特開2016-26880(P2016-26880A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ダイヘンの特許一覧

<>
  • 特開2016026880-パルスアーク溶接の出力制御方法 図000003
  • 特開2016026880-パルスアーク溶接の出力制御方法 図000004
  • 特開2016026880-パルスアーク溶接の出力制御方法 図000005
  • 特開2016026880-パルスアーク溶接の出力制御方法 図000006
  • 特開2016026880-パルスアーク溶接の出力制御方法 図000007
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-26880(P2016-26880A)
(43)【公開日】2016年2月18日
(54)【発明の名称】パルスアーク溶接の出力制御方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/09 20060101AFI20160122BHJP
   B23K 9/12 20060101ALI20160122BHJP
【FI】
   B23K9/09
   B23K9/12 305
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2015-68666(P2015-68666)
(22)【出願日】2015年3月30日
(31)【優先権主張番号】特願2014-129342(P2014-129342)
(32)【優先日】2014年6月24日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(72)【発明者】
【氏名】高田 賢人
(72)【発明者】
【氏名】中俣 利昭
【テーマコード(参考)】
4E082
【Fターム(参考)】
4E082AA01
4E082AA04
4E082AB03
4E082BA04
4E082EA11
4E082EC17
4E082ED01
4E082EF07
4E082EF16
4E082JA01
4E082JA03
(57)【要約】
【課題】給電チップ・母材間距離が短い状態でのパルスアーク溶接では、アーク長の変動によって長期短絡が複数回数発生する状態に陥りやすい。
【解決手段】ピーク期間Tp中のピーク電流Ip及びベース期間Tb中のベース電流Ibを1パルス周期とする溶接電流Iwを通電して溶接するパルスアーク溶接の出力制御方法において、パルス周期ごとに長期短絡を検出し、この長期短絡の検出に基づいて長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことを判別したときは、判別以降のパルス周期における溶接ワイヤへの入熱が増大するように溶接電流Iwの波形パラメータTp、Ipを変化させる。これにより、パルス周期中に溶接ワイヤへの入熱が増大するので、短絡を伴うことなく溶滴が移行してアーク長が長い状態となる。この結果、長期短絡が複数回数発生する状態から抜け出して、安定した溶接状態を回復することができる。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤを送給し、ピーク期間中のピーク電流及びベース期間中のベース電流を1パルス周期とする溶接電流を通電して溶接するパルスアーク溶接の出力制御方法において、
前記パルス周期ごとに長期短絡を検出し、この長期短絡の検出に基づいて前記長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことを判別したときは、前記判別以降の前記パルス周期における前記溶接ワイヤへの入熱が増大するように前記溶接電流の波形パラメータを変化させ、前記長期短絡は短絡時間が予め定めた基準時間以上の短絡である、
ことを特徴とするパルスアーク溶接の出力制御方法。
【請求項2】
前記長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことの判別を、前記長期短絡が連続した第1基準回数の前記パルス周期で発生したことを判別することによって行い、前記第1基準回数は2以上の整数である、
ことを特徴とする請求項1記載のパルスアーク溶接の出力制御方法。
【請求項3】
前記長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことの判別を、予め定めた単位時間当たりに第2基準回数以上の前記長期短絡が発生したことを判別することによって行い、前記第2基準回数は2以上の整数である、
ことを特徴とする請求項1記載のパルスアーク溶接の出力制御方法。
【請求項4】
前記長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことの判別を、予め定めた単位回数の前記パルス周期当たりに第3基準回数以上の前記長期短絡が発生したことを判別することによって行い、前記第3基準回数は2以上の整数である、
ことを特徴とする請求項1記載のパルスアーク溶接の出力制御方法。
【請求項5】
前記溶接電流の前記波形パラメータの変化は、前記判別以降の所定回数又は所定時間の前記パルス周期に対して行う、
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のパルスアーク溶接の出力制御方法。
【請求項6】
前記溶接電流の前記波形パラメータが変化している前記パルス周期中は、前記溶接ワイヤの送給速度を減速させる、
ことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のパルスアーク溶接の出力制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接ワイヤを送給し、ピーク期間中のピーク電流及びベース期間中のベース電流を1パルス周期とする溶接電流を通電して溶接するパルスアーク溶接の出力制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
溶接ワイヤを一定の速度で送給し、ピーク期間中のピーク電流及びベース期間中のベース電流を1パルス周期とするパルス波形の溶接電流を通電してアークを発生させて溶接する消耗電極式パルスアーク溶接方法が広く使用されている。このパルスアーク溶接方法は、鉄鋼、アルミニウム等の種々の金属材料に対して、スパッタ発生量の少ない高品質の溶接を高効率に行うことができる。
【0003】
図5は、消耗電極式パルスアーク溶接における一般的な電流・電圧波形図である。同図(A)はアークを通電する溶接電流Iwの波形を示し、同図(B)は溶接ワイヤと母材との間に印加する溶接電圧Vwの波形を示す。以下、同図を参照して説明する。
【0004】
時刻t1〜t2のピーク期間Tp中は、同図(A)に示すように、傾斜を有して立上り、溶滴を形成し移行させるために臨界値以上のピーク電流Ipが通電し、同図(B)に示すように、傾斜を有して立上り、アーク長に比例したピーク電圧Vpが印加する。時刻t2〜t3のベース期間Tb中は、同図(A)に示すように、傾斜を有して立下り、溶滴を形成しないために臨界値未満のベース電流Ibが通電し、同図(B)に示すように、傾斜を有して立下り、アーク長に比例したベース電圧Vbが印加する。時刻t1〜t3を1パルス周期Tfとして繰り返して溶接が行われる。
【0005】
溶接ワイヤが直径1.2mmの鉄鋼ワイヤである場合、ピーク電流Ip=450〜500A、立上りを含むピーク期間Tp=1.5〜2.0ms、パルス周期Tf=4.0〜10.0ms、ベース電流Ib=30〜70A、立上り期間及び立下り期間=0.5〜1.0ms程度に設定される。立上り期間及び立下り期間は、溶接トーチ、溶接用ケーブル、溶接電源内蔵のリアクトル等によるインダクタンス値によってその最短時間(0.5ms)が決まる。また、立上り期間及び立下り期間は、溶接条件に応じて適正値(0.5〜1.0ms)に設定される。
【0006】
ピーク期間Tp中は、溶接ワイヤの先端が溶融されて溶滴が成長すると共に、溶滴の上部にピンチ力によるくびれが次第に形成される。そして、時刻t2にベース期間Tbに入り、溶接電流Iwが立ち下ってベース電流Ibに収束した後の時刻t21において、溶滴が溶融池に移行する。この移行時には、溶滴が細長く伸びた形状になり溶融池と接触する場合があり、このときに短時間(多くは0.2ms未満)の短絡が発生する。したがって、同図(B)に示すように、時刻t21において、溶接電圧Vwが略0Vとなり、短絡が発生している。同図(A)に示すように、溶接電流Iwは、短絡が発生した時刻t21から所定時間後に増加し、短絡が終了する時刻t22に通常値に戻る。所定時間は0.1ms程度である。溶接電流Iwを増加させる理由は、早期に短絡を解除してアーク発生状態に戻すためである。
【0007】
パルスアーク溶接を含む消耗電極式アーク溶接では、溶接中のアーク長を適正値に維持することが良好な溶接品質を得るために重要である。このアーク長制御は、以下のように行われる。同図(B)に示す溶接電圧の平均値Vavはアーク長に略比例する。このために、溶接電圧平均値Vavを検出し、この溶接電圧平均値Vavが適正アーク長に相当する値に設定された溶接電圧設定値Vr(図示は省略)と等しくなるように、上記のパルス周期Tf(周波数変調制御)、ピーク期間Tp(パルス幅変調制御)又はピーク電流Ip(ピーク電流変調制御)をフィードバック制御によって変化させている。上記のベース電流Ibは所定値に設定される。
【0008】
周波数変調制御では、ピーク期間Tp及びピーク電流Ipが波形パラメータとなり、所定値に設定される。そして、パルス周期Tf(ベース期間Tb)がフィードバック制御される。
【0009】
パルス幅変調制御では、ピーク電流Ip及びパルス周期Tfが波形パラメータとなり、所定値に設定される。そして、ピーク期間(パルス幅)Tpがフィードバック制御される。
【0010】
ピーク電流変調制御では、ピーク期間Tp及びパルス周期Tfが波形パラメータとなり、所定値に設定される。そして、ピーク電流Ipがフィードバック制御される。
【0011】
上記の溶接電圧平均値Vavは、溶接電圧Vwを検出してローパスフィルタ(カットオフ周波数1〜10Hz程度)に通すことによって検出される。
【0012】
各変調制御において、波形パラメータは、1パルス周期中に1つの溶滴が移行するいわゆる1パルス周期1溶滴移行状態になるように適正値に設定される。
【0013】
特許文献1の発明では、溶接ワイヤと母材との短絡を検出し、この短絡発生時期がパルス周期に対して、早期領域か適正領域か後期領域かを判断し、この判断に基づいて波形パラメータを自動調整するものである。例えば、自動調整する対象となる波形パラメータとしてピーク期間Tpを選択した場合、第n回目のパルス周期における短絡発生時期が早期領域であったときはピーク期間Tpを0.1msだけ短くし、第n+1回目のパルス周期における短絡発生時期が適正領域であったときはピーク機関Tpはそのままの値を維持する。また、第m回目のパルス周期における短絡発生時期が後期領域であったときはピーク機関Tpを0.1msだけ長くする。n及びmは、正の整数である。このようにして、波形パラメータの自動調整を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特許第2973714号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
ワーク(母材)の形状によっては、溶接トーチ先端と母材との距離(以下、給電チップ・母材間距離という)が通常値よりも短い状態でパルスアーク溶接を行う必要が生じる場合がある。このような場合には、アーク長が変動して短絡時間が通常値よりも長い長期短絡が複数回数発生する不安定状態に陥りやすい。長期短絡が複数回数発生する状態に一旦陥ると、その状態からなかなか抜け出せない状態となり、スパッタ発生量が増大し、ビード外観も悪くなる。
【0016】
そこで、本発明では、給電チップ・母材間距離が短い状態でのパルスアーク溶接において、アーク長の変動によって長期短絡が複数回数発生する状態に陥っても、迅速にその状態から抜け出して安定した溶接状態へと回復することができるパルスアーク溶接の出力制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、
溶接ワイヤを送給し、ピーク期間中のピーク電流及びベース期間中のベース電流を1パルス周期とする溶接電流を通電して溶接するパルスアーク溶接の出力制御方法において、
前記パルス周期ごとに長期短絡を検出し、この長期短絡の検出に基づいて前記長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことを判別したときは、前記判別以降の前記パルス周期における前記溶接ワイヤへの入熱が増大するように前記溶接電流の波形パラメータを変化させ、前記長期短絡は短絡時間が予め定めた基準時間以上の短絡である、
ことを特徴とするパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0018】
請求項2の発明は、前記長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことの判別を、前記長期短絡が連続した第1基準回数の前記パルス周期で発生したことを判別することによって行い、前記第1基準回数は2以上の整数である、
ことを特徴とする請求項1記載のパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0019】
請求項3の発明は、前記長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことの判別を、予め定めた単位時間当たりに第2基準回数以上の前記長期短絡が発生したことを判別することによって行い、前記第2基準回数は2以上の整数である、
ことを特徴とする請求項1記載のパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0020】
請求項4の発明は、前記長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことの判別を、予め定めた単位回数の前記パルス周期当たりに第3基準回数以上の前記長期短絡が発生したことを判別することによって行い、前記第3基準回数は2以上の整数である、
ことを特徴とする請求項1記載のパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0021】
請求項5の発明は、前記溶接電流の前記波形パラメータの変化は、前記判別以降の所定回数又は所定時間の前記パルス周期に対して行う、
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載のパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【0022】
請求項6の発明は、前記溶接電流の前記波形パラメータが変化している前記パルス周期中は、前記溶接ワイヤの送給速度を減速させる、
ことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のパルスアーク溶接の出力制御方法である。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、パルス周期中に溶接ワイヤへの入熱が増大するので、短絡を伴うことなく溶滴が移行してアーク長が長い状態となる。この結果、長期短絡が複数回数発生する状態から抜け出して、安定した溶接状態を回復することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を説明するための電流・電圧波形図である。
図2】本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
図3】本発明の実施の形態2に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を説明するための電流・電圧波形図である。
図4】本発明の実施の形態2に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
図5】従来技術において、消耗電極式パルスアーク溶接における一般的な電流・電圧波形図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0026】
[実施の形態1]
実施の形態1の発明は、パルス周期ごとに長期短絡を検出し、この長期短絡の検出に基づいて長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことを判別したときは、判別以降のパルス周期における溶接ワイヤへの入熱が増大するように溶接電流の波形パラメータを変化させるものである。
【0027】
図1は、本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を説明するための電流・電圧波形図である。同図(A)は溶接電流Iwの波形を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの波形を示し、同図(C)は短絡判別信号Sdの波形を示す。同図において、上述した図5と同一の動作についての説明は繰り返さない。同図において図示は省略するが、溶接ワイヤは定則送給されている。以下、同図を参照して説明する。
【0028】
同図は、5周期分の波形を示している。時刻t1〜t2のパルス周期において、ピーク期間Tp中はピーク電流Ipが通電し、ベース期間Tb中はベース電流Ibが通電する。同図では、時刻t1〜t2のパルス周期、時刻t2〜t3のパルス周期及び時刻t3〜t4のパルス周期において3回連続して長期短絡が発生している場合である。ここで、長期短絡を定義すると、短絡時間が予め定めた基準時間以上の短絡のことである。上述したように、安定した溶接状態においても、0.2ms未満の通常短絡が発生する場合がある。したがって、基準時間は、通常短絡とは区別するために0.2msよりは長い時間に設定され、例えば0.4〜1.0ms程度に設定される。時刻t11〜t12、時刻t21〜t22及び時刻t31〜t32の短絡期間中は、同図(C)に示すように、短絡判別信号SdがHighレベルになる。同図では、この3つの短絡期間の時間長さが基準時間以上の長期短絡であった場合である。この長期短絡期間中は、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは略0Vとなり、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは所定時間経過後に増加する。
【0029】
連続した第1基準回数n1のパルス周期において長期短絡が発生したときは、アーク長が変動して長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったと判別する。同図では、第1基準回数n1は3回に設定されているので、長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったと判別している。
【0030】
上記の判別に基づいて、時刻t4〜t5のパルス周期においては、溶接ワイヤへの入熱が増大するように溶接電流Iwの波形パラメータを変化させる。同図では、波形パラメータがピーク電流Ip及びピーク期間Tpである場合である。入熱を増大させるために、両値を増加させている。これにより、パルス周期中に溶接ワイヤへの入熱が増大するので、短絡を伴うことなく溶滴が移行してアーク長が長い状態となる。この結果、長期短絡が複数回数発生する状態から抜け出して、安定した溶接状態を回復する。したがって、時刻t4〜t5のパルス周期中は、短絡が発生していない。
【0031】
続く時刻t5〜t6のパルス周期においては、ピーク電流Ip及びピーク期間Tpは、時刻t4以前の通常値に戻している。長期短絡が複数回数発生する状態から抜け出しているので、この周期中も短絡は発生していない。
【0032】
給電チップ・母材間距離が短い状態でのパルスアーク溶接において、アーク長が変動して長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことを、以下のようにして判別することができる。
判別方法1)上述した判別方法であり、長期短絡が連続した第1基準回数n1のパルス周期で発生したことを判別することによって行う。第1基準回数n1は、2以上の整数であり、3〜10回程度に設定される。
判別方法2)単位時間当たりに第2基準回数n2以上の長期短絡が発生したことを判別して行う。例えば、単位時間は100msに設定され、第2基準回数n2は2以上の整数であり、5〜20程度に設定される。
判別方法3)単位回数のパルス周期当たりに第3基準回数n3以上の長期短絡が発生したことを判別して行う。単位回数>第3基準回数n3である。例えば、単位回数のパルス周期は20回に設定され、第3基準回数n3は2以上の整数であり、5〜10程度に設定される。
【0033】
上述したように、長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことを判別した以降のパルス周期における溶接ワイヤへの入熱を増大させるために、溶接電流Iwの波形パラメータを変化させる。波形パラメータは、アーク長制御の方式によって以下のようになる。
1)周波数変調制御のときは、波形パラメータは、ピーク電流Ip及び/又はピーク期間Tpとなる。入熱を増大させるためには、ピーク電流Ip及び/又はピーク期間Tpを増加させる。
2)パルス幅変調制御のときは、波形パラメータは、ピーク電流Ip及び/又はパルス周期となる。入熱を増大させるためには、ピーク電流Ipの増加及び/又はパルス周期の減少を行う。
3)ピーク電流変調制御のときは、波形パラメータは、ピーク期間Tp及び/又はパルス周期となる。入熱を増大させるためには、ピーク期間Tpの増加及び/又はパルス周期の減少を行う。
【0034】
図1の場合には、判別以降の1回のパルス周期中のみ波形パラメータを変化させて、溶接ワイヤへの入熱を増大させている。判別以降の所定回数又は所定時間のパルス周期中の波形パラメータを変化させるようにしても良い。これにより、より確実に長期短絡が複数回数発生する状態から抜け出すことができる。所定回数は1〜10回程度であり、所定時間は5〜100ms程度である。これらは、長期短絡が複数回発生する状態から抜け出せる値として実験によって設定される。
【0035】
図2は、図1で上述した本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0036】
電源主回路PMは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する駆動信号Dvに従ってインバータ制御による出力制御を行い、溶接電流Iw及び溶接電圧Vwを出力する。この電源主回路PMは、図示は省略するが、商用電源を整流する1次整流器、整流された直流を平滑するコンデンサ、平滑された直流を上記の駆動信号Dvに従って高周波交流に変換するインバータ回路、高周波交流をアーク溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を整流する2次整流器、整流された直流を平滑するリアクトルを備えている。
【0037】
溶接ワイヤ1は、ワイヤリール1aに巻かれている。溶接ワイヤ1は、ワイヤ送給モータWMに結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を送給速度Fwで送給されて、母材2との間にアーク3が発生して溶接が行われる。アーク3中を溶接電流Iwが通電し、溶接トーチ4内の給電チッップ(図示は省略)と母材2との間に溶接電圧Vwが印加する。
【0038】
溶接電圧検出回路VDは、溶接電圧Vwを検出して溶接電圧検出信号Vdを出力する。溶接電圧平均値算出回路VAVは、この溶接電圧検出信号Vdを入力として、ローパスフィルタに通すことによって平均化して、溶接電圧平均値信号Vavを出力する。溶接電圧設定回路VRは、予め定めた溶接電圧設定信号Vrを出力する。電圧誤差増幅回路EVは、この溶接電圧設定信号Vrと上記の溶接電圧平均値信号Vavとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。
【0039】
電圧・周波数変換回路VFは、上記の電圧誤差増幅信号Evを入力として、この電圧誤差増幅信号Evの値に応じた周波数を有するパルス周期信号Tfを出力する。このパルス周期信号Tfは、パルス周期ごとに短時間Highレベルになる信号である。
【0040】
短絡判別回路SDは、上記の溶接電圧検出信号Vdを入力として、その値によって短絡状態を判別してHighレベルになる短絡判別信号Sdを出力する。
【0041】
長期短絡検出回路SEは、上記の短絡判別信号Sdを入力として、短絡判別信号SdがHighレベルに変化した時点からのHighレベルの経過時間が予め定めた基準時間以上になるとHighレベルにセットされ、短絡判別信号SdがLowレベルになるとLowレベルにリセットされる長期短絡検出信号Seを出力する。
【0042】
長期短絡複数発生判別回路SFは、上記の長期短絡検出信号Se及び上記のパルス周期信号Tfを入力として、図1で上述した判別方法1)〜3)のいずれかによって長期短絡が複数回数発生する状態に陥っているかを判別して、陥っていると判別したときは所定パルス周期又は所定時間の間Highレベルとなる長期短絡複数発生判別信号Sfを出力する。
【0043】
ピーク期間設定回路TPRは、上記の長期短絡複数発生判別信号Sfを入力として、長期短絡複数発生判別信号SfがLowレベルのときは予め定めた通常値となり、Highレベルのときは通常値よりも増加した値となるピーク期間設定信号Tprを出力する。
【0044】
タイマ回路TMは、上記のピーク期間設定信号Tpr及び上記のパルス周期信号Tfを入力として、パルス周期信号TfがHighレベルに変化するごとにピーク期間設定信号Tprによって定まる期間だけHighレベルになるタイマ信号Tmを出力する。したがって、このタイマ信号TmがHighレベルのときはピーク期間になり、Lowレベルのときはベース期間になる。
【0045】
ピーク電流設定回路IPRは、上記の長期短絡複数発生判別信号Sfを入力として、長期短絡複数発生判別信号SfがLowレベルのときは予め定めた通常値となり、Highレベルのときは通常値よりも増加した値となるピーク電流設定信号Iprを出力する。
【0046】
ベース電流設定回路IBRは、予め定めたベース電流設定信号Ibrを出力する。
【0047】
切換回路SWは、上記のタイマ信号Tm、上記のピーク電流設定信号Ipr及び上記のベース電流設定信号Ibrを入力として、タイマ信号TmがHighレベルのときはピーク電流設定信号Iprを電流制御設定信号Icrとして出力し、Lowレベルのときはベース電流設定信号Ibrを電流制御設定信号Icrとして出力する。
【0048】
溶接電流検出回路IDは、溶接電流Iwを検出して溶接電流検出信号Idを出力する。電流誤差増幅回路EIは、上記の電流制御設定信号Icrと上記の溶接電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。駆動回路DVは、この電流誤差増幅信号Eiを入力として、PWM制御を行い、上記の電源主回路PMのインバータ回路を駆動するための駆動信号Dvを出力する。
【0049】
溶接電流平均値設定回路IRは、予め定めた溶接電流平均値設定信号Irを出力する。送給速度設定回路FRは、この溶接電流平均値設定信号Irを入力として、予め内蔵されている溶接電流平均値と送給速度との関係式によって溶接電流平均値設定信号Irの値に対応した送給速度設定信号Frを算出して出力する。送給制御回路FCは、この送給速度設定信号Frを入力として、この値によって定まる送給速度で溶接ワイヤ1を送給するための送給制御信号Fcを上記のワイヤ送給モータWMに出力する。
【0050】
同図は、アーク長制御の方式が周波数変調制御の場合である。パルス幅変調制御又はピーク電流変調制御の場合は、長期短絡複数発生判別信号Sfに基づいて変化させる波形パラメータを上述した各制御方式に対応したものに変更することによって、同様に行うことができる。
【0051】
上述した実施の形態1によれば、パルス周期ごとに長期短絡を検出し、この長期短絡の検出に基づいて長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことを判別したときは、判別以降のパルス周期における溶接ワイヤへの入熱が増大するように溶接電流の波形パラメータを変化させる。これにより、実施の形態1では、パルス周期中に溶接ワイヤへの入熱が増大するので、短絡を伴うことなく溶滴が移行してアーク長が長い状態となる。この結果、長期短絡が複数回数発生する状態から抜け出して、安定した溶接状態を回復することができる。
【0052】
[実施の形態2]
実施の形態2の発明は、溶接電流の波形パラメータが変化しているパルス周期中は、溶接ワイヤの送給速度を減速させるものである。
【0053】
図3は、本発明の実施の形態2に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を説明するための電流・電圧波形図である。同図(A)は溶接電流Iwの波形を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの波形を示し、同図(C)は短絡判別信号Sdの波形を示し、同図(D)は溶接ワイヤの送給速度Fwの波形を示す。同図(A)〜(C)の各波形は、上述した図1と同一であるので、これらの波形についての説明は繰り返さない。以下、同図を参照して説明する。
【0054】
上述したように、長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことの判別に基づいて、時刻t4〜t5のパルス周期においては、溶接ワイヤへの入熱が増大するように溶接電流Iwの波形パラメータを変化させる。
【0055】
同図(D)に示すように、送給速度Fwは、時刻t4までの期間中は、予め定めた定常送給速度となっている。長期短絡が複数回数発生する状態に陥ったことの判別に基づいて溶接ワイヤへの入熱が増大するように溶接電流Iwの波形パラメータを変化させている時刻t4〜t5のパルス周期中は、送給速度Fwを定常送給速度から減速させる。減速された送給速度Fwは、定常送給速度の70〜90%程度である。そして、時刻t5以降の期間中は、送給速度Fwを定常送給速度に復帰させる。
【0056】
このように、溶接電流Iwの波形パラメータを変化させると共に、溶接ワイヤの送給速度Fwを減速させることによって、より短時間で長期短絡が複数回発生している状態から抜け出すことができる。
【0057】
図4は、図3で上述した本発明の実施の形態2に係るパルスアーク溶接の出力制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。同図は上述した図2と対応しており、同一のブロックには同一符号を付して、それらの説明は繰り返さない。同図は、図2の送給制御回路FCを第2送給制御回路FC2に置換したものである。以下、同図を参照してこのブロックについて説明する。
【0058】
第2送給制御回路FC2は、上記の送給速度設定信号Fr及び上記の長期短絡複数発生判別信号Sfを入力として、長期短絡複数発生判別信号SfがLowレベルのときは送給速度設定信号Frによって定まる定常送給速度で、Highレベルのときは定常送給速度を所定率だけ減速させた送給速度で、溶接ワイヤ1を送給するための送給制御信号Fcを上記のワイヤ送給モータWMに出力する。
【0059】
上述した実施の形態2によれば、溶接電流の波形パラメータが変化しているパルス周期中は、溶接ワイヤの送給速度を減速させる。これにより、本実施の形態では、実施の形態1の効果に加えて、溶接電流の波形パラメータを変化させると共に、溶接ワイヤの送給速度を減速させることによって、より短時間で長期短絡が複数回発生している状態から抜け出すことができる。
【符号の説明】
【0060】
1 溶接ワイヤ
1a ワイヤリール
2 母材
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
DV 駆動回路
Dv 駆動信号
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
EV 電圧誤差増幅回路
Ev 電圧誤差増幅信号
FC 送給制御回路
Fc 送給制御信号
FC2 第2送給制御回路
FR 送給速度設定回路
Fr 送給速度設定信号
Fw 送給速度
Ib ベース電流
IBR ベース電流設定回路
Ibr ベース電流設定信号
Icr 電流制御設定信号
ID 溶接電流検出回路
Id 溶接電流検出信号
Ip ピーク電流
IPR ピーク電流設定回路
Ipr ピーク電流設定信号
IR 溶接電流平均値設定回路
Ir 溶接電流平均値設定信号
Iw 溶接電流
n1 第1基準回数
n2 第2基準回数
n3第3 基準回数
PM 電源主回路
SD 短絡判別回路
Sd 短絡判別信号
SE 長期短絡検出回路
Se 長期短絡検出信号
SF 長期短絡複数発生判別回路
Sf 長期短絡複数発生判別信号
SW 切換回路
Tb ベース期間
Tf パルス周期(信号)
TM タイマ回路
Tm タイマ信号
Tp ピーク期間
TPR ピーク期間設定回路
Tpr ピーク期間設定信号
VAV 溶接電圧平均値算出回路
Vav 溶接電圧平均値(信号)
Vb ベース電圧
VD 溶接電圧検出回路
Vd 溶接電圧検出信号
VF 電圧・周波数変換回路
Vp ピーク電圧
VR 溶接電圧設定回路
Vr 溶接電圧設定(値/信号)
Vw 溶接電圧
WM ワイヤ送給モータ
図1
図2
図3
図4
図5