【課題】一方の伝動部材が第1軸線を中心軸線とし、且つ他方の伝動部材が、第1軸線から偏心した第2軸線回りを自転しながら第1軸線回りに公転可能であり、両伝動部材間の変速機構が、一方の伝動部材に設けられて第1軸線を中心とした波形環状をなす一方の伝動溝と、他方の伝動部材に設けられて第2軸線を中心とする波形環状をなす他方の伝動溝と、両伝動溝の複数の交差部に介装した複数の転動体とを有する伝動装置において、転動体を保持するリテーナと伝動部材との間の潤滑を効果的に行うことでリテーナの負荷抵抗を低減して伝動効率を高める。
【解決手段】リテーナH1の両側面は、両伝動部材5,8に対し回転摺動可能となる板厚に構成され、両伝動部材5,8とリテーナH1との各々の相対向面のうちの一方の対向面に、他方の対向面との間で潤滑油を保持し得る油溜まり凹部61,62が設けられる。
互いに対向する一対の伝動部材(5,9;8)と、その両伝動部材(5,9;8)の相互間に設けられて、その相互間で変速しつつトルク伝達可能な変速機構(T1,T2)と、その両伝動部材(5,9;8)を収容し且つ内部に潤滑油を供給可能なケーシング(C)とを備えていて、一方の伝動部材(5,9)が第1軸線(X1)を中心軸線とし、且つ他方の伝動部材(8)が、第1軸線(X1)から偏心した第2軸線(X2)回りを自転しながら第1軸線(X1)回りに公転可能であり、
前記一対の伝動部材(5,9;8)が、その両者の相対向面に伝動溝(21,22,25,24)を各々有しており、
前記変速機構(T1,T2)が、前記一方の伝動部材(5,9)に設けられて第1軸線(X1)を中心とした波形環状をなす一方の前記伝動溝(21,25)と、前記他方の伝動部材(8)に設けられて第2軸線(X2)を中心とする波形環状をなし且つ波数が前記一方の伝動溝(21,25)とは異なる他方の前記伝動溝(22,24)と、前記一方の伝動溝(21,25)及び前記他方の伝動溝(22,24)相互の複数の交差部に介装され、その両伝動溝(21,22,25,24)を転動しながら前記両伝動部材(5,9;8)間の変速伝動を行う複数の転動体(23,26)と、それら転動体(23,26)を保持する複数の保持孔(31,32)を有して両伝動部材(5,9;8)間に相対回転可能に介装される板状のリテーナ(H1,H2)とを有する伝動装置であって、
前記リテーナ(H1,H2)は、該リテーナ(H1,H2)の両側面が前記両伝動部材(5,9;8)に対しそれぞれ回転摺動可能となる板厚に構成され、
前記リテーナ(H1,H2)と前記両伝動部材(5,9;8)との各々の相対向面のうちの少なくとも一方の対向面には、その他方の対向面との間で潤滑油を保持し得る複数の油溜まり凹部(61,62,61′,62′)が設けられることを特徴とする伝動装置。
前記ミッションケース(1)内から前記第1及び第2軸受ボス(B1,B2)と前記第1及び第2ドライブ軸(A1,A2)との各嵌合面間を経て前記第1及び第2リテーナ(H1,H2)の内周側に潤滑油を導く第1,第2油導入路(P1,P2)を備えることを特徴とする、請求項2に記載の伝動装置。
前記油溜まり凹部(61,62)が、リング板状をなす前記リテーナ(H1,H2)の、前記伝動部材(5,8,9)との対向面に設けられて該リテーナ(H1,H2)を径方向に横切る複数条の凹溝(61,62)で構成され、その凹溝(61,62)の両端が前記リテーナ(H1,H2)の内周面及び外周面にそれぞれ開口していることを特徴とする、請求項1〜3の何れか1項に記載の伝動装置。
前記油溜まり凹部(61′,62′)が、前記少なくとも一方の対向面に相互に間隔をおいて凹設された複数のディンプル(61′,62′)より構成されることを特徴とする、請求項1〜3の何れか1項に記載の伝動装置。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで特許文献1の
図7に示される従来の伝動装置では、上記変速機構における一対の伝動部材間に、複数の転動体(ボール)を回転摺動可能に保持する複数の保持孔を有するリング板状のリテーナを介装している。そして、このリテーナは、それの保持孔に複数の転動体を周方向等間隔で配列した状態で、一対の伝動部材間に該リテーナを介装することにより、複数の転動体を一対の伝動部材の相対向する伝動溝相互の重なり部に係合させる作業を容易化し得るものである。
【0005】
このようにリテーナは、装置組立時には組立治具として機能させることができるが、装置組立後の伝動中は、相互に偏心回転する一対の伝動部材に対し相対回転しながら、両伝動溝に沿って転動する複数の転動体を保持するものであって、その偏心回転の抵抗負荷となる不都合を生じ、それが伝動装置の伝動効率を低下させると考えられていた(例えば特許文献1の[0004]参照)。
【0006】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであって、リテーナを活用して、転動体が伝動溝の曲率急変部を通過する際の暴れを効果的に抑制可能とすると共に、そのリテーナと伝動部材との接触面への潤滑効果を高めてリテーナに因る抵抗負荷を軽減可能することで、伝動効率を高めた伝動装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するために、本発明は、互いに対向する一対の伝動部材と、その両伝動部材の相互間に設けられて、その相互間で変速しつつトルク伝達可能な変速機構と、その両伝動部材を収容し且つ内部に潤滑油を供給可能なケーシングとを備えていて、一方の伝動部材が第1軸線を中心軸線とし、且つ他方の伝動部材が、第1軸線から偏心した第2軸線回りを自転しながら第1軸線回りに公転可能であり、前記一対の伝動部材が、その両者の相対向面に伝動溝を各々有しており、前記変速機構が、前記一方の伝動部材に設けられて第1軸線を中心とした波形環状をなす一方の前記伝動溝と、前記他方の伝動部材に設けられて第2軸線を中心とする波形環状をなし且つ波数が前記一方の伝動溝とは異なる他方の前記伝動溝と、前記一方の伝動溝及び前記他方の伝動溝相互の複数の交差部に介装され、その両伝動溝を転動しながら前記両伝動部材間の変速伝動を行う複数の転動体と、それら転動体を保持する複数の保持孔を有して両伝動部材間に相対回転可能に介装される板状のリテーナとを有する伝動装置であって、前記リテーナは、該リテーナの両側面が前記両伝動部材に対しそれぞれ回転摺動可能となる板厚に構成され、前記リテーナと前記両伝動部材との各々の相対向面のうちの少なくとも一方の対向面には、その他方の対向面との間で潤滑油を保持し得る複数の油溜まり凹部が設けられることを第1の特徴とする。
【0008】
また本発明は、第1軸線を中心軸線とする第1伝動部材と、第1軸線回りに回転する第1伝動軸、及び第1軸線から偏心した第2軸線を中心軸線とする偏心軸部が一体的に連結された偏心回転部材と、前記偏心軸部に第2軸線回りに回転自在に支持されると共に前記第1伝動部材に対向する第2伝動部材と、第1軸線回りに回転する第2伝動軸に同軸で連結されると共に前記第2伝動部材に対向する第3伝動部材と、前記第1及び第2伝動部材間で変速しつつトルク伝達可能な第1変速機構と、前記第2及び第3伝動部材間で変速しつつトルク伝達可能な第2変速機構と、前記第1〜第3伝動部材を収容すると共に前記第1伝動部材を一体回転するよう連結し、内部に潤滑油を供給可能なケーシングとを備え、前記第1変速機構が、前記第1伝動部材の、前記第2伝動部材との対向面に在り且つ第1軸線を中心とする波形環状の第1伝動溝と、前記第2伝動部材の、前記第1伝動部材との対向面に在り且つ第2軸線を中心とする波形環状で波数が第1伝動溝とは異なる第2伝動溝と、それら第1及び第2伝動溝の複数の交差部に各々介装され、第1及び第2伝動溝を転動しながら前記第1及び第2伝動部材間の変速伝動を行う複数の第1転動体と、それら第1転動体を回転摺動可能に保持する複数の第1保持孔を有して第1及び第2伝動部材間に介装される板状の第1リテーナとを有し、前記第2変速機構が、前記第2伝動部材の、前記第3伝動部材との対向面に在り且つ第2軸線を中心とする波形環状の第3伝動溝と、前記第3伝動部材の、前記第2伝動部材との対向面に在り且つ第1軸線を中心とする波形環状で波数が第3伝動溝とは異なる第4伝動溝と、それら第3及び第4伝動溝の複数の交差部に介装され、第3及び第4伝動溝を転動しながら前記第2及び第3伝動部材間の変速伝動を行う複数の第2転動体と、それら第2転動体を回転摺動可能に保持する複数の第2保持孔を有して第2及び第3伝動部材間に介装される板状の第2リテーナとを有した伝動装置であって、前記ケーシングがミッションケース内に収容されると共に、そのミッションケースに回転自在に支持される第1及び第2軸受ボスが、該ケーシングの一側壁及び他側壁にそれぞれ連設され、前記第1軸受ボスに回転自在に支持した第1ドライブ軸に前記第1伝動軸が、また前記第2軸受ボスに回転自在に支持した第2ドライブ軸に前記第2伝動軸がそれぞれ同軸で連結可能であって、前記ケーシングから前記第1及び第2伝動軸を経て前記第1及び第2ドライブ軸に回転トルクを分配可能であり、前記第1リテーナは、該第1リテーナの両側面が前記第1,第2伝動部材に対しそれぞれ回転摺動可能となる板厚に、また前記第2リテーナは、該第2リテーナの両側面が前記第2,第3伝動部材に対しそれぞれ回転摺動可能となる板厚にそれぞれ構成され、前記第1リテーナと前記第1,第2伝動部材との各々の相対向面のうちの少なくとも一方の対向面には、その他方の対向面との間で潤滑油を保持し得る複数の第1の油溜まり凹部が設けられると共に、前記第2リテーナと前記第2,第3伝動部材との各々の相対向面のうちの少なくとも一方の対向面には、その他方の対向面との間で潤滑油を保持し得る複数の第2の油溜まり凹部が設けられることを第2の特徴とする。
【0009】
また本発明は、第2の特徴に加えて、前記ミッションケース内から前記第1及び第2軸受ボスと前記第1及び第2ドライブ軸との各嵌合面間を経て前記第1及び第2リテーナの内周側に潤滑油を導く油導入路を備えることを第3の特徴とする。
【0010】
また本発明は、第1〜第3の何れかの特徴に加えて、前記油溜まり凹部が、リング板状をなす前記リテーナの、前記伝動部材との対向面に設けられて該リテーナを径方向に横切る複数条の凹溝で構成され、その凹溝の両端が前記リテーナの内周面及び外周面にそれぞれ開口していることを第4の特徴とする。
【0011】
また本発明は、第1〜第3の何れかの特徴に加えて、前記油溜まり凹部が、前記少なくとも一方の対向面に相互に間隔をおいて凹設された複数のディンプルより構成されることを第5の特徴とする。
【0012】
本発明及び本明細書において、「回転摺動可能となる板厚」とは、リテーナと各伝動部材との相対向面が回転摺動可能な状態で物理的に接触する状態となるリテーナの板厚を含むことは元より、その相対向面に潤滑に必要な油膜が形成保持できる程度の微小なクリアランスが存する状態でリテーナと各伝動部材とが近接対向する実質上の接触状態となるリテーナの板厚をも含むものである。さらに、前記相対向面が物理的な当接状態に常にはなくても、少なくとも伝動中は、リテーナが、前記クリアランスの範囲で僅かに傾動又は軸方向移動することで伝動部材に対し一時的に当接する状態となるリテーナの板厚も含むものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明の第1の特徴によれば、相対向する伝動部材間に介装されて両伝動部材の波形環状の伝動溝相互の交差部に存する複数の転動体を保持するリテーナは、これを両側から挟む第1,第2の伝動部材に対しそれぞれ回転摺動可能となる板厚に構成されるので、リテーナの板厚を極力厚くしてリテーナの転動体に対する保持剛性を高めることができ、伝動時にリテーナで複数の転動体を的確に保持可能となる。これにより、リテーナは、これが保持する複数の転動体の一部が伝動溝の曲率急変部を通過する際に暴れようとしたときに、他の転動体と協働して該一部の転動体の暴れを効果的に抑制できて、複数の転動体全体の、伝動溝に沿うスムーズな転動を確保可能となる。また、伝動時にリテーナと伝動部材との相対向面間にケーシング内の潤滑油が毛管現象により進入すると、その相対向面に油膜が形成されるが、本発明では特に伝動部材とリテーナとの相対向面のうちの少なくとも一方の対向面に、その他方の対向面との間で潤滑油を保持し得る複数の油溜まり凹部が設けられるので、上記油膜を形成する潤滑油の一部が、伝動部材とリテーナとの相対回転に伴い移動して油溜まり凹部に捕捉、保持され易くなり、この捕捉、保持された潤滑油が相対向面の油膜切れを効果的に防止し得ることから、その油膜による相対向面の潤滑効果が十分に発揮されて、リテーナの伝動部材に対する摩擦抵抗が効果的に軽減可能となる。以上により、全体として、伝動装置の伝動効率を効果的に高めることができる。
【0014】
また第2の特徴によれば、上記第1の特徴による効果に加えて、伝動装置を、ケーシングをデフケースとした差動装置として有効に利用可能となる。
【0015】
また第3の特徴によれば、ミッションケース内からケーシング(デフケース)の第1及び第2軸受ボスと第1及び第2ドライブ軸との各嵌合面間を経て第1及び第2リテーナの内周側に潤滑油を導く油導入路を備えるので、この油導入路を通して各リテーナの内周側に導かれた潤滑油が、リテーナの回転による遠心力と、毛管現象とにより、リテーナと伝動部材との相対向面に油膜を効率よく十分に形成可能となり、これにより、差動装置の伝動効率を更に向上させることができる。
【0016】
また第4の特徴によれば、上記油溜まり凹部が、リング板状をなすリテーナを径方向に横切る複数条の凹溝で構成され、その凹溝の両端がリテーナの内周面及び外周面にそれぞれ開口しているので、変速機構の伝動中、各凹溝において潤滑油の新旧入替えが十分に行われ、これにより、リテーナと両側の伝動部材との相対向面に常に新たな油膜を形成して伝動効率を高めることができると共に、その相対向面を効率よく冷却可能である。
【0017】
また第5の特徴によれば、上記油溜まり凹部が、上記少なくとも一方の対向面に相互に間隔をおいて凹設された複数のディンプルより構成されるので、変速機構の長期停止状態でも、各ディンプルに十分な潤滑油を保持し続けることが可能となり、これにより、変速機構の作動開始時から、リテーナと両側の伝動部材との相対向面に油膜を速やかに形成して伝動効率を高めることができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の実施形態を添付図面に基づいて以下に説明する。
【0020】
先ず、
図1〜
図6に示す本発明の第1実施形態を説明する。
図1において、自動車のミッションケース1内には、伝動装置としての差動装置Dが変速装置と共に収容される。
【0021】
この差動装置Dは、前記変速装置の出力側に連動回転するリングギヤCgの回転を、差動装置Dの中心軸線即ち第1軸線X1上に相対回転可能に並ぶ左右の駆動車軸A1,A2(即ち第1,第2ドライブ軸)に対して、両駆動車軸A1,A2相互の差動回転を許容しつつ分配する。尚、各々の駆動車軸A1,A2とミッションケース1との間は、シール部材4,4′でシールされる。
【0022】
ミッションケース1の底部は、潤滑油を所定量貯溜し得るオイルパン(図示せず)に構成される。そのオイルパン内の貯溜潤滑油は、ミッションケース1内の回転部分、例えば後述するデフケースCが回転することで勢いよく掻き回されてケース1内空間に広範囲に飛散し、この飛散潤滑油によりケース1内の各部、即ち被潤滑部を潤滑可能である。尚、上記した潤滑構造に加えて(或いは代えて)、オイルポンプ等のポンプ手段で圧送された潤滑油をミッションケース1内の各部に強制的に圧送供給するようにしてもよい。
【0023】
差動装置Dは、ミッションケース1に第1軸線X1回りに回転可能に支持される伝動ケースとしてのデフケースCと、そのデフケースC内に収容される後述の差動機構3とで構成される。デフケースCは、短円筒状のギヤ本体の外周に斜歯Cgaを設けたヘリカルギヤよりなるリングギヤCgと、そのリングギヤCgの軸方向両端部に外周端部がそれぞれ接合される左右一対の第1,第2側壁Ca,Cbとを備える。少なくとも一方の側壁Ca,Cbには、その外周端近傍において、デフケースC内の余剰の潤滑油を遠心力等で適度に排出可能なドレン孔(図示せず)が設けられる。
【0024】
また第1,第2側壁Ca,Cbは、各々の内周端部において第1軸線X1上に並ぶ円筒状の第1,第2軸受ボスB1,B2をそれぞれ一体に有しており、それら軸受ボスB1,B2の外周部は、ミッションケース1に軸受2,2′を介して回転自在に支持される。また第1,第2軸受ボスB1,B2の内周部には第1,第2駆動車軸A1,A2が第1軸線X1回りにそれぞれ回転自在に嵌合、支持される。その嵌合面の少なくとも一方(図示例では軸受ボスB1,B2の内周面)には、自動車の少なくとも前進時(即ち駆動車軸A1,A2の正転時)に軸受ボスB1,B2と駆動車軸A1,A2との相対回転に伴いミッションケース1内の飛散潤滑油をデフケースC内に引き込むための第1,第2螺旋溝18,19が形成される。その各螺旋溝18,19の外端はミッションケース1内に、またその内端はデフケースC内にそれぞれ開口する。また軸受ボスB1,B2の外端面には、ミッションケース1内から各螺旋溝18,19の外端開口(即ち入口)への潤滑油の流入を効率よく誘導案内し得るガイド部B1a,B2aが突設される。
【0025】
尚、本実施形態では、ミッションケース1内の潤滑油をデフケースC内に供給するための潤滑油供給手段として上記螺旋溝18,19が例示されたが、このような螺旋溝18,19に加えて(又は代えて)、別の潤滑油供給手段として、例えばオイルポンプ等のポンプ手段で圧送された潤滑油を、駆動車軸A1,A2及び/又はデフケースCに設けた油路(図示せず)を介してデフケースC内に供給するようにしてもよい。尚また、螺旋溝18,19は、駆動車軸A1,A2の外周面に形成してもよい。
【0026】
次にデフケースC内の差動機構3の構造を説明する。差動機構3は、第1軸線X1を中心軸線として第1側壁Caに一体的に回転するよう連結(本実施形態では一体に形成)される第1伝動部材5と、第1軸線X1回りに回転可能な第1伝動軸S1、および第1軸線X1から所定の偏心量eだけ偏心した第2軸線X2を中心軸線とする偏心軸部6eを一体に有する偏心回転部材6と、第1伝動部材5に一側部が対向配置され且つ偏心軸部6eにボール軸受よりなる軸受7を介して回転自在に支持される円環状の第2伝動部材8と、第2伝動部材8の他側部に対向配置されると共に背面が第2側壁Cbの内側面に対面する第3伝動部材9と、第1及び第2伝動部材5,8間で変速しつつトルク伝達可能な第1変速機構T1と、第2及び第3伝動部材8,9間で変速しつつトルク伝達可能な第2変速機構T2とを備える。
【0027】
上記偏心回転部材6は、これの主軸部となる第1伝動軸S1が円筒状をなしており、この第1伝動軸S1の内周面には、第1軸線X1を中心軸線とする第1駆動車軸A1がスプライン嵌合16されている。
【0028】
また、上記第3伝動部材9は、第1軸線X1を中心軸線とするリング板状に形成されており、これの内周端部には、軸方向外方に延びる円筒状の第2伝動軸S2が同軸で連結(本実施形態では一体に形成)される。その第2伝動軸S2の内周面には、第1軸線X1を中心軸線とする第2駆動車軸A2がスプライン嵌合17される。尚、上記スプライン嵌合17部位には、周方向の一部に欠歯部17cが設けられ、これが潤滑油の通り道となっている。
【0029】
而して、第1軸線X1回りに回転する偏心回転部材6の偏心軸部6eに第2伝動部材8が第2軸線X2回りに回転自在に嵌合支持されることで、第2伝動部材8は、偏心回転部材6の第1軸線X1回りの回転に伴い、それの偏心軸部6eに対し第2軸線X2回りに自転しつつ、第1伝動軸S1に対し第1軸線X1回りに公転可能である。
【0030】
また第2伝動部材8は、偏心回転部材6の偏心軸部6eに軸受7を介して回転自在に支持されるリング板状の第1半体8aと、その第1半体8aに間隔をおいて対向するリング板状の第2半体8bと、その両半体8a,8b間を一体的に連結する基本的に円筒状の連結部材8cとを備える。特に本実施形態では、連結部材8cの一端部及び他端部の内周面に、第1半体8a及び第2半体8bをそれぞれインロー嵌合されており、その嵌合部が溶接、カシメ等の適当な固着手段により固着される。そして、第1半体8aと第1伝動部材5との相対向面間に前記第1変速機構T1が、また第2半体8bと第3伝動部材9との相対向面間に前記第2変速機構T2がそれぞれ設けられる。
【0031】
連結部材8cには、デフケースCの内部空間ICと第2伝動部材8の中空部SPとの間を連通させる複数の第1油流通孔11が周方向に等間隔おきに設けられ、デフケースCの内部空間ICに飛散する潤滑油を第1油流通孔11を通して上記中空部SPに導入可能となっている。また第2半体8bには、上記中空部SPを第2変速機構T2の内周側に連通させる第2油流通孔12が形成される。
【0032】
更に差動機構3は、第1軸線X1を挟んで偏心回転部材6の偏心軸部6e及び第2伝動部材8の総合重心Gとは逆位相であり且つその総合重心Gの回転半径よりも大なる回転半径を有していて偏心回転部材6の主軸部たる第1伝動軸S1に相対回転不能に取付けられるバランスウェイトWを備えている。このバランスウェイトWは、クリップ10で第1伝動軸S1に固定される環状基部Wmと、その環状基部Wmの周方向特定領域に固設される重錘部Wwとから構成され、第2伝動部材8の中空部SPがバランスウェイトWの収容空間として利用される。
【0033】
図1,
図2に示すように、第1伝動部材5の、第2伝動部材8の一側部(第1半体8a)に対向する内側面には、第1軸線X1を中心とした波形環状の第1伝動溝21が形成され、この第1伝動溝21は、図示例では第1軸線X1を中心とする仮想円を基礎円としたハイポトロコイド曲線に沿って周方向に延びている。一方、第2伝動部材8の、第1伝動部材5に対向する一側部(第1半体8a)には、第2軸線X2を中心とした波形環状の第2伝動溝22が形成される。この第2伝動溝22は、図示例では第2軸線X2を中心とする仮想円を基礎円としたエピトロコイド曲線に沿って周方向に延びており、上記第1伝動溝21の波数よりも少ない波数を有して第1伝動溝21と複数箇所で交差する。これら第1伝動溝21及び第2伝動溝22の交差部(即ち重なり部)には、第1転動体としての複数の第1ボール23が介装されており、各々の第1ボール23は、それら第1及び第2伝動溝21,22の内側面を転動自在である。
【0034】
第1伝動部材5及び第2伝動部材8(第1半体8a)の相対向面間には、リング板状の第1リテーナH1が介装される。この第1リテーナH1は、複数の第1ボール23の、第1、第2伝動溝21,22相互の交差部での両伝動溝21,22への係合状態を維持し得るように、複数の第1ボール23をそれらの相互間隔を一定に規制しつつ回転自在に保持する複数の円形の第1保持孔31を周方向で等間隔置きに有している。
【0035】
また、
図1,2,4に示すように、第2伝動部材8の他側部(第2半体8b)には、第2軸線X2を中心とした波形環状の第3伝動溝24が形成され、この第3伝動溝24は、図示例では第2軸線X2を中心とする仮想円を基礎円としたハイポトロコイド曲線に沿って周方向に延びている。一方、第3伝動部材9の、第2伝動部材8との対向面には、第1軸線X1を中心とした波形環状の第4伝動溝25が形成される。この第4伝動溝25は、図示例では第1軸線X1を中心とする仮想円を基礎円としたエピトロコイド曲線に沿って周方向に延びており、上記第3伝動溝24の波数よりも少ない波数を有して第3伝動溝24と複数箇所で交差する。これら第3伝動溝24及び第4伝動溝25の交差部(重なり部)には、第2転動体としての複数の第2ボール26が介装されており、各々の第2ボール26は、それら第3及び第4伝動溝24,25の内側面を転動自在である。また本実施形態では、第1及び第2伝動溝21,22のトロコイド係数と、第3及び第4伝動溝24,25のトロコイド係数とは互いに異なる値に設定される。
【0036】
第3伝動部材9及び第2伝動部材8(第2半体8b)の相対向面間には、リング板状の第2リテーナH2が介装される。この第2リテーナH2は、複数の第2ボール26の、第3、第4伝動溝24,25相互の交差部での両伝動溝24,25への係合状態を維持し得るように、複数の第2ボール26をそれらの相互間隔を一定に規制しつつ回転自在に保持する複数の円形の第2保持孔32を周方向で等間隔置きに有している。
【0037】
ところで第1リテーナH1と第1及び第2伝動部材5,8との各対向面、並びに第2リテーナH2と第2及び第3伝動部材8,9との各対向面は、回転摺動可能な接触状態に保持される。そして、上記接触状態が得られ且つ維持されるように、本実施形態では各リテーナH1,H2を、これが両側の伝動部材5,8;8,9に対しそれぞれ回転摺動可能な接触状態となり得るような十分な板厚(即ち各伝動部材5,8,9がデフケースC内で正規の組立状態にあるときに、リテーナH1,H2を両側から挟む伝動部材5,8;8,9の対向間隔と同じか又は僅かに小さい距離に相当する板厚)に構成した上で、上記接触状態を保持する保持手段としてのスラストワッシャ13を、デフケースCの第2側壁Cbと第3伝動部材9との間に介設している。尚、このスラストワッシャ13は、第2側壁Cbと第3伝動部材9とのスムーズな相対回転摺動を許容するスラストワッシャ本来の機能に加えて、ワッシャ自体の厚み選定により上記各対向面間の微小なクリアランス(即ち摺動間隙)を調整するためのシムとしても機能する。
【0038】
而して、本明細書において、リテーナH1,H2と伝動部材5,8,9との「接触状態」とは、リテーナH1,H2と伝動部材5,8,9との相対向面が、回転摺動可能な状態で物理的に接触する状態を含むことは元より、その相対向面に潤滑に必要な油膜が形成保持できる程度の微小なクリアランスが存する状態でリテーナH1,H2と伝動部材5,8,9とが近接対向する実質上の接触状態をも含むものである。
【0039】
しかも本実施形態では、
図5に明示したように、各変速機構T1,T2の無負荷(即ち非伝動)状態では、複数の第1ボール23の全てに第1及び第2伝動部材5,8間においてスラスト方向の遊び45及び回転方向の遊びが、また複数の第2ボール26の全てに第2及び第3伝動部材8,9間においてスラスト方向の遊び46及び回転方向の遊びがそれぞれ付与されている。尚、このような遊び(即ちバックラッシュ)が存在しても、差動装置Dの伝動中すなわち各変速機構T1,T2の負荷状態では、伝動部材5,8,9相互間でのトルク伝達を担う第1,第2ボール23,26のうちの少なくとも3個が、両側の伝動溝21,22;24,25の内側面に対してトルク伝達方向にガタなく係合し、各ボール23,26を介してのトルク伝達は支障なく行われる。
【0040】
更に本実施形態では、第1リテーナH1と第1,第2伝動部材5,8との各々の相対向面のうちの少なくとも一方の対向面(図示例では第1リテーナH1の一側面及び両側面)に、他方の対向面(即ち第1,第2伝動部材5,8)との間で潤滑油を保持し得る複数の第1の油溜まり凹部61が、
図2,
図5(A)及び
図6に明示した如く設けられる。また、第2リテーナH2と第2,第3伝動部材8,9との各々の相対向面のうちの少なくとも一方の対向面(図示例では第2リテーナH2の一側面及び両側面)にも、他方の対向面(即ち第2,第3伝動部材8,9)との間で潤滑油を保持し得る複数の第2の油溜まり凹部62が、
図3及び
図5(B)に示される如く設けられる。
【0041】
特に本実施形態では、上記油溜まり凹部61,62が、リング板状をなす第1,第2リテーナH1,H2の、伝動部材5,8,9との対向面に周方向に間隔をおいて設けられて該リテーナH1,H2を径方向に横切る複数条の凹溝で構成されており、且つその各々の油溜まり凹部61,62の両端がリテーナH1,H2の内周面及び外周面にそれぞれ開口している。また、第1,第2リテーナH1,H2において、一部の油溜まり凹部61,62は、第1,第2保持孔31,32を横切るように延びていて、それら保持孔31,32及び油溜まり凹部61,62間での潤滑油授受を円滑化した配置となっている。
【0042】
尚、上記油溜まり凹部61,62は、図示例では第1,第2リテーナH1,H2の半径方向に延びる直線溝としたが、これを半径方向に対し傾斜させた直線溝としてもよく、或いは少なくとも一部がカーブ又は折れ曲がった非直線溝としてもよい。
【0043】
また、デフケースCの第1側壁Caの内側面と偏心回転部材6との相対向面間には、第1螺旋溝18の内端開口を第1変速機構T1の内周側に連通させる環状の第1油路41が形成される。そして、第1螺旋溝18及び第1油路41は互いに協働して、ミッションケース1内から第1軸受ボスB1と第1駆動車軸A1との嵌合面間を経て第1リテーナH1の内周側に潤滑油を導く第1油導入路P1を構成している。
【0044】
また、デフケースCの第2側壁Cbの内側面と第3伝動部材9の外側面との相対向面間には、第2螺旋溝19の内端開口を上記スラストワッシャ13の内周側に連通させる環状の第2油路42が形成される。また、第2螺旋溝19及びスプライン嵌合部17の欠歯部17cは互いに協働して、ミッションケース1内から第2軸受ボスB2と第2駆動車軸A2との嵌合面間を経て第2リテーナH2の内周側に潤滑油を導く第2油導入路P2を構成している。
【0045】
以上説明した本実施形態において、第1伝動溝21の波数をZ1、第2伝動溝22の波数をZ2、第3伝動溝24の波数をZ3、第4伝動溝25の波数をZ4としたとき、下記式が成立するように、第1〜第4伝動溝21,22,24,25は形成される。
(Z1/Z2)×(Z3/Z4)=2
望ましくは、図示例のように、Z1=8、Z2=6、Z3=6、Z4=4とするか、又はZ1=6、Z2=4、Z3=8、Z4=6とするとよい。
【0046】
尚、図示例では、8波の第1伝動溝21と6波の第2伝動溝22とが7箇所で交差し、この7箇所の交差部(重なり部)に7個の第1ボール23が介装され、また6波の第3伝動溝24と4波の第4伝動溝25とが5箇所で交差し、この5箇所の交差部(重なり部)に5個の第2ボール26が介装される。
【0047】
而して、第1伝動溝21、第2伝動溝22及び第1ボール23は互いに協働して、第1伝動部材5及び第2伝動部材8間で変速しつつトルク伝達可能な第1変速機構T1を構成し、また第3伝動溝24、第4伝動溝25及び第2ボール26は互いに協働して、第2伝動部材8及び第3伝動部材9間で変速しつつトルク伝達可能な第2変速機構T2を構成する。
【0048】
以上説明した本実施形態において、第1,第2変速機構T1,T2は何れも本発明の第1の特徴に係る変速機構を構成している。そして、特に第1変速機構T1においては、第1伝動部材5が一方の伝動部材を構成すると共に第2伝動部材8が他方の伝動部材を構成し、また第1伝動溝21が一方の伝動溝を構成すると共に第2伝動溝22が他方の伝動溝を構成している。また特に第2変速機構T2においては、第3伝動部材9が一方の伝動部材を構成すると共に第2伝動部材8が他方の伝動部材を構成し、また第4伝動溝25が一方の伝動溝を構成すると共に第3伝動溝24が他方の伝動溝を構成している。
【0049】
次に、前記第1実施形態の作用について説明する。
【0050】
いま、例えば右方の第1駆動車軸A1を固定することで偏心回転部材6(従って偏心軸部6e)を固定した状態において、エンジンからの動力でリングギヤCgが駆動され、デフケースC、従って第1伝動部材5を第1軸線X1回りに回転させると、第1伝動部材5の8波の第1伝動溝21が第2伝動部材8の6波の第2伝動溝22を第1ボール23を介して駆動するので、第1伝動部材5が8/6の増速比を以て第2伝動部材8を駆動することになる。そして、この第2伝動部材8の回転によれば、第2伝動部材8の6波の第3伝動溝24が第3伝動部材9の4波の第4伝動溝25を第2ボール26を介して駆動するので、第2伝動部材8が6/4の増速比を以て第3伝動部材9を駆動することになる。
【0051】
結局、第1伝動部材5は、
(Z1/Z2)×(Z3/Z4)=(8/6)×(6/4)=2
の増速比を以て第3伝動部材9を駆動することになる。
【0052】
一方、左方の第2駆動車軸A2を固定することで第3伝動部材9を固定した状態において、デフケース(従って第1伝動部材5)を回転させると、第1伝動部材5の回転駆動力と、第2伝動部材8の、不動の第3伝動部材9に対する駆動反力とにより、第2伝動部材8は、偏心回転部材6の偏心軸部6e(第2軸線X2)に対し自転しながら第1軸線X1回りに公転して、偏心軸部6eを第1軸線X1回りに駆動する。その結果、第1伝動部材5は、2倍の増速比を以て偏心回転部材6を駆動することになる。
【0053】
而して、偏心回転部材6及び第3伝動部材9の負荷が相互にバランスしたり、相互に変化したりすると、第2伝動部材8の自転量及び公転量が無段階に変化し、偏心回転部材6及び第3伝動部材9の回転数の平均値が第1伝動部材5の回転数と等しくなる。こうして、第1伝動部材5の回転は、偏心回転部材6及び第3伝動部材9に分配され、したがってリングギヤCgからデフケースCに伝達された回転力を左右の駆動車軸A1,A2に分配することができる。
【0054】
その際、Z1=8、Z2=6、Z3=6、Z4=4とするか、又はZ1=6、Z2=4、Z3=8、Z4=6とすることにより、差動機能を確保しつゝ構造の簡素化を図ることができる。
【0055】
ところで、この差動装置Dにおいて、第1伝動部材5の回転トルクは、第1伝動溝21、複数の第1ボール23及び第2伝動溝22を介して第2伝動部材8に、また第2伝動部材8の回転トルクは、第3伝動溝24、複数の第2ボール26及び第4伝動溝25を介して第3伝動部材9にそれぞれ伝達されるので、第1伝動部材5と第2伝動部材8、第2伝動部材8と第3伝動部材9の各間では、トルク伝達が第1及び第2ボール23,26が存在する複数箇所に分散して行われることになり、第1〜第3伝動部材5,8,9及び第1、第2ボール23,26等の各伝動要素の強度増及び軽量化を図ることができる。
【0056】
しかもこの差動装置Dは、第1〜第3伝動部材5,8,9を各々、軸方向に極力扁平化することが可能であり、また第1、第2伝動部材5,8の相対向面間の第1変速機構T1と、第2、第3伝動部材8,9の相対向面間の第2変速機構T2とが、偏心回転部材6を固定したときに第1伝動部材5から第3伝動部材9を2倍の増速比を以て駆動するように構成される。従って、軸方向に容易に扁平小型化し得る差動装置Dが得られる。
【0057】
また、この差動装置Dの伝動中は、前述のようにミッションケース1底部の貯溜潤滑油がデフケースC等に掻き回されてミッションケース1内に広範囲に飛散し、その飛散潤滑油の一部は、デフケースCの軸受ボスB1,B2と駆動車軸A1,A2との相対回転に伴う第1及び第2螺旋溝18,19の引き込み作用により、デフケースC内にその両側から積極的に供給される。
【0058】
このとき、特に第1螺旋溝18の出口に達した潤滑油は、その一部が遠心力の作用で第1油路41を経由して第1変速機構T1の内周側(従って第1リテーナH1の内周側)に流動し、例えば第1リテーナH1と第1,第2伝動溝21,22との回転摺動面や、第1ボール23と第1,第2伝動溝21,22との係合部を効率よく潤滑する。
【0059】
一方、第2螺旋溝19の出口に達した潤滑油は、その一部が遠心力の作用で第2油路42を経てスラストワッシャ13に向かい同ワッシャを潤滑する。またその潤滑油の残部は、スプライン嵌合部17(主としてスプライン欠歯部17c)を通して第3伝動部材9の内方側に導入され、その導入潤滑油の一部は、遠心力で径方向外方に流動して第2変速機構T2の内周側(即ち第2リテーナH2の内周側)に向かって流動し、例えば第2リテーナH2と第3,第4伝動溝24,25との回転摺動面や、第2ボール26と第3,第4伝動溝24,25との係合部を効率よく潤滑する。
【0060】
ところで本実施形態では、第1リテーナH1と第1及び第2伝動部材5,8との各対向面、並びに第2リテーナH2と第2及び第3伝動部材8,9との各対向面が、前述のように回転摺動可能な接触状態にあり、この回転摺動可能な接触状態は、保持手段としてのスラストワッシャ13が、デフケースCの第2側壁Cbと第3伝動部材9との間に介設されることで的確に保持されている。その結果、各々のリテーナH1,H2の板厚を極力厚く(即ちリテーナを両側から挟む伝動部材5,8;8,9相互の対向間隔と略同じに)して、リテーナH1,H2のボール23,26に対する保持剛性を高めることができる。しかもリテーナH1,H2と伝動部材5,8;8,9との間のスラスト方向の遊びが実質的にゼロとなるか又は極力排除されるので、伝動中における各リテーナH1,H2の過度の傾動やスラスト方向振動を効果的に抑制可能となり、このようなリテーナH1,H2の剛性アップ効果と、過度の傾動・振動の抑制効果とが相俟って、伝動時にリテーナH1,H2で複数のボール23,26を的確に保持可能となる。
【0061】
かくして、適正姿勢が維持され且つ十分な厚み(従って剛性)を有する各リテーナH1(H2)は、これが保持する複数のボール23(26)の一部が伝動溝21,22(24,25)の曲率急変部を通過する際に暴れようとしたときに、暴れてない他のボール23(26)と協働して該一部のボール23(26)の暴れを効果的に抑制可能となるため、複数のボール23(26)全体の、伝動溝21,22(24,25)に沿うスムーズな転動を確保でき、全体として伝動効率を向上させることができる。
【0062】
その上、差動装置Dの非伝動中すなわち各変速機構T1,T2の無負荷状態では、複数の第1ボール23の全てに第1及び第2伝動部材5,8間においてスラスト方向の遊び45及び回転方向の遊びが、また複数の第2ボール26の全てに第2及び第3伝動部材8,9間においてスラスト方向の遊び46及び回転方向の遊びがそれぞれ付与されているため、各伝動溝21,22;24,25に多少の製作誤差が有っても、これを上記遊びにより吸収可能となり、例えば、装置組立の際には、各リテーナH1,H2と両側の伝動部材5,8;8,9との回転摺動可能な接触状態にボール23,26が干渉する虞れはなくなり、即ちボール23,26に邪魔されずにリテーナH1,H2と伝動部材5,8;8,9との適度な接触状態が得られるから、各変速機構T1,T2の製作性及び組立性が頗る良好となる。
【0063】
また本実施形態では、上記保持手段が環状のシム(即ちスラストワッシャ13)で構成されるが、各伝動部材5,8,9及び各リテーナH1,H2の板厚が元々、高精度に設定し得ることと関係して、第1リテーナH1と第1及び第2伝動部材5,8との各対向面、並びに第2リテーナH2と第2及び第3伝動部材8,9との各対向面を回転摺動可能な接触状態に保持可能なスラストワッシャ13の厚み選定は容易であって、スラストワッシャ13の厚み選定範囲が狭くて済むことから、組立性が更に向上する。しかも、そのスラストワッシャ13は、第3伝動部材9及びデフケースCの他側壁Cb間の回転摩擦を低減するスラストワッシャ本来の機能も発揮することから、第3伝動部材9及びデフケースC(第2側壁Cb)の耐久性が向上する。そして、このようにスラストワッシャ13が上記保持手段を兼ねることで、それだけ差動装置Dの構造簡素化が図られる。
【0064】
さらに本実施形態では、ミッションケース1内からデフケースCの第1及び第2軸受ボスB1,B2と第1及び第2駆動車軸A1,A2との各嵌合面間を経て第1及び第2リテーナH1,H2の内周側に潤滑油を導く第1,第2油導入路P1,P2が設けられるため、この油導入路P1,P2を通して各リテーナH1,H2の内周側に導かれた潤滑油が、リテーナH1,H2の回転による遠心力と、毛管現象とにより、第1リテーナH1と第1及び第2伝動部材5,8との各対向面、並びに第2リテーナH2と第2及び第3伝動部材8,9との各対向面に油膜を効率よく十分に形成可能となる。これにより、各リテーナH1,H2を伝動部材5,8;8,9に常に又は頻繁に摺接させた状態としても、その摺接面の摩擦低減が達成され、差動装置Dの伝動効率と耐久性が向上する。
【0065】
尚、各リテーナH1,H2の両側面の内周端部には、例えば
図5の(A)(B)に二点鎖線で示すような面取り34,35、即ち油ガイド面を設けるようにしてもよい。この場合には、面取り34,35のガイド作用により第1及び第2リテーナH1,H2の内周側に導かれた潤滑油を、上記した各対向面に一層効率よく誘導供給可能となる。
【0066】
ところで差動装置Dの伝動中において、リテーナH1,H2と伝動部材5,8;8,9との相対向面間に、前述の如く潤滑油が毛管現象により進入すると、その相対向面に油膜が形成されるが、特に本実施形態では、第1リテーナH1と第1,第2伝動部材5,8との相対向面の一方(第1リテーナH1の一側面及び他側面)に、その相対向面の他方(第1,第2伝動部材5,8)との間で潤滑油を保持し得る複数の第1の油溜まり凹部61が設けられ、また第2リテーナH2と第2,第3伝動部材8,9との相対向面の一方(第2リテーナH2の一側面及び他側面)にも、その相対向面の他方(第2,第3伝動部材8,9)との間で潤滑油を保持し得る複数の第2の油溜まり凹部62が設けられる。
【0067】
そして、このような油溜まり凹部61,62の特設によれば、上記油膜を形成する潤滑油の一部が、リテーナH1,H2と伝動部材5,8;8,9との相対回転に伴い、相手側の回転面に引擦られるように移動して各油溜まり凹部61に捕捉、保持され易くなる。そして、この捕捉、保持された潤滑油は上記相対向面の油膜切れを効果的に防止し得ることから、その油膜による相対向面の潤滑効果が十分に発揮されて、リテーナH1,H2の伝動部材5,8;8,9に対する摩擦抵抗が効果的に軽減可能となる。
【0068】
しかも本実施形態では、
図6に明示したように上記油溜まり凹部61,62が、リング板状をなすリテーナH1,H2を径方向に横切る複数条の凹溝で構成され、且つその凹溝61,62の両端がリテーナH1,H2の内周面及び外周面にそれぞれ開口している。これにより、変速機構T1,T2の伝動中、各凹溝61,62において潤滑油の新旧入替えが十分に行われるから、リテーナH1,H2と両側の伝動部材5,8;8,9との相対向面に常に新たな油膜を形成可能となって、伝動効率が高められ且つその相対向面が効率よく冷却される。
【0069】
また
図7,
図8には、本発明の第2実施形態が示される。この第2実施形態では、第1の油溜まり凹部が、第1リテーナH1と第1,第2伝動部材5,8との各々の相対向面のうちの少なくとも一方(図示例では第1リテーナH1の一側面及び他側面)に相互に間隔をおいて凹設された複数のディンプル61′より構成され、また第2の油溜まり凹部が、第2リテーナH2と第2,第3伝動部材8,9との各々の相対向面のうちの少なくとも一方の対向面に相互に間隔をおいて凹設された複数のディンプル62′より構成される。尚、図面上は、
図7,8において、第1の油溜まり凹部となるディンプル61′のみを図示していて、第2の油溜まり凹部となるディンプル62′の図示は省略しているが、このディンプル62′の構成も、ディンプル61′と同様である。
【0070】
第2実施形態において、その他の構成は、第1実施形態と同様であるので、各構成要素に第1実施形態の構成要素と同様の参照符号を付すに留め、これ以上の構造説明は省略する。而して、第2実施形態でも、第1実施形態と同様の作用効果を達成可能である。
【0071】
更に第2実施形態では、各変速機構T1,T2の長期停止状態でも、各ディンプル61′,62′に十分な潤滑油を保持し続けることができるため、変速機構T1,T2の伝動開始時から、リテーナH1,H2と両側の伝動部材5,8;8,9との相対向面に油膜を速やかに形成して伝動効率を高めることができる。
【0072】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことが可能である。
【0073】
例えば、前記実施形態では、伝動装置として差動装置Dを例示し、動力源からデフケースC(第1伝動部材5)に入力された動力を、第1,第2変速機構T1,T2を介して第1,第2伝動軸S1,S2に差動回転を許容しつつ分配するようにしたものを示したが、本発明は差動装置以外の種々の伝動装置にも実施可能である。例えば、前記実施形態のデフケースCに対応するケーシングを固定の伝動ケースとし、第1,第2伝動軸S1,S2の何れか一方を入力軸、またその何れか他方を出力軸とすることで、前記実施形態の差動装置Dを、入力軸に入力される回転トルクを変速(減速又は増速)して出力軸に伝達し得る変速機(減速機又は増速機)として転用実施可能であり、その場合には、そのような変速機(減速機又は増速機)が本発明の伝動装置となる。尚、この場合、変速機は、車両用の変速機でもよいし、或いは車両以外の種々の機械装置のための変速機でもよい。
【0074】
また、前記実施形態では、伝動装置としての差動装置Dを自動車用として自動車のミッションケース1内に収容しているが、差動装置Dは自動車用の差動装置に限定されるものではなく、種々の機械装置のための差動装置としても実施可能である。
【0075】
また、前記実施形態では、伝動装置としての差動装置Dを、左・右輪伝動系に適用して、左右の駆動車軸A1,A2に対して差動回転を許容しつつ動力を分配するものを示したが、本発明では、伝動装置としての差動装置を、前・後輪駆動車両における前・後輪伝動系に適用して、前後の駆動車輪に対し差動回転を許容しつつ動力を分配できるようにしてもよい。
【0076】
また前記実施形態の第2伝動部材8は、第1,第2半体8a,8b及び連結部材8cから分割構成されていたが、第2伝動部材8は、一体物(例えば焼結品)の板状部材で構成してもよく、その板状部材の一方の面に第2伝動溝22が、また他方の面に第3伝動溝24がそれぞれ設けられる。
【0077】
また、前記実施形態では、第1,第2変速機構T1,T2の各伝動溝21,22;24,25をトロコイド曲線に沿った波形環状の波溝としているが、これら伝動溝は、実施形態に限定されるものでなく、例えば、サイクロイド曲線に沿った波形環状の波溝としてもよく、或いはまた、第1伝動溝21(又は第3伝動溝24)をエピトロコイド曲線に沿う波溝とし、第2伝動溝22(又は第4伝動溝25)をハイポトロコイド曲線に沿う波溝としてもよい。
【0078】
また、前記実施形態では、第1,第2変速機構T1,T2の第1及び第2伝動溝21,22間、並びに第3及び第4伝動溝24,25間に第1及び第2転動体としての第1及び第2ボール23,26を介装したものを示したが、その転動体としてローラ状又はピン状の転動体を用いてもよく、この場合に、第1及び第2伝動溝21,22、並びに第3及び第4伝動溝24,25は、ローラ状又はピン状の転動体が転動し得るような内側面形状に形成される。
【0079】
また前記実施形態では、偏心回転部材6(第1伝動軸S1)及び第3伝動部材9(第2伝動軸S2)を、デフケースCに支持される駆動車軸A1,A2にスプライン嵌合16,17して、これら駆動車軸A1,A2を介してデフケースCに回転自在に支持させるようにしたものを示したが、本発明では、偏心回転部材6(第1伝動軸S1)及び第3伝動部材9(第2伝動軸S2)をデフケースCに直接支持させるようにしてもよい。
【0080】
また前記実施形態では、第1,第2リテーナH1,H2を、内・外周面が各々真円のリング板より構成したものを示したが、本発明の第1,第2リテーナの形状は、前記実施形態に限定されず、少なくとも複数の第1,第2ボール23,26を各々一定間隔で保持し得るリング板体であればよく、例えば楕円状或いは波形に湾曲したリング板体であってもよい。
【0081】
また前記実施形態では、各変速機構T1,T2の無負荷状態で、複数の第1ボール23の全てに第1及び第2伝動部材5,8間においてスラスト方向の遊び45及び回転方向の遊びが、また複数の第2ボール26の全てに第2及び第3伝動部材8,9間においてスラスト方向の遊び46及び回転方向の遊びがそれぞれ付与されるようにして、装置組立の際にボール23,26に邪魔されずにリテーナH1,H2と伝動部材5,8;8,9との適度な接触状態が得られるようにしたものが示されるが、各伝動溝21,22,24,25やボール23,26等の製作精度を高精度にすることで、上記遊び45,46を付与しなくても上記適度な接触状態が得られる場合には、上記遊び45,46は必ずしも付与する必要はない。
【0082】
また、前記実施形態では、各リテーナH1,H2の保持孔31,32の内面を単純な円筒面としたものを示したが、その保持孔31,32の内面にも、潤滑油を捕捉、保持し得る図示しない油溜まり凹部(例えば環状溝、ディンプル等)を設けて、ボール23,26に対する潤滑効果を高めるようにしてもよい。
【0083】
また前記実施形態では、第1リテーナH1と第1及び第2伝動部材5,8との各対向面、並びに第2リテーナH2と第2及び第3伝動部材8,9との各対向面を回転摺動可能な接触状態に保持する保持手段(シム)としてのスラストワッシャ13を、第2側壁Cbと第3伝動部材9との間に介設したものを示したが、本発明では、上記保持手段としてのスラストワッシャに代えて、皿ばね等の弾性部材を第2側壁Cbと第3伝動部材9との間に介設してもよい。この場合において、皿ばね等の弾性部材は、これに予荷重(即ちスラスト方向のプリロード)を付与してもよいし、或いはそのような予荷重を付与しないで(即ち自由状態で)上記各間に介装してもよい。また、上記した各対向面が物理的な当接状態に常にはなくても、少なくとも伝動中は、リテーナH1,H2が僅かに傾動又は軸方向移動することで伝動部材5,8,9に対し一時的に回転摺動する場合も、本発明を適用可能である。
【0084】
また、前記実施形態では、第1伝動部材5がデフケースC(第1側壁Ca)と一体に形成されるものを示したが、第1伝動部材5をデフケースC(第1側壁Ca)とは別体に構成して、第1側壁Caに軸方向摺動可能且つ相対回転不能に連結支持(例えばスプライン嵌合)してもよい。尚、この場合には、第1側壁Caと第1伝動部材5との間に、上記保持手段としてのスラストワッシャ(シム)又は上記皿ばね等の弾性部材を介設するようにしてもよい。
【0085】
また前記実施形態では、伝動装置が2つの変速機構(即ち第1,第2変速機構T1,T2)を備えるものを示したが、本発明は、1又は3以上の変速機構を備える伝動装置にも適用可能である。また、伝動装置が備える複数の変速機構のうちの少なくとも1つの変速機構に本発明を適用可能であり、例えば、前記実施形態の第1,第2変速機構T1,T2のうちの何れか一方の変速機構のみに本発明を適用してもよい。