【解決手段】電子ビームを集束して試料に照射する電子光学系と、電子ビームの照射によって試料から発生する二次電子の顕微分光データを検出する検出器と、顕微分光データについて、試料上の第1母相、第2母相、第1ナノ薄膜領域の極表層および第2ナノ薄膜領域の極表層と対応付ける画像処理部とを有する。電子光学系は試料の第1母相、第2母相、第1母相の極表層に分布した第1ナノ薄膜領域、および第2母相の極表層に分布した第2ナノ薄膜領域に対して電子線を所定の加速電圧で照射し、画像処理部は、検出器で取得された第1母相、第2母相、第1ナノ薄膜領域、および第2ナノ薄膜領域の二次電子の顕微分光データの信号強度に基づいて、前記ナノ薄膜領域の物性特性のエネルギー依存性を演算する。
前記二次電子の顕微分光データは、前記検出器に設けられるエネルギーフィルターで分光できるエネルギー以下のエネルギーであることを特徴とする請求項1又は2に記載の顕微分光データ測定装置。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の走査電子顕微鏡を用いて取得した物性情報では、実際に検出された二次電子の信号強度から試料の個々の物性情報を定量的に抽出することが困難であるという課題があった。そのため、通常、二次電子の信号強度データの解析は、試料上の隣接するピクセル間の信号強度差いわゆるSEM像コントラストの有無を見て、種々の物性情報が混在したままで目的とする物性情報を定性的に推測するに留まり、定量的な物性情報を得ることはできなかった。
【0007】
本発明は、上記課題を解決したもので、電子ビームの加速電圧を可変にしたり複数個の検出器を併用することなく、従来定性的な理解に留まっていた二次電子強度の顕微分光データの解析を定量的に行うことを可能にする顕微分光データ測定装置および方法を提供することを目的とする。本発明は、特に、試料上のナノ薄膜について、種々のエネルギーの電子に対する透過関数を定量的に求めることを可能にする顕微分光データ測定装置および方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決する本発明の顕微分光データ測定装置は、例えば
図1、
図3に示すように、第1母相51、第2母相52およびナノ薄膜領域60を有する試料の顕微分光データ測定装置であって、電子ビームを集束して試料50に照射する電子光学系(11、12、13、14、15、16)と、前記電子ビームの照射によって試料50から発生する二次電子の顕微分光データを検出する検出器(41、42)と、前記顕微分光データについて、試料50上の第1母相51、第2母相52、第1ナノ薄膜領域61の極表層および第2ナノ薄膜領域62の極表層と対応付ける画像演算部21とを有する。そして、前記電子光学系は試料50の第1母相51、第2母相52、第1母相51の極表層に分布した第1ナノ薄膜領域61、および第2母相52の極表層に分布した第2ナノ薄膜領域62に対して前記電子線を所定の加速電圧で照射し、画像演算部21は、前記検出器で取得された第1母相51、第2母相52、第1ナノ薄膜領域61および第2ナノ薄膜領域62の二次電子の顕微分光データの信号強度に基づいて、ナノ薄膜領域(60、61、62)の物性特性のエネルギー依存性を演算することを特徴とする。ここで、極表層とは、母相材料の表面について数オングストロームから数十nm程度における表層領域をいう。極表層では、母相材料とは物質や構造が相違する場合がある。
【0009】
本発明の顕微分光データ測定装置において、好ましくは、試料50において、第1母相51は、元素組成、結晶構造、結晶方位および添加物が一様であり、第2母相52は、元素組成、結晶構造、結晶方位および添加物が一様であると共に、第1母相51の元素組成、結晶構造、結晶方位または添加物の少なくとも一種類が異なり、ナノ薄膜領域60は、第1母相51、第2母相52とは異なる成分を有すると共に、第1母相51の極表層に分布した第1ナノ薄膜領域61、および第2母相52の極表層に分布した第2ナノ薄膜領域62とを含んでいるとよい。
本発明の顕微分光データ測定装置において、二次電子の顕微分光データは、前記検出器に設けられるエネルギーフィルターで分光できるエネルギー以下のエネルギーであるとよく、電子の信号強度が大きいと言う観点で好ましくは100eV以下のエネルギーであるとよく、特に好ましくは50eV以下のエネルギーであるとよい。二次電子の顕微分光データとしてエネルギーフィルターで分光できるエネルギー以下のエネルギーであれば、極表層の物性特性のエネルギー依存性を演算することで、ナノ薄膜領域の元素組成、結晶構造、結晶方位又は添加物の詳細情報が得られる。エネルギーフィルターで分光できるエネルギーの上限値は、例えば3000eVであるが、少し特殊なエネルギー分析器も含めると6000eVであり、さらに高いエネルギーの電子まで分光できるエネルギー分析器もある。
【0010】
上記課題を解決する本発明の顕微分光データ測定方法は、例えば
図2に示すように、第1母相51、第2母相52およびナノ薄膜領域60を有する試料の顕微分光データ測定方法であって、試料50上の第1母相51に対して、電子線を照射して、得られる二次電子の顕微分光データを検出する工程と(S110)、試料50上の第2母相52に対して、電子線を照射して、得られる二次電子の顕微分光データを検出する工程と(S112)、試料50上の第1母相51の極表層に分布した第1ナノ薄膜領域61に対して、電子ビームを照射して、得られる二次電子の顕微分光データを検出する工程と(S110)、試料50上の第2母相52の極表層に分布した第2ナノ薄膜領域62に対して、電子ビームを照射して、得られる二次電子の顕微分光データを検出する工程と(S112)、第1母相51、第2母相52、第1ナノ薄膜領域61および第2ナノ薄膜領域62の二次電子の顕微分光データの信号強度に基づいて、前記ナノ薄膜領域の物性特性のエネルギー依存性を演算する工程と(S114)を備えることを特徴とする。
【0011】
本発明の顕微分光データ測定方法において、好ましくは、試料50において、前記物性特性のエネルギー依存性を演算する工程は、試料50上の第1母相51と第2母相52に対する二次電子の信号強度の差分(ΔS
Bare)を求める工程と、試料50上の第1ナノ薄膜領域61と第2ナノ薄膜領域62に対する二次電子の信号強度の差分(ΔS
Covered)を求める工程と、上記の工程で求めた二次電子の信号強度の差分に対して下記式の除算を行うことで、ナノ薄膜領域60の透過関数(T)を定量的に求める工程と、を有するとよい。
【数1】
【発明の効果】
【0012】
本発明の顕微分光データ測定装置によれば、単色化された入射電子ビームを試料に入射し、その単色の電子ビームが試料内部でエネルギー幅が広がった、いわゆる(単色の対語として)白色の二次電子に変換され、その白色の二次電子の内で試料から放出される二次電子を使ってナノ薄膜の特性のエネルギー依存性を調べることができる。
本発明の顕微分光データ測定方法は、母相と異なる成分を持つ極表層が面内に分布している試料において、2種の母相と極表層の有無の合計4つの状態を持つ同一試料内の4点で測定し、それらの顕微分光信号間の演算を行うことで、入射ビームによって極表層内で直接発生する信号や測定系のバックグラウンドを除去して、極表層を低速電子が透過する際の透過スペクトルを定量的に計測するのを可能にしている。以下、これを4点測定法と呼ぶことにする。本発明は、異なる母相2点を一つの組として測定するため、原理的に2の倍数の測定点を必要としており、6点以上の測定を行ってもよい。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1は、電子顕微鏡の概略構成を示す縦断面図である。走査型電子顕微鏡(SEM)の撮像装置筐体10には、電子ビームEBの発生から試料50までの間が真空に保たれ、電子源11、コンデンサレンズ12、13、非点収差補正器14、走査用偏向器15、対物レンズ16、二次電子検出器41、エネルギーフィルター搭載二次電子検出器42およびXYステージ45が設けられている。ここで、エネルギーフィルターとは、特定のエネルギーを持った二次電子あるいは反射電子のみを透過させたり、遮断するための、複数の電極で構成されたフィルターをいい、例えばエネルギー分析器が用いられる。エネルギー分析器には、例えば電場により電子の飛行軌道を偏向させ、電場強度と偏向量の関係から電子の運動エネルギーを測定する静電型エネルギー分析計が用いられている。代表的な静電型エネルギー分析計には、同心半球型分析器(Concentric Hemispherical Analyzer; CHA)と、円筒鏡型分析器(Cylindrical Mirror Analyzer: CMA)の2種がある。
なお、SEM専用機では、TTL検出器と組み合わせてもよい。このような構成によることで二次電子のエネルギー選別を行い、帯電の影響を軽減したり、試料の組成物の情報を引き出すことができる。TTL検出器とは、インレンズ形対物レンズ、あるいはシュノーケル形対物レンズなどの、強励磁対物レンズと組み合わせて使う二次電子検出器をいう。
【0015】
また、真空装置の外部には、各種データを記憶する記憶装置26、画像や検査結果を表示するディスプレイ27、装置の動作指示を入力する入力装置28、検出器からの信号から試料の画像を生成や演算をする画像演算部21、電子光学系に含まれる各部品を制御する電子光学系制御部22、ステージを制御するステージ制御部23、電子源11に接続された高電圧安定化電源24が設置されている。全体制御部20には試料の極表層評価を行う画像処理サーバ25が設けられている。また必要に応じてネットワークを介して外部画像処理サーバ33が接続されている。
【0016】
電子顕微鏡システムの構成は
図1に示したものに限られず、システムを構成する装置の一部または全部が共通の装置であってもよい。制御部や画像処理部は、専用の回路基板によってハードウェアとして構成されていてもよいし、荷電粒子線装置に接続されたコンピュータで実行されるソフトウェアによって構成されてもよい。ハードウェアにより構成する場合には、処理を実行する複数の演算器を配線基板上、または半導体チップまたはパッケージ内に集積することにより実現できる。ソフトウェアにより構成する場合には、コンピュータに高速な汎用CPUを搭載して、所望の演算処理を実行するプログラムを実行することで実現できる。このプログラムが記録された記録媒体により、既存の装置をアップグレードすることも可能である。また、これらの装置や回路、コンピュータ間は有線又は無線のネットワークで接続され、適宜データが送受信される。
【0017】
極表層評価の対象となる試料は、XYステージ45に搭載される。全体制御部20からの制御信号がステージ制御部23に送られ、ステージ制御部23からXYステージ45に送られ、XYステージ45がX、Y方向に移動制御される。電子源11から発射された電子ビームEBは、コンデンサレンズ12、13、対物レンズ16によって収束され、走査用偏向器15によって試料上をスキャンされることにより、極表層評価対象の試料に照射され、この照射によって試料から得られる二次電子が二次電子検出器41とエネルギーフィルター搭載二次電子検出器42で検出され、試料のデジタル画像データ(SEM画像)が生成され、ディスプレイ27に表示される。
極表層評価をする電子顕微鏡は、二次電子信号から得られる陰影情報で凹凸判定を行うため、少なくとも一つ以上の二次電子検出器を備えている。
【0018】
本発明の実施形態で用いる撮像装置は、エネルギーのフィルターをかけずに二次反射電子を取り込む二次電子検出器41とエネルギーフィルターを搭載した二次電子検出器28が備えられている。極表層評価などの画像処理は画像処理サーバ25で行われる。極表層評価ではオペレータは入力装置28において、加速電圧やビーム電流などの光学条件、極表層を検出するための感度などの極表層検出条件、試料内の検査座標の入力項目を入力し、それらは記憶装置26に保存される。
【0019】
全体制御部20では、記憶装置26に登録された検査座標位置に基づいて、検査位置が撮像装置8の視野に入るようにステージ制御部23にステージ移動命令を送り、XYステージ45が移動し、指定した倍率設定で撮像して、観察画像を得る。この場合に、複数の試料において試料内の同一箇所を検査する定点検査においては、検査感度を高める目的や検査時間を短縮する目的で、検査で取得した複数の画像を合成することによって参照画像を生成する。極表層検出処理が画像処理サーバ25で行われる。
極表層検出処理は、取得した観察画像と参照画像の画像比較によるとよい。また必要に応じて取得した画像データは、ネットワークを介して外部画像処理サーバ33へ転送され、外部の画像処理サーバ33で極表層検出処理や極表層の出来栄えなどを定量化する画像評価が行われる。
【0020】
電子源11から発射された電子ビームEBの加速電圧は引出電極40の印加電圧によって制御される。本実施形態では、加速電圧の制御は引出電極40の印加電圧を制御する方式を例に説明するが、加速電圧の制御方法は問わず様々な形態をとってもよく、電子ビーム照射の過程で最終的に試料に照射される加速電圧を制御できればよい。例えば、試料に負の電圧を印加して、電子ビームEBを試料に入射する直前で減速させるリターディング方式によって、試料に照射される加速電圧を制御してもよく、また、電子線照射経路に電子ビームを加速および減速させる電極を設けて、加速電圧を制御してもよい。
【0021】
次に前述の装置での実施を例にとり、本実施例における試料表面観察時の画像取得フローを説明する。
図2は、試料表面観察時の画像取得フロー図である。図において、試料を電子顕微鏡にロードし(S100)、次に第一の加速電圧を設定する(S102)。そして、試料をアライメントし(S104)、適宜の検査位置情報に基づいてXYステージを移動させて(S106)、検査位置へ撮像装置8の視野を移動し、観察画像を撮像する(S108)。続いて、第1母相上のナノ薄膜層のある領域61とない領域51の二次電子スペクトルを測定する(S110)。また、第2母相上のナノ薄膜層のある領域62とない領域52の二次電子スペクトルを測定する(S112)。そして、透過関数Tを演算する(S114)。
【数2】
以降、次の検査位置があれば、XYステージの移動により、各検査位置へ順次移動し、全ての検査位置の観察画像を取得して、第一の加速電圧での観察画像取得フローが終了する(S116)。その後、試料をアンロードする(S118)。
【0022】
測定したい物性情報によっては、二次電子のエネルギースペクトルの内で特徴的なエネルギー値だけの測定で十分な場合があり、この場合には二次電子のスペクトルを測定せずに、エネルギーフィルターを特定のエネルギー値に固定して、フィルターを通過した二次電子の強度だけを測定して観察画像取得フローを行ってもよい。また二次電子のエネルギーを分別する必要が無い場合には、エネルギーフィルターを搭載していない二次電子検出器27を使って観察画像取得フローを行ってもよい。
【0023】
SEMの電子光学系が長時間安定している場合には、ナノ薄膜層の無い第1母相51と第2母相52の二次電子スペクトルの参照データの測定を最初に一回だけ行い、その後は観察対象であるナノ薄膜層のある第1母相51と第2母相52の二次電子スペクトルの測定を多数個所で測定してもよい。
なお、同一箇所を複数の加速電圧で撮像した観察画像を取得してもよい。この場合は、次に第二の加速電圧に設定し、第一の加速電圧での観察画像取得フローと同じように、第一の加速電圧で観察した全ての検査位置について観察画像を撮像し、第二の加速電圧での観察画像取得フローが終了する。また通常光学条件を変更すると光軸がずれ、結果としてSEMで観察する視野が移動してしまう場合があるため、加速電圧変更時に予め既知の加速電圧間の視野ずれ量を補正してもよいし、加速電圧変更後の試料アライメントを実行してもよい。
【0024】
以下、実施例を示し、本発明の顕微分光データ4点測定法についてさらに詳しく説明する。
図3(a)に、内部に構造を持つ試料に入射電子ビームを照射した際の二次電子の信号強度を模式図として示す。信号強度とは、エネルギーフィルターを使って検出したスペクトル強度の信号のことで、エネルギーフィルターを使わずに検出した場合の信号も含んでいる。ここでは、第1母相の領域51と第2母相の領域52を内部に持つ試料50を想定している。ここでいう領域の違いとは、試料の結晶構造の違い、結晶方位の違い、組成の違いなど二次電子強度に影響する要因が異なることを意味している。各領域で発生した二次電子が実際に検出される際の信号強度は、本来の二次電子強度SとバックグラウンドBの和となる。バックグラウンドは、試料から放出される高速電子や光子によって検出器およびその近傍で発生した浮遊電子によるもので、それに検出器の電子計測上のノイズが加わる。バックグラウンドを除去するため、2つの領域からの信号強度S
1、S
2の差分ΔS
Bareを求める操作が行われる。
【数3】
【0025】
図3(b)は、この試料上にナノ薄膜が存在する場合のもので、入射電子ビームの照射によって第1母相51の領域の内部で生成した二次電子強度S
1が、ナノ薄膜の存在によって強度が変化したものをT(S
1)としている。Tは透過関数で、二次電子の運動エネルギーの関数である。このように表記できることを以下に説明する。
【0026】
多くの汎用のSEM装置において、入射電子ビームは数keV〜数十keVの高いエネルギーを持っているため、入射電子線が試料内部へ侵入する深さは最表面にあるナノ薄膜の存在にほとんど影響されない。そのため入射電子線の照射によって試料内部で発生する二次電子の強度も、最表面にあるナノ薄膜の存在にほとんど影響されない。ただし、試料内部で発生した二次電子が表層に輸送され試料表面から放出される際には、ほとんどの二次電子のエネルギーが数十eV以下と低いため、その強度は最表面にあるナノ薄膜の存在によって変化する。従って、入射電子ビームのエネルギーが二次電子のエネルギーに比べて十分に大きい限りは、表面にナノ薄膜が存在する場合の二次電子強度とナノ薄膜が存在しない場合の二次電子強度との関係を、
図3にあるような透過関数Tを使って記述することができる。
【0027】
図3(b)で、入射電子ビームがナノ薄膜を直接励起して発生した二次電子の強度をS
Layerとしている。各領域からの二次電子の信号強度は、T(S
1)にS
Layerを加え、さらにそれぞれのバックグラウンドB'またはB"を加えたものとなる。第2母相52の領域についても、同じ考え方が成り立つ。
【0028】
図3(a)にある第1母相51の領域と第2母相52の領域の二次電子の信号強度の差分ΔS
Bareを求め、次に
図3(b)にある第1母相51の領域と第2母相52の領域をまたいでナノ薄膜61、62が存在する場合の二次電子の信号強度の差分ΔS
Coveredを求め、両者の除算を行っている。
【数4】
式3の演算により、透過関数Tを定量的に求めることが原理的に可能である。これを実際のSEM装置で行うには、
図3にあるような、第1母相51、第2母相52、第1ナノ薄膜領域61の極表層および第2ナノ薄膜領域62の極表層という、試料上の4つの異なる点での二次電子強度を測定する必要がある。
【実施例1】
【0029】
次に、本発明の顕微分光データ測定方法の具体例を以下に示す。
実施例1では、第1母相と第2母相を有する試料としての金の上に、ナノ薄膜60であるグラフェンを分散させた試料を用いる。この試料50に関して、
図4にそのSEM像を示す。
図4の中央部付近にある最も暗いコントラストが金上にグラフェンがのっている部分で、そのコントラストとは異なる、白53とグレー54のコントラストは金の結晶粒の結晶方位の違いを示している。白53とグレー54は、第1母相と第2母相に対応している。グラフェンは、ナノレベルの薄さを持つため、グラフェン越しに結晶粒の結晶方位の違いによるコントラストも確認することができる。
図4中に示す多数のクロスの点は、二次電子のエネルギースペクトルを測定した点を示している。金の明るいコントラスを示す点、金の暗いコントラストを示す点、グラフェンがのっている金で明るいコントラストを示す点(第1ナノ薄膜領域61の極表層)、グラフェンが乗っている金で暗いコントラストを示す点(第2ナノ薄膜領域62の極表層)の合計4点を1セットとして、二次電子のエネルギースペクトルを複数回測定している。測定は、二次電子とオージェ電子の測定が可能な走査電子顕微鏡装置(ULVAC−PHI model SAM650)を使用し、
図4は同装置をエネルギーフィルター無しのSEMモードで測定したものである。同装置は、円筒鏡型エネルギー分析器をエネルギーフィルターとして搭載しており、これで二次電子のエネルギースペクトルを測定した。
【0030】
この装置を使って10keVの電子ビームにより上記の4点測定を行った結果、
図5の実線にあるように単層グラフェンおよび2層グラフェンの透過関数を定量的に求めることができた。なお、
図5中の破線は、モンテカルロシミュレーション(MC)によって求めた透過関数で、点線で結んだ菱形の点は時間依存密度汎関数法(TDDFT)の第一原理計算によって求めた透過関数で、いずれも4点測定法で求めた実験値と良い一致を示している。
図5中の黒丸『●』で示すものは、比較例としての従来技術によるもので、元素固有のエネルギーを持つオージェ電子ピークを使って、限られた数のエネルギー値のみでグラフェンの透過関数の値が求められている。しかし、本願発明の実施例では、広いエネルギー広がりを持つ二次電子を使って、広いエネルギー範囲でグラフェンのようなナノ薄膜の透過関数を一度の測定で求めている。
仮に従来法で、多数のエネルギー値でナノ薄膜の透過関数を求めようとすれば、基板の物質の種類を変えた(その結果、オージェ電子ピークのエネルギー値も異なる)多種類の試料を用意し、それぞれについて測定を行う必要がある。それに対し、本願発明の測定方法によれば、たった一つの試料を使って二次電子の4点測定を行うことにより、バックグラウンドを除去し、かつナノ薄膜の透過関数という基本的な物理量を定量的に求めることができた。
【0031】
本発明の顕微分光データ測定方法は、別の見方をすれば、単色化された入射電子ビームを試料に入射し、その単色の電子ビームが試料内部でエネルギー幅が広がった、いわゆる(単色の対語として)白色の二次電子に変換され、その白色の二次電子の内で試料より放出される二次電子を使ってナノ薄膜の特性のエネルギー依存性を調べる測定方法と言える。つまり、単色電子の一次プローブを白色電子の二次プローブに変換した上で、ナノ薄膜の顕微分光データの測定を行っている。
【0032】
得られる物性情報は、単調な構造を持つ透過関数だけではなく、埋もれていた二次電子の微細構造を抽出することも可能である。
図6は、グラフェンの層の数を、単層、4層、6層、11層、14層と変えたときの4点測定法の二次電子差分強度を示している。
図6の下段の図は、グラフェンを他の低速電子線回折法で測定した結果で、グラフェンの結晶構造に因る回折効果による微細構造である。これと同じ周期をもつ構造が4点測定法の二次電子差分強度でも見られる。また、
図6中に(1)、(2)、(3)で示した構造は、低速電子回折法では見られない微細構造で、4点測定法の二次電子差分強度にのみ検出されている。
図6の(1)の4eVあたりのピークは、グラフェンの電子状態密度に由来する構造である。
図6の(2)の12〜20eVあたりのピークはグラフェンのπ電子およびσ電子による電子励起に因るものである。
図6の(3)の2.3eVあたりのピークはグラフェン下の金の表面プラズモンによるエネルギー利得に因るものである。
【実施例2】
【0033】
実施例2では、金の上にMoS
2(二硫化モリブデン)のナノ薄膜を分散させた試料を用いる。この試料に関して、
図7(a)、(b)にそのSEM像を示す。
図7(a)、(b)中の暗いコントラストが金上にMoS
2がのっている部分で、
図7(a)の破線で囲った(図中の1Lの)部分は単層のMoS
2、
図7(b)の破線で囲った(図中の2Lの)部分は二層のMoS
2がのっている領域である。白とグレーのコントラストは、金の結晶粒の結晶方位の違いを示している。
図7中に示す多数のクロスの点は、二次電子のエネルギースペクトルを測定した点を示している。金の明るいコントラスを示す点、金の暗いコントラストを示す点、MoS
2がのっている金で明るいコントラストを示す点、MoS
2が乗っている金で暗いコントラストを示す点の合計4点を1セットとして、二次電子のエネルギースペクトルを複数回測定している。装置は、具体例1と同じ装置を用いた。
【0034】
図7(a)、(b)は、多結晶の金の上に乗せたMoS
2ナノシートのSEM像である。中央の暗いコントラストの部分がMoS
2の乗っている領域で、破線で囲った1Lと表記した領域が、単層MoS
2がのっている領域で、破線で囲った2Lと表記した領域が、二層MoS
2がのっている領域である。
図7(c)は、単層MoS
2および二層MoS
2の透過率を求めたものである
【0035】
図7(c)中の上側のデータと下側のデータは、それぞれ単層のMoS
2と二層のMoS
2の透過率を本発明の手法により求めたものである。二層のMoS
2になると2eV弱のエネルギー値に階段状の構造が見られるが、これはMoS
2のバンドギャップの値に一致しており、本手法によってMoS
2のナノシートの電子物性が定量的に得られていることが分かる。
【0036】
次に、本発明の顕微分光データ測定装置および方法の効果について説明する。
まず、本発明の顕微分光データ測定装置および方法に対する代替技術との比較を行う。
技術的には、同様の試料表層の電子の透過関数の定量計測を行う代替技術としては、(基板を持たない)ナノ薄膜の自立膜の試料を用意し、これに単色の電子ビームを照射して透過率を求め、その電子ビームのエネルギーを可変にして種々のエネルギー値で透過率を計測することが考えられる。しかし、この手法は、自立したナノ薄膜を作ることが一般に困難であること、かつ数eV〜数十eVという低エネルギーの単色電子ビームを使うと、電子ビームをマイクロビーム化することが困難であるため、顕微分光データを得る際の空間分解能が本発明のものと比べて著しく悪くなる。従って、本発明は、代替技術に対して本質的な優位性を持っている。
【0037】
本発明の顕微分光データ測定装置および方法についての、基本的な意義を説明する。
走査電子顕微鏡において、2点の情報を使用する技術は既に知られている。SEM装置のSEM像の画像調整機能を使って2つのSEM像の演算を行うことで、SEM像のコントラストを強調することは良く行われている。しかしこの従来技術は、一般写真の画像データのコントラスト強調と基本的に同じ発想の処理である。本発明の顕微分光データ測定装置および方法では、単色電子の一次プローブを白色電子の二次プローブに変換した上で、ナノ薄膜の顕微分光データの測定を一度に行うことであり、測定時間がこの従来技術と比較して格段に短縮されるため、例えば大量のナノ薄膜の品質評価や半導体製造プロセスでの迅速な欠陥解析に好適である。
【0038】
なお、本発明は上記の実施例で説明されたものに限定されるものではなく、各種の変形実施例が可能である。例えば、対象とする試料に関しては、次のようなものでもよい。
即ち、本発明は、走査電子顕微鏡において特定の4点に関して測定を行うことにより、試料表層の物性を定量的に解析する手法である。実施例では、解析対象として試料表面のグラフェン膜を挙げたが、原理的には膜に限る必要はなく、試料表面に存在する吸着物質や試料表面の組成がずれた変質層であっても定量的な解析が可能である。また基板として多結晶体を例に挙げたが、二次電子強度が異なる2領域があれば十分で、基板が多結晶体である必要はない。異なる結晶方位、異なる結晶構造、異なる組成、異なる添加物などを同一基板内に持つものであれば良い。