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特開2017-148026イネ科植物の細菌性病害の防除剤および防除方法並びに該防除剤をコートした種子
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-148026(P2017-148026A)
(43)【公開日】2017年8月31日
(54)【発明の名称】イネ科植物の細菌性病害の防除剤および防除方法並びに該防除剤をコートした種子
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20170804BHJP
   A01N 63/02 20060101ALI20170804BHJP
   A01N 63/00 20060101ALI20170804BHJP
   A01N 25/00 20060101ALI20170804BHJP
   A01P 3/00 20060101ALI20170804BHJP
   A01C 1/08 20060101ALI20170804BHJP
   C12R 1/01 20060101ALN20170804BHJP
【FI】
   C12N1/20 A
   A01N63/02 P
   A01N63/00 F
   A01N25/00 102
   A01P3/00
   C12N1/20 E
   A01C1/08
   C12N1/20 A
   C12R1:01
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-36250(P2016-36250)
(22)【出願日】2016年2月26日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度国立研究開発法人科学技術振興機構研究成果展開事業 大学発新産業創出プログラム 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】598096991
【氏名又は名称】学校法人東京農業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100122574
【弁理士】
【氏名又は名称】吉永 貴大
(72)【発明者】
【氏名】篠原 弘亮
(72)【発明者】
【氏名】根岸 寛光
(72)【発明者】
【氏名】キム オッキョン
(72)【発明者】
【氏名】粕谷 紗代子
【テーマコード(参考)】
2B051
4B065
4H011
【Fターム(参考)】
2B051AA01
2B051AB01
2B051BA09
2B051BB01
4B065AA01X
4B065AC20
4B065BA22
4B065CA47
4H011AA01
4H011BB21
4H011DA15
4H011DD03
(57)【要約】
【課題】イネ科植物の育苗期に発生する細菌性病害に有効であり、かつ、環境負荷の少ない微生物農薬に関する技術を提供する。
【解決手段】ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株の培養液、菌体懸濁液又は前記培養液の上清液からなる群から選択された少なくとも1種を含み、イネ科植物の細菌病害を防除するための細菌病防除剤、該細菌病防除剤にイネ科植物の種子を付着させる防除処理工程を有するイネ科植物の細菌性病害の防除方法、さらに細菌病防除剤をコートしたイネ科植物の種子により解決する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)。
【請求項2】
ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の培養液、菌体懸濁液又は前記培養液の上清液からなる群から選択された少なくとも1種を含み、イネ科植物の細菌病害を防除するための細菌病防除剤。
【請求項3】
前記細菌性病害が、イネもみ枯細菌病(苗腐敗症)、イネ苗立枯細菌病、イネ褐条病からなる群から選択された少なくとも1種である、請求項2に記載の細菌病防除剤。
【請求項4】
イネ科植物の種子を請求項2又は3に記載の細菌病防除剤に付着させる防除処理工程を有するイネ科植物の細菌性病害の防除方法。
【請求項5】
前記防除処理工程が前記細菌病防除剤に前記種子を浸漬する工程である、請求項4に記載のイネ科植物の細菌性病害の防除方法。
【請求項6】
前記防除処理工程が少なくとも12時間以上実施される、請求項4又は5に記載のイネ科植物の細菌性病害の防除方法。
【請求項7】
ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の培養液、菌体懸濁液又は前記培養液の上清液からなる群から選択された少なくとも1種を含み、イネ科植物の細菌性病害を防除するための細菌病防除剤が前記イネ科植物の種子にコートされた種子。
【請求項8】
前記イネ科植物が、イネ(Oryza sativa)である、請求項7に記載の種子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イネ科植物の細菌性病害の防除に有効な細菌病防除剤およびイネ科植物の細菌性病害の防除方法並びに該防除剤をコートしたイネ科植物の種子に関する。
【背景技術】
【0002】
近代農業では、効率的に食糧を確保するため、いわゆる化学農薬を中心とした病害虫防除技術が発達してきた。しかしながら、化学農薬を長年にわたり過度に使用した結果、生態系の乱れ、残留農薬による食品の安全性、化学農薬を使用する農業者の健康被害、などの問題がクローズアップされ、安心・安全という観点から、毒性や残留性の低い農薬への転換が求められ、そこからさらに減農薬、無農薬への取り組みが求められつつある。
【0003】
こうした流れの中、農薬の使用等による環境負荷の軽減に配慮した環境保全型農業に適合した病害虫防除技術(例えば微生物防除剤)が注目されている。「微生物防除剤」とは、自然界に生息する「病原菌から植物を守る微生物」や「害虫から植物を守る微生物」を活用して作物を病害虫などの被害から守る製剤のことであり、作物、人間や環境に対する負荷が少なく、食の安全・安心確保に大きく貢献するものと期待されている。
【0004】
微生物防除剤に関する技術は、糸状菌を利用した例が多く存在し、例えば、イネの育苗時期に病害を引き起こす病原菌に対して拮抗作用を有するタラロマイセス属(Talaromyces)に属する糸状菌を含有する、イネの育苗時期に発生する病害の防除剤(特許文献1)、各種の植物病害防除に有効で、かつ主要作物に病原性を示さず、一種の微生物による各種の作物病害防除を可能にするフザリウム・オキシスポラム(Fusarium oxysporum)NPF−9901菌株(FERM P−20469)(特許文献2)、ピシウム・オリガンドラムの卵胞子と、防除効果増強物質としてのカルシウム塩とを含む植物病害防除剤およびその製造方法、ならびに、同植物病害防除剤を用いた植物病害防除方法(特許文献3)などが知られている。
【0005】
細菌を利用した微生物防除剤に関する技術としては、病原性を欠失させたエルビニア・カロトボーラ細菌を含む懸濁液中にイネ籾を浸漬した後、土壌中に植え付けるイネ苗立枯細菌病の防除方法(特許文献4)、シュードモナス・エスピー(Pseudomonas sp.) CAB-02を有効成分として含有することを特徴とする、イネ苗の立枯性病害防除剤(特許文献5)などが知られている。
【0006】
また、植物体内に共生して宿主植物に病原性糸状菌、病原性細菌又は病原性ウイルスによる病害に対する耐性を付与する能力を有する細菌を植物に人為的に感染させ、植物における病原性糸状菌、病原性細菌又は病原性ウイルスによる病害を防除する方法において、Herbaspirillum属新規細菌(受託番号NITE BP−193)が、イネいもち病に対する病害抵抗性誘導効果を示すことが開示されている(特許文献6)。
【0007】
さらに、本願発明者らにより、ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)022S4-11株(特許文献7、8)、パントエア アナナティス(Pantoea ananatis)(特許文献9)の培養液、菌体懸濁液及び上清液が、イネもみ枯細菌病(苗腐敗症)、イネ苗立枯細菌病、イネ褐条病に対し優れた細菌病防除効果を示すことが見出されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−31294号公報
【特許文献2】特開2007−82499号公報
【特許文献3】特開2010−143876号公報
【特許文献4】特開平6−87716号公報
【特許文献5】特開平9−124427号公報
【特許文献6】国際公開第2007/100162号
【特許文献7】特開2012−92093号公報
【特許文献8】特開2015−028080号公報
【特許文献9】特開2015−59090号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
イネ科植物の育苗期に発生する細菌性病害として、イネもみ枯細菌病(苗腐敗症)、イネ苗立枯細菌病及びイネ褐条病が問題となっている。イネもみ枯細菌病(苗腐敗症)、イネ苗立枯細菌病及びイネ褐条病は、病原細菌を保菌した種子を播種すると健全苗にも感染して育苗期に苗腐敗症状などを生じ、水田に健全苗を定植できなくなり最終的に収量や品質の低下をもたらす。しかしながら、イネもみ枯細菌病(苗腐敗症)、イネ苗立枯細菌病及びイネ褐条病は発生予測が困難なうえ、いったん発生すると、農薬を用いても細菌の急激な増殖を抑えきれず、十分な効果が得られないことも知られている。
【0010】
これらの病原細菌は好高温性で、被害の発生は1960年代以降の加温育苗の普及とともに増加してきた経緯があり、現在では糸状菌病であるイネばか苗病と並び、育苗期の重要病害となっている。
【0011】
育苗時のこれらの病害の防除は、これまで化学合成農薬を用いた種子消毒が中心であったが、近年では消毒後の廃液処理が問題となるなど、環境への配慮も重視されるようになっている。
【0012】
従って本発明の目的は、イネ科植物の育苗期に発生する細菌性病害に有効であり、かつ、環境負荷の少ない微生物農薬に関する技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らが鋭意検討した結果、新種のハーバスピリラム(Herbaspirillum)属細菌がイネ科植物の育苗期に発生する細菌性病害を効果的に防除するとの知見を得た。本発明はかかる知見に基づきなされたものであり、ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)を提供するものである。
【0014】
また、本発明は、ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の培養液、菌体懸濁液又は前記培養液の上清液からなる群から選択された少なくとも1種を含み、イネ科植物の細菌病害を防除するための細菌病防除剤を提供するものである。
【0015】
また、本発明は、イネ科植物の種子を前記細菌病防除剤に付着させる防除処理工程を有するイネ科植物の細菌性病害の防除方法を提供するものである。
【0016】
また、本発明は、ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の培養液、菌体懸濁液又は前記培養液の上清液からなる群から選択された少なくとも1種を含み、イネ科植物の細菌性病害を防除するための細菌病防除剤を前記イネ科植物の種子にコートした種子を提供するものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明のハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)及びその菌株を利用した細菌病防除剤並びに防除方法によれば、イネ科植物の育苗期における細菌性病害であるイネもみ枯細菌病(苗腐敗症)、イネ苗立枯細菌病及びイネ褐条病等の発病が効果的に抑制されて、極めて高い防除効果が得られる。
【0018】
また、本発明の種子によれば、イネ科植物の細菌性病害の防除に有効な細菌病防除剤をイネ科植物の種子にコートしているため、イネもみ枯細菌病(苗腐敗症)、イネ苗立枯細菌病及びイネ褐条病に対して抵抗力を有し、育苗中の細菌性病害の発病を抑制することができる。また、細菌病防除剤をコートした後は、その後も効果が持続するため、種子のまま流通させることができる。
【0019】
ハーバスピリラム(Herbaspirillum)属細菌は健全なイネ科植物、ナス科植物、ウリ科植物、アブラナ科植物、バラ科植物、土壌および水から分離される細菌であるため、環境を汚染することなく、環境に配慮した環境保全型農業におけるイネ科植物の安定生産に貢献できる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
1.イネ科植物の細菌性病害の防除剤
本発明の実施形態のイネ科植物の細菌性病害の細菌病防除剤は、ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の培養液、菌体懸濁液又は前記培養液の上清液を含む。
【0021】
本実施形態の細菌病防除剤は、イネ科植物の細菌性病害の防除に効果を発揮し、具体的には、イネもみ枯細菌病菌の原因菌であるバークホルデリア・グルメ(Burkholderia glumae)、イネ苗立枯細菌病菌の原因菌であるバークホルデリア・プランタリー(Burkholderia plantarii)およびイネ褐条病の原因菌であるアシドボラックス・アベナエ(Acidovorax avenae)に対して発病抑制効果を発揮する。
【0022】
なお、本実施形態の細菌病防除剤は病原細菌に対して直接的な拮抗能はなく、ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の培養液、菌体懸濁液又は培養液の上清液に含まれる何らかの物質が作用し、発病を抑制するものと推定される。
【0023】
ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の培養液を細菌病防除剤の有効成分として使用する場合は、ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)を細菌用の液体培地(例えばジャガイモ半合成寒天培地など)で所定時間培養した培養液をそのまま又は希釈して或いは濃縮して使用することができる。
【0024】
ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の菌体を細菌病防除剤の有効成分として使用する場合は、ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)を細菌用の液体培地(例えばジャガイモ半合成寒天培地など)で所定時間培養した培養液について遠心分離等を使用して培養液を菌体と上清液に分離し、得られた菌体を水等の溶媒に懸濁した菌体懸濁液を調製して使用することができる。この場合、菌体懸濁液の菌体濃度は、少なくとも106cfu/ml以上であることが好ましく、107cfu/ml以上であることがより好ましく、108cfu/ml以上であることがさらに好ましい。
【0025】
本実施形態において、菌体懸濁液にはハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の破砕物が含まれる。ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の破砕物を細菌病防除剤の有効成分として使用する場合は、ホモジナイザー等を使用して菌体を破砕し、菌体破砕物の懸濁液として使用することができる。破砕前の菌体濃度は、前述した菌体の懸濁液を調製する場合に準ずる。
【0026】
ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の培養液の上清液を細菌病防除剤の有効成分として使用する場合は、ハーバスピリラム(Herbaspirillum)属細菌を細菌用の液体培地(例えばジャガイモ半合成寒天培地など)で所定時間培養した培養液を遠心分離、膜分離、濾過分離等を使用して培養液を菌体と上清液に分離し、得られた上清液をそのまま又は希釈して或いは濃縮して使用することができる。
【0027】
ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)はイネ科植物から分離されるグラム陰性細菌であり、本実施形態においては、少なくとも健全なイネ(葉鞘、品種:コシヒカリ)、サトウキビ疑似赤すじ病の病斑、富栄養湖水、土壌堆積物、オギ(葉)、蒸留水、淡水、イネ(根)のいずれかから分離された少なくとも1種類を使用することもできる。ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)は窒素固定能も有しており、イネ科植物の栽培においてはかかる性質も利用できるため好ましい。
【0028】
本発明者らがハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)とハーバスピリラム(Herbaspirillum)属の既知種との比較を行ったところ、従来既知の菌株とは明らかに区別することができたため、これを新菌株と同定し、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(NITE-IPOD)に寄託した(受領番号NITE AP-2203)。ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の特徴は以下のとおりである。
【0029】
(1)16S rDNAの塩基配列を基にした系統樹および近縁種との相同性
シークエンス解析を行ったハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の16S rDNAの塩基配列(約700bp, AB259359)とインターネット上で公開されているデータベース(GenBank+EMBL+DDBJ+PDB)に登録されているハーバスピリラム(Herbaspirillum)属の既知種および種名未決定のハーバスピリラム(Herbaspirillum)属菌(B501:分離源 野生イネ、BA17:分離源 バナナ)の16S rDNAの塩基配列とを基にCLUSTAL W (1.83)を用いてアライメントを行ったのちNJ法で系統樹を作成した。なお、Out groupには近縁の属であるラルストニア(Ralstonia)属のR.solanacearum を用いた。
【0030】
その結果、ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)は、ハーバスピリラム・ルブリスバルビカンス(Herbaspirillum rubrisubalbicans:サトウキビ疑似赤すじ病菌)と近縁であった。また、先のデータベース(GenBank+EMBL+DDBJ+PDB)を用いたBLASTN(2.2.13) 検索ではハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)とハーバスピリラム・ルブリスバルビカンス(Herbaspirillum rubrisubalbicans)との相同性は98%以上であった。
【0031】
(2)細菌学的性質(API20NE)
細菌検査キットであるAPI20NEを用いて細菌学的性質を検討した結果、ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の細菌学的性質と一致する既知の細菌種は存在しなかった。
【0032】
(3)分類学的位置(同定)
ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)は、16S rDNAの塩基配列を基にした系統解析とその相同性からハーバスピリラム・ルブリスバルビカンス(Herbaspirillum rubrisubalbicans)と近縁であるが、それぞれ独立した関係であることが示唆された。
【0033】
さらに、表現形質である細菌学的性質でもハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)は、農林水産省ジーンバンクに保存されているハーバスピリラム・ルブリスバルビカンス(Herbaspirillum rubrisubalbicans)29菌株とその性質が一致する菌株は存在しなかった。
【0034】
ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)とハーバスピリラム・ルブリスバルビカンス(Herbaspirillum rubrisubalbicans)は16S rDNAの塩基配列において非常に高い相同性を示したが、表現形質においては細菌学的性質が異なること、さらにハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)はサトウキビに病原性がないことから、ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)をハーバスピリラム(Herbaspirillum)属の新種と判断し、ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)と同定した。
【0035】
2.イネ科植物の細菌性病害の防除方法
本実施形態のイネ科植物の細菌性病害の防除方法は、イネ科植物の種子を上述した細菌病防除剤に付着させる防除処理工程を有するものである。
【0036】
イネ科植物の種子を細菌病防除剤に付着させる方法は特に制限はないが、防除処理工程は、より確実に種子に細菌病防除剤を付着させる観点から、細菌病防除剤にイネ科植物の種子を浸漬する工程であることが好ましい。
【0037】
防除処理工程は、少なくとも12時間以上実施することが好ましく、種子が出芽する前であれば、浸種前、浸種中、浸種後(すなわち催芽中)のいずれの時期に実施してもよい。
【0038】
ここで「浸種」とは、催芽を行なう前の処理工程であって、一斉に発芽するように種子に水分を吸収させる工程をいう。浸種は、例えば約15〜30℃の温水に約3〜4日浸漬することにより行う。通常、予め水選や塩水選(種子を水や塩水に入れて選別すること)などで充実度の低い種子を取り除いたり、消毒してから浸種させる。「催芽」とは、芽の新生や休眠芽の発育開始を促進させたり、発芽を斉一にする人工的処理をいう。催芽は、例えば約20〜35℃の温水に約12〜24時間浸漬することにより行う。
【0039】
ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)はイネ科植物の種子との結合性は本来的に優れている。そのため、これらのハーバスピリラム(Herbaspirillum)属細菌をイネ科植物の種子にコートする際、結合剤等の添加物を使用する必要はない。
【0040】
なお、イネ科植物の種子が出芽した後に防除処理を行っても一定の効果は得られるが、イネ苗立枯細菌病菌、イネもみ枯細菌病菌又はイネ褐条病菌を保菌している種子は健全に発芽することができない場合が多く、出芽前に防除処理した場合と比較して防除効果は低下する。
【0041】
3.種子
本実施形態の種子は、ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の菌体又はその破砕物或いはハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)の培養液又はその上清液を含み、イネ科植物の細菌性病害の防除に有効な細菌病防除剤を、イネ科植物の種子にコートしたものである。
【0042】
細菌病防除剤のその他の構成は、上述した細菌病防除剤の構成に準ずる。また、細菌病防除剤を前記イネ科植物の種子にコートする方法は、上述したイネ科植物の細菌性病害の防除方法に準ずる。
【0043】
本実施形態に適用可能なイネ科植物とは、植物分類学上のイネ科に属する植物をいい、例えば、イネ、コムギ、オオムギ、トウモロコシ、アワ、ヒエ等を挙げることができる。イネ科植物のうち、好ましくはイネ(Oryza sativa)である。
【0044】
本実施形態の種子によれば、イネ科植物の細菌性病害の防除に有効な細菌病防除剤をイネ科植物の種子にコートしているため、種子が出芽し発芽する過程において、イネもみ枯細菌病(苗腐敗症)、イネ苗立枯細菌病又はイネ褐条病に対して抵抗力を有し、育苗中にこれらの細菌性病害の発病を抑制することができる。
【0045】
また、細菌病防除剤を種子にコートした後は、細菌病防除剤がコーティングされている限りその後も効果が持続するため、例えば細菌病防除剤をコートした種子をそのまま流通させることができる。
【実施例】
【0046】
1.浸種時処理におけるハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株のイネもみ枯細菌病に対する発病抑制効果
(1)育苗条件
以下の条件でイネを育苗した。播種は、底に排水のために直径1mm程度の穴を5カ所あけたプラスチックケース(35mm×110mm×110mm)に育苗培土(イセキ培土)を入れ、15gの処理種籾を均一に播種して軽く覆土した。なお、播種後はガラス温室で管理した。
【0047】
【表1】
【0048】
(2)汚染籾作製方法
イネもみ枯細菌病菌であるバークホルデリア・グルメ(Burkholderia glumae)MAFF301441株の懸濁液(約108cfu/ml)に種籾を浸漬し、約10分間真空減圧下で種籾に病原細菌を接種した後、水気を切った種籾をラボタオル等に広げ室温で一晩風乾させた。
【0049】
(3)各処理液の調製・処理方法
ハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株(受領番号NITE AP-2203)(以下、単に「s4株」ということがある)をPPG培地で振蘯培養(25℃、2日間、100rpm)した培養液(以下「培養液」という)、培養液を遠心分離して得た上清液をさらに濾過滅菌した培養上清液(以下「上清液」という)および遠心分離で得た菌体に遠心分離で取り除いた上清と同量の滅菌水を加え懸濁した菌体懸濁液(以下「菌体懸濁液」という)をそれぞれ処理液として調製し、試験に供試した。
【0050】
イネもみ枯細菌病菌の汚染籾を含む種籾を浸種した後、培養液、上清液および菌体懸濁液の各液に、浸種後の種籾を32℃、16時間浸漬することにより処理を行った。その後種籾を出芽処理し、イネもみ枯細菌病に対する発病抑制効果を調査した。なお、無処理区として蒸留水をそれぞれの使用方法に準じて供試した。
【0051】
(4)調査方法
各区の全苗について発病程度を調査し、程度別に指数を与え、発病苗率および次式により発病度を算出した。指数は、枯死苗:5、枯死以外の発病苗(白化・わい化・抽出異常):3、健全苗:0とした。
発病度={Σ(発病程度別苗数×指数)/(5×調査苗数)}×100
防除価=(1−処理区の発病度/無処理区の発病度)×100
【0052】
(5)結果
浸種時処理におけるs4株のイネもみ枯細菌病に対する発病抑制効果の検討結果を表2に示す。表2に示したように、種籾をs4株の培養液、菌体懸濁液及び上清液で処理した場合はいずれも高い防除価を示し、本発明の細菌病防除剤がイネもみ枯細菌病に対し有効であることが判明した。一方、無処理区(蒸留水処理)ではイネもみ枯細菌病が多発し、防除価を評価することができなかった。
【0053】
【表2】
【0054】
2.浸種時処理におけるハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株のイネ苗立枯細菌病に対する発病抑制効果
(1)育苗条件
前記1(1)に示す条件と同じ条件でイネの育苗を行った。
【0055】
(2)汚染籾作製方法
病原菌がイネ苗立枯細菌病菌であるバークホルデリア・プランタリー(Burkholderia plantarii)MAFF301723株である他は、前記1(2)と同様の操作により汚染籾を作製した。
【0056】
(3)各処理液の調製・処理方法
前記1(3)と同様の操作により、s4株の培養液、上清液および菌体懸濁液を調製し、試験に供試した。
【0057】
(4)調査方法
前記1(4)と同様の算出方法により発病苗率および発病度を算出した。
【0058】
(5)結果
浸種時処理におけるs4株のイネ苗立枯細菌病に対する発病抑制効果の検討結果を表3に示す。表3に示したように、種籾をs4株の培養液、菌体懸濁液及び上清液で処理した場合はいずれも高い防除価を示し、本発明の細菌病防除剤がイネ苗立枯細菌病に対し有効であることが判明した。一方、無処理区(蒸留水処理)ではイネ苗立枯細菌病が多発し、防除価を評価することができなかった。
【0059】
【表3】
【0060】
3.浸種時処理におけるハーバスピリラム・エスピー(Herbaspirillum sp.)s4株のイネ褐条病に対する発病抑制効果
(1)育苗条件
前記1(1)に示す条件と同じ条件でイネの育苗を行った。
【0061】
(2)汚染籾作製方法
病原菌がイネ褐条病菌であるアシドボラックス・アベナエ(Acidovorax avenae)MAFF301752株である他は、前記1(2)と同様の操作により、汚染籾を作製した。
【0062】
(3)各処理液の調製・処理方法
前記1(3)と同様の操作により、s4株の培養液、上清液および菌体懸濁液を調製し、試験に供試した。
【0063】
(4)調査方法
前記1(4)と同様の算出方法により発病苗率および発病度を算出した。
【0064】
(5)結果
浸種時処理におけるs4株のイネ褐条病に対する発病抑制効果の検討結果を表4に示す。表4に示したように、種籾をs4株の培養液及び菌体懸濁液で処理した場合はいずれも高い防除価を示し、本発明の細菌病防除剤がイネ褐条病に対し有効であることが判明した。一方、無処理区(蒸留水処理)ではイネ褐条病が多発し、防除価を評価することができなかった。
【0065】
【表4】