献は、そのタイトル、「Measurement of the Viscosity and Shear Elasticity of Liquids by Means of a Torsionally Vibrating Crystal」から分かるように、対象とする物体が液体であること、また、使用されている圧電振動子が水晶円筒からなる捩じり振動子でバルク振動モードであるため、前述の等価質量mあるいは力係数φを計算で容易に求められる場合であり、本発明の圧電すべり波振動子を使用した場合には適用できない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2011-220962
【特許文献2】特開2005-265576
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】根岸勝雄著;「振動で粘度を計る」;超音波テクノ、Vol.7 ,No.2 pp.15-18(1995-02)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明では、従来の回転振動型動的粘弾性測定装置による熱硬化性樹脂などの硬化過程の粘弾性特性の測定において、高精度のセンサを使用したり、剛性に優れた機構を構築したりするために、装置の大型化・複雑化が必要で、結果として装置の高価格になるという問題点、および、従来のFT-IR分光分析法による熱硬化性樹脂などの硬化過程の粘弾性特性の測定において、光学系の付加により装置が大型化・複雑化し、得られた光学測定データと複素剛性率G*との換算理論の構築が必要で、結果として、測定が煩わしく、装置が高価格になるという問題点を解決することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明においては、
前記圧電すべり波振動子の等価質量mを、その共振周波数fs近傍において、ニュートン流体と見なせる粘度と密度が既知の液体に浸漬したときの前記圧電すべり波振動子の等価回路における直列抵抗の変化△Rが、前記圧電すべり波振動子の形状や寸法、および、測定した液体の既知の粘度と密度などから計算により求められる値に等しくなるように定め、
【0013】
前記圧電すべり波振動子の少なくとも一方の面に、その振動領域を覆うように被測定試料を接触させたときの前記圧電すべり波振動子の共振周波数f
s1と、前記圧電すべり波振動子の大気中における共振周波数f
s0と、前記圧電すべり波振動子の等価質量mを用いて、負荷質量m
mと負荷機械リアクタンスx
mを求め、
【0014】
前記圧電すべり波振動子の少なくとも一方の面に、その振動領域を覆うように被測定試料を接触させたときの前記圧電すべり波振動子の直列抵抗の変化△Rから、負荷機械抵抗r
mを求め、以上により得られた、負荷機械抵抗r
mと負荷機械リアクタンスx
mを用いて、被測定試料の複素粘度η*、および、複素剛性率G*を求めている。
【0015】
また、本発明においては、
前記負荷機械リアクタンスx
mの計算式に用いる共振周波数f
sの値に対し、すべり振動モード以外の振動による影響を補正するための補正を加えるとともに、前記負荷機械抵抗r
mの計算に用いる大気中の直列抵抗R
0の値に対し、すべり振動モード以外の振動による影響を補正するための補正を加えている。
【0016】
さらに、本発明においては、
前記圧電すべり波振動子の少なくとも一方の面に、その振動領域を覆うように被測定試料を塗布し、前記振動領域の中央部の厚さを、前記圧電すべり波振動子の厚さの半分の厚さ以上にする。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、
前記圧電すべり波振動子を、その共振周波数fs近傍において、ニュートン流体と見なせる粘度と密度が既知の液体に浸漬したときの前記圧電すべり波振動子の等価回路における直列抵抗の変化△Rが、前記圧電すべり波振動子の形状や寸法、および、測定した液体の既知の粘度と密度などから計算により求められる値に等しくなるように前記圧電すべり波振動子の等価質量mを定めているので、振動変位分布が簡単な関数で表されない本発明に用いるエネルギー閉じ込め型圧電すべり波振動子の場合でも、正しい等価質量mを求めることができるという利点がある。
【0018】
本発明によれば、
前記圧電すべり波振動子の少なくとも一方の面に、その振動領域を覆うように被測定試料を接触させたときの前記圧電すべり波振動子の共振周波数f
s1と、前記圧電すべり波振動子の大気中における共振周波数f
s0と、前記圧電すべり波振動子の等価質量mを用いて、負荷質量m
mと負荷機械リアクタンスx
mを求め、さらに、本発明においては、前記圧電すべり波振動子の少なくとも一方の面に、その振動領域を覆うように被測定試料を接触させたときの前記圧電すべり波振動子の直列抵抗の変化△Rから、負荷機械抵抗r
mを求め、以上により得られた、負荷機械抵抗r
mと負荷機械リアクタンスx
mを用いて、被測定試料の複素粘度η*、および、複素剛性率G*を求めているので、従来の回転振動型動的粘弾性測定装置やFT-IR分光分析法と比較して、一般的なPCによる制御機能を有するインピーダンスアナライザとPCを組み合わせるだけの簡単な設備構成で、容易に、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、紫外線硬化樹脂などの硬化過程の粘弾性特性を測定することができるという利点がある。
【0019】
本発明によれば、
前記負荷機械リアクタンスx
mの計算式に用いる共振周波数fsの値に対し、すべり振動モード以外の振動による影響を補正するための補正を加えるとともに、前記負荷機械抵抗r
mの計算式に用いる大気中の直列抵抗R
0の値に対し、すべり振動モード以外の振動による影響を補正するための補正を加えているので、粘弾性特性の測定精度をより高めることができる。
【0020】
本発明によれば、
紫外線硬化樹脂の場合、前記圧電すべり波振動子の一方の面に、その振動領域を覆うように試料を塗布し、その表面に紫外線を照射して、そのときの、前記圧電すべり波振動子の共振特性を測定するだけで、硬化過程の粘弾性特性を連続的に測定することができるという利点がある。
【0021】
本発明によれば、
熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、紫外線硬化樹脂などの硬化過程の粘弾性特性を測定し、硬化が完了した被測定試料をそのまま用いて、硬化した樹脂の粘弾性特性の温度特性を測定することが可能なので、温度特性測定用の試料を作成する必要が無くなるという利点がある。
【0022】
本発明によれば、
前記圧電すべり波振動子の一方の面に、その振動領域を覆うように、前記圧電すべり波振動子の厚さの半分以上の被測定試料を載せるだけで測定が可能になるという利点がある。このとき、被測定試料の表面は、平坦よりは、むしろ曲面となるため、被測定試料中を伝播するすべり波の被測定試料の端面での反射波が分散し、互いに打ち消し合うため、被測定試料表面が平坦の場合と比較して、より薄い塗布厚での測定が可能である。
【0023】
本発明によれば、
前記圧電すべり波振動子の一方の面に、その振動領域を覆うように、被測定試料を塗布することにより、被測定試料が導電性を有する試料の場合でも、粘弾性特性の測定が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明に用いられるエネルギー閉じ込め型圧電すべり波振動子の一例の概略構造を示す斜視図
【
図2】本発明に用いられるエネルギー閉じ込め型圧電すべり波振動子の他の例の概略構造を示す斜視図
【
図3】本発明の方法により測定した市販の2液型エポキシ接着剤の硬化過程の粘弾性特性の測定結果
【
図4】硬化完了後の容器に入ったエポキシ接着剤と測定に用いたLTすべり波振動子(端子付きタイプ)の写真
【
図5】硬化完了後のエポキシ接着剤の直列抵抗変化△Rの温度変化の測定結果
【
図6】LTすべり波振動子の一方の面の中央部(振動領域)を覆うように被測定試料を厚めに塗布した場合の写真
【
図7】紫外線硬化樹脂にUV-LEDの駆動電流を変えてUV光を照射した場合の、UV光の照射時間に対する直列抵抗変化△Rの測定結果
【発明を実施するための形態】
【0025】
図1は、本発明に用いられるエネルギー閉じ込め型圧電すべり波振動子の一例の概略構造を示す斜視図であり、特許文献2に記載されているLTすべり波振動子の構造を示す斜視図である。
図1のLTすべり波振動子においては、圧電板11の対向する面に、互いに異なる端部から駆動電極12、13が形成され、圧電板の中央部で所定の長さだけ前記駆動電極12、13が対向しており、圧電板のカット角、短冊状圧電板の寸法および前記駆動電極対向部の長さを最適に設計することにより、短冊状圧電板の中央部だけにすべり振動を発生させる、いわゆる、エネルギー閉じ込め型圧電すべり波振動子を実現することができる。エネルギー閉じ込め振動の振動変位分布は、中央部で最大となり、中央部から長さ方向に距離が離れるにしたがって急激に減少し、一部は駆動電極対向部の外側まで達している。
【0026】
図2は、本発明に用いられるエネルギー閉じ込め型圧電すべり波振動子の他の例の概略構造を示す斜視図であり、圧電板21の中央部に対向する駆動電極を22、23が形成され、駆動電極22、23からは引出電極24、25がそれぞれ、異なる方向に引き出されており、圧電板のカット角、圧電板の寸法および前記対向電極部の寸法を最適に設計することにより、圧電板21の中央部だけにすべり振動を発生させ、エネルギー閉じ込め型圧電すべり波振動子を実現することができる。
図2では、圧電板の形状を正方形としたが、圧電板の寸法は、前記駆動電極22、23に対して所定の大きさ以上であれば良いので、必ずしも正方形に限定されるものではない。また、
図2では、前記駆動電極22、23の形状を円形としているが、略正方形であっても良い。
図2において、圧電板としてATカット水晶板を使用したエネルギー閉じ込め型圧電すべり波振動子は、QCM ( Quartz Crystal Microbalance)としてよく知られおり、圧電板表面に付着したわずかな量の質量を検出するセンサや低粘度の液体用の粘度計として利用されている。
圧電板として水晶を使用した場合、水晶の電機-機械結合係数や、音速と密度の積で与えられる音響インピーダンスが、PZTやタンタル酸リチウムと比較して小さいために、粘度が高い液体に浸した場合の減衰が大きく、まして、樹脂の硬化過程の測定には適していない。
【0027】
前述したように、エネルギー閉じ込め型振動子の場合、振動変位分布を単純な関数で表すことができないので、振動子の特性を決める基本的な定数の一つである等価質量mを簡単に、精度良く求めることができない。
そこで、まず、(1)式に示すように対向電極部の質量Mの1/2を仮の等価質量m
0とし、次に、等価質量mを等価質量補正係数αを用いて(2)式で与える。力係数φは、圧電振動子の等価回路における直列インダクタンスL
1と等価質量mを用いて(3)式で与えられる。直列インダクタンスL
1は、インピーダンスアナライザを使用することにより容易に測定することができる。
【数1】
【数2】
【数3】
後述する振動粘度計の原理により、粘度η
0と密度ρ
0が既知の試料液体にセンサ振動子を浸した時の直列抵抗の変化R
m0は(4)式で表されるので、補正係数α位の値を変化させて、(4)式のR
m0の値が実測値と等しくなる補正係数αを求めれば、等価質量m、および力係数φを求めることができる。
【数4】
【0028】
非特許文献1によれば、圧電すべり波振動子を含む、面に平行に振動する圧電振動子の表面に粘弾性体を接触させたときの接触面における単位面積当たりの負荷機械インピーダンスz
mは、(5)式で表され、ここに、r
mおよびx
mは、それぞれ、負荷機械抵抗および負荷機械リアクタンスと呼ばれ、
【数5】
液体がニュートン流体でない場合、粘度は(6)式のように複素数η*で表され、r
mおよびx
mがわかれば、η
1、η
2は、それぞれ、(7)式および(8)式で与えられることが示されている。
【数6】
【数7】
【数8】
さらに、複素粘度η*=η
1-jη
2と複素剛性率G*=G
1+jG
2の間には、(9)式および(10)式の関係があるので、複素粘度η
1、η
2がわかれば、(9)式および(10)式により、複素剛性率G
1、G
2を求めることができることも示されている。
【数9】
【数10】
【0029】
以下、本発明による粘弾性特性、すなわち複素粘度η*および複素剛性率G*の測定手順について説明する。
・手順-1
圧電すべり波振動子の少なくとも一方の面の振動領域を覆うように被測定粘弾性体を接触させたときの前記圧電すべり波振動子の共振周波数f
s1と、前記圧電すべり波振動子の大気中における共振周波数f
s0と、段落0027に示した方法で求めた前記圧電すべり波振動子の等価質量mを用いて、(11)式により負荷質量m
mが求められ、(12)式により負荷機械リアクタンスx
mを求めることができる。
【数11】
【数12】
【0030】
・手順-2
前記圧電すべり波振動子の大気中の電気的等価回路定数の直列インダクタンスL
1は、インピーダンスアナライザを使用することにより容易に測定することができるので、等価質量mがわかれば、前述したように式3から力係数φを求めることができる。
【0031】
・手順-3
圧電すべり波振動子の振動領域を覆うように被測定液体を接触させたときの圧電すべり波振動子の直列抵抗R
1xを測定し、(13)式から負荷抵抗△Rを求め、[手順-2]で求めた力係数φを用いて、(14)式から機械負荷抵抗r
mを求めることができる。(13)式において、R
10は、すべり振動モード以外の振動による影響を補正するための、大気中で測定した直列抵抗R
0に対する補正抵抗である。
(14)式、および(12)式により、負荷機械抵抗r
mと負荷機械リアクタンスx
mが求められたので、前述の(7)式、(8)式から、複素粘度η
1、η
2を求めることができ、複素粘度η
1、η
2が得られれば、同様に前述の(9)式、(10)式から複素剛性率G
1、G
2を求めることができる。
【数13】
【数14】
【0032】
図3は、特許文献2に示されているLTすべり波振動子とほぼ同じ仕様の、幅1.0mm、長さ7.2mm、厚さ0.5mmの共振周波数が約4MHzのLTすべり波振動子を用いて、本発明の方法により測定した市販の2液型エポキシ接着剤の硬化過程の粘弾性特性の測定結果であり、エポキシ樹脂の主剤と硬化剤を混合した容器に入った被測定試料に前記LTすべり波振動子を浸漬した場合の経過時間に対する、(a)直列抵抗変化△R、(b)共振周波数変化△fsと、LTすべり波振動子の大気中の等価回路定数の測定結果と直列抵抗変化△Rと共振周波数変化△fsから求めた、(c)複素粘度η*、(d)複素剛性率G*の測定結果である。
図3より、2液混合後の時間の経過とともに、硬化反応が急激に進み、特に直列抵抗変化△Rが大きく変化することがわかる。また、△Rの変化が、複素粘度η*の虚数部および複素剛性率G*の実数部に対応していることがわかる。
図4は、硬化完了後の容器に入ったエポキシ接着剤と測定に用いたLTすべり波振動子(端子付きタイプ)の写真であり、41は、LTすべり波振動子、42は、被測定試料、43は、試料容器である。
【0033】
図5は、
図4に示した硬化完了後のエポキシ接着剤の複素剛性率G*の温度変化の測定結果である。
図5では、温度を−10℃から+95℃まで、1サイクル変化させており、これに対して複素剛性率G*には、ヒステリシスがほとんど無い。
このように、本発明によれば、硬化過程の粘弾性特性を測定した試料をそのまま用いて、硬化後の被測定試料の粘弾性特性の温度特性を簡単に測定することができる。
【0034】
被測定試料の粘度が低い場合は、試料の塗布厚は、数10ミクロンあれば精度良く測定するのに充分であるが、被測定試料の粘度が高くなるにしたがい、すべり波が試料中を伝搬するようになり、試料の端面で反射してLTすべり波振動子の表面に達して測定誤差の原因となる。
すべり波の伝播距離は、すべり波の周波数と被測定試料のQmにより決まり、圧電すべり波振動子の共振周波数に反比例、すなわち、圧電すべり波振動子の圧電板の厚さに比例し、試料の端面(空気との接触面)を平面として、簡単なモデルで、周波数4MHzのLTすべり波振動子について、硬化したエポキシ接着剤のQmを20とした場合に、反射波の影響が無くなる塗布厚が約2mmとなることがわかった。
図4のように、被測定試料を容器に入れ、LTすべり波振動子を被測定試料に浸漬する場合には、実効的な塗布厚を2mm以上とすることは容易であるが、浸漬法の場合、LTすべり波振動子の対向する電極が試料に接触するため、もし、被測定試料に導電性がある場合には、導電性の影響で正しい測定が出来なくなる。
【0035】
図6は、表面実装タイプのLTすべり波振動子61の一方の面の中央部(振動領域)を覆うように被測定試料62を厚めに塗布した場合の写真である。被測定試料を厚めに塗布した場合、
図6からわかるように、試料の端面が曲面状になるため、反射波が散乱して打ち消し合い、塗布厚を、端面を平面とした場合より薄くしても良い結果が得られる可能性がある。そこで、市販の2液型エポキシ接着剤を用い、前記共振周波数約4MHzのLTすべり波振動子を用い、塗布厚を、およそ0.1mmから0.6mmまで変化させた結果、いずれも、硬化反応が進む過程で、LTすべり波振動子の直列抵抗R
1が
図3(a)のように、なだらかに増加し、やがて飽和するように変化することが確認できたが、塗布厚がおよそ0.2mmより小さい場合、硬化反応が完了する間際になると、直列抵抗R
1が急に増加したり、急に低下したりする傾向が見られ、前述した試料の端面で反射したすべり波の影響と考えられる。したがって、塗布厚を圧電板の厚さの半分以上にすれば、同一の試料に対しては、より硬化反応が進んだ状態までの粘弾性特性の測定が可能になり、異なる試料に対しては、よりQmの高い試料の粘弾性特性の測定が可能になる。
【0036】
図7は、紫外線硬化樹脂を表面実装型LTすべり波振動子の一方の面の中央部に厚めに塗布し、UV光照射用のUV-LEDの駆動電流を変えた場合の、UV光の照射時間に対する直列抵抗変化△Rの測定結果である。
図7からわかるように、LEDの駆動電流を増加させると、UV光照射から硬化開始までの時間が短縮すると同時に、硬化速度が増加することがわかる。
図7では、特性項目としてLTすべり波振動子の直列抵抗変化△Rのみを示しているが、この場合も、同時に測定している共振周波数変化△fsの測定データを用いることにより、複素剛性率G*の温度特性も容易に求めることができる。
【符号の説明】
【0037】
11,21: 圧電板
12,13:駆動電極
22,23:駆動電極
24,25: 引出電極
41,61:LTすべり波振動子
42,62:被測定試料
43:試料容器