特開2017-151408(P2017-151408A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社タムロンの特許一覧

特開2017-151408赤外線透過膜、光学膜、反射防止膜、光学部品、光学系及び撮像装置
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-151408(P2017-151408A)
(43)【公開日】2017年8月31日
(54)【発明の名称】赤外線透過膜、光学膜、反射防止膜、光学部品、光学系及び撮像装置
(51)【国際特許分類】
   G02B 1/115 20150101AFI20170804BHJP
【FI】
   G02B1/115
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2016-203525(P2016-203525)
(22)【出願日】2016年10月17日
(31)【優先権主張番号】特願2016-30980(P2016-30980)
(32)【優先日】2016年2月22日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000133227
【氏名又は名称】株式会社タムロン
(74)【代理人】
【識別番号】100124327
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 勝博
(74)【代理人】
【識別番号】100143786
【弁理士】
【氏名又は名称】根岸 宏子
(72)【発明者】
【氏名】國定 照房
(72)【発明者】
【氏名】橋本 涼
(72)【発明者】
【氏名】澁谷 穣
【テーマコード(参考)】
2K009
【Fターム(参考)】
2K009AA07
2K009CC03
2K009CC12
2K009DD04
(57)【要約】
【課題】本件発明の課題は、遠赤外線波長域で用いられる光学部品に設ける赤外線透過膜であって、成膜が容易であり、且つ、高い耐水性を有する新規な赤外線透過膜、当該赤外線透過膜を備えた光学膜、反射防止膜、光学部品及び光学系を提供することにある。
【解決手段】上記課題を解決するため、酸化亜鉛を主成分とし、8μm以上14μm以下の波長域全域における消衰係数が0.4以下の金属酸化物が添加物として含まれることを特徴とする赤外線透過膜とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化亜鉛を主成分とし、8μm以上14μm以下の波長域全域における消衰係数が0.4以下の金属酸化物が添加物として含まれることを特徴とする赤外線透過膜。
【請求項2】
前記金属酸化物の8μm以上14μm以下の波長域内の光線に対する屈折率が0.8以上2.5以下である請求項1に記載の赤外線透過膜。
【請求項3】
当該赤外線透過膜は、前記酸化亜鉛の結晶粒界に前記金属酸化物が偏析したものである請求項1又は請求項2に記載の赤外線透過膜。
【請求項4】
前記金属酸化物は、酸化ビスマス、酸化イットリウム、酸化銅及び酸化マグネシウムから成る群から選択される一種以上である請求項1から請求項3のいずれか一項に記載の赤外線透過膜。
【請求項5】
当該赤外線透過膜における前記金属酸化物の含有量が0.1質量%以上50質量%未満である請求項1から請求項4のいずれか一項に記載の赤外線透過膜。
【請求項6】
当該赤外線透過膜における前記金属酸化物の含有量が0.1質量%以上5質量%以下である請求項1から請求項5のいずれか一項に記載の赤外線透過膜。
【請求項7】
請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の赤外線透過膜を備えることを特徴とする光学膜。
【請求項8】
請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の赤外線透過膜を備えることを特徴とする反射防止膜。
【請求項9】
請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の赤外線透過膜を光学面に備えたことを特徴とする光学部品。
【請求項10】
請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の赤外線透過膜を光学面に備えたことを特徴とする光学系。
【請求項11】
請求項1から請求項6のいずれか一項に記載の赤外線透過膜が設けられた光学面を含む光学系を備えることを特徴とする撮像装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本件発明は、赤外線透過膜、光学膜、反射防止膜、光学部品、光学系及び撮像装置に関し、特に遠赤外線を利用する光学系に好適な赤外線透過膜、光学膜、反射防止膜、光学部品、光学系及び撮像装置に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、監視用撮像装置、車載用撮像装置、或いは熱分布解析等の種々の用途で赤外線を使用する光学系が用いられている。これらの光学系として、中赤外波長域(2.5μm〜4μm)の光線を使用する中赤外光学系と、遠赤外波長域(8μm〜14μm)の光線を使用する遠赤外線光学系とが一般に知られている。例えば、監視用撮像装置、車載用撮像装置などでは主に遠赤外線光学系が用いられている。これらの光学系を構成する赤外線透過レンズ等の光学部品は、可視光光学系を構成する光学部品と比較すると、入射光の透過率が低い。そのため、光学部品の入射面に反射防止膜を設け、入射光の透過光量を増加させ、表面反射による光量不足を防止することが特に重要になる。
【0003】
例えば、遠赤外線光学系に用いられる光学部品の反射防止膜として、例えば、特許文献1には、Si基板上に、基板側から順にGe膜、ZnS膜、Ge膜、ZnS膜、YF膜を積層した5層構造の反射防止膜が開示されている。また、特許文献2には、カルコゲナイドガラス基板上に、BiO膜、YF膜を基板側から順に積層した2層構造の反射防止膜が開示されている。これらの特許文献に開示されるように、反射防止膜を複数の赤外線透過膜を積層した多層構造とすることにより、広い波長域の光線に対して、波長域全域で低い反射率を達成することが容易になる。現在、遠赤外波長域で使用する反射防止膜の層構成材料として、特許文献1及び特許文献2に開示の材料を含む以下の材料が知られている。
【0004】
高屈折率材料 :Ge、Si
低屈折率材料 :YF、YbF、NaF、NdF、LaF、CaF、SrF
中間屈折率材料:ZnS、ZnSe、PbTe、Y、CeO、HfO
【0005】
ところで、光学部品の表面に反射防止膜を設ける際には、電子線加熱や抵抗加熱により原料を加熱蒸着させる真空蒸着法が一般に採用されている。しかしながら、今後の赤外線光学系の需要の拡大を考慮すると、大量生産に適した生産効率のよい方法により反射防止膜を成膜することが求められる。
【0006】
例えば、真空蒸着法よりも生産効率のよい成膜法としてマグネトロンスパッタリング法が挙げられる。しかしながら、上記低屈折率材料、すなわちフッ化物を原料として用いた場合、スパッタリング工程においてターゲット材料中のフッ素元素が損失する。そのため、化学量論的な組成の膜を得ることが困難であり、使用波長域の光線に対して透明な赤外線透過膜を得ることができない。上記中間屈折材料であるZnS、ZnSe、PbTeについても同様であり、これらの材料を用いてマグネトロンスパッタリング法により化学量論的な組成の膜を得ることは困難である。
【0007】
一方、上記高屈折率材料であるGe、Siは、マグネトロンスパッタリング法により成膜することができる。上述したように広い波長域の光線に対して波長域全域で低い反射率を達成するには、多層構造の光学膜とすることが求められる。
【0008】
ここで、Ge又はSiに対して、フッ化物は屈折率が低すぎるため、Ge膜又はSi膜に対してフッ化物膜を積層しても、良好な反射防止性能を得ることはできない。また、上述したとおり、マグネトロンスパッタリング法により所望の組成のフッ化物膜を成膜することは困難である。
【0009】
そこで、Ge膜又はSi膜と、中間屈折率材料からなる膜とを交互に積層させる構成とすることが考えられる。しかしながら、上述のとおり、ZnS、ZnSe、PbTeはマグネトロンスパッタリング法により成膜することは困難であり、且つ、これらの材料は毒性を有するため、その取り扱いが困難である。一方、Y、CeO、HfOについては、マグネトロンスパッタリング法により成膜することはでき、且つ、毒性もないものの遠赤外領域(8μm〜14μm)の光線に対して半透明であり、遠赤外線に対して透明な膜を得ることができない。
【0010】
さらに、監視用撮像装置、或いは車載用撮像装置等は屋外に設置されて使用されることが多い。光学膜はこれらの光学部品の表面に設けられるため、成膜面に対する密着性と共に、高い耐水性を有する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2007−298661号公報
【特許文献2】特開2011−221048号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
以上のことから、本件発明の課題は、成膜が容易であり、且つ、高い耐水性を有する新規な赤外線透過膜、光学膜、反射防止膜、光学部品、光学系及び撮像装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本件発明の課題を解決するために、本件発明に係る赤外線透過膜は、酸化亜鉛を主成分とし、8μm以上14μm以下の波長域全域において消衰係数が0.4以下の金属酸化物が添加物として含まれることを特徴とする。
【0014】
また、本件発明に係る光学膜、反射防止膜、光学部品、光学系はそれぞれ上記本件発明に係る赤外線透過膜を備えたことを特徴とする。
【0015】
さらに、本件発明に係る撮像装置は、上記本件発明に係る赤外線透過膜が設けられた光学面を含む光学系を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本件発明によれば、遠赤外線波長域で用いられる光学部品に設ける赤外線透過膜であって、成膜が容易であり、且つ、高い耐水性を有する新規な赤外線透過膜、光学膜、反射防止膜、光学部品、光学系及び撮像装置を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本件発明に係る赤外線透過膜、光学膜、反射防止膜、光学部品、光学系及び撮像装置の実施の形態について説明する。
【0018】
1.赤外線透過膜
まず、本件発明に係る赤外線透過膜の実施の形態を説明する。本件発明に係る赤外線透過膜は、酸化亜鉛を主成分とし、8μm以上14μm以下の波長域全域において消衰係数が0.4以下の金属酸化物が添加物として含まれることを特徴とする。なお、当該赤外線透過膜は、赤外線を透過する光学薄膜を意味するものとする。
【0019】
1−1.酸化亜鉛
酸化亜鉛は、8μm以上14μm以下の波長域全域、すなわち遠赤外波長域全域における消衰係数が0.05未満であり、遠赤外線(8μm以上14μm以下の波長の光線)に対する透明度が高い材料である。
【0020】
また、酸化亜鉛の遠赤外線に対する屈折率は、1.5以上2.5以下の範囲にあり、酸化亜鉛は遠赤外波長域における中屈折率材料である。従って、当該赤外透過膜は、反射防止膜の構成材料としても好適である。例えば、当該赤外透過膜と、遠赤外波長域において高い屈折率を有するGe膜又はSi膜等を交互に積層すること等により、遠赤外波長域全域において良好な反射防止性能を有する反射防止膜を得ることができる。
【0021】
ところで、酸化亜鉛は結晶化しやすい材料である。真空蒸着法、スパッタリング法等の物理蒸着法により成膜した酸化亜鉛膜は多結晶構造を有する。そのため、結晶粒界には水等が含浸しやすく、酸化亜鉛膜は耐水性が低く、実用上必要な耐久性を満足することが困難である。そこで、本件発明者らは、酸化亜鉛を主成分とすると共に、所定の金属酸化物を添加物として含む膜とすることにより、耐水性を改善することができることを見出した。本件発明によれば、高い耐水性を実現することができる。以下、本件発明において添加物として用いられる所定の金属酸化物について説明する。
【0022】
1−2.金属酸化物
(1)消衰係数
当該金属酸化物は、遠赤外波長域全域における消衰係数が0.4以下であることが求められる。遠赤外波長域における消衰係数が0.4を超えると、遠赤外線に対する透明度が低下する。すなわち、当該赤外線透過膜における遠赤外線の透過率が低下するため、当該赤外線透過膜を光学膜として用いることが困難になる。
【0023】
遠赤外波長域全域における消衰係数が0.4以下の金属酸化物として、例えば、酸化ジルコニウム(ZrO)、酸化クロム(Cr)、酸化ハフニウム(HfO)、酸化ビスマス(Bi)、酸化イットリウム(Y)、酸化銅(CuO)、酸化マグネシウム(MgO)等を挙げることができる。これらの金属酸化物を添加物として用いることにより、酸化亜鉛膜の遠赤外線に対する透過率を維持しつつ、酸化亜鉛膜の耐水性を改善することができる。
【0024】
ここで、使用波長域における当該赤外線透過膜の透明度をより高くするという観点から、添加物として用いる金属酸化物の消衰係数は、使用波長域全域において0.4未満であることが好ましく、0.2未満であることがより好ましく、0.1未満であることがさらに好ましい。当該赤外線透過膜の使用波長域に応じて、上記列挙した金属酸化物等の中から、適宜、適切な金属酸化物を選択することができる。なお、上記列挙した各金属酸化物の消衰係数を以下に示す。以下において、k(8μm)は、波長が8μmのときの消衰係数(k)を表し、k(14μm)は、波長が14μmのときの消衰係数を表す。また、以下には酸化亜鉛の消衰係数も示す。
【0025】
酸化亜鉛: k(8μm)=0.004 k(14μm)=0.03
酸化ジルコニウム:k(8μm)=0.06 k(14μm)=0.35
酸化クロム: k(8μm)=0.007 k(14μm)=0.37
酸化ハフニウム: k(8μm)=0.006 k(14μm)=0.4
酸化ビスマス: k(8μm)=0.002 k(14μm)=0.025
酸化イットリウム:k(8μm)=0.00027 k(14μm)=0.078
酸化銅: k(8μm)=0.0001 k(14μm)=0.04
酸化マグネシウム:k(8μm)=0.00025 k(14μm)=0.014
【0026】
上記に示すように、酸化ビスマス、酸化イットリウム、酸化銅及び酸化マグネシウムの消衰係数は、酸化ジルコニウム、酸化クロム及び酸化ハフニウムと比較すると小さく、遠赤外波長域全域において0.1未満である。従って、遠赤外波長域全域において高い透明度を維持することができるという観点から、添加物として、酸化ビスマス、酸化イットリウム、酸化銅及び酸化マグネシウムから成る群から選択される一種以上を用いることがより好ましい。このとき、これらの金属酸化物一種を添加物として用いてもよいし、一種以上を混合して用いてもよいのは勿論である。
【0027】
なお、酸化亜鉛膜の耐水性を改善するという観点のみからみれば、酸化タンタル(Ta)等の消衰係数が上記範囲外の金属酸化物を添加物として用いることもできる。酸化タンタルの消衰係数を以下に示す。しかしながら、酸化タンタルの消衰係数は下記のとおり大きく、当該酸化タンタルを酸化亜鉛膜に添加物として含有させると、遠赤外線に対する酸化亜鉛膜の透過率が低下し、光学膜として用いることが困難になる。
酸化タンタル: k(8μm)=0.028 k(14μm)=0.75
【0028】
(2)屈折率
また、当該金属酸化物の遠赤外線波長域内の光線に対する屈折率は0.8以上2.5以下であることが好ましい。酸化亜鉛の屈折率と同等の屈折率を有する金属酸化物を添加物として用いることにより、得られた赤外線透過膜の屈折率を酸化亜鉛と同様の屈折率とすることができる。なお、上記列挙した各金属酸化物の遠赤外線波長域における屈折率はいずれも0.8以上2.5以下の範囲内である。ここで、酸化亜鉛の屈折率を大きく変化させないという観点から、酸化亜鉛の屈折率とより同等屈折率の金属酸化物を用いることが好ましい。当該観点から、屈折率が1.0以上2.5以下の金属酸化物を添加物として用いることがより好ましく、屈折率が1.5以上2.5以下の金属酸化物を添加物として用いることがさらに好ましい。
【0029】
(3)含有量
次に、当該赤外線透過膜における添加物としての金属酸化物の含有量について説明する。当該赤外線透過膜における当該金属酸化物の含有量は0.1質量%以上50質量%未満であることが好ましい。但し、ここでいう含有量とは、当該赤外線透過膜に添加物として含まれる金属酸化物の総量をいう。すなわち、添加物として複数の金属酸化物を用いる場合、その合計量をいうものとする。また、当該赤外線透過膜では、主成分を酸化亜鉛とする。すなわち、当該赤外線透過膜は酸化亜鉛を50質量%以上含む。また、不可避不純物を除いて、当該赤外線透過膜は、酸化亜鉛及び添加物としての金属酸化物からなるものとする。
【0030】
遠赤外波長域の光線に対して透明度の高い酸化亜鉛に対して、当該金属酸化物を上記範囲で添加物として含有させることにより、当該赤外線透過膜の遠赤外線に対する透明度を高く維持したまま、耐水性を改善することができる。これと同時に、耐酸性、機械的強度等も向上させることができる。
【0031】
ここで、酸化亜鉛と比較すると上記列挙した金属酸化物の消衰係数は同等若しくは大きい値を示す。そこで、酸化亜鉛よりも消衰係数の大きい金属酸化物については、遠赤外領域の光線に対してより高い透明度を有する赤外線透過膜を得るという観点から、当該金属酸化物の含有量は0.1質量%以上15質量%以下であることがより好ましく、0.1質量%以上10質量%以下であることがさらに好ましく、0.1質量%以上5質量%以下であることが最も好ましい。
【0032】
(4)結晶構造
本件発明に係る赤外線透過膜は、酸化亜鉛の結晶粒界に上記金属酸化物が偏析したものであることが好ましい。酸化亜鉛の結晶粒界に偏析した金属酸化物によって、結晶粒界に水が含水されにくくなるため、当該赤外線透過膜の耐水性が良好になる。また、結晶粒界に上記金属酸化物が偏析していると、結晶成長が阻害され、結晶粒が微細になる。そのため、膜内の残留応力が小さく、このことも耐水性を高める要因の一つであると考えられる。また、微細な結晶構造を有するため、当該膜の機械的強度も高くなる。さらに、耐酸性等も向上する。
【0033】
すなわち、酸化亜鉛膜の耐水性を改善する上で、添加物としての金属酸化物は、酸化亜鉛の結晶粒界を充填できる程度の量であることが好ましい。当該観点から、消衰係数が酸化亜鉛と同等の金属酸化物についても、当該赤外線透過膜におけるその含有量が0.1質量%以上15質量%以下であることがより好ましく、0.1質量%以上10質量%以下であることがさらに好ましく、0.1質量%以上5質量%以下であることが最も好ましい。例えば、酸化ビスマスは消衰係数が酸化亜鉛よりも小さく、遠赤外線に対する透明度の高い物質であるが、酸化ビスマス自体の耐水性は低い。しかしながら、酸化ビスマスをこれらのより好ましい範囲で含有させることにより、酸化亜鉛膜の耐水性をより良好に改善することができる。
【0034】
(5)成膜方法
本件発明に係る赤外線透過膜を成膜するには、例えば、酸化亜鉛を主成分とし、上記金属酸化物を添加した焼結セラミックス等を出発原料として、真空蒸着法、スパッタリング法等の各種乾式成膜法により成膜することができる。いずれの方法でも、混合酸化物の焼結体を出発原料として用いることができる。
【0035】
各種乾式成膜法の中でも特に、マグネトロンスパッタリング法は簡便であり、真空蒸着法と比較したときの生産効率がよい。そのため、大量生産される光学部品に対して当該赤外線透過膜を成膜する際には、マグネトロンスパッタリング法を用いることが好ましい。この際、放電様式としては、直流電流、或いは高周波放電、或いは交流放電を採用することができる。
【0036】
赤外線透過膜をマグネトロンスパッタリング法により成膜する際には、金属亜鉛に、上記金属酸化物を構成する金属を所定量添加した金属合金ターゲットを出発原料として用いることもできる。この金属合金ターゲットを用いて、酸素ガス雰囲気下で成膜することにより、酸化亜鉛を主成分とすると共に上記金属酸化物を含む本件発明に係る赤外線透過膜を得ることができる。
【0037】
これらの物理蒸着法により酸化亜鉛膜を成膜すれば、上記金属酸化物は、酸化亜鉛と複合酸化物を形成することなく、酸化亜鉛の結晶粒界に偏析する。すなわち、結晶粒界に上記金属酸化物が偏析した酸化亜鉛の多結晶構造を有する赤外線透過膜が得られる。
【0038】
なお、本件発明に係る赤外線透過膜は、乾式成膜法に限らず、化学的気相成長法、ゾルゲル法等の各種湿式成膜法により成膜することもできる。各成膜方法の中から、当該赤外線透過膜の用途や基材の材質等に応じて適宜、適切な成膜法を選択することができる。
【0039】
1−3.基材
本件発明に係る赤外線透過膜は、例えば、光学部品等の表面に設けられる。このとき、光学部品等の基材の材質は特に限定されるものではない。
【0040】
本件発明に係る赤外線透過膜は、遠赤外波長域の光線に対して透明なゲルマニウム(Ge)、シリコン(Si)、セレン化亜鉛(ZnSe)、硫化亜鉛(ZnS)と良好な密着性を有する。また、本件発明に係る赤外線透過膜は、ゲルマニウム、砒素(As)、セレン(Se)、硫黄(S)、アンチモン(Sb)、Ga(ガリウム)等を成分とする各種のカルコゲナイドガラスと良好な密着性を有する。そのため、これらの材料からなる赤外線用光学レンズ等の各種赤外線光学部品を基材としたとき、本件発明に係る赤外線透過膜を赤外線光学部品の表面に直接設けることができ、良好な密着性を得ることができる。
【0041】
2.光学膜
次に、本件発明に係る光学膜について説明する。本件発明において、光学膜とは反射防止膜や、エッジフィルター、バンドパスフィルターなどの光学フィルター等を意味する。本件発明に係る光学膜は一層の光学薄膜からなる単層膜であってもよいし、二層以上の光学薄膜が積層された多層膜であってもよい。いずれの場合であっても、本件発明に係る光学膜は、上述した本件発明に係る赤外線透過膜を備えるものとする。すなわち、当該光学膜は本件発明に係る赤外線透過膜からなる単層膜であってもよいし、少なくとも一層の赤外線透過膜を備える多層膜であってもよい。
【0042】
本件発明に係る赤外線透過膜は、中間屈折率材料である酸化亜鉛を主成分とし、酸化亜鉛と同等の屈折率を有する。また、当該赤外線透過膜は下記の高屈折率材料、或いは低屈折率材料との密着性も良好である。
【0043】
高屈折率材料:Ge、Si
低屈折率材料:YF、YbF、NaF、NdF、LaF、CaF、SrF
【0044】
従って、当該赤外線透過膜を中間屈折率層として用い、適宜、上記材料からなる高屈折率層及び/又は低屈折率層と積層した任意の層構成の光学膜を得ることができる。
【0045】
3.反射防止膜
次に、本件発明に係る反射防止膜の実施の形態を説明する。本件発明に係る反射防止膜は、上記光学膜の一種であり、本件発明に係る赤外線透過膜を備えることを特徴とする。本件発明に係る反射防止膜は、上記赤外線透過膜一層からなる単層膜であってもよいが、上記高屈折率層及び/又は低屈折率層と積層した多層膜とすることがより好ましい。多層構造の反射防止膜とすることにより、各界面で生じる界面反射光により、光の干渉作用を利用して広い波長域において低い反射率を実現することが容易になる。
【0046】
4.光学部品
本件発明に係る光学部品は、本件発明に係る赤外線透過膜を備えることを特徴とする。光学部品としては、撮像装置又は投影装置の撮像光学系又は投影光学系などを構成する各種光学部品を挙げることができる。より具体的には、レンズ、プリズム(色分解プリズム、色合成プリズム等)、偏光ビームスプリッタ(PBS)、カットフィルタ(長波長用、短波長用等)などを挙げることができる。特に、遠赤外波長域の光線を使用する遠赤外撮像光学系を構成する赤外線用レンズであることが好ましい。
【0047】
5.光学系/撮像装置
本件発明に係る光学系は、本件発明に係る赤外線透過膜を備えることを特徴とする。当該光学系として、撮像光学系であることが好ましく、特に、遠赤外波長域の光線を使用する遠赤外撮像光学系であることが好ましい。例えば、監視用撮像装置、車載用撮像装置の光学系であることが好ましい。また、本件発明に係る撮像装置は、当該赤外線透過膜が設けられた光学面を含む光学系を備えることを特徴とし、これらの遠赤外線撮像光学系を備えた監視用撮像雄値、車載用撮像装置等であることが好ましい。
【0048】
次に、実施例および比較例を示して本件発明を具体的に説明する。但し、本件発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0049】
実施例1では、マグネトロンスパッタリング法により基材の両面にそれぞれ酸化ビスマスを添加物として含有する酸化亜鉛膜を成膜した。以下、成膜の手順について具体的に説明する。
【0050】
まず、マグネトロンスパッタリング装置に、成膜原料であるターゲットと、基材とを対向配置した。成膜原料としては、酸化亜鉛の焼結体ターゲットを用いた。このとき、当該ターゲット上に酸化ビスマスのタブレットの小片を均等に並べた。基材として、カルコゲナイドガラス(湖北新華光信息材料有限公司製 IRG206)を用いた。
【0051】
次に、装置内全体を真空に排気した。そして、装置内の圧力が3×10−4Paに到達した時点で、Arガスを20SCCM(standard cc/min、1atm(25℃))流し、酸素ガスを5SCCM流した。この時の装置内の圧力が、0.3Paになるように排気速度を調整した。
【0052】
その後、ターゲット表面に13.56MHzの高周波(約500W)を印加し、ターゲットの前方で基材を回転させながら、基材の表面に酸化ビスマスを添加物として含有する酸化亜鉛膜を成膜した。このような方法により、基材の両面に酸化ビスマスを4質量%含む酸化亜鉛膜をそれぞれ成膜した。
【実施例2】
【0053】
実施例2では、酸化ビスマスの含有量が0.7質量%になるようにしたことを除いては、実施例1と同様にして、添加物として酸化ビスマスを含む酸化亜鉛膜を成膜した。
【実施例3】
【0054】
実施例3では、酸化ビスマスの含有量が14.7質量%になるようにしたことを除いては、実施例1と同様にして、添加物として酸化ビスマスを含む酸化亜鉛膜を成膜した。
【実施例4】
【0055】
実施例4では、酸化ビスマスの含有量が44.7質量%になるようにしたことを除いては、実施例1と同様にして、添加物として酸化ビスマスを含む酸化亜鉛膜を成膜した。
【実施例5】
【0056】
実施例5では、酸化ビスマスの代わりに酸化イットリウムの含有量が2.0質量%になるようにしたことを除いては、実施例1と同様にして、添加物として酸化イットリウムを含む酸化亜鉛膜を成膜した。
【実施例6】
【0057】
実施例6では、酸化ビスマスの代わりに酸化イットリウムの含有量が32.0質量%になるようにしたことを除いては、実施例1と同様にして、添加物として酸化イットリウムを含む酸化亜鉛膜を成膜した。
【実施例7】
【0058】
実施例7では、酸化ビスマスの代わりに酸化銅の含有量が3.1質量%になるようにしたことを除いては、実施例1と同様にして、添加物として酸化銅を含む酸化亜鉛膜を成膜した。
【実施例8】
【0059】
実施例8では、酸化ビスマスの代わりに酸化マグネシウムの含有量が1.8質量%になるようにしたことを除いては、実施例1と同様にして、添加物として酸化マグネシウムを含む酸化亜鉛膜を成膜した。
【実施例9】
【0060】
実施例9では、基板側から順にGe膜、酸化ビスマスを含む酸化亜鉛膜とを積層した反射防止膜を成膜した。Ge膜を成膜する際には、ゲルマニウムをターゲットとして用い、酸化ビスマスを含む酸化亜鉛膜を成膜する際には、酸化ビスマスの含有量が2質量%である酸化亜鉛の焼結体ターゲットを用いて、実施例1と同様にして各膜を成膜した。
【実施例10】
【0061】
実施例10では、基板側から順にGe膜、酸化ビスマスを含む酸化亜鉛膜、Ge膜、酸化ビスマスを含む酸化亜鉛膜を積層した。この際、酸化ビスマスの含有量が5質量%になるようにしたことを除いて、実施例9と同様にして各膜を成膜した。
【比較例】
【0062】
[比較例1]
比較例1では、出発原料として酸化亜鉛の焼結体ターゲットのみを用いた以外は、実施例1と同様にして酸化亜鉛膜を成膜した。すなわち、比較例1では添加物としての金属酸化物を含まない酸化亜鉛膜を成膜した。
【0063】
[比較例2]
比較例2では、酸化ビスマスの含有量が70質量%になるようにした以外は、実施例1と同様にして、酸化亜鉛を含み、且つ、主成分が酸化ビスマスである酸化ビスマス膜を成膜した。
【0064】
[比較例3]
比較例3では、出発原料として酸化ビスマスの焼結ターゲットを用いた以外は、実施例1と同様にして成膜し、酸化ビスマス膜を得た。
【0065】
[比較例4]
比較例4では、出発原料として酸化イットリウムの焼結ターゲットを用いた以外は、実施例1と同様にして成膜し、酸化イットリウム膜を得た。
【0066】
[比較例5]
比較例5では、出発原料として酸化タンタルの焼結ターゲットを用いた以外は、実施例1と同様にして成膜し、酸化タンタル膜を得た。
【0067】
[比較例6]
比較例6では、酸化ビスマスを含有する酸化亜鉛膜の代わりに、比較例2と同様の方法で成膜した酸化ビスマス膜を用いた以外は、実施例9と同様にして、基板側から順にGe膜、酸化ビスマス膜とが積層された反射防止膜を得た。
【0068】
[評価]
実施例1〜実施例10、比較例1〜比較例6で成膜した各膜の膜厚、組成、遠赤外線に対する平均透過率をそれぞれ測定すると共に、耐水試験を行い耐水性評価を行った。
【0069】
(膜厚)
各膜の膜厚を触針式段差計で測定した。結果を表1及び表2に示す。なお、表1及び表2に示す膜厚は、各膜の実際の膜厚であって、いわゆる光学膜厚ではない。
【0070】
(組成)
各膜の組成をICP(誘導結合ラズマ発光分光分析法)で分析した。結果を表1及び表2に示す。
【0071】
(平均透過率)
各実施例及び比較例で得た試料の波長範囲8μm〜12μm及び波長範囲8μm〜14μmにおける平均透過率をパーキンエルマー社製のFT−IR Spectrum 100 Opticaを用いて測定した。なお、各試料とは、基板の両面にそれぞれの膜を備えたものをいう(以下、同じ)。結果を表1及び表2に示す。
【0072】
(耐水試験)
各実施例及び比較例で得た試料を純水に浸漬した。その後、1時間経過する毎に、膜剥がれの有無等を観察した。そして、試料を純水に浸漬してから24時間が経過した時点で観察を終了した。結果を表1及び表2に示す。但し、表1及び表2には、耐水試験の結果を「○」、「×」で示している。ここで、「○」は、試料を純水に浸漬してから24時間が経過しても基材と膜との密着が良好であり、膜剥がれ等が一切生じなかったことを意味する。また、「×」は試料を純水に浸漬してから24時間が経過するまでの間に、基材から膜が浮いたり、膜が剥がれたりなど、基材と膜との密着性低下が観察されたことを意味する。
【0073】
【表1】
【0074】
【表2】
【0075】
表1に示すように、実施例1〜実施例10の試料はいずれも耐水試験の結果が良好であり、各試料を純水に浸漬してから24時間が経過しても、基板からの膜剥がれが一切生じなかった。一方、比較例1の試料は、添加物を一切含まない酸化亜鉛膜を備える。表2に示すように比較例1の試料では、純水に当該試料を浸漬して2時間後に膜の浮き上がりが観察され、24時間経過後には基板から完全に膜が剥離した状態となった。従って、添加物として所定の金属酸化物を50質量%未満の範囲で含む酸化亜鉛膜とすることにより、酸化亜鉛膜の耐水性を著しく向上することができることが確認された。なお、比較例2の試料は酸化ビスマスを主成分とする。また、比較例3の試料は酸化ビスマス膜、比較例4の試料は酸化イットリウム膜を備える。比較例2の酸化ビスマスを主成分とする膜は耐水性が良好であるが、比較例3の酸化ビスマス膜及び比較例4の酸化イットリウム膜は耐水性が良くない。しかしながら、実施例5〜実施例6に示すように、酸化イットリウムを添加物として酸化亜鉛膜に含有させた場合、耐水性が良好になることが確認された。また、比較例5の試料は酸化タンタル膜であり、耐水性が良好である。表には示していないが、酸化タンタルを5質量%未満含む酸化亜鉛膜の耐水性は良好であり、酸化タンタルを添加物として含有させることにより酸化亜鉛膜の耐水性が改善されることを別途確認した。
【0076】
また、表1に示すように、実施例1〜実施例10の試料は、波長範囲8μm〜12μmにおける平均透過率が90%以上を示し、これらの波長範囲の光線に対して高い透明度を示す。従って、実施例1〜実施例10で成膜した本件発明に係る赤外線透過膜は光学膜として好適に用いることができる。
【0077】
一方、表2に示すように、比較例1の試料の波長範囲8μm〜12μmにおける平均透過率が90%以上を示し、光学膜として好適な光学特性を備える。しかしながら、上述したとおり、耐水性が低いため、実用上必要とされる耐久性を満足することができない。また、比較例2〜比較例6の試料はいずれも波長範囲8μm〜12μmにおける平均透過率が90%未満となり、遠赤外線に対する透明度が低いため、光学膜として用いることが困難である。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本件発明によれば、成膜が容易であり、且つ、耐水性等の実用上十分な耐久性を有する新規な赤外線透過膜、及び当該赤外線透過膜を備えた光学膜、反射防止膜、光学部品、光学系及び撮像装置を提供することができる。