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特開2017-163933リン酸ホメオスターシス異常モデルにおけるPDGF−BBおよび関連化合物のスクリーニング方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-163933(P2017-163933A)
(43)【公開日】2017年9月21日
(54)【発明の名称】リン酸ホメオスターシス異常モデルにおけるPDGF−BBおよび関連化合物のスクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/02 20060101AFI20170825BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20170825BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20170825BHJP
   C12N 5/0793 20100101ALN20170825BHJP
【FI】
   C12Q1/02ZNA
   G01N33/15 Z
   G01N33/50 Z
   C12N5/0793
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2016-54520(P2016-54520)
(22)【出願日】2016年3月17日
(71)【出願人】
【識別番号】591060289
【氏名又は名称】岐阜市
(74)【代理人】
【識別番号】100114362
【弁理士】
【氏名又は名称】萩野 幹治
(72)【発明者】
【氏名】保住 功
(72)【発明者】
【氏名】位田 雅俊
(72)【発明者】
【氏名】栗田 尚佳
【テーマコード(参考)】
2G045
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
2G045AA40
2G045BB20
2G045CB01
2G045DA13
2G045DB04
4B063QA05
4B063QA20
4B063QQ08
4B063QR77
4B063QX01
4B065AA93X
4B065BB23
4B065BD22
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】リン酸代謝異常に対して有効な薬剤を合理的且つ効率的にスクリーニングする方法を提供することを課題とする。
【解決手段】低リン酸条件で培養した細胞において、(1)細胞死に対する保護、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化、に関するPDGF-BBの効果を被験物質が増強する否か、或いは(2)細胞死に対する保護効果、及び/又はPI3K-Akt経路を活性化する効果を被験物質が単独で示すか否か、を調べることによって、リン酸代謝異常を標的とした薬剤をスクリーニングする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
低リン酸条件で培養した細胞において、
細胞死に対する保護、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化、に関するPDGF-BBの効果を被験物質が増強する否か、或いは
細胞死に対する保護効果、及び/又はPI3K-Akt経路を活性化する効果を被験物質が単独で示すか否か、
を調べることを特徴とする、リン酸代謝異常を標的とした薬剤をスクリーニングする方法。
【請求項2】
以下のステップ(1)及び(2)を含む、請求項1に記載の方法:
(1)細胞を低リン酸条件下、且つPDGF-BBと被験物質の存在下で培養するステップ;
(2)ステップ(1)の後に、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルを測定し、以下のA〜Cの中の一つ以上の指標によって被験物質の有効性を判定するステップ、
A 被験物質の非存在下であること以外は同一の条件で培養した場合に比較して、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルの上昇が認められることが被験物質の有効性を示す、
B PDGF-BBと被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した場合に比較して、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルの上昇が認められることが被験物質の有効性を示す、
C PDGF-BBが非存在下であること以外は同一の条件で培養した場合に比較して、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルの上昇が認められることが被験物質の有効性を示す。
【請求項3】
前記低リン酸条件が、培養液中のリン酸濃度が0mM〜0.8mMの条件である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記低リン酸条件が、培養液中のリン酸濃度が0mM〜0.5mMの条件である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項5】
前記リン酸代謝異常が、脳内石灰化症、ホルモン異常症、電解質異常症又は薬物中毒症である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記リン酸代謝異常が脳内石灰化症である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記リン酸代謝異常が特発性基底核石灰化症である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記細胞が、標的となる前記リン酸代謝異常の関連組織を構成する細胞に対応する細胞である、請求項1〜7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記リン酸代謝異常が特発性基底核石灰化症であり、前記細胞が神経細胞である、請求項1〜4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記神経細胞がヒト神経芽細胞腫細胞である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
ステップ(2)における、PI3K-Akt経路の活性化レベルが、Aktのリン酸化レベルによって評価される、請求項1〜10のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
以下のステップ(3)を更に含む、請求項1〜11のいずれか一項に記載の方法、
(3)ステップ(2)において、細胞生存率とPI3K-Akt経路の活性化レベルの両方に関して有効性を認めた被験物質を選抜するステップ。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか一項に記載の方法で選抜された化合物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はスクリーニング方法に関する。詳しくは、リン酸代謝異常(リン酸ホメオスターシス異常)を標的とした薬剤のスクリーニング方法及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
特発性基底核石灰化症(Idiopathic basal ganglia calcification: IBGC)の原因遺伝子として、リン酸(Pi)を細胞内に取り込むリン酸トランスポーターPiT2をコードするSLC20A2遺伝子、及びリン酸の細胞外への排泄に関与するXPR-1遺伝子が報告され、その病態にリン酸ホメオスターシス異常が想定されている(非特許文献1、2)。また、IBGCの症例において、血小板由来成長因子(Platelet-Derived Growth Factor: PDGF)の受容体サブユニットβをコードする遺伝子PDGFRBの変異、及びPDGF受容体のリガンドの一つであるPDGF-Bをコードする遺伝子PDGFBの変異も報告された(非特許文献3、4)。PDGFにはA、B、C及びDの4種類があり、二量体で作用する。PDGFB・PDGFRB系はチロシンキナーゼ受容体型のシグナル伝達系であり、リン酸トランスポーター機能に影響を及ぼすことが想定されてはいるが、その機序は不明な部分が多い。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】Wang C. et al: Mutations in SLC20A2 link familial idiopathic basal ganglia calcification with phosphate homeostasis. Nat Genet 44: 254-256. 2012.
【非特許文献2】Yamada M. et al: Evaluation of SLC20A2 mutations that cause idiopathic basal ganglia calcification in Japan. Neurology 82: 705-712. 2014.
【非特許文献3】Nicolas G. et al: Mutation of the PDGFRB gene as a cause of idiopathic basal ganglia calcification. Neurology 80: 181-187. 2013.
【非特許文献4】Keller A, et al: Mutations in the gene encoding PDGF-B cause brain calcifications in humans and mice. Nat Genet 45: 1077-1082. 2013.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
いくつかの原因遺伝子が報告され、治療法開発に向けた知見は蓄積されつつあるものの、IBGCを始めとするリン酸代謝異常を標的とした薬剤スクリーニング系は確立されていない。このような状況下で本発明は、リン酸代謝異常に対して有効な薬剤を合理的且つ効率的にスクリーニングする方法を提供し、リン酸代謝異常に対する治療法の確立に資することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
IBGCの病態形成の基盤として、細胞内のリン酸代謝異常が想定されている。本発明者らは、この点に着目し、低リン酸環境を取り入れたスクリーニング系がIBGCを標的とした薬剤の探索に有用であると考え、その有効性及び実効性を調べることにした。詳細な検討の結果、低リン酸環境による細胞死に対してPDGF-BBが保護効果を示すことに加え、その細胞死はPDGF-BBに関連するPI3K-Akt経路を介することが明らかとなった。この知見に鑑みれば、低リン酸環境で培養した細胞に対するPDGF-BBの効果(即ち、細胞保護効果)への影響、及びPI3K-Akt経路の活性化レベルが、IBGCに対して有効な薬剤を選抜するための指標として有用であるといえる。また、IBGCとリン酸代謝異常の関係からすれば、当該指標はIBGCに限らず、各種リン酸代謝異常に関しても有用なものと考えられる。一方、PDGF-BBの作用を増強すると報告された合成ペプチドを用いた実験によって、当該指標を利用したスクリーニング系が良好に機能することが確認された。更なる検討の結果、当該スクリーニング系の有用性及び汎用性を裏づける重要な知見も得られた。ここで、低リン酸環境で培養した細胞に対してPGDF-BBと同様に細胞保護効果を単独で示す物質も、上記指標で選抜される物質と同様、IBGCを始めとするリン酸代謝異常に対して有効と考えられる。
主として上記の成果及び考察に基づき、以下の発明を提供する。
[1]低リン酸条件で培養した細胞において、
細胞死に対する保護、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化、に関するPDGF-BBの効果を被験物質が増強する否か、或いは
細胞死に対する保護効果、及び/又はPI3K-Akt経路を活性化する効果を被験物質が単独で示すか否か、
を調べることを特徴とする、リン酸代謝異常を標的とした薬剤をスクリーニングする方法。
[2]以下のステップ(1)及び(2)を含む、[1]に記載の方法:
(1)細胞を低リン酸条件下、且つPDGF-BBと被験物質の存在下で培養するステップ;
(2)ステップ(1)の後に、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルを測定し、以下のA〜Cの中の一つ以上の指標によって被験物質の有効性を判定するステップ、
A 被験物質の非存在下であること以外は同一の条件で培養した場合に比較して、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルの上昇が認められることが被験物質の有効性を示す、
B PDGF-BBと被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した場合に比較して、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルの上昇が認められることが被験物質の有効性を示す、
C PDGF-BBが非存在下であること以外は同一の条件で培養した場合に比較して、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルの上昇が認められることが被験物質の有効性を示す。
[3]前記低リン酸条件が、培養液中のリン酸濃度が0mM〜0.8mMの条件である、[1]又は[2]に記載の方法。
[4]前記低リン酸条件が、培養液中のリン酸濃度が0mM〜0.5mMの条件である、[1]又は[2]に記載の方法。
[5]前記リン酸代謝異常が、脳内石灰化症、ホルモン異常症、電解質異常症又は薬物中毒症である、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の方法。
[6]前記リン酸代謝異常が脳内石灰化症である、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の方法。
[7]前記リン酸代謝異常が特発性基底核石灰化症である、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の方法。
[8]前記細胞が、標的となる前記リン酸代謝異常の関連組織を構成する細胞に対応する細胞である、[1]〜[7]のいずれか一項に記載の方法。
[9]前記リン酸代謝異常が特発性基底核石灰化症であり、前記細胞が神経細胞である、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の方法。
[10]前記神経細胞がヒト神経芽細胞腫細胞である、[9]に記載の方法。
[11]ステップ(2)における、PI3K-Akt経路の活性化レベルが、Aktのリン酸化レベルによって評価される、[1]〜[10]のいずれか一項に記載の方法。
[12]以下のステップ(3)を更に含む、[1]〜[11]のいずれか一項に記載の方法、
(3)ステップ(2)において、細胞生存率とPI3K-Akt経路の活性化レベルの両方に関して有効性を認めた被験物質を選抜するステップ。
[13][1]〜[12]のいずれか一項に記載の方法で選抜された化合物。
【図面の簡単な説明】
【0006】
図1】低リン酸処置による細胞死と、低リン酸細胞死に対するPDGF-BBの保護効果。(A)SH-SY5Y細胞を96ウェルプレートに播種した24時間後に低リン酸処置を24〜72時間行った。生細胞の判定にはCell Counting Kit-8を用いた。** p<0.01、*** p<0.001 vs. コントロール(C)。(B)SH-SY5Y細胞を96ウェルプレートに播種した24時間後に0.25 mMリン酸処置を行うと同時にPDGF-BB(0.5〜3.0 ng / mL)を処置した。処置48時間後にCell Counting Kit-8を用いて生細胞の判定を行った。** p<0.01、vs. コントロール、†† p<0.01、††† p<0.001 vs. 0.25 mM リン酸処置単独。
図2】PDGF-BB刺激によるPI3K-Akt経路の活性化。(A)SH-SY5Y細胞にPDGF-BBを0.5、1.0、3.0 ng / mLの濃度で15分間処置したサンプルをウエスタンブロット解析し、リン酸化Aktとリン酸化ERKの発現量を検討した。(B)SH-SY5Y細胞を96ウェルプレートに播種した24時間後に0.25 mMリン酸処置を行うと同時にPDGF-BB(1.0 ng / mL)および、PI3K-Akt経路阻害剤のLY294002(LY)、 またはMAPK経路阻害剤のPD98059(PD)を処置した。処置48時間後にCell Counting Kit-8を用いて生細胞の判定を行った。** p<0.01、vs. コントロール、†† p<0.01 vs. 0.25 mM リン酸処置単独、## p<0.01 vs. 0.25 mM リン酸処置+PDGF-BB併用。
図3】合成ペプチドP12によるPDGF-BBの保護作用の増強。(A)SH-SY5Y細胞を96ウェルプレートに播種した24時間後に0.25 mMリン酸処置を行うと同時にPDGF-BB(0.5 ng / mL)および合成ペプチドP12を処置した。処置48時間後にCell Counting Kit-8を用いて生細胞の判定を行った。** p<0.01、vs. コントロール、†† p<0.01 vs. 0.25 mM リン酸処置単独、## p<0.01 vs. 0.25 mM リン酸処置+PDGF-BB併用。(B)SH-SY5Y細胞にPDGF-BB単独またはPDGF-BBと合成ペプチドP12を併用し、15、30、45分間処置したサンプルをウエスタンブロット解析し、リン酸化Aktとリン酸化ERKの発現量を検討した。
図4】PDGF-BB作用による細胞内32P取り込み活性の増加。24ウェルプレートにSH-SY5Y細胞(A)、A172細胞(B)、bEnd3細胞(C)をそれぞれ播種した。PDGF-BB 0.25〜3.0 ng/mLを24時間処置した。その後、32P取り込み活性を液体シンチレーションカウンターにて測定した。* p<0.05、vs. コントロール。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本発明はリン酸代謝異常を標的とした薬剤のスクリーニング方法に関する。本発明のスクリーニング方法によれば、リン酸代謝異常を呈する又は伴う、或いはリン酸代謝異常に起因する各種疾患の治療や改善又は予防に有効な物質(薬剤候補やリード化合物など)を効率的にスクリーニングすることができる。標的となる疾患としては、IBGC、ファール病等の脳内石灰化症、副状腺機能疾患、甲状腺機能疾患、クッシング症候群などのホルモン異常症、低マグネシウム血症や低カリウム血症などの電解質異常症、テオフィリン、利尿薬等による薬物中毒症を挙げることができる。中でも、IBGCは好適な標的疾患である。IBGCは大脳基底核や小脳歯状核などに原因不明の病的な石灰化(カルシウム沈着)をきたす疾患であり、進行性の神経症状(パーキンソニズム、認知症、精神症状など)が認められる。
【0008】
本発明のスクリーニング方法で選抜される物質は標的疾患の治療薬開発に有用である。言い換えれば、本発明は、治療薬の有効成分の候補又はリード化合物の同定を可能にする。「治療薬」とは、標的疾患に対する治療的又は予防的効果を示す医薬のことをいう。治療的効果には、標的疾患に特徴的な症状(病態)又は随伴症状を緩和すること(軽症化)、症状の悪化を阻止ないし遅延すること等が含まれる。後者については、重症化を予防するという点において予防的効果の一つと捉えることができる。このように、治療的効果と予防的効果は一部において重複する概念であり、明確に区別して捉えることは困難であり、またそうすることの実益は少ない。予防的効果の典型的なものは、標的疾患に特徴的な症状の再発を阻止ないし遅延することである。尚、標的疾患に対して何らかの治療的効果又は予防的効果、或いはこの両者を示す限り、標的疾患に対する治療薬に該当する。
【0009】
本発明のスクリーニング方法では、「低リン酸環境による細胞死に対してPDGF-BBが保護効果を示した事実」及び「低リン酸環境で誘導された細胞死は、PDGF-BBに関連するPI3K-Akt経路を介するものであるとの知見」、更には、「低リン酸環境で培養した細胞に対し、PDGF-BBと同様に細胞保護効果を単独で示す物質も、IBGCを始めとするリン酸代謝異常に対して有効であるとの考察」に基づき、低リン酸条件で培養した細胞を用いるとともに、「細胞死に対する保護、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化、に関するPDGF-BBの効果を被験物質が増強する否か」との指標、及び/又は「細胞死に対する保護効果、及び/又はPI3K-Akt経路を活性化する効果を被験物質が単独で示すか否か」との指標を用い、被験物質の有効性を判断する。典型的には、本発明では以下のステップ(1)及び(2)を実施する。
(1)細胞を低リン酸条件下、且つPDGF-BBと被験物質の存在下で培養するステップ
(2)ステップ(1)の後に、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルを測定し、以下のA〜Cの中の一つ以上の指標によって被験物質の有効性を判定するステップ、
A 被験物質の非存在下であること以外は同一の条件で培養した場合に比較して、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルの上昇が認められることが被験物質の有効性を示す、
B PDGF-BBと被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した場合に比較して、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルの上昇が認められることが被験物質の有効性を示す、
C PDGF-BBが非存在下であること以外は同一の条件で培養した場合に比較して、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルの上昇が認められることが被験物質の有効性を示す。
【0010】
ステップ(1)では、予め用意しておいた細胞を低リン酸条件下、且つPDGF-BBと被験物質の存在下で培養する。培養に供する細胞(以下、「スクリーニング用細胞」と呼ぶことがある)としては、各種細胞を用いることができる。好ましくは、標的となるリン酸代謝異常(即ち標的疾患)の関連組織を構成する細胞に対応する細胞を採用する。「関連組織」とは、標的疾患における罹患組織、又は標的疾患の基盤(病因)となる組織である。標的疾患がIBGCの場合を例として、関連組織に該当する組織を挙げれば、大脳基底核、小脳歯状核、脳血管である。従って、標的疾患がIBGCの場合には、これらの組織を構成する細胞に対応する神経細胞、脳毛細血管内皮細胞、グリア細胞等を本発明のスクリーニングに用いることができる。その他の利用可能な細胞を例示すれば、ヒト血管内皮細胞(例えば標的疾患が動脈硬化症の場合に有用)である。リン酸トランスポーター遺伝子(例えばPiT2をコードするSLC20A2やXPR-1遺伝子)の変異を導入した細胞を用いることもできる。当該細胞を用いれば、細胞自体の特性としてリン酸の取り込みが抑制され、即ち、低リン酸環境が形成される。従って、このような細胞を用いる場合には、低リン酸条件下での培養は必須ではない。
【0011】
スクリーニング用細胞として、生体から単離した細胞又はその継代細胞、株化された細胞(即ち細胞株)、或いは幹細胞(iPS細胞やES細胞等の多能性幹細胞や成体幹細胞など)や前駆細胞をin vitroで分化誘導して得られた細胞等を用いることができる。スクリーニング用細胞の動物種も特に限定されない。従って、ヒト細胞や非ヒト哺乳動物細胞(例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター、ウサギ、サル、ウシ、ウマ等の細胞)等を用いることができる。好ましくは、ヒト細胞を用いる。
【0012】
ステップ(1)では、スクリーニング用細胞が低リン酸条件下で培養される。「低リン酸条件」とは、培養液中のリン酸濃度が、一般的な細胞培養で採用される濃度よりも低い条件をいう。動物細胞を培養する場合には一般に、1mM程度のリン酸が含まれる培養液が使用される。従って、本発明における「低リン酸条件」は、培養液中のリン酸濃度が例えば0.8mM以下(即ち0mM〜0.8mM)、好ましくは0.5mM以下(即ち0mM〜0.5mM)、更に好ましくは0.3mM以下(即ち0mM〜0.3mM)である。低リン酸条件として特に好ましい濃度範囲として、0.2mM〜0.3mMが挙げられる。使用するリン酸塩(例えばナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩)の添加量を調整することにより、所望の低リン酸条件を形成することができる。
【0013】
スクリーニング用細胞は、上記の低リン酸条件に加え、PDGF-BBと被験物質の存在下という条件の下、培養に供される。スクリーニング用細胞をPDGF-BBと被験物質の存在下で培養するためには、例えば、スクリーニング用細胞を培養皿に播種し、所定時間(例えば1分〜24時間)経過した後、PDGF-BB及び被験物質を培養液(低リン酸条件を満たすもの)に添加するか、或いはPDGF-BB及び被験物質を添加した培養液(低リン酸条件を満たすもの)に交換すればよい。後者の場合には、培地交換に先立って、低リン酸条件を満たす培養液(例えばリン酸濃度が0mM〜0.5mMの培養液)で細胞を洗浄しておくとよい。
【0014】
スクリーニング用細胞を播種後、直ちにPDGF-BB及び被験物質の添加、或いはPDGF-BB及び被験物質を添加した培養液への交換を実施することにしてもよい。また、PDGF-BB及び被験物質を予め添加した培養液を培養当初から用いることにし、播種と同時に「PDGF-BB及び被験物質が培養液中に存在した状態」が形成されるようにしてもよい。
【0015】
PDGF-BBと被験物質の両者が存在する状態が形成される限りにおいて、PDGF-BB又は被験物質を後で添加することにしてもよい。例えば、PDGF-BBが添加された培養液で培養を開始し、所定のタイミングで被験物質を添加することで、培養の途中からPDGF-BBと被験物質の両者が存在する状態を形成することにしてよい。
【0016】
培養液中のPDGF-BBの濃度は、PDGF-BBによる細胞保護効果が得られる限りにおいて特に限定されないが、例えば0.1ng/mL〜10ng/mL、好ましくは0.5ng/mL〜3.0ng/mLとする。PDGF-BBは例えば、R&D Systems社、オリエンタル酵母株式会社、Pepro Tech社等から入手することができる。好ましくはヒトPDGF-BB(例えば組換え体)が用いられるが、他の動物種のPDGF-BBを用いることを妨げるものではない。
【0017】
被験物質の添加濃度も特に限定されない。例えば、1nM〜10μMの範囲内で添加濃度を設定することができる。添加濃度の異なる試験群を設ければ、濃度依存性を評価可能である。
【0018】
低リン酸条件下、且つPDGF-BBと被験物質の存在下での培養の期間(培養時間)は、PDGF-BBによる細胞保護効果の発揮に必要な時間を考慮し、例えば1時間〜120時間、好ましくは12時間〜96時間、更に好ましくは24時間〜72時間とする。尚、最適な培養時間は予備実験によって決定することができる。
【0019】
被験物質としては様々な分子サイズの有機化合物又は無機化合物を用いることができる。有機化合物の例として、核酸、ペプチド、タンパク質、脂質(単純脂質、複合脂質(ホスホグリセリド、スフィンゴ脂質、グリコシルグリセリド、セレブロシド等)、プロスタグランジン、イソプレノイド、テルペン、ステロイド、ポリフェノール、カテキン、ビタミン(B1、B2、B3、B5、B6、B7、B9、B12、C、A、D、E等)を例示できる。医薬や栄養食品等の既存成分或いは候補成分も好ましい被験物質の一つである。植物抽出液、細胞抽出液、培養上清などを被験物質として用いてもよい。既存の薬剤(例えば、米国食品医薬品局(FDA)承認薬のライブラリー)を被験物質として用いることもできる。また、様々な化合物ライブラリー(例えばLigand Box)が提供されており(例えばAsinex社やナミキ商事株式会社から入手することができる)、当該化合物ライブラリーを用いることにしてもよい。被験物質は天然物由来であっても、或いは合成によるものであってもよい。後者の場合には例えばコンビナトリアル合成の手法を利用して効率的なスクリーニング系を構築することができる。尚、2種類以上の被験物質を同時に添加することにより、被験物質間の相互作用、相乗作用などを調べることにしてもよい。
【0020】
本明細書で言及しない事項(培地、培養温度など)については、使用する細胞の培養に一般的な培養条件に従えばよい。培養条件は、過去の報告や成書を参考にして、或いは予備実験を通じて決定すればよい。尚、培養温度は通常37℃とする。
【0021】
ステップ(1)に続くステップ(2)では、細胞生存率又はPI3K-Akt経路の活性化レベル、或いはこれらの両者を測定し、特定の指標(判断基準)によって被験物質の有効性を判定する。細胞生存率の測定は常法で行えばよい。例えば、WST-8アッセイ(例えばCell counting kit-8を使用する)、LDH細胞毒性測定法、トリパンブルー色素排除試験法等によって細胞死を測定し、細胞生存率を算出する。PI3K-Akt経路の活性化レベルは、PI3K-Akt経路を構成する分子の活性化レベル又はPDGF-BBの受容体(PDGFRB)のリン酸化レベルによって測定・評価できる。好ましくは、PI3K-Akt経路の主要分子であるAktのリン酸化レベル又はPDGFRBのリン酸化レベルを測定し、測定結果からPI3K-Akt経路の活性化レベルを評価する。Akt又はPDGFRBのリン酸化レベルの測定には、ウエスタンブロッティング法やELISA法などを利用することができる。
【0022】
本発明では、被験物質が有効であることの指標として、以下のA〜Cの指標を採用する。
<指標A>
被験物質の非存在下であること以外は同一の条件で培養した場合に比較して、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルの上昇が認められることが被験物質の有効性を示す。好ましくは、細胞生存率とPI3K-Akt経路の活性化レベルの両者について、このような上昇が認められたときに被験物質が有効であると判定する。
<指標B>
PDGF-BBと被験物質が非存在下であること以外は同一の条件で培養した場合に比較して、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルの上昇が認められることが被験物質の有効性を示す。好ましくは、細胞生存率とPI3K-Akt経路の活性化レベルの両者について、このような上昇が認められたときに被験物質が有効であると判定する。
<指標C>
PDGF-BBが非存在下であること以外は同一の条件で培養した場合に比較して、細胞生存率、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルの上昇が認められることが被験物質の有効性を示す。好ましくは、細胞生存率とPI3K-Akt経路の活性化レベルの両者について、このような上昇が認められたときに被験物質が有効であると判定する。
【0023】
指標Aを採用する場合には、低リン酸濃度、PDGF-BB存在下、被験物質非存在下で培養した細胞(説明の便宜上、「対照群A」と呼ぶ)と比較して測定結果が評価される。当該評価によれば、被験物質がPDGF-BBの効果を増強するか否かを判定できる。また、PDGF-BBの効果を確認でき、判定結果の信頼性を高めることができる。
【0024】
指標Bを採用する場合には、低リン酸濃度、PDGF-BB非存在下、被験物質非存在下で培養した細胞(説明の便宜上、「対照群B」と呼ぶ)と比較して測定結果が評価される。当該評価によれば、被験物質単独、又は被験物質とPDGF-BBの組合せのいずれかによって所望の効果が得られるか否かを判定できる。また、PDGF-BBの効果を確認でき、判定結果の信頼性を高めることができる。
【0025】
指標Cを採用する場合には、低リン酸濃度、PDGF-BB非存在下、被験物質存在下で培養した細胞(説明の便宜上、「対照群C」と呼ぶ)と比較して測定結果が評価される。当該評価によれば、被験物質単独よりも、被験物質とPDGF-BBの組合せの方が効果が高いか否か、或いは組み合わせることによって所望の効果を発揮するか否かを判定できる。
【0026】
指標Aと指標Bを併用するとPDGF-BB単独の効果も確認できる。従って、より信頼性の高い判定結果を得ることができる。一方、指標AとCを併用すると、PDGF-BBの効果と被験物質の効果を比較できる。従って、被験物質の有効性に関してより多くの情報が得られることになる。指標BとCを併用した場合には被験物質単独の効果も評価できる。従って、単独で所望の効果を発揮する薬剤を見出す目的において有効な態様といえる。
【0027】
以上の説明から明らかな通り、指標A〜Cは互いに排他的なものではなく、二つ以上を併用することができる。二つ以上の指標の併用によれば、上記の通り、より有益な判定結果が得られる。従って、好ましくは二つ以上の指標を併用し、更に好ましくは指標A〜Cの全てを併用する。尚、通常のリン酸濃度で培養した細胞も用意し、その測定結果も利用すれば、低リン酸状態で細胞死が誘導されることを確認でき、スクリーニング系自体の信頼性を高めることができる。
【0028】
尚、複数の被験物質を用いた場合には、細胞生存率の上昇の程度、及び/又はPI3K-Akt経路の活性化レベルの上昇の程度に基づき、各被験物質の有効性を比較評価することができる。
【0029】
本発明のスクリーニング方法では、ステップ(2)において細胞生存率、又はPI3K-Akt経路の活性化レベル、或いはこの両者に関して有効性を認めた被験物質を有用なものとして選抜する。好ましくは、細胞生存率とPI3K-Akt経路の活性化レベルの両者に関して有効性を認めた被験物質が選抜される。この態様によれば、効果及び作用機序の両面で有効性が確認されたものを選抜でき、選抜された物質の臨床応用を図る上で有利である。
【0030】
本発明のスクリーニング方法によって選択された物質が十分な薬効を有する場合には、当該物質をそのまま、標的疾患に対する治療薬の有効成分として使用することができる。一方、十分な薬効を有しない場合には、化学的修飾などの改変を施してその薬効を高めた上で標的疾患に対する治療薬の有効成分として使用することができる。勿論、十分な薬効を有する場合であっても、更なる薬効の増大を目的として同様の改変を施してもよい。
【実施例】
【0031】
IBGCを始めとするリン酸代謝異常を標的とした薬剤スクリーニング方法の創出を目指し、以下の検討を行った。
1.実験方法
(1)薬物および試薬
使用した薬物および試薬は市販の特級試薬を用いた。
【0032】
(2)細胞培養
実験には、ヒト神経芽細胞腫SK-N-SH細胞株からサブクローニングされたドパミン系細胞株のSH-SY5Y細胞(ATCC社)、ヒトグリア芽腫A172細胞(ATCC社)、マウス脳微小血管内皮bEnd3細胞(ATCC社)を使用した。培養条件は、37℃、95% air-5% CO2とし、90 mm径のポリスチレン培養皿を用い、Dulbecco’s modified Eagle Medium(DMEM)に、非動化したウシ胎児血清(fetal calf serum; FCS)を10%の濃度となるよう添加した培養液中で培養した。
【0033】
(3)薬物処置
90 mm径のポリスチレン培養皿でコンフルエントに達したSH-SY5Y細胞を、それぞれの実験に使用する培養皿で24時間培養した後、Ca2+、Mg2+無添加リン酸緩衝化生理食塩水(PBS(-))で洗浄した後に、リン酸水素ナトリウム不含DMEM(Life technology)に置換した。その後Na2HPO4・7H2OとNaH2PO4・H2Oを用いて調製した0.1Mリン酸バッファー(pH 7.4)を用いて培養液中のリン酸濃度を最終濃度0〜1 mMに調製し、0〜72時間処置した。尚、PDGF-BB(Peprotech)(最終濃度0.5〜3.0 ng / mL)および合成ペプチドP12(アミノ酸: PSHISKYILRWRPK(配列番号1))(東レリサーチ)はリン酸水素ナトリウム不含DMEM置換しリン酸濃度を調製した直後に処置した。またLY294002(10 μM)(WAKO)および PD98059(20μM)(WAKO)はPDGF-BB(0.5 ng / mL)と同時処置をした。
【0034】
(4)生細胞の判定
生細胞の判定にはCell Counting Kit-8(Dojindo)を用いた。96ウェルプレートを使用して培養したSH-SY5Y細胞(10,000 cells/well)に薬物処置を行った後、Cell Counting Kit溶液を加えて培養条件下で4時間インキュベートし呈色反応を行った。その後、マイクロプレートリーダー(GloMax-Multi + Detection System)(Promega)を用いて450 nmの波長にて比色定量した。また細胞培養液中の濁りによるバックグランドを排除する場合は、650 nmの吸光度を測定し実測値から差し引いた。生存細胞率(Survival Index)は、1 mMリン酸を処置した対照群に対する吸光度の割合を%で表示した。
【0035】
(5)ウエスタンブロッティング解析
6ウェルプレートを使用して培養したSH-SY5Y細胞に薬物処置を行った後、細胞を回収した。タンパク質抽出は、protease inhibiter(ナカライ)、phosphatase inhibiter(ナカライ)を含むlysis buffer [10 mM Tris HCl(pH 7.5)、240 mM NaCl、1mM EDTA、1% NP-40] を用いた。上記試薬150μLを6ウェルプレートの各ウェルに添加し、30分間氷中に静置させ、1.5 mLマイクロチューブに回収した。その後、12,000 × g、4℃、30分間遠心した。遠心した上清を回収した。タンパク質濃度はPierce BCA protein assay kit(Thermo Scientific)を用い、マイクロプレートリーダー(GloMax-Multi + Detection System)(Promega)で測定した。測定後、Laemmli’s sample buffer [50 mM Tris-HCl(pH6.8)、10% glycerol、5% 2-mercaptoethanol、1% sodium dodecyl sulfate(SDS)、0.002% bromophenol blue] に溶解した。
【0036】
ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)を行った後、polyvinylidene difluoride(PVDF)膜(Millipore)に、100 V、4℃、60分間転写した。転写後のPVDF膜を、5 % ウシ血清由来アルブミン含有TBS-T [10 mM Tris、150 mM NaCl、pH8.0、0.05% Tween-20] により1時間ブロッキングした後、一次抗体としてウサギ抗phospho-Erk1/2(Thr202/Tyr 204)抗体(1,000倍希釈)(Cell Signaling)、ウサギ抗Erk1/2抗体(1,000倍希釈)(Cell Signaling)、ウサギ抗phospho-Akt(Ser473)抗体(1,000倍希釈)(Cell Signaling)、ウサギ抗Akt抗体(1,000倍希釈)(Cell Signaling)を用い、4℃で一晩インキュベーションを行った。次にhorseradish peroxidase(HRP)標識ヤギ抗ウサギIgG抗体を二次抗体(2,000倍希釈)(Santa Cruz Biotechnology)として、室温で30分間インキュベーションした。その後、ECL kit(GEヘルスケア)に5分間浸した。その後、LAS-3000 UV mini(Fujifilm)を用いて検出した。バンドは、Multi Gauge Ver 3.0(Fujifilm)により発現量を定量的に解析した。尚、サイズマーカーはprestained protein marker/Low range(BioRad)を用いた。
【0037】
(6)32P取り込み実験
24ウェルプレートにSH-SY5Y細胞、A172細胞、bEnd3細胞をそれぞれ播種し、コンフルエントになったものを用いた。PDGF-BB 0.25〜3.0 ng/mLを24時間処置した。Wash buffer(135 mM NaCl, 100 mM Mannnitol, 10 mM HEPES・KOH(pH7.4))で2回洗浄した。余剰なwash bufferをアスピレート後、PiフリーのPi uptake buffer(135 mM NaCl, 5.4 mM KCl, 1mM CaCl2, 1.2 mM MgCl2, 10 mM HEPES・KOH(pH7.4))を200μL/well加えた。その後、32Pを含む2x Pi uptake buffer(0.1 mM K2HPO4 32P orthophosphoric acid, 2μCi/mL)を加えて5分間反応させた。反応後、ice-cold stop buffer(135 mM NaCl, 100 mM Mannnitol, 10 mM HEPES・KOH pH7.4, 40 mM K2HPO4)を加えて、反応停止させ、さらにstop bufferで3回洗浄した。0.2N NaOHで細胞を溶解、回収後、液体シンチレーションカウンターにて測定した。併せて細胞溶解液のタンパク質濃度はQuant-iT Protein Assay Kit(Life technology)を用いて計測し、データの標準化に使用した。
【0038】
(7)統計処理
得られた成績は平均±標準誤差(S.E.M.)として表示し、統計学的解析は、一元配置分散分析を行った後、Bonferroni/Dunn testにより、危険率5%未満を有意な差とした。
【0039】
2.実験結果および考察
SH-SY5Y細胞に対して、通常の培地液(DMEM)に含まれる無機リン酸濃度である1 mMを基準(コントロール:C)にして、0.5 mMおよび0 mMの低リン酸状態で24〜72時間培養した。培養後の細胞生存率を測定したところ、0 mMの低リン酸状態では、処置後24時間で有意な細胞死が観察され、時間依存的な細胞死が観察された。0.5mMの低リン酸処置では、処置後24時間では細胞死が観察されなかったが、処置後48時間では約30%、処置後72時間では約80%の細胞死が観察された(図1A)。低リン酸状態による細胞に対してPDGF-BBの保護効果を検討した(図1B)。0.25 mMリン酸負荷48時間後に約55%の有意な細胞死が観察された。その細胞死に対して、0.5 ng/mL PDGF-BB処置は有意な細胞死抑制効果を示した。また、PDGF-BBの細胞保護効果は濃度依存的に示された(図1B)。
【0040】
PDGF-BBはPDGF受容体(PDGFRB)に作用し、主にPI3K-Akt経路とMAPK経路が活性化することがすでに知られている。そこで、どちらの経路がより低リン酸に対する細胞保護効果に重要であるかを検討した。通常培養液で培養しているSH-SY5Y細胞に対してPDGF-BBを0.5、1.0、3.0 ng / mLの濃度で15分間処置したサンプルについてウエスタンブロット解析を行ったところ、リン酸化Aktおよびリン酸化ERKの濃度依存的な増加が確認された(図2A)。このことにより、PDGF-BBによりPI3K-Akt経路とMAPK経路が活性化していることが確認できた。次に、PI3K-Akt経路の阻害剤LY294002(LY)及びMAPK経路の阻害剤PD98059(PD)を用いた検討を実施した(図2B)。0.25 mMリン酸負荷48時間後に有意な細胞死が引き起こされ、その細胞死に対して、0.5 ng/mL PDGF-BB処置により有意な細胞死抑制効果が観察された。そのPDGF-BBの細胞保護効果はLY処置によって有意に抑制された。一方で、PD処置では何の影響もなかった。この結果は、低リン酸状態の細胞死に対するPDGF-BBの保護効果にはPI3K-Akt経路の活性化が必要であることを示す。
【0041】
過去の報告によれば、合成ペプチドP12(P12)がPDGF-BBの作用を増強する(Lin et al., J Invest Dermatol., 134, 1119-1127, 2014)。そこで、P12が低リン酸負荷時の細胞死に対するPDGF-BBの保護効果に与える影響を検討した(図3)。0.5 ng / mL PDGF-BBと5μM P12の同時投与では保護効果に増強効果は示さなかったが、0.5 ng / mL PDGF-BBと10μM P12の同時投与では、0.25 mMリン酸負荷48時間後の細胞死に対して0.5 ng / mL PDGF-BB単独処置と比較して、有意な細胞保護増強効果を示した(図3A)。さらに、ウエスタンブロット解析により、0.5 ng / mL PDGF-BBと10μM P12を同時処置したSH-SY5Y細胞では、0.5 ng / mL PDGF-BB単独処置と比較し、p-Aktの活性化増強と活性化時間の持続が観察された(図3B)。これらの結果から、P12はPDGF-BBに作用し、PI3K-Akt経路活性をさらに増強させ、PDGF-BBによる細胞保護効果を増強していることが示唆された。さらに、この実験系がP12のようなペプチドや低分子化合物を見出すスクリーニングとして有用であることが確認された。家族性IBGCの中では、PDGF-BBの変異がある患者がおり、その患者血清中のPDGF-BB量は低下していることが予測されていることから、本実験系は、IBGCのようなリン代謝異常の疾患に対する治療薬のスクリーニング系として有用であるといえる。
【0042】
低リン酸状態に対するPDGF-BBの作用機序を解明する目的で、SH-SY5Y細胞、A172細胞およびbEnd3細胞を用い、32Pの細胞内取り込み活性を測定した。PDGF-BBを0.25〜3.0 ng/mLの濃度域で検討した結果、SH-SY5Y細胞では3.0 ng/mL PDGF-BB処置で有意に32Pの細胞内取り込み活性が増加した(図4A)。また、A172細胞では、0.5 ng/mL PDGF-BB処置より有意に32Pの細胞内取り込み活性が増加した(図4B)。bEnd3細胞では、3.0 ng/mL PDGF-BB処置で有意に32Pの細胞内取り込み活性が増加した(図4C)。これらの結果から、細胞の種類により若干のPDGF-BB感受性の相違があるものの、PDGF-BB処置は細胞内にリン取り込みを増加させる働きがあることが明らかとなった。従って、この実験系は、32Pの細胞内取り込み活性を指標にしてPDGF-BBと相互作用するペプチドや低分子化合物を見出すスクリーニングに適用できるといえる。また、IBGCのようなリン代謝異常の疾患に対する治療薬のスクリーニング系として有用である。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、IBGCを始めとするリン酸代謝異常に対して有効な薬剤を見出すためのツール(スクリーニング方法)を提供する。本発明のスクリーニング法によれば、例えば、神経難病であるIBGCに対する薬剤又は薬剤候補(例えばリード化合物)を効率的に探索ないし同定することが可能となり、治療法の確立や発症メカニズムの解明に貢献し得る。
【0044】
この発明は、上記発明の実施の形態及び実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。本明細書の中で明示した論文、公開特許公報、及び特許公報などの内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【配列表フリーテキスト】
【0045】
配列番号13:人工配列の説明:合成ペプチドP12
図1
図2
図3
図4
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]