【解決手段】被験者の皮膚、好ましくは、顔面、頭部、又は臀部の皮膚から採取された試料中のダーマコッカス(Dermacoccus)属菌を、PCR法や次世代シークエンシング解析法等の方法を用いて検出し、ダーマコッカス属菌の有無や存在比の増加レベルを指標として、上記被験者が慢性膿皮症に罹患しているか否かを診断する。また、当該試料における細菌叢多様性の低下を指標として、上記被験者が慢性膿皮症に罹患しているか否かを診断する。
被験者の皮膚から採取された試料中のダーマコッカス(Dermacoccus)属菌を検出することを特徴とする、慢性膿皮症を診断するためのデータを収集する方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、慢性膿皮症とニキビとを精度よく分類(区別)できる、客観性が高くかつ高精度な慢性膿皮症の診断方法や、かかる方法に用いる慢性膿皮症の診断用キットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、前記課題を解決すべく鋭意研究を重ね、慢性膿皮症及びニキビに罹患した患者の皮膚から採取された試料中の菌叢を解析したところ、慢性膿皮症に罹患した患者の複数部位(頭部、顔面、臀部)において、ダーマコッカス(Dermacoccus)属菌がニキビに罹患した患者よりも有意に多く存在していることを見いだした。さらに、本発明者らは、慢性膿皮症に罹患した患者の皮膚や患部においては、細菌叢多様性の低下(ディスバイオーシス)が起きていることを見いだした。これらのことから、本発明者らは本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち本発明は以下のとおりである。
(1)被験者の皮膚から採取された試料中のダーマコッカス(Dermacoccus)属菌を検出することを特徴とする、慢性膿皮症を診断するためのデータを収集する方法。
(2)皮膚が、顔面、頭部、又は臀部の皮膚であることを特徴とする上記(1)に記載の方法。
(3)ダーマコッカス属菌が、ダーマコッカス・バラスリ(Dermacoccus barathri)であることを特徴とする上記(1)又は(2)に記載の方法。
(4)ダーマコッカス属菌の検出が、PCR法、又は次世代シークエンシング解析法を用いて行われることを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
(5)さらに、試料における細菌叢多様性の低下を検出することを含むことを特徴とする、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の方法。
(6)細菌叢多様性が、健常者と比較して有意に低いことを特徴とする、上記(5)に記載の方法。
(7)次世代シークエンシング解析法が、以下の工程(A)〜(C)を備えたことを特徴とする上記(4)に記載の方法。
(A)ダーマコッカス属菌、及びダーマコッカス属菌以外の少なくとも1種の菌由来の16S rRNA遺伝子のポリヌクレオチドを、PCR法により増幅させる工程;
(B)前記ポリヌクレオチドのヌクレオチド配列を、超並列シークエンサーを用いて決定する工程;
(C)前記ヌクレオチド配列に基づいて、細菌叢中のダーマコッカス属菌の存在比を算出し、当該存在比が0.7%以上であるときに、慢性膿皮症に罹患している可能性が高いと診断するためのデータを収集する工程;
(8)以下の工程(D1)をさらに含むことを特徴とする、上記(7)に記載の方法。
(D1)前記ヌクレオチド配列に基づいて細菌叢多様性を計算し、当該細菌叢多様性が健常者と比較して有意に低下している場合、慢性膿皮症に罹患している可能性が高い、又は慢性膿皮症に罹患するリスクが高いと診断するためのデータを収集する工程;
(9)以下の工程(D2)をさらに含むことを特徴とする、上記(7)又は(8)に記載の方法。
(D2)前記ヌクレオチド配列に基づいて細菌叢のアルファ多様性を計算し、多様度指数が20000以下である場合、慢性膿皮症に罹患している可能性が高い、又は慢性膿皮症に罹患するリスクが高いと診断するためのデータを収集する工程;
(10)以下の工程(D3)をさらに含むことを特徴とする、上記(7)〜(9)のいずれかに記載の方法。
(D3)前記ヌクレオチド配列に基づいて細菌叢のベータ多様性を計算し、健常者を基準としたUnifrac Distanceが0.2以上である場合、慢性膿皮症に罹患している可能性が高い、又は慢性膿皮症に罹患するリスクが高いと診断するためのデータを収集する工程;
(11)ダーマコッカス属菌を検出するための抗体、プライマーセット若しくはプローブ、又はそれらの標識物を備えることを特徴とする、慢性膿皮症の診断用キット。
(12)ダーマコッカス属菌が、ダーマコッカス・バラスリ(Dermacoccus barathri)であることを特徴とする上記(11)に記載のキット。
(13)被験者の皮膚から採取された試料における細菌叢多様性の低下を検出することを特徴とする、慢性膿皮症を診断するためのデータを収集する方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、観察による従来の診断方法と比較して、慢性膿皮症患者とニキビ患者とを、客観性高くかつ高精度に区別できるため、慢性膿皮症の適切な治療を行う上で有用である。また、本発明によると、ダーマコッカス属菌が慢性膿皮症の原因菌であることが示唆されたため、ダーマコッカス属菌を標的とした慢性膿皮症の治療又は予防剤の開発につながることも期待される。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の慢性膿皮症を診断するためのデータを収集する方法としては、被験者の皮膚から採取された試料中のダーマコッカス属菌を検出することを含む方法(以下、「本件収集方法1」ということがある)や、被験者の皮膚から採取された試料における細菌叢多様性の低下を検出することを含む方法(以下、「本件収集方法2」ということがある)(以下、「本件収集方法1」及び「本件収集方法2」を合わせて「本件収集方法」ということがある)であれば特に制限されず、ここで、被験者には、慢性膿皮症に罹患している患者の他、慢性膿皮症の罹患が疑われるヒト対象者も含まれる。また、本発明において「慢性膿皮症を診断する」ことや、「慢性膿皮症の診断」には、慢性膿皮症に罹患している可能性の高低を診断することのほか、慢性膿皮症に罹患するリスクの高低を診断することも便宜上含まれる。
【0012】
また、本発明の慢性膿皮症の診断用キットとしては、ダーマコッカス属菌を検出するための抗体、プライマーセット若しくはプローブ、又はそれらの標識物を備えるキット(以下、「本件診断用キット」ということがある)であれば特に制限されず、本発明の慢性膿皮症の診断用キットは、慢性膿皮症を診断するためのキットに関する用途発明であり、かかるキットには、一般にこの種の診断キットに用いられる成分、例えば担体、pH緩衝剤、安定剤の他、取扱説明書、慢性膿皮症を診断するための説明書等の添付文書が通常含まれる。
【0013】
本発明において、「慢性膿皮症」とは、菌の侵入増殖により、皮膚が硬化、肥厚、隆起し、膿を伴う一群の皮膚疾患を意味する。慢性膿皮症は、その初期段階においては、膿疱や小さな皮疹等のニキビと似た症状が生じるものの、炎症反応が繰り返し起こることで病変部の皮膚が硬化する点でニキビとは異なる。
【0014】
上記ダーマコッカス属菌としては、具体的にはダーマコッカス・アビシ(Dermacoccus abyssi)、ダーマコッカス・バラスリ(Dermacoccus barathri)、ダーマコッカス・ニシノミヤエンシス(Dermacoccus nishinomiyaensis)、ダーマコッカス・プロファンディ(Dermacoccus profundi)、ダーマコッカス・ルテア(Dermacoccus lutea)を例示するこ
とができ、好ましくはダーマコッカス・バラスリである。
【0015】
本件収集方法における試料としては、被験者の皮膚表面の菌が含まれるように採取された試料であれば特に制限されず、例えば、溶媒を含むか又は含まない多孔質材料で被験者の皮膚表面をこすり、その多孔質材料を別に用意した溶媒に浸すことにより調製された試料を挙げることができる。かかる溶媒としては、TE10バッファー(1〜100mM(好ましくは10mM) Tris,1〜100mM(好ましくは10mM) EDTA)などのトリス緩衝生理食塩水(Tris Buffered Saline;TBS)、リン酸緩衝生理食塩水(Phosphate buffered saline;PBS)、HEPES緩衝生理食塩水、リンゲル液(乳酸リンゲル液、酢酸リンゲル液など)等の緩衝液や、水を挙げることができ、中でも、緩衝液を好ましく挙げることができ、TE10バッファーを好適に例示することができる。上記の多孔質材料としては、脱脂綿、布、スポンジ、ペーパーなどを挙げることができ、中でも、脱脂綿を好ましく挙げることができ、綿棒を好適に例示することができる。なお、これらの多孔質材料は、コンタミネーションを回避する観点から、滅菌処理された多孔質材料であることが好ましい。また、皮膚は、慢性膿皮症や、類似の疾患であるニキビを発症し得る部位の皮膚であればよく、例えば顔面、頭部、又は臀部の皮膚を挙げることができる。また、試料の採取は、病変部位で行っても、病変部位以外の部位で行ってもよく、病変部位から採取した膿であってもよい。
【0016】
本件収集方法1において、ダーマコッカス属菌を検出する方法としては、顕微鏡検査、生化学性状検査、血清学的検査及び遺伝子学的検査を例示することができ、培養困難菌種の微量検出を簡便に行う観点から、遺伝子学的検査が好ましく、中でもPCR法、及び次世代シークエンシング解析法が特に好ましい。
【0017】
PCR法によってダーマコッカス属菌を検出する場合、通常、ダーマコッカス属菌の遺伝子領域又は非遺伝子領域を特異的に増幅する。該遺伝子領域には、遺伝子をコードするポリヌクレオチド(好ましくはDNA)及び/又はその相補的なポリヌクレオチド(好ましくはDNA)が含まれ、全長の遺伝子のほか、遺伝子の一部の領域も便宜上含まれる。PCRに用いるプライマーは、増幅対象とする遺伝子領域又は非遺伝子領域の両端の塩基配列に基づいて任意に設計することができ、1組のプライマー対を用いてPCRを行ってもよいが、非特異的な増幅を減らし、最終的な判定精度を高めるために、2組以上のプライマー対を用いたネステッドPCR法により行うことが好ましい。また、増幅したPCR産物は、アガロースゲル電気泳動を行い、切り出したバンドから抽出してもよく、また、公知のPCR産物精製方法(GEヘルスケア社製「NAP Columns」、「MicroSpin Columns」、ベックマンコールター社製「Agencourt AMPure XP」等)を用いて精製してもよい
【0018】
上記ダーマコッカス属菌に特異的な遺伝子領域又は非遺伝子領域の種類としては、該領域に特異的な配列と相補的な配列を含むように設計したプライマーを含むプライマーセットによって増幅される領域や、増幅されるヌクレオチド長に基づいてダーマコッカス属菌を検出できるように設計したプライマーセットによって増幅される領域を挙げることができる。これらのプライマーセットは、primer3(http://bioinfo.ut.ee/primer3-0.4.0/)等の公知のプライマー設計ツールを用いて設計することができる。プライマーのヌクレオチド数は、好ましくは17〜25個である。プライマーのTm値はフォワードプライマーとリバースプライマーで概ね揃えて、55〜65℃くらいに設定することが好ましい。プライマー同士がアニールしないように、プライマー間の相補性が少ないプライマーペアを選択することが好ましい。特にプライマーダイマーの形成による増幅効率の低下を防ぐため、各プライマーの3’末端同士がヌクレオチド3個以上連続して相補的にならないように設計することが好ましい。また、通常、プライマー内の二次構造形成を避けるために、ヌクレオチド4個以上の自己相補配列を含まないようにすることが好ましい。GC含量は40〜60%前後とし、部分的にGCリッチあるいはATリッチにならないようにすることが好ましい。また、プライマーの3’末端と鋳型DNAが安定して結合するように、特にプライマーの3’側がATリッチ又はGCリッチにならないようにすることが好ましい。
【0019】
例えば、ダーマコッカス属菌がダーマコッカス・バラスリである場合、上記プライマーセットにおけるフォワードプライマー及びリバースプライマーは、当業者であれば、ダーマコッカス・バラスリのゲノム配列に基づいて設計することができる。ダーマコッカス・バラスリを特異的に検出するプライマーセットとしては、配列番号7に示されるヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドプライマーと、配列番号8に示されるヌクレオチド配列からなるオリゴヌクレオチドプライマーとからなるプライマーセットを好ましく例示することができる。
【0020】
本件収集方法2において、細菌叢多様性の低下とは、被験者の皮膚から採取された試料における細菌叢多様性が、健常者又はニキビ患者の皮膚から採取された試料における細菌叢多様性と比較して低下していることを意味する。細菌叢多様性は、いかなる多様度指数を用いて比較してもよいが、例えばアルファ多様性、ベータ多様性、ガンマ多様性、シンプソン指数及びシャノン指数、好ましくはアルファ多様性及びベータ多様性を挙げることができる。被験者の細菌叢多様性が、健常者やニキビ患者の細菌叢多様性と比較して有意に低下しているときに、被験者は慢性膿皮症に罹患している可能性が高い、又は慢性膿皮症に罹患するリスクが高いと診断することができる。より具体的には、被験者の細菌叢多様性が、健常者やニキビ患者の細菌叢多様性と比較して有意に低下している場合は、有意に低下していない場合と比較して、その被験者は慢性膿皮症に罹患している可能性が高い、又は慢性膿皮症に罹患するリスクが高いと診断することができる。また、アルファ多様性を指標として用いる場合、多様度指数(推定種数)が20000以下、好ましくは15000以下、さらに好ましくは10000以下であるときに、被験者は慢性膿皮症に罹患している可能性が高い、又は慢性膿皮症に罹患するリスクが高いと診断してもよい。また、ベータ多様性を指標として用いる場合、健常者を基準としたUnifrac Distanceが0.2以上、好ましくは0.25以上、より好ましくは0.3以上であるときに、被験者は慢性膿皮症に罹患している可能性が高い、又は慢性膿皮症に罹患するリスクが高いと診断してもよい。細菌叢多様性を計算するためのデータの取得方法としては、細菌叢の構成菌種を同定することができる方法であれば制限されないが、次世代シークエンシング解析法を好適に例示することができる。なお、前述のα多様性、β多様性、γ多様性、シンプソン指数、シャノン指数、Unifrac Distanceは、Caporaso JGら“QIIME allows analysis of high-throughput community sequencing data”(Nat Methods. 2010 May;7(5):335-6)に記載の方法により算出することができる。
【0021】
本件収集方法において、次世代シークエンシング解析法とは、超並列シーケンサーを用いた配列決定を意味する。超並列シーケンサーとしては、例えばイルミナ社製のMiSeq、HiSeq2000、Genome Analyzer IIx(GAIIx)や、ロシュ社製のGenome Sequencer-FLX(GS-FLX)を挙げることができる。超並列シーケンサーは、1度に決定できる配列数(リード数)が1億〜数十億の機器もあり、きわめて多数の増幅産物のヌクレオチド配列を迅速かつ簡便に決定することができる。したがって、決定した試料中のヌクレオチド配列をクエリ配列として、BLAST等を用いて配列データベースに対してアラインメントを行うことで、試料中にダーマコッカス属菌に特異的な遺伝子領域又は非遺伝子領域が含まれているかどうかを判定することによる、ダーマコッカス属菌の検出が可能である。
【0022】
次世代シークエンシング解析法の一態様としては、以下の工程(A)〜(C)を備えたことを特徴とする方法を挙げることができる。
(A)ダーマコッカス属菌、及びダーマコッカス属菌以外の少なくとも1種の菌由来の16S rRNA遺伝子のポリヌクレオチドを、PCR法により増幅させる工程;
(B)前記ポリヌクレオチドのヌクレオチド配列を、超並列シークエンサーを用いて決定する工程;
(C)前記ヌクレオチド配列に基づいて、細菌叢中のダーマコッカス属菌の存在比を算出し、当該存在比が0.7%以上であるときに、慢性膿皮症に罹患している可能性が高い、又は慢性膿皮症に罹患するリスクが高いと診断するためのデータを収集する工程;
【0023】
上記工程(C)に代えて、又は上記工程(C)に加えて、以下の工程(D1)を含んでもよい。
(D1)前記ヌクレオチド配列に基づいて細菌叢多様性を計算し、当該細菌叢多様性が健常者と比較して有意に低下している場合、慢性膿皮症に罹患している可能性が高い、又は慢性膿皮症に罹患するリスクが高いと診断するためのデータを収集する工程;
【0024】
上記工程(C)に代えて、又は上記工程(C)に加えて、以下の工程(D2)を含んでもよい。
(D2)前記ヌクレオチド配列に基づいて細菌叢のアルファ多様性を計算し、多様度指数が20000以下である場合、慢性膿皮症に罹患している可能性が高い、又は慢性膿皮症に罹患するリスクが高いと診断するためのデータを収集する工程;
【0025】
上記工程(C)に代えて、又は上記工程(C)に加えて、以下の工程(D3)を含んでもよい。
(D3)前記ヌクレオチド配列に基づいて細菌叢のベータ多様性を計算し、健常者を基準としたUnifrac Distanceが0.2以上である場合、慢性膿皮症に罹患している可能性が高い、又は慢性膿皮症に罹患するリスクが高いと診断するためのデータを収集する工程;
【0026】
上記工程(A)において、ダーマコッカス属菌以外の菌としては、公知のいかなる皮膚常在菌を挙げることができ、具体的にはAnaerococcus属菌、Mycobacterium属菌、Finegoldia属菌、Knoellia属菌、Janibacter属菌、Microbacterium属菌、Clostridium属菌、Pseudomonas属菌、Streptococcus属菌、Micrococcus属菌、Bacillales目菌、Bacillus属菌、Bifidobacterium属菌、Renibacterium属菌、Staphylococcus属菌、Corynebacterium属菌、Ralstonia属菌、Actinomycetales目菌、Propionibacterium属菌、Trichophyton属菌から選択される菌を例示することができる。好ましくは、「ダーマコッカス属菌、及びダーマコッカス属菌以外の少なくとも1種の菌由来の16S rRNA遺伝子のポリヌクレオチド」は、菌特異的なユニバーサルプライマーセット(例えば、配列番号1で示されるヌクレオチド配列[5’-AGRGTTTGATCMTGGCTCAG-3’]からなる27F_modプライマー、及び配列番号2で示されるヌクレオチド配列[5’-TGCTGCCTCCCGTAGGAGT-3’]からなる338Rプライマー)によって増幅されるすべての遺伝子である。
【0027】
上記工程(C)において、存在比は0.7%以上であればよく、0.8%以上、0.9%以上、1.0%以上、1.5%以上、2.0%以上、3.0%以上、4.0%以上、5.0%以上、6.0%以上、7.0%以上、8.0%以上であればより好ましい。
【0028】
上記工程(D2)において、多様度指数が20000以下であればよく、15000以下であればより好ましく、10000以下であればさらに好ましい。また、上記工程(D3)において、健常者を基準としたUnifrac Distanceが0.2以上であればよく、0.25以上であればより好ましく、0.3以上であればさらに好ましい。
【0029】
本件収集方法は、ダーマコッカス属菌の有無や、ダーマコッカス属菌の存在比の増加レベル(本件収集方法1)、或いは、細菌叢多様性の低下(本件収集方法2)を指標として、被験者が慢性膿皮症であると診断したり、慢性膿皮症とニキビとを精度よく分類(区別)するためのデータを収集することができる。また、ダーマコッカス属菌が慢性膿皮症の原因菌であることや、慢性膿皮症に罹患すると細菌叢多様性が低下することが示唆されたため、本件収集方法は、ダーマコッカス属菌の有無や、ダーマコッカス属菌の存在比の増加レベルや、被験者の細菌叢多様性の低下を指標として、慢性膿皮症に罹患する前の段階であっても、慢性膿皮症に罹患するリスクの高低を診断するためのデータを収集することができると考えられる。すなわち、被験者の皮膚から採取された試料中に、ダーマコッカス属菌が検出された場合、或いは、被験者の皮膚から採取された試料中のダーマコッカス属菌の存在比が増加していた場合、或いは、被験者の細菌叢多様性が健常者と比較して低下していた場合、被験者は慢性膿皮症に罹患している可能性が高い、又は、慢性膿皮症に罹患するリスクが高いと診断するためのデータを収集することができ、また、被験者の皮膚から採取された試料中に、ダーマコッカス属菌が検出されなかった場合、或いは、被験者の皮膚から採取された試料中のダーマコッカス属菌の存在比が増加していない場合、被験者は慢性膿皮症に罹患している可能性が低い、又は、慢性膿皮症に罹患するリスクが低いと診断するためのデータを収集することができる。本件収集方法1及び2は、単独で行っても、組み合わせて行ってもよい。
【0030】
本件診断用キットにおいて、ダーマコッカス属菌を検出するための抗体としては、公知のいかなる方法を用いて作製した抗ダーマコッカス属菌抗体を挙げることができ、ポリクローナル抗体であってもモノクローナル抗体であってもよい。
また、本件診断用キットにおいて、ダーマコッカス属菌を検出するためのプライマーセットとしては、ダーマコッカス属菌の遺伝子領域又は非遺伝子領域を特異的に増幅できるように設計したプライマーを含むプライマーセットや、増幅される遺伝子長に基づいてダーマコッカス属菌を検出できるように設計したプライマーセットを例示することができる。
また、本件診断用キットにおいて、ダーマコッカス属菌を検出するためのプローブとしては、ダーマコッカス属菌の遺伝子領域又は非遺伝子領域に特異的に結合(ハイブリダイズ)することができるポリヌクレオチドを例示することができる。
また、本件診断用キットにおいて、上記抗体、プライマーセット、及びプローブの標識物としては、例えばビオチン、酵素、蛍光色素、又は放射性同位体による標識物を挙げることができる。
【0031】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例1】
【0032】
1.慢性膿皮症診断用バイオマーカーの同定
[サンプル採取及びDNA抽出]
慢性膿皮症患者5名(発症部位は4名が頭部、1名が臀部)、及びニキビ患者17名(発症部位は顔面)のそれぞれについて、疾患発症部位でない部位(頭部、顔面、及び臀部)に、TE10緩衝液(10mM Tris、10mM EDTA)に浸した滅菌綿棒を30秒間こすりつけ、500μLのTE10緩衝液に浸したものをサンプルとし、−80℃で冷凍保存した。サンプル中に含まれる皮膚常在菌由来のDNAの抽出は、以下の手順〔1〕〜〔6〕にしたがって行った。
〔1〕サンプルを常温に融解した後、25μLのリゾチーム(300mg/mL)(Sigma-Aldrich社製)を加え、37℃で一晩インキュベートした。
〔2〕15μLのアクロモペプチダーゼ(20,000units/mL)(和光純薬社製)を加え、37℃で8時間インキュベートした後、50μLの10% SDSと、15μLのプロテイナーゼK(25mg/mL)(Sigma-Aldrich社製)を加え、55℃で一晩インキュベートした。
〔3〕600μLのフェノール、クロロホルム、及びイソアミルアルコールの3種混合液を加え、マイクロシェーカーを用いて3分間撹拌し、17,800×g、20℃の条件で10分間の遠心分離を行った。
〔4〕上清(水層)を回収し、再度600μLの上記3種混合液を加え、1,500rpmで3分間撹拌し、17,800×g、20℃の条件で10分間の遠心分離を行った。
〔5〕水層を回収し、60μLの3M酢酸ナトリウム(pH5.2)を加えた後、1.2mLの100%エタノールを加えて−80℃で1時間冷却した。
〔6〕17,800×g、4℃の条件で10分間の遠心分離した後、上清を除去して70%エタノールを500μL加えた。さらに17,800×g、4℃の条件で5分間遠心分離した後、上清を除去して50μLのTE10緩衝液(10mM Tris、1mM EDTA)を加え、マイクロシェーカーを用いて5分間撹拌し、DNAを溶解した。
【0033】
[シークエンシング用DNAサンプルの調製]
皮膚常在菌由来の16S rRNA遺伝子を、MiSeqを用いたシークエンシングを行うために、以下の手順〔1〕〜〔4〕にしたがってシークエンシング用DNAサンプルを調製した。
〔1〕上記[サンプル採取及びDNA抽出]の方法で得られた皮膚常在菌由来のDNA1μLをテンプレートとして、菌特異的なユニバーサルプライマーセット(配列番号1で示されるヌクレオチド配列[5’-AGRGTTTGATCMTGGCTCAG-3’]からなる27F_modプライマー、及び配列番号2で示されるヌクレオチド配列[5’-TGCTGCCTCCCGTAGGAGT-3’]からなる338Rプライマー)を用いたPCRを、以下の(i)〜(iii)に示す条件下で行い、16S rRNA遺伝子を増幅した。なお、ポリメラーゼは、Tks Gflex DNA Polymerase(タカラバイオ社製)を用いた。
(i)初期変性反応:94℃で2分間
(ii)96℃を10秒間、64℃を15秒間、68℃を30秒間の3ステップを20回繰り返す
(iii)最終伸長反応:68℃で2分間
〔2〕PCR反応後、PCR産物50μLに対して90μLのAgencourt AMPure XP試薬(ベックマンコールター社製)を加え、DNAを精製し、Picogreen(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)を用いて二本鎖DNAの濃度定量を行い、最終濃度が1nMになるよう各サンプルを希釈し、1回目PCR産物を得た。Index PCRのテンプレートに用いた。
〔3〕MiSeqでシークエンスをする際に必要なアダプター配列、及びIndex配列を付加するためにPCRを行った。すなわち、上記1回目PCR産物1μLをテンプレートとして、プライマーセット(配列番号3で示されるヌクレオチド配列[5’-AATGATACGGCGACCACCGAGATCTACAC-NNNNNNNN-TATGGTAATTGTAGRGTTTGATYMTGGCTCAG-3’]からなるフォワードプライマー1、及び配列番号4で示されるヌクレオチド配列[5’CAAGCAGAAGACGGCATACGAGAT-NNNNNNNN-AGTCAGTCAGCCTGCTGCCTCCCGTAGGAGT-3’]からなるリバースプライマー1)を用いた2回目のPCR(Index PCR)を、以下の(i)〜(iii)に示す条件下で行った。なお、上記プライマーのヌクレオチド配列中の「NNNNNNNN」は、Index配列を示し、サンプルごとに異なるヌクレオチド配列となる。また、ポリメラーゼは、Tks Gflex DNA Polymerase(タカラバイオ社製)を用いた。
(i)初期変性反応:98℃で1分間
(ii)98℃を10秒間、55℃を15秒間、68℃を30秒間の3ステップを8回繰り返す
(iii)最終伸長反応:68℃で3分間
〔4〕PCR反応後、PCR産物50μLに対して90μLのAMPure XP試薬(ベックマンコールター社製)を加え、DNAを精製し、バイオアナライザ2100(アジレント社製)を用いて、アダプター配列及びIndex配列が付加されていることを確認した。また、得られたPCR産物(Index PCR産物)の絶対量は、アダプター配列の末端に設計したプライマーセット(配列番号5で示されるヌクレオチド配列[5’-GCGACCACCGAGATCTACAC-3’]からなるフォワードプライマー2、及び配列番号6で示されるヌクレオチド配列[5’CAAGCAGAAGACGGCATAC-3’]からなるリバースプライマー2)を用いた定量PCRにより確認した。その際、濃度が既知であり、末端側に同様のアダプターが付加されているDNA (PhiX Control v3)を用いた。
【0034】
[シークエンシング]
上記Index PCR産物を4nMとなるように調整し、MiSeq(イルミナ社製)を用いたシークエンシングを、イルミナ社のプロトコールにしたがって行った。すなわち、4nMのIndex PCR産物に、2Nの水酸化ナトリウムを加えることによりDNAを一本鎖に変性させた。変性後のDNAサンプル溶液に、Hybridization buffer(イルミナ社製)を加え、8pM又は10pMとなるように希釈し、同様の操作で調製したコントロールDNAであるPhiX DNAを混合し、96℃で2分間インキュベートし熱変性した。その後、氷上で5分間静置し、600μLのライブラリー溶液をシークエンス解析に用いた。
【0035】
[データ解析]
まず初めに、ペアエンドでシークエンスされた塩基配列をFLASH(Version 1.2.11)によってアセンブルした。平均Q−valueが25以下の塩基配列は解析の対象から除いた。その後シークエンスされた塩基配列からフォワードプライマー1及びリバースプライマー1のプライマー配列を除去した。得られたデータを、Qiime(Version 1.8.0)を用いて解析した。その後サンプルごとに完全に一致する塩基配列の出現回数を数え、その上で重複する塩基配列は除去した(相同性100%を閾値としたOperational Taxonomic Units(OTU)を作成した)。2群間(慢性膿皮症群、及びニキビ群)での差異に寄与する因子(菌体)を特定するため、統計解析ソフトXLSTAT(v2014.6.04)によるOrthogonal Projections to Latent Structures Discriminant Analysis(OPLS−DA)を実施し、統計評価はノンパラメトリック検定であるMann-WhitneyのU検定を用いた。統計検定の結果、P<0.05を有意差ありとした。系統樹はBootstrap法を用いて作成した。統計手順はMev (v4.8) [38]、XLSTAT (v2014.6.04)およびR (v3.1.2)を用いて実施した。
【0036】
[結果]
Dermacoccus属菌は、ニキビ患者の頭部及び顔面では、検出されなかったのに対して、慢性膿皮症患者の頭部及び顔面では検出された(
図1〜3、及び表1〜2参照)。また、Dermacoccus属菌の存在比は、ニキビ患者の臀部では、0.6%であったのに対して、慢性膿皮症患者の臀部では、8.4%と高かった(
図1〜3、及び表1〜2参照)。一方、Dermacoccus属菌以外の皮膚常在菌については、ニキビ患者と慢性膿皮症患者との間で大きな違いは認められなかった(
図1〜3、表1〜2参照)。
以上の結果は、頭部、顔面等の部位の皮膚におけるDermacoccus属菌の有無や、頭部、顔面、臀部等の部位の皮膚におけるDermacoccus属菌の存在比が少なくとも0.7%となることを指標として、慢性膿皮症患者とニキビ患者とを区別できることを示している。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【実施例2】
【0039】
2.Dermacoccus属菌の菌種の特定
慢性膿皮症患者において検出されたDermacoccus属菌の菌種を特定するために、RDP(Ribosomal Database Project)データベースを用いて解析を行った。
その結果、頭部、顔面及び臀部におけるDermacoccus属菌は、大部分(99〜100%)がDermacoccus barathri菌であることが明らかとなった。なお、次に割合が高いDermacoccus属菌は、Dermacoccus lutea菌(0〜1%)であることも明らかとなった。
【実施例3】
【0040】
3.Dermacoccus barathri菌
慢性膿皮症患者において検出されたDermacoccus属菌の大部分が、Dermacoccus barathri菌であることがわかったので、Dermacoccus barathri菌を検出することにより、慢性膿皮症患者とニキビ患者とを区別できるかどうかを検討した。
【0041】
[方法]
上記実施例1の[サンプル採取及びDNA抽出]の項目に記載の方法にしたがって、慢性膿皮症患者3名及びニキビ患者3名由来の頭部、顔面、臀部の皮膚からDNAを抽出し、D. barathri菌検出用プライマーセット(配列番号7で示されるヌクレオチド配列[5’-AACGATGAAGCGCCAGCT-3’]からなるフォワードプライマー3、及び配列番号8で示されるヌクレオチド配列[5’-ACACCAGTCCGAAGACGCAC-3’]からなるリバースプライマー3)と、Tks Gflex DNA Polymerase(タカラバイオ社製)を用いたPCRを、以下の(i)〜(iii)に示す条件下で行い、16S rRNA遺伝子を増幅した後、アガロースゲル電気泳動法によりPCR産物を検出した。
(i)初期変性反応:94℃で2分間
(ii)96℃を10秒間、64℃を15秒間、68℃を30秒間の3ステップを20回繰り返す
(iii)最終伸長反応:68℃で2分間
【0042】
[結果]
Dermacoccus barathri菌は、ニキビ患者の頭部、顔面、臀部では、ほとんど検出されなかったのに対して、慢性膿皮症患者の頭部、顔面、臀部では検出された(
図4参照)。
この結果から、Dermacoccus barathri菌特異的なプライマーセットを用いたPCRを行うことにより、Dermacoccus barathri菌の有無や増加レベルを指標として、慢性膿皮症患者とニキビ患者とを区別できることを示している。
【実施例4】
【0043】
4.皮膚細菌叢のベータ多様性解析
実施例1によってシークエンスされた塩基配列を用いて、健常者、ニキビ患者、慢性膿皮症患者における皮膚細菌叢のベータ多様性を解析した。データ解析は、Qiime(Version 1.8.0)を用いて行った。結果を
図5に示す。健常者をHealthy、ニキビをAcne、慢性膿皮症をCPと記載した。
図5Aは、主座標分析(PCoA)の結果を示す図である。PC1の寄与率は43.5%、PC2の寄与率は13.9%であった。
図5Bは、他人の同一部位におけるUnifrac Distanceを示す図である。Kruskal−Wallis検定を行い、Steel−Dwass法を用いた多重検定を行った。**P<0.01,***P<0.001を示す。
PCoAの結果、被験者群ごとにクラスタリングされるほどの大きな違いは見受けられなかった(
図5A)。一方で他人の同一部位の細菌叢が慢性膿皮症患者群において有意に異なっていることが明らかとなった(
図5B)。
【実施例5】
【0044】
5.皮膚細菌叢のアルファ多様性解析
実施例1によってシークエンスされた塩基配列を用いて、健常者、ニキビ患者、慢性膿皮症患者における皮膚細菌叢のアルファ多様性を、Chao1によって計算した。データ解析は、Qiime(Version 1.8.0)を用いて行った。結果を
図6に示す。
図6A及び6Bは、頭部(A)、顔面(B)における皮膚細菌叢多様性を示す。
図6Cは、膿細菌叢多様性を示す。2群比較はMann−WhitneyのU検定を用いて行った。多群比較はKruskal−Wallis検定を行い、Steel−Dwass法を用いた多重検定を行った。*P<0.05を示す。
各サンプルにおける多様性を検証した結果、ニキビ患者と慢性膿皮症患者は健常者と比較して皮膚常在菌の多様性が有意に低く、膿の細菌叢多様性はニキビ患者よりも慢性膿皮症患者において低い傾向にあった。
【実施例6】
【0045】
6.膿と発症部位の細菌叢類似度
実施例1によってシークエンスされた塩基配列を用いて、膿細菌叢と発症部位の皮膚細菌叢の類似度を計算した。データ解析は、Qiime(Version 1.8.0)を用いて行った。結果を
図7に示す。ニキビをAcne、慢性膿皮症をCPと記載した。
図7Aは、PCoAの結果を示す。PC1の寄与率は43.5%,PC2の寄与率は13.9%であった。
図7Bは、膿と発症部位の細菌叢類似度を、Unifrac Distanceをもとに計算した結果を示す。
結果より、膿細菌叢と発症部位細菌叢が、慢性膿皮症において類似する傾向にあることがわかった。