(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-23243(P2016-23243A)
(43)【公開日】2016年2月8日
(54)【発明の名称】多刺激応答性物質およびその形態変更方法ならびに多刺激応答性分子
(51)【国際特許分類】
C08G 65/333 20060101AFI20160112BHJP
A61K 47/34 20060101ALI20160112BHJP
A61K 47/22 20060101ALI20160112BHJP
A61K 47/42 20060101ALI20160112BHJP
A61K 8/86 20060101ALI20160112BHJP
A61K 8/49 20060101ALI20160112BHJP
A61K 8/64 20060101ALI20160112BHJP
【FI】
C08G65/333
A61K47/34
A61K47/22
A61K47/42
A61K8/86
A61K8/49
A61K8/64
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-148499(P2014-148499)
(22)【出願日】2014年7月22日
(71)【出願人】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】100136319
【弁理士】
【氏名又は名称】北原 宏修
(74)【代理人】
【識別番号】100147706
【弁理士】
【氏名又は名称】多田 裕司
(74)【代理人】
【識別番号】100148275
【弁理士】
【氏名又は名称】山内 聡
(74)【代理人】
【識別番号】100142745
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 世子
(72)【発明者】
【氏名】宮田 隆志
(72)【発明者】
【氏名】河村 暁文
(72)【発明者】
【氏名】大熊 幸平
【テーマコード(参考)】
4C076
4C083
4J005
【Fターム(参考)】
4C076AA09
4C076AA94
4C076AA95
4C076DD60P
4C076EE23P
4C076EE41P
4C076FF31
4C083AC852
4C083AD042
4C083AD412
4C083DD41
4C083DD42
4C083FF01
4J005AA09
4J005BD05
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、外部刺激応答性ポリマーの応用展開の可能性を高めることである。
【解決手段】本発明に係る多刺激応答性物質は、複数種類の外部刺激でゾル体からゲル体に変化し、少なくとも1種類の外部刺激で前記ゲル体からゾル体に変化する。なお、ゲル体から変化したゾル体の成分は、ゲル体になる前のゾル体の成分と同一であってもよいし、相違してもよい。すなわち、この多刺激応答性物質は、複数種類の外部刺激で第1ゾル体からゲル体に変化し、少なくとも1種類の外部刺激でそのゲル体から、第1ゾル体とは異なる第2ゾル体に変化してもよい。また、複数種類の外部刺激は、同時に加えてもよいし、段階的に加えてもよい。また、この多刺激応答性物質は、ゲル化後、1種類の外部刺激のみでゾル化することが好ましい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数種類の外部刺激でゾル体からゲル体に変化し、少なくとも1種類の外部刺激で前記ゲル体からゾル体に変化する
多刺激応答性物質。
【請求項2】
第1外部刺激で第1分岐部位を形成する第1結合部位と、前記第1外部刺激とは異なる種類の外部刺激である第2外部刺激で直鎖部位または第2分岐部位を形成する第2結合部位と有する多刺激応答性分子を含有し、
前記第1外部刺激と同種類または異種類の外部刺激による前記第1分岐部位の開裂、および、前記第2外部刺激と同種類または異種類の外部刺激による前記直鎖部位または前記第2分岐部位の開裂の少なくとも一方が起こり得る
請求項1に記載の多刺激応答性物質。
【請求項3】
前記ゲル体では、前記直鎖部位または前記第2分岐部位が複数の前記第1分岐部位に挟まれる
請求項2に記載の多刺激応答性物質。
【請求項4】
前記ゲル体では、前記第1分岐部位が複数の前記直鎖部位または前記第2分岐部位に挟まれる
請求項2または3に記載の多刺激応答性物質。
【請求項5】
第1外部刺激で第1分岐部位を形成する第1結合部位と、
前記第1外部刺激とは異なる種類の外部刺激である第2外部刺激で直鎖部位または第2分岐部位を形成する第2結合部位と
を備え、
前記第1外部刺激と同種類または異種類の外部刺激による前記第1分岐部位の開裂、および、前記第2外部刺激と同種類または異種類の外部刺激による前記直鎖部位または前記第2分岐部位の開裂の少なくとも一方が起こり得る
多刺激応答性分子。
【請求項6】
ゾル体に複数種類の外部刺激を加えて前記ゾル体をゲル体に変化させるゲル化工程と、
前記ゲル体に少なくとも1種類の外部刺激を加えて前記ゲル体をゾル体に変化させるゾル化工程と
を備える、多刺激応答性物質の形態変更方法。
【請求項7】
第1外部刺激で開裂する開裂部位を有する多刺激応答性分子を含有し、
前記第1外部刺激とは異なる種類の外部刺激である第2外部刺激でゾル体からゲル体に変化し、前記第1外部刺激で前記ゲル体からゾル体に変化する
多刺激応答性物質。
【請求項8】
前記多刺激応答性分子は、前記第2外部刺激で架橋構造を形成する結合部位をさらに有する
請求項7に記載の多刺激応答性物質。
【請求項9】
前記ゲル体では、架橋点が複数の前記開裂部位に挟まれる
請求項8に記載の多刺激応答性物質。
【請求項10】
第2外部刺激で架橋構造を形成する結合部位と、
前記第2外部刺激とは異なる種類の外部刺激である第1外部刺激で開裂する開裂部位と
を備える、多刺激応答性分子。
【請求項11】
第1外部刺激で開裂する開裂部位を含む多刺激応答性分子を含有する多刺激応答性物質を形態変更する多刺激応答性物質の形態変更方法であって、
前記多刺激応答性分子を含有するゾル体に第2外部刺激を加えて前記ゾル体をゲル体に変化させるゲル化工程と、
前記ゲル体に前記第1外部刺激を加えて前記ゲル体をゾル体に変化させるゾル化工程と
を備える、多刺激応答性物質の形態変更方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多刺激応答性物質およびその形態変更方法に関する。また、本発明は、多刺激応答性分子にも関する。
【背景技術】
【0002】
過去に「温度に応答してゾル−ゲル転移するブロック共重合体(例えば、非特許文献1等参照)」や「過酸化水素に応答してゾルーゲル転移するブロック共重合体(例えば、特許文献1および非特許文献2等参照)」が提案されている。これらのような外部刺激応答性ゾル−ゲル転移ポリマーは、通常、薬物徐放システム、組織再生足場材料、人工筋肉、アクチュエータ、形状記憶材料等として利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特表2013−503688号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】キム,S.W.ら(Kim,S.W. et al),「インジェクタブル薬物送達システムとしての生分解性ブロック共重合体(Biodegradable block copolymers as injectable drug-delivery systems)」,ネイチャー(Nature),1997年8月28日,第388巻,第6645号,第860−862頁
【非特許文献2】パク,K.D.ら(Park,K.D. et al),「酵素的酸化反応を経るチラミン結合4−Arm−PPO−PEOに基づいたハイドロゲルのその場形成(In Situ Forming Hydrogels Based on Tyramine Conjugated 4-Arm-PPO-PEO via Enzymatic Oxidative Reaction)」,バイオマクロモレキュールス(Biomacromolecules),2010年3月8日,第11巻,第3号,第706−712頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上述のような外部刺激応答性ポリマーの中には、所望の用途(例えば、薬剤徐放)を実現するために必要な他の用途(例えば、薬剤包接物の局所滞在化)に非常に適しているが、その所望の用途には適していないもの(例えば、加水分解性がないもの等)も存在する。このような事情から、外部刺激応答性ポリマーの中にはその応用展開が断念され、日の目を見なかったものも少なくない。
【0006】
このような事情に鑑み、外部刺激応答性ポリマーの応用展開の可能性を高めることを本発明の課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1局面に係る多刺激応答性物質は、複数種類の外部刺激でゾル体からゲル体に変化し、少なくとも1種類の外部刺激でゲル体からゾル体に変化する。なお、ここにいう「外部刺激」とは、例えば、熱、圧力、pH、イオン強度、磁場、電場、光、超音波、電気、特定物質や特定分子との相互作用、酸化還元等である。また、ここにいう「ゲル体」とは「液体を含有する二次元または三次元の高分子網目構造物であって、流動性が低い状態のもの」を意味し、「ゾル体」とは「線形高分子や分岐高分子の溶液であって、比較的流動性が高い状態のもの」を意味する。また、ゲル体から変化したゾル体の成分は、ゲル体になる前のゾル体の成分と同一であってもよいし、相違してもよい。すなわち、この多刺激応答性物質は、複数種類の外部刺激で第1ゾル体からゲル体に変化し、少なくとも1種類の外部刺激でそのゲル体から、第1ゾル体とは異なる第2ゾル体に変化してもよい。また、複数種類の外部刺激は、同時に加えてもよいし、段階的に加えてもよい。また、この多刺激応答性物質は、ゲル化後、1種類の外部刺激のみでゾル化することが好ましい。
【0008】
上述の通り、この多刺激応答性物質は、複数種類の外部刺激でゾル体からゲル体に変化し、少なくとも1種類の外部刺激でゲル体からゾル体に変化する。このため、例えば、ある外部刺激で所望の用途(例えば、薬剤徐放)を制御し、他の外部刺激でその所望の用途を実現するために必要な他の用途(例えば、薬剤包接物の局所滞在化)を制御することができる。したがって、この多刺激応答性物質は、外部刺激応答性ポリマーの応用展開の可能性を高めることができる。また、この多刺激応答性物質が、ゲル化時に対応する複数の外部刺激でゾル化するように分子設計しておけば、この多刺激応答性物質にフェールセーフ機能を付与することができる。
【0009】
なお、上述の多刺激応答性物質は、多刺激応答性分子を含有することが好ましい。なお、多刺激応答性分子は多刺激応答性のオリゴマー体又は高分子量体であることが好ましい。多刺激応答性分子は、第1結合部位および第2結合部位を有する。なお、ここにいう「結合」としては、共有結合、イオン結合、配位結合、水素結合、ファンデルワールス結合等が挙げられる。第1結合部位は、第1外部刺激で第1分岐部位を形成する。第2結合部位は、第2外部刺激で直鎖部位または第2分岐部位を形成する。なお、ここにいう「第2外部刺激」とは、第1外部刺激とは異なる種類の外部刺激を意味する。そして、この多刺激応答性物質では、第1外部刺激と同種類または異種類の外部刺激による第1分岐部位の開裂、および、第2外部刺激と同種類または異種類の外部刺激による直鎖部位または第2分岐部位の開裂の少なくとも一方が起こり得る。なお、第1分岐部位が第1外部刺激と同種類の外部刺激で開裂される場合、通常、その外部刺激は、第1分岐部位が形成された条件(例えば、光架橋の場合は、波長条件)とは異なる条件(例えば、架橋波長がXnmであるのに対して開裂波長がYnmである場合)で加えられる。また、直鎖部位または第2分岐部位が第2外部刺激と同種類の外部刺激で開裂される場合、通常、その外部刺激は、第2分岐部位が形成された条件(例えば、光架橋の場合は、波長条件)とは異なる条件(例えば、架橋波長がXnmであるのに対して開裂波長がYnmである場合)で加えられる。
【0010】
また、上述の多刺激応答性物質において、ゲル体では、直鎖部位または第2分岐部位が複数の第1分岐部位に挟まれるか、第1分岐部位が複数の直鎖部位または第2分岐部位に挟まれるか、あるいは、いずれの配置関係も成立することが好ましい。
【0011】
本発明の第2局面に係る多刺激応答性分子は、上述の多刺激応答性物質の形成に用いられ得る分子であって、第1結合部位および第2結合部位を備える。第1結合部位は、第1外部刺激で第1分岐部位を形成する。第2結合部位は、第2外部刺激で直鎖部位または第2分岐部位を形成する。なお、ここにいう「第2外部刺激」とは、第1外部刺激とは異なる種類の外部刺激を意味する。そして、この多刺激応答性分子では、第1外部刺激と同種類または異種類の外部刺激による第1分岐部位の開裂、および、第2外部刺激と同種類または異種類の外部刺激による直鎖部位または第2分岐部位の開裂の少なくとも一方が起こり得る。
【0012】
本発明の第3局面に係る多刺激応答性物質の形態変更方法は、上述の多刺激応答性物質を利用するものであって、ゲル化工程およびゾル化工程を備える。ゲル化工程では、ゾル体に複数種類の外部刺激を加えてそのゾル体をゲル体に変化させる。なお、複数種類の外部刺激は、同時に加えてもよいし、段階的に加えてもよい。ゾル化工程では、ゲル体に少なくとも1種類の外部刺激を加えてそのゲル体をゾル体に変化させる。
【0013】
本発明の第4局面に係る多刺激応答性物質は、多刺激応答性分子を含有する。多刺激応答性分子は、開裂部位を有する。開裂部位は、第1外部刺激で開裂する。なお、この開裂部位は、第1外部刺激に応答して不可逆的に開裂してもよいし、可逆的に開裂してもよい。そして、この多刺激応答性物質は、第2外部刺激でゾル体からゲル体に変化し、第1外部刺激でゲル体からゾル体に変化する。なお、ここにいう「第2外部刺激」とは、第1外部刺激とは異なる種類の外部刺激を意味する。ゲル体から変化したゾル体の成分は、ゲル体になる前のゾル体の成分と同一であってもよいし、相違してもよい。すなわち、多刺激応答性物質は、第2外部刺激で第1ゾル体からゲル体に変化し、第1外部刺激でゲル体から、第1ゾル体とは異なる第2ゾル体に変化してもよい。
【0014】
上述の通り、この多刺激応答性物質は、第2外部刺激でゾル体からゲル体に変化し、第1外部刺激でゲル体からゾル体に変化する。このため、例えば、第1外部刺激で所望の用途(例えば、薬剤徐放)を制御し、第2外部刺激でその所望の用途を実現するために必要な他の用途(例えば、薬剤包接物の局所滞在化)を制御することができる。したがって、この多刺激応答性物質は、外部刺激応答性ポリマーの応用展開の可能性を高めることができる。
【0015】
なお、上述の多刺激応答性物質において、多刺激応答性分子は、第2外部刺激で架橋構造を形成する結合部位をさらに有することが好ましい。
【0016】
また、上述の多刺激応答性物質において、ゲル体では、架橋点が複数の開裂部位に挟まれることが好ましい。
【0017】
本発明の第5局面に係る多刺激応答性分子は、上述の多刺激応答性物質の形成に用いられ得る分子であって、結合部位および開裂部位を備える。結合部位は、第2外部刺激で架橋構造を形成する。開裂部位は、第1外部刺激で開裂する。なお、ここにいう「第1外部刺激」は、第2外部刺激とは異なる種類の外部刺激である。
【0018】
本発明の第6局面に係る多刺激応答性物質の形態変更方法は、第1外部刺激で開裂する開裂部位を含む多刺激応答性分子を含有する多刺激応答性物質(上述の多刺激応答性物質)を形態変更する多刺激応答性物質の形態変更方法であって、ゲル化工程およびゾル化工程を備える。ゲル化工程では、多刺激応答性分子を含有するゾル体に第2外部刺激を加えてゾル体をゲル体に変化させる。ゾル化工程では、ゲル体に第1外部刺激を加えてゲル体をゾル体に変化させる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の実施の形態に係る多刺激応答性ゾル−ゲル転移物質の概念を示す概略図である。
【
図2】実施例1に係るN−(2−アミノエチル)マレイミドトリフルオロアセテートの光二量化を示す紫外可視吸収スペクトルである。
【
図3】実施例1に係るアビジンの光変性を示す円二色性偏光スペクトルである。
【
図4】実施例1に係るα−ビオチニル−ω−マレイミジル−ポリエチレングリコール−アビジン複合体が入った容器の光照射前後の写真である。
【
図5】実施例1に係るα−ビオチニル−ω−マレイミジル−ポリエチレングリコール−アビジン複合体が入った容器のビオチン添加前後の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
<多刺激応答性ゾル−ゲル転移物質の構成>
本発明の実施の形態に係る多刺激応答性ゾル−ゲル転移物質は、多刺激応答性分子および液体物から構成されている。以下、この多刺激応答性分子および液体物それぞれについて詳述する。
【0021】
(1)多刺激応答性分子
本発明の実施の形態に係る多刺激応答性ゾル−ゲル転移物質を構成し得る多刺激応答性分子としては、
図1に示されるように、「第1外部刺激で第1分岐部位30を形成する第1結合部位11と、第1外部刺激とは異なる種類の外部刺激である第2外部刺激で直鎖部位40または第2分岐部位を形成する第2結合部位12とを有し、第1外部刺激と同種類または異種類の外部刺激による第1分岐部位30の開裂、および、第2外部刺激と同種類または異種類の外部刺激による直鎖部位40または第2分岐部位の開裂の少なくとも一方が起こり得る分子(以下「複数結合部位包含分子」という)10」および「第2’外部刺激で架橋構造を形成する結合部位11,12と、第2’外部刺激とは異なる種類の外部刺激である第1’外部刺激で開裂する開裂部位30,40とを有する分子50,60(以下「開裂部位包含分子」という)」が挙げられる。なお、多刺激応答性分子は、低分子量体であってもよいし、オリゴマー体であってもよいし、高分子量体であってもよいが、ゲル化の容易性の観点からオリゴマー体または高分子量体であることが好ましい。また、多刺激応答性分子は、直鎖状であってもよいし、分岐鎖状であってもよい。また、開裂部位包含分子50,60は、
図1に示されるように、複数結合部位包含分子10から形成し得る。以下、複数結合部位包含分子10および開裂部位包含分子50,60について詳述する。
【0022】
(1−1)複数結合部位包含分子
複数結合部位包含分子10は、上述の通り、第1結合部位11および第2結合部位12を有する(なお、以下、第1結合部位11と第2結合部位12をまとめて結合部位という場合がある。)。ここで、第1結合部位11は、上述の通り、第1外部刺激で第1分岐部位30を形成する。また、第2結合部位12は、第2外部刺激で直鎖部位40または第2分岐部位を形成する。なお、第2外部刺激は、第1外部刺激とは異なる種類の外部刺激である。そして、この複数結合部位包含分子10では、第1外部刺激と同種類または異種類の外部刺激で第1分岐部位が開裂するか、第2外部刺激と同種類または異種類の外部刺激で直鎖部位または第2分岐部位が開裂するか、両外部刺激で第1分岐部位、直鎖部位または第2分岐部位の両方が開裂する。なお、直鎖部位40または第2分岐部位が不可逆的に形成される場合、すなわち第1分岐部位30しか開裂し得ない場合、ゲル状態の多刺激応答性ゾル−ゲル転移物質において、直鎖部位40または第2分岐部位は、複数の第1分岐部位30に挟まれる必要がある(
図1参照)。また、逆に、第1分岐部位30が不可逆的に形成される場合、すなわち、直鎖部位40または第2分岐部位しか開裂し得ない場合、ゲル状態の多刺激応答性ゾル−ゲル転移物質において、第1分岐部位30は、複数の直鎖部位40または第2分岐部位に挟まれる必要がある(
図1参照)。
【0023】
図1において、複数結合部位包含分子10では、結合部位が2つしか存在していないが、結合部位は3つ以上存在してもかまわない。また、
図1において、第1結合部位11は、4つの第1結合部位11と結合可能な相互作用物質または相互作用分子(以下「相互作用物質等」と称する)20を介して第1分岐部位30を形成しているが、そのような相互作用物質等20を介さず四量化して第1分岐部位を形成してもよい。また、
図1では、第1結合部位11は、4つの分枝を有する分岐部位を形成しているが、分枝の数は3つ以上であればよい。また、
図1では、第1結合部位11は、系内において一種類しか存在していないが、複数種類存在してもかまわない。具体的には、相互作用物質等20が複数種類の結合部位を有する場合や、複数種類の第1結合部位11が多量化して分岐部位を形成する場合等が挙げられる。また、
図1において、第2結合部位12は、直鎖部位40を形成しているが、多量化して分岐部位を形成してもかまわない。また、かかる場合、第2結合部位12は、複数の第2結合部位12と結合可能な相互作用物質等20を介して分岐部位を形成してもかまわない。
【0024】
また、ここにいう「外部刺激」とは、例えば、熱、圧力、pH、イオン強度、磁場、電場、光、超音波、電気、特定物質や特定分子との相互作用等である。すなわち、結合部位は、熱応答性部位、圧力応答性部位、pH応答性部位、イオン強度応答性部位、磁場応答性部位、電場応答性部位、光応答性部位、超音波応答性部位、電気応答性部位、相互作用応答性部位、酸化還元応答性部位、複合刺激応答性部位などである。なお、これらの結合部位の中でも光応答性部位および相互作用応答性部位が特に好ましい。これらの結合部位としては、公知のものを利用することができるが、念のため、以下にいくつかの例を示す。
【0025】
光応答性部位としては、例えば、アジド基−(ニトリル基,アルキン基)の対、チオール基−アルケニル基の対、クロロメチル基、光開始ラジカル発生基、光多量化官能基等を挙げることができる。光多量化官能基としては、例えば、光二量化官能基が挙げられる。光二量化官能基としては、例えば、シンナモイル基、クマリン基、チミン基、キノン基、マレイミド基、カルコン基、ウラシル基、アントラセン基等が挙げられる。このような光二量化官能基は、π電子共役構造を含んでおり、[A+A](Aは2、4などの整数)光環化付加反応によって二量化される。なお、ここにいう「光環化付加反応」とは、π電子系の骨格を形成する反応をいう。また、上記光二量化官能基のうちクマリン基、チミン基、アントラセン基には、二量化−単量化の可逆性がある。具体的には、クマリン基は、310nm以上の長波長紫外線が照射されると二量化し、250〜260nm程度の短波長紫外線が照射されると単量化する。チミン基は、280nm前後の長波長紫外線が照射されると二量化し、240nm前後の短波長紫外線が照射されると単量化する。アントラセン基は、長波長紫外線が照射されると二量化し、加熱されたり300nm以下の短波長紫外線が照射されたりすると単量化する。
【0026】
熱応答性部位としては、例えば、ジエンとジエノフィルとの対(ディールス・アルダー反応)が挙げられる。ジエンとしては、例えば、フルフリル、ブタジエン等を挙げることができる。ジエノフィルとしては、例えば,マレイミド、ヘキセン等を挙げることができる。また、ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)、ポリ(ビニルエーテル)等の温度応答性高分子も挙げられる。
【0027】
pH応答性部位としては、例えば、1級アミノ基、2級アミノ基、3級アミノ基、カルボキシ基、リン酸基、スルホ基等が挙げられる。
【0028】
イオン強度応答性部位としては、例えば、アミノ基とカルボキシ基の対、アミノ基とリン酸基との対、アミノ基とスルホ基との対などが挙げられる。ここでのアミノ基とは、1級、2級、3級、4級のすべてのアミノ基を含む。
【0029】
酸化還元応答性部位としては、例えば、ビピリジル基やヒスチジンなどの金属イオン配位子と鉄イオンやニッケルイオンなどの金属イオンとの対、カテコール基などが挙げられる。
【0030】
相互作用応答性部位としては、例えば、アビジンおよびビオチンのいずれか、抗原および抗体のいずれか、シクロデキストリンおよびビスフェノールAのいずれか、糖鎖およびレクチンのいずれか、完全相補DNA対のいずれか等が挙げられる(すなわち、いずれか一方を複数結合部位包含分子に導入する。)。そして、ここで、相互作用応答性部位として選択されなかったもの(以下「非選択相互作用応答性部位」という)が相互作用物質や相互作用分子として利用される。また、分岐部位を形成する目的で、複数の非選択相互作用応答性部位を生体物質や分子等に担持させて相互作用物質等20として使用してもよい。また、イオン化側鎖を有する部位も相互作用応答性部位となり得る(アイオノマーの形成)。
【0031】
(1−2)開裂部位包含分子
開裂部位包含分子50,60は、上述の通り、結合部位11,12および開裂部位30,40を有する。
図1を用いて開裂部位包含分子50,60をより詳細に説明すると、符号50で示される開裂部位包含分子は、符号12で示される結合部位と、符号30で示される開裂部位を有する。また、符号60で示される開裂部位包含分子は、符号11で示される結合部位と、符号40で示される開裂部位を有する。なお、
図1では、説明の便宜上、二種類の開裂部位包含分子50,60が描画されているが、開裂部位包含分子50,60はいずれか一種類であってかまわない。ただし、符号30の部位のみが開裂する場合、すなわち符号12で示される結合部位が架橋点を形成する場合、ゲル状態の多刺激応答性ゾル−ゲル転移物質において、符号40の部位(ここでは非開裂部位)は、複数の開裂部位30に挟まれる必要がある(
図1参照)。また、逆に、符号40の部位のみが開裂する場合、すなわち符号11で示される結合部位が架橋点を形成する場合、ゲル状態の多刺激応答性ゾル−ゲル転移物質において、符号30の部位(ここでは非開裂部位)は、複数の開裂部位40に挟まれる必要がある(
図1参照)。そして、ここで、結合部位11,12は、上述の通り、第2’外部刺激で架橋構造を形成する。また、開裂部位30,40は、第1’外部刺激で開裂する。なお、第1’外部刺激は、第2’外部刺激とは異なる種類の外部刺激である。
【0032】
図1において、開裂部位包含分子50,60では、開裂部位が1つしか存在していないが、開裂部位は2つ以上存在してもかまわない。また、
図1において、開裂部位包含分子50,60では、結合部位11,12が1種類しかないが、複数種類の結合部位が存在していてもかまわない。また、
図1において、開裂部位包含分子50は、結合部位11と結合可能な相互作用物質または相互作用分子(以下「相互作用物質等」と称する)20を介して開裂部位30を形成しているが、そのような相互作用物質等20を介さず四量化して開裂部位を形成してもよい。また、
図1では、開裂部位包含分子50は、4つの結合部位12を有しているが、結合部位の数は3以上であればよい。また、
図1では、開裂部位30が、相互作用物質等20と結合部位11の対のみで形成されているが、他の種類の対が併用されて形成されてもかまわない。具体的には、相互作用物質等20が複数種類の結合部位を有する場合や、複数種類の結合部位11が多量化して分岐部位を形成する場合等が挙げられる。
【0033】
また、
図1において、開裂部位包含分子60は、直鎖状の開裂部位40を形成しているが、分枝状の開裂部位を形成してもよい。また、ここでは、開裂部位包含分子60は直鎖状の開裂部位40を形成しているが、これは、相互作用物質等20が3つ以上の結合部位11と結合を形成し得ることに起因している。すなわち、開裂部位包含分子が分岐部位を形成しうる場合、その開裂部位は直鎖状であってもかまわない。
【0034】
(2)液体物
本発明の実施の形態において、液体物は、多刺激応答性分子を溶解すると共に、そのゲル化物を少なくとも一部でも溶解し得るものであればよい。このような液体物としては、特に制限されず、例えば、水や、有機溶媒、緩衝液が挙げられる。
【0035】
<多刺激応答性ゾル−ゲル転移物質の形態変更方法>
以下、多刺激応答性ゾル−ゲル転移物質が複数結合部位包含分子を含む場合と、開裂部位包含分子を含む場合とに分けて多刺激応答性ゾル−ゲル転移物質の形態変更方法について説明を行う。なお、説明を容易にするため、
図1に基づいて説明を行うが、本発明は、
図1に示されるものに限定されない。
【0036】
(1)複数結合部位包含分子を含む場合
(1−1)ゲル化
先ず、液体物に複数結合部位包含分子10を溶解させたもの(以下「複数結合部位包含分子溶液」という)を準備する。次に、この複数結合部位包含分子溶液に2種類の外部刺激を順に又は同時に与える。なお、前者の場合、第1外部刺激(相互作用物質等20の添加)の後に第2外部刺激を与えてもよいし、第2外部刺激の後に第1外部刺激を与えてもよい。すると、複数結合部位包含分子10が架橋構造を形成し、複数結合部位包含分子溶液がゲル化する。
【0037】
(1−2)ゾル化
上述のように形成されたゲル体に、第1外部刺激、第2外部刺激およびその他の外部刺激の少なくともいずれかを与える。すると、ゲル体がゾル体へと変化する。なお、複数結合部位包含分子10の第1結合部位11が不可逆的に第1分岐部位30を形成する場合、ゲル体には、直鎖部位40または第2分岐部位を開裂させ得る外部刺激のみを与えればよく、複数結合部位包含分子10の第2結合部位12が不可逆的に直鎖部位40または第2分岐部位を形成する場合、ゲル体には、第1分岐部位30を開裂させ得る外部刺激のみを与えればよい。なお、前者の場合、液体物中には、符号50で示される成分が存在し、後者の場合、液体物中には、符号60で示される成分と、他の物質または分子(以下「物質等」という)を捕捉した相互作用物質等20とが存在することになる。また、複数結合部位包含分子10の第1結合部位11が可逆的に第1分岐部位30を形成し、第2結合部位12も可逆的に直鎖部位40または第2分岐部位を形成する場合、第1分岐部位30を開裂させ得る外部刺激のみを与えてもよいし、直鎖部位40または第2分岐部位を開裂させ得る外部刺激のみを与えてもよいし、第1分岐部位30と、直鎖部位40または第2分岐部位との両方を開裂させ得る外部刺激を与えてもよい。なお、1つ目の場合、液体物中には、符号60で示される成分と、他の物質等を捕捉した相互作用物質等20とが存在し、2つ目の場合、液体物中には、符号50で示される成分が存在し、3つ目の場合、符号10で示される成分すなわち複数結合部位包含分子10と、他の物質等を捕捉した相互作用物質等20とが存在することになる。
【0038】
(2)開裂部位包含分子を含む場合
(2−1)符号50の開裂部位包含分子の場合
(2−1−1)ゲル化
先ず、液体物に開裂部位包含分子50を溶解させたもの(以下「第1開裂部位包含分子溶液」という)を準備する。次に、この複数結合部位包含分子溶液に第2’外部刺激(この場合、第2結合部位12により直鎖部位を形成する外部刺激)を与える。すると、開裂部位包含分子50が架橋構造を形成し、第1開裂部位包含分子溶液がゲル化する。
【0039】
(2−1−2)ゾル化
上述のように形成されたゲル体に、第1’外部刺激(この場合、相互作用物質等20の添加)を与える。すると、ゲル体がゾル体へと変化する。なお、かかる場合、液体物中には、符号60で示される成分と、他の物質または分子(以下「物質等」という)を捕捉した相互作用物質等20とが存在することになる。
【0040】
(2−2)符号60の開裂部位包含分子の場合
(2−2−1)ゲル化
先ず、液体物に開裂部位包含分子60を溶解させたもの(以下「第2開裂部位包含分子溶液」という)を準備する。次に、この複数結合部位包含分子溶液に第2’外部刺激(この場合、相互作用物質等20の添加)を与える。すると、開裂部位包含分子60が架橋構造を形成し、第2開裂部位包含分子溶液がゲル化する。
【0041】
(2−2−2)ゾル化
上述のように形成されたゲル体に、第1’外部刺激(この場合、直鎖部位40を開裂させる外部刺激)を与える。すると、ゲル体がゾル体へと変化する。なお、かかる場合、液体物中には、符号50で示される成分が存在することになる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例を示して本発明をより詳細に説明する。ただし、本発明は、以下に示す実施例に限定されない。
【0043】
(1)α−ビオチニル−ω−マレイミジル−ポリエチレングリコールの調製
25.0mg(4.82μmol)のα−ビオチニル−ω−スクシニミジル−ポリエチレングリコール(BSP)、0.88mg(3.46μmol)のN−(2−アミノエチル)マレイミドトリフルオロアセテート(AEM)および2.00μLのトリエチルアミンを1.964mLのジメチルホルムアミドに溶解させ、その溶液を25℃で12時間静置した(静置中の反応は以下の化学反応式(A)参照)。次に、その溶液を10mLのジエチルエーテルに加え、得られた沈殿物を25℃、3000rpmの条件で10分間遠心分離した。次いで、その上清を除去した後、再び10mLのジエチルエーテルを加えて洗浄を行う、先程と同様の条件で遠心分離した。そして、その後、この洗浄操作を計3回繰り返した。洗浄操作完了後、沈殿物に2mLの0.1M 塩酸を加えて沈殿物を溶解させた。続いて、透析膜(分画分子量:3500Da)を用いてその溶液を24時間透析して未反応のAEMを除去した。その後、その溶液を凍結乾燥して15.8mg(収率:63%)のα−ビオチニル−ω−マレイミジル−ポリエチレングリコール(BMP)を得た。なお、
1H NMR測定の結果、得られたBMP1分子に対して約0.63分子のマレイミドが修飾されていることが明らかとなった。
【化1】
【0044】
(2)N−(2−アミノエチル)マレイミドトリフルオロアセテートの光二量化の確認
紫外可視吸収スペクトル測定によってAEMの光二量化を確認した。その結果、
図2に示されるように光照射時間の増加に伴ってマレイミド基に由来する290nm付近の吸光度が減少する事象が確認された。これは光照射によりマレイミド基が二量体を形成することを示している。
【0045】
(3)アビジンの光変性の確認
円二色性偏光測定によってアビジンの光変性を確認した。その結果、
図3に示されるように、ネイティブのアビジンに観られる230nm付近のピークが光照射により減少し、光照射30〜60分後のスペクトルはネイティブのアビジンのものと明白に異なった。これは、光照射によりアビジンが変性したためであると考えられる。この結果から、光照射時間を10分以内に制限してBMPの光応答挙動を検討した。
【0046】
(4)α−ビオチニル−ω−マレイミジル−ポリエチレングリコール−アビジン複合体溶液の調製およびその溶液のゾル−ゲル転移性の確認
アビジンに対するBMPのモル比が4となるようにアビジンとBMPを100μLの0.1M リン酸緩衝液(PBS)に溶解させてBMP−アジビン複合体溶液を調製した。なお、このPBSのpHは7.4であった。次に、このBMP−アジビン複合体溶液を組立て石英セル(GLサイエンス社製AB10−UV−1.0)内に注入し、そのBMP−アジビン複合体溶液に広域波長の紫外線光を10分間照射した。この光照射前後におけるBMP−アジビン複合体溶液の写真を
図4に示した。
図4より、光照射によりBMP−アジビン複合体溶液の粘度が増加し、溶液を逆さにしてもBMP−アジビン複合体溶液が流れ落ちないことがわかる。したがって、このBMP−アジビン複合体溶液は、光照射によってゾル−ゲル転移することが明らかとなった。
【0047】
(5)α−ビオチニル−ω−マレイミジル−ポリエチレングリコール−アビジン複合体ゲルのゲル−ゾル転移の確認
100mg/mLのBMP−アジビン複合体溶液に光照射して得られたBMP−アジビン複合体ゲル中のアビジンに対して4当量のビオチンを添加するために、そのBMP−アジビン複合体ゲルに、20mg/mLのビオチンを含むPBS溶液23μLを添加した。その後、その溶液を静置したところ、BMP−アビジン複合体ゲルがゾルへと変化した(
図5参照)。これは、BMP−アビジン複合体ゲル中のアビジンと複合体を形成しているBMPが、添加したフリーのビオチンと交換反応し、BMP−アビジン複合体の結合が開裂した結果、BMP−アビジン複合体ゲルの三次元ネットワークが崩壊したためであると考えられる。以上の結果より、BMPはアビジンと光によりBMP−アビジン複合体ゲルを形成し、BMP−アビジン複合体ゲルへビオチンが添加されることによってBMP−アビジン複合体ゲルがゾル化することが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明に係る多刺激応答性物質は、薬剤徐放システムや、マイクロ流体デバイスの自律応答型バルブ、食品、化粧品、サニタリー用品等に利用することができる可能性がある。
【符号の説明】
【0049】
10 複数結合部位包含分子
11 第1結合部位
12 第2結合部位
20 相互作用物質,相互作用分子
30 第1分岐部位,開裂部位
40 直鎖部位,開裂部位
50,60 開裂部位包含分子