特開2017-180558(P2017-180558A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-180558(P2017-180558A)
(43)【公開日】2017年10月5日
(54)【発明の名称】伝動装置
(51)【国際特許分類】
   F16H 25/06 20060101AFI20170908BHJP
【FI】
   F16H25/06 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2016-65366(P2016-65366)
(22)【出願日】2016年3月29日
(71)【出願人】
【識別番号】000238360
【氏名又は名称】武蔵精密工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002192
【氏名又は名称】特許業務法人落合特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松岡 慎弥
【テーマコード(参考)】
3J062
【Fターム(参考)】
3J062AA02
3J062AB32
3J062AC01
3J062BA32
3J062CC03
3J062CC06
3J062CC16
3J062CC25
3J062CC32
3J062CG72
(57)【要約】
【課題】一方の伝動部材が第1軸線を中心軸線とし、且つ他方の伝動部材が、第1軸線から偏心した第2軸線回りを自転しながら第1軸線回りに公転可能であり、両伝動部材間の変速機構が、一方の伝動部材に設けられて第1軸線を中心とした波形環状をなす一方の伝動溝と、他方の伝動部材に設けられて第2軸線を中心とする波形環状をなす他方の伝動溝と、両伝動溝の複数の交差部に介装した複数の転動体とを有する伝動装置において、保持部材を特定構造の合成樹脂体とすることで転動体全体のスムーズな転動を確保して伝動効率を高める。
【解決手段】保持部材H1,H2は、複数の転動体23,26の保持孔31,32を各々有して同一円周上に等間隔で配列される複数のハウジング部51,52と、その周方向に相隣なるハウジング部51,52の相互間を一体に連結する複数の棒状連結部53,54とを有した合成樹脂体で構成される。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに対向する一対の伝動部材(5,9;8)と、その両伝動部材(5,9;8)の相互間に設けられて、その相互間で変速しつつトルク伝達可能な変速機構(T1,T2)とを備えていて、一方の伝動部材(5,9)が第1軸線(X1)を中心軸線とし、且つ他方の伝動部材(8)が、第1軸線(X1)から偏心した第2軸線(X2)回りを自転しながら第1軸線(X1)回りに公転可能であり、
前記一対の伝動部材(5,9;8)が、その両者の相対向面に伝動溝(21,22,25,24)を各々有しており、
前記変速機構(T1,T2)が、前記一方の伝動部材(5,9)に設けられて第1軸線(X1)を中心とした波形環状をなす一方の前記伝動溝(21,25)と、前記他方の伝動部材(8)に設けられて第2軸線(X2)を中心とする波形環状をなし且つ波数が前記一方の伝動溝(21,25)とは異なる他方の前記伝動溝(22,24)と、前記一方の伝動溝(21,25)及び前記他方の伝動溝(22,24)相互の複数の交差部に介装され、その両伝動溝(21,22,25,24)を転動しながら前記両伝動部材(5,9;8)間の変速伝動を行う複数の転動体(23,26)と、それら転動体(23,26)を保持する複数の保持孔(31,32)を有して前記両伝動部材(5,9,8)間に介装される保持部材(H1,H1′,H2)とを有する伝動装置であって、
前記保持部材(H1,H1′,H2)は、前記複数の保持孔(31,32)を各々有して同一円周上に間隔をおいて配列される複数のハウジング部(51,52)と、その円周方向に相隣なるハウジング部(51,52)の相互間を一体に連結する複数の棒状の連結部(53,54)とを有した合成樹脂体で構成されることを特徴とする伝動装置。
【請求項2】
前記保持部材(H1′,H2)には、それの中心部又は径方向中間部に位置するハブ部(55′,55)と、そのハブ部(55′,55)及び前記複数のハウジング部(51,52)間をそれぞれ一体に連結する複数のスポーク部(57′,57)とが一体に設けられることを特徴とする、請求項1に記載の伝動装置。
【請求項3】
筒状とした前記ハウジング部(51,52)が、前記転動体(23,26)を回転可能に嵌合保持する球面状の軸受面(61)を前記保持孔(31,32)の内周面に有しており、前記ハウジング部(51,52)には、前記保持孔(31,32)に対し前記転動体(23,26)を嵌合・離脱させるときに該保持孔(31,32)の一端部を拡径可能とするスリット(51s,52s)が設けられることを特徴とする請求項1又は2に記載の伝動装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、伝動装置、特に互いに対向する一対の伝動部材と、その両伝動部材の相互間に設けられて、その相互間で変速しつつトルク伝達可能な変速機構とを備えていて、一方の伝動部材が第1軸線を中心軸線とし、且つ他方の伝動部材が、第1軸線から偏心した第2軸線回りを自転しながら第1軸線回りに公転可能である伝動装置に関する。
【背景技術】
【0002】
上記伝動装置は、例えば特許文献1の図7に示されるように従来公知であり、このものでは、変速機構が、一方の伝動部材の、他方の伝動部材との対向面に在り且つ第1軸線を中心とする波形環状の一方の伝動溝と、他方の伝動部材の、一方の伝動部材との対向面に在り且つ第2軸線を中心とする波形環状で波数が一方の伝動溝とは異なる他方の伝動溝と、両伝動溝の複数の交差部に介装される複数の転動体と、それら転動体を保持する保持孔を有して両伝動部材間に介装される保持部材(リテーナ)とを有している。そして、この構造の伝動装置では、例えば各伝動部材を板状に形成することで装置の軸方向小型化を図り得る利点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2010−14214号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで特許文献1の図7に示される従来の伝動装置では、上記変速機構における一対の伝動部材間に、複数の転動体(ボール)を回転摺動可能に保持する複数の保持孔を有する板状の保持部材を介装している。そして、この保持部材は、それの保持孔に複数の転動体を周方向等間隔で配列した状態で、一対の伝動部材間に該保持部材を介装することにより、複数の転動体を一対の伝動部材の相対向する伝動溝相互の重なり部に係合させる作業を容易化し得るものである。
【0005】
このように保持部材は、装置組立時には組立治具として機能させることができるが、装置組立後の伝動中は、相互に偏心回転する一対の伝動部材に対し相対回転しながら、両伝動溝に沿って転動する複数の転動体を保持するものであって、その偏心回転の抵抗負荷となる不都合を生じ、それが伝動装置の伝動効率を低下させると考えられていた(例えば特許文献1の[0004]参照)。
【0006】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、保持部材を特定構造の合成樹脂体とすることにより、一部の転動体が伝動溝の曲率急変部を通過する際の暴れを保持部材が他の転動体と協働して効果的に抑制可能とし、転動体全体のスムーズな転動を確保できるようにして、伝動効率を高め得る伝動装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明は、互いに対向する一対の伝動部材と、その両伝動部材の相互間に設けられて、その相互間で変速しつつトルク伝達可能な変速機構とを備えていて、一方の伝動部材が第1軸線を中心軸線とし、且つ他方の伝動部材が、第1軸線から偏心した第2軸線回りを自転しながら第1軸線回りに公転可能であり、前記一対の伝動部材が、その両者の相対向面に伝動溝を各々有しており、前記変速機構が、前記一方の伝動部材に設けられて第1軸線を中心とした波形環状をなす一方の前記伝動溝と、前記他方の伝動部材に設けられて第2軸線を中心とする波形環状をなし且つ波数が前記一方の伝動溝とは異なる他方の前記伝動溝と、前記一方の伝動溝及び前記他方の伝動溝相互の複数の交差部に介装され、その両伝動溝を転動しながら前記両伝動部材間の変速伝動を行う複数の転動体と、それら転動体を保持する複数の保持孔を有して前記両伝動部材間に介装される保持部材とを有する伝動装置であって、前記保持部材は、前記複数の保持孔を各々有して同一円周上に間隔をおいて配列される複数のハウジング部と、その円周方向に相隣なるハウジング部の相互間を一体に連結する複数の棒状の連結部とを有した合成樹脂体で構成されることを第1の特徴とする。
【0008】
また本発明は、第1の特徴に加えて、前記保持部材には、それの中心部又は径方向中間部に位置するハブ部と、そのハブ部及び前記複数のハウジング部間をそれぞれ一体に連結する複数のスポーク部とが一体に設けられることを第2の特徴とする。
【0009】
また本発明は、第1又は第2の特徴に加えて、筒状とした前記ハウジング部が、前記転動体を回転可能に嵌合保持する球面状の軸受面を前記保持孔の内周面に有しており、前記ハウジング部には、前記保持孔に対し前記転動体を嵌合・離脱させるときに該保持孔の一端部を拡径可能とするスリットが設けられることを第3の特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明の第1の特徴によれば、相対向する一対の伝動部材間に介装されて両伝動部材の波形環状の伝動溝相互の交差部に存する複数の転動体を保持する保持部材が、保持孔を各々有し且つ複数の転動体に対応して同一円周上に間隔をおいて配列される複数のハウジング部と、その円周方向に相隣なるハウジング部の相互間を一体に連結する複数の棒状の連結部とを有した合成樹脂体で構成されるので、保持部材は、それが合成樹脂製であることと、ハウジング部相互が棒状の連結部で連結されることとが相俟って適度な弾性を発揮し得るため、一部の転動体が伝動溝の曲率急変部を通過の際に暴れようとしたときに、保持部材自体の緩衝効果と、保持部材及び他の転動体の協働による振動抑制効果とが相俟って、一部の転動体の暴れを効果的に抑制可能となり、これにより、複数の転動体全体の、伝動溝に沿うスムーズな転動を確保でき、伝動効率の向上に寄与することができる。また、保持部材は、伝動装置の組立時には複数の転動体の適切な相互位置関係(即ち両伝動溝相互の複数の交差部に対応する位置関係)を容易的確に維持可能として組立作業性を高め得るものであるが、この保持部材を特に合成樹脂製として軽量化し得たことで、取り扱いが簡便となって組立作業性が一層高められる
また第2の特徴によれば、保持部材には、それの中心部又は径方向中間部に位置するハブ部と、そのハブ部及び複数のハウジング部間をそれぞれ一体に連結する複数のスポーク部とが一体に設けられるので、保持部材を合成樹脂製としたことで上記棒状連結部の剛性が不足気味となっても、ハブ及びスポークによる補強効果により保持部材の全体的な剛性強度を効果的に高めることができ、転動体及びハウジング部の遠心力による移動を効果的に抑制可能となる。
【0011】
また第3の特徴によれば、筒状としたハウジング部が、転動体を回転可能に嵌合保持する球面状の軸受面を保持孔の内周面に有しており、そのハウジング部には、保持孔に対し転動体を嵌合・離脱させるときに保持孔の一端部を拡径可能とするスリットが設けられるので、スリット付き筒状ハウジング部の弾性変形を利用して、ハウジング部の保持孔への転動体の装着が頗る容易となり、保持部材及び複数の転動体よりなるアッセンブリが容易に得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の一実施形態に係る伝動装置(差動装置)の縦断正面図
図2図1の2−2線断面図
図3図1の3−3線断面図
図4図1の4−4線断面図
図5図1の5矢視部の拡大断面図
図6】第1リテーナの単体斜視図
図7図1の7矢視部の拡大断面図
図8】第2リテーナの単体斜視図
図9】第1リテーナの変形例を示す単体斜視図(図6対応図)
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の実施形態を添付図面に基づいて以下に説明する。
【0014】
先ず、図1図8に示す本発明の一実施形態を説明する。図1において、自動車のミッションケース1内には、伝動装置としての差動装置Dが変速装置と共に収容される。
【0015】
この差動装置Dは、前記変速装置の出力側に連動回転するリングギヤCgの回転を、差動装置Dの中心軸線即ち第1軸線X1上に相対回転可能に並ぶ左右の駆動車軸S1,S2(即ち第1,第2ドライブ軸)に対して、両駆動車軸S1,S2相互の差動回転を許容しつつ分配する。尚、各々の駆動車軸S1,S2とミッションケース1との間は、シール部材4,4′でシールされる。
【0016】
ミッションケース1の底部は、潤滑油を所定量貯溜し得るオイルパン(図示せず)に構成される。そのオイルパン内の貯溜潤滑油は、ミッションケース1内の回転部分、例えば後述するデフケースCが回転することで勢いよく掻き回されてケース1内空間に広範囲に飛散し、この飛散潤滑油によりケース1内の各部、即ち被潤滑部を潤滑可能である。尚、上記した潤滑構造に加えて(或いは代えて)、オイルポンプ等のポンプ手段で圧送された潤滑油をミッションケース1内の各部に強制的に圧送供給するようにしてもよい。
【0017】
差動装置Dは、ミッションケース1に第1軸線X1回りに回転可能に支持される伝動ケースとしてのデフケースCと、そのデフケースC内に収容される後述の差動機構3とで構成される。デフケースCは、短円筒状のギヤ本体の外周に斜歯Cgaを設けたヘリカルギヤよりなるリングギヤCgと、そのリングギヤCgの軸方向両端部に外周端部がそれぞれ接合される左右一対の第1,第2側壁部Ca,Cbとを備える。少なくとも一方の側壁部Ca,Cbには、その外周端近傍において、デフケースC内の余剰の潤滑油を遠心力等で適度に排出可能なドレン孔(図示せず)が設けられる。
【0018】
また第1,第2側壁部Ca,Cbは、各々の内周端部において第1軸線X1上に並ぶ円筒状の第1,第2ハブHB1,HB2をそれぞれ一体に有しており、それらハブHB1,HB2の外周部は、ミッションケース1に軸受2,2′を介して回転自在に支持される。また第1,第2ハブHB1,HB2の内周部には第1,第2駆動車軸S1,S2が第1軸線X1回りにそれぞれ回転自在に嵌合、支持される。その嵌合面の少なくとも一方(図示例ではハブHB1,HB2の内周面)には、自動車の少なくとも前進時(即ち駆動車軸S1,S2の正転時)にハブHB1,HB2と駆動車軸S1,S2との相対回転に伴いミッションケース1内の飛散潤滑油をデフケースC内に引き込むための第1,第2螺旋溝18,19が形成される。その各螺旋溝18,19の外端はミッションケース1内に、またその内端はデフケースC内にそれぞれ開口する。
【0019】
次に図2図8を併せて参照して、デフケースC内の差動機構3の構造を説明する。
【0020】
差動機構3は、第1側壁部Caに一体的に設けられて第1軸線X1回りに回転可能な第1伝動部材5と、第1駆動車軸S1にスプライン嵌合16されて第1軸線X1回りに回転可能な円筒状の第1スプラインボスSB1(即ち第1出力ボス)を一体に含む中空の主軸部6j、および第1軸線X1から所定の偏心量eだけ偏心した第2軸線X2を中心軸線とする偏心軸部6eが結合一体化された偏心回転部材6と、第1伝動部材5に一側部が対向配置され且つ偏心軸部6eにボール軸受よりなる軸受7を介して回転自在に支持される円環状の第2伝動部材8と、第2伝動部材8の他側部に対向配置されると共に第2駆動車軸S2にスプライン嵌合17されて第1軸線X1回りに回転可能な円環状の第3伝動部材9と、第1及び第2伝動部材5,8間で変速しつつトルク伝達可能な第1変速機構T1と、第2及び第3伝動部材8,9間で変速しつつトルク伝達可能な第2変速機構T2とを備える。
【0021】
而して、第1軸線X1回りに回転する偏心回転部材6の偏心軸部6eに第2伝動部材8が第2軸線X2回りに回転自在に嵌合支持されることで、第2伝動部材8は、偏心回転部材6の第1軸線X1回りの回転に伴い、それの偏心軸部6eに対し第2軸線X2回りに自転しつつ、主軸部6jに対し第1軸線X1回りに公転可能である。
【0022】
また第2伝動部材8は、偏心回転部材6の偏心軸部6eに軸受7を介して回転自在に支持されるリング板状の第1半体8aと、その第1半体8aに間隔をおいて対向するリング板状の第2半体8bと、その両半体8a,8b間を一体的に連結する基本的に円筒状の連結部材8cとを備える。特に本実施形態では、連結部材8cの一端部及び他端部の内周面に、第1半体8a及び第2半体8bをそれぞれインロー嵌合されており、その嵌合部が溶接、カシメ等の適当な固着手段により固着される。そして、第1半体8aと第1伝動部材5との相対向面間に前記第1変速機構T1が、また第2半体8bと第3伝動部材9との相対向面間に前記第2変速機構T2がそれぞれ設けられる。
【0023】
連結部材8cには、デフケースCの内部空間ICと第2伝動部材8の中空部SPとの間を連通させる複数の第1油流通孔11が周方向に等間隔おきに設けられ、デフケースCの内部空間ICに飛散する潤滑油を第1油流通孔11を通して上記中空部SPに導入可能となっている。また第2半体8bには、上記中空部SPを第2変速機構T2の内周側に連通させる円形の第2油流通孔12が形成される。
【0024】
また、第3伝動部材9は、第2駆動車軸S2にスプライン嵌合17されて第1軸線X1回りに回転可能な円筒状の第2スプラインボスSB2(即ち第2出力ボス)を一体に含む主軸部9jと、その主軸部9jの内端部に同軸状に連設されて第2半体8bに対向する円形のリング板部9cとが結合一体化されて構成される。
【0025】
デフケースCの第1側壁部Caの内側面と偏心回転部材6との相対向面間には、その相互間の相対回転を許容する第1スラストワッシャTH1が介装されると共に、第1螺旋溝18の内端開口(即ち出口)を第1スラストワッシャTH1の背面を経由して第1変速機構T1の内周側に連通させる油路41が形成される。この油路41には、第1螺旋溝18の引き込み作用でミッションケース1内からデフケースC内に引き込まれた潤滑油が流入し、その流入潤滑油が第1変速機構T1の内周側や軸受7に供給される。
【0026】
またデフケースCの第2側壁部Cbの内側面と第3伝動部材9の外側面との相対向面間には、その相互間の相対回転を許容する第2スラストワッシャTH2が介装される。この第2スラストワッシャTH2には、第2螺旋溝19の引き込み作用でミッションケース1内からデフケースC内に引き込まれた潤滑油が、第3伝動部材9と第2側壁部Cbとの間の油路45を通して供給される。
【0027】
更に差動機構3は、第1軸線X1を挟んで偏心回転部材6の偏心軸部6e及び第2伝動部材8の総合重心Gとは逆位相であり且つその総合重心Gの回転半径よりも大なる回転半径を有していて偏心回転部材6の主軸部6jに相対回転不能に取付けられるバランスウェイトWを備えている。このバランスウェイトWは、クリップ10で主軸部6jに固定される環状基部Wmと、その環状基部Wmの周方向特定領域に固設される重錘部Wwとから構成される。そして、第2伝動部材8の中空部SPがバランスウェイトWの収容空間として利用される。
【0028】
図1図2に示すように、第1伝動部材5の、第2伝動部材8の一側部(第1半体8a)に対向する内側面には、第1軸線X1を中心とした波形環状の第1伝動溝21が形成され、この第1伝動溝21は、図示例では第1軸線X1を中心とする仮想円を基礎円としたハイポトロコイド曲線に沿って周方向に延びている。一方、第2伝動部材8の、第1伝動部材5に対向する一側部(第1半体8a)には、第2軸線X2を中心とした波形環状の第2伝動溝22が形成される。この第2伝動溝22は、図示例では第2軸線X2を中心とする仮想円を基礎円としたエピトロコイド曲線に沿って周方向に延びており、上記第1伝動溝21の波数よりも少ない波数を有して第1伝動溝21と複数箇所で交差する。
【0029】
これら第1伝動溝21及び第2伝動溝22は、図1図5に示されるように横断面コ字状の角溝で構成される。しかも各々の伝動溝21,22の相対向する内側面は、所定の微小なテーパ角αを以て溝の開放面側に先拡がり状に拡開している。本実施形態の場合、第1伝動部材5(第1側壁部Ca)及び第2伝動部材8(第1,第2半体8a,8b)を鍛造成形しているため、上記所定の微小なテーパ角αは、その鍛造成形過程で角溝状の伝動溝21,22を型成形する際に設定される抜き勾配に相当する微小角度であって、望ましくは、1°〜3°の範囲で任意に設定される。尚、図5では上記テーパ角αを多少、誇張して図示している。
【0030】
第1伝動溝21及び第2伝動溝22の複数の交差部(即ち重なり部)には、その両伝動溝21,22間に跨がるように延びる複数の第1転動体23がそれぞれ介装される。各々の第1転動体23の軸方向両端部は、第1,第2伝動溝21,22内にそれぞれ嵌入され且つその両伝動溝21,22の内側面を転動自在な第1及び第2転動部23a,23bを構成するものであり、その両転動部23a,23bの相互間は、後述する中間連結部23mで一体に連結される。
【0031】
第1伝動部材5及び第2伝動部材8(第1半体8a)の相対向面間には、第1保持部材としての円形リング状の第1リテーナH1が介装される。この第1リテーナH1は、第1、第2伝動溝21,22相互の交差部に存する複数の第1転動体23(具体的には両転動部23a,23b)の両伝動溝21,22への係合状態を維持し得るように、複数の第1転動体23の中間連結部23mを各々回転自在に保持する横断面円形の複数の第1保持孔31を、同一円周上で等間隔置きに有している。
【0032】
第1転動体23の第1,第2転動部23a,23bは、対応する伝動溝21,22の内側面に転動可能に係合する第1の球面部r1を外周部に各々有している。即ち、各々の転動部23a,23bは、本実施形態では半球の球面の一部を第1転動体23の軸線と直交する平面で切除した形態をなし、その切除面が第1転動体23の軸方向両端面となって各伝動溝21,22の底面と対向配置される。
【0033】
また、第1転動体23の中間連結部23mは、上記第1の球面部r1よりも大径の第2の球面部r2を外周面とした中央膨大部70と、その中央膨大部70の両端(即ち一対の小径端)に各々一体に連なる円柱状の一対の突軸部71,72とを備える。その両突軸部71,72の外周面は、第1,第2転動部23a,23bの球面状の外周面と滑らかに一体に連続している。
【0034】
また図5図6に明示したように、第1リテーナH1は、第1,第2伝動溝21,22の交差部に位置する複数の第1転動体23に対応して周方向に等間隔置きに配列される複数のハウジング部51と、周方向に相隣なるハウジング部51の相互間を一体に連結する複数の棒状連結部53とを備えており、その複数の棒状連結部53は、同一円上に並ぶように各々円弧状に形成されている。
【0035】
上記ハウジング部51は、両端を開放した概ね円筒状の筒状体で構成され、その筒状体の内面が第1保持孔31となる。そして、このハウジング部51の第1保持孔31の内周面には、第1転動体23の中間連結部23m(具体的には中央膨大部70外周面の第2の球面部r2)を回転及び首振り可能に且つ弾性的に嵌合、保持する球面状軸受面としての第1内周面61と、その第1内周面61の内端に連なる、軸方向全域が等内径の第2内周面62とが含まれる。そして、第1保持孔31により上記中間連結部23m(具体的には中央膨大部70)を的確に抱持させるために、上記第1内周面61は、それの軸方向両端で最小径となっており、従って、その第1内周面61の、括れた両端部で上記中間連結部23mを抜け止め保持できるようになっている。
【0036】
その第2内周面62と、第1転動体23の一方の突軸部72との間には、径方向の遊隙80が設定されており、この遊隙80により、第1転動体23は、ハウジング部51に対する首振り運動が許容される。そして、この首振り角度の限界値は、第2内周面62に対し突軸部72が係合することで適度に規制される。これにより、第1転動体23の過度の首振りが確実に防止できるから、過度の首振りに起因した伝動効率の低下が回避可能となる。而して、第2内周面62及び突軸部72は、第1転動体23及び第1保持孔31間に設けられる首振り角度規制手段を構成する。
【0037】
また各々のハウジング部51には、第1転動体23の軸方向に沿って延びる複数のスリット51sが、該ハウジング部51の周方向に間隔をおいて設けられる。これらスリット51sの特設によれば、筒状としたハウジング部51の第1保持孔31(特に軸受面としての第1内周面61)に対し第1転動体23の中間連結部23m(特に中央膨大部70外周面の第2の球面部r2)を嵌合・離脱させるときに、該保持孔31における第1内周面61の一端部が無理なく拡径可能(即ち筒状ハウジング部51の、拡径方向への無理のない弾性変形が可能)となるものである。
【0038】
尚、本実施形態では、ハウジング部51の自由状態での第1内周面61の内径は、その第1内周面61に第2の球面部r2を弾性的に嵌合保持させるために、第2の球面部r2の外径よりも若干小径に設定されることが望ましいが、必要に応じて同径に設定されてもよい。
【0039】
また、図1図3に示すように、第2伝動部材8の他側部(第2半体8b)には、第2軸線X2を中心とした波形環状の第3伝動溝24が形成され、この第3伝動溝24は、図示例では第2軸線X2を中心とする仮想円を基礎円としたハイポトロコイド曲線に沿って周方向に延びている。一方、第3伝動部材9の、第2伝動部材8との対向面すなわちリング板部9cの内側面には、第1軸線X1を中心とした波形環状の第4伝動溝25が形成される。この第4伝動溝25は、図示例では第1軸線X1を中心とする仮想円を基礎円としたエピトロコイド曲線に沿って周方向に延びており、上記第3伝動溝24の波数よりも少ない波数を有して第3伝動溝24と複数箇所で交差する。これら第3及び第4伝動溝24,25も、上記した第1及び第2伝動溝21,22と同様の、横断面コ字状の角溝で構成され、その各々の伝動溝24,25の相対向する内側面も、上記したような所定の微小なテーパ角αを以て溝の開放面側に先拡がり状に拡開している。
【0040】
第3伝動溝24及び第4伝動溝25の交差部(即ち重なり部)には、複数の第2転動体26が介装される。各々の第2転動体26は、第3及び第4伝動溝24,25間に跨がるように延びており、その軸方向両端部、即ち第1,第2転動部26a,26bが両伝動溝24,25内にそれぞれ嵌入され且つその両伝動溝24,25の内側面を転動自在である。この第2転動体26の形状・構造は、上記した第1転動体23のそれと同様であるので、これ以上の説明は省略する。
【0041】
第2伝動部材8(第2半体8b)及び第3伝動部材9の相対向面間には、第2保持部材としての円形リング状の第2リテーナH2が介装される。この第2リテーナH2は、第3、第4伝動溝24,25相互の交差部に存する複数の第2転動体26の両伝動溝24,25への係合状態を維持し得るように、複数の第2転動体26の中間連結部26mを各々回転自在に保持する横断面円形の複数の第2保持孔32を、第2リテーナH2の同一円周上で等間隔置きに有している。
【0042】
第2リテーナH2は、それの主要部分の形状・構造が上記した第1リテーナH1と同様である。即ち、第2リテーナH2の複数のハウジング部52及び棒状連結部54の形状・構造は、第1リテーナH1のハウジング部51及び棒状連結部53の形状・構造と、それらの設置個数を除いて基本的に同様であり、例えば、各ハウジング部52内周の第2保持孔32の形状・構造も、第1保持孔31のそれと同様である。
【0043】
更に第2リテーナH2は、第1リテーナH1とは異なり、径方向中心部に位置する円板状のハブ部55と、そのハブ部55及び複数のハウジング部52間を一体に連結する直線状の複数のスポーク部57とを備える。その複数のスポーク部57は、ハブ部55の外周から複数のハウジング部51にそれぞれ向かって放射状に延びている。そして、第2リテーナH2の各々のハウジング部52にも、これの第2保持孔32に対し第2転動体26の中間連結部26m(特に中央膨大部70)を嵌合・離脱させるときに該保持孔32(特に軸受面となる第1内周面61)の一端部を拡径可能とする複数のスリット52sが、スポーク部57及び棒状連結部54を避けた位置で設けられている。
【0044】
上記した第1,第2リテーナH1,H2は、本実施形態では合成樹脂材より一体成形された一体物として構成され、これにより、複数のハウジング部51,52及び及び棒状連結部53,54を含む各リテーナH1,H2を合成樹脂で容易に一体成形することができて、コスト節減が図られる。尚、各々のリテーナH1,H2を、合成樹脂材で複数の構成要素に分割成形し、その構成要素相互間を適当な結合手段(例えば接着、溶着等)により一体的に結合して各リテーナH1,H2を製作することも可能である。また、差動装置Dの、リテーナH1,H2以外の主要部品、例えばデフケースC、各伝動部材5,8,9、偏心回転部材6等は金属材で構成される。
【0045】
尚、本実施形態では、波形環状の伝動溝21,22,24,25を有する第1伝動部材5(第1側壁部Ca)、第2伝動部材8(第1,第2半体8a,8b)並びに第3伝動部材9を鍛造成形するものを示したが、それらを、成形型を用いた他の成形手法(例えば鋳造、焼結等)で成形してもよく、その場合でも、伝動溝21,22,24,25の上記したテーパ角αは、成形型を用いた成形工程で伝動溝21,22,24,25を型成形する際に設定される抜き勾配に相当する微小角度である。
【0046】
また本実施形態では、第1及び第2伝動溝21,22のトロコイド係数と、第3及び第4伝動溝24,25のトロコイド係数とは互いに異なる値に設定される。
【0047】
以上説明した本実施形態において、第1伝動溝21の波数をZ1、第2伝動溝22の波数をZ2、第3伝動溝24の波数をZ3、第4伝動溝25の波数をZ4としたとき、下記式が成立するように、第1〜第4伝動溝21,22,24,25は形成される。
(Z1/Z2)×(Z3/Z4)=2
望ましくは、図示例のように、Z1=8、Z2=6、Z3=6、Z4=4とするか、又はZ1=6、Z2=4、Z3=8、Z4=6とするとよい。
【0048】
尚、図示例では、8波の第1伝動溝21と6波の第2伝動溝22とが7箇所で交差し、この7箇所の交差部(重なり部)に7個の第1転動体23が介装され、また6波の第3伝動溝24と4波の第4伝動溝25とが5箇所で交差し、この5箇所の交差部(重なり部)に5個の第2転動体26が介装される。
【0049】
而して、第1伝動溝21、第2伝動溝22及び第1転動体23は互いに協働して、第1伝動部材5及び第2伝動部材8間で変速しつつトルク伝達可能な第1変速機構T1を構成し、また第3伝動溝24、第4伝動溝25及び第2転動体26は互いに協働して、第2伝動部材8及び第3伝動部材9間で変速しつつトルク伝達可能な第2変速機構T2を構成する。
【0050】
以上説明した本実施形態において、第1,第2変速機構T1,T2は何れも本発明の変速機構を構成している。そして、特に第1変速機構T1においては、第1伝動部材5が一方の伝動部材を構成すると共に第2伝動部材8が他方の伝動部材を構成し、また第1伝動溝21が一方の伝動溝を構成すると共に第2伝動溝22が他方の伝動溝を構成している。また特に第2変速機構T2においては、第3伝動部材9が一方の伝動部材を構成すると共に第2伝動部材8が他方の伝動部材を構成し、また第4伝動溝25が一方の伝動溝を構成すると共に第3伝動溝24が他方の伝動溝を構成している。
【0051】
次に、前記実施形態の作用について説明する。
【0052】
いま、例えば右方の第1駆動車軸S1を固定することで偏心回転部材6(従って偏心軸部6e)を固定した状態において、エンジンからの動力でリングギヤCgが駆動され、デフケースC、従って第1伝動部材5を第1軸線X1回りに回転させると、第1伝動部材5の8波の第1伝動溝21が第2伝動部材8の6波の第2伝動溝22を第1転動体23を介して駆動するので、第1伝動部材5が8/6の増速比を以て第2伝動部材8を駆動することになる。そして、この第2伝動部材8の回転によれば、第2伝動部材8の6波の第3伝動溝24が第3伝動部材9のリング板部9cの4波の第4伝動溝25を第2転動体26を介して駆動するので、第2伝動部材8が6/4の増速比を以て第3伝動部材9を駆動することになる。
【0053】
結局、第1伝動部材5は、
(Z1/Z2)×(Z3/Z4)=(8/6)×(6/4)=2
の増速比を以て第3伝動部材9を駆動することになる。
【0054】
一方、左方の第2駆動車軸S2を固定することで第3伝動部材9を固定した状態において、デフケース(従って第1伝動部材5)を回転させると、第1伝動部材5の回転駆動力と、第2伝動部材8の、不動の第3伝動部材9に対する駆動反力とにより、第2伝動部材8は、偏心回転部材6の偏心軸部6e(第2軸線X2)に対し自転しながら第1軸線X1回りに公転して、偏心軸部6eを第1軸線X1回りに駆動する。その結果、第1伝動部材5は、2倍の増速比を以て偏心回転部材6を駆動することになる。
【0055】
而して、偏心回転部材6及び第3伝動部材9の負荷が相互にバランスしたり、相互に変化したりすると、第2伝動部材8の自転量及び公転量が無段階に変化し、偏心回転部材6及び第3伝動部材9の回転数の平均値が第1伝動部材5の回転数と等しくなる。こうして、第1伝動部材5の回転は、偏心回転部材6及び第3伝動部材9に分配され、したがってリングギヤCgからデフケースCに伝達された回転力を左右の駆動車軸S1,S2に分配することができる。
【0056】
その際、Z1=8、Z2=6、Z3=6、Z4=4とするか、又はZ1=6、Z2=4、Z3=8、Z4=6とすることにより、差動機能を確保しつゝ構造の簡素化を図ることができる。
【0057】
ところで、この差動装置Dにおいて、第1伝動部材5の回転トルクは、第1伝動溝21、複数の第1転動体23及び第2伝動溝22を介して第2伝動部材8に、また第2伝動部材8の回転トルクは、第3伝動溝24、複数の第2転動体26及び第4伝動溝25を介して第3伝動部材9にそれぞれ伝達されるので、第1伝動部材5と第2伝動部材8、第2伝動部材8と第3伝動部材9の各間では、トルク伝達が第1及び第2転動体23,26が存在する複数箇所に分散して行われることになり、第1〜第3伝動部材5,8,9及び第1、第2転動体23,26等の各伝動要素の強度増及び軽量化を図ることができる。
【0058】
また、この差動装置Dは、第1〜第3伝動部材5,8,9を各々板状として軸方向に極力扁平化することが可能であり、しかも第1、第2伝動部材5,8の相対向面間の第1変速機構T1と、第2、第3伝動部材8,9の相対向面間の第2変速機構T2とが、偏心回転部材6を固定したときに第1伝動部材5から第3伝動部材9を2倍の増速比を以て駆動するように構成されており、従って、軸方向に容易に扁平小型化し得る差動装置Dが得られる。
【0059】
また本実施形態では、例えば第1変速機構T1において、相対向する第1伝動部材5及び第2伝動部材8(即ち第1半体8a)の波形環状をなす第1,第2伝動溝21,22が各々横断面コ字状の角溝で構成され、一方、その両伝動溝21,22の交差部に介装される複数の第1転動体23が、両伝動溝21,22に転動可能に係合する第1の球面部r1を外周部に各々有して両伝動溝21,22に嵌入される第1,第2転動部23a,23bと、その両転動部23a,23b間を一体に連結すると共に第1リテーナH1の保持孔31に回転可能に嵌合、支持される中間連結部23mとを備えている。これにより、第1,第2伝動溝21,22に対する第1転動体23(即ち各転動部23a,23b)の接触角βを90°又はそれ近くに十分大きく設定可能となる。この接触角βは、図5で示せば、第1転動体23の外周面と各伝動溝21,22の内側面との接触部tを通る法線Lと、該接触部tでの伝達荷重のスラスト方向分力(即ちスラスト荷重)の作用方向とがなす角度となり、例えば、伝動溝21,22の内側面に、前述の如く型成形に伴う抜き勾配に相当する所定の微小なテーパ角αを設定した場合には、接触角β=(90°−α)となり、また上記テーパ角αがゼロ、即ち機械加工で伝動溝21,22を加工するときのように抜き勾配無しの場合には、接触角β=90°となる。
【0060】
かくして、各伝動溝21,22に対する第1転動体23の接触角βを十分大きく設定可能としたことにより、伝動溝21,22及び転動体23間に発生するスラスト荷重をゼロにし又は大幅に減少できるため、第1変速機構T1の伝動効率が効果的に高められると共に、第1伝動部材5背面側のスラスト受け部(本実施形態では第1伝動部材5と一体のデフケースCの第1側壁部Ca)の荷重負担を軽減させることができ、それだけ差動装置Dの軽量化や耐久性向上が図られる。更に第1転動体23の軸方向長さの選定に応じて、第1,第2伝動部材5,8相互の対向間隔を自由に設定可能となるため、両伝動部材5,8間に第1リテーナH1の設置スペースが十分に確保可能となる。
【0061】
さらに第1リテーナH1は、差動装置Dの組立時には複数の第1転動体23の適切な相互位置関係(即ち第1,第2伝動溝21,22相互の複数の交差部に対応する位置関係)を容易的確に維持し得て、組立治具の機能を果たすことができるから、第1変速機構T1の組立作業性を高めることができるが、本実施形態では斯かる第1リテーナH1を特に合成樹脂製として軽量化し得たことで、組立時等の取り扱いがより簡便となって上記作業性が一層高められる。
【0062】
また、本実施形態では、第1転動体23の中間連結部23m、特に中央膨大部70が第2の球面部r2を外周部に有しており、その第2の球面部r2を回転及び首振り可能に且つ弾性的に嵌合、保持する第1保持孔31を有する複数のハウジング部51が第1リテーナH1に設けられる。これにより、その各ハウジング部51で第1転動体23の、第1,第2伝動溝21,22間での多少の傾きが許容されるため、第1リテーナH1が第1転動体23から無理な曲げ荷重を受けるのを回避可能となって、第1リテーナH1の耐久性向上が図られ、しかも、上記ハウジング部51が第1転動体23の中間連結部23mを弾性的に保持することで、ハウジング部51と中間連結部23mとの間のガタを排除できて、第1転動体23相互間の位置ずれ抑制に有効であるから、伝動中の第1転動体23相互の振動抑制効果が高められる。その上、複数のハウジング部51を有する第1リテーナH1は、第1転動体23の中間連結部23m外周面の第2の球面部r2により軸方向位置が規制可能となるため、伝動中、軸方向に妄りに動くことはなくなり、両側の第1,第2伝動部材5,8との衝突や擦れ合いが効果的に防止可能となって伝動効率及び耐久性の向上が図られる。
【0063】
しかも第1転動体23は、これの中間連結部23mが第1、第2転動部23a,23bよりも大径であり、筒状としたハウジング部51は、中間連結部23mの第2の球面部r2を回転及び首振り可能に嵌合、保持する球面状の軸受面61を第1保持孔31の内周面に有しており、その筒状のハウジング部51には、第1保持孔31に対し中間連結部23mを嵌合・離脱させるときに第1保持孔31の一端部を拡径可能とするスリット51sが設けられる。これにより、第1転動体23は、それの転動部23a,23bに邪魔されずに大径の中間連結部23mを第1リテーナH1のハウジング部51に無理なく嵌装可能となるから、第1リテーナH1及び複数の第1転動体23からなるアッセンブリを容易に組立可能であり、しかもハウジング部51による第1転動体23に対する弾性支持が的確に行われる。
【0064】
また、第2変速機構T2においても、第2転動体26、第3,第4伝動溝24,25及び第2リテーナH2の保持孔32の各形状・構造が、第1変速機構T1における第1転動体23、第1,第2伝動溝21,22及び第1リテーナH1の保持孔31のそれと同様であるため、それらの形状・構造に関して、第2変速機構T2においても第1変速機構T1と同様の作用効果を発揮する。
【0065】
即ち、第3,第4伝動溝24,25に対する第2転動体26の接触角βを十分大きく設定可能であるため、各伝動溝24,25及び転動体26間に発生するスラスト荷重をゼロにし、又は大幅に減少でき、第2変速機構T2の伝動効率が効果的に高められると共に、第3伝動部材9背面側のスラスト受け部(本実施形態ではデフケースCの第2側壁部Cb)の荷重負担を軽減できる。その他の作用効果についても、第2変速機構T2は、第1変速機構T1の上記した作用効果と同様の作用効果を達成可能である。
【0066】
また、本実施形態の第1,第2リテーナH1,H2は、各々複数ある第1,第2転動体23,26に対応して周方向に間隔をおいて配列される複数のハウジング部51,52と、その周方向に相隣なるハウジング部51,52の相互間を一体に連結する複数の棒状の連結部53,54とを各々備えるため、その棒状連結部53,54が曲げ変形することで第1,第2リテーナH1,H2は適度な弾性を発揮可能である。そして、この弾性は、特に各リテーナH1,H2が合成樹脂製であることとも相俟って、より十分に発揮されるものである。かくして、各々の変速機構T1,T2において、複数有る転動体23(26)のうちの一部の転動体23(26)が、伝動溝21,22(24,25)の曲率急変部を通過する際に暴れようとしたときに、リテーナH1(H2)自体の緩衝効果と、リテーナH1(H2)及び他の転動体23(26)の協働による振動抑制効果とが相俟って、上記一部の転動体23(26)の暴れを効果的に抑制可能となる。
【0067】
また特に第2リテーナH2は、それの中心部に位置するハブ部55と、そのハブ部55及び複数のハウジング部52間をそれぞれ一体に連結する複数のスポーク部57とを備えているため、ハブ部55及びスポーク部57による補強効果により棒状連結部54の剛性不足を十分に補って、第2リテーナH2の全体的な剛性強度を効果的に高めることができる。これにより、第2転動体26及びハウジング部52の遠心力による移動を効果的に抑制可能となる。
【0068】
更にまた本実施形態において、各々の伝動溝21,22,24,25の相対向する内側面は、所定の微小なテーパ角αを以て溝の開放面側に先拡がり状に拡開しているため、各転動体23,26と伝動溝21,22;24,25との間に発生するスラスト荷重を大幅に減少させながら、各転動体23,26の、伝動溝21,22;24,25に対するスラスト方向位置決めを的確に行うことができて、各転動体23,26の軸方向ガタつきや振動の発生防止に効果的である。しかも各伝動溝21,22,24,25の断面形状を略コ字状に形成できることから、各伝動溝21,22,24,25の成形加工精度(延いては各転動体23,26と伝動溝21,22;24,25との接触角βの精度)が容易に高められて、上記したスラスト荷重の安定化が図られる。
【0069】
ところで前記した実施形態では、第1,第2リテーナH1,H2のうち特に第2リテーナH2のみに、補強用のハブ部55及びスポーク部57を設けたものを示したが、第1リテーナH1の径方向内方側に位置する他の機能部品(例えば偏心回転部材6)の配置構成によっては(即ちその配置構成により、第1リテーナH1と当該他の機能部品とが干渉しなければ)、第1リテーナH1側にも補強用のハブ部及びスポーク部を設けるようにしてもよい。
【0070】
その場合の第1リテーナの一例(即ち変形例)を図9で示すと、第1リテーナH1′は、これの径方向中間部に位置する円環状のハブ部55′と、そのハブ部55′及び複数のハウジング部52間をそれぞれ一体に連結する複数のスポーク部57′とを備える。そのスポーク部57′は、ハブ部55′が第2リテーナH2のハブ部55よりも大径である関係で、第2リテーナH2のスポーク部57よりも短く形成される。
【0071】
而して、この変形例の第1リテーナH1′においても、第2リテーナH2と同様の作用効果を発揮し得るものであり、即ち第1リテーナH1′は、これの上記したハブ部55′及びスポーク部57′による補強効果により棒状連結部53の剛性不足を補って、第1リテーナH1′の全体的な剛性強度を効果的に高めることができるから、第1転動体23及びハウジング部51の遠心力による移動を効果的に抑制可能となる。またハブ部55′が比較的大径の円環状であることから、その径方向内方側に他の機能部品(例えば偏心回転部材6)が在る場合でも、そのハブ部55′と当該他の機能部品との干渉を比較的容易に回避することが可能である。
【0072】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことが可能である。
【0073】
例えば、前記実施形態では、伝動装置として差動装置Dを例示し、動力源からデフケースC(第1伝動部材5)に入力された動力を、第1,第2変速機構T1,T2を介して第1,第2駆動車軸S1,S2(ドライブ軸)に差動回転を許容しつつ分配するようにしたものを示したが、本発明は差動装置以外の種々の伝動装置にも実施可能である。例えば、前記実施形態のデフケースCに対応するケーシングを固定の伝動ケースとし、第1,第2駆動車軸S1,S2の何れか一方を入力軸、またその何れか他方を出力軸とすることで、前記実施形態の差動装置Dを、入力軸に入力される回転トルクを変速(減速又は増速)して出力軸に伝達し得る変速機(減速機又は増速機)として転用実施可能であり、その場合には、そのような変速機(減速機又は増速機)が本発明の伝動装置となる。尚、この場合、変速機は、車両用の変速機でも、或いは車両以外の種々の機械装置のための変速機であってもよい。
【0074】
また、前記実施形態では、伝動装置としての差動装置Dを自動車用として車載のミッションケース1内に収容しているが、差動装置Dは自動車用の差動装置に限定されるものではなく、種々の機械装置のための差動装置としても実施可能である。
【0075】
また、前記実施形態では、伝動装置としての差動装置Dを、左・右輪伝動系に適用して、左右の駆動車軸S1,S2に対して差動回転を許容しつつ動力を分配するものを示したが、本発明では、伝動装置としての差動装置を、前・後輪駆動車両における前・後輪伝動系に適用して、前後の駆動車輪に対し差動回転を許容しつつ動力を分配できるようにしてもよい。
【0076】
また前記実施形態の第1伝動部材5は、伝動ケースとしてのデフケースC(第1側壁部Ca)と一体に形成したものを示したが、第1伝動部材5をデフケースCとは別部品として、これをデフケースCに一体に回転するよう連結してもよい。
【0077】
また前記実施形態の第2伝動部材8は、第1,第2半体8a,8b及び連結部材8cから構成されていたが、第2伝動部材8は、1枚の板状部材の一方の面に第2伝動溝22が、また他方の面に第3伝動溝24がそれぞれ設けられたものであってもよい。
【0078】
また、前記実施形態では、第1,第2変速機構T1,T2の各伝動溝21,22;24,25をトロコイド曲線に沿った波形環状の波溝としているが、これら伝動溝は、実施形態に限定されるものでなく、例えば、サイクロイド曲線に沿った波形環状の波溝としてもよい。
【0079】
また前記実施形態では、偏心回転部材6及び第3伝動部材9を、デフケースCに支持される駆動車軸S1,S2に接続(スプライン嵌合16,17)して、これら駆動車軸S1,S2を介してデフケースCに支持させるようにしたものを示したが、本発明では、偏心回転部材6及び第3伝動部材9をデフケースCに直接支持させてもよい。
【0080】
また前記実施形態では、保持部材としての第1,第2リテーナH1,H1′,H2の各々複数のハウジング部51,52の相互間を円弧状にカーブした棒状連結部53,54で一体に連結するものを示したが、その棒状連結部53,54の形状は、前記実施形態に限定されず、例えば直線の棒状に形成してもよい。
【0081】
また前記実施形態では、保持部材としての第2リテーナH2を、これと一体のハブ部55及びスポーク部57で補強したものを例示したが、第2リテーナH2の構成材料の選択や棒状連結部54の構造によって第2リテーナH2の必要な剛性強度が確保できる場合には、第2リテーナH2よりハブ部55及びスポーク部57を省略してもよい。
【0082】
また前記変形例(図9)に係る第1リテーナH′では、ハブ部55′を円環状としているが、第1リテーナH1′の径方向内方側に他の機能部品(例えば偏心回転部材6)が存在しない場合には、第1リテーナH1′のハブ部55′を、第2リテーナH2のハブ部55のような円板状に形成してもよい。
【0083】
また前記実施形態では、伝動装置が2つの変速機構(即ち第1,第2変速機構T1,T2)を備えるものを示したが、本発明は、1又は3以上の変速機構を備える伝動装置にも適用可能である。また、伝動装置が備える複数の変速機構のうちの少なくとも1つの変速機構に本発明を適用可能であり、例えば、前記実施形態の第1,第2変速機構T1,T2のうちの何れか一方の変速機構のみに本発明を適用してもよい。
【符号の説明】
【0084】
C・・・・・・デフケース(伝動ケース)
D・・・・・・差動装置(伝動装置)
H1,H1′,H2・・第1,第2リテーナ(保持部材)
T1,T2・・第1,第2変速機構(変速機構)
X1,X2・・第1,第2軸線
5・・・・・・第1伝動部材(一方の伝動部材)
6・・・・・・偏心回転部材
8・・・・・・第2伝動部材(他方の伝動部材)
9・・・・・・第3伝動部材(一方の伝動部材)
21,25・・第1,第4伝動溝(一方の伝動溝)
22,24・・第2,第3伝動溝(他方の伝動溝)
23,26・・第1,第2転動体
31,32・・第1,第2保持孔(保持孔)
51,52・・ハウジング部
51s,52s・・スリット
53,54・・棒状の連結部
55,55′・・ハブ部
57,57′・・スポーク部
61・・・・・第1内周面(軸受面)
図1
図2
図3
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図5
図6
図7
図8
図9