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特開2017-191540テザーを用いた移動装置及び移動方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-191540(P2017-191540A)
(43)【公開日】2017年10月19日
(54)【発明の名称】テザーを用いた移動装置及び移動方法
(51)【国際特許分類】
   G05G 7/10 20060101AFI20170922BHJP
   B64G 1/24 20060101ALI20170922BHJP
【FI】
   G05G7/10 Z
   B64G1/24 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2016-81794(P2016-81794)
(22)【出願日】2016年4月15日
(71)【出願人】
【識別番号】502350504
【氏名又は名称】学校法人上智学院
(74)【代理人】
【識別番号】100099793
【弁理士】
【氏名又は名称】川北 喜十郎
(74)【代理人】
【識別番号】100154586
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 正広
(72)【発明者】
【氏名】竹原 昭一郎
(72)【発明者】
【氏名】宮地 航
(72)【発明者】
【氏名】植松 優
【テーマコード(参考)】
3J070
【Fターム(参考)】
3J070BA08
3J070CD01
3J070DA11
3J070EA01
(57)【要約】
【課題】テザーを利用して人などの物体を移動させる際に、その姿勢を安定化させることができる移動装置及び移動方法を提供することを目的とする。
【解決手段】繰り出されたテザー20の先端部材70を対象物に付着させ、テザー20を回収することによって前記対象物に対して物体を移動させるための移動装置10は、テザー繰り出し口44aを有し、テザー繰り出し口44aから繰り出されたテザー20を回収するテザー回収機構52と、繰り出されたテザー20の長さと、テザー繰り出し口44aと前記対象物との間の距離を計測する計測器54と、計測器54により計測された前記繰り出されたテザーの長さと前記距離との差からテザー20のたわみを算出する算出手段62と、算出手段により算出されたテザー20のたわみに基づいて、テザー回収機構52のテザー回収速度を制御する制御器60とを備える。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
繰り出されたテザーの先端を対象物に付着させ、前記テザーを回収することによって前記対象物に対して物体を移動させるための移動装置であって、
テザー繰り出し口を有し、前記テザー繰り出し口から繰り出された前記テザーを回収するテザー回収機構と、
前記繰り出されたテザーの長さと、前記テザー繰り出し口と前記対象物との間の距離を計測する計測器と、
前記計測器により計測された前記繰り出されたテザーの長さと前記距離との差からテザーのたわみを算出する算出手段と、
前記算出手段により算出されたテザーのたわみに基づいて、前記テザー回収機構のテザー回収速度を制御する制御器とを備える前記移動装置。
【請求項2】
さらに、前記物体又は前記移動装置の角速度を測定する角速度測定器を備え、前記制御器は、前記角速度測定器により測定された角速度に基づいてテザー回収機構のテザー回収速度を制御する請求項1に記載の移動装置。
【請求項3】
前記制御器は、前記角速度から前記物体または前記移動装置の回転運動の運動エネルギーの勾配を求め、前記運動エネルギーの勾配が正の時と負の時でテザー回収機構のテザー回収速度を異なるように制御する請求項2に記載の移動装置。
【請求項4】
前記制御器は、前記繰り出された前記テザーの回収開始時から所定時間は、前記テザーの回収速度を徐々に増大させるように前記回収機構を制御する請求項1〜3のいずれか一項に記載の移動装置。
【請求項5】
無重力又は低重力場で使用される請求項1〜4のいずれか一項に記載の移動装置。
【請求項6】
テザー繰り出し口から繰り出されたテザーの先端を対象物に付着させ、前記テザーを回収することによって前記対象物に対して物体を移動させるための移動方法であって、
前記繰り出されたテザーの長さと、前記テザー繰り出し口と前記対象物との間の距離を計測することと、
前記計測された前記繰り出されたテザーの長さと前記距離との差からテザーのたわみを算出することと、
前記算出されたテザーのたわみに基づいて、前記テザーを回収する速度を制御することを含む前記移動方法。
【請求項7】
さらに、前記物体または前記テザー繰り出し口の角速度を測定することと、前記測定された角速度に基づいて前記テザーの回収速度を制御することを含む請求項6に記載の移動方法。
【請求項8】
前記角速度から前記物体または前記テザー繰り出し口の回転運動の運動エネルギーの勾配を求め、前記運動エネルギーの勾配が正の時と負の時で前記テザーの回収速度を異なるように制御することを含む請求項7に記載の移動方法。
【請求項9】
前記繰り出された前記テザーの回収開始時から所定時間は、前記テザーを回収する速度を徐々に増大させる請求項6〜8のいずれか一項に記載の移動方法。
【請求項10】
無重力又は低重力場で行われる請求項6〜9のいずれか一項に記載の移動方法。
【請求項11】
前記物体が人間である請求項6〜10のいずれか一項に記載の移動方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繰り出されたテザーの先端を対象物に付着させ、テザーを回収することによって対象物に対して物体を移動させるための移動装置及び移動方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、国際宇宙ステーションをはじめとした宇宙空間内の有人施設において、人間の活動の機会が多くなり、今後もそのような活動はより多く行われると予想される。このような状況の下、人が宇宙空間で効率よく活動を行うためのコンパクトな移動装置が要望されている。また、宇宙空間において人が作業や移動を行う際に人の姿勢を制御する必要もある。
【0003】
特許文献1は、テザーの先端に連結された先端部材の姿勢を制御するために、先端部材とテザーとの間に回転関節によって互いに揺動可能に連結された中間部材を設け、中間部材を先端部材に対して揺動させることによって先端部材の姿勢を制御する姿勢制御方式を開示している。回転関節の中心が先端部材の質量中心と一致するように配設されており、先端部材の姿勢が変化したときに、テザーに発生する張力によって機器に回転力が加わると、回転関節に対して、回転力の回転軸周りの減衰回転力が加わるように、中間部材を先端部材に対して揺動される。
【0004】
本発明者は、非特許文献1において、テザーを利用した人間用の移動装置としてテザースペースモビリティデバイス(TSMD)を提案している。このモビリティデバイスはテザーと接合された先端部を宇宙船の壁などに向かって射出して付着させ、テザーを巻き取ることで利用者を移動させる装置である。テザーは、収納性及び展開性に優れているために、装置の小型化及び軽量化に優れ、巻き取りを行うモータに供給する電気エネルギーのみで利用者の移動を行うために、従来の推進剤を噴射するタイプの移動装置に比べてエネルギー管理が容易であるという利点を有する。
【0005】
図1(a)に、利用者がモビリティデバイスを操作してテザーの巻き取りを行うことでテザーの先端が付着した壁側に移動する様子を示す。この際に、テザーにかかる張力の作用線と利用者を含む系全体の重心位置の位置関係より、系全体に矢印のような回転力が生じる。この回転力により利用者は、重心を中心に回転して図1(b)に示すように姿勢を大きく崩してしまう。姿勢を崩すことで作業効率が低下したり、事故につながることにもなる。非特許文献1では、テザーに生じるたわみを正確に計測し、除去するのは困難であると認めつつ、モビリティデバイスにかかる張力に応じてテザーの繰り出し口であるアームを回転させ、それによってテザーの張力の向きを変化させて利用者の移動時の姿勢を制御している。
【0006】
特許文献1は、前述のように先端部材の姿勢を制御する技術を開示するが、回転関節を有する中間部材を使用する必要があり、装置構成が複雑となる。非特許文献1でも、アームを回転させる制御を用いているために装置構成及びその制御も複雑となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−295962号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】宮地 航,竹原 昭一郎,“テザー利用型移動装置の姿勢制御に関する実験的検討”,日本機械学会 No.15-7Dynamics and Design Conference 2015 USB 論文集
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記従来技術の欠点を解消すると共に、テザーを利用して人などの物体を移動させる際に、簡単な装置構成で物体の姿勢を安定化させることができる移動装置及び移動方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1の態様に従えば、繰り出されたテザーの先端を対象物に付着させ、前記テザーを回収することによって前記対象物に対して物体を移動させるための移動装置であって、
テザー繰り出し口を有し、前記テザー繰り出し口から繰り出された前記テザーを回収するテザー回収機構と、
前記繰り出されたテザーの長さと、前記テザー繰り出し口と前記対象物との間の距離を計測する計測器と、
前記計測器により計測された前記繰り出されたテザーの長さと前記距離との差からテザーのたわみを算出する算出手段と、
前記算出手段により算出されたテザーのたわみに基づいて、前記テザー回収機構のテザー回収速度を制御する制御器とを備える前記移動装置が提供される。
【0011】
第1の態様の移動装置は、さらに、前記物体又は前記移動装置の角速度を測定する角速度測定器を備えてもよく、前記制御器は、前記角速度測定器により測定された角速度に基づいてテザー回収機構のテザー回収速度を制御してもよい。
【0012】
第1の態様において、前記制御器は、前記角速度から前記物体または前記移動装置の回転運動の運動エネルギーの勾配を求めてもよく、前記運動エネルギーの勾配が正の時と負の時でテザー回収機構のテザー回収速度を異なるように制御してもよい。
【0013】
第1の態様において、前記制御器は、前記繰り出された前記テザーの回収開始時から所定時間は、前記テザーの回収速度を徐々に増大させるように前記回収機構を制御してもよい。
【0014】
第1の態様の移動装置は、無重力又は低重力場で使用されてもよい。
【0015】
本発明の第2の態様に従えば、テザー繰り出し口から繰り出されたテザーの先端を対象物に付着させ、前記テザーを回収することによって前記対象物に対して物体を移動させるための移動方法であって、
前記繰り出されたテザーの長さと、前記テザー繰り出し口と前記対象物との間の距離を計測することと、
前記計測された前記繰り出されたテザーの長さと前記距離との差からテザーのたわみを算出することと、
前記算出されたテザーのたわみに基づいて、前記テザーを回収する速度を制御することを含む前記移動方法が提供される。
【0016】
第2の態様の移動方法は、さらに、前記物体または前記テザー繰り出し口の角速度を測定することと、前記測定された角速度に基づいて前記テザーの回収速度を制御することを含んでもよい。
【0017】
第2の態様において、前記角速度から前記物体または前記テザー繰り出し口の回転運動の運動エネルギーの勾配を求めてもよく、前記運動エネルギーの勾配が正の時と負の時で前記テザーの回収速度を異なるように制御することを含んでもよい。
【0018】
第2の態様において、前記繰り出された前記テザーの回収開始時から所定時間は、前記テザーを回収する速度を徐々に増大させてもよい。
【0019】
第2の態様の移動方法は、無重力又は低重力場で行われてもよい。
【0020】
第2の態様において、前記物体が人間であってもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明の第1及び第2の態様によれば、テザーを利用して人などの物体を移動させる際に、装置に回転アームや中間部材を使用することなく、物体の姿勢を容易に安定化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】従来技術の課題を説明する図であり、(a)は利用者がモビリティデバイスを操作してテザーの巻き取りを行うことでテザーの先端が付着した壁側に移動する様子を示し、(b)は移動中の回転運動により利用者の姿勢が崩れている様子を示す。
図2】実施形態における移動装置の構成の一例を示す概念図である。
図3】移動装置及び人間を含む系の回転運動の運動エネルギーと、テザーの張力と、テザーの張力による回転モーメントとの関係を示す図であり、(a)は運動エネルギーの時間微分が負の場合、(b)は運動エネルギーの時間微分が正の場合を示す。
図4】繰り出されたテザーが撓んでいる様子を示す図である。
図5】実施形態における制御方法の有効性を検証した結果を示す図であり、(a)は系の角度の時間変化、(b)は系の角速度の時間変化、(c)は系の回転運動の運動エネルギーの時間変化を示す。
図6】テザーの回収開始時における回収速度制御の変形例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、適宜図面を参照して本発明の実施形態について説明する。なお、以下に説明される実施形態は本発明の一例にすぎず、本発明の要旨を変更しない範囲で、本発明の実施形態を適宜変更できることは言うまでもない。
【0024】
本発明の実施形態である移動装置(モビリティデバイス)10は、例えば、国際宇宙ステーションをはじめとする宇宙空間内の有人施設において、人間が効率的に活動するための移動手段として利用することができる。以下では、宇宙空間内の有人施設において移動装置10が利用される場合を想定して説明する。
【0025】
図2に示されるように、移動装置10は、主に、テザー20と、テザー20を収納する本体30と、テザー20の先端に取り付けられた先端部材70とを備えている。人間(利用者)は、本体30の後端に設けられたハンドル58を持ち、先端部材70を本体30から目的地に向かって射出し、先端部材70を目的地に付着させる。これにより、テザー20が本体30から繰り出される。そして、先端部材70が目的地に付着した状態で、繰り出されたテザー20を本体30内に回収することにより、本体30を手に持った人間は、目的地まで移動することができる。
【0026】
本体30は、先端部材70を射出するための射出機構40と、テザー20を収納するテザー収納部50とを備える。
【0027】
射出機構40は、テザー収納部50の先端に設けられており、その内部には、先端部材70を付勢して射出するための付勢部材44が設けられている。付勢部材44としては、例えば、コイルバネを用いることができる。この場合、先端部材70をコイルバネに押し付けてコイルバネを収縮させた状態でロックする図示しないロック機構を設け、ロック機構によるロックを解除してコイルバネを復元させることにより、先端部材70が射出されるように構成すればよい。また、射出機構40の内部には、テザー20の繰り出し及び巻き取りの際に、テザー20を案内するための案内管44も設けられており、案内管44の先端が、テザー繰り出し口44aとなっている。
【0028】
テザー収納部50には主に、テザー20を回収するための回収機構52と、繰り出されたテザー20の長さ、及びテザー繰り出し口44aから目的地までの距離を測定するための計測器54と、本体30の角速度を測定するためのジャイロセンサ(角速度測定器)56と、回収機構52のテザー回収速度を制御するための制御器60とが収納されている。
【0029】
回収機構52は主に、テザー20が巻き付けられるプーリと、プーリを駆動させるためのモータとから構成されている。計測器54は、その内部に、回収機構52のプーリに接続されプーリの回転数を測定するロータリーエンコーダ(不図示)と、射出機構40のテザー繰り出し口44aから目的地までの距離を測定するための距離センサ(不図示)とを備える。プーリの径は予め決まっているので、プーリの回転数をロータリーエンコーダで測定することにより、繰り出されたテザー20の長さを測定することができる。また、テザー繰り出し口44aから目的地までの距離を測定することができれば距離センサの測定方式は問わないが、例えば、レーザー距離計、二次レーダー(インテロゲータとトランスポンダを備えるレーダーシステム)を用いることができる。
【0030】
テザー20としては、軽量性、収納性、展開性に優れたひも状の素材を利用するのが好ましく、例えばワイヤーケーブルを用いることができる。また、テザー20の全長や径は、移動装置10が利用される施設の大きさに応じて、適宜決定すればよい。
【0031】
制御器60は、回収機構52、計測器54、及びジャイロセンサ56と接続されたマイコンであり、主に算出部62(算出手段の一例)と制御部64とを有する。算出部62は、計測器54によって測定された繰り出されたテザー20の長さとテザー繰り出し口44aから目的地までの距離との差を算出することにより、繰り出されたテザー20の余剰長さを算出する。そして、制御部64は、算出部62が算出したテザー20の余剰長さと、ジャイロセンサ56によって測定された本体30の角速度とに基づいて、回収機構52のモータの回転速度を制御することにより、テザー20の回収速度を制御する。算出部62、及び制御部64は、ソフトウェアで構成されてもよく、電子回路等のハードウェアで構成されてもよい。或いは、これらの組み合わせであってもよい。
【0032】
先端部材70は、その先端に、目的地に付着させるための付着機構72を備える。付着機構72としては、例えば電磁石を用いることができる。なお、付着機構72は、先端部材70を有人施設の目的地に付着させることができれば、電磁石に限らず、例えば、フックや吸盤などを用いてもよい。
【0033】
次に、制御器60による、テザー20の回収速度の制御方法について詳細に説明する。上述したように、従来技術では、利用者がモビリティデバイスを操作してテザーの巻き取りを行うことにより、テザーの先端が付着した壁側に移動することができる。この際、図1(a)に示すように、テザーにかかる張力の作用線と利用者を含む系全体の重心位置の位置関係より、系全体に矢印のような回転力が生じる。この回転力により利用者は、重心を中心に回転して図1(b)に示すように姿勢を大きく崩してしまう。そこで、この回転運動を減衰させて、移動中の利用者の姿勢を安定させるため、本実施形態では、移動装置10の制御器60によってテザー20の回収速度を制御している。
【0034】
具体的には、図3(a)に示すように、移動装置10及び人間を含む系に、反時計回りに角速度ωの回転運動が生じている場合、回転運動の運動エネルギーKの勾配、すなわち、運動エネルギーの時間微分dK/dt<0となったとき、回収機構52によるテザー20の回収速度を上げてテザー20に大きな張力を発生させる。これにより、テザー20の張力による時計回りの回転モーメントMを作用させ、回転運動の運動エネルギーを小さくする。一方、時計回りの回転モーメントMが作用し続け、系が時計回りに角速度ω´で回転し始めた場合、つまり、回転運動の運動エネルギーの時間微分dK/dt≧0となった場合、テザー20に大きな張力が作用したままでは回転運動の運動エネルギーが大きくなる。従って、この場合は、回収機構52によるテザー20の回収速度を下げることにより、テザー20の張力を小さくする。これにより、より小さな時計回りの回転モーメントM´を作用させ、回転運動の増幅を抑制する。この結果、移動中の人間の姿勢を安定させることができる。
【0035】
上記のようにテザー20の回収速度を制御するため、まず、制御器60の算出部62は、繰り出されたテザー20の余剰長さ(撓み)を算出する。図4に示すように、繰り出されたテザー20の長さをLtether、テザー繰り出し口44aから目的地までの直線距離をLと定義すると、繰り出されたテザー20の余剰長さΔLは、次式(1)によって算出することができる。
ΔL=Ltether−L (1)
ここで、繰り出されたテザー20の長さLtether、及びテザー繰り出し口44aから目的地までの直線距離Lはそれぞれ、計測器54のロータリーエンコーダ及び光学式距離センサによって測定することができる。
【0036】
そして、制御部64は、次式(2)によって定義される回収速度vでテザー20が回収されるように、回収機構52のモータの回転速度を制御する。
v=k(ΔL−ΔL) (2)
ここで、kは比例定数を表し、ΔLはテザー20の余剰長さの目標値を表す。ΔL=0のとき、テザー20は、余剰長さΔLに比例する回収速度で回収される。即ち、余剰長さΔLが小さくなるにつれて、テザー20の回収速度vが遅くなる。一方、ΔL<0のときは、ΔL=0のときと比較して、テザー20の回収速度vが速くなる。このため、テザー20が余分に巻き取られ、任意に張力を発生させることができる。
【0037】
次に、系の回転運動を減衰させるための、テザー20の余剰長さの目標値ΔLの条件について説明する。系の回転運動を減衰させるためには、回転運動の運動エネルギーの時間微分が負(dK/dt<0)となったときにテザー20に張力を発生させ、回転運動の運動エネルギーの時間微分が正(dK/dt>0)となったときにテザー20に張力を発生させないようにすればよい。つまり、テザー20の余剰長さの目標値ΔLを、次式(3a)、(3b)のように定めればよい。
ΔL<0 (dK/dt<0) (3a)
ΔL=0 (dK/dt>0) (3b)
ここで、系全体の慣性モーメントをIとすると、系の回転運動のエネルギーKは、ジャイロセンサ56で測定された角速度ωを用いて、次式(4)で表される。
K=1/2・I・ω (4)
なお、式(3a)及び(3b)では、回転運動の運動エネルギーの時間微分dK/dtの正負のみに着目するため、式(4)における系全体の慣性モーメントIは未知でもよい。
【0038】
そして、式(4)に対して数値微分を行うことにより、回転運動の運動エネルギーの時間微分dK/dtを求めることができる。数値微分の方法としては、例えば差分をとる方法を用いればよい。なお、式(4)を時間微分することにより、次式(5)が得られる。
dK/dt=I・ω・dω/dt (5)
ここで、dω/dtは系の回転運動の角加速度を表す。移動装置10で角加速度dω/dtを測定可能な場合は、式(5)を用いて回転運動の運動エネルギーの時間微分dK/dtを求めてもよい。
【0039】
次に、系の回転運動に対する上記制御方法の有効性の検証結果について説明する。検証においては、人間の代りに、移動装置10の後端部に回動可能に連結された人体模擬部を用いた。人体模擬部には、バッテリや浮上用ガスボンベを搭載し、移動装置10及び人体模擬部を含む系全体の重心を人体模擬部側に置くことで、テザー20の巻き取りによる張力と重心位置の関係から、回転運動が発生しやすいように調整した。図5(a)〜図5(c)は移動装置10を用いて人体模擬部を移動させた際の、系の回転運動の時間変化の様子を示しており、図5(a)は角度の時間変化、図5(b)は角速度の時間変化、図5(c)は回転運動の運動エネルギーの時間変化を示している。各図において、実線は上記制御方法を適用した場合を示し、破線は上記制御方法を適用しない場合を示している。なお、上記制御方法を適用した場合では、2.3mの距離の移動を約12秒で終了するように制御パラメータを設定し(モータの回転速度vの比例定数k=10、dK/dt<0の時のテザーの余剰長さの目標値ΔL=−0.02)、上記制御方法を適用しない場合では、テザー20の回収速度を0.115m/秒で一定とした。
【0040】
図5(a)〜図5(c)の各図に示されるように、0秒においてテザー20の回収を開始したことにより、上記制御方法を適用したか否かにかかわらず、系の角度、角速度、及び回転運動の運動エネルギーが増加している。0.3秒〜1.6秒の範囲に着目すると、上記制御方法を適用した場合は、テザー20の張力が回転運動を減衰する向きに作用した結果、角速度の変化が抑制され、概ね一定の値となっていることが分かる。さらに、それ以降の運動に着目すると、上記制御方法を適用しない場合、テザー20に撓みが生じ、張力が作用しないため、系は一定の角速度で回転運動を続けている。一方、上記制御方法を適用した場合、1.6秒と7.0秒において回転運動を減衰する向きにテザー20の張力が作用した結果、角速度が0rad/秒に、回転運動の運動エネルギーが0Jにそれぞれ収束している。以上のことから、上記制御方法が、移動装置10を利用して人間などの物体を移動させる際に、その姿勢を安定化させるのに有効であることが分かる。
【0041】
以上、本発明の移動装置及び移動方法の実施形態について説明した。しかし、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。例えば、図6に示すように、テザー20の回収開始時から所定時間Tを経過するまでは、テザー20の回収速度を徐々に増大させるように回収機構52を制御し、所定時間Tを経過した時点から上記実施形態の制御方法を適用してもよい。これにより、移動中の人間の姿勢をより安定化させることができる。
【0042】
上記の実施形態では、移動装置10の本体30にジャイロセンサ56が設けられていたが、系全体の角速度を測定することができればよく、ジャイロセンサ56は移動装置10の外側の、人間にとりつけられていてもよい。
【0043】
また、上記実施形態では、宇宙空間内の有人施設において移動装置10が利用される場合を想定していたが、本発明の移動装置10を利用可能な環境はそれに限定されるものではない。例えば、系全体が空中や海中に浮かんだ状態で作業をする場合のような、微小重力環境においても本発明の移動装置10を利用することができる。また、上記実施形態では、移動装置により人間を移動したが、人間に限らず、ロボット、装置、計測など任意の物体を移動させることができる。特に、移動装置からテザーを回収する際に移動装置及び物体の重心の位置を中心として回転力が生じるような物体に有効である。
【符号の説明】
【0044】
10 移動装置、 20 テザー、 30 本体、 40 射出機構、 44a テザー繰り出し口、 50 テザー収納部、 52 回収機構、 54 計測器、 56 ジャイロセンサ、 60 制御器、 62 算出部、 64 制御部、 70 先端部材、 72 付着機構
図1
図2
図3
図4
図5
図6