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特開2017-124961モリブデン系低次酸化物粒子及びこれを用いた分散体並びにモリブデン系低次酸化物粒子の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-124961(P2017-124961A)
(43)【公開日】2017年7月20日
(54)【発明の名称】モリブデン系低次酸化物粒子及びこれを用いた分散体並びにモリブデン系低次酸化物粒子の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 39/00 20060101AFI20170623BHJP
【FI】
   C01G39/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2016-191225(P2016-191225)
(22)【出願日】2016年9月29日
(31)【優先権主張番号】特願2016-2140(P2016-2140)
(32)【優先日】2016年1月8日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】597065282
【氏名又は名称】三菱マテリアル電子化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100085372
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 正義
(74)【代理人】
【識別番号】100129229
【弁理士】
【氏名又は名称】村澤 彰
(72)【発明者】
【氏名】梅田 洋利
【テーマコード(参考)】
4G048
【Fターム(参考)】
4G048AA04
4G048AB02
4G048AB03
4G048AC08
4G048AD03
(57)【要約】
【課題】赤外線(特に近赤外線)の吸収性能を向上するとともに、可視光線の高い透過性を確保する。
【解決手段】本発明は、一般式:XaMoObで示されるモリブデン系低次酸化物粒子からなる。上記一般式中のXはアルカリ金属元素である。また、上記一般式中のaは0.27≦a≦0.37を満たし、かつ上記一般式中のbは2.62≦b≦2.85を満たす。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式:XaMoObで示されるモリブデン系低次酸化物粒子からなり、前記一般式中のXがアルカリ金属元素であり、aが0.27≦a≦0.37を満たし、かつbが2.62≦b≦2.85を満たす、モリブデン系低次酸化物粒子。
【請求項2】
前記アルカリ金属元素が、カリウム、ナトリウム、セシウム又はルビジウムのいずれか1種の元素である請求項1記載のモリブデン系低次酸化物粒子。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のモリブデン系低次酸化物粒子が分散媒に分散され、波長380nm〜780nmの可視光線透過率(%Tv)が70%以上であり、波長300nm〜2600nmの日射透過率(%Ts)が50%以下であり、かつ(%Tv)/(%Ts)の比が1.8以上であり、更に波長380nm〜780nmの可視光線領域における透過率の最大値(%Vr)が75%以上であり、かつ波長780nm〜2600nmの赤外線領域における透過率の最小値(%Ir)が10%以下である分散体。
【請求項4】
ヘーズが1.0%以下である請求項3記載の分散体。
【請求項5】
モリブデン酸塩とアルカリ金属塩の混合水溶液を調製する工程と、
前記混合水溶液に酸及び還元剤を添加することにより水中でアルカリ金属元素を酸化モリブデン結晶構造中に侵入させて複合化する還元を行って析出物を析出させる工程と、
この析出物を水洗し濾過し乾燥する工程と、
前記乾燥した析出物を窒素雰囲気中で450〜650℃の温度で焼成することにより請求項1又は2に記載のモリブデン系低次酸化物粒子を得る工程と
を含むモリブデン系低次酸化物粒子の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、可視光線を透過しかつ近赤外線を吸収する特性を有するモリブデン系低次酸化物粒子と、この粒子を用いた分散体と、上記モリブデン系低次酸化物粒子を製造する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、赤外線遮蔽材料微粒子が媒体中に分散してなる赤外線遮蔽材料微粒子分散体であって、赤外線遮蔽材料微粒子は、一般式:MXY(1-Y)3で表記される複合酸化物微粒子を含有する赤外線遮蔽材料微粒子分散体が開示されている(例えば、特許文献1参照。)。この赤外線遮蔽材料微粒子分散体では、上記一般式中のM元素はアルカリ金属のうちから選択される1種類以上の元素であり、A元素はMo、Nb、Taのうちから選択される1種類以上の元素である。また、上記一般式中のWはタングステンであり、Oは酸素である。更に、Xは0.33≦X≦0.8を満たし、Yは0.05≦Y≦1を満たす。
【0003】
このように構成された赤外線遮蔽材料微粒子分散体では、赤外線遮蔽材料微粒子が、一般式:MXY(1-Y)3で表記される複合酸化物微粒子を含有しているので、複合酸化物中の自由電子量が増加し、スパッタリング法、蒸着法、イオンプレーティング法及び化学気相法(CVD法)などの真空成膜法等の乾式法で作製した膜や、スプレー法で作製した膜と比較しても、太陽光線、特に近赤外線領域の光をより効率良く吸収して遮蔽し、同時に可視光領域の透過率を保持できる。
【0004】
例えば、目的組成のK0.33MoO3となるように、原料K2CO3と、MoO3・H2Oとを乳鉢で混合し、この混合物を水素:窒素=3:7(体積比)の雰囲気(フロー)で550℃で1時間還元し、その後、N2雰囲気で800℃で1時間熱処理して、K0.33MoO3の粒子を得る。そして、この粒子を分散し成膜して赤外線遮蔽膜を得る。この赤外線遮蔽膜は、透明性が極めて高く内部の状況が外部からもはっきり確認でき、また透過色調は、美しい青色になる。また、上記赤外線遮蔽膜では、波長400nm〜700nmの領域における可視光線の透過率及び透過率ピークはそれぞれ78.6%及び79.1%であり、可視光線領域の光を十分に透過している。更に、上記赤外線遮蔽膜では、波長700nm〜2600nmの領域の赤外線領域の透過率ボトムが11.7%と低く、日射透過率が45.1%と低いため、近赤外線遮蔽性能が高くなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4904714号公報(請求項1、段落[0035]、[0074]、[0085])
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記従来の特許文献1に示された赤外線遮蔽材料微粒子分散体では、波長400nm〜700nmの領域における可視光線の透過率を%Tvとし、日射透過率を%Tsとするとき、(%Tv)/(%Ts)の比が78.6/45.1、即ち1.74と未だ小さく、近赤外線の遮蔽性能(吸収性能)が未だ低い不具合があった。これは、赤外線遮蔽材料微粒子分散体中の微粒子の組成比:K0.33MoO3のO(酸素)の価数が3に固定されているため、即ち酸化モリブデン(VI)(MoO3)が酸化された状態であり、自由電子が乏しいため、近赤外線の吸収性能を期待できないことに起因する。
【0007】
本発明の目的は、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能を向上できるとともに、可視光線の高い透過性を確保できる、モリブデン系低次酸化物粒子及びこれを用いた分散体並びにモリブデン系低次酸化物粒子の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の観点は、一般式:XaMoObで示されるモリブデン系低次酸化物粒子からなり、上記一般式中のXがアルカリ金属元素であり、aが0.27≦a≦0.37を満たし、かつbが2.62≦b≦2.85を満たす、モリブデン系低次酸化物粒子である。
【0009】
本発明の第2の観点は、第1の観点に基づく発明であって、更にアルカリ金属元素が、カリウム、ナトリウム、セシウム又はルビジウムのいずれか1種の元素であることを特徴とする。
【0010】
本発明の第3の観点は、第1又は第2の観点に記載のモリブデン系低次酸化物粒子が分散媒に分散され、波長380nm〜780nmの可視光線透過率(%Tv)が70%以上であり、波長300nm〜2600nmの日射透過率(%Ts)が50%以下であり、かつ(%Tv)/(%Ts)の比が1.8以上であり、更に波長380nm〜780nmの可視光線領域における透過率の最大値(%Vr)が75%以上であり、かつ波長780nm〜2600nmの赤外線領域における透過率の最小値(%Ir)が10%以下である分散体である。
【0011】
本発明の第4の観点は、第3の観点に基づく発明であって、更にヘーズが1.0%以下であることを特徴とする。
【0012】
本発明の第5の観点は、モリブデン酸塩とアルカリ金属塩の混合水溶液を調製する工程と、この混合水溶液に酸及び還元剤を添加することにより水中でアルカリ金属元素を酸化モリブデン結晶構造中に侵入させて複合化する還元を行って析出物を析出させる工程とこの、析出物を水洗し濾過し乾燥する工程と、この乾燥した析出物を窒素雰囲気中で450〜650℃の温度で焼成することにより本発明の第1又は第2の観点のモリブデン系低次酸化物粒子を得る工程とを含むモリブデン系低次酸化物粒子の製造方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の第1の観点のモリブデン系低次酸化物粒子では、一般式:XaMoObで示されるモリブデン系低次酸化物粒子からなり、上記一般式中のXがアルカリ金属元素であり、aが0.27≦a≦0.37を満たし、かつbが2.62≦b≦2.85を満たすモリブデン系低次酸化物粒子であるので、このモリブデン系低次酸化物粒子を用いた分散体又はこの分散体を塗布して形成された膜の赤外線(特に近赤外線)の吸収性能を向上できるとともに、可視光線の高い透過性を確保できる。即ち、一般式:XaMoObのbが2.62≦b≦2.85を満たすと、モリブデン系低次酸化物粒子中に5価と6価の酸化モリブデン構造体が構築されることにより、自由電子が発生するため、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が向上し、可視光線の高い透過性を確保できる。
【0014】
本発明の第2の観点のモリブデン系低次酸化物粒子では、アルカリ金属元素が、カリウム、ナトリウム、セシウム又はルビジウムのいずれか1種の元素であるので、酸化モリブデン構造体の一部を6価から5価に還元した状態を安定に維持することが可能になる。
【0015】
本発明の第3の観点のモリブデン系低次酸化物粒子を用いた分散体では、波長380nm〜780nmの可視光線透過率(%Tv)が70%以上であり、波長380nm〜780nmの可視光線領域における透過率の最大値(%Vr)が75%以上であるので、可視光線領域の光を十分に透過できる。また、波長300nm〜2600nmの日射透過率(%Ts)が50%以下であり、波長780nm〜2600nmの赤外線領域における透過率の最小値(%Ir)が10%以下であり、(%Tv)/(%Ts)の比が1.8以上であるので、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が高くなる。
【0016】
本発明の第4の観点のモリブデン系低次酸化物粒子を用いた分散体では、ヘーズが1.0%以下であるので、可視光線の高い透過性を確保することができる。
【0017】
本発明の第5の観点のモリブデン系低次酸化物粒子の製造方法では、モリブデン酸塩とアルカリ金属塩の混合水溶液を調製し、この混合水溶液に酸及び還元剤を添加することにより水中でアルカリ金属元素を酸化モリブデン結晶構造中に侵入させて複合化させる還元を行って析出物を析出させ、この析出物を水洗し濾過し乾燥し、更にこの乾燥した析出物を窒素雰囲気中で450〜650℃の温度で焼成することにより本発明の第1の観点のモリブデン系低次酸化物粒子を得たので、このモリブデン系低次酸化物粒子を用いた分散体又はこの分散体を塗布して形成された膜は、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が高く、かつ可視光線の高い透過性を確保できる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
次に本発明を実施するための形態を説明する。この実施の形態のモリブデン系低次酸化物粒子の組成比は、一般式:XaMoObで示される。この一般式中のXはアルカリ金属元素である。このため、モリブデン系低次酸化物粒子は、酸化モリブデンの結晶構造中にアルカリ金属元素が侵入して複合化した構造を呈する。また、一般式中のaは0.27≦a≦0.37を満たし、かつbは2.62≦b≦2.85を満たす。ここで、一般式中のaを0.27≦a≦0.37の範囲内に限定したのは、0.27未満では酸化モリブデンの結晶構造中に侵入するアルカリ金属元素が乏しく、酸化モリブデンから電子を引抜く元素が不十分であるため、酸化モリブデンの還元が不十分になり、良好な赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が得られず、0.37を超えると酸化モリブデンの結晶構造中に全てのアルカリ金属元素が侵入できずに余り、この余ったアルカリ金属元素の化合物が不純物として混在することにより、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が低下するからである。また、一般式中のbを2.62≦b≦2.85の範囲内に限定したのは、2.62未満では酸化モリブデン(IV)(MoO2)が多く存在するため、可視光線透過率が大幅に下がって、透明性が著しく低下する、即ち酸化モリブデン(IV)(MoO2)は黒色の粒子であり、光の吸収帯が可視光線領域まで及ぶため、酸化モリブデン(IV)(MoO2)が多く存在すると、著しく透明性が損なわれるからであり、2.85を超えると酸化モリブデンの還元性が弱く、赤外線吸収性能が著しく低下する、即ち酸化モリブデン(VI)(MoO3)が酸化された状態では自由電子が乏しいため、赤外線吸収性能を期待できないからである。
【0019】
このように構成されたモリブデン系低次酸化物粒子を分散媒に分散することにより、分散体が調製される。分散媒は、高分子分散剤と溶剤とを含む。高分子分散剤としては、ソルスパース20000(アビシア社製)、ソルスパース41000(アビシア社製)、ニューフロンティアS510(第一工業製薬社製)、ハイテノールLA-12(第一工業製薬社製)等が挙げられ、溶剤としては、イソプロパノール、エタノール、トルエン、メチルイソブチルケトン、メチルエチルケトン等が挙げられる。上記分散体は、波長380nm〜780nmの可視光線透過率(%Tv)が70%以上、好ましくは75%以上であり、波長300nm〜2600nmの日射透過率(%Ts)が50%以下、好ましくは40%以下であり、かつ(%Tv)/(%Ts)の比が1.8以上、好ましくは2.0以上である。また、上記分散体は、波長380nm〜780nmの可視光線領域における透過率の最大値(%Vr)が75%以上、好ましくは80%以上であり、かつ波長780nm〜2600nmの赤外線領域における透過率の最小値(%Ir)が10%以下、好ましくは5%以下である。更に、ヘーズは1.0%以下、好ましくは0.6%以下である。ここで、(%Tv)、(%Ts)、(%Tv)/(%Ts)の比、(%Vr)及び(%Ir)を上記範囲にそれぞれ限定したのは、分散体又はこの分散体を塗布して形成された膜の赤外線(特に近赤外線)の吸収性能を向上して遮熱効果を高め、可視光線の高い透過性を確保して十分な透明性を得るためである。また、ヘーズ(曇り度)を1.0%以下に限定したのは、可視光線の高い透過性を確保して十分な透明性を得るためである。
【0020】
このモリブデン系低次酸化物粒子を用いた分散体又はこの分散体を塗布して形成された膜では、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能を向上できるとともに、可視光線の高い透過性を確保できる。即ち、一般式:XaMoObのbが2.62≦b≦2.85を満たすと、モリブデン系低次酸化物粒子中に5価と6価の酸化モリブデン構造体が構築されることにより、自由電子が発生するため、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が向上し、可視光線の高い透過性を確保できる。
【0021】
一方、上記モリブデン系低次酸化物粒子を製造する方法を説明する。先ず、モリブデン酸塩とアルカリ金属塩の混合水溶液を調製する。ここで、モリブデン酸塩としては、モリブデン酸、モリブデン酸アンモニウム等が挙げられ、アルカリ金属塩としては、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸セシウム、炭酸ルビジウム等が挙げられる。モリブデン酸塩としてモリブデン酸を用いた場合、イオン交換水にモリブデン酸を加え、更にアンモニア水を添加することにより、モリブデン酸を溶解して第1の溶液を調製することが好ましく、この第1の溶液のpHは7〜9であることが好ましい。また、アルカリ金属塩として水酸化カリウムを用いた場合、上記第1の溶液に水酸化カリウムを加え溶解させて混合水溶液である第2の溶液を調製することが好ましい。
【0022】
次いで、混合水溶液(第2の溶液)に酸及び還元剤を添加することにより水中でアルカリ金属元素を酸化モリブデン結晶構造中に侵入させて複合化させる還元を行って析出物を析出させる。ここで、酸としては、硝酸、塩酸、酢酸等が挙げられ、還元剤としては、水素化ホウ素ナトリウム、ヒドラジン、ギ酸、シュウ酸等が挙げられる。酸として硝酸を用いた場合、第2の溶液を撹拌しながら第2の溶液に硝酸を徐々に添加して、pHが1.5〜3.5に調整された第3の溶液を調製することが好ましい。また、還元剤として水素化ホウ素ナトリウムを用いた場合、上記第3の溶液に、水素化ホウ素ナトリウムをイオン交換水に溶解した水溶液を添加して第4の溶液を調製し、この第4の溶液を撹拌することにより、アルカリ金属元素が酸化モリブデン結晶構造中に侵入して複合化された析出物が得られる。なお、上記還元剤は、酸化モリブデンの価数を変化させる機能、即ち通常6価の酸化モリブデンの一部を5価に変え、酸化モリブデンを5価及び6価の混合原子価化合物とすることで自由電子を生み出す機能を有する。また、酸は、酸化モリブデンを縮合させる機能を有する。そして、酸及び還元剤を添加した混合水溶液を撹拌することにより、粒子(酸化モリブデン結晶構造中にアルカリ金属元素が侵入して複合化した化合物)が成長して析出物が析出する。
【0023】
次に、上記析出物を水洗し濾過し乾燥する。具体的には、上記析出物を、イオン交換水で洗浄して副生成塩等の不純物を除去し、固液分離した後に乾燥することにより、乾燥粒子が得られる。更に、この乾燥粒子を窒素雰囲気中で450〜650℃、好ましくは500〜600℃の温度で焼成する。これにより、一般式:XaMoObで示され、この一般式中のXがアルカリ金属元素であり、一般式中のaが0.27≦a≦0.37を満たし、かつbが2.62≦b≦2.85を満たすモリブデン系低次酸化物粒子が得られる。焼成時間は30分〜2時間であることが好ましい。ここで、乾燥粒子の焼成温度を450〜650℃の範囲内に限定したのは、450℃未満では粒子の結晶化が不十分になり、良好な赤外線吸収性能が得られず、650℃を超えると焼結が促進されることで粒子が粗大になり、可視光線透過率が低くなって透明性が損なわれ、更に酸化モリブデンが昇華してしまうからである。また、乾燥粒子の好ましい焼成時間を30分〜2時間の範囲内に限定したのは、30分未満では粒子の結晶化が不十分であり、2時間を超えると焼結が促進され、得られる粒子が粗大化してしまうからである。
【実施例】
【0024】
次に本発明の実施例を比較例とともに詳しく説明する。
【0025】
<実施例1>
先ず、35℃のイオン交換水350ミリリットルに、一般式:XaMoObのMoの原料として80%のモリブデン酸30gを加え、アンモニア水を添加することにより、モリブデン酸を溶解して第1の溶液を調製した。ここで、80%のモリブデン酸とは、MoO3換算で、80%のモリブデン酸になることを意味する。この第1の溶液のpHは8.5であった。次いで、上記第1の溶液を35℃に維持した状態で、第1の溶液に、一般式:XaMoObのXの原料として85%水酸化カリウム11gを加え溶解させて第2の溶液を調製した後に、この第2の溶液を撹拌しながら第2の溶液に60%の硝酸を、pHが2.0になるまで約10分かけて徐々に添加して第3の溶液を調製した。上記85%水酸化カリウムは、KOHの含有率が85%である水和物(KOH・nH2O)である。このときの第3の溶液は僅かに黄色味がかった透明であった。次に、上記第3の溶液に、還元剤として水素化ホウ素ナトリウム0.3gをイオン交換水5ミリリットルに溶解した水溶液を添加して第4の溶液を調製した。この第4の溶液は濃青色を呈した。その後、第4の溶液を35℃で30分間撹拌することにより濃青色の析出物を得た。この析出物を、イオン交換水で洗浄して副生成塩等の不純物を除去し、固液分離した後に105℃で乾燥することにより、青色の乾燥粒子を得た。この青色の乾燥粒子を窒素雰囲気中で600℃に2時間保持して焼成することにより、青黒色のモリブデン系低次酸化物粒子を得た。このモリブデン系低次酸化物粒子を蛍光X線分析装置(パーキンエルマー社製:Optima−4300DV)で組成比率を分析したところ、K0.34Mo02.73で構成されたカリウムモリブデン酸化物であった。更に、上記モリブデン系低次酸化物粒子1.20g(10質量%)と、分散媒の高分子分散剤としてソルスパース20000を0.12g(1質量%)と、分散媒の溶剤としてイソプロパノールを10.68g(89質量%)とを50ミリリットルのガラス瓶に入れ、直径0.3mmのジルコニアビーズ50gを用いてペイントシェーカにて24時間分散した。これにより透明性の高い鮮やかな青色の分散体を得た。この分散体を実施例1とした。
【0026】
<実施例2〜14及び比較例1〜8>
実施例2〜14及び比較例1〜8の分散体に分散されるモリブデン系低次酸化物粒子は、実施例1のモリブデン系低次酸化物粒子を作製するための原料や条件等と、次の表1及び表2に示す項目(一般式:XaMoObのXの原料の種類及び添加量、第3の溶液のpH、水素化ホウ素ナトリウムの添加量、焼成温度)の一部を変更してそれぞれ作製した。なお、表1及び表2に示した項目以外の原料や条件等を、実施例1の原料や条件等と同一にしてモリブデン系低次酸化物粒子をそれぞれ得た。そして、これらのモリブデン系低次酸化物粒子を用い、実施例1と同様にして、分散体をそれぞれ調製した。これらの分散体を実施例2〜14及び比較例1〜8とした。なお、表1及び表2には、モリブデン系低次酸化物粒子の組成比及び色も示した。また、実施例2及び8の一般式:XaMoObのXの原料の種類に記載した『NaOH』は95%水酸化ナトリウムであった。この95%水酸化ナトリウムは、NaOHの含有率が95%である水和物(NaOH・nH2O)である。更に、比較例3のモリブデン系低次酸化物粒子は分散媒に分散できなかった。
【0027】
【表1】
【0028】
【表2】
【0029】
<比較試験1>
実施例1〜14、比較例1、比較例2及び比較例4〜8の分散体をイソプロパノールで粒子の濃度が0.17%になるまで希釈し、希釈分散体を調製した。この希釈した分散体を光路長1mmのガラスセルに入れ、分光光度計(日立ハイテク社製:UH4150)を用い、JIS規格(JIS R 3216-1998)に従って、波長380nm〜780nmの可視光線透過率(%Tv)と、波長300nm〜2600nmの日射透過率(%Ts)とをそれぞれ測定するとともに、波長380nm〜780nmの可視光線領域における透過率の最大値(%Vr)と、波長780nm〜2600nmの赤外線領域における透過率の最小値(%Ir)とをそれぞれ測定した。また、(%Tv)/(%Ts)の比を算出した。更に、上記希釈分散体を、光路長1mmのガラスセルに入れ、ヘーズコンピュータ(スガ試験機社製:HZ-2)を用い、JIS規格(JIS K 7136)に従って、ヘーズを測定した。ここで、上記希釈分散体を入れたガラスセルのヘーズは0.10%であった。これらの結果をモリブデン系低次酸化物粒子の組成比とともに表3及び表4に示す。なお、表4の比較例3にデータが記載されていないのは、比較例3のモリブデン系低次酸化物粒子を分散媒に分散できず、分散体が得られなかったためである。また、表3及び表4中のヘーズは、ガラスセルのヘーズ0.10%を差し引いた希釈分散体のみのヘーズである。
【0030】
【表3】
【0031】
【表4】
【0032】
<評価>
表1〜表4から明らかなように、モリブデン系低次酸化物粒子を示す一般式:XaMoObのbが2.17と適正範囲(2.62≦b≦2.85)より小さい比較例2では、波長380nm〜780nmの可視光線透過率(%Tv)が37.87%と適正範囲(70%以上)より小さくなり、波長380nm〜780nmの可視光線領域における透過率の最大値(%Vr)が40.08%と適正範囲(75%以上)より小さくなったため、可視光線領域の光を十分に透過できず、また波長300nm〜2600nmの日射透過率(%Ts)が21.99%と適正範囲(50%以下)内であり、波長780nm〜2600nmの赤外線領域における透過率の最小値(%Ir)が9.55%と適正範囲(10%以下)内であったけれども、(%Tv)/(%Ts)の比が1.72と適正範囲(1.8以上)より小さくなったため、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が低く、更にヘーズが4.58%と適正範囲(1.0%以下)より大きくなったため、可視光線の透過性が低下した。
【0033】
また、モリブデン系低次酸化物粒子を示す一般式:XaMoObのbが2.88〜2.98と適正範囲(2.62≦b≦2.85)より大きい比較例1及び4〜6では、波長380nm〜780nmの可視光線透過率(%Tv)が47.16%(比較例6)と適正範囲(70%以上)より小さいものがあり、波長380nm〜780nmの可視光線領域における透過率の最大値(%Vr)が52.12%(比較例6)と適正範囲(75%以上)より小さくなったため、可視光線領域の光を十分に透過できないものがあり、また波長300nm〜2600nmの日射透過率(%Ts)が51.74%(比較例5)と適正範囲(50%以下)より大きいものがあり、波長780nm〜2600nmの赤外線領域における透過率の最小値(%Ir)が11.54〜36.11%と適正範囲(10%以下)より全て大きくなり、(%Tv)/(%Ts)の比が1.03〜1.70と適正範囲(1.8以上)より全て小さくなったため、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が殆ど全て低くなり、更にヘーズが4.58%及び3.93%と適正範囲(1.0%以下)より大きかったため、可視光線の透過性が低下したものがあった。
【0034】
これらに対し、モリブデン系低次酸化物粒子を示す一般式:XaMoObのbが2.62〜2.84と適正範囲(2.62≦b≦2.85)内にある実施例1〜12では、波長380nm〜780nmの可視光線透過率(%Tv)が70.08〜85.75%と適正範囲(70%以上)内であり、波長380nm〜780nmの可視光線領域における透過率の最大値(%Vr)が77.58〜87.03%と適正範囲(75%以上)内であったため、可視光線領域の光を十分に透過でき、また波長300nm〜2600nmの日射透過率(%Ts)が33.54〜46.84%と適正範囲(50%以下)内であり、波長780nm〜2600nmの赤外線領域における透過率の最小値(%Ir)が2.60〜7.95%と適正範囲(10%以下)内であり、(%Tv)/(%Ts)の比が1.80〜2.09と適正範囲(1.8以上)内であったため、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が向上し、更にヘーズが0.40〜0.92%と適正範囲(1.0%以下)内であったため、可視光線の高い透過性を確保できた。
【0035】
一方、焼成温度が700℃と適正範囲(450〜650℃)より高い比較例3では、モリブデン系低次酸化物粒子を分散媒に分散できなかったため、分散体が得られず、また焼成温度が350℃と適正範囲(450〜650℃)より低い比較例4では、波長380nm〜780nmの可視光線透過率(%Tv)が74.32%と適正範囲(70%以上)内であり、波長380nm〜780nmの可視光線領域における透過率の最大値(%Vr)が75.34%と適正範囲(75%以上)内であったため、可視光線領域の光を十分に透過でき、またヘーズが0.43%と適正範囲(1.0%以下)内であったため、可視光線の高い透過性を確保できたけれども、波長300nm〜2600nmの日射透過率(%Ts)が43.83%と適正範囲(50%以下)内であり、波長780nm〜2600nmの赤外線領域における透過率の最小値(%Ir)が11.54%と適正範囲(10%以下)より大きくなり、(%Tv)/(%Ts)の比が1.70と適正範囲(1.8以上)より小さくなったため、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が低くなった。
【0036】
これらに対し、焼成温度が450℃及び650℃と適正範囲(450〜650℃)内の下限値及び上限値である実施例11及び12では、波長380nm〜780nmの可視光線透過率(%Tv)が85.75%及び70.11%と適正範囲(70%以上)内であり、波長380nm〜780nmの可視光線領域における透過率の最大値(%Vr)が87.03%及び78.21%と適正範囲(75%以上)内であったため、可視光線領域の光を十分に透過でき、またヘーズが0.44%及び0.90%と適正範囲(1.0%以下)内であったため、可視光線の高い透過性を確保でき、更に波長300nm〜2600nmの日射透過率(%Ts)が46.84%及び35.39%と適正範囲(50%以下)内であり、波長780nm〜2600nmの赤外線領域における透過率の最小値(%Ir)が7.83%及び3.58%と適正範囲(10%以下)内であり、(%Tv)/(%Ts)の比が1.83及び1.98と適正範囲(1.8以上)内であったため、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が向上した。
【0037】
一方、表1〜表4から明らかなように、モリブデン系低次酸化物粒子を示す一般式:XaMoObのうち、XがCsであり、bが2.99と適正範囲(2.62≦b≦2.85)より大きい比較例7では、波長380nm〜780nmの可視光線透過率(%Tv)が49.56%と適正範囲(70%以上)より小さくなり、波長380nm〜780nmの可視光線領域における透過率の最大値(%Vr)が60.17%と適正範囲(75%以上)より小さくなったため、可視光線領域の光を十分に透過できず、また波長300nm〜2600nmの日射透過率(%Ts)が42.33%と適正範囲(50%以下)内にあったけれども、波長780nm〜2600nmの赤外線領域における透過率の最小値(%Ir)が34.34%と適正範囲(10%以下)より大きくなり、(%Tv)/(%Ts)の比が1.17と適正範囲(1.8以上)より小さくなったため、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が低くなり、更にヘーズが1.23%と適正範囲(1.0%以下)より大きくなったため、可視光線の透過性が低下した。
【0038】
これに対し、モリブデン系低次酸化物粒子を示す一般式:XaMoObのうち、XがCsであり、bが2.80と適正範囲(2.62≦b≦2.85)内にあった実施例13では、波長380nm〜780nmの可視光線透過率(%Tv)が79.52%と適正範囲(70%以上)内にあり、波長380nm〜780nmの可視光線領域における透過率の最大値(%Vr)が82.89%と適正範囲(75%以上)内にあったため、可視光線領域の光を十分に透過でき、また波長300nm〜2600nmの日射透過率(%Ts)が41.22%と適正範囲(50%以下)内であり、波長780nm〜2600nmの赤外線領域における透過率の最小値(%Ir)が7.03%と適正範囲(10%以下)内にあり、(%Tv)/(%Ts)の比が1.93と適正範囲(1.8以上)内にあったため、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が向上し、更にヘーズが0.88%と適正範囲(1.0%以下)内にあったため、可視光線の透過性が向上した。
【0039】
一方、表1〜表4から明らかなように、モリブデン系低次酸化物粒子を示す一般式:XaMoObのうち、XがRbであり、bが2.98と適正範囲(2.62≦b≦2.85)より大きい比較例8では、波長380nm〜780nmの可視光線透過率(%Tv)が54.38%と適正範囲(70%以上)より小さくなり、波長380nm〜780nmの可視光線領域における透過率の最大値(%Vr)が60.42%と適正範囲(75%以上)より小さくなったため、可視光線領域の光を十分に透過できず、また波長300nm〜2600nmの日射透過率(%Ts)が40.94%と適正範囲(50%以下)内にあったけれども、波長780nm〜2600nmの赤外線領域における透過率の最小値(%Ir)が30.56%と適正範囲(10%以下)より大きくなり、(%Tv)/(%Ts)の比が1.33と適正範囲(1.8以上)より小さくなったため、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が低くなり、更にヘーズが1.43%と適正範囲(1.0%以下)より大きくなったため、可視光線の透過性が低下した。
【0040】
これに対し、モリブデン系低次酸化物粒子を示す一般式:XaMoObのうち、XがRbであり、bが2.85と適正範囲(2.62≦b≦2.85)内にあった実施例14では、波長380nm〜780nmの可視光線透過率(%Tv)が79.88%と適正範囲(70%以上)内にあり、波長380nm〜780nmの可視光線領域における透過率の最大値(%Vr)が81.55%と適正範囲(75%以上)内にあったため、可視光線領域の光を十分に透過でき、また波長300nm〜2600nmの日射透過率(%Ts)が39.43%と適正範囲(50%以下)内であり、波長780nm〜2600nmの赤外線領域における透過率の最小値(%Ir)が9.41%と適正範囲(10%以下)内にあり、(%Tv)/(%Ts)の比が2.02と適正範囲(1.8以上)内にあったため、赤外線(特に近赤外線)の吸収性能が向上し、更にヘーズが0.85%と適正範囲(1.0%以下)内にあったため、可視光線の透過性が向上した。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明のモリブデン系低次酸化物粒子を用いた分散体は、建物や車両の窓ガラス等の板材に塗布し乾燥して膜を形成することにより、可視光線を透過しかつ近赤外線を吸収する透明な遮熱材として利用できる。