【実施例】
【0031】
IBGCを始めとするリン酸代謝異常を標的とした薬剤スクリーニング方法の創出を目指し、以下の検討を行った。
1.実験方法
(1)薬物および試薬
使用した薬物および試薬は市販の特級試薬を用いた。
【0032】
(2)細胞培養
実験には、ヒト神経芽細胞腫SK-N-SH細胞株からサブクローニングされたドパミン系細胞株のSH-SY5Y細胞(ATCC社)、ヒトグリア芽腫A172細胞(ATCC社)、マウス脳微小血管内皮bEnd3細胞(ATCC社)を使用した。培養条件は、37℃、95% air-5% CO
2とし、90 mm径のポリスチレン培養皿を用い、Dulbecco’s modified Eagle Medium(DMEM)に、非動化したウシ胎児血清(fetal calf serum; FCS)を10%の濃度となるよう添加した培養液中で培養した。
【0033】
(3)薬物処置
90 mm径のポリスチレン培養皿でコンフルエントに達したSH-SY5Y細胞を、それぞれの実験に使用する培養皿で24時間培養した後、Ca
2+、Mg
2+無添加リン酸緩衝化生理食塩水(PBS(-))で洗浄した後に、リン酸水素ナトリウム不含DMEM(Life technology)に置換した。その後Na
2HPO
4・7H
2OとNaH
2PO
4・H
2Oを用いて調製した0.1Mリン酸バッファー(pH 7.4)を用いて培養液中のリン酸濃度を最終濃度0〜1 mMに調製し、0〜72時間処置した。尚、PDGF-BB(Peprotech)(最終濃度0.5〜3.0 ng / mL)および合成ペプチドP12(アミノ酸: PSHISKYILRWRPK(配列番号1))(東レリサーチ)はリン酸水素ナトリウム不含DMEM置換しリン酸濃度を調製した直後に処置した。またLY294002(10 μM)(WAKO)および PD98059(20μM)(WAKO)はPDGF-BB(0.5 ng / mL)と同時処置をした。
【0034】
(4)生細胞の判定
生細胞の判定にはCell Counting Kit-8(Dojindo)を用いた。96ウェルプレートを使用して培養したSH-SY5Y細胞(10,000 cells/well)に薬物処置を行った後、Cell Counting Kit溶液を加えて培養条件下で4時間インキュベートし呈色反応を行った。その後、マイクロプレートリーダー(GloMax-Multi + Detection System)(Promega)を用いて450 nmの波長にて比色定量した。また細胞培養液中の濁りによるバックグランドを排除する場合は、650 nmの吸光度を測定し実測値から差し引いた。生存細胞率(Survival Index)は、1 mMリン酸を処置した対照群に対する吸光度の割合を%で表示した。
【0035】
(5)ウエスタンブロッティング解析
6ウェルプレートを使用して培養したSH-SY5Y細胞に薬物処置を行った後、細胞を回収した。タンパク質抽出は、protease inhibiter(ナカライ)、phosphatase inhibiter(ナカライ)を含むlysis buffer [10 mM Tris HCl(pH 7.5)、240 mM NaCl、1mM EDTA、1% NP-40] を用いた。上記試薬150μLを6ウェルプレートの各ウェルに添加し、30分間氷中に静置させ、1.5 mLマイクロチューブに回収した。その後、12,000 × g、4℃、30分間遠心した。遠心した上清を回収した。タンパク質濃度はPierce BCA protein assay kit(Thermo Scientific)を用い、マイクロプレートリーダー(GloMax-Multi + Detection System)(Promega)で測定した。測定後、Laemmli’s sample buffer [50 mM Tris-HCl(pH6.8)、10% glycerol、5% 2-mercaptoethanol、1% sodium dodecyl sulfate(SDS)、0.002% bromophenol blue] に溶解した。
【0036】
ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を行った後、polyvinylidene difluoride(PVDF)膜(Millipore)に、100 V、4℃、60分間転写した。転写後のPVDF膜を、5 % ウシ血清由来アルブミン含有TBS-T [10 mM Tris、150 mM NaCl、pH8.0、0.05% Tween-20] により1時間ブロッキングした後、一次抗体としてウサギ抗phospho-Erk1/2(Thr202/Tyr 204)抗体(1,000倍希釈)(Cell Signaling)、ウサギ抗Erk1/2抗体(1,000倍希釈)(Cell Signaling)、ウサギ抗phospho-Akt(Ser473)抗体(1,000倍希釈)(Cell Signaling)、ウサギ抗Akt抗体(1,000倍希釈)(Cell Signaling)を用い、4℃で一晩インキュベーションを行った。次にhorseradish peroxidase(HRP)標識ヤギ抗ウサギIgG抗体を二次抗体(2,000倍希釈)(Santa Cruz Biotechnology)として、室温で30分間インキュベーションした。その後、ECL kit(GEヘルスケア)に5分間浸した。その後、LAS-3000 UV mini(Fujifilm)を用いて検出した。バンドは、Multi Gauge Ver 3.0(Fujifilm)により発現量を定量的に解析した。尚、サイズマーカーはprestained protein marker/Low range(BioRad)を用いた。
【0037】
(6)
32P取り込み実験
24ウェルプレートにSH-SY5Y細胞、A172細胞、bEnd3細胞をそれぞれ播種し、コンフルエントになったものを用いた。PDGF-BB 0.25〜3.0 ng/mLを24時間処置した。Wash buffer(135 mM NaCl, 100 mM Mannnitol, 10 mM HEPES・KOH(pH7.4))で2回洗浄した。余剰なwash bufferをアスピレート後、PiフリーのPi uptake buffer(135 mM NaCl, 5.4 mM KCl, 1mM CaCl
2, 1.2 mM MgCl
2, 10 mM HEPES・KOH(pH7.4))を200μL/well加えた。その後、
32Pを含む2x Pi uptake buffer(0.1 mM K
2HPO
4 32P orthophosphoric acid, 2μCi/mL)を加えて5分間反応させた。反応後、ice-cold stop buffer(135 mM NaCl, 100 mM Mannnitol, 10 mM HEPES・KOH pH7.4, 40 mM K
2HPO
4)を加えて、反応停止させ、さらにstop bufferで3回洗浄した。0.2N NaOHで細胞を溶解、回収後、液体シンチレーションカウンターにて測定した。併せて細胞溶解液のタンパク質濃度はQuant-iT Protein Assay Kit(Life technology)を用いて計測し、データの標準化に使用した。
【0038】
(7)統計処理
得られた成績は平均±標準誤差(S.E.M.)として表示し、統計学的解析は、一元配置分散分析を行った後、Bonferroni/Dunn testにより、危険率5%未満を有意な差とした。
【0039】
2.実験結果および考察
SH-SY5Y細胞に対して、通常の培地液(DMEM)に含まれる無機リン酸濃度である1 mMを基準(コントロール:C)にして、0.5 mMおよび0 mMの低リン酸状態で24〜72時間培養した。培養後の細胞生存率を測定したところ、0 mMの低リン酸状態では、処置後24時間で有意な細胞死が観察され、時間依存的な細胞死が観察された。0.5mMの低リン酸処置では、処置後24時間では細胞死が観察されなかったが、処置後48時間では約30%、処置後72時間では約80%の細胞死が観察された(
図1A)。低リン酸状態による細胞に対してPDGF-BBの保護効果を検討した(
図1B)。0.25 mMリン酸負荷48時間後に約55%の有意な細胞死が観察された。その細胞死に対して、0.5 ng/mL PDGF-BB処置は有意な細胞死抑制効果を示した。また、PDGF-BBの細胞保護効果は濃度依存的に示された(
図1B)。
【0040】
PDGF-BBはPDGF受容体(PDGFRB)に作用し、主にPI3K-Akt経路とMAPK経路が活性化することがすでに知られている。そこで、どちらの経路がより低リン酸に対する細胞保護効果に重要であるかを検討した。通常培養液で培養しているSH-SY5Y細胞に対してPDGF-BBを0.5、1.0、3.0 ng / mLの濃度で15分間処置したサンプルについてウエスタンブロット解析を行ったところ、リン酸化Aktおよびリン酸化ERKの濃度依存的な増加が確認された(
図2A)。このことにより、PDGF-BBによりPI3K-Akt経路とMAPK経路が活性化していることが確認できた。次に、PI3K-Akt経路の阻害剤LY294002(LY)及びMAPK経路の阻害剤PD98059(PD)を用いた検討を実施した(
図2B)。0.25 mMリン酸負荷48時間後に有意な細胞死が引き起こされ、その細胞死に対して、0.5 ng/mL PDGF-BB処置により有意な細胞死抑制効果が観察された。そのPDGF-BBの細胞保護効果はLY処置によって有意に抑制された。一方で、PD処置では何の影響もなかった。この結果は、低リン酸状態の細胞死に対するPDGF-BBの保護効果にはPI3K-Akt経路の活性化が必要であることを示す。
【0041】
過去の報告によれば、合成ペプチドP12(P12)がPDGF-BBの作用を増強する(Lin et al., J Invest Dermatol., 134, 1119-1127, 2014)。そこで、P12が低リン酸負荷時の細胞死に対するPDGF-BBの保護効果に与える影響を検討した(
図3)。0.5 ng / mL PDGF-BBと5μM P12の同時投与では保護効果に増強効果は示さなかったが、0.5 ng / mL PDGF-BBと10μM P12の同時投与では、0.25 mMリン酸負荷48時間後の細胞死に対して0.5 ng / mL PDGF-BB単独処置と比較して、有意な細胞保護増強効果を示した(
図3A)。さらに、ウエスタンブロット解析により、0.5 ng / mL PDGF-BBと10μM P12を同時処置したSH-SY5Y細胞では、0.5 ng / mL PDGF-BB単独処置と比較し、p-Aktの活性化増強と活性化時間の持続が観察された(
図3B)。これらの結果から、P12はPDGF-BBに作用し、PI3K-Akt経路活性をさらに増強させ、PDGF-BBによる細胞保護効果を増強していることが示唆された。さらに、この実験系がP12のようなペプチドや低分子化合物を見出すスクリーニングとして有用であることが確認された。家族性IBGCの中では、PDGF-BBの変異がある患者がおり、その患者血清中のPDGF-BB量は低下していることが予測されていることから、本実験系は、IBGCのようなリン代謝異常の疾患に対する治療薬のスクリーニング系として有用であるといえる。
【0042】
低リン酸状態に対するPDGF-BBの作用機序を解明する目的で、SH-SY5Y細胞、A172細胞およびbEnd3細胞を用い、
32Pの細胞内取り込み活性を測定した。PDGF-BBを0.25〜3.0 ng/mLの濃度域で検討した結果、SH-SY5Y細胞では3.0 ng/mL PDGF-BB処置で有意に
32Pの細胞内取り込み活性が増加した(
図4A)。また、A172細胞では、0.5 ng/mL PDGF-BB処置より有意に
32Pの細胞内取り込み活性が増加した(
図4B)。bEnd3細胞では、3.0 ng/mL PDGF-BB処置で有意に
32Pの細胞内取り込み活性が増加した(
図4C)。これらの結果から、細胞の種類により若干のPDGF-BB感受性の相違があるものの、PDGF-BB処置は細胞内にリン取り込みを増加させる働きがあることが明らかとなった。従って、この実験系は、
32Pの細胞内取り込み活性を指標にしてPDGF-BBと相互作用するペプチドや低分子化合物を見出すスクリーニングに適用できるといえる。また、IBGCのようなリン代謝異常の疾患に対する治療薬のスクリーニング系として有用である。