【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特に乳癌においては、手術中のセンチネルリンパ節生検で転移がないと診断できた場合は、郭清領域を縮小した手術が選択される場合もある。ここで、センチネルリンパ節生検とは、手術中にセンチネルリンパ節を探し出して摘出し、このリンパ節に癌が転移していないかどうかを調べる術中迅速診断のことをいう。
【0006】
ところで、乳房の近くには多くのリンパ節が張り巡らされているため、どのリンパ節がセンチネルリンパ節であるかをそのままの状態で目視判断するのは困難である。このため、乳癌の近くに色素を局所注射し、これを目印にして手術中にセンチネルリンパ節を同定するという方法が行われている。
【0007】
ここで、この同定に用いられる色素は体内に注入されるものであるから、人体に与える影響が極力小さいものを用いることが必要とされる。また、人体の血液は赤色であることから、この赤色に交じっても視認しやすい色を発光する色素であることが好ましい。かかる観点から、一般的には青色や緑色を発光するインジゴカルミンやメチレンブルーといった色素が利用されている。
【0008】
しかしながら、上記の色素は、その吸収スペクトルが、PpIXが発する蛍光スペクトルと一部波長域において重複する。
【0009】
図1は、PpIXの蛍光スペクトルを示す図である。
図1に示すように、PpIXの蛍光スペクトルは635nm近傍に急峻なピークを有しており、630nm以上640nm以下の範囲内で前記ピークの半値以上の高い光出力を示している。
【0010】
図2Aはインジゴカルミンの吸収スペクトルを示す図である。また、
図2Bはメチレンブルーの吸収スペクトルを示す図である。
図2Aに示すように、インジゴカルミンの吸収スペクトルは波長570nm以上670nm以下の範囲内で高い吸光度を示している。また、
図2Bに示すように、メチレンブルーの吸収スペクトルは波長500nm以上700nm以下の広範囲にわたって高い吸光度を示している。
【0011】
つまり、インジゴカルミン及びメチレンブルーのいずれもが、励起されたPpIXから発せられる蛍光に含まれるピーク波長及びその周辺の波長の光を吸収してしまう。従って、PpIXから発せられる当該ピーク波長(635nm)又はその周辺の波長の光を分光して腫瘍部位の判別を行おうとしても、実際の蛍光出力よりも大幅に低い出力の光を受光することになる。
【0012】
この結果、本来であれば腫瘍部位であるはずの箇所を非腫瘍部位と誤って判断するおそれがあり、腫瘍部位を見逃してしまうことが懸念される。また、検体の一部に色素が蓄積されることも予想されるが、この場合、色素が蓄積されている腫瘍部位の箇所は蛍光出力が弱い一方、色素が蓄積されていない腫瘍部位の箇所は蛍光出力が強くなる結果、当該蛍光出力によって判別される腫瘍部位の形状が実際の腫瘍部位の形状と異なることも懸念される。いずれの場合においても、誤診のおそれが存在することから、現行の方法で腫瘍部位の判別を行うことに対しては一定の課題が存在しているといえる。
【0013】
本発明は、上記の課題に鑑み、同定用の色素が存在することによって、PpIXを初めとするポルフィリン類から発せられる蛍光の強度に対する影響を考慮しながら、従来よりも腫瘍部位の判別を正確に行うことのできる方法及び装置を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、同定用の色素を含有する腫瘍部位及び自家蛍光部位を含む検体の、前記腫瘍部位に蓄積されたポルフィリン類に励起光を照射して、励起後の前記ポルフィリン類が発する蛍光を検出する腫瘍部位の判別方法であって、
前記励起光を前記検体に照射して前記ポルフィリン類を励起する工程(a)と、
前記検体から発せられる蛍光のうち、前記色素に由来する吸収スペクトルと実質的に重複しない第一波長帯の光を分光検出し、前記第一波長帯の光の強度分布に対応した第一画像情報を取得する工程(b)と、
前記検体から発せされる蛍光のうち、前記第一波長帯よりも長波長側の光であって、前記色素に由来する吸収スペクトルと実質的に重複せず、前記ポルフィリン類から発せられる蛍光のスペクトルとも実質的に重複しない第二波長帯の光を分光検出し、前記第二波長帯の光の強度分布に対応した第二画像情報を取得する工程(c)と、
前記第一画像情報と前記第二画像情報とに基づいて、前記ポルフィリン類から発せられた蛍光の強度分布に対応した第三画像情報を取得する工程(d)と、
前記第三画像情報に基づいて腫瘍部位と非腫瘍部位との判別を行う工程(e)とを有することを特徴とする。
【0015】
ここで、本明細書内において、色素に由来する吸収スペクトルと「実質的に重複しない」波長帯とは、前記吸収スペクトルの吸光度が、当該吸収スペクトルのピーク値における吸光度に対して5%以下の極めて低い値を示す波長域を指す。また、ポルフィリン類から発せられる蛍光のスペクトルと実質的に重複しない波長帯とは、ポルフィリン類から発せられる蛍光スペクトルのうち、前記色素に由来する吸収スペクトルと実質的に重複しない第一波長帯に対して、蛍光強度が5%以下の極めて低い値を示す波長域を指す。
【0016】
なお、本明細書中における「ポルフィリン類」とは、ポルフィン環に置換基がついたものを指し、例えばPpIXの他、PpIXから生成されたフォト−プロトポルフィリン(PPp)などのプロトポルフィリン類が存在する。
【0017】
ここで、前記色素としては、インジゴカルミン、メチレンブルーのいずれか一つを含むものとすることができる。これらの色素は、いずれも、人体に注入して目視によりセンチネルリンパ節を同定することが可能であって、ポルフィリン類から発せられる蛍光のスペクトルのうち、特定波長域の光をほとんど吸収しない特徴を有している。
【0018】
ところで、ヒトの生体内において、リンパ節など、検体として想定される部位は、結合組織に包まれて存在しており、これらの結合組織(脂肪やコラーゲンなど)は、青色の励起光のもとで青〜緑の波長域に強い自家蛍光を発する。この自家蛍光の波長帯は、PpIXなどのポルフィリン類から発せられる蛍光の波長帯と一部において重なり合いを有している。
【0019】
図3は、ヒト生体内に含まれる自家蛍光性を有する物質として代表的なコラーゲンとFAD(Flavin Adenine Dinucleotide:フラビンアデニンジヌクレオチド)の蛍光スペクトルを示す図面である。なお、
図3では、PpIXの蛍光スペクトルを併せて図示している。
【0020】
コラーゲンは500nm近傍に蛍光のピークを有し、当該ピーク波長よりも長波長側において滑らかに蛍光強度が低下している。また、FADは530nm近傍に蛍光のピークを有し、当該ピーク波長よりも長波長側において滑らかに蛍光強度が低下している。いずれの物質においても、波長650nm近傍において、ピーク波長における蛍光強度よりは低いものの、ある程度の蛍光強度を有していることが確認される。
【0021】
図4は、上記コラーゲンやFADといった自家蛍光物質とPpIXとを含む検体の蛍光スペクトルの一例を示す図面である。
図4において、(a)はPpIX単独の蛍光スペクトルを示し、(b)は自家蛍光物質由来の蛍光スペクトルを示し、(c)は実際に計測される蛍光スペクトルを示している。なお、
図4において、(a)、(b)、(c)は、それぞれにおいて規格化された値でグラフ化したものを同一図面上に重ね合わせたものであり、(a)、(b)、(c)の相互間においては、グラフの縦軸の値の大小関係は必ずしも一致しない。
【0022】
PpIXの蛍光スペクトルは、
図4(a)に示すように、波長635nm付近にピーク値を有している。このため、検体に自家蛍光部位が含まれていない場合においては、検体から発せられる光のうち、この波長635nm付近の光を分光して検出し、その強度分布を調べることによって、当該強度が高い部位、より詳細には所定の閾値を上回る蛍光強度を示す部位を腫瘍部位と判別することが可能である。
【0023】
しかし、実際には検体に自家蛍光部位が含まれるため、検体から発せられる光のうち、ポルフィリン類由来の蛍光の主たるピーク波長帯付近の光を分光して検出すると、自家蛍光物質由来の蛍光が重ね合わせられる。
図4によれば、ポルフィリン類としてPpIXを想定する場合、波長635nm付近の光を分光して検出した場合においても、自家蛍光物質由来の蛍光が重ね合わせられることが分かる。このため、PpIXが蓄積されていない部位においても、波長635nm付近の蛍光強度が認められてしまう。自家蛍光物質由来の蛍光の強度は、検体として抽出した組織の部位によっても異なるし、個人差も有する。このため、波長635nm付近の蛍光強度が所定の閾値を上回っている部位を腫瘍部位と判別する方法を採用すると、場合によってはPpIXが蓄積されていないにもかかわらず、自家蛍光物質由来の蛍光の強度が高いという理由で、非腫瘍部位を誤って腫瘍部位と判別してしまうおそれがある。
【0024】
ところで、
図3によれば、例えば730nm以上の波長帯の領域においては、FADやコラーゲンの蛍光の強度は確認されるものの、PpIXの蛍光の強度は極めて小さい。また、
図2A及び
図2Bを参照すれば、この波長帯の領域では、インジゴカルミンやメチレンブルーといった色素に由来する吸収スペクトルに対しても実質的に重複していない。よって、工程(c)において分光検出される蛍光の強度は、ほぼ自家蛍光物質から放射された蛍光の強度に対応すると判断できる。
【0025】
図3によれば、FADやコラーゲンの蛍光スペクトルは、波長に応じて所定の関係性を有している。
図4(b)にもこの傾向が示されている。このため、工程(c)において分光検出される蛍光の強度に基づいて、ポルフィリン類由来の蛍光成分が高い波長帯における、自家蛍光由来の蛍光強度を算定することが可能である。つまり、工程(b)で得られた第一画像情報と、工程(c)で得られた第二画像情報に基づいて、ポルフィリン類から発せられた蛍光の強度分布に関する情報を取得することができる(工程(d))。
【0026】
以上のように、本発明の方法によれば、工程(d)において得られた第三画像情報は、色素による蛍光の吸収の影響と、自家蛍光部位から発せられる自家蛍光の影響とが排除された、ポルフィリン類由来の蛍光の強度分布に基づくものであるため、この情報に基づいて、従来よりも正確に腫瘍部位と非腫瘍部位との判別を行うことができる。
【0027】
前記工程(d)は、
前記第二画像情報に基づいて、前記工程(b)で取得された前記第一波長帯の光のうち、前記自家蛍光部位から発せられた蛍光強度を演算により推定する工程(d1)と、
前記第一画像情報から、前記(d1)で推定された蛍光強度に関する情報を差し引く工程(d2)とを有するものとしても構わない。
【0028】
なお、この工程(d1)としては、種々の方法を採用することができる。一例としては、第二波長帯の蛍光強度に対して所定の係数を乗じた値をもって、自家蛍光部位から発せられた第一波長帯の蛍光強度を算定するものとしても構わない。すなわち、工程(d)としては、前記第一画像情報に対応したデータI
s1、前記第二画像情報に対応したデータI
s2、予め定められた係数Aを用いて、下記式(1)で算出された値I
pをもって前記第三画像情報を取得するものとすることができる。
I
p = I
s1−A・I
s2‥‥‥(1)
【0029】
前記ポルフィリン類がプロトポルフィリン類であるものとしても構わない。更にこの前記プロトポルフィリン類をプロトポルフィリンIXとし、前記工程(b)において、波長700nm近傍の蛍光を分光検出し、前記工程(c)において、波長740nm近傍の蛍光を分光検出するものとしても構わない。
【0030】
なお、ここでいう「近傍」とは、中央値に対して±10nmの範囲内であるものとすることができ、中央値に対して±5nmの範囲内であるのがより好ましい。
【0031】
図3及び
図4によれば、PpIXの蛍光スペクトルは、波長700nm近傍においてピークを有し、波長740nm近傍において、ほとんど出力を認めない。そして、700nm近傍から740nm近傍にかけて、PpIXの蛍光スペクトルは単調に減少している。そして、
図2A及び
図2Bによれば、波長700nm近傍、及び波長740nm近傍においては、色素の吸収スペクトルはほぼ0を示している。
【0032】
よって、工程(c)において、波長740nm近傍の光を分光することで得られた光出力は、色素による吸収の影響が排除された、自家蛍光部位から発せられた蛍光の出力である。そして、この値に基づいて、波長700nm近傍における、自家蛍光部位由来の蛍光出力を演算により算定することができる。また、工程(b)において波長700nm近傍の光を分光することで得られた光出力は、色素による吸収の影響が排除された、自家蛍光部位由来の蛍光と、PpIX由来の蛍光とが重ね合わされたものである。よって、上で算定された、波長700nm近傍における自家蛍光部位由来の蛍光出力と、工程(b)において検出された、波長700nm近傍の蛍光出力の値に基づいて、波長700nm近傍のPpIX由来の蛍光出力が算定される。この値の大小によって、腫瘍部位と非腫瘍部位の判別を行うことができる。
【0033】
また、本発明は、同定用の色素を含有する腫瘍部位及び自家蛍光部位を含む検体の、前記腫瘍部位に蓄積するポルフィリン類に励起光を照射して、励起後の前記ポルフィリン類が発する蛍光を検出する腫瘍部位の判別装置であって、
前記励起光を発する光源部と、
前記検体から発せられる蛍光のうち、所定の波長帯の光を分光して検出する受光部と、
前記受光部で受光された光の強度に基づいて、腫瘍部位と非腫瘍部位の判別を行う演算処理部とを有し、
前記受光部は、前記検体から発せられる蛍光のうち、前記色素に由来する吸収スペクトルと実質的に重複しない第一波長帯の光、及び、前記第一波長帯よりも長波長側の光であって、前記色素に由来する吸収スペクトルと実質的に重複せず、前記ポルフィリン類から発せられる蛍光のスペクトルとも実質的に重複しない第二波長帯の光を分光して検出することが可能な構成であることを特徴とする。
【0034】
受光部によって分光検出された第一波長帯の光の強度は、検体に含まれる自家蛍光部位から発せられた蛍光と、ポルフィリン類から発せられた蛍光の強度に基づくものであり、色素による吸収がほとんど又は全く存在しない。また、受光部によって分光検出された第二波長帯の光の強度は、検体に含まれる自家蛍光部位から発せられた蛍光の強度に基づくものであり、色素による吸収がほとんど又は全く存在しない。よって、受光部によって得られた、第二波長帯の光の強度に基づいて、第一波長帯の光のうち、自家蛍光部位由来の光強度を認定することができる。これにより、色素による蛍光の吸収の影響と、自家蛍光部位から発せられる自家蛍光の影響とが排除された、ポルフィリン類由来の蛍光の強度分布が得られる。よって、本装置によれば、この情報に基づいて、従来よりも正確に腫瘍部位と非腫瘍部位との判別を行うことができる。
【0035】
ここで、前記判別装置は、前記第一波長帯の光を透過させる第一フィルタと、
前記第二波長帯の光を透過させる第二フィルタとを備え、
前記受光部は、
前記検体から発せられる蛍光のうち前記第一フィルタを透過した光を受光することで前記第一波長帯の光を分光して検出し、
前記検体から発せられる蛍光のうち前記第二フィルタを透過した光を受光することで前記第二波長帯の光を分光して検出する構成であるものとしても構わない。
【0036】
上記の構成において、前記検体と前記受光部の間の光路上において、前記第一フィルタと前記第二フィルタとを切り替えて配置可能に構成されたフィルタ切替部を備えるものとしても構わない。
【0037】
ここで、前記色素としては、インジゴカルミン、メチレンブルーのいずれか一つを含むものとすることができる。
【0038】
前記演算処理部は、
前記受光部で分光して検出された前記第一波長帯の光の強度分布に対応した第一画像情報を作成し、
前記受光部で分光して検出された前記第二波長帯の光の強度分布に対応した第二画像情報を作成し、
前記第一画像情報と前記第二画像情報とに基づいて、前記ポルフィリン類から発せられた蛍光の強度分布に対応した第三画像情報を作成し、
前記第三画像情報に基づいて腫瘍部位と非腫瘍部位との判別を行うものとしても構わない。
【0039】
具体的な一例として、ポルフィリン類をプロトポルフィリン類としても構わない。更にこの前記プロトポルフィリン類をプロトポルフィリンIXとし、前記受光部が、波長700nm近傍の蛍光、及び波長740nm近傍の蛍光を、それぞれ分光検出可能に構成されることができる。