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特開2017-107650燃料電池用電極触媒インクの添加剤の選定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-107650(P2017-107650A)
(43)【公開日】2017年6月15日
(54)【発明の名称】燃料電池用電極触媒インクの添加剤の選定方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/86 20060101AFI20170519BHJP
   H01M 4/88 20060101ALI20170519BHJP
   B01J 23/42 20060101ALI20170519BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20170519BHJP
【FI】
   H01M4/86 B
   H01M4/88 K
   B01J23/42 M
   H01M8/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】OL
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2015-238433(P2015-238433)
(22)【出願日】2015年12月7日
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
(71)【出願人】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100180862
【弁理士】
【氏名又は名称】花井 秀俊
(72)【発明者】
【氏名】前川 諒介
(72)【発明者】
【氏名】垣花 大
(72)【発明者】
【氏名】桑野 一幸
(72)【発明者】
【氏名】久米 英明
(72)【発明者】
【氏名】菅田 裕之
(72)【発明者】
【氏名】山本 秀樹
【テーマコード(参考)】
4G169
5H018
5H026
5H126
【Fターム(参考)】
4G169AA03
4G169BA08B
4G169BC75B
4G169CC32
4G169DA05
4G169EB15Y
4G169FB23
4G169FB57
4G169FC10
5H018AA04
5H018AA06
5H018AS01
5H018BB06
5H018BB08
5H018BB12
5H018EE16
5H018HH05
5H026AA04
5H026AA06
5H126BB04
5H126BB06
(57)【要約】      (修正有)
【課題】電極触媒のひび割れを防止する燃料電池用電極触媒インク添加剤の選定手段を提供する。
【解決手段】電極触媒インク添加剤選定方法であって、(1)溶媒S1〜Snからなるn種の溶媒Sm(mは、1以上且つn以下の整数、nは、1以上の整数)を準備する工程;(2)Ram2=4x(16.8-δdm)2+(10.4-δpm)2+(21.3-δhm)2[式中、δdm、δpm、δhmは、それぞれ溶媒Smのハンセン溶解度パラメータの分散項、極性項、水素結合項、Ramはハンセン溶解度パラメータ空間における溶媒Smとプロピレングリコールとのハンセン溶解度パラメータ距離]に基づき、溶媒SmとプロピレングリコールとのRamを決定する工程;(3)n種の溶媒Smから、Ramが6.9以下である1種以上の溶媒を燃料電池用電極触媒インクの添加剤として選定する工程を含む。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
燃料電池用電極触媒インクの添加剤の選定方法であって、以下:
溶媒S1〜Snからなるn種の溶媒Sm(mは、1以上且つn以下の整数であり、nは、1以上の整数である)を準備する工程;
以下の式:
Ram2 = 4 x (16.8-δdm)2 + (10.4-δpm)2 + (21.3-δhm)2
[式中、
δdmは、溶媒Smのハンセン溶解度パラメータの分散項であり、
δpmは、溶媒Smのハンセン溶解度パラメータの極性項であり、
δhmは、溶媒Smのハンセン溶解度パラメータの水素結合項であり、
Ramは、ハンセン溶解度パラメータ空間における、溶媒Smとプロピレングリコールとのハンセン溶解度パラメータ距離である。]
に基づき、溶媒Smとプロピレングリコールとのハンセン溶解度パラメータ距離Ramを決定する工程;
n種の溶媒Smから、ハンセン溶解度パラメータ距離が6.9以下である1種以上の溶媒を燃料電池用電極触媒インクの添加剤として選定する工程;
を含む、燃料電池用電極触媒インクの添加剤の選定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用電極触媒インクの添加剤の選定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、水素及び酸素を電気化学的に反応させて電力を得る。燃料電池の発電に伴って生じる生成物は、原理的に水のみである。それ故、地球環境への負荷がほとんどない、クリーンな発電システムとして注目されている。
【0003】
燃料電池は、電解質の種類によって、固体高分子型(PEFC)、リン酸型(PAFC)、溶融炭酸塩型(MCFC)及び固体酸化物型(SOFC)等に分類される。このうち、PEFC及びPAFCにおいては、カーボン担体等の導電性の担体と、該導電性の担体に担持された白金等の触媒活性を有する触媒金属の粒子とを有する電極触媒を使用することが一般的である。電極触媒は、通常は、前記成分を溶媒に分散させた電極触媒インクの形態で電解質膜の表面に塗布し、乾燥させることによって形成される。
【0004】
例えば、特許文献1は、低級モノアルコール中に触媒担持カーボン及び電解質を分散させた触媒インクを基材上に塗布して、前記基材上に触媒インク層を形成するインク層形成工程と、前記触媒インク層の表面に多価アルコールを塗布する多価アルコール塗布工程と、前記多価アルコールが塗布された前記触媒インク層を乾燥する乾燥工程と、を備えることを特徴とする燃料電池用電極の製造方法を記載する。特許文献1は、前記多価アルコールとして、プロピレングリコールを記載する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011-238438号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1は、基材の表面に形成された電極触媒インク層の表面に、プロピレングリコールのような多価アルコールを塗布した後、乾燥させることにより、電極触媒インクを迅速に乾燥させることができ、結果として得られる電極触媒の塗膜にひび割れが生じることを抑制し得ると記載する。しかしながら、特許文献1に記載の方法で好適に使用されるプロピレングリコールは、沸点(188℃)が高い。このため、プロピレングリコールを含む電極触媒インク層を乾燥させるためには、高温及び/又は長時間の乾燥処理が必要となる。高温及び/又は長時間の乾燥処理は、燃料電池用電極触媒の製造コストの上昇及び生産性の低下を招来する可能性がある。
【0007】
他方、プロピレングリコールのような電極触媒インクの添加剤を使用しない場合、結果として得られる電極触媒にひび割れが生じる可能性がある。
【0008】
それ故、本発明は、燃料電池用電極触媒の製造において、製造コストの上昇及び生産性の低下を回避しつつ、電極触媒のひび割れを防止し得る燃料電池用電極触媒インクの添加剤を選定する手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、前記課題を解決するための手段を種々検討した結果、燃料電池用電極触媒インクの添加剤の候補となる溶媒の沸点及びハンセン溶解度パラメータを指標とすることにより、所望の性質を有する添加剤を容易に選定し得ることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
(1)燃料電池用電極触媒インクの添加剤の選定方法であって、以下:
溶媒S1〜Snからなるn種の溶媒Sm(mは、1以上且つn以下の整数であり、nは、1以上の整数である)を準備する工程;
以下の式:
Ram2 = 4 x (16.8-δdm)2 + (10.4-δpm)2 + (21.3-δhm)2
[式中、
δdmは、溶媒Smのハンセン溶解度パラメータの分散項であり、
δpmは、溶媒Smのハンセン溶解度パラメータの極性項であり、
δhmは、溶媒Smのハンセン溶解度パラメータの水素結合項であり、
Ramは、ハンセン溶解度パラメータ空間における、溶媒Smとプロピレングリコールとのハンセン溶解度パラメータ距離である。]
に基づき、溶媒Smとプロピレングリコールとのハンセン溶解度パラメータ距離Ramを決定する工程;
n種の溶媒Smから、ハンセン溶解度パラメータ距離が6.9以下である1種以上の溶媒を燃料電池用電極触媒インクの添加剤として選定する工程;を含む、燃料電池用電極触媒インクの添加剤の選定方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、燃料電池用電極触媒の製造において、製造コストの上昇及び生産性の低下を回避しつつ、電極触媒のひび割れを防止し得る燃料電池用電極触媒インクの添加剤を選定する手段を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、溶媒Smのハンセン溶解度パラメータ、プロピレングリコールのハンセン溶解度パラメータ、及び溶媒Smとプロピレングリコールとのハンセン溶解度パラメータ距離Ramの概念図を示す図である。
図2図2は、対照、実施例1及び比較例1の電極触媒インクの光学顕微鏡像を示す図である。A:溶媒非添加の対照の電極触媒インクの光学顕微鏡像。B:実施例1の電極触媒インクの光学顕微鏡像。C:比較例1の電極触媒インクの光学顕微鏡像。
図3図3は、乾燥処理における溶媒非添加の対照の電極触媒塗膜の光学顕微鏡像を示す図である。A:乾燥初期の電極触媒塗膜の光学顕微鏡像。B:乾燥後の電極触媒塗膜の光学顕微鏡像。
図4図4は、対照、実施例1及び比較例1の電極触媒塗膜の光学顕微鏡像をを示す図である。A:溶媒非添加の対照の電極触媒塗膜の光学顕微鏡像。B:実施例1の電極触媒塗膜の光学顕微鏡像。C:比較例1の電極触媒塗膜の光学顕微鏡像。
図5図5は、溶媒非添加の対照の電極触媒塗膜及びプロピレングリコールを試験溶媒として用いた電極触媒塗膜における溶媒蒸発率の経時変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0014】
<1. 燃料電池用電極触媒インクの添加剤の選定方法>
本発明は、燃料電池用電極触媒インクの添加剤の選定方法に関する。本発明において、「燃料電池用電極触媒インク」は、燃料電池用電極触媒を製造する際に使用される、電極触媒成分及び1種以上の溶媒を含む組成物を意味する。燃料電池用電極触媒インクは、電極触媒成分が1種以上の溶媒に分散された形態である。
【0015】
燃料電池用電極触媒の製造においては、通常は、燃料電池用電極触媒インクを電解質膜の表面に塗布し、次いで乾燥させる。乾燥工程により、燃料電池用電極触媒インクに含まれる溶媒が乾燥除去され、電解質膜の表面に電極触媒の塗膜が形成される。しかしながら、電極触媒の塗膜が形成される際、溶媒の乾燥除去に伴って電極触媒の塗膜にひび割れが生じる可能性が存在した。
【0016】
特許文献1は、燃料電池用電極触媒インクの添加剤として、プロピレングリコールのような多価アルコールを用いることによって、結果として得られる電極触媒にひび割れが生じることを抑制し得ると記載する。しかしながら、特許文献1に記載の方法で好適に使用されるプロピレングリコールは沸点(188℃)が高い。このため、プロピレングリコールを含む電極触媒インクを乾燥させるためには、高温及び/又は長時間の乾燥処理が必要となる。高温及び/又は長時間の乾燥処理は、燃料電池用電極触媒の製造コストの上昇及び生産性の低下を招来する可能性がある。
【0017】
本発明者らは、燃料電池用電極触媒インクの添加剤として、電極触媒のひび割れ防止効果を有する溶媒を選定するために、物質間の溶解特性を表すパラメータであるハンセン溶解度パラメータ(以下、「HSP」とも記載する)に着目した。本明細書において、HSPは、ヒルデブランドの溶解度パラメーターを、ロンドン分散力、双極子間力及び水素結合力の3個の凝集エネルギー成分に分割したベクトル量のパラメータを意味する。本発明において、HSPのロンドン分散力に対応する成分を分散項(以下、「δd」とも記載する)、双極子間力に対応する成分を極性項(以下、「δp」とも記載する)、水素結合力に対応する成分を水素結合項(以下、「δh」とも記載する)と記載する。
【0018】
HSPはベクトル量であるため、純粋な物質で全く同一の値を有するものは殆ど存在しないことが知られている。また、一般的に使用される物質のHSPは、データベースが構築されている。このため、当業者であれば、当該データベースを参照することにより、所望の物質のHSP値を入手することができる。データベースにHSP値が登録されていない物質であっても、当業者であれば、Hansen Solubility Parameters in Practice(HSPiP)のようなコンピュータソフトウェアを用いることにより、その化学構造からHSP値を計算することができる。複数の物質からなる混合物の場合、該混合物のHSP値は、含有成分である各物質のHSP値に、該成分の混合物全体に対する体積比を乗じた値の和として算出される。HSPについては、例えば、山本博志, S. Abbott, C.M. Hansen, 化学工業, 2010年3月号を参照することができる。
【0019】
本発明者らは、燃料電池用電極触媒のひび割れ防止効果を有することが知られているプロピレングリコールのHSP値と他の溶媒のHSP値とを用いて算出される、HSP空間におけるプロピレングリコールと他の溶媒とのHSP距離を指標とすることにより、該他の溶媒のひび割れ防止性能を評価できることを見出した。燃料電池用電極触媒の塗膜の乾燥初期において、横毛管力に起因する電極触媒粒子の凝集が観察される。電極触媒粒子が凝集すると、電極触媒塗膜の表面に凹凸が形成される。この状態で乾燥が進行することにより、電極触媒塗膜の表面の凹凸付近にひび割れが生じる。このように、電極触媒のひび割れは、電極触媒塗膜の乾燥初期における横毛管力に起因する電極触媒粒子の凝集が原因と考えられる。
【0020】
電極触媒粒子に作用する横毛管力は、以下の式:
F1 = 0.5πσd2cos2α/L (1)
[式中、F1は、横毛管力であり、σは、溶媒の表面張力であり、dは、電極触媒粒子の粒径であり、αは、電極触媒粒子と溶媒との接触角であり、Lは、電極触媒粒子の中心間距離である。]
で表される(藤田昌大、第26回数値流体力学シンポジウム予稿集、講演番号C04-6,2012年)。式(1)から、横毛管力F1を抑制するためには、電極触媒粒子の粒径dを小さくすること、及び電極触媒粒子と溶媒との接触角αを大きくすることが必要であると理解される。電極触媒粒子の粒径dは、例えば、電極触媒インクの分散性を向上させることによって小さくすることができる。しかしながら、電極触媒インクの調製において、該インクは、通常は十分に分散されている。それ故、横毛管力F1を抑制するためには、電極触媒粒子と溶媒との接触角αを大きくすることが特に重要である。本発明者らは、公知の添加剤であるプロピレングリコールを用いた場合に電極触媒のひび割れが防止されるのは、プロピレングリコールの添加によって電極触媒粒子と溶媒との接触角αが増加し、横毛管力F1が低下したためと考えた。
【0021】
一般に、単一の粒子に対する溶媒の接触角又は濡れ性は、該溶媒のHSP値と一定の相関関係を有する。それ故、プロピレングリコールと同程度のHSP値を有する、すなわちプロピレングリコールとのHSP距離が一定値以下の溶媒を燃料電池用電極触媒インクの添加剤として使用することにより、プロピレングリコールの場合と同程度まで電極触媒粒子と溶媒との接触角αが増加し、横毛管力F1が低下すると考えられる。この場合、電極触媒塗膜の表面における凹凸形成が抑制され、結果として電極触媒塗膜のひび割れが抑制され得る。
【0022】
本発明者らは、数種の溶媒の沸点及びHSP距離に基づき、数種の溶媒から所望の乾燥除去速度及びひび割れ防止性能を有する溶媒を選定し得ることを見出した。前記の通り、溶媒のHSP値は、データベースを参照することにより、又は計算により、入手することができる。それ故、本発明の方法により、実際に電極触媒塗膜を作製して試験をすることなく、所望の乾燥除去速度及びひび割れ防止性能を有する最適な溶媒を容易に選定することができる。
【0023】
本発明の方法は、当該技術分野で通常使用される燃料電池用電極触媒インクに適用することができる。本発明の方法が適用される燃料電池用電極触媒インクは、通常は、カーボンのような担体と、該担体に担持された白金又は白金合金のような触媒金属と、アイオノマと、1種以上の溶媒と、1種以上の添加剤とを含む。1種以上の溶媒は、例えば、水、又は低級アルコール(例えば、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール又は1-ブタノール等)のような水混和性有機溶媒である。1種以上の添加剤は、本発明の方法によって選定することができる。
【0024】
[1-1. 溶媒準備工程]
本発明の方法は、溶媒S1〜Snからなるn種の溶媒Sm(mは、1以上且つn以下の整数であり、nは、1以上の整数である)を準備する工程(以下、「溶媒準備工程」とも記載する)を含むことが必要である。
【0025】
本工程において使用される溶媒S1〜Snからなるn種の溶媒Smは、それぞれ単溶媒の形態であってもよく、2種以上の単溶媒からなる混合溶媒の形態であってもよい。
【0026】
本工程は、以下で説明する工程において使用される溶媒Smを準備することを目的とする。前記で説明したように、一般的に使用される溶媒のHSP値はデータベース化されており、公知である。また、データベースにHSP値が登録されていない溶媒であっても、その化学構造からHSP値を計算することができる。それ故、本工程で準備される溶媒Smは、特に限定されず、添加剤として使用される燃料電池用電極触媒インクの成分に応じて適宜選択すればよい。通常、燃料電池用電極触媒インクに含まれる1種以上の溶媒は、水又は水混和性有機溶媒であることから、添加剤の候補である溶媒Smもまた水混和性有機溶媒であることが好ましい。好適な溶媒Smとしては、限定するものではないが、例えば、直鎖状、分岐鎖状又は環式の脂肪族アルコールを挙げることができる。前記溶媒成分は、ハロゲン(例えば、塩素、フッ素、臭素又はヨウ素)、ヒドロキシル、アルコキシル、アミノ、直鎖状、分岐鎖状若しくは環式の脂肪族炭化水素基、又は芳香族炭化水素基で置換されていてもよい。前記溶媒成分は、メトキシエタノール又はそれらの混合溶媒であることが好ましい。但し、溶媒Smは、公知の添加剤であるプロピレングリコールを含まない。前記の溶媒は、市販品を購入等することにより容易に入手することができる。また、前記の溶媒は、データベースを参照することにより又は計算により、HSP値を得ることができる。それ故、前記の溶媒を溶媒Smとして準備することにより、より簡便に本発明の方法を実施することができる。
【0027】
[1-2. ハンセン溶解度パラメータ決定工程]
本発明の方法は、溶媒Smと公知の添加剤であるプロピレングリコールとのHSP距離を決定する工程(以下、「ハンセン溶解度パラメータ決定工程」とも記載する)を含むことが必要である。
【0028】
本発明において、「ハンセン溶解度パラメータ(HSP)距離Ram」は、HSP空間における、溶媒SmとプロピレングリコールとのHSP距離を意味する。溶媒SmのHSP値、プロピレングリコールのHSP値、及び溶媒SmとプロピレングリコールとのHSP距離Ramの概念図を図1に示す。
【0029】
溶媒SmとプロピレングリコールとのHSP距離Ramは、以下の式:
Ram2 = 4 x (16.8-δdm)2 + (10.4-δpm)2 + (21.3-δhm)2
で表される。
【0030】
式中、
16.8は、プロピレングリコールのHSPの分散項であり、
10.4は、プロピレングリコールのHSPの極性項であり、
21.3は、プロピレングリコールのHSPの水素結合項であり、
δdmは、溶媒SmのHSPの分散項であり、
δpmは、溶媒SmのHSPの極性項であり、
δhmは、溶媒SmのHSPの水素結合項であり、
Ramは、HSP空間における、溶媒SmとプロピレングリコールとのHSP距離である。
【0031】
すでに説明したように、HSPはベクトル量であるため、純粋な物質で全く同一の値を有するものは殆ど存在しないことが知られている。また、複数の物質からなる混合物の場合、該混合物のHSP値は、混合物成分である各物質のHSP値に、該成分の混合物全体に対する体積比を乗じた値のベクトル和として算出される。一般的に使用される溶媒のHSPはデータベース化されており、公知である。また、データベースにHSP値が登録されていない溶媒であっても、その化学構造からHSP値を計算することができる。このため、前記式に、溶媒SmのHSP値を代入することにより、溶媒SmとプロピレングリコールとのHSP距離Ramを容易に決定することができる。
【0032】
[1-3. 添加剤選定工程]
本発明の方法は、n種の溶媒Smから、HSP距離が6.9以下である1種以上の溶媒を燃料電池用電極触媒インクの添加剤として選定する工程(以下、「添加剤選定工程」とも記載する)を含むことが必要である。
【0033】
すでに説明したように、ハンセン溶解度パラメータ決定工程を実施することにより、溶媒SmとプロピレングリコールとのHSP距離Ramを容易に決定することができる。それ故、ハンセン溶解度パラメータ決定工程により得られたRam及び溶媒Smの沸点に基づき、n種の溶媒Smから、HSP距離が6.9以下である1種以上の溶媒を燃料電池用電極触媒インクの添加剤として容易に選定することができる。
【0034】
本工程において決定される1種以上の溶媒は、沸点が150℃以下であることが好ましい。当該技術分野において、一般的に使用される溶媒の沸点は公知である。それ故、HSP距離が6.9以下である溶媒から、沸点が150℃以下である1種以上の溶媒を燃料電池用電極触媒インクの添加剤として容易に選定することができる。
【0035】
実施例に示すように、燃料電池用電極触媒インクの添加剤としてメトキシエタノールを用いた場合、添加剤非添加の燃料電池用電極触媒インクの場合と同程度の乾燥除去速度を示し、且つ公知の添加剤であるプロピレングリコールと同程度のひび割れ防止性能を示した。メトキシエタノールの沸点は124℃であり、前記式に基づき算出されるメトキシエタノールとプロピレングリコールとのHSP距離は6.9である。それ故、n種の溶媒Smから、HSP距離が6.9以下であり、且つ好ましくはさらに沸点が150℃以下である1種以上の溶媒を選定することにより、所望の乾燥除去速度及びひび割れ防止性能を有する最適な溶媒を得ることができる。
【0036】
本工程において決定される1種以上の溶媒は、それぞれ単溶媒の形態であってもよく、2種以上の単溶媒からなる混合溶媒の形態であってもよい。
【0037】
本工程を実施することにより、n種の溶媒Smから所望の乾燥除去速度及びひび割れ防止性能を有する溶媒を容易に選定することができる。
【0038】
本発明の方法において、燃料電池用電極触媒インクに含まれる溶媒及び添加剤の乾燥除去速度を実際に決定する場合、例えば、燃料電池用電極触媒インクをテフロンシートのような基材の表面に塗布した後、該シートを加熱乾燥させて、電極触媒塗膜の試験片を得る。この際、乾燥前後の試験片の質量を経時的に測定し、該質量に基づき、溶媒蒸発率(%)を算出することにより、溶媒及び添加剤の乾燥除去速度を実際に決定することができる。また、本発明の方法において、燃料電池用電極触媒インクのひび割れ防止性能を実際に決定する場合、例えば、前記と同様の手順で電極触媒塗膜の試験片を得る。得られた電極触媒塗膜の試験片の表面を光学顕微鏡等を用いて観察し、ひび割れの有無を確認することにより、ひび割れ防止性能を実際に決定することができる。
【0039】
<2. 燃料電池用電極触媒インクの製造方法>
本発明の方法により、燃料電池用電極触媒インクの添加剤として、所望の乾燥除去速度及びひび割れ防止性能を有する溶媒を容易に選定することができる。それ故、本発明の別の一態様は、前記で説明した本発明の燃料電池用電極触媒インクの添加剤の選定方法を用いて得られた結果に基づき、該方法によって選定された1種以上の溶媒を添加剤として含む燃料電池用電極触媒インクを得る工程を含む、燃料電池用電極触媒インクの製造方法に関する。
【0040】
本発明の燃料電池用電極触媒インクの添加剤の選定方法によって選定される溶媒としては、限定するものではないが、例えば、例えば、直鎖状、分岐鎖状又は環式の脂肪族アルコールを挙げることができる。前記溶媒は、ハロゲン(例えば、塩素、フッ素、臭素又はヨウ素)、ヒドロキシル、アルコキシル、アミノ、直鎖状、分岐鎖状若しくは環式の脂肪族炭化水素基、又は芳香族炭化水素基で置換されていてもよい。前記溶媒成分は、メトキシエタノール又はそれらの混合溶媒であることが好ましい。但し、燃料電池用電極触媒インクの添加剤として使用される溶媒は、公知の添加剤であるプロピレングリコールを含まない。
【0041】
燃料電池用電極触媒インクにおいて、添加剤として使用される溶媒の含有量は、該インクの総質量に対して、1〜10質量%の範囲であることが好ましく、1〜5質量%の範囲であることがより好ましい。
【0042】
以上説明したように、本発明により、燃料電池用電極触媒インクの添加剤として、所望の乾燥除去速度及びひび割れ防止性能を有する溶媒を容易に選定することができる。前記溶媒を燃料電池用電極触媒インクの添加剤として使用することにより、燃料電池用電極触媒の製造において、製造コストの上昇及び生産性の低下を回避しつつ、電極触媒のひび割れを防止することができる。
【実施例】
【0043】
以下、実施例を用いて本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0044】
<I. 電極触媒インクの調製>
2 gのPt担持カーボン(Pt担持量:30質量%)、14.1 gの水、及び0.2 gのアイオノマ溶液を混合し、攪拌した。この混合液に、5 gのエタノールを添加し、さらに攪拌した。混合液を、氷浴中で5分間冷却した後、ホモジナイザを用いて分散させた。分散液に、7.3 gのアイオノマ溶液を添加し、攪拌した。分散液を、フィルミックス(登録商標)(プライミクス社製)を用いてさらに分散させた。分散液に、試験溶媒を最終濃度5質量%となるように添加して、電極触媒インクを得た。試験溶媒としては、メトキシエタノール(実施例1)又は1-ブタノール(比較例1)を用いた。対照として、溶媒非添加の電極触媒インクを前記と同様の手順で調製した。
【0045】
<II. 電極触媒インクの評価方法>
[II-1. 電極触媒インクの分散状態の評価]
前記手順で得られた電極触媒インク中の成分の分散状態を、透過照明下で光学顕微鏡を用いて確認した。電極触媒インクの光学顕微鏡像を図2に示す。図中、Aは、溶媒非添加の対照の電極触媒インクの光学顕微鏡像を、Bは、実施例1の電極触媒インクの光学顕微鏡像を、Cは、比較例1の電極触媒インクの光学顕微鏡像を、それぞれ示す。
【0046】
図2に示すように、実施例1及び比較例1の電極触媒インクのいずれも、溶媒非添加の対照と比較して実質的に同程度の分散状態を示した。
【0047】
[II-2. 電極触媒の塗膜状態の評価]
前記手順で得られた電極触媒インクを、ドクターブレード法を用いてテフロンシート(20×15 cm)の表面に塗布した。このシートを、85℃の乾燥機中に2分間静置して乾燥させて、電極触媒塗膜の試験片(15×8 cm、膜厚:10 μm)を得た。乾燥中及び乾燥後の塗膜状態を、透過照明下で光学顕微鏡を用いて確認した。乾燥処理における溶媒非添加の対照の電極触媒塗膜の光学顕微鏡像を図3に示す。図中、Aは、乾燥初期の電極触媒塗膜の光学顕微鏡像を、Bは、乾燥後の電極触媒塗膜の光学顕微鏡像を、それぞれ示す。また、対照、実施例1及び比較例1の電極触媒塗膜の光学顕微鏡像を図4に示す。図中、Aは、溶媒非添加の対照の電極触媒塗膜の光学顕微鏡像を、Bは、実施例1の電極触媒塗膜の光学顕微鏡像を、Cは、比較例1の電極触媒塗膜の光学顕微鏡像を、それぞれ示す。
【0048】
図3Aに示すように、電極触媒塗膜の乾燥初期において、横毛管力に起因する電極触媒粒子の凝集が観察された。電極触媒粒子が凝集すると、電極触媒塗膜の表面に凹凸が形成される。この状態で乾燥が進行することにより、電極触媒塗膜の表面の凹凸付近にひび割れが生じた(図3B)。
【0049】
図4A及びBに示すように、対照の電極触媒塗膜及び実施例1の電極触媒塗膜においては、ひび割れは確認されなかった。これに対し、図4Cに示すように、比較例1の電極触媒塗膜においては、ひび割れが観察された。
【0050】
[II-3. 溶媒の蒸発速度の評価]
前記Iと同様の手順で、下記溶媒を試験溶媒として含む電極触媒インクを調製した。前記II-2と同様の手順で、それぞれの電極触媒インクをテフロンシートの表面に塗布した。各シートを、85℃の乾燥機中に静置して乾燥させて、電極触媒塗膜の試験片を得た。乾燥前後の試験片の質量を経時的に測定し、該質量に基づき、溶媒蒸発率(%)を算出した。試験溶媒の沸点、及び溶媒非添加の対照の電極触媒塗膜における乾燥時間を基準とした相対的な乾燥時間を表1に示す。表中、乾燥時間「+」は、溶媒非添加の対照の電極触媒塗膜における乾燥時間と比較して長い乾燥時間であったことを、乾燥時間「±」は、溶媒非添加の対照の電極触媒塗膜における乾燥時間と比較して同程度の乾燥時間であったことを、それぞれ示す。また、溶媒非添加の対照の電極触媒塗膜及びプロピレングリコールを試験溶媒として用いた電極触媒塗膜における溶媒蒸発率の経時変化を図5に示す。
【0051】
【表1】
【0052】
表1及び図5に示すように、溶媒非添加の対照の電極触媒塗膜における乾燥時間と比較して、プロピレングリコールを試験溶媒として用いた電極触媒塗膜はより長い乾燥時間が必要であった。
【0053】
[II-4. 沸点及びHSP距離に基づく溶媒の評価]
以下の式:
Ra2 = 4 x (16.8-δd)2 + (10.4-δp)2 + (21.3-δh)2
[式中、
16.8は、プロピレングリコールのハンセン溶解度パラメータ(HSP)の分散項であり、
10.4は、プロピレングリコールのHSPの極性項であり、
21.3は、プロピレングリコールのHSPの水素結合項であり、
δdは、使用した試験溶媒のHSPの分散項であり、
δpは、使用した試験溶媒のHSPの極性項であり、
δhは、使用した試験溶媒のHSPの水素結合項であり、
Raは、HSP空間における、使用した試験溶媒とプロピレングリコールとのHSP距離である。]
で表される、使用した溶媒とプロピレングリコールとのHSP距離Raを得た。ここで、使用した試験溶媒のHSP(δd、δp及びδh)は、公知のデータベースに登録された定数を参照した。プロピレングリコール及び試験溶媒のHSP値及び沸点と、これらの溶媒を用いて調製された電極触媒の塗膜状態の評価結果との関係を表2に示す。
【0054】
【表2】
【0055】
表2に示すように、メトキシエタノールを溶媒として使用した実施例1の電極触媒インクの場合、プロピレングリコールとのHSP距離Raは6.9となった。実施例1の電極触媒インクを用いて作製した電極触媒は、ひび割れが確認されなかった。これに対し、1-ブタノールを溶媒として使用した比較例1の電極触媒インクの場合、プロピレングリコールとのHSP距離Raは7.4となった。比較例1の電極触媒インクを用いて作製した電極触媒は、ひび割れが確認された。
【0056】
以上の結果より、メトキシエタノールのように、プロピレングリコールとのHSP距離Raが一定値(例えば、6.9)以下であり、且つ好ましくはプロピレングリコールの沸点より低い(例えば、150℃以下の)沸点を有する溶媒を燃料電池用電極触媒インクの添加剤として選定することにより、所望の乾燥除去速度及びひび割れ防止性能を有する燃料電池用電極触媒インクを製造できることが明らかとなった。
図1
図2
図3
図4
図5