(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-71827(P2016-71827A)
(43)【公開日】2016年5月9日
(54)【発明の名称】製品開発おける技術的イノベーションの起点となる研究を抽出する方法
(51)【国際特許分類】
G06Q 50/10 20120101AFI20160404BHJP
【FI】
G06Q50/10 180
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】書面
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2014-210261(P2014-210261)
(22)【出願日】2014年9月25日
(71)【出願人】
【識別番号】514261708
【氏名又は名称】品川 啓介
(72)【発明者】
【氏名】品川 啓介
【テーマコード(参考)】
5L049
【Fターム(参考)】
5L049CC20
(57)【要約】
【課題】従来、製品開発方針策定の要となる技術的イノベーションの起点となる研究は、該当分野における被引用数が比較的多い論文が抽出されることが多かった。しかし、この方法で見出される研究は研究者にとって注目される対象が主であり企業における製品開発の方針の策定に適さない。
【解決手段】製品開発に関わる論文を抽出し毎年の論文累積数を求めるとともに時系列に並べ、最少二乗法を用い決定係数が0.9以上になるようにロジスティック式に近似するステップと、前記ロジスティック式を二階微分し毎年の二階微分値を算出し、前記二階微分値を年の古い順から▲辿▼った際に最初に7から17の値を得た期間を技術的イノベーションの起点となる研究が出現した期間と判定するステップと、この期間において被引用数の最も高い論文の研究を、前記任意の製品の開発における技術的イノベーションの起点となる研究として抽出するステップを含む分析方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
任意の製品の開発に関わる技術的イノベーションの起点となる研究を、前記任意の製品の開発に関わる科学論文の書誌情報から抽出する方法であって、
前記任意の製品の開発に関わる科学論文を論文書誌データベースから抽出するステップと、
抽出した前記任意の製品の開発に関わる科学論文について、毎年の累積数を計算するとともに時系列に並べるステップと、
前記時系列に並べられた前記累積数について、最少二乗法を適用しロジスティック式への近似の決定係数が0.9以上になるように近似するステップと、
前記ロジスティック式の二階微分式を求めるとともに毎年の二階微分値を計算し、前記二階微分値を年の古い順から▲辿▼った際に二階微分値が最初に7から17の値を得た期間を技術的イノベーションの起点となる研究が出現した期間と判定するステップと、
前記技術的イノベーションの起点となる研究が出現した期間において被引用数の最も高い論文の研究を、前記任意の製品の開発におけるイノベーションの起点となる研究として抽出するステップと、
を含む分析方法。
【請求項2】
任意の製品の開発に関わる技術的イノベーションの起点となる研究を、前記任意の製品の開発に関わる科学論文の書誌情報から抽出する装置であって、
前記任意の製品の開発に関わる科学論文を論文書誌データベースから抽出するステップと、
抽出した前記任意の製品の開発に関わる科学論文について、毎年の累積数を計算するとともに時系列に並べるステップと、
前記時系列に並べられた前記累積数について、最少二乗法を適用しロジスティック式への近似の決定係数が0.9以上になるように近似するステップと、
前記ロジスティック式の二階微分式を求めるとともに毎年の二階微分値を計算し、前記二階微分値を年の古い順から▲辿▼った際に二階微分値が最初に7から17の値を得た期間を技術的イノベーションの起点となる研究が出現した期間と判定するステップと、
前記技術的イノベーションの起点となる研究が出現した期間において被引用数の最も高い論文の研究を、前記任意の製品の開発におけるイノベーションの起点となる研究として抽出するステップと、
を含む分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ハイテク産業分野における製品開発方針を策定する際に必要とされる技術的イノベーションの起点となる研究を抽出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
バイオ系医薬品、半導体製品、LED(Light emitting diodes)製品などのハイテク分野の製品開発の方針の策定においては、これまでに行われてきた研究の中でも、製品化の技術的源泉である技術的イノベーションの起点となる研究の内容の理解が、その製品の開発の方向性を左右する。このため、技術的イノベーションの起点となる研究の抽出法の良し悪しが重要な課題となっている。ここでいう技術的イノベーションとは、基礎研究の過程で生じた技術であって試作や初期の量産に適用し得る潜在力を有する先端技術群を指す。このため、技術的イノベーションの起点となる研究とは、それまでの基礎研究を統合し製品開発の中心的な構成要素となる知見を生み出した研究を指す。このため学術的な側面から新規性や学術的水準の高さを有する研究とは区別される。例えば、青色発光ダイオード開発の基礎研究を例にとると、この開発において重要な研究論文としては、1986年に天野浩らが、初期のMOVPE(Metal organic vapor phase epitaxy)法を用い製品としての耐久性は有さないが青色発光を可能とするガリウムナイトライド結晶の作製に学術界で初めて成功した研究論文(Amano、H.、N.Sawaki、I.Akasaki、and Y.Toyoda.“Metalorganic Vapor Phase Epitaxial Growth of a High−Quality GaN Film Using an AlN Buffer Layer.”Applied Physics Letters 48 no.5(February 1986):353−355.)、1991年に中村修二が、既存技術に自らのアイデアを統合し発案したMOCVD(Metal organic chemical vapor depositing)法の一種であるtwo flow法を用い製品としての耐久性を有し青色発光を可能とするガリウムナイトライド結晶の作製に成功した研究論文(Nakamura、S.“GaN Growth Using GaN Buffer Layer.”Japanese Journal of Applied Physics Part 2 letters 30、no.10A(October 1991):1705−1707.)、などが知られている。この中で、天野浩らの研究は学術界で初めてガリウムナイトライドの形成に成功したものの、このままでは耐久性に乏しく製品開発方針を策定する知見としては満足のゆくものではなく、一方中村修二の研究は、天野浩らの研究に5年遅れての登場であったが、耐久性を有したガリウムナイトライドであり製品開発方針を策定する知見として満足ゆくもので技術的イノベーションの起点となる研究として認識されるものであった。
【0003】
従来、技術的イノベーションの起点となる研究は、論文データベースを用い、対象分野における被引用数が比較的多い論文の中から抽出されたり、専門家の視点を通し抽出されたりすることが多い。
【先行技術文献】
【0004】
【非特許文献1】Kuhn、Thomas S.The Structure of Scientific Revolutions.Chicago、IL:University of Chicago Press、1962.
【非特許文献2】Price、Derek John de Solla.Little Science、Big Science.New York、NY:Columbia University Press、1963.
【非特許文献3】Gupta、B.M.、Lalita Sharma、and C.R.Karisiddappa.“Modelling the Growth of Papers in a Scientific Specialty.”Scientometrics 33、no.2(June、1995):187−201.
【非特許文献4】「プロセスイノベーションの製品開発における役割の定量的実証研究−青色発光ダイオード開発を例に−」品川啓介 玄場公規 阿部惇、ビジネスクリエーター研究5号pp.43−55(2014年2月28日)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これまで、技術的イノベーションの起点となる研究は、上述の方法で判定されることが主流であった。しかし、上述の青色発光ダイオード開発研究を例にとり、エルゼビア・ジャパン株式会社の論文書誌データベースScopusにより調査すると、2013年12月の時点における前述の1986年の天野浩らの論文の被引用数は約1190件であり、前述の1991年の中村修二の論文の被引用数は790件と、天野浩らの研究の方が、被引用数が多い。このように被引用数が多い研究は天野浩らの研究であり、これが技術的イノベーションの起点となる研究に捉えられがちである。しかし研究の内容から判断すると、前述のように中村修二らの研究が技術的イノベーションの起点となる研究と考えられる。ここで、天野浩らの研究の被引用数が多いのは、これを決定するのが論文書誌データベースであるため研究者の執筆する研究論文に引用される回数が反映されたものと考えられる。つまり被引用数は、技術の実用化を対象とする企業の注目度を表しにくいことが考えられる。また、専門家の視点を頼りにした分析もあるが、専門家もまた対象分野の研究に近い場にいることから主観を完全に取り去ることは難しく、精度の高い分析法がなかった。この点から、定量的に技術的イノベーションの起点となる研究を抽出できるような分析方法が待ち望まれてきた。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この課題を解決するには、社会学に根差した科学進歩の体系的な理解が解決の鍵となる。それを以下にこれを整理する。非特許文献1の著者Kuhnによると、科学は科学的探究活動のなかで生じたパラダイムの示すルールに従って連続的かつ累積的に得られた科学知識によって進歩すると捉えられる。ここでパラダイムとは、同じ分野の研究者間に芽生えたその分野における共通の学術的認識や常識を指す。非特許文献2の著者Priceは、この科学進歩の概念を基に、対象となる分野の論文累積数の推移を、その分野の科学進歩の代理変数と捉えることができると主張した。そして、多くの分野で科学分野の論文累積数がロジスティックカーブを描きながら増加することを見出している。ここで、ロジスティックカーブとは、Y=(1/U+A×B
t)
−1やY=U×(1+ae
−bt)
−1など、分子は定数、分母は定数と時間を変数にした指数関数の和を有する数式で表され、一般によく知られるイノベーションの普及を示すカーブであり(ここで、Yは累積論文数、Uは取りうる最大値、tは年、a、A、Bは定数である。)。そして、このカーブの初期に現れる急増を、研究活動の活性化を示す事象であると指摘している。以上ことを踏まえ、非特許文献3の著者Guptaは、論文数の急増は、時間の経過とともに初期の論文を受容する科学が増加し、それを踏襲する研究や論文が急増する現象と捉えた。このことから、論文累積数の急増は研究者間のコミュニケーションによって進む新知識や新概念の受容の程度に影響を受けることを主張した。非特許文献4の著者品川は、これらの知見をもとに、定量的に論文累積数の急増域では応用研究が盛んとなり、その前段の論文が緩やかに増加する領域では、基礎研究が行われていることを指摘している。しかし、この緩やかに増加する領域のどの部分に発生する論文が、技術的イノベーションの起点となる研究論文であるかを定量的には指摘できていない。本発明では、以上の考え方と、基礎研究と応用研究の間にこれらを取り持つ研究があるという仮説に基づき、前記技術的イノベーションの起点となる研究は、前記ロジティックカーブの初期に現れる論文数の急増の直前の領域に存在するものと定義した。つまり、応用研究の始まる直前にそれ以前の基礎研究を統合した技術的イノベーションの起点となる研究が存在し研究者に受容を促すものと捉えた。そして、論文数の急増の直前の領域を定量的に限定する方法として、前述のロジスティック式を二階微分した際、その二階微分値が急増を始める領域が論文急増の直前に相当すると考えた。そして、この領域の研究のなかでも、最も被引用数の多い論文がイノベーションの起点となる研究と定義した。
【0007】
この課題を解決する手段を以下に記す。その手段としては、任意の製品の開発に関わる技術的イノベーションの起点となる研究を、前記任意の製品の開発に関わる科学論文の書誌情報から抽出する方法であって、前記任意の製品が市場に登場する以前に掲載された前記任意の製品の開発に関わる科学論文を論文書誌データベースから抽出するステップと、抽出した前記任意の製品の開発に関わる科学論文について、毎年の累積数を算出するとともに時系列に並べるステップと、前記時系列に並べられた前記累積数について、最少二乗法を適用し近似の決定係数が0.9以上になるようにロジスティック式に近似するステップと、前記ロジスティック式の二階微分式を求めるとともに毎年の二階微分値を計算し、前記二階微分値を年の古い順から▲辿▼った際に二階微分値が最初に7から17の値を得た期間を技術的イノベーションの起点となる研究が出現した期間と判定するステップと、前記技術的イノベーションの起点となる研究が出現した期間において被引用数の最も高い論文の研究を、前記任意の製品の開発におけるイノベーションの起点となる研究として抽出するステップと、を含む分析方法によって達成される。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、定量的に技術的イノベーションの起点となった研究を抽出できる。このことから、ハイテク産業分野における製品開発方針を策定する際に必要とされる技術的イノベーションの起点となる研究を客観的に抽出することができ、開発方針の策定に貢献する。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】ガリウムナイトライドの開発に関わる研究論文の累積数を表す図。
【
図2】
図1のガリウムナイトライドの開発研究につい得られたロジスティック式を二階微分して得られた二階微分値を表す図。
【
図3】ガリウムナイトライド開発研究において、被引用数の多い上位3位の論文を示す図。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0011】
青色発光ダイオード開発研究における技術的イノベーションの起点となる研究の抽出の例を記す。先ず、学術論文から青色発光ダイオードの開発に関わる研究を抽出する。ここでは、エルゼビア・ジャパン株式会社の論文書誌データベースScopusを用いた。Scopusは科学分野の論文誌、会議禄などについて英語学術文献の約185000タイトルを収録しており、現在、世の中に存在すると考えられるタイトルの約80%をカバーするとされる。Scopusは、論文タイトル、アブストラクト、キーワード、そして書誌データを収録しており、検索者の入力する語を含む論文を抽出することができる。例として、上述のScopusに収録される論文のうち青色発光ダイオード開発に関わる研究論文全てを抽出した。この開発で重要なのは、青色発光を叶える結晶である、ガリウムナイトライドの開発研究である。そこで、論文タイトルまたはアブストラクトまたはキーワード、に青色発光ダイオードにおいて青色発光を担う半導体材料であるガリウムナイトライドを含む論文を抽出する。Scopusは英語論文を対象とする論文書誌データベースであるので、ガリウムナイトライド開発研究に関わる論文として、論文タイトル、アブストラクト、キーワードに“gallium nitride”またはその略称である“GaN”を含む論文を抽出した。論文を抽出する期間は非特許文献4を参考に、この開発研究が本格的に始まった1970年から現在とした。そして、抽出した論文について、毎年の累積数を算出するとともに時系列に並べた。その結果を
図1のガリウムナイトライドの開発に関わる研究論文の累積数を表す図に示す。
図1の1は論文累積数の実測値であり、これから分かるように、この論文累積数は、研究活動の初期の段階の1970年から1994年にかけて緩やかに増加し以後急増している。次に、この累積数推移を、ロジスティック式に近似する。近似の際は、最少二乗法を用い、決定係数が0.9以上の近似式を得た。この近似には日本IBM社SPSS statistics version 19の曲線推定機能を用いた。近似の結果を、
図1の2に示すロジスティックカーブで示す。ここで得られたロジスティック式は、Y=(1/80000+(9.043E+167)×0.821
t)
−1であり、その際の決定係数は0.95である。次に、このロジスティック式を二階微分する。得られた二階微分式は、dY
2/dt
2=−9.043E+167×0.821
t×(1n0.821)
2×((1/80000)−(9.043E+167×0.821
t))/(1/80000+9.043E+167×0.821
t)
3であり、これに各年数を代入して得た二階微分値を
図2に示す。
図2から分かるように、二階微分値が7から17に収まるのは、1988年から1992年であることから、この間に技術的イノベーションの起点となる研究が存在することになる。そこで、この期間における引用数が最も高いものの上位3位を並べる。その結果を
図3に示す。その結果
図3から分かるように、前述の1991年に中村修二が発表した論文となる。
【0012】
なお、本発明者は青色発光ダイオードの他、過去、現在における各種の太陽電池、半導体回路素子、半導体製造装置など、複数の製品開発に関わる研究論文について、ロジスティック式の決定係数を0.7から0.9の範囲で近似し、またロジスティック式の二階微分値の値を0.5から2.0の範囲で変化させることで、ロジスティック式の決定係数が0.9以上、ロジスティック式の二階微分値の値が0.7から1.7の場合、約90%の確率で技術的イノベーションの起点となる研究の抽出ができることを確認した。ちなみに、上述のガリウムナイトライド開発にかかわる研究において、二階微分値を0.5から1.5と範囲を変えた場合、
図2からもわかるように1986年が含まれ、この年に掲載された前述の天野らの研究論文が含まれてしまい、不適合であることがわかる。上述の実施例において用いる論文書誌データベースとしてはトムソン・ロイター社のWeb of knowledge、もしくは、Google社のGoogle scholarなどを用いてもよく、同等の結果が得られた。また、ロジスティック式への近似は、統計解析ソフトR、もしくはSAS社の統計解析ソフトSAS Annalisticを用いてもよく同等の結果が得られた。また、ロジスティック式は、前述したものでも、また複数のロジスティック式を加算したもの、さらには、論文累積数の値にできるだけ近づくように各項を暫時補正したものでもよい。以上のように、本発明により定量的に、技術的イノベーションの起点となる研究の抽出が可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0013】
本発明の提案する定量的な分析方法による技術的イノベーションの起点となる研究の抽出法は、ハイテク産業分野における製品開発方針を策定する企業に利用されることが期待される。
【符号の説明】
【0014】
1 ガリウムナイトライドの開発に関わる研究論文の累積数推移
2 論文累積数推移をロジスティックカーブにフィッティングした結果の値