特開2016-89201(P2016-89201A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社神戸製鋼所の特許一覧
<>
  • 特開2016089201-高強度中空ばね用鋼の製造方法 図000007
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-89201(P2016-89201A)
(43)【公開日】2016年5月23日
(54)【発明の名称】高強度中空ばね用鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160418BHJP
   C21D 9/02 20060101ALI20160418BHJP
   C21D 9/08 20060101ALI20160418BHJP
   C21D 1/18 20060101ALI20160418BHJP
   C22C 38/50 20060101ALI20160418BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Z
   C21D9/02 A
   C21D9/08 E
   C21D1/18 B
   C21D1/18 E
   C21D1/18 P
   C22C38/50
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2014-222840(P2014-222840)
(22)【出願日】2014年10月31日
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(71)【出願人】
【識別番号】000004640
【氏名又は名称】日本発條株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100075409
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久一
(74)【代理人】
【識別番号】100129757
【弁理士】
【氏名又は名称】植木 久彦
(74)【代理人】
【識別番号】100115082
【弁理士】
【氏名又は名称】菅河 忠志
(74)【代理人】
【識別番号】100125243
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 浩彰
(74)【代理人】
【識別番号】100125173
【弁理士】
【氏名又は名称】竹岡 明美
(72)【発明者】
【氏名】高知 琢哉
(72)【発明者】
【氏名】畑野 等
(72)【発明者】
【氏名】丹下 彰
(72)【発明者】
【氏名】栗本 清
(72)【発明者】
【氏名】後藤 由利香
【テーマコード(参考)】
4K042
【Fターム(参考)】
4K042AA01
4K042BA01
4K042BA04
4K042BA08
4K042CA05
4K042CA06
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA12
4K042CA13
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA03
4K042DC02
4K042DC03
4K042DE02
4K042DE06
(57)【要約】      (修正有)
【課題】耐水素脆化特性に優れた高強度中空ばね用鋼を製造する方法を提供する。
【解決手段】中空ばね用鋼を製造する方法であって、所定成分を含有するシームレスパイプに下記を満足するように熱処理を行う。(1)焼入れ条件:26000≦(T1+273)×(log(t1)+20)≦29000・・・式(1)。900℃≦T1≦1050℃、10秒≦t1≦1800秒。ここで、T1は焼入れ温度(℃)、t1は900℃以上の温度域の滞在時間(秒)を意味する。(2)焼戻し条件:13000≦(T2+273)×(log(t2)+20)≦15500・・・式(2)。T2≦550℃、t2≦3600秒。ここで、T2は焼戻し温度(℃)、t2は加熱開始から冷却完了までの合計時間(秒)を意味する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
中空ばねの素材として用いられるシームレスパイプを焼入れ、焼戻しして得られる中空ばね用鋼を製造する方法であって、
前記シームレスパイプの鋼中成分は、質量%で、
C :0.35〜0.5%、
Si:1.5〜2.2%、
Mn:0.1〜1%、
Cr:0.1〜1.2%、
Al:0%超0.1%以下、
P :0%超0.02%以下、
S :0%超0.02%以下、
N :0%超0.02%以下を含有すると共に、
V:0%超0.2%以下、Ti:0%超0.2%以下、およびNb:0%超0.2%以下よりなる群から選択される少なくとも一種の元素、並びに、
Ni:0%超1%以下、およびCu:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも一種の元素を含有すると共に、
前記焼入れは下記(1)の焼入れ条件を満足し、前記焼戻しは下記(2)の焼戻し条件を満足するように行うことを特徴とする中空ばね用鋼の製造方法。
(1)焼入れ条件
26000≦(T1+273)×(log(t1)+20)≦29000・・・式(1)
900℃≦T1≦1050℃
10秒≦t1≦1800秒
ここで、T1は焼入れ温度(℃)、t1は900℃以上の温度域の滞在時間(秒)を意味する。
(2)焼戻し条件
13000≦(T2+273)×(log(t2)+20)≦15500・・・式(2)
T2≦550℃
t2≦3600秒
ここで、T2は焼戻し温度(℃)、t2は加熱開始から冷却完了までの合計時間(秒)を意味する。
【請求項2】
前記鋼中の水素量を0質量ppm以上0.16質量ppm以下に制御する請求項1に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高強度中空ばね用鋼の製造方法に関する。本明細書において「中空ばね用鋼」とは、中空ばねの素材として用いられるシームレスパイプを焼入れ、焼戻しして得られる鋼を意味する。
【背景技術】
【0002】
自動車などの軽量化や高出力化の要請が高まるにつれて、エンジン、クラッチ、サスペンションなどに使用される弁ばね、クラッチばね、懸架ばねなどのばね類も、高強度化・細径化する方向にある。それに伴い、耐水素脆化特性、耐疲労性や耐へたり性などのばねに要求される特性も益々高くなり、これらの特性に一層優れたばねを製造可能なばね用鋼の提供が強く望まれている。
【0003】
耐水素脆化特性、耐疲労性などのばね特性に優れ、且つ、軽量のばねを得るために、ばね用鋼の素材として、これまで用いられている棒状鋼材などの中実の鋼材ではなく、中空にしたパイプ状の鋼材であって溶接部分のない鋼材、即ち、シームレスパイプが用いられている。シームレスパイプは、シームレス鋼管とも呼ばれる。
【0004】
しかしながら、中空ばねの素材としてシームレスパイプを用いた場合、特にシームレスパイプの製造上の観点から、種々の問題がある。すなわち、中空でないばねの素材として用いられる中実の鋼材では、疲労強度を確保するため、ショットピーニングなどにより表層部を硬化し、外面に残留応力を付与することが一般に行なわれている。これに対し、シームレスパイプでは、外周面は同様にショットピーニングができるが、内周面はショットピーニングを施せないため、内周面側のパイプ表層部に脱炭が生じると、ばね製造段階の焼入れ時での内周面側の硬化が不十分となり、ばねに必要な疲労強度を確保できなくなる。また、内周面の表層部に疵が存在すると、そこが応力集中部となり早期折損の原因となる。
【0005】
また、割れの原因となる鋼中水素は、鋼材製造時に不可避的に侵入し、微量存在する。中実ばねでは、微量水素は問題にならないが、中空ばねでは耐久性に大きく影響する。特に中空ばねでは、前述したように内面にショットピーニングが施せないため、中実ばねよりも、水素脆化に対して一層の品質が求められている。
【0006】
このような問題に対し、素材となるシームレスパイプ製造の観点から、いくつか技術検討が行われている。特許文献1では、熱間静水圧押出しを行なって、中空シームレスパイプの形状とした後、球状化焼鈍を行ない、引続き冷間でピルガーミル圧延や引抜き加工等によって伸展(抽伸)している。その結果、鋼管の内周面および外周面に形成される連続疵の深さを、各面から50μm以下に低減できるシームレス鋼管が開示されている。
【0007】
特許文献2には、棒材を熱間圧延した後、ガンドリルで穿孔して、冷間加工(抽伸、圧延)している。その結果、内周面および外周面におけるC含有量が0.10%以上に制御できると共に、上記内周面および外周面の各々における全脱炭層の厚みが200μm以下に低減できる高強度ばね用中空シームレスパイプが開示されている。
【0008】
特許文献3には、シームレスパイプの金属組織と耐久性との関係について検討し、炭化物が円相当径で1.00μm以下である高強度中空ばね用シームレス鋼管が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−125588号公報
【特許文献2】特開2010−265523号公報
【特許文献3】特開2011−184704号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
また、ばねの強度が高くなると耐水素脆化特性も低下する傾向にあるため、高強度であっても耐水素脆化特性に優れたばねの提供が切望されている。
【0011】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その主な目的は、耐水素脆化特性に優れた高強度中空ばね用鋼の製造方法を提供することにある。本発明の他の目的は、耐疲労特性に優れた高強度中空ばね用鋼の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決し得た本発明に係る中空ばね用鋼の製造方法は、中空ばねの素材として用いられるシームレスパイプを焼入れ、焼戻しして得られる中空ばね用鋼を製造する方法であって、上記シームレスパイプの鋼中成分は、質量%で、C:0.35〜0.5%、Si:1.5〜2.2%、Mn:0.1〜1%、Cr:0.1〜1.2%、Al:0%超0.1%以下、P:0%超0.02%以下、S:0%超0.02%以下、N:0%超0.02%以下を含有すると共に、V:0%超0.2%以下、Ti:0%超0.2%以下、およびNb:0%超0.2%以下よりなる群から選択される少なくとも一種の元素、並びに、Ni:0%超1%以下、およびCu:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも一種の元素を含有すると共に、上記焼入れは下記(1)の焼入れ条件を満足し、上記焼戻しは下記(2)の焼戻し条件を満足するように行うところに要旨を有するものである。
(1)焼入れ条件
26000≦(T1+273)×(log(t1)+20)≦29000・・・式(1)
900℃≦T1≦1050℃
10秒≦t1≦1800秒
ここで、T1は焼入れ温度(℃)、t1は900℃以上の温度域の滞在時間(秒)を意味する。
(2)焼戻し条件
13000≦(T2+273)×(log(t2)+20)≦15500・・・式(2)
T2≦550℃
t2≦3600秒。
ここで、T2は焼戻し温度(℃)、t2は加熱開始から冷却完了までの合計時間(秒)を意味する。
【0013】
上記鋼中の水素量を0質量ppm以上0.16質量ppm以下に制御してもよい。
【発明の効果】
【0014】
本願において開示される発明のうち、代表的なものによって得られる効果を簡単に説明すれば、以下のとおりである。すなわち、本発明は上記のように構成されているため、高強度であっても耐水素脆化特性に優れた高強度中空ばね用鋼を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、本発明の中空ばね用鋼を製造する場合のヒートパターンの一例を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、シームレスパイプを用いて、種々の検討を行った。具体的には、上記特許文献1〜3のように素材となるシームレスパイプの品質を向上するという観点からではなく、得られたシームレスパイプに施される焼入れ、焼戻しの各熱処理条件を適正化するとの観点から検討を行った。その結果、鋼中成分が適切に制御されたシームレスパイプに焼入れ、焼戻しを行って中空ばね用鋼を製造するに当たり、焼入れ温度(℃)をT1、900℃以上の温度域の滞在時間(秒)をt1とし、焼戻し温度(℃)をT2、加熱開始から冷却完了までの合計時間(秒)をt2としたとき、下記(1)の焼入れ条件を満足するように焼入れを行った後、下記(2)の焼戻し条件を満足するように焼戻しを行えば所期の目的が達成されることを見出し、本発明を完成した。
(1)焼入れ条件
26000≦(T1+273)×(log(t1)+20)≦29000・・・式(1)
900℃≦T1≦1050℃
10秒≦t1≦1800秒
(2)焼戻し条件
13000≦(T2+273)×(log(t2)+20)≦15500・・・式(2)
T2≦550℃
t2≦3600秒
【0017】
本明細書において「焼入れ温度T1」および「焼戻し温度T2」の各温度は、表面温度を意味する。「900℃以上の温度域」、並びに「加熱開始」および「冷却完了」の各温度も表面温度を意味する。表面温度は、例えば放射温度計で測定するか、または熱電対を表面に設置することにより測定できる。
【0018】
本明細書において、「焼入れ温度」とはシームレスパイプを焼入れ硬化させる際の加熱温度(表面温度)を意味する。
【0019】
はじめに、図1を用いて本発明を特徴付ける焼入れ条件および焼戻し条件について、詳しく説明する。但し、図1は、後記する実施例に基づき加熱開始温度200℃、冷却完了温度200℃としたときのt2を示しているが、本発明はこれに限定されない。
【0020】
(1)焼入れ条件
本発明において焼入れ条件は、特に高強度であっても優れた耐水素脆化特性を確保するために重要である。本発明で規定する焼入れ条件を施すことにより、中空ばねにおいて旧オーステナイト粒径の微細化、旧オーステナイト粒界面積の増加、残留オーステナイトの増加が進むようになり、疵や水素による脆化感受性を含む耐久性が向上すると推察される。
【0021】
本発明では上式(1)に規定するように、図1に示す焼入れ温度T1と、図1に示す900℃以上の温度域の滞在時間t1(秒)とのバランスで表される焼入れパラメータ:「(T1+273)×(log(t1)+20)」は、26000以上、29000以下を満足する必要がある。上式(1)は、以下の思想の下、種々の基礎実験によって導出されたものである。
【0022】
まず、耐水素脆化特性の観点からは、焼入れ後の旧オーステナイト粒径の微細化、旧オーステナイト粒界面積の増加、残留オーステナイトの増加が進む傾向にあることが好ましい。一方、焼入れ時の加熱中は、耐水素脆化特性の観点から、炭化物の固溶促進、フェライト脱炭の抑制が進む傾向にあることが好ましい。これらは、上記T1とt1の両方の影響を受けるため、T1とt1のバランスを適切に制御する必要がある。前者の要件(旧オーステナイト粒径の微細化、旧オーステナイト粒界面積の増加、残留オーステナイトの増加)を考慮すれば、低温、且つ短時間の焼入れが好ましいと考えられる。一方、後者の要件(炭化物の固溶促進、フェライト脱炭抑制)のうち炭化物の固溶促進は、高温、且つ長時間の焼入れが好ましいと考えられる。また、フェライト脱炭抑制は高温、且つ短時間が好ましいと考えられる。これらを総合的に勘案して、上式(1)を規定した。
【0023】
上式(1)において、上記焼入れパラメータの上限は、好ましくは28700以下、より好ましくは28500以下、更に好ましくは28300以下である。一方、上記焼入れパラメータの下限は、好ましくは26300以上、より好ましくは26500以上である。
【0024】
本発明では、上式(1)を満足すると共に、900℃≦T1≦1050℃、且つ、10秒≦t1≦1800秒を満足するように焼入れを行うことが必要である。すなわち、上式(1)の範囲を満足し得るT1およびt1のうち、T1の範囲、およびt1の上限が更に限定された焼入れを行うことによって初めて、所望とする高強度中空ばね鋼が得られる。
【0025】
焼入れ温度T1の下限は900℃以上とする。この数値は以下の観点から設定されたものである。まず、焼入れ温度は、少なくともα(フェライト)→γ(オーステナイト)変態温度であるA3点以上に設定する必要がある。本発明の成分系ではA3点は、おおむね850℃付近になる。但し、上述した炭化物の固溶促進の観点からは、焼入れ温度は高い方がよく、A3点+50℃程度にする場合が多い。このような考え方の下、本発明でも焼入れ温度T1の下限を850℃(A3)+50℃=900℃とした。炭化物の固溶促進、更にはフェライト脱炭抑制の観点からは、上記T1は、920℃以上が好ましく、より好ましくは925℃以上、更に好ましくは930℃以上である。一方、上記T1の上限は、T1が高くても短時間の処理であれば特に問題はないが、旧オーステナイト粒径の微細化、旧オーステナイト粒界面積の増加、残留オーステナイト量の増加を考慮すると、高すぎない方が良い。従って、本発明では、T1の上限を1050℃以下とする。好ましくは1020℃以下、より好ましくは1000℃以下、更により好ましくは970℃以下である。
【0026】
また、900℃以上の温度域の滞在時間t1の上限は1800秒以下とする。上記滞在時間t1は、900℃以上の温度域を通過する時間と言い換えることもできる。上記T1を900℃以上に制御して焼入れを行えば、比較的短時間でも炭化物の固溶が進むが、旧オーステナイト粒径の微細化、旧オーステナイト粒界面積の増加、残留オーステナイト量の増加を考慮すると、t1はあまり長くない方が良い。従って、上記t1は、好ましくは600秒以下、より好ましくは300秒以下、更に好ましくは100秒以下である。なお、上記t1の下限は、上式(1)および上記T1の範囲を満足する範囲内で設定することができるが、実操業レベルを考慮すると、t1の下限は10秒以上である。
【0027】
ここで、上記「900℃以上の温度域」のヒートパターンは、上記(1)の焼入れ条件を満足する限り、特に限定されない。例えば、図1に示すように、900℃からT1に向けて加熱した後、T1から900℃に向けて冷却するヒートパターンを想定した場合、900℃以上の温度域における滞在時間t1が上記(1)を満足するように、上記加熱工程を一定の平均昇温速度(例えば、0.1〜300℃/秒)で加熱しても良い。また、上記冷却工程を一定の平均冷却速度(例えば、0.1〜300℃/秒)で冷却しても良い。或いは、図1に示すように、900℃以上の温度域の一部に、一定温度で一定時間保持する等温保持工程が含まれていても良い。例えば、900〜1000℃の温度を10〜500秒間、一定温度で保持する等温保持工程が含まれていても良い。これらは本発明で適用可能なパターンの一例であり、要するに上記(1)の焼入れ条件を満足する限り、種々のヒートパターンを採用することができる。
【0028】
また、上記900℃の温度に到達するまでのヒートパターンも特に限定されない。例えば、図1に示すように、室温から900℃まで(更にはT1まで)を、上記と同じ平均昇温速度で加熱しても良い。或いは、上記平均昇温速度の範囲内で、室温から900℃までの温度域と、900℃からT1までの温度域の各平均昇温速度を異なるように設定しても良い。
【0029】
上記のように加熱した後、急冷する。例えば、900〜300℃までの平均冷却速度を、おおむね平均冷却速度20〜1000℃/秒で冷却することが好ましい。
【0030】
(2)焼戻し条件
上記(1)のように焼入れを行った後、焼戻しを行う。本発明で規定する焼戻し条件は、特に優れた耐疲労特性を確保するために重要である。本発明で規定する焼戻し条件を施すことにより、中空ばねにおいて強度、残留オーステナイト量が増加すると共に、焼戻し炭化物のサイズおよび焼戻し炭化物の存在形態が適切に制御されるようになるため、疲労強度などの耐久性が向上すると推察される。
【0031】
本発明では上式(2)に規定するように、図1に示す焼戻し温度T2(℃)と、図1に示す加熱開始から冷却完了までの合計時間t2(秒)とのバランスで表される焼戻しパラメータ:「(T2+273)×(log(t2)+20)」は、13000以上、15500以下を満足する必要がある。上式(2)は、以下の思想の下、種々の基礎実験によって導出されたものである。
【0032】
ここで上記「加熱開始から冷却完了までの合計時間t2」とは、要するに焼戻し処理に費やされるトータルの時間を意味する。具体的には、「加熱開始」温度(例えば室温〜200℃)から焼戻し温度T2まで加熱した後、「冷却完了」温度(例えば200℃〜室温)まで冷却するときの合計時間を意味する。本発明において、焼戻し温度T2での焼戻し時間を規定するのではなく、上記のように焼戻し処理の合計時間t2を規定した理由は、加熱により焼戻し挙動が進行するからである。なお、上記要件を満足する限り、上記焼戻し温度T2での焼戻し保持時間は、特に限定されない。
【0033】
まず、高強度、耐疲労特性向上の観点からは、低温、且つ短時間の焼戻しを行うことが好ましい。但し、強度が高くなると耐水素脆化特性が低下する傾向にある。そこで、これらを総合的に勘案して、特に良好な耐疲労特性を発揮させるため、上式(2)の下限、上限を定めた。
【0034】
上式(2)において、上記焼戻しパラメータの上限は、好ましくは15200以下、より好ましくは15000以下、更に好ましくは14700以下である。一方、上記戻しパラメータの下限は、好ましくは13200以上、より好ましくは13500以上、更に好ましくは13700以上である。
【0035】
上記t2の上限は、実操業レベルを考慮して3600秒以下とする。t2の好ましい上限は2400秒以下である。なお、t2の下限は、上式(2)の焼戻し条件を満足する範囲であれば特に限定されないが、実操業レベルを考慮すると、おおむね、10秒以上であることが好ましい。
【0036】
上記T2の上限は550℃以下とする。T2が高くなると耐疲労特性などが低下するためである。T2の上限は、好ましくは500℃以下、より好ましくは450℃以下である。T2の下限は、上式(2)の範囲を満足するように設定することができるが、強度低下などを考慮すると、好ましくは300℃以上であり、より好ましくは325℃以上、更に好ましくは350℃以上である。
【0037】
上記要件を満足する限り、本発明における焼戻し条件のヒートパターンは特に限定されない。例えば、室温からT2に向けて加熱した後、T2から室温に向けて冷却するヒートパターンを想定した場合、上記加熱工程における平均昇温速度は、例えば、1〜300℃/秒に制御することが好ましい。また、上記冷却工程における平均冷却速度は、例えば、1〜1000℃/秒に制御することが好ましい。或いは、図1に示すように、上記ヒートパターンの一部に、一定温度で一定時間保持する等温保持工程が含まれていても良い。例えば、T2を一定温度で0〜2000秒保持する等温保持工程が含まれていても良い。また、T2が200〜450℃の場合、一定温度で10〜2000秒保持することが好ましい。これらは本発明で適用可能なパターンの一例であり、要するに上記(2)の焼戻し条件を満足する限り、種々のヒートパターンを採用することができる。
【0038】
以上、本発明を特徴付ける焼入れおよび焼戻しの各条件について詳述した。
【0039】
次に、素材として用いられるシームレスパイプの鋼中成分について説明する。本発明におけるシームレスパイプの鋼中成分は、中空ばねに通常用いられる範囲内である。以下、化学成分の限定理由を説明する。
【0040】
[C:0.35〜0.5%]
Cは、高強度を確保するのに必要な元素であり、そのためにC量の下限を0.35%以上とする。C量の下限は、好ましくは0.37%以上、より好ましくは0.40%以上である。しかしながら、C量が過剰になると延性が低下するようになるため、C量の上限を0.5%以下とする。C量の上限は、好ましくは0.48%以下、より好ましくは0.47%以下である。
【0041】
[Si:1.5〜2.2%]
Siは、ばねに必要な耐疲労特性に有効な元素であり、高強度ばねに必要な耐へたり性を確保するためには、Si量の下限を1.5%以上とする。Si量の下限は、好ましくは1.6%以上、より好ましくは1.7%以上である。しかしながら、Siは脱炭を促進させる元素でもあり、Siを過剰に含有させると鋼表面の脱炭層形成が促進されるという問題がある。そのため、Si量の上限を2.2%以下とする。Si量の上限は、好ましくは2.1%以下、より好ましくは2.0%以下である。
【0042】
[Mn:0.1〜1%]
Mnは、脱酸元素として使用されると共に、鋼中の有害元素であるSとMnSを形成して無害化するのに有用な元素である。このような効果を有効に発揮させるため、Mn量の下限を0.1%以上とする。Mn量の下限は、好ましくは0.15%以上、より好ましくは0.2%以上である。しかしながら、Mn量が過剰になると、偏析帯が形成されて材質のばらつきが生じる。そのため、Mn量の上限を1%以下とする。Mn量の上限は、好ましくは0.9%以下であり、より好ましくは0.8%以下である。
【0043】
[Cr:0.1〜1.2%]
Crは焼戻し後の強度確保や耐食性向上に有効な元素であり、特に高レベルの耐食性が要求される懸架ばねに重要な元素である。このような効果を有効に発揮させるため、Cr量の下限を0.1%以上とする。Cr量の下限は、好ましくは0.15%以上であり、より好ましくは0.2%以上である。しかしながら、Cr量が過剰になると、過冷組織が発生し易くなると共に、セメンタイトに濃化して塑性変形能を低下させ、冷間加工性の劣化を招く。また、Cr量が過剰になると、セメンタイトとは異なるCr炭化物が形成され易くなり、強度と延性のバランスが悪くなる。そのため、Cr量の上限を1.2%以下とする。Cr量の上限は、好ましくは1.1%以下、より好ましくは1.0%以下である。
【0044】
[Al:0%超0.1%以下]
Alは、主に脱酸元素として添加される。また、AlはNと結合してAlNを形成し、固溶Nを無害化すると共に組織の微細化にも寄与する。このような効果を有効に発揮させるため、Al量の下限を、好ましくは0.005%以上、より好ましくは0.01%以上とする。しかしながら、AlはSiと同様、脱炭促進元素でもあるため、Siを多く含有する場合、Alの多量添加を抑える必要がある。そのため、Al量の上限を0.1%以下とする。Al量の上限は、好ましくは0.07%以下、より好ましくは0.05%以下である。
【0045】
[P:0%超0.02%以下]
Pは、靭性や延性を劣化させる有害元素であるため、極力低減することが重要であり、その上限を0.02%以下とする。P量の上限は、好ましくは0.017%以下、より好ましくは0.015%以下である。なお、Pは鋼中に不可避的に含まれる不純物であり、その量を0%にすることは工業生産上困難である。
【0046】
[S:0%超0.02%以下]
Sは、上記Pと同様、靭性や延性を劣化させる有害元素であるため、極力低減することが重要であり、その上限を0.02%以下とする。S量の上限は、好ましくは0.017%以下、より好ましくは0.015%以下である。なお、Sは鋼中に不可避的に含まれる不純物であり、その量を0%とすることは工業生産上困難である。
【0047】
[N:0%超0.02%以下]
Nは、AlやTiなどが存在すると窒化物を形成して組織を微細化させる効果がある。このような効果を有効に発揮させるため、N量の下限を、好ましくは0.001%以上、より好ましくは0.002%以上とする。但し、Nが固溶状態で存在すると、靱性、延性、耐水素脆化特性を劣化させる。そのため、N量の上限を0.02%とする。N量の上限は、好ましくは0.01%以下、より好ましくは0.007%以下である。
【0048】
[V:0%超0.2%以下、Ti:0%超0.2%以下およびNb:0%超0.2%以下よりなる群から選択される少なくとも一種の元素]
V、Ti、およびNbは、C、N、Sなどの元素と炭化物、窒化物、炭窒化物、硫化物などの析出物を形成して、これらの元素を無害化する作用を有する。また、上記析出物の形成により、シームレスパイプ製造時の焼鈍工程や、ばね製造時の焼入れ工程における加熱時にオーステナイト組織を微細化する効果も発揮する。更にこれらの元素は、耐遅れ破壊特性を改善するという効果も有する。これらの元素は、単独で含有しても良いし、二種以上を併用しても良い。このような効果を有効に発揮させるため、Ti、V、およびNbの少なくとも1種の量(単独で含むときは単独の量であり、二種以上を含むときは合計量である。以下、同じ。)の下限は、0.01%以上であることが好ましい。しかしながら、上記元素の量が過剰になると、粗大な炭化物、窒化物などが形成されて靭性や延性が劣化する場合があるため、その上限を0.2%以下とする。上記元素量の上限は、好ましくは0.18%以下、より好ましくは0.15%以下である。
【0049】
[Ni:0%超1%以下、およびCu:0%超1%以下よりなる群から選択される少なくとも一種の元素]
NiおよびCuは、表層脱炭の抑制、および耐食性の向上に有効な元素である。これらの元素は、単独で含有しても良いし、二種以上を併用しても良い。
【0050】
これらのうちNiは、コスト低減を考慮した場合には添加しなくても良いため、Ni量の下限は特に限定さない。但し、Ni添加による上記作用を有効に発揮させるためには、Ni量の下限を、0.2%以上とすることが好ましい。但し、Ni量が過剰になると、圧延材に過冷組織が発生したり、焼入れ後に残留オーステナイトが存在し、耐疲労特性などが劣化する場合がある。そのため、Ni量の上限を1%以下とする。更にコスト低減などを考慮すると、Ni量の上限は、好ましくは0.8%以下、より好ましくは0.6%以下である。
【0051】
また、Cu添加による上記作用を有効に発揮させるためには、Cu量の下限を0.2%以上とすることが好ましい。但し、Cu量が過剰になると、Niと同様、過冷組織が発生したり、熱間加工時に割れが生じる場合がある。そのため、Cu量の上限を1%以下とする。更にコスト低減などを考慮すると、Cu量の上限は、好ましくは0.8%以下、より好ましくは0.6%以下である。
【0052】
本発明に用いられるシームレスパイプの基本成分は上記のとおりであり、残部は、鉄および不可避的不純物である。上記不可避的元素不純物として、例えば、Sn、Asなどが挙げられる。
【0053】
本発明に係る中空ばね用鋼の製造方法は、上記のとおり、所定組成のシームレスパイプに、上述した(1)の焼入れおよび(2)の焼戻しを行うところに特徴があり、それ以外の工程は特に限定されず、通常、用いられる方法を採用することができる。以下では、中空ばね用鋼の好ましい製造方法について説明する。
【0054】
まず、所定の組成の鋼材を通常の溶製法によって溶製し、得られた溶鋼を冷却する。
【0055】
その後、分塊圧延を行う。分塊圧延の加熱温度は、例えば、1100〜1300℃で行うことが好ましい。
【0056】
次いで、上記分塊圧延により得られたスラブを熱間鍛造して丸棒に成形する。熱間鍛造の加熱温度は、例えば、1000〜1200℃で行うことが好ましい。
【0057】
その後、公知の方法によってシームレスパイプを製造する。例えば、上記熱間鍛造後に公知の中空化手法を用いて、所定の形状に成形した後、熱間押出し、冷却、冷間加工、焼鈍、酸洗、必要に応じて内表層研磨、冷間加工を行ってシームレスパイプを製造することができる。
【0058】
上記工程のうち、冷間加工後の焼鈍は、A3点以上、1000℃以下の温度域まで加熱して行うことが好ましい。また、A3点以上の温度域における滞在時間、すなわち、A3点以上の温度に加熱してから冷却し、A3点の温度になるまでの合計時間は5分以下に制御することが好ましい。上記範囲に制御することにより、焼鈍時の脱炭発生が抑制され、炭化物が微細化されるため、疲労特性を向上することができる。
【0059】
ここで、A3点は以下のように求めることができる。尚、下記の式中、[ ]は質量%を示す。
3=894.5−269.4×[C]+37.4×[Si]−31.6×[Mn]−19.0×[Cu]−29.2×[Ni]−11.9×[Cr]+19.5×[Mo]+22.2×[Nb]
【0060】
上記冷間加工後の焼鈍は、不活性または還元性のガス雰囲気中で行うことが好ましい。このような焼鈍雰囲気の制御により、焼鈍時の脱炭発生を抑制することができる。また、焼鈍時のスケール生成も抑制できるため、酸洗工程の省略が可能となる。
【0061】
シームレスパイプ製造時における酸洗時間は30分以下に制御するか、酸洗自体を省略することが好ましい。これにより、シームレスパイプ中に含まれる水素量を低減し、焼入れ焼戻し後の水素量低減することができる。
【0062】
上記のようにしてシームレスパイプを製造した後、熱間成形または冷間成形でのばね成形過程において中空ばね用鋼を得るための焼入れ処理および焼戻し処理を行う。熱間成形の場合、シームレスパイプの製造後、上記(1)の焼入れを行うが、このときの焼入れ加熱時にばね成形も行い、その後、上記(2)の焼戻しを行う。一方、冷間成形の場合、シームレスパイプの製造後、上記(1)の焼入れ、および上記(2)の焼戻しを行い、その後加熱せずにばね成形する。
【0063】
更に、本発明の製造方法によって得られる中空ばね用鋼の水素量は、0質量ppm以上、0.16質量ppm以下に制御されていることが好ましい。
【0064】
前述したとおり、中空ばねでは、内周面にショットピーニングを施せないため、疵や水素による脆化感受性に関する耐久性への要請は厳しい。中空ばね用鋼中の水素は、微量であっても耐久性に大きく影響するため、その上限を0.16質量ppm以下とすることが好ましい。その結果、後記する実施例に示すように、非常に高い耐疲労特性が得られる。上記水素量は低いほど良い。上記水素量の上限は、好ましくは0.15質量ppm以下、更に好ましくは0.14質量ppm以下である。
【0065】
中空ばね用鋼中の水素量を低減する方法は公知であり、本発明でも、従来、使用されている方法を適宜選択して用いることができる。鋼中水素低減方法の具体例として、例えば、シームレスパイプ製造工程における酸洗時間を、おおむね、30分以下に短縮する方法が挙げられる。或いは、酸洗そのものを省略しても良い。或いは、中空ばね用鋼製造の焼入れ焼戻し後に脱水素処理を行う方法が挙げられる。脱水素処理としては、例えば、300℃以下での熱処理などの方法が挙げられる。
【0066】
以上、本発明に係る中空ばね用鋼の製造方法について説明した。
【0067】
このようにして得られた中空ばね用鋼を用い、最終的にセッチング、ショットピーニングなどの処理を施すことによって中空ばねが得られる。なお、上述の冷間成形を行う場合には、ばね用鋼にばね成形を施してからセッチング、ショットピーニングを施せばよい。
【0068】
上記中空ばねは、例えば、弁ばね、クラッチばね、懸架ばねなどとして、自動車のエンジン、クラッチ、サスペンションなどに好ましく用いられる。
【実施例】
【0069】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限されず、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0070】
前述したとおり本発明の特徴部分は、シームレスパイプに所定の熱処理を施したところに最大の特徴があるが、シームレスパイプにおいて上記熱処理をしたのちに得られる内周面または外周面は、中実の鋼材において上記熱処理をしたのちに得られる外周面とほぼ同質の表面性状を有しているため、本発明の効果の有無は素材の形状にかかわらない。従って、以下の実施例1および実施例2では、シームレスパイプでなく、中実の鋼材を用いて、本発明で規定する焼入れ、焼戻しの各熱処理を行った後、その評価を実施した。
【0071】
実施例1
本実施例では、特に水素脆化感受性に及ぼす焼入れ焼戻し条件の影響を明らかにするため、以下のように実験を行った。ここでは、本発明の要件を満足する中炭素鋼である表1の鋼種No.A1を用いた。
【0072】
まず、上記鋼を通常の溶製法によって溶製した後、得られた溶鋼を冷却し、1100〜1300℃に加熱して分塊圧延を行って、断面形状が155mm×155mmのスラブを得た。次いで、1000〜1200℃の加熱の条件で熱間鍛造を行い、直径:150mmの丸棒に成形した。更に、1000〜1200℃の加熱の条件で熱間鍛造を行い、直径:15mmの丸棒を作製した。
【0073】
【表1】
【0074】
このようにして得られた丸棒に対し、表2に記載の種々の焼入れ、焼戻しを行い、幅10mm×厚さ1.5mm×長さ65mmの平板試験片を切り出した。この平板試験片を用いて、以下のように耐水素脆化特性およびビッカース硬さを評価した。
【0075】
詳細な焼入れおよび焼戻しの各条件は以下のとおりである。まず、室温からT1までの温度域を10℃/秒の平均昇温速度で加熱した後、T1で所定時間保持した。次いで、T1から300℃までの温度域を50℃/秒の平均冷却速度で冷却した。このとき、900℃以上の滞在時間t1が600秒になるように、T1での保持時間を変化させた。
【0076】
次に200℃まで冷却した後、焼戻しを行った。具体的には、200℃からT2までの温度域を10℃/秒の平均昇温速度で加熱した後、T2で所定時間保持した。次いで、T2から200℃までの温度域を300℃/秒の平均冷却速度で冷却した。このとき、t2(200℃以上に加熱してから200℃以下に冷却されるまでの時間)が2400秒になるように、T2での保持時間を変化させた。
【0077】
(耐水素脆化特性の評価)
上記の試験片に対して4点曲げにより1400MPaの応力を作用させた状態で、試験片を、1L中に硫酸が0.5mol、チオシアン酸カリウムが0.01molとなるような混合溶液に浸漬した。ポテンションスタットを用いてSCE(Saturated Calomel Electrode)電極(飽和カロメル電極)よりも卑な−700mVの電圧をかけ、割れが発生するまでの時間(破断時間)を測定した。本実施例では、破断寿命が1000秒以上を合格とした。
【0078】
(ビッカース硬さ)
上記平板試験片の幅、厚さ断面が露出するように樹脂に埋込み、研磨・鏡面仕上げを行った後、表層から深さ板厚中心部の位置を500gの荷重でビッカース硬さ(Hv)を測定した。本実施例では、ビッカース硬さが550Hv以上のものを高強度と評価した。これらの評価結果を表2に併記する。
【0079】
【表2】
【0080】
表2の試験No.1〜4、8〜11は、本発明の要件を満足する鋼を用い、本発明で規定する(1)の焼入れ、および(2)の焼戻しを行った例である。これらは、いずれも、高強度であるにもかかわらず、破断寿命が1000秒以上と長く、耐水素脆化特性に優れている。
【0081】
これに対し、試験No.5〜7は、いずれも、焼入れ条件が同じで、式(2)で規定する焼戻しパラメータの上限を超える例であり、試験No.5、6、7の順に、上記焼戻しパラメータの数値は大きくなっている。焼戻しパラメータの上限をわずかに超える試験No.5では、硬さは良好であるが破断寿命が短い。一方、試験No.6、7と、焼戻しパラメータの数値が大きくなるにつれ、硬さは低下したが、破断寿命は、本発明で規定する1000秒以上になった。
【0082】
上記試験No.5〜7と同様の傾向は、No.12〜14でも見られた。すなわち、試験No.12〜14は、いずれも、焼入れ条件が同じで、式(2)で規定する焼戻しパラメータの上限を超える他の例であり、No.12、13、14の順に、上記焼戻しパラメータの数値は大きくなっている。焼戻しパラメータの上限をわずかに超えるNo.12では、硬さは良好であるが破断寿命が短い。一方、No.12、13と、焼戻しパラメータの数値が大きくなるにつれ、硬さは低下したが、破断寿命は、本発明で規定する1000秒以上になった。
【0083】
これらの結果より、焼戻しパラメータの上限は、所望とする高強度、且つ耐水素脆化特性の特性を確保するのに重要な要件であり、本発明で規定する範囲に制御することによって初めて、所望とする上記特性が発揮されることが確認された。
【0084】
また、試験No.15〜21は、いずれも焼入れ条件が同じで、式(1)で規定する焼入れパラメータの上限をわずかに超える例である。
【0085】
上記のうち、試験No.15〜18は、本発明で既定する(2)の焼戻し条件で製造した例である。焼入れパラメータの上限を超えているため、破断寿命が短くなった。
【0086】
一方、試験No.19〜21は、式(2)で規定する焼戻しパラメータの上限を超える例であり、No.19、20、21の順に、上記焼戻しパラメータの数値は大きくなっている。焼戻しパラメータの上限をわずかに超えるNo.19では、硬さは良好であるが破断寿命が短い。一方、No.20、21と、焼戻しパラメータの数値が大きくなるにつれ、硬さは低下したが、破断寿命は増加するようになり、No.21では、本発明で規定する1000秒以上になり、耐水素脆化特性が改善された。
【0087】
これらの結果より、焼入れパラメータの上限は、所望とする耐水素脆化特性の特性を確保するのに重要な要件であり、本発明の範囲を満足しないと、所望とする特性が得られないことが確認された。
【0088】
実施例2
本実施例では、特に耐疲労特性に及ぼす焼入れ焼戻し条件の影響を明らかにするため、実施例1で作製した丸棒を用いて、以下の実験を行った。
【0089】
(耐疲労特性の評価)
上記丸棒に対して、表3に記載の種々の焼入れ、焼戻しを行った後、JIS試験片(JIS Z2274疲労試験片)に加工し、応力:900MPa、回転速度:3000rpmで回転曲げ疲労試験を行った。焼入れ条件、焼戻し条件の詳細は前述した実施例1と同じである。本実施例では、破断までの繰り返し数が10万回以上のものを合格とした。
【0090】
これらの結果を表3に併記する。表3中、試験No.10と17は、前述した表2の試験No.10と17に対応し、同じ熱処理条件を施したものである。
【0091】
【表3】
【0092】
まず、試験No.10と17を対比する。これらは焼戻し条件が同じで、本発明で規定する焼戻し条件で焼戻した例であるが、焼入れ条件が相違し、試験No.10は本発明で規定する焼入れ条件を満足する例、試験No.17は本発明で規定する焼入れパラメータの上限をわずかに超える例である。
【0093】
表3に示すように、耐疲労特性に関してのみ言えば、焼入れ条件による差は見られず、試験No.17のように焼入れパラメータの上限を超えて焼入れしても、試験No.10のように本発明で規定する焼入れ条件を施した場合と同様、良好な耐疲労特性が得られた。但し、前述した表2に示したように、上記試験No.17は、焼戻しパラメータの上限を超えるために破断寿命が低下したため、所望とする耐水素脆化特性および高強度を満足させるためには、本発明で規定する焼入れ条件、および焼戻し条件の両方を具備することが不可欠であることが確認される。
【0094】
次に、試験No.22と23を対比する。これらは焼戻し条件が同じで、本発明で規定する焼戻しパラメータを超える例であるが、焼入れ条件が相違し、試験No.22は本発明で規定する焼入れ条件を満足する例、試験No.23は本発明で規定する焼入れパラメータの上限をわずかに超える例である。
【0095】
表3に示すように、上記試験No.22と23はいずれも、本発明で規定する焼戻し条件を外れるため、耐疲労特性が低下した。よって、耐疲労特性に関してのみ言えば、焼入れ条件による差は見られず、試験No.23のように焼入れパラメータの上限を超えて焼入れしても、試験No.22のように本発明で規定する焼入れ条件を施した場合と同様、耐疲労特性が低下した。
【0096】
実施例3
本実施例では、中空ばね用鋼を用い、特に耐疲労特性に及ぼす焼戻し条件の影響を明らかにするため、以下のようにシームレスパイプを作製して、鋼中水素量を測定すると共に、耐疲労特性を評価した。
【0097】
(鋼中水素量の測定)
前述した実施例1で作製した直径150mmの丸棒を用い、機械加工により押出用ビレットを作製した後、1100℃に加熱の条件で熱間押出を行って外径:54mm、内径:37mmの押出管を作製した。次に、冷間加工(詳細には、抽伸加工:非連続型ドローベンチ、圧延加工:ピルガー圧延機)を行った後、920〜1000℃の温度で900℃以上の加熱総時間が20分以内の時間焼鈍した。次いで、鋼中水素量を変化させるため、酸洗時間を変えて酸洗を行った。具体的には、5〜10%塩酸の酸洗液に10〜30分間酸洗する酸洗処理を実施した。冷間加工、焼鈍、酸洗の工程を複数回繰返し、外径:16mm、内径:8.0mmのシームレスパイプを作製した。
【0098】
このようにして得られたシームレスパイプに対し、焼入れ処理および焼戻し処理を行った。詳細な焼入れおよび焼戻しの各条件は以下のとおりである。まず、室温からT1までの温度域を100℃/秒の平均昇温速度で加熱した後、T1で所定時間保持した。次いで、T1から300℃までの温度域を50℃/秒の平均冷却速度で冷却した。このとき、900℃以上の滞在時間t1が60秒になるように、T1での保持時間を変化させた。
【0099】
次に200℃まで冷却した後、焼戻しを行った。具体的には、200℃からT2までの温度域を10℃/秒の平均昇温速度で加熱した後、T2で所定時間保持した。次いで、T2から200℃までの温度域を300℃/秒の平均冷却速度で冷却した。このとき、t2(200℃以上に加熱してから200℃以下に冷却されるまでの時間)が2400秒になるように、T2での保持時間を変化させた。
【0100】
このようにして、得られた中空ばね用鋼から幅1mmのリング状試験片を切り出し、放出水素量を測定した。放出水素量は、APIMS(Atmospheric Pressure Ionization Mass Spectrometry)にて昇温分析により測定した。昇温速度は720℃/時で測定し、720℃までの放出水素量を鋼中水素量とした。
【0101】
(耐疲労特性の測定)
上記中空ばね用鋼を用いて、耐疲労特性を評価した。本実施例では、負荷応力735±600MPaにてねじり疲労試験を行った。破断までの繰り返し数が5万回以上のものを、耐疲労特性に優れると評価した。
【0102】
これらの結果を表4に併記する。
【0103】
【表4】
【0104】
表4の試験No.1〜4は、いずれも、焼入れ条件が同じであり、本発明の条件で焼入れを行ったが、焼戻し条件が異なっており、試験No.1、2は本発明で規定する焼戻し条件を施した例、試験No.3、4は本発明で規定する焼戻しパラメータの上限を、ほんのわずかに超える例である。
【0105】
試験No.1とNo.2を対比すると、鋼中水素量を0.16質量ppmと、本発明で規定する好ましい上限に制御したNo.1では、上記上限に制御しないNo.1に比べて、耐久回数が著しく増加し、非常に高い耐疲労特性が得られた。
【0106】
これに対し、試験No.3、4のように焼戻しパラメータの上限が、本発明で規定する上限(15500)をわずか1だけ超えて焼戻しを行った場合、耐久回数は減少し、試験No.3のように鋼中水素量を好ましい上限に制御したとしても、合格基準である5万回に到達できなかった。
【0107】
これらの結果より、中空ばねの耐疲労特性を確保するためには、特に焼戻し条件を適切に制御することが重要であることが確認された。また、本発明で規定する焼戻し条件を行ったうえで、更に鋼中水素量の上限を好ましい範囲に制御すると、耐疲労特性は著しく増加することも分かった。
【0108】
なお、実施例3では、耐水素脆化特性の指標となる破断寿命を測定していないが、試験No.1、2は上記(1)の焼入れ条件を満足するため、良好な耐水素脆化特性が得られると判断される。
図1