【実施例1】
【0011】
(動物用位置情報送信機1のアンテナ7)
動物用位置情報送信機1のアンテナ7おいては、小型で堅牢で、動物に付けても、動物が嫌がらず、その行動を制限することなく、しかも、一定の通信距離の確保と、一定期間安定的に使用できる、動物用位置情報送信機の、アンテナとGPSモジュールの実装される筐体の小型化が必要となり、形状や大きさやの検討が重要なテーマである。
本発明では、アンテナ7を長さ15〜25cm(実施例では15cm〜20cmで、筺体内部まで含めると25cm)、外径0.4mm〜5mm使用可能(実施例では外径1.8mmを採用)のTi-Ni系の超弾性形状記憶合金ワイヤとし、通信距離を20km以上確保できることを発明目標として、さらに電源バッテリー部20の容量や筺体の小型化等の実施を行った。
【0012】
本願発明の実施例では、動物のリアルタイム追跡システムを、半年から1年の長期間に渡る運用も可能で動物の行動を妨げない首輪型の小型で堅牢な位置情報送信機を発明した。本発明の実施例でのサル用首輪型送信機1の背面からの概形を
図1に示す。ベルト4(首輪)と、アンテナ7と、筐体10と、図示されない装着固定具により構成されている。動物において、例えば、サルは、非常に手の使い方が器用で、自分の視野に入ったもの、例えば、首に輪をつけられたらこれを壊して取る習性がある。そのために、アンテナ7の素材を従来の金属製から、Ti-Ni系の超弾性形状記憶合金ワイヤ製にして、従来材の弾性歪みの値が最大0.2%程度であったものを、遥かに超えた弾性歪みの値が5〜10%を示す形状の復元性が非常に大きい素材に変更して、動物の視野の外に配置する事により、アンテナの存在を動物が視覚的に認識しアンテナを破壊しようとすることを防ぐ機能を持つ事を特徴とし、また植生に接触する等動物の行動を阻害しないような適切な角度で折り曲げて高温で熱処理を施して形成し、しかも、その長さは15〜25cm(実施例では20cm)と短く、外径0.4mm〜5mm(実施例では外径1.8mmを使用)のアンテナ7を完成した。その結果、例えば、指先の器用なサルが引っ張って変形しても復元性が高いので3%以下の歪みに収まり、形状が容易に変形しない。しかもカラスが嘴で150kg/mm
2の剪断力で噛んでも食い千切ることのできない、Ti-Ni系の超弾性形状記憶合金素材を適用した小型アンテナを備えており、動物に壊されにくい小型で堅牢な動物用位置情報送信機の発明となった。
ところで一説によると、野生動物に適する首輪の重さは、例えば、体重の3〜4%ぐらい、熊は800g〜1kg、サルは250gくらいに抑える必要があると言われている。
【0013】
前記筐体10には、図示しないGPS(Global Positioning System)による約30個の人工衛星が発信する電波の内、3個〜4個の人工衛星からの電波を利用し、緯度・経度・高度などを割り出すことができるGPSモジュール13すなわち、GPS電波受信回路部15と、該GPS電波受信回路部15により受信したデータをスペクトラム拡散通信に必要な拡散コードで拡散変調された電波により送信する送信回路部17と、スペクトラム拡散方式の信号処理を含む電子回路部13aと、電源バッテリー部20とが収納され、取り付けられている。
【0014】
(アンテナの高弾性の形状回復特性)
Ti-Ni系の超弾性形状記憶合金ワイヤを用いた荷重―歪み特性の代表的な例として直径2.3mmの場合を
図2に示す。
図2を参照して、本発明で用いたTi-Ni系の超弾性形状記憶合金ワイヤの基本特性を調べるために、常温下で行った引張試験での荷重―歪み曲線を示す。荷重の増加とともに歪み3%までにはほぼ荷重―歪みの線型的な挙動を示すが、その後は応力誘起マルテンサイト変態によって見かけ上の塑性変形を起こしており、約8%歪み付近で除荷すれば、ほぼ初期の状態まで形状が回復する超弾性効果を示していることが分る。
このことから、本発明で用いたTi-Ni系の超弾性形状記憶合金ワイヤは、従来の金属材と比べて変形に対する極めて高い形状復元性と適度な強度とを有した動物用GPS送信機用アンテナ素材への適用性を確認することができた。
【0015】
(アンテナの小型化)
アンテナ7は形状や大きさにより電力の供給位置である給電点から見たときのインピーダンスが周波数により変化する。また、一般に送信回路側のインピーダンスとも異なることから、給電点に於いてはインピーダンスの不整合が発生している。そのためアンテナ7から放射される電磁波は送信回路から供給される電力の一部であり、利用可能な電力を十分に利用していない。
本発明では、142MHz帯に於いて小型化されたアンテナ7のインピーダンスの周波数特性を電磁界シミュレーションにより把握し、整合回路により電力供給の最適設計を行った後、実際にアンテナ7に適用して特性の改善を測定により確認した。
【0016】
( アンテナ7のインピーダンス特性のシミュレーション)
シミュレーションはモーメント法による解析ソフトであるSONNET Liteを用いて行った。解析したアンテナの形状を
図3に示す。アンテナ7は断面が1mm角で25cmの棒状のモノポールアンテナとしている。シミュレーションでは解析領域を設定する必要があるが、ここでは、大きな矩形のチューブの底面にアンテナが設定されている状態を想定している。
【0017】
次に、アンテナ7のインピーダンスの計算結果を
図4に示す。用いる周波数の142MHzに於いて、
インピーダンスはZin=47.86-j344、反射係数はΓ=0.96 ∠-16.23 である。これよりインピーダンスの不整合があり、対策を行わないとアンテナ7に給電される電力1-Γ2は送信回路の出力の約8%に過ぎないことが分かる。
【0018】
次に、アンテナ7と送信回路の整合回路として、本発明では調整範囲の広いπ型回路を用いた。
また、整合回路の状態を推定するためにシミュレーションソフトMr Smithを用いた。直列のインダクタンスL=422nHを設定した場合の整合状態の様子を
図5に示す。整合状態を表す中心近くに回路側から見たときのインピーダンスが変換されていることが分かる。このときの反射係数は、Γ=0.023 ∠164.1 であり送信回路の出力の99%以上がアンテナ7に供給されることが分かる。
【0019】
実際に作成したアンテナ7のインピーダンスの整合の様子を
図6に示す。アンテナ7単体では、スミスチャートの周辺部分にある特性が、整合回路を設定することで中心近くに移動していることが分かる。ここでは、直列に挿入したインダクタンスは220nHで最適となった。測定環境による影響での特性の違いや実際のインダクタンスは理想的な場合と異なり損失等のあることを考慮するとシミュレーションの結果を反映していると思われる。
【0020】
(電波暗室でのアンテナ7特性の測定)
アンテナ7(1.5mmφの超弾性形状記憶合金ワイヤ、20cm)と整合回路を首輪型送信機に組み込んだときのサル用首輪型送信機1の外観を
図7に、筐体10から取り出した電子回路部13aの部分を
図8に示す。首輪型送信機の試験では整合回路を介してアンテナ7に信号発振器から-20 dBmの信号を供給したときの3m離れた位置での受信電界強度を測定し、基準となるダイポールアンテナの場合と比較したときのアンテナの相対利得、及び試作アンテナ7を1回転させたときの指向性パターンの測定を群馬県立産業技術センターの小型電波暗室で行った。暗室に設定されたときのアンテナの状態を
図9に示す。また、受信電界強度の測定結果を
図10に示す。試作アンテナ7は基準アンテナに対して長さが短くなったために効率が7.6dB=約0.42倍に低下することが分かった。また、整合回路のない33.7dBの低下の場合と比較して大きく改善されることも分かった。
【0021】
次に、サルを模擬して水道水を満たした塩ビパイプで作成した疑似ファントム25にサル用首輪型送信機1を装着して全体を回転させたときの受信電界強度の放射パターンの測定を行った。擬似ファイントム25と測定結果のパターンを
図11及び
図12に示す。電界強度が角度により最大の場合から約20dB=0.1倍 に弱くなる部分が見られるが40度程度の角度範囲であること、他の角度では10dB=0.3倍の範囲にあることが分かった。全体としては全方向に電波が放射されていると言える。
【0022】
(野外での通信距離の測定)
作成された動物用送信機1の通信距離を確認するために、動物用送信機1と該動物用送信機1の信号を受信・解析する受信機を用いて野外での通信実験を行った。市街地郊外の群馬県立産業技術センターから国道50号線沿いに約4.5km離れた地点でも十分に通信が可能であることを確認できた。このときの位置関係を
図13に示す。
すなわち、本発明ではスペクトラム拡散方式の信号処理を含む電子回路部とを備えたことにより、周波数142MHz、放射電力2.5nW〜10mWの超微電力通信が確認された。
【0023】
(筐体10の小型化と堅牢性)
GPS電波受信回路部15と、該GPS電波受信回路部15により受信したデータをスペクトラム拡散通信に必要な拡散コードで拡散変調された電波により送信する送信回路部17と、スペクトラム拡散方式の信号処理を含む電子回路部13aと、電源バッテリー部20とが収納され、ベルト4に取り付けられている送信機の筐体10は、3Dプリンタ(MUTOH製3Dプリンタ)を用いてABS樹脂により作成した。ベルト4及び筐体10は、サルへの装着を考慮して、ベルト4の内径を9cm〜21cmの使用可能長さとし、筐体10の左右長さを4cm〜10cmの使用可能長さとし、(実施例では、
図1に示すように、ベルト4の内径は14.5cmとし、筐体10においては、左右長さ6.3cm、高さ6cm、奥行き3cmとし、概略144cm
3の大きさ)、として設計を行った。
堅牢性は、JIS規格に則って、筺体10の引張試験と圧縮試験、及び電子回路を含めた衝撃試験と振動試験を実施し、後者の試験では実施後に送信機等が正常に動作することを確認した。
【0024】
(引張試験及び圧縮試験)
ABS樹脂で作成された筺体10の強度を把握するために引張試験と圧縮試験を行った。
引張試験では首輪のベルト4に取り付けた筺体10が外れるときの強度が162Nで、筺体10とベルト4とを固定しているねじの部分が破断された。このときの引張の負荷の変化の様子を
図14に示す。
また、圧縮試験では3種類の試料に対し、16kN〜20kNのときに5mm〜8mm程度の変形が発生することが分かった。このときの荷重と変位の様子を
図15に示す。
【0025】
(衝撃試験及び振動試験)
電子回路を含んだサル用首輪型送信機1に衝撃や振動を加えた後、送信機の機能が正常に保たれるか試験を行った。試験条件は一般的な電子機器に対するものを想定し、JIS C60068の環境試験方法(電気・電子)規格に基づいた試験を実施した。
JIS C 60068-2-27 衝撃試験方法(Ea)
JIS C 60068-2-64 広帯域ランダム振動試験方法及び指針(Fh)
何れの試験に於いても、実施後にGPSの受信による測位及び送信機能は正常に動作することが確認された。衝撃試験で50Gの加速度を印加したときの変化の様子を
図16に示す。
【0026】
以上のことから、本発明に係る動物用位置情報送信機1の実施例によれば、本発明では鳥獣被害等の対策に対応するために動物の位置情報をリアルタイムで把握するシステムに用いられる動物用位置情報送信機の発明を行った。動物において、例えば、サルは、非常に手の使い方が器用で、自分の視野に入ったもの、例えば、首に輪をつけられたらこれを壊して取る習性がある。そのために、アンテナ7の素材を従来の金属製から、Ti-Ni系の超弾性形状記憶合金ワイヤ製にして、従来材の弾性歪みの値が最大0.2%程度であったものを、遥かに超えた弾性歪みの値が5〜10%を示す形状の復元性が非常に大きい素材に変更して、そして、首輪(ベルト4)は、サルの首の周囲に巻き付ける形で装着し、そのベルト4に筐体10を取り付けた。そして、その動物用位置情報送信機1の筐体10が、サルの顎の下に位置し、アンテナ7の突設状態を、前記筐体10の右側壁部から鉛直方向に対して約32.5度の立体角度(
図19の背面図参照)とし、そして、サルの首が挿入されるベルト4の中心線に対して約50度の立体角度(
図20の平面図参照)とし、そして、ベルト4の後端面に対して約30度の立体角度(
図18の左側面図参照)となるように整形した。これによりアンテナ7の位置を、動物の視野の外に配置する事により、アンテナの存在を動物が視覚的に認識しアンテナを破壊しようとすることを防ぐ機能を持つ事を特徴とし、また植生に接触する等動物の行動を阻害しないような適切な角度で折り曲げて高温で熱処理を施して形成し、しかも、その長さは15〜25cm(実施例では20cm)と短く、ワイヤの外径1.2mm〜3mm(実施例では外径1.8mmを使用)のアンテナ7を完成した。その結果、例えば、指先の器用なサルが引っ張っても変形は3%以下の歪みに収まり、復元性が非常に大きく、容易に変形せず、しかもカラスが嘴で150kg/mm
2の剪断力で噛んでも食い千切ることのできない、Ti-Ni系の超弾性形状記憶合金素材を適用した小型アンテナを備えており、アンテナ7を素材と形状と取付け位置の三方向から、動物に壊されにくい小型で堅牢な動物用位置情報送信機の発明となった。
本発明では、特にアンテナ7の長さを15〜25cm(実施例では20cm)に小型化でき、筺体10の容積も略144cm
3に小型化できた。首輪に取り付けられた筐体は、内部にGPSモジュールと、スペクトラム拡散方式の信号処理を含む電子回路部13aと、電源バッテリー部とを収納し、堅牢性に対しても一般的な電子機器に要求されるJIS C60068の環境試験方法(電気・電子)規格に基づいた衝撃、振動試験に対して形状も機能も動作上の問題も発生せず正常に動作することが確認できた。また、通信距離も市街地郊外の野外実験で4.5km以上の通信が達成できた。稼働時間は用いたバッテリーの容量から1時間間隔の送信で半年程度である。
【0027】
本願発明に係る出願人の1人は、特許第3639839号の「スペクトラム拡散方式の通信装置、及び、その高速同期確立法」を所有しており、これまでに野生動物の行動を調査研究し、森林原野において種々の実験を手がけてきており、本願発明を完成することに大いに役だった。
【0028】
以上、本発明の実施例を説明したが、本発明の範囲は、これに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変更を加え得ることは勿論である。