特開2017-194447(P2017-194447A)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特開2017-194447変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法、この動態解析方法を用いた変性SBRポリマーの製造方法及び当該製造方法によって製造した変性SBRポリマー
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-194447(P2017-194447A)
(43)【公開日】2017年10月26日
(54)【発明の名称】変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法、この動態解析方法を用いた変性SBRポリマーの製造方法及び当該製造方法によって製造した変性SBRポリマー
(51)【国際特許分類】
   G01Q 30/20 20100101AFI20170929BHJP
   G01Q 60/24 20100101ALI20170929BHJP
   G01Q 30/10 20100101ALI20170929BHJP
   G01Q 30/14 20100101ALI20170929BHJP
   G01N 33/44 20060101ALI20170929BHJP
   C08C 19/20 20060101ALI20170929BHJP
【FI】
   G01Q30/20
   G01Q60/24
   G01Q30/10
   G01Q30/14
   G01N33/44
   C08C19/20
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
【全頁数】25
(21)【出願番号】特願2016-252418(P2016-252418)
(22)【出願日】2016年12月27日
(31)【優先権主張番号】特願2016-83270(P2016-83270)
(32)【優先日】2016年4月19日
(33)【優先権主張国】JP
(71)【出願人】
【識別番号】304024430
【氏名又は名称】国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】100154966
【弁理士】
【氏名又は名称】海野 徹
(72)【発明者】
【氏名】篠原 健一
【テーマコード(参考)】
4J100
【Fターム(参考)】
4J100AB02Q
4J100AS02P
4J100CA04
4J100CA31
4J100HA37
4J100HA61
4J100HC36
4J100HC70
4J100HE00
4J100HF00
4J100JA29
(57)【要約】      (修正有)
【課題】変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法、この動態解析方法を用いた変性SBRポリマーの製造方法及び当該製造方法によって製造した変性SBRポリマーを提供する。
【解決手段】本発明は、SBRポリマー鎖の鎖中等に変性基を導入して成る変性SBRポリマーを有機溶媒に溶解させ、当該希薄溶液中に変性SBRポリマー鎖一本一本を分散させるステップと、表面に水酸基を有する又は化学修飾により表面に水酸基を生成させた物質からなる観測基板の表面を有機溶媒でリンスすることで吸着水を除去するステップと、希薄溶液を観測基板表面に滴下してスピンキャストし、変性基と観測基板表面の水酸基とを結合・相互作用させることで変性SBRポリマー鎖一本一本を分散した状態で観測基板表面に固定するステップと、高速原子間力顕微鏡又は原子間力顕微鏡を用いて観測基板表面に固定した変性SBRポリマー鎖一本の動態画像を取得するステップとを備える。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
SBRポリマー鎖の鎖中及び/又は鎖末端に変性基を導入して成る変性SBRポリマーを有機溶媒に溶解させ、当該希薄溶液中に前記変性SBRポリマー鎖一本一本を分散させる第1ステップと、
表面に水酸基を有する又は化学修飾により表面に水酸基を生成させた物質からなる観測基板の表面を有機溶媒でリンスすることで吸着水を除去する第2ステップと、
必要に応じて前記希薄溶液を更に有機溶媒で希釈化したあと、前記希薄溶液を前記観測基板表面に滴下してスピンキャストし、前記変性基と前記観測基板表面の水酸基とを結合・相互作用させることで前記変性SBRポリマー鎖一本一本を分散した状態で前記観測基板表面に固定する第3ステップと、
高速原子間力顕微鏡又は原子間力顕微鏡を用いて前記観測基板表面に固定した前記変性SBRポリマー鎖一本の動態画像を取得する第4ステップとを少なくとも備えることを特徴とする変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法。
【請求項2】
前記物質がマイカであり、マイカの表面を劈開することで前記観測基板を形成することを特徴とする請求項1に記載の変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法。
【請求項3】
前記第4ステップにおいて高速原子間力顕微鏡を用いる場合に、当該高速原子間力顕微鏡が、前記物質を保持する試料ホルダと、当該試料ホルダを探針に対して移動させるアクチュエータと、当該アクチュエータを前記試料ホルダと一体的に前記探針に対して移動させるマイクロメータとを備えており、
前記第4ステップが、前記アクチュエータと前記試料ホルダを一体的に前記マイクロメータで移動させながら前記物質表面に固定した前記変性SBRポリマー鎖を探索する第4−1ステップと、探索により発見した前記変性SBRポリマー鎖一本の動態画像を取得する第4−2ステップとに分割されることを特徴とする請求項1又は2に記載の変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法。
【請求項4】
更に、前記動態画像を構成する各静止画像のうち任意の1画像を選択する第5ステップと、
選択した静止画像を用いて前記変性SBRポリマー鎖一本の複数部位に番号付けを行う第6ステップと、
前記番号付けを行った部位の変位計測を前記各静止画像に対して行う第7ステップと、
前記番号付けを行った部位の変位計測値に基づいて、当該部位の移動量、移動速度、移動加速度、3点間角度、拡散係数、前記変性SBRポリマー鎖一本のバネ定数及び/又は力のうち少なくとも一つを算出する第8ステップとを備えることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法。
【請求項5】
更に、環境温度を変更することで、温度変化による変性SBRポリマー鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法。
【請求項6】
更に、溶媒の種類、観測基板の種類又は溶媒と観測基板の両者の種類を変更することで、溶媒変更、観測基板変更又は溶媒と観測基板の両者の変更による変性SBRポリマー鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法。
【請求項7】
更に、変性SBRポリマー鎖一本に対して光を照射すると共に当該照射光の波長を変更することで、照射光の波長変更による変性SBRポリマー鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法。
【請求項8】
前記変性SBRポリマー鎖一本の動態画像が、材料加工を行う前の変性SBRポリマーの変性SBRポリマー鎖一本の動態画像と、材料加工を行った後の変性SBRポリマーの変性SBRポリマー鎖一本の動態画像であり、両画像を比較しながら解析するステップを含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の動態解析方法を使用して、変性SBRポリマー鎖一本が所望の構造を備えているか否かを解析する工程を備えることを特徴とする変性SBRポリマーの製造方法。
【請求項10】
請求項9に記載の変性SBRポリマーの製造方法を使用して製造したことを特徴とする変性SBRポリマー。
【請求項11】
請求項1〜8のいずれか一項に記載の動態解析方法によってデータを得る工程と、当該データに基づき変性SBRポリマー合成反応を制御する工程とを含むことを特徴とする変性SBRポリマーの製造方法。
【請求項12】
請求項11に記載の変性SBRポリマーの製造方法を使用して製造したことを特徴とする変性SBRポリマー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高速原子間力顕微鏡又は原子間力顕微鏡で取得した変性SBRポリマー鎖一本の画像に基づいてその動態を測定し、変性SBRポリマーの構造物性相関等を明確化するための変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車タイヤの特性を決定付けるトレッドに使われるゴムには、スチレンとブタジエンのコポリマーゴム(SBR:スチレンブタジエンゴム。スチレンと1,3-ブタジエンの共重合体)が使用されている。これに親水性シリカ微粒子を添加することで、有機無機ハイブリッド材料となり格段にタイヤ性能が向上する。最近ではタイヤ開発においてより一層の高性能化すなわちウェットグリップ性能と燃費性能の両立が要求されている。
そこで、有機合成化学的手法によりSBRポリマーに狙った個数の変性基を導入して変性基と親水性シリカ微粒子との結合・相互作用を制御することでSBRポリマー鎖の運動性を最適化し、上記要求を満たすという製品開発がなされている。
図27は親水性シリカ微粒子を配合した変性SBRポリマーの構造を概略的に示している。
変性基の導入位置及び種類を最適化することで変性基と親水性シリカ微粒子とを効率よく配合でき、これにより変性SBRポリマー鎖の不要な発熱が抑制されて低燃費性、すなわち低発熱性および低転動抵抗が実現する。
【0003】
従来の分析手法、例えばNMR (Nuclear Magnetic Resonance)ではポリマー鎖の繰り返しユニットや短鎖分岐構造を同定することができる。また、GPC(Gel Permeation Chromatography)/SEC (Size Exclusion Chromatography)ではポリマー鎖の平均分子量や分散度を知る事ができる。また動的粘弾性測定では、固体状態のポリマーの損失正接(tanδ)特性からタイヤ性能の指標を得ることは出来る。
しかし、このような従来の分析手法では、変性SBRポリマーへの変性基の導入位置や、変性基の親水性シリカ微粒子に対する定着性を測定するのは容易ではなく、仮定や推測に基づいて判断せざるを得なかった。
また、これまでの高分子開発では、材料特性評価(材料加工の各種試験や粘弾性測定など)に比較的大量の試料が必要であるため全ての開発検討品について大量合成を行い、そのうち要求性能を満足できない大半の試料は廃棄せざるを得ず、多くの無駄が生じているという問題もあった。
【0004】
本願発明者は高分子材料及び素材高分子を分子レベルで直接観察できれば、ポリマー鎖一本に関する静態・動態について上記仮定や推測を最小限に抑え、上記従来手法で得られた情報と併せることで定量的に議論することが可能であると考えた。
そして、原子・分子の微細構造を画像化することが可能な走査プローブ顕微鏡(SPM: Scanning Probe Microscope)の一種である原子間力顕微鏡(AFM: Atomic Force Microscope)や、これを独自に改良して高速化した高速原子間力顕微鏡(特許文献1)を使用して、ポリマー鎖一本の大気中における静態や、有機溶媒中における動態を直接観察することに成功している(例えば非特許文献1〜3)。
この独自開発の高速原子間力顕微鏡はアクチュエータが重量物となる溶液セルを移動させないため、高い共振周波数を維持して走査することを可能としている。溶液セル内に有機溶媒を収容し、また試料ホルダにポリマー鎖を一本一本分散させた状態にした後に溶液セルに浸すと、ポリマー鎖一本について静態・動態の画像を取得することが可能となる。
【0005】
また、本願発明者は高速原子間力顕微鏡等を使用したポリマー鎖一本の動態解析方法を開発した(特許文献2)。この方法は高分子の構造動態と材料物性の関係解明に役立てることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012−032389号公報
【特許文献2】国際公開第2014/104172号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】篠原ら,Chem. Lett. 36, pp. 1378-1379 (2007)
【非特許文献2】篠原ら,Chem. Lett. 38, pp. 690-691 (2009)
【非特許文献3】篠原ら,J. Polym. Sci. A48, pp. 4103-4107 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
変性SBRポリマー鎖の動態が解明されれば、変性SBRポリマーへの変性基の導入位置や、変性基の親水性シリカ微粒子に対する定着性を測定でき、得られたパラメータをゴム材料の設計に利用することで、ウェットグリップ性能と燃費性能を高い次元で両立させたタイヤを開発できる。
上記特許文献2の動態解析方法は一般的な高分子材料のポリマー鎖一本の動態解析には有用であるが、変性SBRポリマーへの変性基の導入位置等を測定するには更なる改良が必要であった。
【0009】
本発明は、高速原子間力顕微鏡又は原子間力顕微鏡を用いた変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法を提供することを目的とする。また、この動態解析方法を用いた変性SBRポリマーの製造方法及び当該製造方法によって製造した変性SBRポリマーを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法は、SBRポリマー鎖の鎖中及び/又は鎖末端に変性基を導入して成る変性SBRポリマーを有機溶媒に溶解させ、当該希薄溶液中に前記変性SBRポリマー鎖一本一本を分散させる第1ステップと、表面に水酸基を有する又は化学修飾により表面に水酸基を生成させた物質からなる観測基板の表面を有機溶媒でリンスすることで吸着水を除去する第2ステップと、必要に応じて前記希薄溶液を更に有機溶媒で希釈化したあと、前記希薄溶液を前記観測基板表面に滴下してスピンキャストし、前記変性基と前記観測基板表面の水酸基とを結合・相互作用させることで前記変性SBRポリマー鎖一本一本を分散した状態で前記観測基板表面に固定する第3ステップと、高速原子間力顕微鏡又は原子間力顕微鏡を用いて前記観測基板表面に固定した前記変性SBRポリマー鎖一本の動態画像を取得する第4ステップとを少なくとも備えることを特徴とする。
また、前記物質がマイカであり、マイカの表面を劈開することで前記観測基板を形成することを特徴とする。
また、前記第4ステップにおいて高速原子間力顕微鏡を用いる場合に、当該高速原子間力顕微鏡が、前記物質を保持する試料ホルダと、当該試料ホルダを探針に対して移動させるアクチュエータと、当該アクチュエータを前記試料ホルダと一体的に前記探針に対して移動させるマイクロメータとを備えており、前記第4ステップが、前記アクチュエータと前記試料ホルダを一体的に前記マイクロメータで移動させながら前記物質表面に固定した前記変性SBRポリマー鎖を探索する第4−1ステップと、探索により発見した前記変性SBRポリマー鎖一本の動態画像を取得する第4−2ステップとに分割されることを特徴とする。
【0011】
また、更に、前記動態画像を構成する各静止画像のうち任意の1画像を選択する第5ステップと、選択した静止画像を用いて前記変性SBRポリマー鎖一本の複数部位に番号付けを行う第6ステップと、前記番号付けを行った部位の変位計測を前記各静止画像に対して行う第7ステップと、前記番号付けを行った部位の変位計測値に基づいて、当該部位の移動量、移動速度、移動加速度、3点間角度、拡散係数、前記変性SBRポリマー鎖一本のバネ定数及び/又は力のうち少なくとも一つを算出する第8ステップとを備えることを特徴とする。
また、更に、環境温度を変更することで、温度変化による変性SBRポリマー鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことを特徴とする。
また、更に、溶媒の種類、観測基板の種類又は溶媒と観測基板の両者の種類を変更することで、溶媒変更、観測基板変更又は溶媒と観測基板の両者の変更による変性SBRポリマー鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことを特徴とする。
また、更に、変性SBRポリマー鎖一本に対して光を照射すると共に当該照射光の波長を変更することで、照射光の波長変更による変性SBRポリマー鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことを特徴とする。
また、前記変性SBRポリマー鎖一本の動態画像が、材料加工を行う前の変性SBRポリマーの変性SBRポリマー鎖一本の動態画像と、材料加工を行った後の変性SBRポリマーの変性SBRポリマー鎖一本の動態画像であり、両画像を比較しながら解析するステップを含むことを特徴とする。
【0012】
本発明の変性SBRポリマーの製造方法は、上記動態解析方法を使用して、変性SBRポリマー鎖一本が所望の構造を備えているか否かを解析する工程を備えることを特徴とする。
本発明の変性SBRポリマーは、上記変性SBRポリマーの製造方法を使用して製造したことを特徴とする。
【0013】
本発明の変性SBRポリマーの製造方法は、上記動態解析方法によってデータを得る工程と、当該データに基づき変性SBRポリマー合成反応を制御する工程とを含むことを特徴とする。
本発明の変性SBRポリマーは、上記変性SBRポリマーの製造方法を使用して製造したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明は表面に水酸基を有する又は化学修飾により表面に水酸基を生成させた物質からなる観測基板の表面を親水性シリカ微粒子の表面として模擬する点が特徴の一つである。
観測基板に用いる物質としては特にシリカが好ましい。
本願発明者はマイカと親水性シリカ微粒子が共にシラノール基(Si-OH基)を表面に有している点に着目し、マイカを観測基板として利用するという着想を得た。
なお、観測基板としてマイカ以外にも表面に水酸基を有する又は化学修飾により表面に水酸基を生成させた物質、例えばシリカ、タルク、クレイ、ガラス、セルロース、カーボンブラック、グラファイト、グラフェン等を用いてもよい。
基板としてのマイカ等の表面にある水酸基と、変性SBRポリマー鎖中及び/又は鎖末端に導入した変性基とを結合・相互作用させることで、SBRポリマーの鎖中及び/又は鎖末端に導入した変性基と親水性シリカ微粒子との結合・相互作用状態を模擬的に再現できる。
これにより、変性SBRポリマー鎖の変性基の導入位置や、変性基の親水性シリカ微粒子に対する定着性を測定でき、得られたパラメータをゴム材料の設計に利用することで、ウェットグリップ性能と燃費性能を高い次元で両立させたシリカ配合タイヤを開発できる。
本発明の動態解析方法を非変性SBRポリマーに対しても行ない、変性SBRポリマー鎖と非変性SBRポリマー鎖の運動性を比較することで、変性SBRポリマー鎖の運動性を定量的に評価することができる。
【0015】
本発明は変性SBRポリマー鎖一本の各部位に番号付けを行った上で、各部位の変位を計測することで当該部位の移動量、移動速度、移動加速度、3点間角度(3点がなす角度)、拡散係数、変性SBRポリマー鎖一本のバネ定数及び/又は力のうち少なくとも一つを算出するものであり、変性SBRポリマーの動態と物性との関係解明に利用できる。
また、溶媒の種類を変更することで、これら変更が変性SBRポリマー鎖一本の動態の変化に如何なる影響を与えるかを解明することができる。
また、多様な変性SBRポリマーの動態を解明し、その機能性を評価し、これらをデータベース化していくことで、所望の分子構造を作るために必要な反応条件が分かるようになり、高分子科学・工業分野の材料開発に技術革新をもたらすことができる。
【0016】
なお、変性SBRポリマー鎖一本の動態画像は高速原子間力顕微鏡又は原子間力顕微鏡によって得ることができる。特に、溶液中(溶媒中)での観測が可能となるように改良を施した高速原子間力顕微鏡を用いることにすれば、試料ホルダに変性SBRポリマー鎖を一本一本分散させた状態にすることで、ポリマー鎖一本についてフレームレート1fps以上で画像を取得することが可能となり、ナノメートルのオーダーで変性SBRポリマー鎖一本の動態の観測が可能となる。また、変性SBRポリマー鎖の分岐構造と運動性との相関関係、変性SBRポリマー鎖の基板への結合・相互作用の関係及び変性SBRポリマーの変性SBRポリマー合成反応条件との関係などについて明らかにすることができる。
【0017】
変性SBRポリマー鎖一本を動態解析することで、材料加工のプロセスにおいて時々刻々変化する変性SBRポリマー鎖一本の構造と動態を分子レベルで解明できる。また、材料加工前後の変性SBRポリマー鎖一本の構造と動態の変化を分子レベルで解明できる。
そのようにして得られた知見に基づいて変性SBRポリマーの構造に応じた最適な加工条件を見出すことができる。さらに変性SBRポリマーの構造に応じた極限材料性能を発現させることができる。これは高分子材料開発における究極の手法といえる。
また、本発明の動態解析方法を変性SBRポリマーの既存の製造プロセスに組み込むことで、所望の機能を持った高分子材料を精度よく且つ効率的に製造することができる。すなわち、高速原子間力顕微鏡や高分解能原子間力顕微鏡を用いて変性SBRポリマー鎖一本の画像を取得する1分子イメージング法は、測定に必要な試料量が極めて微量で済む上に、従来法では得られない構造とダイナミクスを直接計測できるのが特徴である。そこで、本発明の方法によってまずごく微量だけ合成した変性SBRポリマー試料を1分子イメージングし、所望の機能を有する可能性が高い試料にある程度当たりを付けた上で大量合成するという開発工程を確立できるので、これまでの変性SBRポリマー開発で問題となっていた開発検討品の大量廃棄が不要となり、大幅なコストダウンと迅速化が両立した「無駄を最小限に抑え、最高性能を引き出す」夢の変性SBRポリマー開発を実現できる。
【0018】
なお、本明細書においては1画像あたり1秒以下、換言するとフレームレートが1fps(Frames Per Second)以上で画像を取得できる原子間力顕微鏡を「高速原子間力顕微鏡」と表記し、1fps未満の原子間力顕微鏡を単に「原子間力顕微鏡」と表記する。
原子間力顕微鏡および高速原子間力顕微鏡を含むSPMは、試料走査型と探針走査型の二方式に大別されるが、静態・動態の画像を取得することが可能であれば、いずれの方式でも本発明に使用できる。
また、材料表面等に存在する変性SBRポリマー鎖一本の構造変化、例えばポリマー鎖の形態すなわち紐の形の変化は、当該ポリマー鎖がその周囲の変性SBRポリマー鎖によって拘束されていることから非常に速度が遅い場合がある。このような場合には必ずしも上記高速原子間力顕微鏡を使用して動態画像を取得する必要がなく、1フレームを取得するのに数分間を要するような上記原子間力顕微鏡を使用すれば足りる。このような原子間力顕微鏡を使用して取得した各画像は一般的には静止画像になるが、本明細書においては、時系列に沿って取得した静止画像が2枚以上存在していれば、これら静止画像を時系列で繋げて構成した画像群も「動態画像」に含めるものとする。
また、動態画像の取得に高速原子間力顕微鏡を用いる場合、第4−1ステップとして、試料ホルダを移動させるためのアクチュエータ自体をマイクロメータ(例えばスピンドルピッチ0.1 mmの高精度ねじのマイクロメータヘッド)で移動させながらマイカ表面に固定した変性SBRポリマー鎖を探索するのが好ましい。
【0019】
高速原子間力顕微鏡による実際の観測作業において、アクチュエータによって試料ホルダ(マイカ表面)を探針に相対的に近づけて(アプローチして)いき、その後、走査を開始した場所に一本のポリマー鎖が理想的な形ですぐに見つかることは稀である。通常はポリマー鎖が丸まってしまい紐状になっていなかったり、複数本が絡みあっていて一本鎖を特定できない等の不具合があるため何度もアプローチし直す必要がある。
本発明ではアプローチした結果、ポリマー鎖が好ましい状態で無い又はポリマー鎖が存在しないことが判明した場合、マイクロメータを利用してアクチュエータ及び試料ホルダを大きく移動させ、観測場所を変える点に特徴がある。
なお、マイクロメータは通常はアプローチの準備段階で試料を探針の上方に位置合わせする際に使用している。
【0020】
観測者は顕微鏡動画像を表示するモニターを見ながらマイクロメータを使って例えば数百ナノメートル毎秒程度の移動速度でマイカ表面上のポリマー鎖を探索していくことができる。
試料を上記速度でXY方向に移動させている過程において、例え探針がタップしているその場所に凹凸が存在していたとしても高速原子間力顕微鏡が備える高速フィードバック機構は常時作動しているので、瞬時に試料表面を探針に対して相対的にZ方向に移動(伸縮)させるため、探針によるタッピング力は常に一定に保たれ、ポリマー鎖が探針によって押し潰されたり、引っ掛かって損傷してしまう事態を未然に防止できる。
このように、高速原子間力顕微鏡を用いる場合には、マイクロメータでアクチュエータ自体を大きく移動させることによって動態解析に好ましい状態の高分子鎖一本を素早く見つけ出し、観測の効率を大幅に向上させることができる。
なお、通常の原子間力顕微鏡(1 fps未満)では、観測中に試料ホルダをマイクロメータで移動させてしまうと、試料の高さの瞬間的な変化にZ方向のフィードバックが間に合わない。例えば、瞬間的に試料が高くなった場合には、Z方向のフィードバックが働くまでの間、探針が試料を強く叩き潰したり、移動によってXY方向に試料自体が動くため探針が試料を引っ掛けた状態で走査してしまい、いわゆる「掃く」ことになってしまう。また探針やカンチレバーが折れるなど破損が生じることもある。したがって、通常の原子間力顕微鏡では観測中に試料ホルダをマイクロメータで移動させることが事実上できない。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】高速原子間力顕微鏡の外観の一部を示す斜視図(a)及び構造を示す図(b)
図2】基板としてのマイカの表面に固定した変性SBRポリマー鎖を示す図
図3】溶液セルに試料ホルダをセットした状態を示す図
図4】高分子鎖一本の体幹を線で示した図
図5】高分子鎖一本の複数部位に番号付けを行った状態を示す図(a)及び(b)
図6】各静止画像に関して各部位の変位計測を行った状態を示す図(a)〜(d)
図7】各部位のX方向への移動量を縦軸、時間を横軸にとったグラフ
図8】各部位のY方向への移動量を縦軸、時間を横軸にとったグラフ
図9】各部位の移動速度を縦軸、時間を横軸にとったグラフ
図10】各部位の移動加速度を縦軸、時間を横軸にとったグラフ
図11】各部位の3点間角度を縦軸、時間を横軸にとったグラフ
図12】「3点間角度」を説明するための図
図13】カルボキシル(COOH)変性SBRポリマー鎖一本の静止画像を時系列で並べた図
図14】COOH変性SBRポリマー鎖に沿って複数部位に番号付けを行った状態を示す図
図15】番号付けを行った各部位の軌跡を示す図
図16】各点の平均二乗変位 MSD (nm2) を縦軸、時間 Δt (s) を横軸にとったグラフ(MSD−Δtプロット)
図17】0.2 s ≦ Δt ≦ 0.8 s における変性SBRポリマー鎖のブラウン運動(計測点1)およびミクロブラウン運動(計測点2-18)の拡散係数(D)を計測したグラフ(MSD−Δtプロット)
図18】カルボキシル基を導入した4箇所の計測結果を示す図
図19】変性SBRポリマー鎖中の玉状構造体の重心をトラッキングする方法で得た軌跡データを元にした0.2 s ≦ Δt ≦ 0.8 s におけるグラフ(MSD−Δtプロット)
図20】番号付けの他の実施例を示す図
図21】非変性SBRポリマー鎖に沿って複数部位に番号付けを行った状態を示す図
図22】番号付けを行った各部位の軌跡を示す図
図23】各点の平均二乗変位 MSD (nm2) を縦軸、時間 Δt (s) を横軸にとったグラフ(MSD−Δtプロット)
図24】0.2 s ≦ Δt ≦ 2.0 s におけるグラフ(MSD−Δtプロット)
図25】カルボキシル変性SBRポリマー鎖がマイカ基板上で形成したネットワークをAFMムービー撮影して得た連続画像の抜粋(上)及び観測点1と2のMSD−Δtプロット(下)
図26】カルボキシル変性SBRポリマー鎖がマイカ基板上で形成したネットワークの静止画像を時系列で並べた図
図27】シリカ微粒子を配合したタイヤコンパウンドの内部構造を概略的に示す図
【発明を実施するための形態】
【0022】
本実施の形態では、高速原子間力顕微鏡を使用して得られた溶液中の変性SBRポリマー鎖一本の動態画像に基づく動態解析方法について説明する。なお、高速原子間力顕微鏡の構成は本願発明者による特開2012−032389号公報に記載したもの(図1及び図3参照)と同様であるため詳細な説明は省略する。
なお、この高速原子間力顕微鏡は探針(カンチレバー)が下方に上向きで設置されていて、上方に下向きの試料が走査される仕組みになっているが(図1および図3参照)、これに限らず、探針(カンチレバー)が上方に下向きで設置されていて、下方に上向きの試料が走査される仕組みの高速原子間力顕微鏡を用いてもよい。これらは共に試料走査型の高速原子間力顕微鏡であるが、探針と試料が上下逆転した配置となっている。
また、以下の説明は二次元解析を基本とするが、原子間力顕微鏡のデータはX,Yの二次元のみならず高さ情報のZデータもあることから、三次元解析に拡張してもよい。すなわち、変性SBRポリマー鎖一本の各部位の高さ方向(Z方向)への移動量、移動速度、移動加速度、3点間角度、拡散係数等を算出し、これらをXY方向のデータと合わせて解析することにしてもよい。
【0023】
本発明の変性SBR鎖一本の動態解析方法は第1〜8の8つのステップで構成される。
まず第1ステップでは、SBRポリマー鎖の鎖中及び/又は鎖末端に変性基を導入して成る変性SBRポリマーを有機溶媒に溶解させ、当該希薄溶液中に前記変性SBRポリマー鎖一本一本を分散させる。
変性SBRの化学式は次のとおりである。
【化1】
変性基としては例えばカルボキシル基や、アミノ基、アミド基及び水酸基などの水素結合性の官能基であっても良い。またフィラーであるシリカの表面シラノール基とシロキサン結合を介して共有結合する官能基であっても良い。
なお、表面シラノール基を有する物質としては他にも無機系ケイ素材料のガラスやシリコンウエハー、有機系ケイ素材料の表面改質シリコーンゴムなどケイ素材料が挙げられる。シリコンウエハーを大気中におくとその表面にシラノール基が生成される。
変性基導入位置は、高分子鎖中に限定されない。高分子鎖の末端、すなわち片末端変性でもあるいは両末端変性であってもよい。
【0024】
[変性SBRポリマーの合成]
α-およびω-変性高分子の合成方法の例としては以下が挙げられる。
[鎖末端変性:開始反応で導入]
官能基Xを有する開始剤を用いてリビングアニオン重合を開始して、開始末端に官能基Xを有する高分子を合成する。
[鎖末端変性:停止反応で導入]
官能基Yを有する停止剤をリビングアニオン重合の終了時に反応させ、停止末端に官能基Yを有する高分子を合成する。
[両末端変性:開始と停止反応]
リビングアニオン重合に適用可能な官能基Xを有する開始剤、そして官能基Yを有する停止剤を用いて、片末端にXを有し、もう一方の片末端に官能基Yを有する高分子を合成する。
また、リビングアニオン重合の後に高分子反応で所望の官能基を導入することにしてもよい。
[鎖中変性:高分子反応]
ブタジエンを重合させると以下の3種類の構造ができる(重合反応条件でこれらの割合は制御可能)。トランス(上記化学式のb)、シス(e)、1,2-ビニル(c)である。このうち(c)にはビニル基があるので、ここに(重合反応の後で高分子反応として)チオール-エン クリック反応などで種々の官能基Zを高分子鎖中に導入する(d)。
また上記官能基(X, Y, Z)について、予め適当な置換基で保護した官能基を高分子に導入した後、所定の後処理で保護基を脱保護して所望の官能基に変換してもよい。また保護基を有する化学構造のまま高分子材料にフィラーを添加して、ゴム材を製造する混練工程等で脱保護反応を誘起して所望の官能基に変換すると同時にフィラーと結合・相互作用させることにしてもよい。
【0025】
[変性SBRの種類]
SBRとしては例えばE-SBR(乳化重合 SBR )やS-SBR(溶液重合 SBR)が挙げられるが、これらに限定されない。
また、次の化学式に示すBR(ブタジエンゴム:1,3-ブタジエンの重合体)を用いてもよい。
【化2】
この場合Li-BR(リチウム触媒で重合したシス含有量の低いローシス BR )、Co-BR(コバルト触媒で重合したシス含有量の高いハイシス BR )、Ni-BR(ニッケル触媒で重合したシス含有量の高いハイシス BR )、Nd-BR(ネオジム触媒で重合したシス含有量の特に高い超ハイシス BR)が挙げられるが、これらに限定されない。
また、コポリ(スチレン/ブタジエン)に限定されず、ポリブタジエンでも良く、共役ジエンをモノマーあるいはコモノマーとする重合体および共重合体にこの構造解析法は適用できる。
【0026】
[希薄溶液の調製]
変性SBRを有機溶媒(例えば溶媒テトラヒドロフラン(THF))に溶解させて希薄溶液を調製する。当該希薄溶液中では変性SBRポリマー鎖一本一本が分散した状態になっている。
なお、SBRポリマー鎖の凝集を防止するために、有機溶媒中には微量の水分も含まないようにするのが好ましい。
また、変性SBRの量は例えば5 mgで、THFを用いて例えば5 ml, 0.1% w/Vの希薄溶液を調製すればよい。
【0027】
第2ステップでは、劈開したマイカの表面を、水を溶解可能な有機溶媒、例えばTHFでリンスすることで吸着水を除去する。マイカは観測基板として利用することになる。
吸着水の除去作業は乾燥空気雰囲気中で行うのが好ましい。有機溶媒としては例えばTHFが挙げられるがこれに限定されない。
第3ステップでは、必要に応じて希薄溶液を更に有機溶媒で希釈化したあと、希薄溶液をマイカ表面に滴下してスピンキャストする。そして、変性基とマイカ表面の水酸基とを結合・相互作用させることで変性SBRポリマー鎖一本一本を分散した状態で前記マイカ表面に固定する。
希薄溶液を更に希釈化するか否かの判断は変性SBRポリマー鎖の分散状態に基づいて行えばよく、例えば0.1% w/Vの希薄溶液をTHFで更に1,000倍或いはそれ以上に希釈化する。
滴下する希薄溶液の量は例えば1〜10μl程度で、マイカの回転数は例えば1,500 r.p.m.程度が挙げられるがこれに限定するものではない。
マイカ表面に滴下された希薄溶液にはスピンによって遠心力が作用し、これにより発生する流れによって、変性SBRポリマー鎖一本一本を適度に伸長させることができる。
そして、マイカ表面に露出している水酸基と変性SBRポリマー鎖の変性基とを結合・相互作用させることで、図2に示すように変性SBRポリマー鎖一本一本が分散し、且つ適度に伸長した状態でマイカ表面に固定することができる。図2では変性基としてカルボキシル基を用いた場合を示している。
【0028】
第4ステップでは、高速原子間力顕微鏡を用いてマイカ表面に固定した変性SBRポリマー鎖一本の動態画像を取得する。
まず、図3に示すように、観測に用いる有機溶媒Sで満たした状態の溶液セル20に対し試料ホルダ30を試料SA(変性SBRポリマー鎖が固定されたマイカ)の表面が下向きとなる状態で有機溶媒Sに浸る位置でセットする。
観測用有機溶媒としては例えばn−オクチルベンゼンやn−オクチルエーテルが挙げられるが、変性SBRポリマー鎖の状態に応じて適宜選択すればよい。
そして、高速原子間力顕微鏡を駆動させることで変性SBRポリマー鎖一本の動態画像を取得する。高速原子間力顕微鏡のフレームレートは1fps以上であるため、変性SBRポリマー鎖一本一本の構造変化を直接的に動画像として観測することができる。
なお、観測中の環境温度としては室温(例えば25±1℃程度)で問題ないが、必ずしもこの温度範囲に限定されない。
【0029】
また、上記第1〜第4ステップの各ステップについて、乾燥空気雰囲気中で行ったり、あるいは変性基の反応性に応じてヘリウム、アルゴン、窒素等の不活性ガス雰囲気中で行うことにしてもよい。
なお、本実施の形態のように高速原子間力顕微鏡を用いる場合、第4ステップを、アクチュエータ40と試料ホルダ30を一体的にマイクロメータ100で移動させながらマイカ表面に固定した変性SBRポリマー鎖を探索する第4−1ステップと、探索により発見した変性SBRポリマー鎖一本の動態画像を取得する第4−2ステップとに分割してもよい。
また、観測試料の移動方法としては、試料走査型の高速原子間力顕微鏡であれば例えばアクチュエータ側を移動させればよいし、探針走査型の高速原子間力顕微鏡であれば、試料基板側を移動させればよい。
【0030】
第5ステップでは、第4ステップで取得した動態画像を構成する各静止画像から任意の1画像(図4参照)を選択する。通常は画像取得開始直後の1枚を選択すればよい。
第6ステップでは、第5ステップで選択した静止画像を用いて変性SBRポリマー鎖一本の複数部位に番号付けを行う(図5(a)参照)。番号付けの方法は特に限定されるものではないが、例えば主鎖の全長(一方の末端から他方の末端までの長さ)を測定し、適度な等間隔になるように番号を付せばよい。あるいは図5(b)に示すように高分子鎖が複数の分岐鎖を有する場合には、分岐点に近い主鎖末端に番号1を付し、当該主鎖末端から他方の主鎖末端に向かって各分岐点に順に2,3,…と番号を付し、他方の主鎖末端をm(mは2以上の自然数)とし、次に、分岐点2から当該分岐の末端をm+1としてもよい。なお、理解を容易にするために図中の主鎖並びに分岐鎖の各末端及び各分岐点に黒丸を付している。また、分岐鎖の末端と分岐点だけでなく、分岐鎖を適度に等分割した各点に番号付けしてもよい。
【0031】
第7ステップでは、第6ステップで番号付けを行った部位の変位計測を各静止画像に対して行う(図6参照)。例えば高速原子間力顕微鏡のフレームレートが5fpsであって撮像時間が10秒の場合、静止画像は50枚になるため、50枚の静止画像全て或いは適当な時間分の静止画像について変位計測を行えばよい。図6には(a)〜(d)の4枚の静止画像を示している。
第8ステップでは、第7ステップで番号付けを行った部位の変位計測値に基づいて、当該部位の移動量、移動速度、移動加速度、3点間角度(又は3点角度)、拡散係数、前記変性SBRポリマー鎖一本のバネ定数及び/又は力のうち少なくとも一つを算出する。
【0032】
図7のグラフは各部位のX方向への移動量を縦軸、時間を横軸にとったものであり、図8のグラフは各部位のY方向への移動量を縦軸、時間を横軸にとったものであり、図9のグラフは各部位の移動速度を縦軸、時間を横軸にとったものであり、図10のグラフは各部位の移動加速度を縦軸、時間を横軸にとったものであり、図11のグラフは各部位の3点間角度を縦軸、時間を横軸にとったものである。
「3点間角度」とは、図12に示すように、任意の3つの部位(例えば2,3,4)を選択した場合において、部位2と部位3とを結んだ線分L23と、部位3と部位4とを結んだ線分L34とが成す角度θをいう。3つの部位は必ずしも連続している必要はなく、例えば2,5,7の3部位による3点間角度など、任意の3点を選択してよい。
以上のように、各部位の変位計測値に基づいて、当該部位の移動量、移動速度、移動加速度、3点間角度を算出することで、変性SBRポリマー鎖一本の動態を定量化することができる。
【0033】
また、拡散係数D [nm2/s]は各部位の平均二乗変位 MSD [nm2]と時間t [s]から次式(式1)又は(式2)によって算出できる。
一次元の場合:D = MSD / 2t (式1)
二次元の場合:D = MSD / 4t (式2)
ここで、MSDとはMean Squared Displacementの略である。高分子鎖の重心位置(座標)の平均二乗変位と時間から拡散係数を算出することで、ブラウン運動の解析が可能になる。さらに、変性SBRポリマー鎖一本中の各部位における平均二乗変位と時間から拡散係数を算出することでミクロブラウン運動の解析が可能になる。
【0034】
他のステップとしては、環境温度を変更することで温度変化による変性SBRポリマー鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことにしてもよい。縦軸を拡散係数、横軸を環境温度にとるアレニウスプロットより変性SBRポリマー鎖一本の各部位と基板との相互作用エネルギーを計測することが可能になる。あるいは、溶媒の種類を変更することで、溶媒変更による変性SBRポリマー鎖一本の動態の変化を解析するステップや、変性SBRポリマー鎖一本に対して光を照射すると共に当該照射光の波長を変更することで、照射光の波長変更による変性SBRポリマー鎖一本の動態の変化を解析するステップを含むことにしてもよい。
以上のように、変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法を用いることで、従来不明確であった高性能タイヤ用高分子の開発指針、即ち、如何なる高分子構造がどのようなフィラー表面への定着性を有するのかという高分子構造と機能の相関に関する有用なデータを得ることができる。さらにシリカ微粒子を配合した変性SBRを含むゴム材のタイヤ性能指標(tanδ)との相関も考察できる。またX線分析法やコンピュータシミュレーション法との連携によって、変性SBRとゴム特性の理解が深化する。
【実施例】
【0035】
[カルボキシル変性SBR]
次に、上記実施の形態で示した変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法の実施例について説明する。
変性SBRの構造と機能の関係を明らかにするため、従来の手法では不可能であった、変性基の分子内位置および機能の直接解析に挑んだ。その結果、非変性SBRと変性SBRの1分子像およびダイナミクスを比較することで、変性基の分子内位置および基材マイカへの定着機能を定量評価すなわちパラメータ化することに成功した。
具体的には、まず分子鎖にカルボキシル基を導入した変性SBRポリマー(COOH変性SBR、化3)をマイカ基板に固定して高速原子間力顕微鏡によりポリマー鎖一本の動態画像を取得した(第1〜第4ステップ)。
【化3】
【0036】
カルボキシル変性SBRポリマーは、既報告の方法に従い(T. A. Antkowiak, A. E. Oberster, A. F. Halasa, D. P. Tate, J. Polym. Sci. Part A−1: Polym. Chem. 10, 1319−1334 (1972))、n−ブチルリチウムを開始剤としたリビングアニオン重合によるスチレンと1,3−ブタジエンの共重合反応の完了後、3-メルカプトプロピオン酸(2)と過酸化ラウロイル(3)を加え撹拌し、所定の後処理を行った後、減圧下で乾燥させることで合成した。また、3-メルカプトプロピオン酸は、リビングアニオン重合開始剤に対して4等量を反応系に加えた。反応機構は、チオール(2)がラジカル開始剤(3)によって水素を引き抜かれ、生じたチイルラジカル(4)がSBR中のビニル基(1)に付加することでSBRポリマーに官能基が導入される(5)。生じたラジカルが別のチオールから水素を引き抜き安定構造となる(6)。1回の反応で新たにチイルラジカル(4)が生成し、これが別のビニル基を攻撃するので、連鎖反応となる。本反応では、チオール(2)に3-メルカプトプロピオン酸を用いたので、カルボキシル基が導入される。
【化4】
【0037】
次に、カルボキシル変性SBRポリマー(COOH変性SBR, Mw: 2.14 × 105, Mw/Mn: 1.17)のテトラヒドロフラン(THF)希薄溶液を調製した。ここで、SBRポリマー鎖の凝集を防止するために、THF(Dehydrated THF, Kanto Chemical, Tokyo, Japan)中には微量の水分も含まない。一方、劈開したマイカの表面を、水を溶解可能な有機溶媒、脱水THFでリンスすることで吸着水を除去する。吸着水の除去作業は乾燥空気雰囲気中で行う。
観測試料は、ポリマーの希薄THF溶液をマイカ基板にキャストすることで調製した。ポリマー溶液(1 μl)をマイカ基板にキャストし、静置(ca. 20 s)した後、THF(1.0 ml)でリンスして余分なポリマー鎖を洗い流して基板上に孤立鎖を残す方法、またはポリマー溶液(1 μl)をマイカ基板にスピンキャスト(1,500 r.p.m.)する方法で調製できる。
マイカ表面に露出している水酸基と変性SBRポリマー鎖の変性基とを結合・相互作用させることで、図2に示したように変性SBRポリマー鎖一本一本が分散し、且つ適度に伸長した状態でマイカ表面に固定することができる。
【0038】
液中ダイナミック(タッピング)モード高速走査型原子間力顕微鏡 (FS-AFM, NVB500, Olympus, Tokyo, Japan)をベースにポリマー観測仕様に改造した。
n−オクチルベンゼン中、25 ℃でポリマー鎖一本の構造動態をムービー撮影した。観測溶媒は、n−オクチルベンゼン、n−オクチルエーテル、ヘキサデカン、およびデカメチルテトラシロキサンなどが1分子イメージングに有用であることが確認されている。観測溶媒の種類によって、ポリマー鎖と基板との相互作用が異なるので、ポリマー鎖の動態観測に適した溶媒を選択する。
また、非変性SBRポリマーについてもマイカ基板に吸着させ高速AFMによりデカメチルテトラシロキサン中、25 ℃でポリマー鎖一本の構造動態をムービー撮影した。カンチレバーはオリンパス製AC−10EGSまたはナノワールド製USC−F1.2−k0.15, (NanoWorld AG, Switzerland)を使用した。
ポリマー鎖一本の動態解析では、ムービー撮影されたポリマー鎖の各計測点を追跡し、ある時間Δtに対する平均二乗変位(MSD)をΔtに対してプロットした。各計測点のMSD−Δtプロットを線形近似した直線の傾きを4で割ることで、拡散係数D (nm2/s) は算出される。
【0039】
図13は取得したカルボキシル(COOH)変性SBRポリマー鎖一本の動画像の中から10フレームに1枚の間隔で静止画像を抜き出して左上から右方向に時系列で並べた図である。ラインプロファイルの計測より、ポリマー鎖の高さは0.55 ± 0.17 nmであった。分子モデルのサイズより、紐状構造体はポリマー鎖一本であると考察された。また、ポリマー中、4カ所に玉状構造が確認され、玉状構造の高さは1〜2 nmであった。この4カ所は動かないことより、ここがマイカ表面と水素結合しているカルボキシル基導入位置であると考察した。
また、ポリマー鎖一本の長さの時間変化を解析したところ、カルボキシル変性SBRポリマー鎖長の平均値は142 nm、標準偏差(SD)は2.84 nmと計測され、鎖長に変化はほとんど無いことからも変性基の高いアンカリング能が示された。
【0040】
図14はCOOH変性SBRポリマー鎖一本の動画像を構成する各静止画像のうち任意の1画像を選択し(第5ステップ)、一本鎖の体幹に沿って等間隔で複数部位に番号付け(重心1, 鎖末端2〜鎖末端18)を行った状態を示している。(第6ステップ)
図15は番号付けを行った各部位の軌跡を示している。
図16は各部位の平均二乗変位 MSD [nm2]を縦軸、時間Δt [s]を横軸にとることで各部位の運動性を数値化したグラフである。(第7及び第8ステップ)
具体的には図16は、図15の軌跡データを元に各部位の平均二乗変位 MSD (nm2) を縦軸、時間 Δt (s) を横軸にとることで各部位の運動性を数値化したグラフである。計測点1〜18の内、1, 2, 7, 9, 11, 13, 15, 16, 18を表示してある。運動性が高い点と低い点にグループ分けできた。0.2 s ≦ Δt ≦ 0.8 s では、MSD−ΔtプロットはΔtに対してほぼリニアに変化したことから、これらはミクロブラウン運動と考察される。Δt ≧ 1.0 s では異常拡散の挙動が確認され、運動が制限されていることが分かる。さらに、Δt ≧ 1.0 s でプロットが複雑で多様であることは、セグメントのコンホメーション変化を伴う基板との相互作用がこのタイムスケールで生じていることを示唆している。
変性基導入位置で玉状構造が形成される理由は、カルボキシル基がマイカ基板表面と水素結合した後、n−オクチルベンゼン中に置かれた際に、極性の高いカルボキシル基を覆い隠すように分子鎖が手繰り寄せられたためと考えている。その他の観測された分子鎖にも同様の玉状構造が4個程度確認されている。
【0041】
図17は、0.2 s ≦ Δt ≦ 0.8 s における変性SBRポリマー鎖のブラウン運動(計測点1)およびミクロブラウン運動(計測点2-18)の拡散係数(D)を計測した結果(MSD−Δtプロット)である。
D1 = 0.22 nm2/s(ポリマー鎖の重心)
D2 = 0.03 nm2/s
D7 = 5.97 nm2/s
D9 = 1.83 nm2/s
D11 = 1.08 nm2/s
D13 = 0.73 nm2/s
D15 = 1.46 nm2/s
D16 = 0.45 nm2/s
D18 = 0.06 nm2/s
という結果になり、とくに鎖末端D2と高運動性の鎖中D7との比は、D7 / D2 = 200であり、拡散係数が200倍異なり、変性基導入位置の計測点(D2)のマイカに対する結合能を拡散係数比として算出できた。
ここで、ポリマー鎖重心の拡散係数D1は低い値を示しているが、これは一本鎖に4ヶ所変性基によって基板にピン留めされているためである。
また、拡散係数の比較的高い計測点においても近傍に定着点(変性基位置)が存在するため、後述の非変性SBRの拡散係数と比べると低い値であり、4個の変性基がポリマー鎖の運動に与える影響は分子鎖全体に及ぶことが分かった。
【0042】
図18はカルボキシル基を導入した4箇所、すなわちアンカリングポイント (定着点1〜4) の計測結果である。ポリマー鎖の両末端付近に2ヶ所(1と4)、鎖中に2ヶ所(2と3)の変性基導入位置が確認された。変性基の間隔は、ナンバリングにより、線分(Line segment)[1,2]が53.1 nm、[2,3]は44.7 nm、[3,4]は48.2 nmと計測された。
非変性SBRでは各点の運動性は特にグループは見られなかったが、変性SBRでは低運動性と高運動性のグループに明確に分かれた。低運動性グループはマイカ基板と強く相互作用し分子運動が抑制されている点、すなわち定着点(変性点)を示している。また各点のMSDは、変性基と基板との相互作用(定着力)を定量的に示している。
図19は変性SBRポリマーの玉状構造体の重心をトラッキングする方法で得た軌跡データを元にした0.2 s ≦ Δt ≦ 0.8 s におけるMSD−Δtプロットであり、線形近似した直線の傾きを4で割った値が拡散係数である。
D1 = 0.17 nm2/s
D2 = 0.45 nm2/s
D3 = 0.03 nm2/s
D4 = 0.35 nm2/s
何れの計測点も極めて低い拡散係数を示しており、定着点と考えてよい。マイカ基板に対する定着能を拡散係数として評価できた。また各点の拡散係数が異なることより、定着状態には個性があることが分かる。
【0043】
なお、上記実施例ではポリマー鎖一本に沿って等間隔で点1〜点18の計18の部位に番号付けを行ったが、図20のようにそれ以上でもよく、番号付けを行う部位の数は特に制限されない。また、番号付けは必ずしも等間隔で行う必要はない。
本発明の変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法によれば、SBRの変性基の分子内位置や、変性基の機能を直接的かつ詳細に定量することができるので、SBRの分子構造とタイヤ性能の関係の解明や、タイヤ性能向上のための最適分子設計指針の獲得に活用できる。
【0044】
[非変性SBR]
次に、本発明の動態解析方法を非変性SBRポリマー鎖一本の解析に用いた場合の実施例について説明する。
図21に示すように非変性SBRポリマー鎖一本の動画像を構成する各静止画像のうち任意の1画像を選択し、一本鎖の体幹に沿って等間隔で複数部位に番号付け(重心1, 鎖末端2〜鎖末端18)を行った。
図22は番号付けを行った各部位の軌跡を示している。
非変性SBR鎖のイメージングではマイカ基板表面に固定された部位は鎖末端の観測点2のみで鎖中では確認されていない。
図23は、高速AFMムービー撮影で得たポリマー鎖の映像から一本鎖中の各観測点の軌跡データを元に、各点の平均二乗変位 MSD (nm2) を縦軸、時間 Δt (s) を横軸にとることで、各点の運動性を数値化したグラフである。計測点1〜18の内、1, 2, 6, 10, 14, 18を表示した。0.2 s ≦ Δt ≦ 2.0 s では、MSDはΔtに対してほぼリニアに増加したことから、これらはミクロブラウン運動と考察される。図22より、観測点10から14は顕著にSBR鎖が伸縮運動している部位であることが観察された。SBRは、1分子で既にゴムであることが分かる。
【0045】
[ポリマー鎖一本のバネ定数]
本願発明者はこれがゴム弾性の起源ではないかと考えた。そこで、ポリマー鎖一本の長さの時間変化を解析したところ、非変性SBRポリマー鎖長の平均値は140 nm、標準偏差(SD)は17.2 nmと計測された。
バネが蓄えるエネルギーと熱エネルギー(kBT)との関係は次の式で記述できる。
E = 1/2 × kchain × x2 = kBT
ここで、Eはエネルギー、kchainはバネ定数、xはバネの変位である。
温度はT = 298 K、ボルツマン定数はkB = 1.38 × 10-23 J/K (J = N m)であるから、
kBT = 4.11 × 10-21 [N m]である。
バネの変位(x)はSD値で、x = 17.2×10-9 [m] を代入すると、SBR鎖一本のバネ定数(kchain)は、次の数1と算出された。
【数1】
この値は、モータータンパク質 ミオシン1分子のサブフラグメント−2の部位が弛んだ紐のような柔らかい状態における硬さ(stiffness)に近い [M. Kaya and H. Higuchi, Science 329, 686−689 (2010)]。
また、x = 17.2 [nm] における力は、
F = kchain x = 2.78×10-2×17.2
= 4.78×10-1 [pN]
であった。
これは、SBRポリマー鎖一本のバネ定数と力を計算した世界で初めての成果である。
一方、カルボキシル変性SBRはポリマー鎖一本にアンカリングポイントが4つ存在するため、バネの変位(x)はSD値でx = 2.84×10-9 [m] と小さい。バネ定数は、次の数2と算出された。
【数2】
これは非変性SBR鎖のバネ定数と比べて36.7倍高い値、すなわち硬さ(stiffness)である。
また、x = 2.84 [nm] における力は、
F = 1.02×2.84
= 2.90 [pN]
であった。
これは非変性SBR鎖の力と比べて6.07倍高い。変性基導入の効果をバネ定数と力という力学的パラメータによって評価することができた。
【0046】
図24は、0.2 s ≦ Δt ≦ 2.0 s におけるMSD−Δtプロットであり、線形近似した直線の傾きを4で割った値が拡散係数である。非変性SBRポリマー鎖のブラウン運動(計測点1)およびミクロブラウン運動(計測点2−18)の拡散係数(D)は、
D1 = 3.83 nm2/s(ポリマー鎖の重心)
D2 = 0.09 nm2/s
D6 = 2.17 nm2/s
D10 = 13.4 nm2/s
D14 = 10.6 nm2/s
D18 = 3.15 nm2/s
という結果となり、とくに重心D1と高運動性の鎖中D10との比は、
D10 / D1 = 3.5
であり、拡散係数が3.5倍異なる。SBR鎖セグメントのバネのような伸縮運動を拡散係数比で計測できた。
ここで、非変性SBRポリマー鎖の拡散係数D1は低い値ではなく、鎖末端D18と同等の値であった。これはカルボキシル変性SBRとは異なる結果であり、分子鎖の重心移動が可能であることが確認された。
翻って、図17のカルボキシル変性SBRのMSD−Δtプロットを見返すと、異常拡散挙動が顕著に認められ、変性基の効果が絶大であることが分かる。一本鎖にカルボキシル基がわずか4個導入されるだけで、ポリマー鎖一本のダイナミクスが劇的に変化した。さらに、カルボキシル基を導入した変性SBRからなるバルク材料は、非変性SBR材と比べて、ゴム特性(tanδ)に性能の向上が確認されていることから、一本鎖ダイナミクスとバルク材料との相関関係が示された。実際、変性基がポリマー鎖一本に数個導入された変性SBRがタイヤトレッド用のゴムコンパウンドとして実用されている。
【0047】
[カルボキシル変性SBRポリマー鎖からなるネットワーク]
図25(a)は、カルボキシル変性SBRポリマー鎖がマイカ基板上で形成したネットワークをn−オクチルベンゼン中室温でAFMムービー撮影して得た連続画像の内、抜粋したAFM像である。図中の1は、ネットワークの中で運動性の高いところで、複数のポリマー鎖が動的な絡み合い構造を形成している箇所である。一方、図中の2は、変性基が水素結合を介してマイカ基板表面と強く結合しているアンカリングポイントの一つである。観測点1と2の軌跡データを元にMSD−Δtプロット解析した結果を図25(b)に示す。MSD−Δtプロットを線形近似して、その傾きを4で割った値が拡散係数(D)である。
D1 = 16.4 nm2/s
D2 = 1.66 × 10-2 nm2/s
すなわち
D1 / D2 = 988
となり、アンカリングポイントと比べて動的絡み合い構造が約一千倍も高い拡散係数を有することが明らかとなった。
AFMムービー(図26はAFMムービーから抜粋した連続画像)の観察からも分かることではあるが、この動的絡み合い構造は複数本のポリマー鎖から形成されており周囲に配置されたアンカリングポイントからもたらされるテンションを受けながら室温のゆらぎによってランダムにポリマー鎖ネットワークが伸び縮みして運動した。これは、数本のポリマー鎖の絡み合いからなるゴム弾性の起源を直接観測した世界で初めての成果である。ポリマー鎖一本から少数本へと分子レベルの階層を上がることで、マテリアルの本質に迫ることができる。すなわち、「ポリマーらしさ」「ゴムらしさ」はどの分子レベルで発現するのか?という問いに答えることができる。また本発明によって、タイヤトレッドコンパウンドの内部構造を模擬的に再現したマイカ表面とポリマー鎖ネットワークとの動的多点相互作用を解析できる。
【0048】
今回、カルボキシル変性SBRの成果を示したが、その他、種々の変性SBRについてもポリマー鎖一本の動態を解析することで、従来不明確であったタイヤ用高分子の開発指針を明確化できる。すなわち、如何なる高分子構造がどのようなフィラー表面への定着性を有するのかという高分子構造と機能の相関をパラメータ化できる。さらにタイヤ性能指標(tanδ)との相関、またX線分析法やコンピュータシミュレーションとの連携によって理解がさらに深化する。
【産業上の利用可能性】
【0049】
本発明は、変性SBRポリマー鎖一本の動態解析方法、この動態解析方法を用いた変性SBRポリマーの製造方法及び当該製造方法によって製造した変性SBRポリマーに関するものであり産業上利用可能である。
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