【背景技術】
【0002】
妊娠を望む人が避妊なしで1〜2年以内に妊娠にいたることができない場合、不妊症と診断される。不妊症に対する治療(以下、不妊治療と称する)の1つに、体外受精(コンベンショナル体外受精、顕微授精)がある。
【0003】
体外受精では、受精卵を数日間(通常、1〜7日程度)培養した胚を凍結保存し、適時解凍して子宮に移植する場合がある。また、患者等の要望により、採卵された卵子(受精前)を凍結保存する場合もある。人の卵(卵子と胚を含む)を凍結保存する場合には、超急速ガラス化保存法により凍結すると、緩慢凍結法と比較して卵へのダメージが低い(ほとんどない)ことが知られている。超急速ガラス化保存法は、凍結専用シートに卵と微少量の凍結保護液をのせ、1つの卵が微少量の凍結保護液に内包された状態で、液体窒素で瞬時に凍結させる方法である。人の卵は、約150〜200μmと非常に小さいため、卵子や胚を凍結専用シートに載せる作業は、顕微鏡下で行われる。
【0004】
また、顕微授精(ICSI:intracytoplasmic sperm injection)では、顕微鏡を使用して卵子を見ながら細胞操作用マイクロマニピュレータを用いて卵子内へ精子を注入して受精させる(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
このように、体外受精に伴う上記の作業は、顕微鏡やマニピュレータを用いて行われる精密な作業であるため、熟練を要する。従来、これらの技術の習得には、患者から採卵した未成熟卵子、未受精卵子等の胚移植に適さない卵子を用いている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、患者から採取された卵子を用いると、患者数が少ない病院では、習練の機会が少なく、技術の向上が困難である。そのため、体外受精に成否に関わる重要な上記技術の習熟度に、患者数の多少によって病院間で差が生じるおそれがある。また、患者から採取された卵子を用いて習練を行うことに、倫理的な問題を感じる者もいる。超急速ガラス化保存法による卵凍結や顕微授精の技術の習熟度は、体外受精の成否に及ぼす影響が大きいため、それらの技術を習熟した人材の育成が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、上述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の形態として実現することが可能である。
【0009】
(1)本発明の一形態によれば、平均直径が100〜200μmの球状を成し、ゲル状であり、人の卵子または胚を模擬した模擬卵が提供される。
【0010】
この形態の模擬卵は、人の卵子または胚を模擬しているため、この模擬卵を用いて、顕微授精や超急速ガラス化保存法による凍結等、体外受精に関する作業のトレーニングを行うことができる。そのため、患者から採取された卵子を用いる場合と比較して、トレーニングの機会を容易に増やすことができ、顕微授精等の精密な技術の習得に寄与する。
【0011】
(2)上記形態の模擬卵は、球状の本体部と、前記本体部の全表面を覆う膜部と、を備えてもよい。人の卵子は、細胞質と、細胞質を被覆する透明帯と、を有する。この模擬卵では、本体部が細胞質、膜部が透明帯を模擬するため、より人の卵子に近い模擬卵を提供することができる。
【0012】
(3)上記形態の模擬卵は、有色透明または有色半透明でもよい。このようにすると、顕微鏡下で識別容易となる。そのため、例えば、顕微授精等の初学者のトレーニングに好適である。
【0013】
(4)上記形態の模擬卵の前記本体部は、有色透明または有色半透明であり、前記膜部は、無色透明でもよい。このようにすると、膜部と本体部の区別が容易となる。
【0014】
(5)上記形態の模擬卵は、さらに、内部に、平均直径が5〜30μmの球状の極体部を備えてもよい。人の卵子は、細胞質と、細胞質を被覆する透明帯と、細胞質と透明帯との間に第1極体と、を有する。顕微授精では、第1極体をインジェクションピペットの穿刺位置の指標に用いることがあるため、この模擬卵を用いると、極体部を指標に顕微授精のトレーニングを行うことができ、より実際の顕微授精に近い状態でトレーニングを行うことができる。
【0015】
(6)上記形態の模擬卵は、平均直径を、150〜200μmとしてもよい。体外受精において、完全胚盤胞、拡張胚盤胞まで発育した受精卵を凍結保存する場合がある。この模擬卵を用いると、完全胚盤胞、拡張胚盤胞の凍結のトレーニングを行うことができる。
【0016】
(7)上記形態の模擬卵は、アガロースを主成分としてもよい。このようにすると、容易に製造することができる。
【0017】
(8)上記形態の模擬卵の前記本体部はアルギン酸カルシウムを主成分とし、前記膜部はアガロースを主成分としてもよい。このようにすると、2層の模擬卵を容易に製造することができる。
【0018】
(9)上記形態の模擬卵は、管の先端の外径が約2μmで、先端が平滑にカットされたピペットを穿刺する場合に、前記ピペットが前記模擬卵に侵入する前に、5μm以上弾性変形するようにしてもよい。このようにすると、人の卵子の弾性を模擬することができるため、より実際の顕微授精に近い状態でトレーニングを行うことができる。
【0019】
(10)上記形態の模擬卵は、培養液以上の密度を有してもよい。このようにすると、培養液中に沈むため、顕微授精のトレーニングを容易に行うことができる。
【0020】
(11)本発明の他の形態によれば、模擬卵キットが提供される。この模擬卵キットは、上記形態の模擬卵を1個以上、前記模擬卵が不溶性の溶液と共に収容されている。この模擬卵キットによれば、保管、流通が容易になる。
【0021】
上述した本発明の各形態の有する複数の構成要素はすべてが必須のものではなく、上述の課題の一部又は全部を解決するため、あるいは、本明細書に記載された効果の一部又は全部を達成するために、適宜、前記複数の構成要素の一部の構成要素について、その変更、削除、新たな他の構成要素との差し替え、限定内容の一部削除を行うことが可能である。また、上述の課題の一部又は全部を解決するため、あるいは、本明細書に記載された効果の一部又は全部を達成するために、上述した本発明の一形態に含まれる技術的特徴の一部又は全部を上述した本発明の他の形態に含まれる技術的特徴の一部又は全部と組み合わせて、本発明の独立した一形態とすることも可能である。
【0022】
例えば、模擬卵の製造方法や、以下の訓練装置の形態等で実現することができる。
顕微鏡と、細胞操作用のマニピュレータと、上記形態の模擬卵キットから取り出した1個以上の模擬卵を、前記顕微鏡の視野に配置する皿と、を備えた顕微授精の訓練装置。
顕微鏡と、人の卵を超急速ガラス化保存法により凍結するための凍結専用シートと、上記形態の模擬卵キットから取り出した1個以上の模擬卵を前記凍結専用シート上に滴下するピペットと、を備えた冷凍保存訓練装置。
【発明を実施するための形態】
【0024】
A.第1実施形態:
図1は、第1実施形態の模擬卵10の顕微鏡写真である。
図2は、模擬卵10の断面構成を模式的に示す説明図である。本明細書中において、卵とは、卵子(未受精)と胚(受精卵)を含む概念を表す。模擬卵10は、人間の卵子を模擬した微粒子であり、平均直径D1が約150〜160μmの球体である。
図2に示すように、模擬卵10は、平均直径D2が約145〜150μmの球状を成す本体部12と、本体部12の表面全体を被覆する膜部14と、を備える。本体部12は、アルギン酸カルシウムを主成分とするゲル状の球体であり、膜部14は、厚さが約5〜10μmのアガロースを主成分とする薄膜である。本実施形態において、本体部12および膜部14は、無色透明である。模擬卵10は、少なくとも20℃〜40℃においてゲル状である。
【0025】
本実施形態において、模擬卵10の平均直径D1,本体部12の平均直径D2は、電子顕微鏡によるデジタル画像と、デジタル画像におけるサイズを計測するソフトウェアを用いて、コンピュータにて計測されている。なお、文献等では、人の卵子の平均直径は120±10μm、胚盤胞の平均直径は200〜240μmとするものが多いが、発明者が上記の方法で人の卵子〜胚盤胞の各段階における直径を計測(計測個体数n=30)したところ、各段階における平均直径は約150μm〜200μmであったため、模擬卵10の平均直径D1を約150〜160μmとした。ここで、平均直径とは、卵(卵子または胚)1個において、中心を通る複数通りの径を計測した平均である。
【0026】
図3は、模擬卵10の製造方法を示す工程図である。まず、1.0w/v%(重量体積パーセント)の塩化カルシウム水溶液82中に、1.0w/v%のアルギン酸ナトリウム水溶液83を、霧吹きにて噴霧する(工程S12)。工程S12において、アルギン酸カルシウムのゲルボールが形成される。但し、工程S12では、アルギン酸カルシウムのゲルボールの直径は、不均一である。工程S12にてゲルボールが形成された溶液を、マイクロメッシュフィルターを用いて濾過する(工程S14)。詳しくは、JISフルイの呼び寸法(フルイ目の開き)が150μmのマイクロメッシュを用いて濾過した後、濾液をJISフルイの呼び寸法が125μmのマイクロメッシュで濾過する。これにより、平均直径D1が125μm<D1<150μmのゲルボール(本体部12)を選別することができる。工程S14にて選別されたゲルボール(本体部12)を、1.0w/v%のアガロース水溶液85中に入れ、(工程S16)。オートクレーブによって約95℃で約30分加熱する(工程S18)。工程S18では、アガロースが溶け、本体部12は溶けない。工程S18の処理後のアガロース水溶液88を、霧吹きにてオイル87中に噴霧する(工程S20)。工程S20では、本体部12がアガロースで被覆され、模擬卵10が形成される。なお、工程S20では、アガロース水溶液88中に含まれる全ての本体部12の内、1以上の本体部12がアガロースで被覆される。工程S20の後、模擬卵10を含むオイル87を、マイクロメッシュ(JISフルイの呼び寸法:150μm)を用いて濾過する(工程S22)ことにより、模擬卵10を得ることができる。
【0027】
図4は、模擬卵10を用いた顕微授精のトレーニングの様子を示す説明図である。
図5は、顕微授精のトレーニングの要部を示す説明図である。
図5の模擬卵10において、膜部14を明確に図示するために、膜厚を実際の比率より厚く表示している。顕微授精では、作業者E(例えば胚培養士)は、顕微授精装置20を用いて、卵子に、インジェクションピペットを用いて、精子を注入する。顕微授精のトレーニングでは、実際に顕微授精を行う際に使用する顕微授精装置20を用いて、模擬卵10にインジェクションピペットを穿刺する。
【0028】
図4,5に示すように、顕微授精装置20は、倒立顕微鏡25と、1対の細胞操作用のマニピュレータ31,32と、1対のインジェクター43(作業者Eの右手側のインジェクターは不図示)と、インジェクションピペット34と、ホールド用マイクロピペット36と、を備える。倒立顕微鏡25は、接眼レンズ21と、ステージ22と、対物レンズと、を備える。ステージ22の上方の左右両側には、左右一対のマニピュレータ31,32が配置されている。マニピュレータ31には、ホルダー33(
図5)を介してインジェクションピペット34が支持されている。マニピュレータ32には、ホルダー35を介してホールド用マイクロピペット36が支持されている。マニピュレータ31,32(
図4)は、作業者Eの操作に応じて、それぞれ、インジェクションピペット34,ホールド用マイクロピペット36を、前後、左右および上下に、精密に動かすことができる。ホルダー33の他端には、可撓性のチューブ41を介してインジェクター(不図示)が接続されており、ホルダー35の他端には、可撓性のチューブ42を介してインジェクター43が接続されている。1対のインジェクターは、作業者Eの操作に応じて、チューブ41,42およびホルダー33,35内の圧力を調整する。
【0029】
顕微授精のトレーニングを行う際、作業者Eは、倒立顕微鏡25のステージ22上にシャーレ50を載置する(
図4)。このとき、シャーレ50は、マニピュレータ31とマニピュレータ32との間に配置される。
図5に示すように、シャーレ50内に形成された培養液のドロップ52はミネラルオイル54に被覆され、培養液のドロップ52内に模擬卵10が配置されている。模擬卵10の密度は、培養液の密度より大きいため、模擬卵10は培養液のドロップ52内で沈んでいる。作業者Eは、倒立顕微鏡25(
図4)の接眼レンズ21を覗き、対物レンズを介してシャーレ50内を観察しながら、マニピュレータ31,32を操作すると共に、インジェクター43および図示せざるインジェクターを操作して、ホールド用マイクロピペット36(
図5)の先端に模擬卵10を吸い付けて固定し、インジェクションピペット34の先端を模擬卵10に穿刺する。模擬卵10にインジェクションピペット34を穿刺するとき、インジェクションピペット34が模擬卵10に侵入する前に、約10μm〜15μm弾性変形する。本実施形態では、培養液として生理食塩水(塩化ナトリウムを0.9w/v%含有する食塩水)を用いているが、これに限定されない。顕微授精のトレーニングを行う際は、実際の顕微授精において用いられるのと同一の培養液を用いてもよいし、トレーニング用に安価な溶液を用いてもよい。模擬卵10を倒立顕微鏡25の視野に配置する皿として、シャーレ50に代えて、パレットを用いてもよい。このようにすると、連続した訓練を容易に行うことができる。
【0030】
図6は、模擬卵10を用いた卵の凍結保存のトレーニングの様子を示す説明図である。
図6では、超急速ガラス化保存法による凍結保存のトレーニングを実施する作業者Eの手元を図示している。
図7は、模擬卵10が載置された凍結デバイス61を拡大して模式的に示す説明図である。体外受精では、受精卵を数日間(通常、1〜7日程度)培養した胚を凍結保存し、適時解凍して子宮に移植する場合がある。また、採卵された卵子(受精前)を凍結保存する場合もある。卵(卵子、胚)を超急速ガラス化保存法により凍結保存する場合には、凍結専用シート(凍結デバイス61)に卵と微少量の凍結保護液をのせ、1つの卵が微少量の凍結保護液に内包された状態で、液体窒素により瞬時に凍結させる。凍結デバイス61に卵と微少量の凍結保護液をのせる作業は、顕微鏡下で行われる精密な作業であり、熟練を要する。本明細書では、凍結デバイス61に卵と微少量の凍結保護液をのせる作業のトレーニングを、「凍結保存のトレーニング」と称する。
【0031】
模擬卵10を用いた凍結保存のトレーニングでは、作業者Eは、顕微鏡(不図示)でピペット62の先端と凍結デバイス61を観察しつつ、凍結デバイス61にピペット62から微少量の凍結保護液を滴下する(
図6)。ピペット62には、凍結保護液70と複数の模擬卵10が入っているため、凍結デバイス61上に滴下された凍結保護液70のドロップに模擬卵10が含まれる。凍結デバイス61上では、1つの模擬卵10が微少量の凍結保護液70に内包された状態になる(
図7)。
図7では、凍結保護液70と模擬卵10とを明確に示すために、それぞれに異なるハッチングを付して図示している。なお、
図7では、全ての凍結保護液70のドロップ中に模擬卵10が内包されているが、模擬卵10が含まれないことや、1つのドロップ中に2つの模擬卵10が内包されることもある。
【0032】
以上説明したように、本実施形態の模擬卵10は、人の卵(卵子、胚)と同等の大きさであるため、模擬卵10を用いて超急速ガラス化保存法による卵凍結および顕微授精のトレーニングを行うことができる。そのため、患者数が少ない病院等でもこれらの技術の習得の機会を容易に増やすことができる。また、患者を有さない病院外の施設等においてこれらのトレーニングを実施することもできる。これらのトレーニングに患者から採取した卵を使用することに対する倫理的な不安感も解消することができる。その結果、超急速ガラス化保存法による卵凍結および顕微授精等の技術を習熟した人材を増加させ、体外受精の成功率の向上に寄与することができる。
【0033】
B.第2実施形態:
図8は、第2実施形態の模擬卵10Aの顕微鏡写真である。
図9は、模擬卵10Aを模式的に示す説明図である。第2実施形態の模擬卵10Aが第1実施形態の模擬卵10と異なる点は、膜部14を備えない点、すなわち、単層である点である。模擬卵10Aの平均直径D
A1は、約150〜160μmである。
【0034】
図10は、模擬卵10Aの製造方法を示す工程図である。まず、所定の濃度のアガロース水溶液85を調製する(工程S32)。例えば、50mLのコニカルチューブに超純水40mLとアガロースを適量入れる。ここで、所定の濃度のアガロース水溶液を調製する際の必要アガロース量(超純水40mLに対して)は、例えば、0.3w/v%のとき0.12g、0.5w/v%の時0.2g、1.0w/v%の時0.4g、2.0w/v%の時0.8g、3.0w/v%の時1.2gである。工程S32で調製されたアガロース水溶液85を加熱して(例えば、マイクロ波加熱器で加熱)、アガロースを溶解する(工程S34)。工程S34にてアガロースが溶解されたアガロース水溶液86を、あらかじめ温めておいた霧吹きに入れて、冷やしたミネラルオイル87中に、アガロース水溶液86を噴霧する(工程S36)。ここで、ミネラルオイルに代えて、流動パラフィンを用いてもよい。工程S36により、アガロースのゲルボールが形成される。工程S36では、アガロースのゲルボールの直径は、不均一である。工程S36にて形成されたゲルボールを含むミネラルオイルを、マイクロメッシュフィルターを用いて濾過する(工程S38)。これにより、模擬卵10Aを得ることができる。なお、工程S38において、ガラスピペットにより、所望のサイズのアガロースゲルボールを選別してもよい。
【0035】
本実施形態の模擬卵10Aを用いて、凍結保存のトレーニングおよび顕微授精のトレーニングを実施することもできる。模擬卵10Aは、第1実施形態の模擬卵10より容易に製造することができる。
【0036】
C.第3実施形態:
図11は、第3実施形態の模擬卵10Bの断面構成を模式的に示す説明図である。第3実施形態の模擬卵10Bが第1実施形態の模擬卵10と異なる点は、本体部12より小さい球状の極体部16を備える点である。極体部16は、本体部12と膜部14との境界付近に配置されている。本実施形態において、極体部16の平均直径D
B3は、約5〜10μmである。極体部16の平均直径は、5〜30μm程度が好ましい。
【0037】
模擬卵10Bは、第1実施形態にて説明した製造方法にて製造された模擬卵10に、予め作製された極体部16を、穿刺して注入することにより製造することができる。なお、極体部16は、第1実施形態の製造方法の工程S12,S14と同様の工程によって製造することができる。
【0038】
人の卵子は、細胞質と、細胞質を被覆する透明帯と、細胞質と透明帯との間に配置される第1極体と、を有する。顕微授精では、卵子の第1極体から遠い位置にインジェクションピペットを刺して細胞質内に精子を注入する。本実施形態の模擬卵10Bは、人の卵子の細胞質を模擬した本体部12と、透明帯を模擬した膜部14と、第1極体を模擬した極体部16と、を備えるため、顕微授精のトレーニングにおいて、より実際の顕微授精に近い状態でトレーニングを行うことができる。
【0039】
D.模擬卵の弾性:
第2実施形態の模擬卵10Aと同様の単層の模擬卵を用いて、模擬卵の弾性を評価した。サンプルとして、模擬卵を作製する際のアガロース水溶液のアガロース濃度(重量体積パーセント)を変更して、下記の3種類の模擬卵を作製した。
模擬卵10A1:アガロース濃度 0.5w/v%
模擬卵10A2:アガロース濃度 1.0w/v%
模擬卵10A3:アガロース濃度 2.0w/v%
【0040】
評価方法を以下に示す。以下の説明において、模擬卵10A1〜10A3を区別しない場合には、符号の末尾の数字を省略して、模擬卵10Aと称する。
図12は、模擬卵の弾性の評価方法を示す模式図である。
図12は、
図5に示すシャーレ50を、
図5の紙面下側から見た図に相当する。
【0041】
まず、第1実施形態における顕微授精のトレーニングの場合と同様に、シャーレ50内に形成されたドロップ52内に配置された模擬卵10Aを用意する。顕微授精装置20を操作して、ホールド用マイクロピペット36にて模擬卵10Aを固定し、計測用のインジェクションピペット34Aを模擬卵10Aに押し当てる。ここで、計測用のインジェクションピペットとして、直径(管の外径)2μmで先を平滑にカットしたインジェクション用のガラスピペットを用いた。「平滑」とは、ガラスピペットの先端が尖っていない(斜めにカットされていない)ことをいい、円筒状の硝子ピペットの中心軸と先端面とが略垂直を成す。インジェクションピペット34Aが押し当てられることによって、模擬卵10Aは弾性変形した後、破れる(インジェクションピペット34Aが刺さる)。模擬卵10Aが破れる直前の変形量(距離(μm))を計測した。変形量として、インジェクションピペット34Aの先端と、模擬卵10Aの外表面との距離L(
図12)を用い、顕微鏡で撮像した画像と、画像におけるサイズを計測するソフトウェアを用いて、コンピュータにて計測した。
【0042】
表1は、模擬卵の弾性を評価した結果を示す表である。模擬卵10A1〜10A3それぞれ、10個ずつを用いて上記評価(変形量の計測)を行った。模擬卵10A1〜10A3個々の平均直径は、約150〜160μmである。
【0044】
上記評価試験の結果、模擬卵10A1〜10A3は、弾性を有する。人の卵子は弾性を有するため、これらの模擬卵を用いると、顕微授精のトレーニングの精度を高めることができる。また、上記評価試験の結果、模擬卵を作製する際のアガロース水溶液のアガロース濃度(w/v%)を調整することにより模擬卵の弾性を調整することができるといえる。そのため、アガロース水溶液のアガロース濃度を調整して、人の卵子の弾性に近い弾性を有する模擬卵を作製することにより、より顕微授精のトレーニングの精度を高めることができる。模擬卵の弾性としては、上記評価方法による変形量が5μm以上が好ましく、15μm以上がさらに好ましい。変形量を15μm以上とすると、より人の卵子の弾性に近づけることができる。
【0045】
E.変形例:
なお、この発明は上記の実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0046】
(1)上記実施形態において、無色透明の模擬卵10,10A,10Bを例示したが、有色透明、有色半透明にしてもよい。着色することにより、視認容易となり、例えば、初学者等のトレーニングに適した模擬卵とすることができる。また、本体部12を有色透明、有色半透明とし、膜部14を無色透明にしてもよい。
【0047】
(2)上記実施形態において、平均直径が約150〜160μmの模擬卵10,10A,10Bを例示したが、平均直径は、上記実施形態に限定されない。平均直径を150〜200μmにすると、人の卵子、胚の大きさに相当するため、好ましい。平均直径を150〜200μmにすると、人の完全胚盤胞、拡張胚盤胞の大きさに相当するため、例えば、完全胚盤胞、拡張胚盤胞の凍結のトレーニングに適している。また、模擬卵の平均直径を、100〜150μmにしてもよい。上記実施形態に記載された方法により計測された人の卵子の実寸より小さいサイズの模擬卵を用いてトレーニングすることにより、より体外受精に関する技術の精度を高めることができる。
【0048】
(3)模擬卵を形成する材料は上記実施形態に限定されず、使用状態(例えば、20℃〜40℃)においてゲル状の材料であればよい。例えば、ゼラチン、シリコン等を用いることができる。トレーニングにおいて培養液、凍結保護液等として用いられる溶液より密度が大きいものが好ましい。トレーニングに際して、模擬卵より密度の小さい溶液を培養液等として選択してもよい。
【0049】
(4)上記実施形態において、極体部16が本体部12と膜部14との境界付近に配置されている例を示したが、膜部14内に配置されてもよいし、本体部12と膜部14との境界より中心よりに配置されてもよい。
【0050】
(5)模擬卵10の製造方法は、上記実施形態に限定されず、例えば、公知の層流原理を利用して製造してもよい。
【0051】
(6)模擬卵10は、模擬卵10が不溶性の溶液と共に、容器に収容されてもよい。模擬卵10が不溶性の溶液として、生理食塩水、ミネラルオイル、生理食塩水以外の培養液等を用いてもよい。模擬卵10が不溶性の溶液であればよい。容器としては、例えば、使い捨てコンタクトレンズの容器のような密閉性の高い容器を用いることができる。このようにすると、保管、流通が容易になる。
【0052】
(7)上記第1実施形態において、アルギン酸カルシウムを主成分とする模擬卵10を例示したが、アガロースを主成分としてもよい。本体部12の主成分をアガロースとし、膜部14の主成分を、アルギン酸カルシウムとしてもよいし、ゼラチン、シリコン等他のゲル状材料を用いてもよい。
【0053】
本発明は、上述の実施形態や実施例、変形例に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態、実施例、変形例中の技術的特徴は、上述の課題の一部又は全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部又は全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。