特開2016-44148(P2016-44148A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-44148(P2016-44148A)
(43)【公開日】2016年4月4日
(54)【発明の名称】粒子形成方法及び粒子
(51)【国際特許分類】
   C07K 1/30 20060101AFI20160307BHJP
   C07K 7/06 20060101ALI20160307BHJP
【FI】
   C07K1/30
   C07K7/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-170457(P2014-170457)
(22)【出願日】2014年8月25日
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 亮
(72)【発明者】
【氏名】クリ プラドド
(72)【発明者】
【氏名】青野 正和
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA10
4H045AA20
4H045BA11
4H045BA12
4H045BA13
4H045BA14
4H045BA15
4H045CA45
4H045EA34
4H045EA50
4H045EA61
4H045FA40
4H045GA05
4H045GA40
(57)【要約】      (修正有)
【課題】ペプチド分子の自己組織化により、コアの周囲に構築される構造を有するペプチドのマイクロ構造を有する粒子の形成方法の提供。
【解決手段】昇温により蒸発する溶媒にペプチドを分散した溶液を、電流印加によるジュール加熱により局所的に昇温させて、ペプチドの結晶核を形成し、結晶核を中心としたペプチドの自己成長により、ペプチドの粒子を形成する、粒子形成方法。前記電流印加は、二つの電極を互いに対向させ、二つの電極間に電圧を印加することにより、電極間の空隙に存在する前記溶液に電流を流すことにより行い、前記二つの電極は先細の形状を有し、その先細の先端同士を対向させて前記電圧の印加を行う粒子形成方法。前記粒子は粒径が1μm〜20μmであり、表面に平均直径が20nm〜300nmの複数のナノワイヤーからなるネットワーク構造を有する、平均孔径が20nm〜500nmの多孔体を有する球状粒子である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
昇温により蒸発する溶媒にペプチドを分散した溶液を準備し、
前記溶液を電流印加によるジュール加熱により局所的に昇温させて、前記ペプチドの結晶核を形成し、
前記結晶核を中心とした自己成長により、前記ペプチドの粒子を形成する、
粒子形成方法。
【請求項2】
前記局所的な昇温により前記溶液中に前記ペプチドの過飽和状態を発現させ、もって前記ペプチドの結晶核を形成する、
請求項1に記載の粒子形成方法。
【請求項3】
前記電流印加は、二つの電極を互いに対向させ、前記二つの電極間に電圧を印加することにより、前記電極間の空隙に存在する前記溶液に電流を流すことにより行う、請求項1または2に記載の粒子形成方法。
【請求項4】
前記二つの電極は先細の形状を有し、その先細の先端同士を対向させて前記電圧の印加を行う、請求項3に記載の粒子形成方法。
【請求項5】
前記電流印加は、少なくとも一本の導電経路に電圧を印加することにより行い、
前記導電経路上の前記溶液を局所的に加熱する、
請求項1または2に記載の粒子形成方法。
【請求項6】
前記溶液を局所的に前記溶媒の沸点まで昇温させる、請求項1から5の何れかに記載の粒子形成方法。
【請求項7】
前記昇温後、前記電流の印加を停止する、請求項1から6の何れかに記載の粒子形成方法。
【請求項8】
前記ペプチドはアミノ酸残基数が10未満のペプチド(以下、短ペプチドと称する)である、請求項1から7の何れかに記載の粒子形成方法。
【請求項9】
前記粒子は粒径が1μm〜20μmであり、表面に多孔体を有する球状粒子である、請求項1から8の何れかに記載の粒子形成方法。
【請求項10】
前記多孔体の平均孔径が20nm〜500nmである、請求項9に記載の粒子形成方法。
【請求項11】
前記多孔体は平均直径が20nm〜300nmの複数のナノワイヤーからなるネットワーク構造を有する、請求項9または10に記載の粒子形成方法。
【請求項12】
ペプチドからなり、
表面に平均孔径が20nm〜500nmの多孔体を有する、
粒径が1μm〜20μmの粒子。
【請求項13】
前記多孔体は平均直径が20nm〜300nmの複数のナノワイヤーからなるネットワーク構造を有する、請求項12に記載の粒子。
【請求項14】
前記ペプチドは短ペプチドである、請求項12または13に記載の粒子。
【請求項15】
前記短ペプチドはジフェニルアラニンペプチド及びフェニルアラニンペプチドからなる群から選択される、請求項14に記載の粒子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は電流の局所加熱によって局所的な溶液の過飽和を作り出すことによってバイオ系分子で構成したマイクロメートルサイズの構造体を形成する方法に関し、またその方法によって形成した構造体に関する。
【背景技術】
【0002】
分子自己組織化(molecular self-assembly)は自然界に広く見られるものであり、明確なモルフォロジーを持った多様な超分子ナノ/マイクロ自己組織化構造が、タンパク質やペプチドのような生物学的な構成要素間の非共有結合的な相互作用によって適切に配列して形成されてきた(非特許文献1〜7)。このような自己組織化構造の分子構造はX線回折によって確認されるが(非特許文献8,9)、マイクロ構造への成長過程についての実験報告はほとんどない。ペプチドベースのマイクロチューブについて以前報告された成長モデルは主に最終構造の走査電子顕微鏡観察のみに基づいて提示されたものである(非特許文献10〜12)。バイオ系分子から自己組織的にマイクロ構造が成長するメカニズムを実験的に検証する報告はほとんどなされておらず、実験結果と提案されたモデルとの間に大きなギャップが存在している。従って、生物の形態に似せた、また生体を模倣したマイクロサイズの構造物を制御して製造するためには、分子で構成した自己組織化プロセスについての深い理解が強く求められている。
【0003】
その反対に、これらペプチド集合体の構造体を人工的に作製した例は単純なものがほとんどであり、複雑で機能的なモルフォロジーを構成するための手法が大きな関心を集めている。自己組織化された複雑なアーキテクチャでは、ナノスケールの構成要素とマイクロスケールサイズ全体との間の階層的な協調関係によって分子自体の持つ機能性が増強される(非特許文献13〜16)。しかしながら、今日まで報告されている階層的なアーキテクチャのほとんどは無機材料を使用して作製されたものである(非特許文献13,17)。触媒、センサー及び細胞培養分野において、コスト効率が高く、環境に優しい応用を実現するため、有機分子のみから構成した、特に生体分子ベースのアーキテクチャを作製することが求められている(非特許文献14〜16)。分子自己組織化アーキテクチャを設計し、制御して作製することはナノ医薬(非特許文献18)及びナノフォトニクス(非特許文献19)に大きな発展をもたらす。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の課題はペプチド系分子が溶解している溶液の一部分を急激に加熱することで、部分的に過飽和となった状況を作り出す。過飽和溶液では分子同士の凝集が起こりやすく、結果としてペプチド分子の自己組織のための核が形成される。つまり、溶液の一部分を急激に加熱する事は、マイクロ構造を形成する新規な条件を実現することにある。また、この新規な条件により、これまでに実現されていない構造・形状を有するペプチドのマイクロ構造を提供することもその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一側面によれば、昇温により蒸発する溶媒にペプチドを分散した溶液を準備し、前記溶液を電流印加によるジュール加熱により局所的に昇温させて、前記ペプチドの結晶核を形成し、前記結晶核を中心とした自己成長により、前記ペプチドの粒子を形成する、粒子形成方法が与えられる。
ここで、前記局所的な昇温により前記溶液中に前記ペプチドの過飽和状態を発現させ、もって前記ペプチドの結晶核を形成してよい。
また、前記電流印加は、二つの電極を互いに対向させ、前記二つの電極間に電圧を印加することにより、前記電極間の空隙に存在する前記溶液に電流を流すことにより行ってよい。
また、前記二つの電極は先細の形状を有し、その先細の先端同士を対向させて前記電圧の印加を行ってよい。
また、前記電流印加は、少なくとも一本の導電経路に電圧を印加することにより行い、前記導電経路上の前記溶液を局所的に加熱してよい。
また、前記溶液を局所的に前記溶媒の沸点まで昇温させてよい。
また、前記昇温後、前記電流の印加を停止してよい。
また、前記ペプチドはアミノ酸残基数が10未満のペプチド(以下、短ペプチドと称する)であってよい。
また、前記粒子は粒径が1μm〜20μmであり、表面に多孔体を有する球状粒子であってよい。
また、前記多孔体の平均孔径が20nm〜500nmであってよい。
また、前記多孔体は平均直径が20nm〜300nmの複数のナノワイヤーからなるネットワーク構造を有してよい。
本発明の他の側面によれば、ペプチドからなり、表面に平均孔径が20nm〜500nmの多孔体を有する、粒径が1μm〜20μmの粒子が与えられる。
ここで、前記多孔体は平均直径が20nm〜300nmの複数のナノワイヤーからなるネットワーク構造を有してよい。
また、前記ペプチドは短ペプチドであってよい。
また、前記短ペプチドはジフェニルアラニンペプチド及びフェニルアラニンペプチドからなる群から選択されてよい。
【発明の効果】
【0006】
本発明により、溶液に局所的・かつ急激に分子が過飽和となっている領域を作ることによって新しい成長様式を実現する事ができた。また、コアの周囲に多孔質のシェルを有する新規なマイクロ構造が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1a】分子の自己組織化制御に用いた電極と溶液の概略図。2つの金電極間距離は約120μm。
図1b】溶液滴下後の電極の写真。
図1c】1mg/mLの溶液(溶媒はエタノール)4マイクロリットルを100Vの電圧を印加した電極間に滴下した後電流の時間変化を示すグラフ。電圧印加時間は25秒間。
図1d】100Vの電圧を印加したギャップに溶液を滴下した際の、サーモグラフィによって測定した温度分布を示す図。
図2a】濃度1mg/μLのジフェニルアラニンペプチド分子のメタノール溶液を使用して作製した多孔質マイクロ構造の走査電子線顕微鏡像。
図2b】電圧印加後に電極間に生成したマイクロ球体の走査電子線顕微鏡像。
図2c図2a中の矢印で示したマイクロ球体の拡大図の走査電子線顕微鏡像。
図2d】滴下直後に電圧を印加して作成したマイクロチューブの走査電子顕微鏡像。
図2e】電圧を加えずに作成した分子球の走査電子顕微鏡像。
図3】作成したマイクロ構造に対して飛行時間型二次イオン質量分析(TOF−SIMS)を実施して得られたスペクトルを示す図。
図4】カバーガラス(厚さ約100μm)を挟んで2つの電極またはプローブ間に電流が流れない配置を作り、10〜10V/mの電界を加える電極と滴下した溶液の概念図。
図5a】2つの電極間を細い金細線(厚さ100nm、幅300nm、長さ600μm)で接続したガラス基板上の電極の概念図。
図5b】電極間に0.5Vの電圧を50秒間印加して局所的なジュール熱によって自己組織化を制御して作成した多孔質のマイクロ構造の走査電子線顕微鏡像。
図6a】フェニルアラニン(FY)ペプチド分子(差し込み図は分子構造を示す)をメタノールに溶かした溶液(濃度1mg/1mL)に、電圧を印加せずにガラス基板上に滴下した後、自己組織化によって形成されたワイヤ状の構造の走査電子顕微鏡像。
図6b】同様の溶液を電極下に滴下し、電極間に100Vの電圧を30秒間印加した後に成長したマイクロ構造の走査電子顕微鏡像。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明の方法では、ペプチド分子を分散した溶液を電圧印加によるジュール加熱を用いて局所的に加熱することで生じる局所的な温度急上昇によって、加熱された箇所にペプチド分子の過飽和を発現させる。過飽和溶液中では分子の衝突が頻繁に起こるので、この過飽和状態が起こっている領域に結晶核が形成される。この結晶核を中心とした自己組織化成長によってマイクロ粒子を形成する。ここでマイクロ粒子とはサイズが1μm〜20μmの粒子を言う。本発明は、局所的に過飽和となる領域を人工的に作り出して、分子の自己組織化を制御する最初の発明である。溶液のごく狭い領域に電流を流すとジュール加熱によって、溶液を部分的にかつ急激に加熱することができる。このため、核形成及び溶液の対流その他の流動による近傍領域からの分子の十分な供給などのバランスから、特異なマイクロ構造を生成する条件が与えられる。このマイクロ構造生成条件により、マイクロ粒子の表面には、平均直径が20nm〜300nmのナノワイヤ(実施例では50nm〜100nm)が絡まり合うことで形成される、平均孔径が20nm〜500nmのメッシュ状(ネットワーク構造)の多孔体が形成される。本発明はまた、このような方法によって形成可能なマイクロ粒子に関する。
【0009】
本願では、小さい分子量であるジフェニルアラニン(FF)ペプチドを使用して調節された作製を実現する一つの方法を示す。FFペプチドはタンパク質を構成する重要な分子であって、Alzheimerのβ−アミロイドポリペプチドの主要認識モチーフ(core recognition motif)として知られている(非特許文献8、20〜23)。自己組織化ペプチドは、その化学的多様性、特定の分子検出能力、入手容易性及び機能上の柔軟性により、非常に魅力的な構成要素である(非特許文献24〜27)。本願では形状及びサイズが海の藻である珪藻に類似している、ユニークなペプチドベースの花形状のマイクロ構造を、人工的な過飽和状態下での初期の核形成を利用して作り出す。本願における局所的な過飽和形成によるマイクロ構造形成手法は、分子の自己組織化を制御するための溶媒極性、濃縮、pHあるは酵素などの通常使用される外部刺激を用いた自己組織化制御とは異なっている(非特許文献5,6,28)。
【実施例】
【0010】
<マイクロ構造の作製方法>
[FFペプチド溶液及び金電極の作製]
FFペプチド(Bachem社)粉末を100mg/mLの濃度で1,1,1,3,3,3−ヘキサフルオロ−2−プロパノール(1,1,1,3,3,3-hexafluoro-2-propanol、HFIP)に溶解した。このFFペプチド溶液をメタノールで希釈して、最終濃度1mg/mLとした。凝集や自己組織化が事前には起こらないようにするため、実験毎に新しいFFペプチド溶液を作製した。電子銃(e-gun)蒸着法によりクロム(10nm)及び金(50nm)を、マスクパターンを介して蒸着することでガラス基板上に金電極を作製した。この電極構造は三角形の2つの電極がそれぞれの頂点を近接させて対向した形状となっていて、これらの頂点の間の空隙をギャップと呼ぶ。
【0011】
[マイクロ構造の作製及び測定]
マイクロ構造の成長を調べるため、図1aに概念的に示すように、FFペプチド溶液の液滴4mLを上記電極間のギャップに滴下し、成長の初期ステージとして、これら電極間に電圧範囲V(10〜100V)を25〜85秒間印加した。滴下直後のギャップ付近の写真を図1bに示す。電圧を印加して、測定器SourceMeter2400(Keithley製)によってその電流をモニタした。その結果を図1cに示す。CCDカメラを取り付けた光学顕微鏡を使用してマイクロ構造の成長を記録した。溶媒が自然乾燥した後(3〜20分)、多孔質でユニークなマイクロ球体及び滑らかなマイクロチューブが成長した。アルバック・ファイ株式会社製のPHI TRIFT V nano TOFを使用して測定した、作製されたマイクロ構造のTOF−SIMS正イオンスペクトルは、図3に示すように、H−Phe−Phe−OHペプチドの単独で帯電した(singularly charged)イオンに対応する、313m/z(質量−電荷比)における特性ピークを示した。これは本実施例で適用された実験条件の下でのFFペプチド分子の構造的完全性を示している。印加電圧を低下させると、部分的に成長した多孔質構造に対する完全に成長した「珪藻状」の多孔質構造の比率が小さくなった。印加電圧を小さくした場合、完全な多孔質構造を作成するためには長い印加時間が必要となる。
【0012】
[温度測定]
電圧を印加している間の試料の温度分布をサーモグラフ(ViewOhre Imaging, AIR32 Micro3x)を使用して測定した。初期ステージでは、基板を厚さ100〜400μmの厚い溶液層で覆われている。電流は、主に溶液の底に位置する電極間に流れる。電圧印加を開始して数秒後に、図1dのギャップ中央部にあるやや色の濃い領域の一部で発泡が観察された。これは当該領域の局所温度がメタノールの沸点(約64.7℃)に到達したことを示唆している。電圧印加時間が短い(約60秒以下)場合には、ジュール加熱により大幅に温度上昇が起こる局所領域の体積は、溶液の全体積よりもかなり小さい。したがって、昇温した溶液が対流により遠くへ移動すると、室温まで冷却される。図1d中の中心部のやや濃色の部分及びその周囲の部分はそれぞれ約60℃及び約24℃に相当する。つまり、電極間のギャップの真上及びその極近傍部分が局所的に大きく昇温していることが判る。
【0013】
[珪藻状多孔質マイクロ構造の形成]
図2aは濃度1mg/μLのジフェニルアラニンペプチド溶液(溶媒はメタノール)を使用して作製した多孔質マイクロ構造(平均粒径5〜10μm)の走査電子顕微鏡像(SEM像)を示す。図1aに示すマイクロ構造作成のための典型的な構成では、図1bに示すように、FFペプチドのメタノール溶液を1滴、120μmの距離を有するギャップが開いている二つのAu電極の間に滴下した。電圧(例えば100V)を両電極間に印加すると、100μAオーダーの電流が溶液を通って流れる。この電流のために、ギャップ領域の温度がジュール加熱効果によって上昇した。図1dは、ギャップに上記溶液4μLを滴下して両電極間に100Vの電圧を25秒間印加したときのギャップを中心とする領域のサーモグラフィマッピングを示す。その中心部のやや暗い部分は約60℃、そこから僅かに外れた最も明るい部分は約40℃であることが判った。溶媒の乾燥後(3〜6分)、図2b〜図2dに示す、いくつかのマイクロ球体及びマイクロチューブが基板上に観察された。これらのマイクロ球体の形状は図2a右下部分の差し込み図に示すマイクロメートルサイズの珪藻(marine algae diatom)に良く似ている。図2a右上の差し込み図に示すマイクロ球体の高倍率SEM像から、その表面モルフォロジーがわかる。具体的には、多数の突起を有する複数のワイヤー(平均直径50〜100nm)が絡み合って全体で三次元ネットワーク構造となっているが、これは珪藻の被殻(frustule)に非常によく似ている。典型的な電圧100Vを印加する場合には、マイクロ構造形成の初期成長ステージは4μLの溶液滴下後約25〜30秒の印加時間を要する。FFペプチドのメタノール溶液を自然蒸発した場合、自己組織化により図2eに示す直径100〜400nmの球形のドット状構造が形成される。本願の結果はナノスケールのドット状構造からミクロンスケールの球体及びチューブへの明確なモルフォロジー遷移を示した。多孔質マイクロ球体及びマイクロチューブ中のFFペプチド分子の構造上の完全性を、飛行時間型二次イオン質量分析(time-of-flight secondary ion mass spectroscopy、TOF−SIMS)(非特許文献22)を使用して確認した(図3)。
【0014】
マイクロ構造の形成に当たっての温度、電界及び電流の影響を確認するため、いくつかの系統的な実験を行った。本実験の電極間で実現された電界と同程度の10〜10V/mが維持されるが電流は流れない三種類の異なる電極パターンを作製した(図4参照)。これらの電極パターンにFFペプチド溶液を滴下した場合、多孔質のマイクロ構造を全く形成できず、電圧を印加しなかった場合と同様な典型的なドット状の球体が観察された。更には、ヒーターを使用して溶液の温度を30〜65℃まで一様に上昇させた場合もまた本発明に係るマイクロ構造を全く生成できなかった。これらの結果から、電界及び温度を本発明に係るマイクロ構造形成に影響する可能性のある要因のリストから外すことができた。図1dに示す温度分布はまた、電極間に幅広い電流経路があるため、電流密度が低い(約1×10−10A/μm)。したがって、電流の影響も上述のリストから外すことができた。更には、溶液中に電流を流す代わりに、図5aに示すように、電極間に幅の狭い金属ワイヤを設け、電極間に0.5Vという低い電圧を印加した。金属ワイヤ中でのジュール加熱によって引き起こされた別のタイプの人工的な過飽和によっても、図5bに示すところの本発明に係るマイクロ構造が形成されたことから、本マイクロ構造の形成に何らかの電気化学反応が関与する可能性も排除された。
【0015】
本発明が特定の分子にのみ適応されうるのか、他のペプチド分子にまで拡張しうるのかを確認する目的で、フェニルアラニン(FY)ペプチド分子(図6a挿入図に分子構造を示す)をメタノールに溶かした溶液(濃度1mg/1mL)を用いた実験を実施した。電圧を印加せずにFYペプチド溶液をガラス基板上に滴下すると、自己組織化によってワイヤ状の構造が形成された(図6a参照)。同様の溶液を電極下に滴下し、電極間に100Vの電圧を30秒間印加すると、図6bの走査電子顕微鏡像に見られる、表面に多数のナノワイヤが絡み合ったネットワーク状の多孔質構造を有する直径が2〜10μm程度のマイクロ構造が実現された。つまり、小さいペプチド系分子に対しても一般性をもつマイクロ構造作製方法である事が確認できた。
【0016】
[結論]
本願によって初めて小さなジペプチドから「珪藻状」の複合構造を作製するための単純な作製方法及びその成長機構が提示された。人工的な過飽和で誘発される小さな核の形成によって自己組織化によるモルフォロジー遷移及びユニークなマイクロ構造の作製が引き起こされる。マイクロ球体は珪藻と同様な多孔質構造を有するが、珪藻の構造は高感度バイオセンサーとして知られている(非特許文献32〜34)。従って、短ペプチド(アミノ酸残基数が10未満のペプチド)を蛍光性タンパク質、ポリペプチドあるいは酵素などの他の機能性生体分子で置き換えてもやはり階層的な機能性生体材料が作製できるかもしれないが、これは低コストで環境にやさしいバイオセンサー、バイオフォトニック素子及び生体触媒をもたらすことであろう。
【産業上の利用可能性】
【0017】
多孔質で親水性がある構造体を作製したので、センサー、触媒などの応用が期待できる。また作製する手法は、他のペプチド分子でも実現したことから一般性があり、医薬関連のバイオ材料から所望のマイクロ構造を作る場合、フォトニクスで必要とされる機能性分子を含んだマイクロ構造を作る場合に適応できる可能性がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0018】
【非特許文献1】Whitesides, G. M., Mathias, J. P. & Seto, C. T., Molecular self-assembly and nanochemistry: a chemical strategy for the synthesis of nanostructures. Science 254, 1312-1319 (1991).
【非特許文献2】Gazit, E., Diversity for self-assembly, Nature Chem. 2, 1010-1011 (2010).
【非特許文献3】Sarikaya, M., Tamerler, C., Jen, A. K.-Y., Schulten, K. & Baneyx, F., Molecular biomimetics: nanotechnology through biology. Nature Mater. 2, 577-585 (2003).
【非特許文献4】Zhang, S., Fabrication of novel biomaterials through molecular self-assembly. Nature biotechnology 21, 1171-1178 (2003).
【非特許文献5】Hirst, A. R. et al., Biocatalytic induction of supramolecular order. Nature Chem. 2, 1089.1094 (2010).
【非特許文献6】Williams, R. J. et al., Enzyme-assisted self-assembly under thermodynamic control. Nature Nanotech. 4, 19-24 (2009).
【非特許文献7】Zhang, S. et al., A self-assembly pathway to aligned monodomain gels. Nature Mater. 9, 594-601 (2010).
【非特許文献8】Goerbitz, C.H., The structure of nanotubes formed by diphenylalanine, the core recognition motif of Alzhemer’s β-amyloid polypeptide. Chem. Commun. 2332-2334 (2006).
【非特許文献9】Goerbitz, C. H., Microporous organic materials from hydrophobic dipeptides. Chem. Euro. J. 13, 1022-1031 (2007).
【非特許文献10】Wang, M., Du, L., Wu, X., Xiong, S. & Chu, P. K., Charged diphenylalanine nanotubes and controlled hierarchical self-assembly. ACS Nano 5, 4448-4454 (2011).
【非特許文献11】Yan, X. & Moehwald, J. Li, H., Self-assembly of hexagonal microtubes and their optical wave guiding. Adv. Mater. 23, 2796-2801 (2011).
【非特許文献12】Wang, W. and Chau, Y., Self-assembled peptide nanorods as building blocks of fractal patterns. Soft Matter 5, 4893-4898 (2009).
【非特許文献13】Ge, J., Lei, J. & Zare, R. N., Protein-inorganic hybrid nanoflowers. Nature 11Nanotechnol. 7, 428-432 (2012).
【非特許文献14】Kiyonaka, S. et al., Semi-wet peptide/protein array using supramolecular hydrogel. Nature Mater. 3, 58-64 (2004).
【非特許文献15】Cui, Y., Kim, S. N., Naik, R. R. & Mcalpine, M. C., Biomimetic peptide nanosensors. Acc. Chem. Res. 45, 696-704 (2012).
【非特許文献16】Silva, G. A. et al., Selective differentiation of neural progenitor cells by high-epitope density nanofibers. Science 303, 1352-1355 (2004).
【非特許文献17】Noorduin, W. L., Grinthal, A., Mahadevan, L. & Aizenberg, J., Rationally designed complex, hierarchical microarchitectures. Science 340, 832-837 (2013).
【非特許文献18】Webber, M.J., Kessler, J.A. & Strupp, S.I., Emerging peptide nanomedicine to regenerate tissues and organs, J. Inter. Med. 267, 71-88 (2009).
【非特許文献19】Drain, C. M., Self-organization of self-assembled photonic materials into functional devices: Photo-switched conductors. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 99, 5178-5182 (2002).
【非特許文献20】Reches, M. & Gazit, E., Casting metal nanowires within discrete self-assembled peptide nanotubes. Science 300, 625-627 (2003).
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図1a
図1b
図1c
図1d
図2a
図2b
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図2e
図3
図4
図5a
図5b
図6a
図6b