【解決手段】本願発明の細胞構造体の製造方法は、温度応答性ポリマー又は温度応答性ポリマー組成物を調製する調製工程と、上記温度応答性ポリマー又は上記温度応答性ポリマー組成物で、細胞培養器の培養面を被覆して、被覆細胞培養器を準備する準備工程と、がん細胞と間質線維芽細胞との合計細胞数(100%)に対する、上記間質線維芽細胞数の割合が40〜99%である、上記がん細胞と上記間質線維芽細胞とを含む混合細胞を上記被覆細胞培養器に播種する播種工程と、播種した上記混合細胞を培養して塊状の細胞構造体を得る培養工程とを含むことを特徴としている。
前記播種工程以降であって、前記細胞構造体が得られる前に、免疫系細胞を前記被覆細胞培養器にさらに添加する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の細胞構造体の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[細胞構造体の製造方法]
本発明の細胞構造体の製造方法は、温度応答性ポリマー又は温度応答性ポリマー組成物を調製する、調製工程と、上記温度応答性ポリマー又は上記温度応答性ポリマー組成物で、細胞培養器の培養面を被覆して、被覆細胞培養器を準備する、準備工程と、がん細胞と間質線維芽細胞との合計細胞数(100%)に対する、上記間質線維芽細胞数の割合が40〜99%である、上記がん細胞と上記間質線維芽細胞とを含む混合細胞を、上記被覆細胞培養器に播種する、播種工程と、播種した上記混合細胞を培養して塊状の細胞構造体を得る、培養工程とを、この順に含む。
なお、本明細書において、上記温度応答性ポリマー又は上記温度応答性ポリマー組成物で被覆された細胞培養器の培養面を、「被覆培養面」と称する場合がある。また、被覆細胞培養器とは、被覆培養面を有する細胞培養器である。
【0016】
従来、単層培養した細胞を成熟させるだけで細胞間の結合力を大きくさせ、細胞同士を自発的に凝集させて塊状の細胞構造体を得る方法が知られているが、例外的に上皮系のがん細胞はアクチンフィラメントが発達しておらず細胞間の結合が弱いため、増殖した細胞が単層となった後に、凝集する力が弱く、塊状の細胞構造体を得ることが非常に困難であった。例えば、細胞構造多のサイズがまちまちとなり、分化制御が困難となって、実験系を複雑化する問題があった。
上皮系がん細胞の細胞構造体は、公知のU字低接着性培養皿やハンギングドロップ法で1〜2週間もの長い時間かけてスフェロドを形成させることも可能であるが、作製に時間がかかる問題、増殖性の異なる細胞同士の共培養は困難である問題、サイズの大きな細胞構造体を作製しようとすると内部の細胞が壊死する問題等があった。
その上、薬剤耐性試験などで、これらの方法で作製した小さなサイズのスフェロイドを使用する場合、試験には一定数の細胞が必要となるため、細胞構造体の数を増やすこととなる。一般にがん細胞の細胞構造体は融合が起こりやすく、0.3%程度の高分子系非イオン性界面活性剤(例えばメチルセルロース)を培地中に混合して融合を防ぐことが多く、この界面活性剤が試験しようとする薬剤とミセルを形成して性質を変化させたりする問題があった。
本発明者らは、温度応答性ポリマー又は温度応答性ポリマー組成物で、細胞培養器の培養面を被覆した被覆細胞培養器を用いることにより、驚くべきことに、がん細胞と間質細胞を混合して播種することで、腫瘍組織を模倣した細胞構造体を形成できることを見出した。
本実施形態の細胞構造体の製造方法によれば、がん細胞と間質線維芽細胞とが均質分散した状態を維持して凝集させることが可能であり、がん細胞と間質線維芽細胞とが混合した、生体内に存在する状態に近い腫瘍組織を再現することができる。
【0017】
正常な組織内では、繊維芽細胞は、方向性をもって比較的規則正しく配列するが、腫瘍組織内の間質線維芽細胞は、方向性を失い、錯綜状態となって存在することが知られている。本実施形態の細胞構造体の製造方法によれば、細胞構造体内の間質線維芽細胞が方向性なく錯綜した状態で存在している、腫瘍組織に似た間質線維芽細胞の分布状態を再現することができる。
【0018】
本実施形態の細胞構造体の製造方法によれば、播種された混合細胞は被覆培養面に接着し、更に培養すると、混合細胞は自己凝集をして収縮して、シート状に広がった細胞の端部が被覆培養面から離れて反り返るようにして凝集し、塊状の細胞構造体を形成する。特に、本実施形態の細胞構造体の製造方法では、温度応答性ポリマー又は温度応答性ポリマー組成物で培養面が被覆されており、被覆培養面と細胞との接着力が適度な範囲にあるため、増殖力が強く凝集しにくい性質を有するがん細胞を含む混合細胞であっても、塊状の細胞構造体を形成することができる。
【0019】
がん細胞と、間質線維芽細胞とは、増殖速度が異なるため、従来の長時間培養をして細胞構造体を形成する方法では、間質線維芽細胞を多く含む細胞構造体を形成することができない。本実施形態の細胞構造体の製造方法によれば、被覆培養面と細胞との接着力が適度な範囲にある被覆細胞培養器を用いているため、細胞の増殖を必要とせず、例えば、播種後24時間以内など短時間で、がん細胞と間質線維芽細胞との混合細胞が凝集して丸まるため、細胞速度が異なる2種の細胞からなる塊状の細胞構造体を容易に形成することができる。
【0020】
腫瘍組織は大きくなると(例えば、外径300μm以上になると)、腫瘍組織の内部のがん細胞や間質線維芽細胞が低酸素状態となることが知られている。低酸素状態となったがん細胞は、がんの転移に関与するとも考えられ、がん等の研究において、内部に低酸素状態のがん細胞や間質線維芽細胞が存在する細胞構造体を製造する方法、特にこのような細胞構造体を容易に製造することも求められている。
従来は、内部に低酸素状態のがん細胞や間質線維芽細胞を含む細胞構造体は製造することが困難であった。しかしながら、本実施形態の細胞構造体の製造方法によれば、がん細胞と間質線維芽細胞とを含む、外径300μm以上の大きい塊状の細胞構造体を得ることもできる。また、本実施形態の製造方法により得られる、外径300μm以上の大きい塊状の細胞構造体の内部には、低酸素状態のがん細胞や間質線維芽細胞が存在する。そのため、がん研究のツールとして、極めて有用である。
【0021】
(調製工程)
本実施形態の細胞培養器に用いられる温度応答性ポリマー及び温度応答性ポリマー組成物としては、(A)2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート(DMAEMA)単位と、アニオン性モノマー単位とを含む温度応答性ポリマー、(B)N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)単位と、カチオン性モノマー単位と、アニオン性モノマー単位とを含む温度応答性ポリマー、(C)2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート(DMAEMA)及び/又はその誘導体の重合体と、2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール(トリス)と、核酸、ヘパリン、ヒアルロン酸、デキストラン硫酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリリン酸、硫酸化多糖類、カードラン及びポリアルギン酸並びにこれらのアルカリ金属塩からなる群から選択される1種以上のアニオン性物質とを含む温度応答性ポリマー組成物等が挙げられる。中でも、内部に低酸素状態のがん細胞や間質線維芽細胞を含む、大きい塊状の細胞構造体が得られやすいという観点から、(A)が好ましい。
ここで、上記(A)としては、例えば、(A−1)DMAEMAを水存在下で重合する方法により得られる温度応答性ポリマー、(A−2)主としてDMAEMAを含むポリマーブロック(重合鎖α末端)と、主としてDMAEMAとアニオン性モノマー(重合鎖ω末端)とを含む温度応答性ポリマー等が挙げられる。
上記温度応答性ポリマー、及び上記温度応答性ポリマー組成物に含まれる重合体は、親水性が上がることで、がん細胞が凝集しやすくなり、また、がん細胞が培養面から剥離しやすくなる観点から、N,N−ジメチルアクリルアミドに由来するモノマー単位を含むことが好ましい。中でも、がん細胞と間質線維芽細胞とを含む細胞構造体が特に形成しやすくなり、内部に低酸素状態のがん細胞や間質線維芽細胞を含む、大きい塊状の細胞構造体が得られやすくなるという観点から、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートに由来するモノマー単位、メタクリル酸に由来するモノマー単位、N,N−ジメチルアクリルアミドに由来するモノマー単位を含むことが好ましく、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートに由来するモノマー単位、メタクリル酸に由来するモノマー単位、N,N−ジメチルアクリルアミドに由来するモノマー単位からなることがより好ましい。
本実施形態において、これらは、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0022】
−−(A−1)の温度応答性ポリマーの製造方法−−
以下、上記(A−1)の温度応答性ポリマー及びその製造方法について記載する。
【0023】
(A−1)の温度応答性ポリマーの製造方法では、まず、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート(DMAEMA)を含む混合物を調製する(混合物調製工程)。ここで、混合物は、重合禁止剤及び水を更に含む。
【0024】
2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート(DMAEMA)としては、市販品を用いることができる。重合禁止剤としては、メチルヒドロキノン(MEHQ)、ヒドロキノン、p−ベンゾキノリン、N,N−ジエチルヒドロキシルアミン、N−nitroso−N−phenylhydroxylamine(Cupferron)、t−ブチルハイドロキノン等が挙げられる。また、市販のDMAEMAに含まれるMEHQ等をそのまま用いてもよい。水としては、超純水等が挙げられる。
【0025】
上記混合物に対する重合禁止剤の重量割合は、0.01〜1.5%であることが好ましく、0.1〜0.5%であることが更に好ましい。上記範囲とすれば、ラジカル重合反応の暴走を抑制して、制御できない架橋を低減することができ、製造される温度応答性ポリマーの溶媒に対する溶解性を確保することができる。
上記混合物に対する水の重量割合は、1.0〜50%であることが好ましく、9.0〜33%であることが更に好ましい。上記範囲とすれば、側鎖の加水分解反応の反応速度と、重合するポリマー鎖の成長反応の反応速度とを、バランスよく調和させることができる。これにより、側鎖が加水分解されたDMAEMAに対する、側鎖が加水分解されていないDMAEMAの割合(共重合割合)が1.0〜20程度の温度応答性ポリマーを得ることができる。
【0026】
次いで、(A−1)の温度応答性ポリマーの製造方法では、混合物に紫外線を照射する(照射工程)。ここで、紫外線は、不活性雰囲気下において、照射される。DMAEMAは、紫外線の照射により、ラジカル重合して、ポリマーとなる。
この工程では、例えば、透明な密封バイアルに、上記混合物を加え、不活性ガスをバブリングすることによってバイアル内を不活性雰囲気とした後に、バイアルの外部から紫外線照射装置を用いて紫外線を照射する。
【0027】
紫外線の波長としては、210〜600nmであることが好ましく、360〜380nmであることが更に好ましい。上記範囲とすれば、効率よく重合反応を進行させることができ、所期の共重合割合を有する高分子材料を安定的に得ることができる。また、製造したポリマー材料が着色することを防ぐこともできる。
不活性ガスとしては、窒素、アルゴン、ヘリウム、ネオン等が挙げられる。
【0028】
反応条件に関して、温度条件としては、15〜50℃であることが好ましく、20〜30℃であることが更に好ましい。上記範囲とすれば、熱による開始反応を抑制し、光照射による開始反応を優先的に進行させることができる。また、加水分解反応の反応速度をポリマー鎖の成長反応の反応速度に対してバランスのよいものにすることができる。
反応時間としては、7〜24時間であることが好ましく、17〜21時間であることが更に好ましい。上記範囲とすれば、(A−1)の温度応答性ポリマーを高収率で得ることができ、また、光分解反応や不要な架橋反応を抑制しながらラジカル重合を行うことができる。
【0029】
なお、混合物調製工程において混合物が調製され終えてから、照射工程において紫外線の照射が開始されるまでの時間は、10分〜1時間であることが好ましい。
【0030】
混合物を加えたバイアルの内部の気体を置換して、バイアル内を不活性雰囲気とする際には、10分程度の時間を要する。そのため、上記時間を10分未満とすると、ラジカル重合に必要となる不活性雰囲気が得られない虞がある。また、混合物中では、DMAEMAの加水分解反応が、紫外線の照射が開始される前に開始される。そのため、上記時間を1時間超とすると、ラジカル重合反応に不活性なメタクリル酸が混合物中に多数生じてしまう。
【0031】
(A−1)の温度応答性ポリマーの製造方法では、混合物に水が含まれるため、DMAEMAのラジカル重合反応と、ポリ2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート(PDMAEMA)の側鎖のエステル結合の加水分解反応とを、拮抗させることができる。
この拮抗により、得られる生成物は、式(I)で表される繰り返し単位(A)
【化1】
、及び式(II)で表される繰り返し単位(B)
【化2】
を含むポリマーとなる。
そのため、ポリマーが有するカチオン性官能基、すなわち、ジメチルアミノ基と、ポリマーが有するアニオン性官能基、すなわち、側鎖のエステル結合が加水分解されてできたカルボキシル基の両方を、バランスよく備えることができる。そして、(A−1)の温度応答性ポリマーの製造方法によれば、カチオン性官能基及びアニオン性官能基を有する、ポリ(2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート)由来のポリマーを、少ない工程で簡便に製造することができる。
【0032】
なお、(A−1)の温度応答性ポリマーの製造方法と同一の製造方法ではなくとも、DMAEMA、重合禁止剤、及び水が、紫外線照射時に反応系中に共存していれば、上記効果と同様の効果を得ることができる。
例えば、DMAEMA及び重合禁止剤を含む混合物と、水とを別々に準備し、次いで、混合物と水とに不活性ガスをバブリングし、その後、混合物と水とを不活性雰囲気下で混合すると同時に紫外線を照射するという、温度応答性ポリマーの製造方法も、(A−1)の温度応答性ポリマーに含めることができる。
【0033】
−−(A−1)の温度応答性ポリマー−−
(A−1)の温度応答性ポリマーは、上記(A−1)の製造方法により製造される。
【0034】
上記温度応答性ポリマー(A−1)は、曇点を細胞培養に適当な温度付近に維持しつつ、イオンバランスを確保する観点から、上記繰り返し単位(A)のホモポリマー領域と、上記繰り返し単位(A)と上記繰り返し単位(B)とのコポリマー領域とを有するポリマーであることが好ましい。
上記繰り返し単位(A)のホモポリマー領域と、上記繰り返し単位(A)と上記繰り返し単位(B)とのコポリマー領域とを有するポリマーの製造方法は、例えば、DMAEMAを光照射してポリマー化し、ポリマーの数平均分子量が一定値を超えた時点(例えば、ポリマーの数平均分子量が5,000Da(より好ましくは20,000Da)を超えた時点)で、アニオン性モノマーである上記繰り返し単位(B)を混合して更に光照射する方法が挙げられる。
【0035】
(A−1)の温度応答性ポリマーの数平均分子量(Mn)としては、10〜500kDaが好ましい。また、重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比(Mw/Mn)は、1.1〜10.0が好ましい。
(A−1)の温度応答性ポリマーの分子量は、紫外線の照射時間及び照射強度の条件により、適宜調整することができる。
【0036】
(A−1)の温度応答性ポリマーによれば、曇点を、例えば室温(25℃)以下に、低下させることができる。
【0037】
(A−1)の温度応答性ポリマーでは、曇点以上の温度で形成された温度応答性ポリマーの不溶化物が、室温(約25℃)条件下で再溶解するまでの時間が顕著に遅延する。これは、得られた(A−1)の温度応答性ポリマーは、分子内にカチオン性官能基とアニオン性官能基とが存在するため、高い自己凝集性を有するためであると推定される。
【0038】
また、(A−1)の温度応答性ポリマーを用いて、培養面に(A−1)の温度応答性ポリマーを被覆してなる被覆細胞培養器を調製することができる。
【0039】
更に、(A−1)の温度応答性ポリマーによれば、後述するように、細胞を適切な培養条件で培養することにより、塊状(ペレット状)の構造を有する細胞構造体を形成させることができる。
【0040】
(A−1)の温度応答性ポリマーが有する、カチオン性官能基(2−N,N−ジメチルアミノ基)の官能基数と、アニオン性官能基(カルボキシル基)の官能基数との比(C/A比)は、0.5〜32であることが好ましく、4〜16であることが更に好ましい。
【0041】
C/A比を上記範囲とすれば、曇点を低減させるという上記効果が得られやすい。上記C/A比を有する温度応答性ポリマーでは、上記温度応答性ポリマー中でカチオン性官能基とアニオン性官能基とが、イオン結合的に分子間及び/又は分子内の凝集に作用して、温度応答性ポリマーの凝集力が強くなった結果であると推測される。
【0042】
また、C/A比を上記範囲とすれば、上記温度応答性ポリマー中の正電荷と負電荷とのバランスを特に好適にして、正電荷による細胞傷害性を抑制することができ、また、上記温度応答性ポリマーの親水性と疎水性とのバランスを特に好適にして、細胞の遊走や配向を生じやすくすることができるものと推定される。
【0043】
−−(A−2)の温度応答性ポリマーの製造方法−−
以下、上記(A−2)の温度応答性ポリマー及びその製造方法について記載する。
【0044】
(A−2)の温度応答性ポリマーの製造方法では、まず、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート(DMAEMA)を含む第一混合物に紫外線を照射する(第一重合工程)。
ここで、第一混合物は、DMAEMA以外に、任意選択的に、例えば、他のモノマー、溶媒等を含んでよい。
また、紫外線は、不活性雰囲気下において、照射されてよい。
【0045】
DMAEMAとしては、市販品としてよい。
第一混合物に含まれ得る上記他のモノマーとしては、例えば、N,N−ジメチルアクリルアミド、ポリエチレングリコール側鎖を有するアクリル酸やメタクリル酸のエステル、N−イソプロピルアクリルアミド、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリルアミド等が挙げられ、特に、イオンバランスの調整を安定的に行うことを可能にする観点から、N,N−ジメチルアクリルアミド、ポリエチレングリコール側鎖を有するアクリル酸やメタクリル酸のエステル、N−イソプロピルアクリルアミドが好ましい。上記他のモノマーは、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。ここで、他のモノマーの使用量のDMAEMAの使用量に対する割合(モル数)は、0.001〜1とすることが好ましく、0.01〜0.5とすることが更に好ましい。
【0046】
第一混合物に含まれ得る上記溶媒としては、例えば、トルエン、ベンゼン、クロロホルム、メタノール、エタノール等が挙げられ、特に、DMAEMAのエステル結合に対して不活性であるため、トルエン、ベンゼンが好ましい。上記溶媒は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0047】
この工程では、例えば、透明な密封バイアルに、上記第一混合物を加え、不活性ガスをバブリングすることによってバイアル内を不活性雰囲気とした後に、バイアルの外部から紫外線照射装置を用いて紫外線を照射する。
【0048】
紫外線の波長としては、210〜600nmであることが好ましく、360〜380nmであることが更に好ましい。上記範囲とすれば、効率よく重合反応を進行させることができ、所期の共重合割合を有する高分子材料を安定的に得ることができる。また、製造したポリマー材料が着色することを防ぐこともできる。
紫外線の照射強度としては、0.01〜50mW/cm
2であることが好ましく、0.1〜5mW/cm
2であることが更に好ましい。上記範囲とすれば、無用な化学結合の切断等による分解を抑制しつつ、安定的に、適切な速度(時間)で重合反応を進行させることができる。
不活性ガスとしては、窒素、アルゴン、ヘリウム、ネオン等が挙げられる。
【0049】
温度条件としては、10〜40℃あることが好ましく、20〜30℃あることが更に好ましい。上記範囲とすれば、通常の実験室の室温において反応を行うことができ、また、光とは別の手段(加熱等)により反応を抑制することが可能となる。
反応時間としては、10分〜48時間であることが好ましく、60分〜24時間であることが更に好ましい。
【0050】
この工程において、DMAEMAは、紫外線の照射により、ラジカル重合して、ポリマー(ポリ(2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート)(PDMAEMA))となり、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートを含むホモポリマーブロックが形成される。他のモノマーも用いた場合には、DMAEMAと他のモノマーとを含むポリマーブロックが形成される。
【0051】
次いで、(A−2)の温度応答性ポリマーの製造方法では、第一重合工程における重合物(具体的には、ポリマー化した2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート)の数平均分子量が所定値以上となった時点で、第一混合物にアニオン性モノマーを添加して第二混合物を調製する(添加工程)。
ここで、第二混合物は、第一重合工程後の第一混合物、及びアニオン性モノマー以外に、例えば、他のモノマー、前述の第一混合物に含まれ得る溶媒(トルエン、ベンゼン、メタノール等)等を含んでよい。
また、アニオン性モノマーは、不活性雰囲気下において、添加されてよい。
【0052】
アニオン性モノマーとしては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、側鎖にカルボキシル基、スルホン酸基、リン酸基を有するビニル誘導体等が挙げられ、特に、化学的安定性の観点から、アクリル酸、メタクリル酸が好ましい。上記アニオン性モノマーは、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0053】
第二混合物に含まれ得る他のモノマーとしては、例えば、N,N−ジメチルアクリルアミド、ポリエチレングリコール側鎖を有するアクリル酸やメタクリル酸のエステル、N−イソプロピルアクリルアミド、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリルアミド等が挙げられ、特に、電気的に中性であり、且つ親水性である、N,N−ジメチルアクリルアミドが好ましい。上記他のモノマーは、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。ここで、他のモノマーの使用量のDMAEMAの使用量に対する割合(モル)は、0.01〜10とすることが好ましく、0.1〜5とすることが更に好ましい。
【0054】
この工程では、例えば、バイアルに不活性ガスをフローさせることによってバイアル内を不活性雰囲気に保ちながら、上記第二混合物を添加する。
【0055】
数平均分子量の所定値は、曇点低減の効果を十分に得る観点から、好適には5,000Daであり、更に好適には20,000Daであり、特に好適には100,000Daである。
なお、第一重合工程後の第一混合物中におけるポリマー化したPDMAEMAの数平均分子量は、所定の時点で重合系から少量の反応混合物を採取して、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)や光散乱法(SLS)等の当業者に周知の方法により、測定することができる。
【0056】
この工程において、重合中のDMAEMAを含むホモポリマーに加えて、アニオン性モノマーも重合系に含められることとなり、バイアル内の重合系が、DMAEMAの単独重合系から、DMAEMAとアニオン性モノマーとの共重合系に、変わることとなる。
【0057】
そして、(A−2)の温度応答性ポリマーの製造方法では、第二混合物に紫外線を照射する(第二重合工程)。
ここで、紫外線は、不活性雰囲気下において、照射されてよい。
【0058】
この工程では、例えば、第二混合物を添加した後のバイアルの外部から紫外線照射装置を用いて紫外線を照射する。
【0059】
第二重合工程における、紫外線の波長、紫外線の照射強度、用いる不活性ガス、反応温度、反応時間等の諸条件は、第一重合工程における条件と同様としてよい。
【0060】
この工程において、DMAEMAとアニオン性モノマーとが、紫外線の照射により、ラジカル重合して、第一重合工程において形成したDMAEMAを含むホモポリマーブロックの重合鎖α末端に連続する形態で、DMAEMAとアニオン性モノマーとを含むコポリマーブロックが形成される。他のモノマーも用いた場合には、DMAEMAとアニオン性モノマーと他のモノマーとを含むコポリマーブロックが形成される。
【0061】
上記の通り、DMAEMAを含むホモポリマーブロックと、DMAEMAとアニオン性モノマーとのコポリマーブロックとを含む温度応答性ポリマーが得られる。
【0062】
なお、(A−2)の製造方法では、当業者に理解される通り、種々の分子量及び分子構造を有するポリマーの混合物が生成するところ、DMAEMAを含むホモポリマーブロックと、DMAEMAとアニオン性モノマーとのコポリマーブロックとを含む温度応答性ポリマーを主成分として得る観点から、第一重合工程、添加工程、及び第二重合工程に亘って、同一の条件下で重合を行うことが好ましい。
【0063】
−−(A−2)の温度応答性ポリマー−−
(A−2)の温度応答性ポリマーは、上記(A−2)の製造方法により製造される。
【0064】
(A−2)の温度応答性ポリマーは、主として2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートを含み、任意選択的にジメチルアクリルアミド、ポリエチレングリコール側鎖を有するアクリル酸やメタクリル酸等の親水性モノマー等の他のモノマー単位を含むポリマーブロック(重合鎖α末端)と、主として2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートとアニオン性モノマー(重合鎖ω末端)とを含み、任意選択的に他のモノマー単位を含むコポリマーブロックとを含む。
好適には、(A−2)の温度応答性ポリマーは、DMAEMAのホモポリマーブロックと、DMAEMAとアニオン性モノマーとのコポリマーブロックとを含み、更に好適には、これらブロックからなる。
【0065】
ここで、(A−2)の温度応答性ポリマーとしては、重合鎖α末端のポリマーブロック(例えば、DMAEMAのホモポリマーブロック)の数平均分子量が5000Da以上であることが好ましく、20000Da以上であることが更に好ましい。
【0066】
(A−2)の温度応答性ポリマーとしては、数平均分子量(Mn)が、10〜500kDaである分子が好ましい。また、重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比(Mw/Mn)は、1.1〜10.0である分子が好ましい。
温度応答性ポリマーの分子量は、紫外線の照射時間及び照射強度の条件により、適宜調整することができる。
【0067】
(A−2)の温度応答性ポリマーによれば、曇点を、例えば室温(25℃)以下に、低下させることができる。
【0068】
上記(A−2)の温度応答性ポリマーでは、曇点以上の温度で形成された温度応答性ポリマーの不溶化物が、室温(約25℃)条件下で再溶解するまでの時間が顕著に遅延する。これは、得られた温度応答性ポリマーは、分子内にカチオン性官能基とアニオン性官能基とが存在するため、高い自己凝集性を有するためであると推定される。
【0069】
特に、(A−2)の温度応答性ポリマーは、重合鎖α末端に、高分子量(例えば、5000Da以上)を有するDMAEMAのホモポリマーブロックを備えるため、DMAEMAの側鎖の温度依存的なグロビュール転移が生じやすく、曇点を効果的に低減することが可能となると考えられる。
【0070】
また、(A−2)の温度応答性ポリマーを用いて、培養面に(A−2)の温度応答性ポリマーを被覆してなる被覆細胞培養器を調製することができる。
【0071】
更に、(A−2)の温度応答性ポリマーによれば、後述するように、細胞を適切な培養条件で培養することにより、塊状(ペレット状)の構造を有する細胞構造体を形成させることができる。
【0072】
(A−2)の温度応答性ポリマーが有する、カチオン性官能基(2−N,N−ジメチルアミノ基)の官能基数と、アニオン性官能基(カルボキシル基)の官能基数との比(C/A比)は、0.5〜32であることが好ましく、4〜16であることが更に好ましい。
【0073】
C/A比を上記範囲とすれば、曇点を低減させるという上記効果が得られやすい。上記C/A比を有する温度応答性ポリマーでは、上記温度応答性ポリマー中でカチオン性官能基とアニオン性官能基とが、イオン結合的に分子間及び/又は分子内の凝集に作用して、温度応答性ポリマーの凝集力が強くなった結果であると推測される。
【0074】
また、C/A比を上記範囲とすれば、上記温度応答性ポリマー中の正電荷と負電荷とのバランスを特に好適にして、正電荷による細胞傷害性を抑制することができ、また、上記温度応答性ポリマーの親水性と疎水性とのバランスを特に好適にして、細胞の遊走や配向を生じやすくすることができるものと推定される。
【0075】
−−(B)の温度応答性ポリマーの製造方法−−
以下、上記(B)の温度応答性ポリマー及びその製造方法について記載する。
【0076】
(B)の温度応答性ポリマーの製造方法は、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)(以下、「モノマー(A)」ともいう。)と、カチオン性モノマー(以下、「モノマー(B)」ともいう。)と、アニオン性モノマー(以下、「モノマー(C)」ともいう。)とを重合させるものである。任意選択的に、上記3種類のモノマーにこれら以外の他のモノマーを加えて重合させてよい。
【0077】
N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)としては、市販品としてよい。
【0078】
カチオン性モノマーとしては、カチオン性官能基を有するモノマーが挙げられ、カチオン性官能基としては、第1級〜第4級アミノ基等のアミノ基、グアニジン基等が挙げられ、特に、化学的安定性、低細胞傷害性、滅菌安定性、強陽電荷性の観点から、第3級アミノ基が好ましい。
より具体的には、カチオン性モノマーとしては、生理活性物質を担持したり、アルカリ性条件下においたりしても、安定性が高いものが好ましく、例えば、3−(N,N−ジメチルアミノプロピル)−(メタ)アクリルアミド、3−(N,N−ジメチルアミノプロピル)−(メタ)アクリレート、アミノスチレン、2−(N,N−ジメチルアミノエチル)−(メタ)アクリルアミド、2−(N,N−ジメチルアミノエチル)−(メタ)アクリレート等が挙げられる。
これらの中で、特に、3−(N,N−ジメチルアミノプロピル)アクリルアミドは、高い陽電荷強度を有することから、アニオン性物質の担持を容易にするため、好ましい。
また、アミノスチレンは、高い陽電荷強度を有することから、アニオン性物質の担持を容易にすると共に、分子内の芳香環が水溶液中において他の物質の疎水性構造と相互作用することから、担持可能なアニオン性物質のバリエーションを広げるため、好ましい。
更に、2−(N,N−ジメチルアミノエチル)−メタクリルアミドは、中性域のpHで微弱な陽電荷を有し、且つ、水への溶解性が温度に影響されないことから、一度担持したアニオン性物質の放出を容易にするため、好ましい。
カチオン性モノマーは、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0079】
アニオン性モノマーとしては、アニオン性官能基を有するモノマーが挙げられ、アニオン性官能基としては、カルボン酸基、スルホン酸基、硫酸基、リン酸基、ボロン酸基等が挙げられ、特に、化学的安定性、細胞親和性、高い精製度の観点から、カルボン酸基、スルホン酸基、リン酸基が好ましい。
より具体的には、アクリル酸、メタクリル酸、ビニル安息香酸等が挙げられ、特に、化学的安定性、細胞親和性の観点から、メタクリル酸、ビニル安息香酸が好ましい。
アニオン性モノマーは、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0080】
他のモノマーとしては、例えば、ジメチルアクリルアミド、ポリエチレングリコール側鎖を有するアクリル酸やメタクリル酸等の中性の親水性モノマー等が挙げられる。
他のモノマーは、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
他のモノマーは、電荷以外の親水性・疎水性のバランスの調整に使用可能であり、バリエーションを広げることが可能となる。
【0081】
ここで、(B)の温度応答性ポリマーの製造方法におけるNIPAMの使用量、カチオン性モノマーの使用量、他のモノマーの使用量それぞれの、モノマー(A)〜(C)の合計の使用量に対する割合(モル)は、モノマーの重合反応における反応性を考慮して、所望のモノマー成分の割合を得られるよう、当業者が適宜調整することができる。
【0082】
ここで、重合方法としては、ラジカル重合、イオン重合等が挙げられる。
ラジカル重合としては、リビングラジカル重合が好ましく、リビングラジカル重合としては、可逆的付加開裂連鎖移動(RAFT)重合、原子移動ラジカル重合(ATRP)、イニファーター重合等が挙げられ、イニファーター重合が好ましい。
イオン重合としては、リビングアニオン重合が好ましい。
【0083】
(B)の温度応答性ポリマーの製造方法の一例は、ラジカル重合を用いる方法である。
この製造方法の一例では、まず、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)を含む第一混合物に紫外線を照射する(第一重合工程)。
ここで、第一混合物は、DMAEMA以外に、任意選択的に、例えば、他のモノマー、溶媒、連鎖移動剤、安定剤、界面活性剤等を含んでよい。
また、紫外線は、不活性雰囲気下において、照射されてよい。
【0084】
この工程では、例えば、透明な密封バイアルに、上記第一混合物を加え、不活性ガスをバブリングすることによってバイアル内を不活性雰囲気とした後に、バイアルの外部から紫外線照射装置を用いて紫外線を照射する。
【0085】
溶媒としては、例えば、ベンゼン、トルエン、クロロホルム、メタノール、水等が挙げられ、特に、溶解力の点、及び重合に不活性である点から、ベンゼン、トルエンが好ましい。溶媒は、1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0086】
この工程では、例えば、透明な密封バイアルに、上記第一混合物を加え、不活性ガスをバブリングすることによってバイアル内を不活性雰囲気とした後に、バイアルの外部から紫外線照射装置を用いて紫外線を照射する。
【0087】
紫外線の波長としては、210〜600nmであることが好ましく、360〜380nmであることが更に好ましい。上記範囲とすれば、効率よく重合反応を進行させることができ、所期の共重合割合を有する高分子材料を安定的に得ることができる。また、製造したポリマー材料が着色することを防ぐこともできる。
紫外線の照射強度としては、0.01〜50mW/cm
2であることが好ましく、0.1〜5mW/cm
2であることが更に好ましい。
不活性ガスとしては、窒素、アルゴン、ヘリウム、ネオン等が挙げられる。
【0088】
温度条件としては、10〜40℃あることが好ましく、20〜30℃あることが更に好ましい。上記範囲とすれば、通常の実験室の室温において重合反応を行うことを可能とすることができ、また、光照射という手段とは別の加熱という手段での反応制御を可能とすることもできる。
反応時間としては、反応時間としては、10分〜48時間であることが好ましく、60分〜24時間であることが更に好ましい。
【0089】
この工程において、NIPAMは、紫外線の照射により、ラジカル重合して、ポリマー(ポリ(N−イソプロピルアクリルアミド)(PNIPAM))となり、N−イソプロピルアクリルアミドを含むホモポリマーブロックが形成される。他のモノマーも用いた場合には、NIPAMと他のモノマーとを含むポリマーブロックが形成される。
【0090】
次いで、(B)の温度応答性ポリマーの製造方法では、第一重合工程後の第一混合物にカチオン性モノマーとアニオン性モノマーとを添加して第二混合物を調製する(添加工程)。
ここで、第二混合物は、第一重合工程後の第一混合物、カチオン性モノマー、及びアニオン性モノマー以外に、例えば、他のモノマー、溶媒、連鎖移動剤、安定剤、界面活性剤等を含んでよい。
また、カチオン性モノマーとアニオン性モノマーとは、不活性雰囲気下において、添加されてよい。
【0091】
この工程では、例えば、バイアルに不活性ガスをフローさせることによってバイアル内を不活性雰囲気に保ちながら、上記カチオン性モノマーとアニオン性モノマーとを添加する。
【0092】
この工程において、重合中のNIPAMを含むホモポリマーに加えて、カチオン性モノマー及びアニオン性モノマーも重合系に含められることとなり、バイアル内の重合系が、NIPAMの単独重合系から、NIPAMとカチオン性モノマーとアニオン性モノマーとの共重合系に、変わることとなる。
【0093】
そして、(B)の温度応答性ポリマーの製造方法では、第二混合物に紫外線を照射する(第二重合工程)。
ここで、紫外線は、不活性雰囲気下において、照射されてよい。
【0094】
この工程では、例えば、カチオン性モノマーとアニオン性モノマーとを添加した後のバイアルの外部から紫外線照射装置を用いて紫外線を照射する。
【0095】
紫外線の波長としては、210〜600nmであることが好ましく、360〜380nmであることが更に好ましい。上記範囲とすれば、効率よく重合反応を進行させることができ、所期の共重合割合を有する高分子材料を安定的に得ることができる。また、製造したポリマー材料が着色することを防ぐこともできる。
紫外線の照射強度としては、0.01〜50mW/cm
2であることが好ましく、0.1〜5mW/cm
2であることが更に好ましい。
不活性ガスとしては、窒素、アルゴン、ヘリウム、ネオン等が挙げられる。
【0096】
温度条件としては、10〜40℃あることが好ましく、20〜30℃あることが更に好ましい。上記範囲とすれば、通常の実験室の室温において重合反応を行うことを可能とすることができ、また、光照射という手段とは別の加熱という手段での反応制御を可能とすることもできる。
反応時間としては、反応時間としては、10分〜48時間であることが好ましく、60分〜24時間であることが更に好ましい。
【0097】
この工程において、NIPAMとカチオン性モノマーとアニオン性モノマーとが、紫外線の照射により、ラジカル重合して、第一重合工程において形成したNIPAMを含むホモポリマーブロックの重合鎖α末端に連続する形態で、NIPAMとカチオン性モノマーとアニオン性モノマーとを含むコポリマーブロックが形成される。他のモノマーも用いた場合には、NIPAMと他のモノマーとを含むポリマーブロック、及び/又は、NIPAMとカチオン性モノマーとアニオン性モノマーと他のモノマーとを含むコポリマーブロックが形成される。
【0098】
上記の通り、NIPAMを含むホモポリマーブロックと、NIPAMとカチオン性モノマーとアニオン性モノマーとのコポリマーブロックとを含む温度応答性ポリマーが得られる。
【0099】
なお、この一例の製造方法では、効率的な反応を実現する観点から、第一重合工程、添加工程、及び第二重合工程に亘って紫外線を照射することが好ましい。
【0100】
(B)の温度応答性ポリマーの製造方法の別の例は、ラジカル重合を用いる方法であり、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)と、カチオン性モノマーと、アニオン性モノマーと、任意選択的に他のモノマーを含む混合物に紫外線を照射する。
ここで、上記混合物は、例えば、溶媒、連鎖移動剤、安定剤、界面活性剤等を含んでよい。
また、紫外線は、不活性雰囲気下において、照射されてよい。
他の条件については、前述の一例の製造方法と同様としてよい。
【0101】
−−(B)の温度応答性ポリマー−−
(B)の温度応答性ポリマーは、上記(B)の製造方法により製造される。
【0102】
(B)の温度応答性ポリマーは、N−イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)単位と、カチオン性モノマー単位と、アニオン性モノマー単位とを含み、任意選択的に、他のモノマー単位を含む。本ポリマーは、前述の一例、別の例の製造方法により製造することができる。
好適には、(B)の温度応答性ポリマーは、主としてN−イソプロピルアクリルアミド(NIPAM)単位を含み、任意選択的に他のモノマー単位を含むポリマーブロック(重合鎖α末端)と、主としてカチオン性モノマー単位と、アニオン性モノマー単位とを含み、任意選択的に他のモノマー単位を含むコポリマーブロックとを含む。更に好適には、(B)の温度応答性ポリマーは、NIPAMのホモポリマーブロックと、NIPAMとカチオン性モノマーとアニオン性モノマーとのコポリマーブロックとを含み、特に好適には、これらブロックからなる。本ポリマーは、前述の一例の製造方法により製造することができる。
【0103】
例えば、従来の温度応答性ポリマーでは、ポリマーに温度応答性を与えるDMAEMAが、同時に、(アニオン性モノマーと共に)細胞構造体の形成に必要となるカチオン性モノマーであり、また、温度応答性に関わるDMAEMAはポリマーブロックとして重合鎖α末端に含まれている。
かかる温度応答性ポリマーでは、重合鎖α末端に必ずカチオン性モノマーが存在することから、重合鎖中におけるカチオン性サイトの位置の調整の自由度が高くはなく、また、カチオン性モノマーが主としてDMAEMAに限られることから、カチオン性サイトの陽電荷強度の調整や、温度応答性ポリマー水溶液のpHの調整も必ずしも容易とは言えなかった。
例えば、温度応答性ポリマーを薬物送達(DDS)に用いた場合、担持可能な薬剤の種類や量が限られる可能性があった。DDSの手法としては、例えば、細胞培養器に薬剤を担持させた温度応答性ポリマーを塗布して、塗布後の細胞培養器で細胞や組織を培養することによって、被覆物から細胞・組織に対して薬剤を徐放するといった手法等が挙げられる。ここで、上記従来の温度応答性ポリマーでは、陽電荷強度が小さいDMAEMAを含むため、アニオン性物質の薬剤の担持は必ずしも容易とは言えず、担持可能な薬剤の種類や量が限られる可能性があった。
【0104】
一方、(B)の温度応答性ポリマーでは、ポリマーに温度応答性を与えるNIPAMは中性のモノマーであり、(アニオン性モノマーと共に)細胞構造体の形成に必要となるカチオン性モノマーはNIPAMとは異なるモノマーである。
(B)の温度応答性ポリマーでは、重合鎖α末端に必ずしもカチオン性モノマーが存在する必要はなく、重合鎖中におけるカチオン性サイトの位置を自由に調整することが可能であり、また、広範なカチオン性モノマーを用いることができるため、カチオン性サイトの陽電荷強度や温度応答性ポリマー水溶液のpHを容易に調整することが可能である。
(B)の温度応答性ポリマーによれば、例えば、温度応答性ポリマーを薬物送達(DDS)に用いた場合、担持可能な薬剤の種類を拡大しつつ、その量を増加させることが可能となり、ひいては、温度応答性ポリマーの応用範囲を拡大することができる。
【0105】
(B)の温度応答性ポリマーでは、NIPAM単位、カチオン性モノマー単位、アニオン性モノマー単位の合計に対する、NIPAM単位の割合(モル)が、0.6〜0.9であることが好ましく、0.7〜0.9であることが更に好ましく、0.9であることが特に好ましい。
他のモノマーも用いた場合には、NIPAM単位、カチオン性モノマー単位、アニオン性モノマー単位の合計に対する、他のモノマー単位の割合(モル)が、0.001〜0.2であることが好ましく、0.01〜0.1であることが更に好ましい。
【0106】
(B)の温度応答性ポリマーとしては、重合鎖α末端のポリマーブロック(例えば、NIPAMのホモポリマーブロック)の数平均分子量が5000Da以上であることが好ましく、20000Da以上であることが更に好ましい。
【0107】
(B)の温度応答性ポリマーとしては、数平均分子量(Mn)が、10〜500kDaである分子が好ましい。また、重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比(Mw/Mn)は、1.1〜10.0である分子が好ましい。
温度応答性ポリマーの分子量は、重合条件により、適宜調整することができる。
【0108】
(B)の温度応答性ポリマーによれば、曇点を、例えば室温(25℃)以下に、低下させることができる。
【0109】
上記温度応答性ポリマーでは、曇点以上の温度で形成された温度応答性ポリマーの不溶化物が、室温(約25℃)条件下で再溶解するまでの時間が顕著に遅延する。これは、得られた温度応答性ポリマーは、分子内にカチオン性官能基とアニオン性官能基とが存在するため、高い自己凝集性を有するためであると推定される。
【0110】
特に、前述の(B)の好適な温度応答性ポリマーは、重合鎖α末端に、高分子量を有するNIPAMのホモポリマーブロックを備えるため、NIPAMの側鎖の温度依存的なグロビュール転移が生じやすく、曇点を効果的に低減することが可能となると考えられる。
【0111】
また、(B)の温度応答性ポリマーを用いて、培養面に(B)の温度応答性ポリマーを被覆してなる被覆細胞培養器を調製することができる。
【0112】
更に、(B)の温度応答性ポリマーによれば、後述するように、細胞を適切な培養条件で培養することにより、塊状(ペレット状)の構造を有する細胞構造体を形成させることができる。
【0113】
(B)の温度応答性ポリマーが有する、カチオン性官能基の官能基数と、アニオン性官能基の官能基数との比(C/A比)は、0.5〜32であることが好ましく、4〜16であることが更に好ましい。
【0114】
C/A比を上記範囲とすれば、曇点を低減させるという上記効果が得られやすい。上記C/A比を有する温度応答性ポリマーでは、上記温度応答性ポリマー中でカチオン性官能基とアニオン性官能基とが、イオン結合的に分子間及び/又は分子内の凝集に作用して、温度応答性ポリマーの凝集力が強くなった結果であると推測される。
【0115】
また、C/A比を上記範囲とすれば、上記温度応答性ポリマー中の正電荷と負電荷とのバランスを特に好適にして、正電荷による細胞傷害性を抑制することができ、また、上記温度応答性ポリマーの親水性と疎水性とのバランスを特に好適にして、細胞の遊走や配向を生じやすくすることができるものと推定される。
【0116】
−−(C)の温度応答性ポリマー組成物の製造方法−−
以下、上記(C)の温度応答性ポリマー及びその製造方法について記載する。
【0117】
(C)の温度応答性ポリマー組成物の製造方法は、まず、混合型温度応答性ポリマー組成物を調製する(組成物調製工程)。具体的には、(1)2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート(DMAEMA)及び/又はその誘導体の重合体と、(2)2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール(トリス)と、(3)核酸、ヘパリン、ヒアルロン酸、デキストラン硫酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリリン酸、硫酸化多糖類、カードラン及びポリアルギン酸並びにこれらのアルカリ金属塩からなる群から選択される一種以上のアニオン性物質とを混合する((2)トリスは任意選択的に含む。)。
【0118】
(1)のDMAEMA及び/又はその誘導体の重合体は、温度応答性ポリマーであり、その曇点は32℃である。(2)のトリスは、曇点の若干の低下、及び/又は曇点よりも高温で形成されたポリマーが、曇点以下に冷却された際に再溶解する速度を低減させる役割を果たし、また、疎水化されたポリマー層中でも親水性を維持しながら、アミノ基に由来する陽電荷により細胞に刺激を与える役割を果たすと推定される。(3)のアニオン性物質は、培養する細胞の遊走や配向を可能にする役割や細胞傷害性を抑制する役割を果たすと推定される。
【0119】
この混合型温度応答性ポリマー組成物によれば、曇点を室温(25℃)以下に低減させることができる。
上記組成物では、DMAEMA及び/又はその誘導体の重合体の側鎖とトリスとが、互いに相互作用(例えば、架橋する作用)して、上記重合体が凝集しやすくなっていると推定される。
【0120】
ここで、上記(1)について、DMAEMA及び/又はその誘導体の重合体としては、数平均分子量(Mn)が、10kDa〜500kDaである分子が好ましい。また、重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比(Mw/Mn)は、1.1〜6.0である分子が好ましい。
【0121】
また、(1)のDMAEMAの誘導体としては、例えば、メタクリレートのメチル基の水素原子をハロゲン置換した誘導体、メタクリレートのメチル基を低級アルキル基で置換した誘導体、ジメチルアミノ基のメチル基の水素原子をハロゲン置換した誘導体、ジメチルアミノ基のメチル基を低級アルキル基で置換した誘導体等が挙げられる。
【0122】
上記(2)について、トリスは、純度99.9%以上の純物質であるか、又は、トリス水溶液を、アルカリ性物質の添加などにより、使用時に中性又は塩基性とすることが好ましい。トリスは、塩酸塩の状態で市販されているところ、これを用いた場合には、トリス水溶液のpHが下がるため、組成物の曇点が70℃程度にまで上昇してしまう。そのため、トリス塩酸塩は好ましくない。
【0123】
上記(3)に列挙したアニオン性物質のうち、核酸は、DNA、RNA、その他1本鎖、2本鎖、オリゴ体、ヘアピンなどの人工核酸などが挙げられる。
【0124】
また、上記(3)に列挙したアニオン性物質は、ある程度の大きさ、例えば1kDa〜5,000kDaの分子量(M)を有していることが好ましい。
分子量を上記範囲とすれば、アニオン性物質は、カチオン性物質とイオン結合して、カチオン性物質を、長時間捕捉する役割を果たすことができ、安定したイオン複合体微粒子を形成させることがでる。また、一般的にカチオン性物質が有する、細胞の細胞膜表面に対する静電的相互作用に起因する細胞傷害性を緩和することもできる。
【0125】
(3)に列挙したアニオン性物質の他にも、例えば、カチオン性ポリマーであるポリ(4−アミノスチレン)の4−位のアミノ基に対してシュウ酸などのジカルボン酸を脱水縮合させることによって、アニオン性官能基を導入した、実質的にアニオン性物質として機能するポリマー誘導体も、用いることができる。
【0126】
なお、上記(3)に列挙したアニオン性物質は、二種以上含まれていてもよい。
【0127】
ここで、(1)2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート(DMAEMA)及び/又はその誘導体の重合体に対する、(2)2−アミノ−2−ヒドロキシメチル−1,3−プロパンジオール(トリス)の割合((2)/(1))が、1.0以下とした混合型温度応答性ポリマー組成物を用いることが好ましい。
なお、割合((2)/(1))は、重量割合であるものとする。
【0128】
上記割合の混合型温度応答性ポリマー組成物を用いた場合、塊状の細胞構造体を形成しやすくすることができる。
この組成物によれば、上記組成物の親水性と疎水性とのバランスを更に好適にすることができる。そして、この好適なバランスが、培養面への細胞の接着性を好適に調整し、細胞の遊走や配向を活性化していると推定される。
【0129】
また、上記割合((2)/(1))は、0.1以上あることが好ましい。
上記割合を0.1以上とすることにより、曇点を低減させるという上記効果が得られやすい。また、細胞構造体を形成しやすくするという上記効果が得られやすい。
【0130】
上記と同様の理由により、上記割合((2)/(1))は、0.1〜0.5であることが更に好ましい。
【0131】
ここで、温度応答性ポリマー組成物中のC/A比(正電荷/負電荷)が、0.5〜16であることが好ましい。
なお、本願明細書では、C/A比とは、組成物中に含まれる物質が有する正電荷の、組成物中に含まれる物質が有する負電荷に対する割合を指す。具体的には、C/A比は、(1)DMAEMA及び/又はその誘導体の重合体のモル数をN1、(3)アニオン性物質のモル数をN3としたときに、{(重合体1分子当たりの正電荷)×N1}/{(アニオン性物質1分子当たりの負電荷)×N3}という式で表される。
またなお、本願明細書では、アニオン性物質をDNAとした場合、アニオン性物質1分子当たりの負電荷数は、DNAの塩基対の数(bp数)×2で計算し、分子量(Da)は、bp数×660(ATペア及びCGペアの平均分子量)で計算するものとする。
【0132】
C/A比を0.5〜16とすることにより、塊状の細胞構造体を形成させやすくするという上記効果が得られやすくなる。
上記組成物中の正電荷と負電荷とのバランスを好適にして、正電荷による細胞傷害性を抑制することができると推定される。また、上記組成物の親水性と疎水性とのバランスを更に好適にして、細胞の遊走や配向を生じやすくすることができると推定される。
【0133】
上記と同様の理由により、上記C/A比は、2〜10とすることが更に好ましく、特にC/A比は5〜8であることが最も好ましい。
【0134】
(準備工程)
本発明の実施形態の製造方法において、上記準備工程は、上記温度応答性ポリマー又は上記温度応答性ポリマー組成物で、細胞培養器の培養面を被覆して、被覆細胞培養器を準備する工程である。
【0135】
上記準備工程としては、例えば、上記温度応答性ポリマー又は上記温度応答性ポリマー組成物は、溶媒に溶解して、温度応答性ポリマー溶液としてから、細胞培養器の培養面上に塗布し、乾燥させて被覆細胞培養器を準備する工程(準備工程I)、上記温度応答性ポリマー又は上記温度応答性ポリマー組成物を含む水溶液(温度応答性ポリマー水溶液)を温度応答性ポリマーの曇点以下に冷却し、冷却した温度応答性ポリマー水溶液を細胞培養器の培養面上に流延させ、曇点超の温度まで加熱して、被覆細胞培養器を準備する工程(準備工程II)等が挙げられる。
【0136】
上記準備工程Iにおける上記温度応答性ポリマー溶液における溶媒としては、例えば、水;生理食塩水;緩衝液;メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、1−ブタノール、イソブチルアルコール、2−ブタノール、t−ブチルアルコール、1−ペンタノール、2−ペンタノール、3−ペンタノール、2−メチル−1−ブタノール、3−メチル−1−ブタノール、2−メチル−2−ブタノール、3−メチル−2−ブタノール、2,2−ジメチル−1−プロパノール、1−ペンタノール、2−ペンタノール、3−ペンタノール、2−メチル−1−ブタノール、3−メチル−1−ブタノール、2−メチル−2−ブタノール、3−メチル−2−ブタノール、2,2−ジメチル−1−プロパノール、1−ヘキサノール、2−メチル−2−ペンタノール、アリルアルコール、ベンジルアルコール、サリチルアルコール等のアルコール;アセトン、エチルメチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルビニルケトン、シクロヘキサノン、2−メチルシクロペンタノン、アセトフェノン、ベンゾフェノン、イソホロン等のケトン;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸プロピル、酢酸イソプロピル、酢酸n−ブチル、酢酸イソブチル、酢酸sec−ブチル、酢酸tert−ブチル、酢酸ビニル、ギ酸メチル、ギ酸エチル、ギ酸プロピル、上記アルコールとリン酸のエステル、上記アルコールと炭酸のエステル等のエステル;クロロホルム;ベンゼン;トルエン;ジエチルエーテル;ジクロロメタン;等が挙げられる。
中でも、培養面に均一に被覆しやすく、また、温度応答性ポリマーの溶解性に優れるという観点から、メタノール、エタノール、n−プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、2−ブタノール、t−ブチルアルコール、アリルアルコール等のアルコール;アセトン、エチルメチルケトン、ジエチルケトン、メチルビニルケトン等のケトン;酢酸メチル、酢酸エチル、酢酸イソプロピル、酢酸tert−ブチル、酢酸ビニル等のエステル;クロロホルム;ベンゼン;トルエン;ジエチルエーテル;ジクロロメタンが好ましい。また、短時間で乾燥させることができ、培養面に一層均一に塗布しやすいという観点から、沸点が低い有機溶媒(例えば、炭素数1〜4の低級アルコール、炭素数3〜5の低級ケトン、及び炭素数1〜4のアルキル基を有する酢酸アルキルエステルからなる群より選ばれる少なくとも1種、特に、水より沸点が低い、炭素数1〜4の低級アルコール、炭素数3〜5の低級ケトン、及び炭素数1〜4のアルキル基を有する酢酸アルキルエステルからなる群より選ばれる少なくとも1種)がさらに好ましく、コスト、操作性にも優れる観点から、メタノール、エタノールが特に好ましい。
上記溶媒は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
上記溶媒は、温度応答性ポリマーの溶解性に優れるため、曇点以上の温度(例えば、室温や37℃など)にしても、温度応答性ポリマーが不溶化して沈殿しにくい。そのため、温度応答性ポリマーを塗布する際に、温度応答性ポリマー溶液の温度管理をする手間が省け、簡易に被覆細胞培養器を準備することができる。
【0137】
上記準備工程Iにおいて、上記温度応答性ポリマー溶液には、細胞が自己凝集しやすくなるという観点から、親水性分子が含まれることが好ましい。上記親水性分子としては、上記温度応答性ポリマーのC/A比に影響しない非イオン性かつ親水性であるもの、例えば、ポリエチレングリコール(PEG)、ジメチルアクリルアミド(DMAA)、グリセリン、TritonX、ポリプロピレングリコール等が挙げられる。
【0138】
上記準備工程Iにおいて、上記温度応答性ポリマー溶液中の温度応答性ポリマーの含有量は、温度応答性ポリマーが培養面に均一に被覆されやすくなるという観点から、温度応答性ポリマー溶液(100重量%)に対して、0.00075〜0.015重量%であることが好ましく、0.001〜0.01重量%であることがより好ましい。
【0139】
上記準備工程Iにおいて、上記温度応答性ポリマー溶液中の親水性分子の含有量は、細胞が自己凝集しやすくなるという観点から、温度応答性ポリマー(100重量%)に対して、0.00001〜0.00015重量%であることが好ましく、0.00003〜0.0001重量%であることがより好ましい。
【0140】
上記準備工程Iにおいて、上記温度応答性ポリマー溶液は、温度応答性ポリマー又は上記温度応答性ポリマー組成物が培養面に均一に被覆されやすくなるという観点から、水が含まれないことが好ましく、上記温度応答性ポリマー溶液(100重量%)中の水の重量割合が0.5重量%以下であることがより好ましく、0.1重量%以下であることがさらに好ましい。
なお、水の重量割合は、ガスクロマトグラフィー、カールフィッシャー法など当業者に周知の方法により測定可能である。
【0141】
上記準備工程Iにおいて、温度応答性ポリマー溶液は、培養面の全面に塗布してもよいし、培養面の一部に塗布してもよい。中でも、簡易に細胞構造体が得られるという観点から、培養面の全面に塗布することが好ましい。
【0142】
上記準備工程Iにおいて、塗布した温度応答性ポリマー溶液を乾燥させる条件としては、培養面に上記温度応答性ポリマー又は上記温度応答性ポリマー組成物を均一に被覆する観点から、大気圧下、温度10〜70℃、時間1〜3,000分が好ましい。塗布した温度応答性ポリマー溶液を、素早く乾燥させることにより、培養面上に温度応答性ポリマー又は上記温度応答性ポリマー組成物が偏ることなく、均一に被覆されやすくなる。
塗布した温度応答性ポリマー溶液は、例えば、細胞培養器を37℃のインキュベーター中で静置することによって乾燥させてもよい。
【0143】
上記準備工程IIにおいて、上記温度応答性ポリマー又は上記温度応答性ポリマー組成物を溶解する溶媒としては、例えば、水;生理食塩水;リン酸緩衝液、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)、トリス緩衝液等の緩衝液;等が挙げられる。
【0144】
上記準備工程IIにおいて、温度応答性ポリマー水溶液を冷却する方法としては、例えば、温度応答性ポリマー水溶液を約4℃の冷蔵庫に入れて曇点以下の温度まで冷却する方法等が挙げられる。
【0145】
上記準備工程IIにおいて、温度応答性ポリマー水溶液を培養面上に流延させる方法としては、例えば、曇点以下の温度を有する温度応答性ポリマー水溶液を、細胞培養器の培養面を傾けることによって伸ばす方法、スパチュラを用いて温度応答性ポリマー水溶液を延ばす方法等が挙げられる。
【0146】
上記準備工程IIにおいて、流延した温度応答性ポリマー水溶液を曇点超まで加熱する方法としては、例えば、流延工程後の細胞培養器を37℃のインキュベーター中で静置する方法等が挙げられる。
【0147】
上記細胞培養器としては、市販のマルチウェルプレート、ディッシュ、フラスコ等が挙げられる。上記細胞培養器の材質としては、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリプロピレン、ポリブテン、ポリエチレン、ポリカーボネート、ガラス等が挙げられる。中でも、精密な成形加工が容易であり、種々の滅菌法を適用することが可能であり、透明性があるため顕微鏡観察に向いているという観点から、ポリスチレン、ポリエチレンテレフタレート(PET)が好ましい。
【0148】
上記細胞培養器は、培養面表面に細胞接着処理等の処理が施されたものであってもよいし、表面が無処理であってもよい。上記培養面表面は、細胞の接着性を調整するために、コーティング処理、加工処理等がされていてもよい。
【0149】
上記培養面の平面視形状は、特に限定されないが、例えば、略四角形等の略多角形、略円形等の形状が挙げられる。中でも、より均質な細胞構造体が得られやすいという観点から、略円形が好ましい。
【0150】
上記培養面の底形状は、特に限定されないが、平底、丸底、凹凸状底等が挙げられる。中でも、より均質で球状の細胞構造体が得られやすいという観点から、平底または若干のRがついた凹面底が好ましい。
【0151】
上記培養面の表面積としては、0.01〜800cm
2が好ましく、より大きい細胞構造体が得られやすいという観点から、0.33〜160cm
2がより好ましく、1.5〜60cm
2がより好ましい。
【0152】
上記被覆細胞培養器は、被覆培養面が単位面積当たりに有する温度応答性ポリマーの量が、5〜50ng/mm
2であることが好ましく、15〜40ng/mm
2であることが更に好ましい。上記範囲とすれば、塊状の細胞構造体を形成させやすくするという効果が得られやすい。
【0153】
上記被覆細胞培養器における、被覆培養面のゼータ電位としては、0〜50mVが好ましく、より好ましくは0〜35mV、更に好ましくは10〜25mVである。ゼータ電位が0mV以上であることにより、負に帯電する細胞が接着しやすくなる。また、ゼータ電位が50mV以下であることにより、細胞毒性を軽減することができる。
また、ゼータ電位を上記範囲とすることにより、細胞を適切な培養条件で培養するだけで、塊状(ペレット状)の細胞構造体を一層作製しやすくなる。これは、表面ゼータ電位を上記範囲とすることによって、被覆培養面に細胞毒性を惹起しない微弱な陽電荷を与えることができ、また、播種した細胞の速やかな接着を確保し、細胞の活性の向上及び細胞外マトリックスの分泌を促進し、更には、細胞遊走を適度に抑制して、細胞間の結合を強くすることができることによるものと推測される。
なお、ゼータ電位とは、ポリスチレンラテックスをヒドロキシプロピルセルロースで被覆した粒子(ゼータ電位:−5〜+5mV)を標準のモニター粒子として、ゼータ電位計(例えば、型番「ELSZ」、大塚電子社製等)で測定した、Smoluchowski式により算出される値をいう。
【0154】
上記被覆培養面に対する水の接触角としては、本発明の効果を高める観点から、50〜90°が好ましく、より好ましくは60〜80°、更に好ましくは62〜78°である。なお、被覆培養面に対する水の接触角とは、被覆培養面内の任意の数点において、JIS R 3257に準拠して測定される接触角の平均値をいう。
【0155】
(播種工程)
上記播種工程は、がん細胞と間質線維芽細胞との合計細胞数(100%)に対する、上記間質線維芽細胞数の割合が40〜99%である、上記がん細胞と上記間質線維芽細胞とを含む混合細胞を上記被覆細胞培養器に播種する工程である。
細胞の播種は、播種する全細胞を混合して一度に播種してもよいし、複数回に分けて播種してもよい。また、各種細胞は、一度に播種してもよいし、複数回に分けて播種してもよい。
【0156】
上記被覆細胞培養器の上記被覆培養面に播種する混合細胞は、少なくともがん細胞、間質線維芽細胞を含む。上記間質線維芽細胞は、がん細胞とともに用いると、がん細胞の凝集力を向上させることができる。本発明の効果を損なわない範囲で、更に他の細胞が含まれていてもよい。中でも、がん細胞と間質線維芽細胞とがより均質に分散し、間質線維芽細胞が方向性を失って錯綜した状態で存在する細胞構造体が得られ、内部に低酸素状態の細胞が存在する細胞構造体が得られやすいという観点から、上記混合細胞は、上記がん細胞と上記間質線維芽細胞のみを含むことが好ましい。
【0157】
上記がん細胞としては、線維肉腫、悪性線維性組織球腫、脂肪肉腫、横紋筋肉腫、平滑筋肉腫、血管肉腫、カポジ肉腫、リンパ管肉腫、滑膜肉腫、軟骨肉腫、骨肉腫などの肉腫、脳腫瘍、頭頚部癌、乳癌、肺癌、食道癌、胃癌、十二指腸癌、虫垂癌、大腸癌、直腸癌、肝癌、膵癌、胆嚢癌、胆管癌、肛門癌、腎癌、尿管癌、膀胱癌、前立腺癌、陰茎癌、精巣癌、子宮癌、卵巣癌、外陰癌、膣癌、皮膚癌などの癌種、さらには白血病や悪性リンパ腫等におけるがん細胞等が挙げられる。
上記がん細胞は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0158】
上記間質線維芽細胞とは、生体内で周辺組織から腫瘍組織に浸潤した線維芽細胞であり、例えば、肺癌間質線維芽細胞等の上記がん細胞を含む腫瘍組織に浸潤した線維芽細胞等が挙げられる。上記間質線維芽細胞は、例えば、腫瘍組織に浸潤した繊維芽細胞を採取・分離する方法等により、得ることができる。
上記間質線維芽細胞は、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0159】
上記がん細胞、上記間質線維芽細胞以外の上記他の細胞としては、例えば、血管内皮細胞等の血管間質細胞、脂肪間質細胞、単核球、リンパ球、顆粒球、マクロファージ等の線維芽細胞以外の間質細胞が挙げられる。上記がん細胞、上記間質線維芽細胞と共に用いられる細胞としては、血管内皮細胞、免疫系細胞が好ましい。上記がん細胞、上記間質線維芽細胞と共に用いられる上記免疫系細胞としては、単球、顆粒球、及びマクロファージからなる群から選択される少なくとも1種の細胞が好ましい。
【0160】
上記がん細胞と上記間質線維芽細胞との合計細胞数(100%)に対する、上記間質線維芽細胞数の割合は、40〜99%であり、好ましくは40〜70%である。間質線維芽細胞数を40%以上とすることにより、がん細胞と間質線維芽細胞とを含む混合細胞が被覆培養面上で自己凝集をして、塊状の細胞構造体を形成することができる。
【0161】
上記被覆培養面に播種する上記混合細胞の合計細胞数(100%)に対する、上記がん細胞と上記間質線維芽細胞との合計細胞数の割合は、70〜100%が好ましく、90〜100%がより好ましく、100%がさらに好ましい。上記がん細胞と上記間質線維芽細胞との合計細胞数が70%以上であると、内部に低酸素状態のがん細胞や間質線維芽細胞が存在し、外径が大きい細胞構造体が形成しやすくなる。
【0162】
生体内で形成される腫瘍組織は、がん細胞、間質線維芽細胞以外にも、周辺の正常な組織から浸潤した、血管内皮細胞等の血管間質細胞が含まれていることがある。癌細胞と間質線維芽細胞に加え、血管間質細胞も同時に培養をして細胞構造体を得ようとした場合、長時間の培養を必須とする従来の3D培養の技術では、各細胞の遊走性(遊走距離)の違い、増殖速度(細胞周期)の違い(同一の細胞ですら分化状態によって増殖性が異なる)、培養面への接着性の違い、細胞の配向性の違い、最適な培地組成の違い等から、各細胞が混合した細胞構造体を形成することは極めて困難であった。本実施形態の製造方法によれば、間質線維芽細胞が錯綜状態となって存在し、血管内皮細胞が管腔ネットを形成している、生体内の腫瘍組織を再現することが可能となる。
上記がん細胞と上記間質線維芽細胞との合計細胞数(100%)に対する、上記血管間質細胞数の割合は、がん細胞、間質線維芽細胞、血管間質細胞を含む細胞構造体が容易に得られる観点から、1〜50%であることが好ましく、1〜30%であることがより好ましい。
上記被覆培養面に播種する上記混合細胞の合計細胞数(100%)に対する、上記血管間質細胞数の割合は、1〜50%であることが好ましく、1〜30%であることがより好ましい。
【0163】
生体内で形成される腫瘍組織は、がん細胞、間質線維芽細胞以外にも、周辺の正常な組織から浸潤した、単球、リンパ球、顆粒球、マクロファージ等の免疫系細胞が含まれていることがある。がん細胞、間質線維芽細胞等の接着細胞と、免疫系細胞等の浮遊細胞とは、培養条件が極端に異なるため、長時間の培養を必須とする従来の3D培養の技術では、共培養が極めて困難であった。例えば、開放系培養皿、炭酸ガス雰囲気下で接着細胞の培養に使用されるイーグル系培地と、密閉系フラスコで浮遊細胞の培養に使用されるハム系培地とでは、pH緩衝メカニズムが相違するので同一容器では使用することは困難である。また、培養溶液中で浮遊細胞は重力の作用で底面付近へ存在することになるものの、底面へ接着することはなく、接着細胞が形成する単層へ浮遊細胞分散液を加えても、接着細胞の単層へ浮遊細胞を自発的に浸潤させるには、遠心分離機による重力、抗体固定磁気ビーズと磁場の印加など機械的な作用や化学的に細胞指向性を付与する等のドライビングフォースを与えなければ困難であった。つまり、単層培養であっても、接着系がん細胞と浮遊系免疫細胞を共培養することは困難であり、三次元培養では実用的な報告例がないのが現状である。
本実施形態の製造方法によれば、被覆細胞培養器で、特定の割合のがん細胞、間質線維芽細胞を播種すると、細胞が培養面に接着した後、単層を形成し、続いて凝集が起こり、播種から24時間以内等の短時間で細胞構造体を形成させて回収することが可能である。単層が凝集を開始する前後で、浮遊系の免疫系細胞を培地中へ加えると、重力の作用で免疫系細胞が単層の表面へ沈降して付着する(接着はしない)。免疫系細胞が沈降してから数時間内に、がん細胞と間質線維芽細胞を含む単層が、巾着袋状に凝集するので、単層付近に沈降した浮遊細胞は、包み込まれるように細胞構造体内部へ取り込まれる。これによって、間質線維芽細胞が錯綜状態となって存在し、浮遊系の免疫系細胞が均質に浸潤している、生体内の腫瘍組織を再現することが可能となる。
上記がん細胞と上記間質線維芽細胞との合計細胞数(100%)に対する、上記免疫系細胞数の割合は、がん細胞、間質線維芽細胞、免疫系細胞を含む細胞構造体が容易に得られる観点から、1〜50%であることが好ましく、1〜30%であることがより好ましい。
上記被覆培養面に播種する上記混合細胞の合計細胞数(100%)に対する、上記免疫系細胞数の割合は、1〜50%であることが好ましく、1〜30%であることがより好ましい。
【0164】
上記播種工程において、播種後の上記混合細胞の被覆培養面上の密度は、上記被覆培養面の表面積に対して、90〜100%コンフルエントが好ましく、より好ましくは95〜100%コンフルエント、さらに好ましくは99〜100%コンフルエントである。播種する細胞密度が上記範囲であると、各細胞がそれぞれコロニーを形成せずに、均質分散した状態を維持して凝集して細胞構造体を形成することができる。また、混合細胞の密度が高いと、播種した混合細胞が増殖しにくくなり、細胞が増殖する前に塊状の細胞構造体を形成することができるため、播種時の混合細胞と細胞数の割合が同じ細胞構造体を形成することができる。また、細胞の増殖速度の違いによる影響を受けにくい。また、播種した細胞は、増殖する際の性質が変化する場合があるが、細胞が増殖しにくいと、播種時と同じ性質の細胞を含む細胞構造体を形成することができる。また、播種後の細胞が増殖しにくく、播種後に細胞が遊走して規則正しい配向状態を形成する前に細胞構造体を形成することができるため、間質線維芽細胞が方向性なく錯綜した状態で存在している細胞構造体を形成することができる。
細胞の種類にもよるが、播種後の上記混合細胞の被覆培養面上の密度としては、20〜15,000個/mm
2が好ましい。例えば、被覆培養面の面積が200mm
2である24ウェル細胞培養プレートに、1.0mLの混合細胞浮遊液を加えることにより播種する場合、4×10
4〜30×10
4個/mLが好ましい。なお、播種される細胞は、生きた細胞とする。
【0165】
細胞の播種は、例えば、37℃のインキュベーター中に静置しておいた被覆細胞培養器を、室温のクリーンベンチに取り出して、行うことができる。
なお、混合細胞は培地に希釈して播種することが好ましい。希釈する培地としては、混合細胞の培養が可能な培地であれば、特に限定されない。
【0166】
(培養工程)
上記培養工程は、播種した上記混合細胞を培養して塊状の細胞構造体を得る工程である。
【0167】
本実施形態の製造方法では、さらに免疫系細胞を被覆細胞培養器に添加してもよい。免疫系細胞を添加するタイミングとしては、上記播種工程以降(がん細胞、間質線維芽細胞等の細胞の播種時以降)であって、細胞構造体が得られる前であることが好ましく、播種した細胞が被覆培養面に付着してシート状(単層)の細胞構造体を形成(
図3の(iii)参照)した以降、シート状の細胞構造体が被覆培養面中央部に向かって凝集し始め、端部が被覆培養面から離れて反り返り始めて、端部が反り返った細胞構造体を形成する前までがより好ましい。即ち、免疫系細胞は、播種工程時に播種してもよいし、播種工程後に添加してもよい。
具体的には、混合細胞の播種と同時以降(混合細胞を複数回に分けて播種する場合は、最初の細胞の播種と同時以降)、混合細胞(例えば、最後に播種する細胞)の播種後48時間以内に免疫系細胞を添加することが好ましい。
免疫系細胞を上記のタイミングで添加することにより、浮遊細胞である免疫系細胞が重力の作用で沈降し、被覆培養面に接着した細胞が巾着袋状に凝集する際に免疫系細胞が内部に取り込まれ、これによって内部に免疫系細胞を含む細胞構造体を形成することができる(
図3参照)。特に、がん細胞、間質線維芽細胞等の接着細胞が単層を形成した後に、浮遊細胞を添加することにより、接着細胞に適した培養条件下で浮遊細胞を培養する時間が短くなることで浮遊細胞の活性を維持することができる。
なお、浮遊細胞は、一度に添加してもよいし、複数回に分けて添加してもよい。
【0168】
播種した混合細胞を培養する条件としては、例えば、一般的な37℃の細胞インキュベーターを用いて行うことができる。細胞の培養は、塊状細胞構造体が形成されるまで続けることが好ましく、具体的には、6〜72時間培養することが好ましく、6〜24時間培養することがより好ましい。本実施形態の細胞構造体の製造方法では、混合細胞を培養する時間が短いため、細胞が遊走して規則正しく配列した状態を形成しにくく、規則性なくランダムに配列した状態で細胞が存在する細胞構造体を形成することができる。
【0169】
上記被覆培養面に接着、培養した、上記がん細胞及び上記間質線維芽細胞を含む混合細胞は、自己凝集をして、塊状の細胞構造体を形成する。得られた細胞構造体は、そのペレット状の構造内に生存している細胞を有する。
【0170】
上記細胞構造体の大きさは、内部に低酸素状態のがん細胞や間質線維芽細胞が存在する細胞構造体が得られるという観点から、例えば、外径が100〜3,000μmであることが好ましく、150〜1,5000μmであることがより好ましく、300〜1,5000μmであることがさらに好ましい。
【0171】
上記細胞構造体は、低酸素状態の、生きている、がん細胞及び/又は間質線維芽細胞が内部に存在することが好ましい。中でも、上記細胞構造体の上記内部を構成する全細胞数(100%)に対して、10%以上の細胞が、低酸素状態の、生きている、がん細胞及び/又は間質線維芽細胞であることが好ましい。
上記細胞構造体の上記内部としては、例えば、半径が上記細胞構造体の外径の1/4(好ましくは、1/8)である上記細胞構造体の同心球内等が挙げられる。また、低酸素状態の細胞としては、HIF−1α陽性やピモニダゾールなど低酸素マーカー陽性の細胞が挙げられる。また、生きている細胞は、DAPI染色、トリパンブルー染色等により、検出することができる。
なお、上記細胞構造体の内部に存在する、低酸素状態の、生きている、がん細胞及び/又は間質線維芽細胞は、増殖しないことが好ましい。
【0172】
本実施形態の細胞構造体の製造方法により得られる細胞構造体は、生体内の腫瘍組織を再現した腫瘍モデルであり、がん研究、抗がん剤開発、がん治療法開発の用途に用いることができる。
【0173】
以下に、本実施形態の細胞構造体の製造方法の一例について、
図1、
図3を用いて説明する。
【0174】
細胞培養器の培養面に、温度応答性ポリマーを塗布して、被覆し、被覆培養面を有する被覆細胞培養器を準備する(
図1(i)(ii)参照)。その後、被覆培養面に、培地で希釈した、がん細胞と間質線維芽細胞との混合細胞を加え、混合細胞を播種する(
図1(ii)参照)。播種した混合細胞は、被覆培養面全面に接着する(
図1(iii)参照)。なお、この例では、混合細胞の密度は、100%コンフルエントである(
図1(iii)参照)。その後、被覆培養面に接着した混合細胞は、被覆培養面中央部に向かって凝集し始め、端部が被覆培養面から離れて反り返り始めて、端部が反り返った細胞構造体となる(
図1(iv)参照)。その後、更に凝集を続け、塊状の細胞構造体となり、被覆培養面から浮遊する(
図1(v)参照)。
【0175】
図3は、がん細胞、間質線維芽細胞、マクロファージ等の免疫系細胞(浮遊細胞)を含む細胞構造体の製造方法の一例である。
細胞培養器の培養面に、温度応答性ポリマーを塗布して、被覆し、被覆培養面を有する被覆細胞培養器を準備する(
図3(i)(ii)参照)。その後、被覆培養面に、培地で希釈した、がん細胞と間質線維芽細胞との混合細胞を加え、混合細胞を播種する(
図3(ii)参照)。播種した混合細胞は、被覆培養面全面に接着し、シート状の細胞構造体(単層)を形成する(
図3(iii)参照)。なお、この例では、混合細胞の密度は、100%コンフルエントである(
図3(iii)参照)。
がん細胞と間質線維芽細胞とがシート状の細胞構造体を形成した後に、マクロファージ等の免疫系細胞を添加する(
図3(iv))。その後、被覆培養面に接着した混合細胞は、被覆培養面中央部に向かって凝集し始め、端部が被覆培養面から離れて反り返り始めて、端部が反り返った細胞構造体となる(
図3(v)参照)。その際、シート状の細胞構造体に沈降したり、培養皿中に浮遊したりしている免疫系細胞を包み込む。その後、更に凝集を続け、がん細胞、間質線維芽細胞及び免疫系細胞を含む塊状の細胞構造体となり、被覆培養面から浮遊する(
図3(vi)参照)。
【実施例】
【0176】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0177】
(実施例1)
容量50mLの軟質ガラス製の透明なバイアル瓶に、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート(DMAEMA)10.0g、及び水5mLを加えて、磁気撹拌器を用いて撹拌した。そして、この混合物(液体)に対してG1グレードの高純度(純度:99.99995%)の窒素ガスを10分間パージ(流速:2.0L/分)することにより、この混合物を脱酸素した。なお、用いたDMAEMAには、重合禁止剤であるメチルヒドロキノン(MEHQ)が0.5重量%含まれていた。
その後、この反応物に対して、丸型ブラック蛍光灯(NEC社製、型番:FCL20BL、18W)を用いて、22時間紫外線照射することにより、上記反応物を重合させた。反応物は、5時間後に粘性を帯び15時間後に固化して、重合体が反応生成物として得られた。この反応生成物を2−プロパノールに溶解させ、溶液を透析チューブに移した。そして、透析を72時間行い、反応生成物を精製した。
反応生成物を含む溶液を、セルロース混合エステル製の0.2μmフィルター(東洋濾紙社製、型番:25AS020)で濾過し、得られた濾液を凍結乾燥させることにより、温度応答性(ホモ)ポリマーが得られた(収量:6.8g、転化率:68%)。このポリマーの数平均分子量(Mn)を、GPC(島津社製、型番:LC−10vpシリーズ)を用いて、ポリエチレングリコール(Shodex社製、TSKシリーズ)を標準物質として測定し、Mn=160,000(Mw/Mn=3.0)と決定した。
【0178】
上述の温度応答性ポリマーの核磁気共鳴スペクトル(NMR)を、核磁気共鳴装置(Varian社製、型番:Gemini300)を用いて、重水(D
2O)を標準物質として測定した。下記には、代表的なピークを示す。
1H-NMR (in D
2O) δ 0.8-1.2 (br, -CH
2-C(CH
3)-), 1.6-2.0 (br, -CH
2-C(CH
3)-), 2.2-2.4 (br, -N(CH
3)
2), 2.5-2.7 (br, -CH
2-N(CH
3)
2), 4.0-4.2 (br, -O-CH
2-).
ここで、主鎖のメチル基(δ 0.8-1.2)のプロトン数(DMAEMAのホモポリマーの
場合はモノマー1分子につき3個)Aと、側鎖のジメチルアミノ基(δ 2.2-2.4)のメチ
ルプロトン数(DMAEMAのホモポリマーの場合はモノマー1分子につき6個で)Bと
から、側鎖が有するアミノ基の官能基数と、重合反応と同時に進行する側鎖のエステル結
合の加水分解反応により生じた側鎖のカルボキシル基の官能基数との比を算出した。
その結果、上述の温度応答性ポリマーの場合は94:6となった。これは、カチオン性ポリマーとアニオン性ポリマーとを含む2成分混合系におけるイオン複合体で言うC/A比に換算すると、C/A比=15.6となる。
【0179】
上述の温度応答性ポリマーの曇点を以下の方法で測定した。
温度応答性ポリマーの3%水溶液を調製し、この水溶液の660nmにおける吸光度を、20〜40℃の間で測定した。
その結果、20〜30℃では、水溶液は透明であり、吸光度がほぼ0であったが、31℃付近から水溶液中に白濁が見られるようになり、32℃で吸光度が急激に上昇した。これにより、温度応答性ポリマーは、約32℃の曇点を有することを確認した。
なお、温度応答性ポリマーを37℃まで昇温させると、ポリマー水溶液は、良好な応答性で、懸濁し、その後、水溶液全体が固化した。この固化物を室温(25℃)で維持したところ、数十時間の間、固化した状態のままであった。その後、固化物が徐々に溶解して、均質な水溶液に変化した。固化したポリマーは4℃まで冷却すると、速やかに溶解した。そして、上記昇温及び降温の操作を繰り返し行なっても、応答性に変化は生じなかったことから、ポリマーが可逆的に相転移を生じさせることが確認された。
【0180】
上述の温度応答性ポリマーを、生理食塩水に溶解して、温度応答性ポリマー溶液(終濃度15μg/mL)を調製した。ポリスチレン製の96ウェル細胞培養プレート(イワキ社製、マイクロプレート、型番:3815−024、1ウェル当たりの底面積:35mm
2、培養面の平面視形状は円形)の各ウェルに、温度応答性ポリマー溶液を、32μLずつ加え、細胞インキュベーター(37℃、5%CO
2)中で、1時間インキュベートし、被覆培養面を有する被覆細胞培養器を準備した。
【0181】
その後、被覆細胞培養器のウェルに、培地(DMEM+10%FBS)200μl中に、PKH26 RF Cell Linker Kit (GIGMA社製品)で標識したヒト肝癌由来細胞株(HepG2−500、コスモバイオ社販売)とヒト肺癌間質線維芽細胞(HNSC LCAF−500、コスモバイオ社販売)とを、6:4(HepG2:LCAF)の割合で混合した混合細胞0.5×10
5個を混ぜた、混合細胞溶液を加え、細胞を播種した。播種した混合細胞は、100%コンフルエントであった。
その後、細胞インキュベーター(37℃、5%CO
2)中で、24時間培養し、塊状の細胞構造体を得た。
【0182】
(実施例2)
HepG2:LCAFの割合を、5:5としたこと以外、実施例1と同様にして塊状の細胞構造体を得た。
【0183】
(実施例3)
HepG2:LCAFの割合を、4:6としたこと以外、実施例1と同様にして塊状の細胞構造体を得た。
【0184】
(実施例4)
HepG2:LCAFの割合を、3:7としたこと以外、実施例1と同様にして塊状の細胞構造体を得た。
【0185】
(比較例1)
HepG2:LCAFの割合を、7:3としたこと以外、実施例1と同様にして操作を行ったところ、被覆培養面上に接着した混合細胞は、端部が被覆培養面から離れて反り返り始めて、端部が反り返った細胞構造体を形成したが、それ以上凝集せず、塊状の細胞構造体を形成しなかった。
【0186】
(比較例2)
HepG2:LCAFの割合を、8:2としたこと以外、実施例1と同様にして操作を行ったところ、被覆培養面上に接着した混合細胞は、全く凝集せず、塊状の細胞構造体は得られなかった。
【0187】
(実施例5)
細胞培養器として、ポリスチレン製の60mmディッシュ(住友ベークライト社製、型番:MS−11600、培養面積21cm
2)を使用し、上述の温度応答性ポリマー溶液を1.5mLずつ加え、HepG2:LCAFの割合が5:5の混合細胞25×10
5個(培地10mL)を播種したこと以外、実施例1と同様にして塊状の細胞構造体を得た。
なお、播種した混合細胞は、100%コンフルエントであった。
【0188】
(実施例6)
細胞に、HepG2、LCAF、マクロファージ(ラット骨髄由来の単球から分化誘導して使用した(コスモバイオ社製、骨髄単球培養キット、品番:BMM01))の3種を使用した。
最終的な細胞の混合割合は、100個のHepG2に対して、LCAFを100個、マクロファージを60個とした。
第一段階として、100個のHepG2に対して、LCAF100個の割合で混合し、遠沈管内で転倒混和によりこれらの細胞を分散混合して播種し、5時間後に、細胞が接着して単層を形成した後に、培地交換を行った。この単層の上へ、100個のHepG2に対して、マクロファージ60個の割合となるように、マクロファージ浮遊液を加え、静置培養を継続したこと以外、実施例2と同様の操作を行なった。
HepG2とLCAFからなる単層培養層が巾着袋状に凝集する際に、該単層培養層の上に沈降していたマクロファージは凝集に巻き込まれ、1個の塊状の細胞構造体を得た。露出した培養面にマクロファージは確認されず、播種したマクロファージの全数が細胞凝集塊中に取り込まれたことが確認された。
【0189】
[評価]
(細胞の分布)
実施例で得られた塊状の細胞構造体を、定法(4%パラホルムアルデヒドで固定し、ショ糖溶液へ浸漬して密度を調整してから、OCTコンパウンドゲル中へ浮遊させ、液体窒素で凍結させてミクロトームを使用して切片化)に従って切片とし、1%BSAでブロッキングした後に免疫染色して、細胞構造体内のがん細胞及び間質線維芽細胞の分布を蛍光顕微鏡で観察し、以下の基準で細胞の分布を評価した。
○(良好):がん細胞と間質線維芽細胞が、均質に分布していた。
×(不良):がん細胞と間質線維芽細胞が、不均質に分布していた。
【0190】
(細胞構造体の外径)
実施例で得られた塊状の細胞構造体を、顕微鏡(商品名「ECLIPSE−Ti」、ニコン社製)で観察し、最大の外径(μm)を測定し、細胞構造体の外径(μm)とした。
なお、外径を測定した細胞構造体を、下記の細胞構造体内部の低酸素状態細胞の有無の評価に用いた。
【0191】
(細胞構造体内部の低酸素状態細胞の有無)
実施例及び比較例で製造した細胞構造体又は細胞を、定法(4%パラホルムアルデヒドで固定し、ショ糖溶液へ浸漬して密度を調整してから、OCTコンパウンドゲル中へ浮遊させ、液体窒素で凍結させてミクロトームを使用して切片化)にしたがって切片とし、1%BSAでブロッキングした後にHIF−1α染色とDAPI染色を行い、細胞構造体内部(半径が細胞構造体の外径の1/4である同心球内)のHIF−1α(低酸素応答因子)陽性の細胞数を測定した。以下の基準で細胞の分布を評価した。
○(良好):内部に、HIF−1αを発現している細胞が存在していた。
△(普通):細胞構造体を形成しているものの、内部に、HIF−1α陽性の細胞が存在していなかった。
×(不良):塊状の細胞構造体を形成しなかった。
【0192】
【表1】
【0193】
実施例5で得られた細胞構造体は、外径が1000μmであり、内部に、低酸素状態の、生きている、がん細胞及び間質線維芽細胞が存在していた。また、半径が細胞構造体の外径の1/4である細胞構造体の同心球内の、HIF−1α陽性の細胞の割合は、約10%であった。
【0194】
図2に、実施例1〜4、比較例1〜2で得られた細胞構造体及び細胞を示す。
図2は、左から、実施例4(HepG2:LCAF=3:7)、実施例3(HepG2:LCAF=4:6)、実施例2(HepG2:LCAF=5:5)、実施例1(HepG2:LCAF=6:4)、比較例1(HepG2:LCAF=7:3)、比較例2(HepG2:LCAF=8:2)の結果を示した写真である。