【課題】水分付着の初期段階であっても速やかな水膜形成を可能にするため、従来よりも高い親水性を有する親水膜付き透光部材、該親水膜付き透光部材の製造方法、および該親水膜付き透光部材を具備する車載カメラを提供する。
【解決手段】本発明に係る親水膜付き透光部材は、透光基材の表面に親水膜が形成された親水膜付き透光部材であって、前記親水膜は、非晶質シリカを母相とし、前記母相の表面領域にヒドロキシアルキレンアミノ基が有機鎖Xを介して結合しており、前記有機鎖Xは、アルキレン鎖またはアルキレンオキシアルキレン鎖であることを特徴とする。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、前述した本発明に係る親水膜付き透光部材(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記ヒドロキシアルキレンアミノ基は、第二級または第三級アミノ基である。
(ii)前記ヒドロキシアルキレンアミノ基は、芳香環を有し、前記芳香環にアミノ基が直接結合している。
(iii)前記親水膜の表面算術平均粗さが、10 nm以下である。
(iv)前記親水膜は、平均粒径が5 nm以上15 nm以下のシリカ粒子を更に含有する。
(v)前記親水膜と前記透光基材との間に、シリカ(酸化珪素)またはアルミナ(酸化アルミニウム)からなる膜が更に形成されている。
(vi)前記親水膜と水との接触角が10°未満である。
(vii)前記親水膜の鉛筆硬度が5H以上である。
【0018】
また、本発明は、前述した本発明に係る親水膜付き透光部材の製造方法(II)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(viii)前記膜硬化反応工程は、前記シリカ構造を有するアルコキシシランと、前記グリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシランとが重合して、前記透光基材上に非晶質シリカ膜を形成するアルコキシラン重合素過程と、
前記グリシジル基と前記アミンのアミノ基とが化合するグリシジル基−アミノ基化合素過程とを含む。
(ix)前記親水膜用塗料は、前記シリカ構造を有するアルコキシシランと前記グリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシランとの混合比率が、両者の合計を100質量部としたときに、前記シリカ構造を有するアルコキシシランを10質量部以上50質量部以下で含有する。
(x)前記親水膜用塗料は、平均粒径が5 nm以上15 nm以下のシリカ粒子を更に含有する。
(xi)前記製造方法は、前記透光基材の表面にシリカ膜またはアルミナ膜を製膜する透光基材準備工程を更に有する。
【0019】
(本発明の基本思想)
前述したように、従来の親水膜は、その親水性の度合いに改善の余地があると考えられた。親水性を向上させるためには、親水膜の表面に、如何にして多くの親水基(例えば、ヒドロキシ基:-OH基)を偏在化させるかが一つのポイントになると考えられる。そこで、本発明者等は、できるだけ多くのヒドロキシ基が膜表面に偏在化する製膜プロセスを鋭意研究した。
【0020】
その研究を通して、本発明者等は、親水膜の母相を形成するための2種類のアルコキシラン(シリカ構造を有するアルコキシシラン、グリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシラン)と、膜に親水基を供給するためのヒドロキシ基を有するアミンと、溶剤としての低級アルコールとを混合した新規な親水膜用塗料を開発した。そして、当該親水膜用塗料を用いて得られた親水膜は、親水性が従来よりも高まる(水との接触角を低減できる)ことが見出された。
【0021】
この理由としては、膜の硬化反応に際し、アルコキシシランに基づく非晶質シリカ膜が形成すると共に、前記グリシジル基と前記アミノ基とが化合することで、グリシジル基の開環に起因するヒドロキシ基と前記アミンのヒドロキシ基とが非晶質シリカ膜の表面に偏在化したためと考えられた。本発明は、当該知見に基づいて完成されたものである。
【0022】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら説明する。ただし、本発明は、ここで取り挙げた実施形態に限定されるものではなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0023】
[親水膜付き透光部材]
図1は、本発明に係る親水膜付き透光部材における親水膜の化学構造例を示した化学構造模式図である。
図2は、本発明に係る親水膜付き透光部材における親水膜の他の化学構造例を示した化学構造模式図である。
図1においては、親水膜用塗料におけるヒドロキシ基を有するアミンとして、ジエタノールアミンを用いた場合を示し、
図2においては、ヒドロキシ基を有するアミンとして、4-アミノベンジルアルコールを用いた場合を示した。
【0024】
図1に示したように、本発明に係る親水膜付き透光部材100は、透光基材10の表面に親水膜20が形成されたものであり、親水膜20は、非晶質シリカ膜21を母相とし、該母相の表面領域にヒドロキシアルキレンアミノ基22が有機鎖X(アルキレン鎖またはアルキレンオキシアルキレン鎖)を介して結合しているものである。同様に、
図2に示した親水膜付き透光部材100’の親水膜20’は、非晶質シリカ膜21を母相とし、該母相の表面領域にヒドロキシアルキレンアミノ基22’が有機鎖Xを介して結合しているものである。
【0025】
図1のヒドロキシアルキレンアミノ基22のヒドロキシ基は、親水膜用塗料成分のジエタノールアミンのヒドロキシ基に加えて、グリシジル基の開環に起因するヒドロキシ基が含まれている。同様に、
図2のヒドロキシアルキレンアミノ基22’のヒドロキシ基は、親水膜用塗料成分の4-アミノベンジルアルコールのヒドロキシ基に加えて、グリシジル基の開環に起因するヒドロキシ基が含まれている。また、グリシジル基の開環に伴って、ヒドロキシアルキレンアミノ基22,22’は、第二級または第三級アミノ基となる。上記反応により、より多くのヒドロキシ基を親水膜20の表面領域に偏在化させることができ、親水膜20の親水性を高めることができる。
【0026】
[親水膜付き透光部材の製造方法]
親水膜付き透光部材の製造方法に沿って、本発明をより詳細に説明する。
【0027】
(透光基材準備工程)
透光基材を用意する。本発明において、透光基材10に特段の限定はなく、従前の材料(例えば、ガラス、樹脂)を利用できる。また、必要に応じて、親水膜を形成する前の透光基材の表面に、他の機能性透光皮膜(例えば、反射防止膜、耐候膜、耐酸膜)を形成してもよい。
【0028】
例えば、透光基材としてイオン結合性の高い材料(例えば、ランタン−ホウ素系ガラス)を用いた場合、大気中の硫黄酸化物や窒素酸化物が溶け込んだ水に長期的に曝されると、その水の一部が親水膜を透過して透光基材を浸食する可能性がある。そのような浸食を防止するためには、透光基材の表面にシリカ膜(酸化ケイ素膜)やアルミナ膜(酸化アルミニウム膜)を製膜することが好ましい。
【0029】
(親水膜用塗料準備工程)
親水膜を形成するための塗料を準備する親水膜用塗料準備工程を行う。本発明で用いる親水膜用塗料は、親水膜の母相を形成するための2種類のアルコキシラン(シリカ構造を有するアルコキシシラン、グリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシラン)と、膜に親水基を供給するためのヒドロキシ基を有するアミンと、溶剤としての低級アルコールとを混合したものである。
【0030】
親水膜用塗料の各成分について具体的に説明する。
【0031】
(1)シリカ構造を有するアルコキシシラン
本発明で用いるシリカ構造を有するアルコキシシランは、慣用名としてシリカゾルと呼ばれる化合物であり、本発明の親水膜の母相(非晶質シリカ膜21)を形成する。この化合物は、例えば、テトラアルコキシシラン構造を有する化合物(例えば、テトラメチルオルソシリケート、テトラエチルオルソシリケート)を弱酸性中で数十分加温し、分子量が数万になるまで重合させることで作製することができる。
【0032】
(2)グリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシラン
本発明で用いるグリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシランは、該グリシジル基が有機鎖Xを介してアルコキシシランと結合している化合物であり、グリシジル基を非晶質シリカ膜21の表面領域に偏在化させるようにしながら上記のシリカ構造を有するアルコキシシランと化合して親水膜の母相の一部を形成する。非晶質シリカ膜21の表面領域に偏在化したグリシジル基は、後述するヒドロキシ基を有するアミンとカップリングする際の継手となる。グリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシランとしては、具体的には、一般式が下記の化合物1〜4で表される化合物を用いることが好ましい。
【0037】
ここで、上記化合物1〜4中のR、R1はアルキル基であり、例えば、メチル基(-CH
3)、エチル基(-C
2H
5)、プロピル基(-C
3H
7)が挙げられる。
【0038】
また、上記化合物1〜4中の有機鎖Xはアルキレン基またはアルキレンオキシアルキレン基であり、溶剤に溶解し易いように、これら基中の炭素数は10以下が好ましい。例えば、メチレン基(-CH
2-)、エチレン基(-C
2H
4-)、プロピレン基(-C
3H
6-)、ブチレン基(-C
4H
8-)、オクタン基(-C
8H
16-)、デカン基(-C
10H
20-)、メチレンオキシメチレン基(-CH
2-O-CH
2-)、エチレンオキシメチレン基(-C
2H
4-O-CH
2-)、プロピレンオキシメチレン基(-C
3H
6-O-CH-)、ブチレンオキシメチレン基(-C
4H
8-O-CH
2-)、プロピレンオキシエチレン基(-C
3H
6-O-C
2H
4-)、プロピレンオキシプロピレン基(-C
3H
6-O-C
3H
6-)が挙げられる。
【0039】
シリカ構造を有するアルコキシシランとグリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシランとの混合比率は、両者の合計を100質量部としたときに、シリカ構造を有するアルコキシシランを10〜50質量部とし、グリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシランを残部(90〜50質量部)とすることが好ましい。より好ましくは、シリカ構造を有するアルコキシシランを25〜45質量部とし、グリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシランを残部(75〜55質量部)とする。
【0040】
シリカ構造を有するアルコキシシランの混合比率が10質量部未満になると、形成される親水膜の硬度が低くなり過ぎて該親水膜の耐擦性・耐久性が不十分になる。なお、親水膜の硬度としては、親水膜の耐擦性・耐久性の観点から鉛筆硬度で2H以上が必要とされている。一方、グリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシランの混合比率が50質量部未満になると、親水性向上の作用効果が十分に得られない。
【0041】
(3)ヒドロキシ基を有するアミン
本発明で用いるヒドロキシ基を有するアミンは、親水膜の表面に親水基を供給・偏在化させるための化合物であり、アミノ基が第一級または第二級のアミノ基であり、ヒドロキシ基を1個以上有する化合物が好ましい。該アミノ基と先のグリシジル基とを化合させることで、グリシジル基の開環に起因するヒドロキシ基と本アミンが有するヒドロキシ基とを親水膜の表面に偏在化させることができる。親水性向上の観点からは、ヒドロキシ基を2個以上有するアミンの方がより好ましい。
【0042】
また、当該アミンは、分子構造中に芳香環を有する場合と有しない場合とがある。分子構造中に芳香環を有するアミン(特に、アミノ基が芳香環に直接結合しているアミン)は、分子構造中に芳香環を有しないアミンよりも疎水性が強いため、親水膜形成時に空気層側(膜表面近傍)に偏在化し易く、硬化反応後の膜の親水性をより向上できる作用効果がある。ただし、分子構造中に芳香環を有するアミンは、膜の硬化反応に際し、分子構造中に芳香環を有しないアミンよりも高い反応温度が必要になる。そのため、親水膜を形成する透光基材が比較的耐熱性の低い材料(例えば、耐熱性の低い樹脂材料)からなる場合には、ヒドロキシ基を有するアミンとして、分子構造中に芳香環を有しないアミンを用いる方が好ましい。
【0043】
分子構造中に芳香環を有さずヒドロキシ基を1個有するアミンとしては、例えば、モノエタノールアミン、2-(2-アミノエトキシ)エタノール、1-アミノ-2-プロパノール、2-アミノ-1-プロパノール、1-アミノ-2-ブタノール、2-アミノ-1-ブタノール、2-アミノシクロヘキサノール、3-アミノシクロヘキサノール、4-アミノシクロヘキサノール、4-アミノシクロヘキサノエタノール、4-アミノ-1-ブタノール、5-アミノ-1-ペンタノール、6-アミノ-1-ヘキサノール、8-アミノ-1-オクタノール、10-アミノ-1-デカノール、12-アミノ-1-ドデカノール、4-(2-アミノエチル)シクロヘキサノールが挙げられる。
【0044】
分子構造中に芳香環を有さずヒドロキシ基を2個有するアミンとしては、例えば、ジエタノールアミン、2-アミノ-1,3-プロパンジオール、3-アミノ-1,2-プロパンジオールが挙げられる。
【0045】
分子構造中に芳香環を有しヒドロキシ基を1個有するアミンとしては、例えば、2-アミノベンジルアルコール、3-アミノベンジルアルコール、4-アミノベンジルアルコール、2-アミノフェノール、3-アミノフェノール、4-アミノフェノール、2-アミノ-4-ブロモフェノール、3-アミノ-4-ブロモフェノール、4-アミノ-2-ブロモフェノール、4-アミノ-3-ブロモフェノール、2-アミノ-3-クレゾール、2-アミノ-4-クレゾール、3-アミノ-2-クレゾール、4-アミノ-2-クレゾール、4-アミノ-3-クレゾール、5-アミノ-2-クレゾール、6-アミノ-3-クレゾール、2-アミノ-4-フルオロフェノール、2-アミノ-5-フルオロフェノール、4-アミノ-2-フルオロフェノール、4-アミノ-3-フルオロフェノール、2’-アミノ-3’-ハイドロキシアセトフェノン、1-アミノ-4-ハイドロキシアントラキノン、2-アミノ-3-ハイドロキシアントラキノン、2-アミノ-3-フェノール、2-アミノ-4-フェノール、2-アミノ-5-フェノール、4-アミノ-2-フェノール、4-アミノ-3-フェノール、2-(2-アミノ-1-フェニル)エタノール、2-(4-アミノ-1-フェニル)エタノール、2-(4-アミノ-1-フェニル)エチルアミン、3-アミノ-3-フェニル-1-プロパノール、2-アニリンエタノール、3-アニリノ-1-プロパノールが挙げられる。
【0046】
また、分子構造中に芳香環を有しヒドロキシ基を2個有するアミンとしては、例えば、5-アミノ-N,N’-ビス(2,3-ジハイドロキシプロピル)イソフタラミド、3-アミノフェニルボロン酸が挙げられる。なお、フェニルボロン酸構造を有するアミンの分子構造中の「-OH」は、厳密な化学的意味でのヒドロキシ基ではないが、本発明においては当該アミンに含めるものとする。
【0047】
上述したように、ヒドロキシ基を有するアミンは、親水膜の表面に親水基を供給・偏在化させるための化合物であることから、親水膜の母相を形成するアルコキシシランに比して、わずかな量の混合でよい。具体的には、グリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシランに対して1/500〜1/100の質量比率で混合することが好ましい。質量混合比率が1/500を下回ると、親水性向上の作用効果が十分に得られない。一方、質量混合比率が1/100を上回っても、作用効果が飽和するため材料コストが無駄になる。
【0048】
(4)溶剤
本発明で用いる溶剤としては、直鎖または分岐鎖の低級アルコール(分子構造中の炭素数が5以下のアルコール)を用いることが好ましい。また、溶剤として用いる低級アルコールは、標準状態(0℃、1 atm)で液体であり、140℃以下の沸点を有するものが好ましい。例えば、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、1-ブタノール、2-ブタノール、2-メチル-1-プロパノール、1-ペンタノール、3-メチル-1-ブタノール、2-メチル-2-ブタノールが挙げられる。
【0049】
これらの低級アルコールは、ケトン類溶剤(例えば、アセトン、2-ブタノン)やエステル類溶剤(例えば、酢酸エチル、酢酸ブチル)やエーテル類溶剤(例えば、ジエチルエーテル)に比して、樹脂(例えば、アクリル樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリカーボネート樹脂)に対する浸食性が低いことから、樹脂透光基材に対しても好適に利用することができる。さらに、沸点が低いことから、塗料塗布後の親水膜硬化時に速やかに揮発除去することができる。なお、アルコール類溶媒の揮発除去を促進することを意図して、少量のケトン類溶剤、エステル類溶剤、エーテル類溶剤を添加・混合してもよい。
【0050】
(5)無機酸化物粒子
本発明で用いる親水膜用塗料において必須の構成材ではないが、親水膜の親水性をより高めるために、化学的に安定な無機酸化物の微粒子を混合することは好ましい。混合する無機酸化物としては、光の透過を阻害しないように、可視光領域で無色透明であり、親水膜や透光基材と同等の屈折率を有するものが好ましい。例えば、シリカ(SiO
2)を好適に用いることができる。
【0051】
混合する無機酸化物粒子の平均粒径としては、5 nm以上15 nm以下が好ましい。平均粒径が15 nm超になると、親水膜の表面平滑性が低下して(表面粗度が大きくなって)入射光の散乱(親水膜の白濁)の要因になる。一方、平均粒径が5 nm未満になると、粒子同士の凝集性が強くなって大きな二次粒子を形成し易くなり、結果として平均粒径が大き過ぎる場合と同様の不具合が生じる。
【0052】
また、親水膜用塗料に対する無機酸化物粒子の混合比率としては、形成される親水膜表面の算術平均粗さRaが10 nm以下となるように調製されることが好ましい。例えば、親水膜用塗料100質量部に対して、無機酸化物粒子を1.2質量部以下で混合することが好ましい。親水膜表面の算術平均粗さRaが10 nm超になると、入射光の散乱要因になる。
【0053】
(親水膜形成工程)
上記で用意した親水膜用塗料を用いて、透光基材10上に親水膜20を形成する親水膜形成工程を行う。親水膜形成工程は、透光基材上に親水膜用塗料を塗布する塗料塗布工程と、塗布した塗膜を加熱して膜の硬化反応を進行させる膜硬化反応工程とを含む。
【0054】
塗料塗布工程において、親水膜用塗料を塗布する方法に特段の限定はなく、従前の方法(例えば、ディップコート法、スプレーコート法、スピンコート法)を用いることができる。
【0055】
膜硬化反応工程は、本発明の親水膜付き透光部材を製造する上で特徴的な部分である。
図3Aは、膜硬化反応工程における膜硬化反応の前期段階の一例を示す化学構造模式図である。
図3Aにおいては、
図1と同様に、親水膜用塗料におけるヒドロキシ基を有するアミンとして、ジエタノールアミンを用いた場合を示した(
図3Bも同様)。
【0056】
塗膜を加熱すると、まず
図3Aに示すように、2種類のアルコキシラン(シリカ構造を有するアルコキシシラン、グリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシラン)が重合して、透光基材10上に非晶質シリカ膜21を形成する(アルコキシラン重合素過程)。このとき、グリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシランとヒドロキシ基を有するアミンとは、透光基材10および非晶質シリカ膜21に比して疎水性であることから、塗膜の空気層側(すなわち、塗膜の表面側)に偏在化し易い。言い換えると、グリシジル基を塗膜の表面領域に偏在化させるようにして非晶質シリカ膜21が形成される。
【0057】
図3Bは、膜硬化反応素工程における膜硬化反応の後期段階の一例を示す化学構造模式図である。
図3Bに示すように、溶媒が揮発して硬化反応が進行すると、塗膜の表面領域に偏在化するグリシジル基とジエタノールアミンのアミノ基とが化合する(グリシジル基−アミノ基化合素過程)。この化合は、グリシジル基を開環させる化学反応となることから、ジエタノールアミンが元から有するヒドロキシ基に加えて、グリシジル基の開環に起因するヒドロキシ基を新たに生成するかたちでヒドロキシアルキレンアミノ基22を形成する。その結果、より多くのヒドロキシ基を親水膜20の表面領域に偏在化させることができ、親水膜20の親水性を高めることができる(
図1参照)。
【0058】
図4は、膜硬化反応素工程における膜硬化反応の後期段階の他の一例を示す化学構造模式図である。
図4においては、
図2と同様に、親水膜用塗料におけるヒドロキシ基を有するアミンとして、4-アミノベンジルアルコールを用いた場合を示した。
【0059】
図4に示すように、塗膜の硬化反応が進行すると、塗膜の表面領域に偏在化するグリシジル基と4-アミノベンジルアルコールのアミノ基とが化合する(グリシジル基−アミノ基化合素過程)。その結果、4-アミノベンジルアルコールが元から有するヒドロキシ基に加えて、グリシジル基の開環に起因するヒドロキシ基を新たに生成するかたちでヒドロキシアルキレンアミノ基22’を形成する。そのため、より多くのヒドロキシ基を親水膜20の表面領域に偏在化させることができ、親水膜20の親水性を高めることができる(
図2参照)。
【0060】
[親水膜付き透光部材を用いた車載カメラ]
図5は、本発明に係る親水膜付き透光部材を具備する車載カメラの一例を示す断面模式図である。
図5に示したように、本発明に係る車載カメラ200は、親水膜付き透光部材100がパッキン31を介してカメラ筐体32に取り付けられている。また、カメラ筐体32の内部には、親水膜付き透光部材100を通して入ってきた画像情報を取り込むように、画像素子33(例えば、CCDイメージセンサ)が配設されており、取り込んだ画像情報は画像処理装置(図示せず)に伝送される。
【0061】
車載カメラ200は、従来よりも高い親水性を有する親水膜付き透光部材100を具備していることから、透光部材表面への水分付着の初期段階であっても速やかな水膜形成を可能にして水滴形成を抑制するため、乱れの無い鮮明な画像を取り込むことができる。すなわち、従来よりも天候状況の影響が少ない車載カメラを提供することができる。
【0062】
なお、本発明者等の研究によると、親水膜付き透光部材100と画像素子33との距離が4 mm程度になると、該距離が3 mmの場合に比して、画像素子33の受光光量が2%程度低下した。一方、親水膜付き透光部材100と画像素子33との距離を3 mmにした場合、該距離が0 mmの場合に比して、画像素子33の受光光量は0.5%程度の低下であった。このような結果から、車載カメラ200において、親水膜付き透光部材100と画像素子33との距離は3 mm以下とすることが好ましい。
【0063】
また、本明細書では、自動車用の車載カメラをイメージして車載カメラ200を説明したが、本発明の車載カメラ200は自動車用に限定されるものではない。例えば、建設機械車両用の車載カメラであってもよいし、鉄道車両用の車載カメラであってもよいし、索道車両用の車載カメラであってもよいし、航空機用の車載カメラであってもよい。
【実施例】
【0064】
次に、実施例および比較例を示しながら本発明を更に具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0065】
[実験1]
(1−1)親水膜用塗料の調製
テトラエトキシシラン(20質量部)をエタノール(980質量部)に溶解し、極微量の硝酸を加え、50℃で1時間加温した。これにより、膜硬化反応後のシリカ濃度で約2質量%となるシリカゾル溶液(1000質量部)を用意した。この溶液が、シリカ構造を有するアルコキシシランを含んだ溶液(溶液aと称す)となる。
【0066】
3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン(2質量部)をエタノール(98質量部)に溶解した。この溶液が、グリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシランの2質量%溶液(溶液bと称す)となる。
【0067】
ジエタノールアミン(2質量部)をエタノール(98質量部)に溶解した。この溶液が、ヒドロキシ基を有するアミンの2質量%溶液(溶液cと称す)となる。
【0068】
上記の溶液a〜cを後述する表1の比率で混合して、親水膜用塗料A〜Hを調製した。
【0069】
(1−2)親水膜付き透光部材の作製および親水膜の評価
透光基材として、アクリル樹脂(PMMA)平板とアクリル樹脂凸レンズとを用意し、それら透光基材上に、親水膜用塗料A〜Hをスピンコート法(2500 rpm、30秒間)により塗布した。その後、塗布した透光基材を80℃で60分間加熱して溶媒揮発と膜硬化反応とを起こさせて親水膜を製膜し、親水膜付き透光部材を作製した。
【0070】
図6は、親水膜用塗料Dを用いて作製した親水膜付き透光部材を示す断面SEM観察像である。
図6に示したように、透光基材上に平滑な親水膜が形成されていることが判る。親水膜表面の算術平均粗さRaを測定したところ、約3 nmであった。
【0071】
得られた親水膜の親水性の評価として、親水膜表面における水との接触角を測定した。また、透光基材としてアクリル樹脂平板を用いた試料に対しては、親水膜の耐擦性・耐久性の評価として、親水膜の鉛筆硬度を測定した。結果を表1に併記する。
【0072】
なお、本実験では、10°未満の接触角を精度よく測定することが困難であったことから、接触角が10°未満の場合は全て「<10°」と表記した。また、親水膜の耐擦性・耐久性は、5Hの鉛筆硬度で十分と言われていることから、5Hの鉛筆硬度に合格した場合は全て「5H≦」と表記した。以降の実験も同様。
【0073】
【表1】
【0074】
表1に示したように、親水膜用塗料A〜Dで形成した親水膜は、水との接触角が10°未満であり、高い親水性を示すことが確認された。また、親水膜用塗料C〜Hで形成した親水膜は、鉛筆硬度が5H以上であり、高い耐擦性・耐久性を有することが判った。すなわち、親水性と耐擦性・耐久性との両方を同時に満足するものは、親水膜用塗料A〜Dで形成した親水膜であることが判った。
【0075】
[実験2]
(2−1)親水膜用塗料の調製
実験1で調製した親水膜用塗料E(100質量部)に対して、後述する表2の比率でシリカ粒子(平均粒径10 nm)を混合して、親水膜用塗料I〜Lを調製した。
【0076】
(2−2)親水膜付き透光部材の作製および親水膜の評価
透光基材として実験1と同じアクリル樹脂平板を用意し、該透光基材上に、親水膜用塗料I〜Lを用いて実験1と同様にして親水膜を製膜し、親水膜付き透光部材を作製した。
【0077】
図7は、親水膜用塗料Jを用いて作製した親水膜付き透光部材を示す断面SEM観察像である。
図7に示したように、透光基材上にシリカ粒子を含む親水膜が形成されていることが判る。親水膜表面の算術平均粗さRaを測定したところ、約9 nmであった。
【0078】
得られた親水膜の親水性の評価として、実験1と同様に、親水膜表面における水との接触角を測定した。また、親水膜の透光性の評価として、親水膜表面の算術平均粗さRaと親水膜付き透光部材における波長400 nmの光の透過率とを測定した。結果を表2に併記する。
【0079】
【表2】
【0080】
表2に示したように、親水膜用塗料I〜Lで形成した親水膜は、水との接触角が10°未満であった。ベースの親水膜用塗料Eと比較すると、水との接触角が25°から10°未満に低減しており、シリカ粒子を混合することにより親水膜の親水性が向上することが確認された。
【0081】
一方、シリカ粒子を混合することにより、親水膜表面の算術平均粗さRaが増大し、光の透過率が低下することが判った。これは、親水膜の表面粗さの増大により入射光が散乱されて光透過率が低下したものと考えられる。
【0082】
透光基材であるアクリル樹脂平板単体の表面算術平均粗さと光透過率とを別途測定したところ、それぞれ約3 nmと92%とであった。アクリル樹脂平板単体の結果と表2の結果とを比較すると、親水性および光透過率の観点から、親水膜表面の算術平均粗さRaが10 nm以下となる範囲でシリカ粒子を混合することが好ましいことが確認された。
【0083】
ここで、実験1〜2の結果を考え合わせると、親水膜用塗料における2種類のアルコキシランの混合比率(シリカ構造を有するアルコキシシランとグリシジル基および有機鎖Xを有するアルコキシシランとの混合比率)は、実験1の「a/(a+b)」で表すと、「10%≦ a/(a+b) ≦50%」が好ましく、「25%≦ a/(a+b) ≦45%」がより好ましいことが確認された。
【0084】
[実験3]
(3−1)親水膜用塗料の調製
ヒドロキシ基を有するアミンとして、4-アミノベンジルアルコール(2質量部)をエタノール(98質量部)に溶解した。この液が、分子構造中に芳香環を有するアミンの2質量%溶液(溶液dと称す)となる。
【0085】
実験1の溶液a〜bおよび上記溶液dを用い、後述する表3の比率で混合して、親水膜用塗料M〜Rを調製した。
【0086】
(3−2)親水膜付き透光部材の作製および親水膜の評価
透光基材として、シリカガラス平板とシリカガラス凸レンズとを用意し、それら透光基材上に、親水膜用塗料M〜Rをスピンコート法(2500 rpm、30秒間)により塗布した。その後、塗布した透光基材を130℃で60分間加熱して溶媒揮発と膜硬化反応とを起こさせて親水膜を製膜し、親水膜付き透光部材を作製した。
【0087】
実験1と同様に、得られた親水膜の親水性の評価として、親水膜表面における水との接触角を測定し、親水膜の耐擦性・耐久性の評価として、親水膜の鉛筆硬度を測定した。結果を表3に併記する。
【0088】
【表3】
【0089】
表3に示したように、親水膜用塗料M〜Pで形成した親水膜は、水との接触角が10°未満であり、高い親水性を示すことが確認された。また、親水膜用塗料O〜Rで形成した親水膜は、鉛筆硬度が5H以上であり、高い耐擦性・耐久性を有することが判った。すなわち、親水性と耐擦性・耐久性との両方を同時に満足するものは、親水膜用塗料M〜Pで形成した親水膜であることが判った。
【0090】
なお、実験3で用いた4-アミノベンジルアルコールは分子構造中に芳香環があるので、実験1で用いたジエタノールアミンに比して疎水性が強いと考えられる。そのため、4-アミノベンジルアルコールは親水膜形成時に空気層側(膜表面近傍)により偏在化し易く、実験3の親水膜は、実験1の親水膜よりも高い親水性を発揮することが期待される。
【0091】
[実験4]
(4−1)透光基材の準備
透光基材としてランタン−ホウ素ガラス凸レンズを用い、該ガラスレンズの表面にシリカ膜(厚さ50 nm)をスパッタ製膜した基材と、ガラスレンズ単体の基材との2種類を用意した。
【0092】
(4−2)親水膜付き透光部材の作製および評価
上記2種類の透光基材上に、実験1で調製した親水膜用塗料Aをスピンコート法(2500 rpm、30秒間)により塗布した。その後、塗布した透光基材を100℃で60分間加熱して溶媒揮発と膜硬化反応とを起こさせて親水膜を製膜し、親水膜付き透光部材を作製した。ガラスレンズ表面にシリカ膜をスパッタ製膜した基材上に親水膜を形成した試料を透光部材Sと称し、ガラスレンズ単体の基材上に親水膜を直接形成した試料を透光部材Tと称する。
【0093】
得られた親水膜付き透光部材(透光部材S、透光部材T)の耐候性の評価として、促進耐候性試験法(JIS B 7753)による試験(通称、SWOM試験)を行い、その後、実験1と同様の接触角測定と、実験2と同様の光透過率測定とを行った。
【0094】
その結果、接触角測定においては、いずれの試料ともSWOM試験の前後で特段の変化がなく、形成した親水膜が実用上十分な耐候性を有していることが確認された。一方、光透過率測定においては、透光部材Sに特段の変化は見られなかったが、透光部材TではSWOM試験後に光透過率が明確に低下した。これは、透光部材Tのガラスレンズ基材がSWOM試験によって浸食されたためと考えられた。言い換えると、透光基材としてイオン結合性の高い材料を用いる場合は、親水膜と透光基材との間にシリカ等からなる耐候膜を形成することが好ましいことが確認された。
【0095】
上述した実施形態・実施例は、本発明の理解を助けるために具体的に説明したものであり、本発明は、説明した全ての構成を備えることに限定されるものではない。例えば、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。さらに、各実施形態の構成の一部について、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。