(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-15580(P2017-15580A)
(43)【公開日】2017年1月19日
(54)【発明の名称】フッ素系高分子中のヨウ素または臭素の分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 31/00 20060101AFI20161222BHJP
G01N 1/22 20060101ALI20161222BHJP
G01N 27/62 20060101ALI20161222BHJP
G01N 21/73 20060101ALI20161222BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20161222BHJP
G01N 30/02 20060101ALI20161222BHJP
【FI】
G01N31/00 Q
G01N31/00 Y
G01N1/22 R
G01N27/62 V
G01N21/73
G01N30/88 H
G01N30/02 B
G01N1/22 L
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2015-133030(P2015-133030)
(22)【出願日】2015年7月1日
(71)【出願人】
【識別番号】000110804
【氏名又は名称】ニチアス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113804
【弁理士】
【氏名又は名称】岩田 敏
(72)【発明者】
【氏名】矢嶋 一仁
【テーマコード(参考)】
2G041
2G042
2G043
2G052
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041DA14
2G041EA03
2G041FA02
2G041LA08
2G042AA01
2G042BA10
2G042CA07
2G042CB06
2G042DA04
2G042FA01
2G042FA05
2G042FB02
2G043AA01
2G043BA07
2G043CA02
2G043EA08
2G052AA18
2G052AD12
2G052AD32
2G052AD46
2G052DA13
2G052GA15
2G052GA27
(57)【要約】
【課題】 フッ素系高分子材料中のヨウ素または臭素を簡便且つ正確に定量できる分析方法の提供にある。
【解決手段】 フッ素系高分子中のヨウ素または臭素の分析において、試料を密閉容器内で燃焼させて発生物質を吸収液(例えば、ヒドラジン水溶液)に吸収させ、得られた液を、ヨウ素は誘導結合プラズマ発光分析法または誘導結合プラズマ質量分析法で、臭素はイオンクロマトグラフィーで分析する方法である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
フッ素系高分子中のヨウ素または臭素の分析において、試料を密閉容器内で燃焼させて発生物質を吸収液に吸収させ、得られた液を、ヨウ素は誘導結合プラズマ発光分析法または誘導結合プラズマ質量分析法で、臭素はイオンクロマトグラフィーで分析する方法。
【請求項2】
請求項1記載のフッ素系高分子中のヨウ素または臭素の分析において、試料を密閉容器内で燃焼させて発生物質を吸収液に吸収させる際に、吸収液にヒドラジン水溶液を用いる方法。
【請求項3】
フッ素系高分子中の臭素の分析において、試料を密閉容器内で燃焼させて発生物質を吸収液に吸収させた後に、カルシウム系化合物を添加して、フッ素を除去し、イオンクロマトグラフィーで測定する方法。
【請求項4】
請求項3記載のフッ素系高分子中の臭素の分析において、試料を密閉容器内で燃焼させて発生物質を吸収液に吸収させた後に、添加するカルシウム系化合物にCaCO3を用いる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、フッ素系高分子材料中のヨウ素または臭素の分析方法に関する。特に、上記成分を正確に定量するための、分析前処理および測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フッ素系高分子は耐熱性、耐薬品性、摺動性、非粘着性等に優れるため、工業製品から医療用品、半導体製造装置用部品等、様々な用途に使用されている。フッ素系高分子の中でも、フッ素ゴムやパーフロロゴムは、分子末端に、ヨウ素または臭素が導入されることがあり、架橋サイトとして機能している。ヨウ素または臭素量を正確に定量することは、架橋条件の最適化や配合設計の上で重要と考えられる。
【0003】
ヨウ素の定量分析には、誘導結合プラズマ発光分析法(ICP-AES)、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)が、臭素の定量分析には、感度の点で、イオンクロマトグラフィーが一般的に用いられる。これらの分析は溶液、通常は水溶液で行うため、試料を水等に溶解する操作が必須となる。フッ素系高分子材料は一般に耐溶剤性、耐薬品性が高く、水等に不溶なことは勿論、加熱強酸による湿式灰化やアルカリ融解法も適用できない。
【0004】
非特許文献1では、フッ素系有機材料中の微量ヨウ素について、フッ素系有機溶媒に溶解して測定する方法が記載されている。しかし、溶解可能なフッ素系有機材料は限られるため、様々な試料に対応した前処理として、乾式灰化が必要となる。
ルツボ等による通常の灰化法では、低沸点成分が揮散するため、揮発し易い成分の分析には不適切である(非特許文献2)。そのため、水銀やカドミウムの分析には、密閉系での乾式分解法が用いられる。例えば特許文献1には、フッ素樹脂中の水銀、カドミウム、鉛の定量において、硝酸吸収液を用いた酸素フラスコ法による前処理方法が開示されている。
【0005】
上記の酸素フラスコ法は、燃焼フラスコ法、フラスコ燃焼法等とも呼ばれる汎用法で、損失無しに元素を定量できる利点を有する(非特許文献3)。しかし、本願発明が目的とするヨウ素、臭素の分析に常に適用できるとは限らない。
例えば、ヨウ素はフラスコ燃焼法の条件下、発生したフッ素成分により酸化されてI2を生成し、測定時に揮散してしまうことが考えられる。例えば特許文献2では、ICP-AESまたはICP-MSでのヨウ素の測定において、還元剤としてチオ硫酸ナトリウムを添加することが記載され、試料前処理に使用する酸の例として、硝酸より塩酸が好適とされている。しかし、フッ素が存在する条件下で適用できるかは明示されていない。
【0006】
一方、臭素は、非特許文献4及び5に、酸素フラスコ燃焼法とイオンクロマトグラフィーを組み合わせた方法による、有機化合物中の臭素の定量法が報告されている。しかし、フッ素系高分子の場合、高濃度のフッ素溶液をイオンクロマトグラフに導入することになるため、希釈して測定する必要があり、このため、定量下限が高くなるなどの問題がある。なお、燃焼フラスコ法とICP測定を組み合わせた方法の報告もあるが、感度の点で低濃度の測定には適さないと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−43246号公報
【特許文献2】特開平08−247944号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】旭硝子研究報告56号、玉井芳恵、竹中敦義、2006年
【非特許文献2】分析試料前処理ハンドブック、中村洋監修、丸善、2003年。(p113辺り)
【非特許文献3】高分子分析ハンドブック、日本分析化学会・高分子分析研究懇親会編集、紀伊国屋書店出版、1995年。(p270)
【非特許文献4】分析化学Vol.38、長島・折田・窪山、1989年、378-382
【非特許文献5】神奈川県産業技術センター研究報告No.14、石丸、2008年、40-41
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
そこで、本願発明は、これまで不可能であったフッ素系高分子材料中のヨウ素または臭素を簡便且つ正確に定量できる分析方法の提供を目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者は微量分析方法を求めて検討を重ねた結果、目的とする試料を密閉容器内で燃焼させた後、ヒドラジンを添加した水に燃焼ガスを吸収させ、ヨウ素はICP-AES分析やICP-MS分析を行うことにより、臭素は、イオンクロマトグラフィーで正確に定量できることを見出した。なお、微量の臭素を定量する場合は、Ca系化合物、好ましくは炭酸カルシウムによりフッ素を除去して定量する。
【0011】
ここで、試料を密閉容器内で燃焼させ、吸収液にヒドラジン水溶液を用いることと(ヨウ素、臭素とも)、低濃度の臭素の定量に際して、Ca系化合物、好ましくは炭酸カルシウムを用いてフッ素を除去した後にイオンクロマトグラフィーで測定することが、本願発明の重要な要件である。
【0012】
フッ素系高分子に燃焼フラスコ法を適用する場合、検液は、高濃度のフッ素を含有することになり、測定において、フッ素の影響を如何になくすかが重要な課題解決のポイントとなる。
後記する実施例にも示すように、吸収液にヒドラジンを添加しないとヨウ素が酸化され(I
-→I
2)、正確に定量できない。一方、本願発明に従い、密閉容器内でヒドラジンを添加した水溶液に吸収させると、ヨウ素を揮散なく吸収できるとともに、フッ素による酸化を防ぐことができる。
【0013】
臭素の定量に際しては、上記で作製した検液をイオンクロマトグラフィーで測定する。検液は、高濃度のフッ化物イオンを含有するため、イオンクロマトグラフィーで測定するには、カラムへの影響を考慮して、希釈して測定する必要がある。臭素を高濃度含有している試料は、この方法で問題ないが、低濃度の場合は、炭酸カルシウムを添加して、フッ素を除去した後に測定する。フッ素の除去には、水酸化カルシウム等のCa系化合物も可能であるが、炭酸カルシウムが最も除去率が高く、臭素の定量に影響を及ぼさない。
【0014】
以上のような本願発明をまとめると、次のようになる。
(1)フッ素系高分子材料中のヨウ素の分析方法において、試料(フッ素系高分子材料)を密閉容器内で燃焼させて燃焼ガスを得、次いで発生物質(燃焼ガス)を吸収液と混合して混合液を得、得られた混合液を誘導結合プラズマ発光分析法または誘導結合プラズマ質量分析法で分析してフッ素系高分子材料中の含有ヨウ素を定量分析する方法。
(2)フッ素系高分子材料中の臭素の分析方法において、試料(フッ素系高分子材料)を密閉容器内で燃焼させて燃焼ガスを得、次いで発生物質(燃焼ガス)を吸収液と混合して混合液を得、得られた混合液をイオンクロマトグラフィーで分析してフッ素系高分子材料中の含有臭素を定量分析する方法。
(3)上記(1)又は(2)のフッ素系高分子材料中のヨウ素または臭素の定量分析の方法において、試料(フッ素系高分子材料)を密閉容器内で燃焼させて発生物質(燃焼ガス)を吸収液と混合して混合液を得るに際に、吸収液にヒドラジン水溶液を用いる方法。
(4)上記(2)のフッ素系高分子材料中の臭素の分析方法において、得られた混合液にカルシウム系化合物を添加して、フッ素を除去し、イオンクロマトグラフィーでフッ素系高分子材料中の低濃度の含有臭素を定量分析する方法。
(5)上記(4)のフッ素系高分子中の低濃度の臭素の分析において、得られた混合液に添加するカルシウム系化合物にCaCO
3(炭酸カルシウム)を用いる方法。
【発明の効果】
【0015】
本願発明の分析法によれば、フッ素系高分子中のヨウ素や臭素の量を、正確かつ比較的簡便に分析することができる。本発明が対象とするフッ素系高分子に特に制限はなく、ポリテトラフロロエチレン(PTFE)、テトラフロロエチレン/パーフロロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフロロエチレン/ヘキサフロロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフロロエチレン/エチレン共重合体(ETFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリクロロトリフロロエチレン(PCTFE)等のフッ素樹脂が挙げられるが、これらに限定されない。本発明の分析法は、フッ素系高分子の内でも特にゴムの分析に適している。フッ素系ゴムにも限定はなく、例えばフッ化ビニリデン/ヘキサフロロプロピレン共重合体(二元系FKM)、フッ化ビニリデン/ヘキサフロロプロピレン/テトラフロロエチレン共重合体(三元系FKM) 、フッ化ビニリデン/ヘキサフロロプロピレン/パーフロロアルキルビニルエーテル共重合体、テトラフロロエチレン/プロピレン共重合体、ヘキサフロロプロピレン/エチレン共重合体等のフッ素ゴム(FKM)、テトラフロロエチレン/パーフロロアルキルビニルエーテル共重合体(FFKM)等のパーフロロゴムのいずれにも適用できる。
【0016】
フッ素ゴムとしてゴムと樹脂の中間組成の高分子、例えば住友スリーエムからTHVの商標で市販されているフッ化ビニリデン/ヘキサフロロプロピレン/テトラフロロエチレン共重合体フッ素系共重合体、ダイキン工業からダイエルTPEの商標で市販されているフッ化ビニリデン/ヘキサフロロプロピレンとテトラフロロエチレン/エチレンとのブロック共重合体等をも包含する。また、これら樹脂やゴムの混合物であっても良く、種々のフィラーや繊維との複合材であっても良い。
【発明を実施するための形態】
【0018】
次に、本願発明を実施例によりさらに詳しく説明するが、本願発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0019】
フッ素系有機物(ヨウ化パーフロロヘキシルまたは臭化パーフロロヘキシル)を、本願発明に従い石英フラスコ内で燃焼させて処理し、分析に付した。上記試薬をガスタイトシリンジを用いてろ紙に浸みこませて点火し、すばやく容量500mlの酸素を満たした石英フラスコ中に入れ、密閉させた状態で燃焼させた。燃焼後、予めフラスコに入れておいた吸収液(ヒドラジン一水和物0.05%水溶液)を振り混ぜ、ガスと液を混合した。なお、試料量と吸収液量、検液の希釈率は適宜調整した。
【0020】
ヨウ素はICP-AESで測定した。ICP-AESは、高周波出力1200W、定量波長178.276nmにて測定した。臭素は炭酸ナトリウム系の溶離液を用いて、イオンクロマトグラフィーで測定した。得られた結果を
図1の表1に示す。
表1に示すように、いずれも回収率は100±10%で、化学式から算出される濃度と一致する結果が得られた。
【0021】
[比較例1]
ここで、ヨウ素の定量に際して、市販のパーフロロゴムを用いて、吸収液にヒドラジンを添加した場合と硝酸を添加した場合を比較例1とした。吸収液を変えた以外は、実施例1と同様に測定した。得られた結果を
図2の表2に示す。
表2に示すように、硝酸を添加した結果は著しくばらついていたが、ヒドラジンを添加した結果は、ばらつきが少なかった。
【実施例2】
【0022】
実施例1で述べた方法は、高分子に臭素が導入された、臭素を比較的高濃度含有する試料を分析する上で、簡便かつ最適な方法である。しかし、高濃度のフッ化物イオンをイオンクロマトグラフに導入できない制約から、検液を希釈して測定するため、定量下限が〜30ppm程度と高くなる。このため、試薬を添加し、フッ化物イオンを沈殿除去させた上で、測定する方法を検討した。以下に低濃度の臭素を測定する際の前処理方法をまとめる。
【0023】
図3の表3に、様々な試薬を用いた検討結果をまとめるが、最も安定的にフッ素を低減できるのはCaCO
3であった。次に、CaCO
3を添加した際に、臭素の定量性に問題がないか検討した結果を
図4の表4に示す。表4では、フッ素ゴムの燃焼吸収液またはフッ化水素酸水溶液に、既知濃度の臭素を添加した上で、過剰のCaCO
3を添加し、臭素の回収率を確かめた。なお、定量下限は、以下の条件で、試料濃度で10ppm程度となる。
試料40mgを、酸素を満たした500ml燃焼フラスコ内で燃焼させ、吸収液10ml(ヒドラジン一水和物0.05%水溶液)に吸収させる。遠沈管に移した後、CaCO
3を0.1g程度添加し、しばらく静置する。0.45μmのフィルターでろ過し、検液とし、希釈せずにイオンクロマトグラフィーで測定する。
【0024】
表3に示すように、CaCO
3をフッ素の吸着剤として添加すると、液中のフッ素濃度が約1/10に低減することが判った。CaO、Ca(OH)
2などでも効果が認められるが、最も安定した低減が認められるのはCaCO
3であった。
また、表4に示すように、CaCO
3を添加しても、臭素の回収率は概ね100%であり、CaCO
3を添加することによる臭素の損失は無視できることを確認した。
【0025】
以上のように、本願発明により、フッ素系高分子中のヨウ素、臭素を、簡便かつ正確に定量することが可能となった。他の従来法では定量性に欠けることがしばしばあることに鑑み、本願発明の効果は顕著である。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本願発明は、フッ素系高分子材料中のヨウ素または臭素を正確に定量するための、分析前処理および測定方法として、幅広く利用できるものである。