(54)【発明の名称】細胞内酵素タンパク質の構造異常の正常化方法、細胞内酵素タンパク質の構造異常の検出方法、及び、遺伝性代謝病の治療方法ならびにその治療効果の予測・評価方法
【課題】遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の構造異常を化学シャペロン化合物などにより是正した際の当該酵素タンパク質の正常高次構造の形成・維持を判定する技術、ならびに現行の酵素補充療法と化学シャペロン療法を併用した場合の細胞内酵素タンパク質の構造異常を検出する技術を提供すること。
【解決手段】本発明の根幹をなす変異酵素タンパク質の構造異常を是正した際の当該タンパク質の高次構造の形成・維持を検出する技術基盤は、それぞれの遺伝性代謝病の原因となる病因酵素タンパク質の構造異常をそのタンパク質の特定のドメインに親和性を有する低分子化合物(化学シャペロン化合分を含む)を用いて是正した際の当該酵素タンパク質の高次構造の解析に不可欠な技術である。その技術基盤を用いることで、より有効なタンパク質の安定化剤あるいは正常折りたたみ促進剤を検索することが可能となる。また、本発明によれば、プロテアーゼ(キモトリプシン)を使用して、細胞内タンパク質の正常高次構造と異常高次構造を識別することができることから、遺伝性代謝病を含む「タンパク質折りたたみ異常症(Protein mis-folding diseases)」の診断、病型や予後の判定に応用することが可能である。以上のことから、本発明を技術基盤として、さらに効果的な細胞内タンパク質安定化剤や正常折りたたみ促進剤の探索的研究が加速され、酵素タンパク質の高次構造異常を正常化することにより遺伝性代謝病の治療を施す化学シャペロン療法と、従来からの酵素補充療法を併用することによる併用療法がより効果的な治療法として、臨床応用されることを促進することができる。
化学シャペロン化合物によって、細胞内において遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の変異高次構造を正常高次構造にプロセシングして遺伝性代謝病の酵素タンパク質の変異高次構造を正常高次構造に正常化することを特徴とする遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法。
請求項1に記載の遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法であって、前記化学シャペロン化合物による遺伝性代謝病の変異酵素タンパク質の変異高次酵素を正常高次構造に正常化することにより細胞内の基質酵素タンパク質を分解することを特徴とする遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法。
請求項1または2に記載の遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法であって、前記化学シャペロン化合物が、それぞれの遺伝性代謝病で原因となる固有の酵素タンパク質の特定のドメインに親和性が高く、可逆的かつ競合的阻害作用を有するような基質類似体(アナログ)であることを特徴とする遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法。
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法であって、前記化学シャペロン化合物が、デオキシノジリマイシンまたはその低級C1-C6アルキルもしくは高級オキシC7-C12アルキル誘導体であることを特徴とする遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法。
請求項1ないし4のいずれか1項に記載の遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法であって、前記化学シャペロン化合物が、デオキシノジリマイシン、N−メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチルもしくはヘキシルのN−低級C1-C6アルキルデオキシノジリマイシンであること、またはN−(7−オキソデシル)またはN−(8−オキソドデシル)のN−(オキソ高級C7-C12アルキル)デオキシノジリマイシンであることを特徴とする遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法。
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法であって、前記化学シャペロン化合物が、デオキシノジリマイシン、N−ブチルデオキシノジリマイシンまたはN−(7−オキサデシル)デオキシノジリマイシンであることを特徴とする遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法。
請求項1ないし6のいずれか1項に記載の遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法であって、前記遺伝性代謝病が、脂質、多糖類またはムコ多糖類の代謝不全症であることを特徴とする遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法。
請求項1ないし7のいずれか1項に記載の遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法であって、前記遺伝性代謝病が、GM1−ガングリオシドーシス、GM2−ガングリオシドーシス、ファブリー病もしくはゴーシェ病から選ばれる脂質代謝不全症、ポンペ病の多糖類代謝不全症またはムコ多糖症I型とムコ多糖症II型から選ばれるムコ多糖類代謝不全症であることを特徴とする遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造正常化方法。
請求項9に記載の遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法であって、前記プロテアーゼがキモトリプシンであることを特徴とする遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法。
請求項9または10に記載の遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法であって、前記プロテアーゼがTLCK処理キモトリプシンであることを特徴とする遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法。
請求項9ないし11のいずれか1項に記載の遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法であって、異常酵素タンパク質により蓄積する基質酵素タンパク質が分解されることを特徴とする遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法。
請求項9ないし12のいずれか1項に記載の遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法であって、変異酵素タンパク質が化学シャペロン化合物によりプロセシングが促進され正常高次構造に保持されていることを特徴とする遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法。
請求項13に記載の遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法であって、化学シャペロン化合物が、細胞内に取り込まれた変異酵素タンパク質の折り畳み異常を抑制することを特徴とする遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法。
請求項13または14に記載の遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法であって、前記化学シャペロン化合物が、それぞれの遺伝性代謝病で原因となる固有の酵素タンパク質の特定のドメインに親和性が高く、可逆的かつ競合的阻害作用を有するような基質類似体(アナログ)であることを特徴とする遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造の検出方法。
請求項13ないし15のいずれか1項に記載の遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造の検出方法であって、前記化学シャペロン化合物が、デオキシノジリマイシンまたはその低級C1-C6アルキルもしくは高級オキシC7-C12アルキル誘導体であることを特徴とする遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の高次構造の検出方法。
請求項13または16に記載の遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法であって、前記化学シャペロン化合物が、デオキシノジリマイシン、N−メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチルもしくはヘキシルのN−低級C1-C6アルキルデオキシノジリマイシンであること、またはN−(7−オキソデシル)またはN−(8−ドデシル)のN−(オキソ高級C7-C12アルキル)デオキシノジリマイシンであることを特徴とする遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法。
請求項13ないし17のいずれか1項に記載の遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法であって、前記化学シャペロン化合物が、前記化学シャペロン化合物が、前記化学シャペロン化合物が、デオキシノジリマイシン、N−ブチルデオキシノジリマイシンまたはN−(7−オキサデシル)デオキシノジリマイシンであることを特徴とする遺伝性代謝病の酵素タンパク質高次構造の検出方法。
遺伝性代謝病に関連する変異酵素タンパク質の高次構造異常を化学シャペロン化合物により正常高次構造にプロセシングして正常化する化学シャペロン療法と、異常高次構造の変異酵素タンパク質に対応する正常高次構造の酵素タンパク質を補充して遺伝性代謝病を治療する酵素補充療法とを併用することを特徴とする遺伝性代謝病の併用療法。
請求項19に記載の遺伝性代謝病の併用療法であって、前記化学シャペロン化合物が、それぞれの遺伝性代謝病で原因となる固有の酵素タンパク質の特定のドメインに親和性が高く、可逆的かつ競合的阻害作用を有するような基質類似体(アナログ)であることを特徴とする遺伝性代謝病の併用療法。
請求項19または20に記載の遺伝性代謝病の併用療法であって、前記化学シャペロン化合物が、デオキシノジリマイシン、N−メチル、エチル、プロピル、ブチル、ペンチルもしくはヘキシルのN−低級C1-C6アルキルデオキシノジリマイシンであること、またはN−(7−オキソデシル)またはN−(8−ドデシル)のN−(オキソ高級C7-C12アルキル)デオキシノジリマイシンであることを特徴とする遺伝性代謝病の併用療法。
請求項19ないし21のいずれか1項に記載の遺伝性代謝病の併用療法であって、前記化学シャペロン化合物が、デオキシノジリマイシン、N−ブチルデオキシノジリマイシンまたはN−(7−オキソデシル)デオキシノジリマイシンであることを特徴とする遺伝性代謝病の併用療法。
【背景技術】
【0002】
人は、一般には複雑な成分で構成されている食品や飲料を摂取し、単純な物質に分解し、これらの分解した物質を基本成分として使用して、生命維持に必要な物質を組み立てている。
【0003】
このような摂取した物質をそれぞれの栄養素に分解・合成する複雑な代謝を担うのが酵素であり、この酵素は体内で生成される。したがって、その酵素が遺伝的な異常により機能障害や欠損を起こすと、その酵素が正常に機能せずに摂取した物質を正常に分解または合成することができずに体に不可欠な物質を組み立てることができなくなり、様々な遺伝性代謝疾患を発症することになる。
【0004】
つまり、かかる遺伝性代謝病は、分解されるべき物質が分解されずに毒性のある中間代謝産物などとして蓄積されたり、または体に不可欠な物質が生成できなかったりすることで起こる。
【0005】
遺伝性代謝病は遺伝的要因による疾患であり、例えば、アミノ酸代謝異常症、先天性代謝異常症、糖質代謝異常症、リソソーム代謝異常症などの疾患が挙げられる。
【0006】
アミノ酸代謝異常症は、必須アミノ酸のフェニルアラニンからチロシンへ転換するフェニルアラニン水酸化酵素の異常によって生じる疾患である。先天性代謝異常症は、炭水化物、タンパク質、脂肪代謝の先天的異常による特定タンパク質の合成障害により発症する疾患である。糖質代謝異常症は、ガラクトース代謝に関係する酵素異常症により発症する疾患である。リソソーム代謝異常症は、細胞内で不要な物質を消化する役割を果たす、全身のすべての細胞に存在するリソソーム内の酵素が作用せず、または作用が低下して分解されるべき物質が分解されずにリソソーム内に蓄積されて発症する疾患である。
【0007】
リソソーム代謝異常症は、リソソーム内酵素の遺伝的欠損により数多くの病型が知られている。具体的な疾患としては、例えば、GM1−ガングリオシドーシス、GM2−ガングリオシドーシス、ファブリー病、ゴーシェ病、ポンペ病、ムコ多糖症などのリソソーム病が挙げられる。
【0008】
かかるリソソーム病の治療には、ファブリー病に対してアガルシダーゼアルファやアガルシダーゼベータ、ゴーシェ病に対してイミグルセラーゼ、ポンペ病に対してアルグルコシダーゼアルファ、ムコ多糖症I型に対してラロニダーゼ、ムコ多糖症II型に対してイズロサルフェース、ムコ多糖症VI型に対してガルサルファーゼの6疾患7種類のリソソーム病酵素補充療法製剤が承認されていて、これらの酵素製剤を点滴静注にて投与することにより、細胞外から細胞内そしてリソソーム内に酵素を輸送し、リソソーム内に蓄積している物質の分解を促進する酵素補充療法がおこなわれている。
【0009】
酵素補充療法は、臨床症状を改善し、さらにその進行も抑制するとともに、他の根治療法(造血幹細胞移植や遺伝子治療法など)に比べて安全性が高いことが利点である。しかし、酵素製剤が到達しにくい中枢神経や角膜などへの効果は期待できないことや酵素製剤に対する抗体が産生され細胞内への取り込みが著しく低下すること、酵素製剤自体が極めて高額であることから国民医療費への負担が大きいことに加え、頻回の点滴治療が生涯必要であり患者への負担は少なくない。以上のごとく、酵素補充療法は、今後解決すべき課題が多い治療法でもある。
【0010】
酵素補充療法に加えて、遺伝性代謝病の治療に化学シャペロン療法という新しい治療法が研究されている。
【0011】
化学シャペロン療法とは、遺伝性代謝病の病因となる変異酵素タンパク質が細胞内で合成される際に、酵素の活性中心に化学シャペロン化合物が結合することで、不安定な構造異常を形成する運命にあった変異酵素タンパク質を正常高次構造の酵素タンパク質へと導き、酵素タンパク質の細胞内安定性を維持することで、その酵素タンパク質本来の機能を発揮させ、細胞内に過剰蓄積した生体内基質を分解処理することで細胞障害を改善することを基本原理とする、遺伝性代謝病の治療方法の一つと考えられている。しかし、これまで化学シャペロンにより細胞内酵素タンパク質の正常高次構造が形成・維持されていることを証明した報告はなく、本発明が提供する技術によりその事実が初めて証明された。
【0012】
現在では、去痰剤として汎用されるアンブロキソール塩酸塩(ムコソルバン錠)がゴーシェ病に対する治療薬として承認され、特定の変異遺伝型を有するゴーシェ病の治療に使用されている。
【0013】
これまで数多くの化合物が化学シャペロン化合物として研究されてきた(非特許文献1〜9)。しかしながら、上述したようなアンブロキソール塩酸塩(ムコソルバン錠)がゴーシェ病に対する治療薬として承認されているだけである。
【0014】
そこで、発明者らは、化学シャペロン療法が、酵素補充療法に比べて、中枢神経症状への応用、免疫反応による副作用、治療費用の問題において有利であると考えられることから、さらに幅広く化学シャペロン候補化合物をスクリーニングした結果、リソソーム病の一つであるポンペ病(酸性α-グルコシダーゼ欠損症:II型糖原病)に対する化学シャペロン化合物として、イミノ糖の一種であるデオキシノジリマイシンならびにその誘導体が、ポンペ病由来変異酵素を正常高次構造の酵素タンパク質へと導き、細胞内でのプロセシングを正常化することを見いだして、本発明を完成した。
【0015】
発明者らは、上述の研究に加えて、プロテアーゼにより、遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質の構造異常を検出することができることを確認して、この発明を完成した。
【0016】
つまり、遺伝性代謝病は、遺伝子変異が原因で酵素タンパク質の正常高次構造が崩れ、それにより酵素タンパク質が正常な酵素作用を機能することができず細胞内に生体内基質が過剰蓄積して発症する疾患である。このように酵素タンパク質の高次構造の異常を検出することは、遺伝性代謝病の新規治療法の開発や既存治療法の治療効果の予測・評価ならびに診断の際に非常に有用である。
【0017】
また、本発明者らは、本来であれば異常な高次構造を形成するはずの遺伝性代謝病の病因酵素タンパク質が、上述の化学シャペロン化合物により正常高次構造へと導かれプロセシングが促進することを、プロテアーゼに対する抵抗性を調べることで証明し、この発明を完成した。
【0018】
さらに、本発明者らは、上述の化学シャペロン化合物と酵素補充を併用することにより、酵素補充療法により細胞内に取り込まれた酵素製剤の正常高次構造の形成・維持ならびにプロセシングを促進することを見いだした。つまり、酵素補充療法による酵素製剤と、化学シャペロン療法による化学シャペロン化合物の同時添加により、細胞内の酵素活性が相乗的に上昇することを認めて、この発明を完成した。
【発明を実施するための形態】
【0037】
遺伝性代謝病は、上述したように、細胞内の酵素タンパク質の高次構造が変異によって不安定になり、酵素自体が正常な機能を発揮することができず、本来ならば分解されるべき生体内基質や合成されるべきでない物質などが細胞内に蓄積されて細胞機能が障害されることにより発症する疾患である。
【0038】
本発明に係る遺伝性代謝病の化学シャペロン化合物による変異酵素タンパク質の正常高次構造への誘導の評価方法は、その一具体例としてリソソーム病の一つであるポンペ病(酸性α-グルコシダーゼ欠損症:II型糖原病)に対するデオキシノジリマイシンならびにその誘導体などの化学シャペロン化合物を使用して当該疾患細胞内の変異酵素タンパク質を正常高次構造に導きプロセシングを促進させた後、その高次構造の形成・維持効果をプロテアーゼ(一例としてキモトリプシン)により評価するものである。
【0039】
本発明の対象となる遺伝性代謝病としては、変異酵素タンパク質の高次構造の不安定化に起因する疾患であれば特に限定されるものではない。これら遺伝性代謝病のうち、リソソーム内酵素の遺伝的欠損症であるリソソーム病について簡単に説明をする。上述したように、具体的なリソソーム病としては、例えば、GM1−ガングリオシドーシス、GM2−ガングリオシドーシス、ファブリー病、ゴーシェ病、ポンペ病、ムコ多糖症などが挙げられる。
【0040】
GM1−ガングリオシドーシスは、酵素β−ガラクトシダーゼが欠損することによりリソソーム内にGM1−ガングリオシドが生体基質として蓄積して発症する疾患である。また、GM2−ガングリオシドーシスとしては、例えば、酵素β−ヘキソサミニダーゼAが欠損することによりGM2−ガングリオシドが生体基質として蓄積して発症するテイ・サックス病、酵素β−ヘキソサミニダーゼA、Bが欠損することによりGM2−ガングリオシドなどが生体基質として蓄積して発症するサンドホフ病などがある。
【0041】
ファブリー病は、細胞内リソソ−ム酵素の1つであるα−ガラクトシダーゼの活性が欠損もしくは低下して生じるスフィンゴ糖脂質代謝異常病であって、リソソーム内にグロボトリアオシルセラミドが生体基質として蓄積して発症する。
【0042】
ゴーシェ病は、グルコセレブロシダーゼ酵素が欠損または活性低下により糖脂質のグルコセレブロシドがセラミドに分解できずリソソーム内に蓄積される先天性代謝異常症である。
【0043】
ポンペ病は、細胞のリソソーム内で機能する酸性α-グルコシダーゼ酵素の完全欠損あるいは著しい活性低下により多糖類のグリコーゲンが分解されず、心筋、骨格金を中心に全身のさまざまな臓器・器官に蓄積して、多様な症状を引き起こすII型糖原病としても知られる疾患である。
【0044】
また、ムコ多糖症は、遺伝的要因による先天性代謝異常症であるリソソーム病の一種であり、リソソーム内の加水分解酵素の先天的欠損あるいは以上によりムコ多糖類の一種であるグリコサミノグリカンが蓄積する疾患である。
【0045】
ムコ多糖症は、原因遺伝子の類型によりムコ多糖症I型とムコ多糖症II型に分類される。ムコ多糖症I型は、細胞のリソソーム内の酵素α−L−イズロニダーゼの作用不全または作用低下によりグリコサミノグリカンが分解されず、全身のさまざまな臓器・器官の細胞にムコ多糖が蓄積して、多様な症状を引き起こす疾患である。またムコ多糖症II型は、細胞のリソソーム内の酵素イズロン酸−2−スルファターゼの作用欠損または作用低下によりグリコサミノグリカンが分解されず全身の臓器・器官の細胞に蓄積されて多様な症状を引き起こす疾患である。
【0046】
本発明に係る遺伝性代謝病の変異酵素タンパク質の高次構造を正常化する方法に使用できる化学シャペロン化合物は、それぞれの遺伝性代謝病で原因となる固有の酵素タンパク質の特定のドメインに親和性が高く、可逆的かつ競合的阻害作用を有するような基質類似体(アナログ)であるのがよい。
【0047】
かかる化学シャペロン化合物としては、例えば、デオキシノジリマイシン(DNJ)ならびにその誘導体などが挙げられる。デオキシノジリマイシンの誘導体としては、例えば、低級C1-C6アルキルもしくは高級オキシC7-C12アルキル誘導体などが挙げられる。具体的には、N−低級C1-C6アルキル基が、例えば、N−メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、ペンチル基もしくはヘキシル基であるN−低級C1-C6アルキルデオキシノジリマイシンであり、またN−オキソ高級C7-C12アルキル基がN−7−オキソデシル基もしくはN−8−オキシドデシル基であるN−(オキソ高級C7-C12アルキル)デオキシノジリマイシンなどが挙げられる。
【0048】
上述したように、遺伝性代謝病においては、その病因変異酵素タンパク質の高次構造が変異により不安定になりその酵素タンパク質が正常の機能を発揮することが出来なくて、組織や器官の細胞内に、本来であればその酵素により分解されるべき物質が分解されずに蓄積され、または本来ならば合成されるべき物質が合成されずに欠損するなどにより、重篤な細胞障害が惹起され様々な臨床症状を発症する。
【0049】
例えば、遺伝性代謝病の一種であるポンペ病においては、リソソーム細胞中の酵素タンパク質である酸性α−グルコシダーゼ(AαGlu)が遺伝子変異により、正常な触媒機能を持った酵素タンパク質を合成することができないために、細胞中の生体基質であるグリコーゲンを分解できずに過剰蓄積されることによって全身に様々な症状を呈する。
【0050】
AαGluはDNAより翻訳されたペプチドが細胞内器官で糖鎖等の修飾を受け、AαGlu前駆体、AαGlu中間体、AαGlu成熟体とプロセシングされ、最終的にAαGlu成熟体はリソソームへと輸送され、グリコーゲンの加水分解を行う。
【0051】
リソソーム細胞内では、AαGlu前駆体及びAαGlu中間体の状態ではグリコーゲンの分解活性は認められず、グリコーゲンを分解するためのAαGlu活性が認められるのはAαGlu成熟体のみである。
【0052】
つまり、ポンペ病患者由来の細胞内においては、AαGlu酵素タンパク質が全く作られない、作られても正常の高次構造を有していない、あるいは酵素前駆体の状態で存在している場合が考えられる。それにより、グリコーゲンが分解されずに細胞内リソソームに過剰蓄積されている。
【0053】
なお、本明細書において、「AαGlu」とは、酸性α-グルコシダーゼを意味する。「AαGlu前駆体」とは、DNAより翻訳されたペプチドが粗面小胞体で糖鎖等の修飾を受けた状態で存在するものあり、110kDaの酵素前駆体を意味する。「AαGlu中間体」とはAαGlu前駆体が粗面小胞体からゴルジ体に輸送される過程で限定分解された95kDaの酵素中間体を意味する。「AαGlu成熟体」とは、AαGlu中間体がリソソームまで輸送される過程でさらにプロセシングをうけ、76kDaあるいは70kDaのグリコーゲン分解能を有する活性型AαGlu酵素を意味する。
【0054】
本発明においては、ポンペ病患者由来の培養線維芽細胞を実験モデルとして、化学シャペロン候補化合物であるデオキシノジリマイシン(DNJ)を細胞培養液に添加し、患者細胞内のAαGlu活性ならびに同じリソソーム酵素の一つであるβ-ヘキソサミニダーゼ(β-Hex)活性を測定した。その結果、2種類の患者細胞(Y455F/Y455FおよびP545L/P545L)において、AαGluの活性上昇が認められた。同時に測定したリソソーム酵素の一つであるβ-Hex活性では変化が認められなかったことから、DNJの効果はAαGluに特異的なものであることが明らかとなった(
図1)。
【0055】
次に、デオキシノジリマイシン(DNJ)を含む5種類の化学シャペロン化合物の内、どの化合物が化学シャペロンとして細胞内AαGlu活性を最も上昇させる機能があるか検証するため、5種類の化学シャペロン候補化合物をそれぞれ添加した培養液で患者由来の培養線維芽細胞を培養後、細胞内のAαGlu活性を測定した。その結果、N-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)が最も高い活性上昇効果を示した(
図2)。この結果より、ポンペ病に対する化学シャペロンの効果に関する実験にはNB-DNJを使用することとした。
【0056】
そこで、本発明者らは、N-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)を化学シャペロン化合物として用いて細胞内でのAαGlu酵素タンパク質のプロセシングについて解析した。正常ならびにポンペ病患者由来の培養線維芽細胞の培養液に異なる濃度のNB-DNJを添加し、4日間培養後、細胞試料をウエスタンブロットにより解析し、酵素前駆体(110kDa)、酵素中間体(95kDa)、酵素成熟体(76kDA)の存在を観察した(
図3)。その結果、NB-DNJは正常酵素のプロセシングには影響を与えないが、患者細胞中の変異酵素に対してはNBDNJ濃度依存的にプロセシングを促進し、グリコーゲン分解活性を有するAαGlu成熟体量は顕著に増加した。
【0057】
細胞内での分解処理系から免れプロセシングが促進したAαGluが本体の局在部位であるリソソームへ輸送されているか否か検討した(
図4)。
図4は免疫二重染色によりAαGluタンパク質が細胞のどの部位に位置しているか調べたものである。左図のシグナルがAαGluの局在位置を示し、中央図のシグナルがリソソームの位置を示す。正常酵素では、
図4Dと
図4Eのシグナルが完全に重なったシグナル(
図4F)として観察されたことから、正常酵素は間違いなくリソソームに到達していることが分かった。一方、化学シャペロンとしてNB-DNJを培養液に入れていない変異酵素では、
図4Gと
図4Hのシグナルは同一な場所に局在していないことから、変異型AαGluはリソソームに到達していないことが分かった。しかし、化学シャペロンであるNB-DNJを添加した場合には、変異型AαGluのシグナル(
図4J)とリソソームのシグナル(
図4L)が完全に一致して黄色のシグナルとなっていることから、変異型AαGluはリソソームに到達していることが証明された。
【0058】
この化学シャペロン化合物としてのNB-DNJがどの程度の種類のアミノ酸置換型AαGlu酵素タンパク質に効果を発揮するかを検証するため、ポンペ病で同定された37種類のアミノ酸置換型AαGluを発現させ、NB-DNJによる活性上昇効果を観察した。その結果、37例中13のみ(約35%)の変異酵素の活性が上昇を示した(
図5)。このことから、ポンペ病においては化学シャペロン療法が適応できる患者は限定されることが分かった。
【0059】
酵素補充療法は現行の治療法としては最も治療効果が高いとして注目され、実際に臨床応用されている。しかし、本治療法は、酵素製剤自体が極めて高額であることや抗体産生による副作用の問題も残されている。一方、化学シャペロン療法は酵素補充療法に代わる治療戦略として期待されているが、本発明者らが示したごとくポンペ病などでは適応可能な患者は限られるなどの問題がある。そこで、互いの問題点を補完することで、より良好な治療効果を得るために酵素補充と化学シャペロンの併用療法の可能性に関して更なる検討を行った。
【0060】
ポンペ病患者由来の培養線維芽細胞5種類を対象として、組換え酵素製剤(rAαGlu)ならびに化学シャペロン化合物としてNB-DNJを同時あるいは別々に細胞培養液に添加して4日間培養後、細胞内のAαGlu活性を測定した(
図6)。その結果、全ての細胞でrAαGluとNB-DNJを同時に添加した場合に、細胞内のAαGlu活性は最も高い値を示した。特に、興味深いのは、NB-DNJに反応し細胞内酵素活性が上昇するP545L/P545L細胞においては、rAαGlu単独の活性とNB-DNJ単独の活性の総和よりも、両者を同時添加した際の活性の方が顕著に高い活性を示したことである。すなわち、rAαGluとNB-DNJは相乗的に働き細胞内AαGlu活性を上昇させることが明らかとなった。
【0061】
この酵素補充と化学シャペロン化合物の併用療法の分子メカニズムを解明するため、内因性のAαGluを全く有しないポンペ病患者細胞に対する組換え酵素製剤(rAαGlu)とN-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)の効果をウエスタンブロットにより解析し、AαGluの酵素前駆体、酵素中間体ならびに酵素成熟体の量的変化を調べた(
図7)。その結果、一定量のrAαGluを培養液に添加したにも関わらす、NB-DNJが存在しない場合にはAαGlu成熟体は少量認められるだけであったが、NB-DNJ濃度依存的に酵素成熟体へのプロセシングが促進し、AαGlu成熟体量は顕著に増加した。
【0062】
化学シャペロンであるNB-DNJに反応しAαGlu活性が上昇するP545L/P545L細胞と内在性のAαGluを全く有さないC103X/C103X細胞を用いて、組換え酵素製剤(rAαGlu)とN-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)の併用による酵素製剤のプロセシング効果を調べた(
図8)。その結果、P545L/P545L細胞に対してはNB-DNJだけでもプロセシングが促進し、酵素成熟体は増加したが、rAαGluとNB-DNJを併用した方が遥かに酵素成熟体量の増加は顕著であった。
【0063】
ポンペ病に対する化学シャペロン化合物であるN-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)は、内在性の変異酵素のみならず外部から細胞内に取り込まれた組換え酵素製剤(rAαGlu)に対しても酵素タンパク質のプロセシングを促進させた。このことから、外部から細胞内に取り込まれたrAαGluは凝集塊などのような異常構造塊を形成しており、それにより正常なプロセシングを受けることができないのではないかと考え、細胞内に取り込まれたrAαGlu酵素タンパク質の凝集塊の形成とそれに対するNB-DNJの効果を解析した(
図9)。その結果、当初予想したごとく、細胞内取り込まれたrAαGlu酵素タンパク質は凝集塊を形成していた。NB-DNJは濃度依存的にその凝集塊形成を抑制した。
【0064】
細胞内においては、タンパク質が凝集塊を形成する際にはジスルフィド(S-S)結合が形成され、より強固な高分子凝集塊になることが知られている。そこで、この凝集塊形成へのS-S結合の関与と、S-S結合による高分子凝集塊に対するN-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)の効果を解析した(
図10)。その結果、細胞内に取り込まれたrAαGlu酵素タンパク質はS-S結合による強固な高分子凝集塊を形成していることが明らかとなった。また、このS-S結合による高分子凝集塊の形成は、NB−DNJ濃度依存的に抑制された。
【0065】
前述のごとく、一般に細胞内でタンパク質が凝集塊を形成する場合には、その前駆段階としてそのタンパク質の正常高次構造の破綻が引き金となっていることが知られている。そこで、本発明者らは、細胞内のAαGlu酵素タンパク質の高次構造の異常を検出する方法の確立を試みた。細胞内のタンパク質、特にリソソーム内のような親水性環境の中ではタンパク質はその疎水性アミノ酸残基を内包し、タンパク質表面は親水性アミノ酸残基で覆われ、お互いに凝集することなく、その環境の中で拡散している。ところが、何らかの原因でその高次構造が崩れると内部の疎水性アミノ酸残基が蛋白表面に露出し、凝集塊を形成することとなる。本発明者らは、この高次構造が崩れた際にタンパク質表面に暴露される疎水性アミノ酸に着目し、その疎水性アミノ酸を特異的に認識しタンパク質加水分解するキモトリプシンの機能を利用することで正常高次構造と構造異常のタンパク質を識別できるのではないかと考えた。
【0066】
キモトリプシンはブタなどの膵臓から精製されて市販されているが、その中には極微量であるが親水性アミノ酸残基を認識するトリプシンも不純物として含まれている。そこで、本発明に使用するキモトリプシンは、Tosyl-L-lysine chloromethyl ketone(TLKC)で化学修飾された酵素標品を用いた。TLKCはトリプシンの活性中心を化学結合することで、トリプシン活性だけを不可逆的に完全に阻害することができる。したがって、本発明で使用したキモトリプシンのTLKC処理は、酵素タンパク質の正常高次構造形成の有無を識別する際に極めて重要である。
【0067】
酵素タンパク質の正常高次構造を検出する方法を開発するため、正常高次構造を有するAαGluと正常高次構造を失ったAαGluを作製し、両酵素タンパク質に対するTLKC処理されたキモトリプシンの反応性を調べた(
図11)。両酵素タンパク質に内在性のAαGluを全く持たないC103X/C103X細胞の細胞抽出液をタンパク質濃度が0.5mg/mlとなるように添加後、キモトリプシンと反応させ、その反応産物をウエスタンブロットにより解析した。その結果、正常高次構造を有するAαGlu(Active AαGlu)ではキモトリプシン活性0〜200mu/mlまで全く分解されることなく明瞭なバンドとして認められた。一方、正常高次構造を失ったAαGlu(Inactive AαGlu)では、キモトリプシン活性80mu/mlで完全にAαGluタンパク質は分解されており、その分解断片が認められた。そこで、本発明では、分解断片の残存量などを考慮し、キモトリプシン活性160mu/mlを至適活性と決定し、キモトリプシンアッセイによってAαGlu酵素タンパク質の高次構造の異常を検出した。
【0068】
本発明は、従来のように細胞抽出液から特殊な方法で目的とするタンパク質を精製することなく、目的のタンパク質が含まれる細胞ホモジネートをそのまま用いて、目的タンパク質の高次構造の異常を検出することができる。このことから、本発明を用いることで簡便かつ迅速にタンパク質の構造異常の検出が可能となり、遺伝性代謝病に対する治療効果の判定や予測、また診断や予後判定、遺伝性代謝病の治療薬の提供など、多岐にわたる基礎研究や臨床への応用が可能である。
【0069】
本発明者らが開発したキモトリプシンアッセイを用いて、ポンペ病患者由来の培養線維芽細胞を対象に、培養液に異なる濃度のN-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)を添加し培養後、その細胞試料を用いてキモトリプシンアッセイを行った(
図12)。その結果、先行研究で示されたごとく、AαGlu酵素タンパク質のプロセシングはNB-DNJ濃度依存的に促進し、酵素成熟体が顕著に増加した。キモトリプシンを反応させたものでは、酵素前駆体はほとんど消失し、中間体と成熟体のみが存在した。このことから、内在性のAαGlu酵素タンパク質に対するNB-DNJの効果は、酵素の正常高次構造を形成・維持することによりプロセシングを促進させ、中間体や成熟体の高次構造の維持に関与することが初めて明らかとなった。
【0070】
さらに本発明者らは、酵素補充と化学シャペロンの併用療法の効果について、キモトリプシンアッセイを用いて解析を行った(
図13)。その結果、外部から細胞内に取り込まれたAαGluに対してもNB-DNJによりプロセシングが促進し、増加した成熟体は正常な高次構造を有していることが証明された。特に注目すべきことは、NB-DNJによりプロセシングが促進し、正常高次構造の成熟体はNB-DNJ濃度依存的に10倍以上まで増加することである。このことは、論理的に考えて酵素補充と化学シャペロンを併用すれば、現在使用している組換え酵素製剤の量を10分の1程度に減量できることを意味しており、ひいては薬価の低減、抗体産生の抑制につながるものと期待される。
【0071】
以上のごとく、本発明において使用できるプロテアーゼは、酵素タンパク質の表面に露出した疎水性アミノ酸残基を標的として加水分解酵素であればいずれでもよいが、特にキモトリプシンが好ましい。なお、本発明においては、キモトリプシンとしては、疎水性アミノ酸のC末端を加水分解するが、僅かではあるが親水性アミノ酸のC末端を加水分解するトリプシン活性を有しているので、このトリプシン活性を完全に抑制したTLCK処理したキモトリプシンを使用することが必要である。
【0072】
つまり、本発明で使用するプロテアーゼ、例えばキモトリプシンは、AαGluの構造異常を認識して酵素タンパク質を分解する(
図11)。一方、AαGluの高次構造が正常ならば、そのプロテアーゼはAαGlu酵素タンパク質表面の疎水性アミノ酸残基を認識することができず、酵素タンパク質を分解することはできない。
【0073】
本発明では、プロテアーゼを使用して、化学シャペロン化合物によりプロセシングが促進された変異AαGluの正常高次構造が形成・維持されていることを確認することができる(
図12)。
【0074】
さらに、本発明では、プロテアーゼを使用して、化学シャペロン化合物が外部から細胞内に取り込まれたAαGluの折り畳み構造異常を抑制することを確認することができる(
図13)。
【実施例1】
【0075】
本実施例では、先ず化学シャペロン候補化合物の一つであるデオキシノジリマイシン(DNJ)がポンペ病患者細胞に対して化学シャペロン化合物として機能するか否か確認するための実験を行った(
図1)。すなわち、ポンペ病患者由来の培養線維芽細胞(Y455F/Y455F、P545L/P545L、525del/R600C、D645E/R845X、525del/525del)の培養液にDNJを添加し4日間培養後、酸性α-グルコシダーゼ(AαGlu)活性ならびに同じリソソーム酵素であるβ-ヘキソサミニダーゼ(β-Hex)活性を測定した。AαGlu 活性とβ-Hex 活性を同時に測定したのは、NB-DNJの効果がAαGluに特異的なものか否か検証するためである。なお、525del/525delは細胞内に内在性のAαGluを持たない陰性コントロールである。
【0076】
その結果、
図1に示すように、DNJを培養液に添加することによりY455F/Y455F細胞とP545L/P545L細胞においてAαGluの活性上昇が認められた。
【0077】
このことからDNJは化学シャペロン化合物としての機能を有していることが明らかとなった。一方、β-Hex活性では変化は認められなかったことから、DNJの効果はAαGluに特異的であることが立証された。
【実施例2】
【0078】
本実施例は、デオキシノジリマイシン(DNJ)を含めた5種類のポンペ病に対する化学シャペロン候補化合物の中で、どれが最も化学シャペロン化合物として有望であるかどうかを調べたものである。
【0079】
実験は、ポンペ病患者由来の培養線維芽細胞でDNJに反応してAαGlu活性が上昇した2種類の細胞(Y455F/Y455F細胞とP545L/P545L細胞)を用い、化学シャペロン候補化合物としてはデオキシノジリマイシン(DNJ)、N-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)、N-(7-オクタデシル)デオキシノジリマイシン(NO-DNJ)、N-(n-ノニル)デオキシノジリマイシン(NN-DNJ)、N-デドシルデオキシノジリナイシン(ND-DNJ)を用いた。この5種類の化学シャペロン候補化合物を異なる濃度となるように上述の2種類の患者細胞の培養液に添加し、4日間培養後に細胞内のAαGlu活性を測定した。
【0080】
その結果、
図2に示すごとく、N-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)が2つの細胞において最も高いAαGlu活性上昇効果を示した。
【0081】
このことから、5種類の化学シャペロン化合物の内、N-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)が最も化学シャペロンとしての機能が高いことが分かり、実験では主にNB-DNJを化学シャペロン化合物として使用することとした。
【実施例3】
【0082】
本実施例では、N-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)が正常細胞に存在するするAαGlu酵素タンパク質およびポンペ病患者由来細胞に存在するアミノ酸置換型変異AαGlu酵素タンパク質のプロセシングを正常化するかどうかを調べた。変異型AαGluタンパク質としては、先行実験によりNB-DNJにより細胞内AαGlu活性が上昇することが確認されているY455Fホモ接合体細胞およびP545Lホモ接合体細胞を実験に供した。
【0083】
正常細胞においては、AαGlu酵素タンパク質のプロセシングが正常に行われておりグリコーゲン分解能を有するAαGlu酵素成熟体が大量に存在していることから、グリコーゲンを完全に分解して細胞内に蓄積されることはない。したがって、化学シャペロン化合物であるNB-DNJを作用させてもAαGluのプロセシングに全く影響を及ぼしておらず、NB-DNJ存在下でもプロセシングが正常に行われていることを示している。
【0084】
一方、患者由来の培養線維芽細胞においては、NB-DNJ非存在下ではAαGluは酵素前駆体だけに認められ、AαGlu中間体ならびにグリコーゲン分解能を有するAαGlu成熟体は全く認められなかった。つまり、ポンペ病患者由来細胞では、グリコーゲンが細胞内で分解されずに蓄積されていることが容易に推察される。
【0085】
このような患者由来の培養線維芽細胞に化学シャペロン化合物であるNB-DNJを作用させると、AαGlu前駆体がAαGlu中間体を介してAαGlu成熟体へとプロセシングされ、グリコーゲン分解能を有する酵素成熟体量が顕著に増加した。つまり、このことは、増加した酵素成熟体により細胞内でグリコーゲンが分解され過剰蓄積されないものと思われる。
【実施例4】
【0086】
本実施例では、患者細胞内でプリセシングが促進し、増加したAαGlu成熟体が本来の局在部位であるリソソームに到達しているか否か調べたものである。
【0087】
本実施例では、正常酵素を発現する細胞とN-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)でAαGlu活性が上昇することが確認されているY455F変異酵素を発現する細胞を用いて、免疫二重染色を行いNB-DNJによりプロセシングが促進し、AαGlu酵素成熟体が増加したY455F変異酵素の細胞内局在を解析した。
図4に示すごとく、シグナルがAαGluの存在位置を示し(左図)、赤色のシグナルがリソソームの位置を示す(中央図)。両者を重ねて2種類のシグナルが完全に一致したシグナルとなった場合には(右図)、AαGluがリソソームに到達していることを意味する。
【0088】
図4に示すごとく、正常細胞ではシグナル(
図4D)とシグナル(
図4E)が完全に一致しており(
図4C)、AαGluはリソソームに到達していることを示している。一方、変異酵素では、N-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)非存在下において、シグナル(
図4G)とシグナル(
図4H)は一致しておらず(
図4I)、AαGluはリソソームに到達していない。しかし、NB-DNJを添加した変異酵素では、シグナル(
図4J)とシグナル(
図4K)は完全に一致しており(
図4L)、変異AαGluはリソソームに到達していることを示している。
【0089】
この実験成果より、NB-DNJによりプロセシングが促進された患者細胞内のAαGluは、本来の局在部位であるリソソームに到達していることが証明された。このことは、NB-DNJを用いることで患者細胞内のAαGluのプロセシングを促進させ、AαGlu成熟体をリソソームへと輸送することで、リソソーム内でのグリコーゲン分解を促進することが可能であるものと推察される。
【実施例5】
【0090】
本実施例では、化学シャペロン化合物としてのN-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)が、どのくらいの種類の変異酵素に適応可能かどうかを調べるために、ポンペ病患者から同定された37例のアミノ酸置換型AαGlu変異酵素に対するNB-DNJの効果を調べたものである。
【0091】
本実験では、これまでにポンペ病患者から同定された37種類のアミノ酸置換型AαGlu酵素を発現する細胞を用いて、培養液中にNB-DNJ存在/非存在下で培養し、細胞内のAαGlu活性を測定した(
図5)。NB-DNJの効果はNB-DNJ非存在下のAαGlu活性に対するNB-DNJ存在下でのAαGlu活性の灯を求めて評価した。その結果、37例中13例(約35%)の変異酵素においてAαGlu活性の上昇が認められた。
【0092】
本実験に成果から、化学シャペロン化合物であるNB-DNJが適応できる変異酵素には限界があり、ポンペ病においては化学シャペロンだけでは、全ての患者に応用できないことが判明した。このことから、現在行われている酵素補充療法の問題点を補完するために、本発明者らは酵素補充と化学シャペロンの併用療法の有用性に関して更に実験を進めた。
【実施例6】
【0093】
本実施例では、酵素補充と化学シャペロンの併用療法の有用性を検証するために、ポンペ病患者由来の5種類の培養線維芽細胞を用いて、組換え酵素製剤(rAαGlu)とN-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)を細胞培養液に添加して細胞内AαGlu活性の変化を調べた。
【0094】
本実験では、ポンペ病患者由来の5種類の培養線維芽細胞を対象として実験を行った(
図6)。(1)NB-DNJに反応し細胞内AαGlu活性が上昇するP545L/P545L細胞、(2)細胞内に内在性のAαGlu酵素タンパク質が全く存在しなしC103X/C103X細胞、(3)細胞内に内在性のAαGlu酵素タンパク質は存在するが、活性が全くなく、NB-DNJに反応しないM439K/W746X細胞、(4)同様に、AαGlu酵素タンパク質は存在するが、NB-DNJに反応しないR437C/R437C細胞、(5)同様に、AαGlu酵素タンパク質は存在するが、NB-DNJに反応しない525del/R600C細胞の培養液にrAαGluならびにNB-DNJを同時にあるいはそれぞれ単独で添加し、4日間培養後、細胞内AαGlu活性を測定した。
【0095】
図6に示すごとく、5種類全ての細胞においてrAαGluとNB-DNJを同時に添加した場合に、細胞内AαGlu活性は最も高い値を示した。特に、NB-DNJに反応して酵素活性を増加させるP545L/P545L細胞においては、rAαGlu単独添加時の活性とNB-DNJ単独添加時の活性の総和よりも、両者を同時に添加した際の活性が明らかに高値を示した。このことから、rAαGluとNB-DNJの併用によるAαGluの活性上昇は、両者の相乗的な効果によることが示された。
【0096】
この実験成果から、酵素補充療法単独よりも化学シャペロン療法との併用療法の方が、より効果的な治療成果を得ることができることが立証された。
【実施例7】
【0097】
本実施例では、実施例6で示された細胞内AαGlu活性の上昇がどのようなメカニズムで生じているかを調べるため、ポンペ病患者由来の培養線維芽細胞を用いて、組換え酵素製剤(rAαGlu)とN-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)を培養液に添加し、ウエスタンブロットにより細胞内酵素タンパク質の挙動を解析した。
【0098】
本実験では、細胞内に内在性のAαGluを全く持たないC103X/C103X細胞を用いて、細胞培養液に一定量のrAαGluと様々な濃度のNB-DNJを添加し、4日間培養後、その細胞ホモジネートを用いてウエスタンブロットにより、細胞内に取り込まれたAαGluの挙動を解析した(
図7)。
【0099】
図7に示すごとく、細胞に取り込まれたAαGluは、NB-DNJ濃度依存的にプロセシングが促進し、結果的にグリコーゲンの分解能を有するAαGlu酵素成熟体の量が顕著に増加を示した。しかも、3種類の酵素タンパク質の総量もNB-DNJ存在下の方が増加傾向を示した。
【0100】
このことから、NB-DNJは外部から細胞内に取り込まれたAαGluの細胞内安定性に関与し、酵素タンパク質の分解処理を抑制すると共にプロセシングを促進することで、グリコーゲン分解能を有するAαGlu酵素成熟体の量を増加させることが示された。この実験により、実施例5で示した酵素補充と化学シャペロンの併用による細胞内AαGlu酵素活性上昇の分子メカニズムの一端が明らかとなった。
【実施例8】
【0101】
本実施例では、2種類のポンペ病患者由来の培養線維芽細胞を対象として、組換え酵素製剤(rAαGlu)とN-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)との併用効果をウエスタンブロットにより調べた。
【0102】
本実験は、(1)内在性のAαGluを全く有しないC103X/C103X細胞と(2)内在性のAαGluを有しNB-DNJに反応して細胞内酵素活性が上昇するP545L/P545L細胞を用い、その培養液にrAαGluならびにNB-DNJを同時添加あるいはそれぞれ別に添加し4日間培養した。その後、細胞ホモジネートを用いてウエスタンブロットにより、細胞内に取り込まれたAαGluの挙動を解析した(
図8)。
【0103】
その結果、
図8に示すごとく、P545L/P545L細胞ではNB-DNJを単独で添加した場合でもAαGlu成熟体へのプロセシングの促進が観察された。また、rAαGlu単独でもある程度のAαGlu成熟体が観察されたが、NB-DNJと併用することで、遥かに多くのAαGlu成熟体が観察された。このことからも、酵素補充療法と化学シャペロン療法単独の治療よりも、両者の併用療法の方が遥かに効果的な治療効果が得られることが立証された。
【0104】
本実施例で示されたように、外部から細胞内に取り込まれたrAαGluは、十分なプロセシングを受けることなく、酵素前駆体のままで存在していることが分かる。この原因として考えられることとしては、取り込まれたrAαGluが正常な高次構造を形成することができず、細胞内で凝集塊を形成していることである。すなわち、細胞内に取り込まれたrAαGluは、正常な高次構造が崩れることで酵素タンパク質内部に内包していた疎水性アミノ酸がタンパク質表面に露出し、その疎水性基同士によるファンデアヴァールス力や疎水性相互作用により構造異常の酵素タンパク質同士が会合することで最終的に凝集塊を形成し、それが細胞内タンパク質分解系(粗面小胞体関連分解など)により処理されていることが予想された。
【実施例9】
【0105】
本実施例では、実施例8の結果から考察された仮説を立証するために、細胞内に取り込まれた組換え酵素製剤(rAαGlu)の凝集塊の形成とそれに対すとN-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)の効果を、ポンペ病患者由来の培養線維芽細胞を用いて解析した。
【0106】
本実験では、内在性のAαGluを全く有していないC103X/C103X細胞を用いて、一定量のrAαGluと異なる量のNB-DNJを細胞培養液に添加して4日間培養後、細胞ホモジネートを回収した。回収した細胞ホモジネートを遠心処理し、沈殿物を洗浄したものを不溶性画分(凝集塊が存在する画分)、上清部分を可溶性画分とし、それぞれをウエスタンブロットにより解析した(
図9)。
【0107】
その結果、
図9に示すごとく、NB-DNJ非存在下では不溶性画分にAαGlu前駆体のバンドが明瞭に観察され、その凝集塊はNB-DNJ濃度依存的に消失していった。このことから、当初予想したごとく細胞内に取り込まれたrAαGluは凝集塊を形成していることが立証された。これがプロセシングを抑制している原因と考えられた。また、NB-DNJはこの凝集塊の形成を抑制することも明らかになった。
【0108】
本実施例により、細胞内に取り込まれたrAαGluが凝集塊を形成していることが示されたが、通常、細胞内でタンパク質が凝集塊を形成する際には、より強固な凝集塊とするためにジスルフィド(S-S)結合が形成されることが知られている。そこで、この仮説を立証するために、細胞内で形成されたAαGlu酵素タンパク質の凝集塊形成にS-S結合が関与しているかどうかを解析した。
【実施例10】
【0109】
本実施例では、細胞内に取り込まれた組換え酵素製剤(rAαGlu)が凝集塊を形成する際にS-S結合が関与しているか否か、更にその形成に対するN-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)の効果を調べるために、電気泳動を非還元性条件下(S-S結合を保持したままの条件)で行い、ウエスタンブロットにより解析した。
【0110】
本実験では、内在性のAαGluを全く有しないC103X/C103X細胞を用い、一定量のrAαGluと異なる量のNB-DNJを培養液に添加し、4日間培養後、細胞ホモジネートを試料とし、S-S結合を切断するメルカプトエタノールを試料希釈液から除去して、非還元性条件下でS-S結合を保持したまま電気泳動した。その後、ウエスタンブリットにより、AαGluによる高分子凝集塊の有無を確認した(
図10)。
【0111】
その結果、
図10に示すごとく、電気泳動の上段(高分子領域)にAαGluの高分子複合体が観察された。このことから、当初予想していたごとく、細胞内に取り込まれたrAαGluの凝集塊形成にはS-S結合が関与していることが示された。また、このS-S結合によるAαGlu高分子凝集塊の形成はNB-DNJを共存することで抑制できることも明らかとなった。
【0112】
実施例9ならびに10の実験成果より、外部から細胞内に取り込まれたrAαGluは、細胞内において高分子凝集塊を形成していることが明らかとなり、またその形成にはS-S結合が関与していることが示された。さらに、その凝集塊の形成をNB-DNJが抑制することも立証された。これが細胞内に取り込まれたAαGluのプロセシングを阻止している原因と考えられた。
【実施例11】
【0113】
上述のごとく、細胞内でタンパク質が凝集塊を形成する場合には、先ず、最初にそのタンパク質自体の正常高次構造が崩れ、内部に内包されていた疎水性アミノ酸がタンパク質表面に露出することが引き金となることが知られている。そこで、本発明者らは、この酵素タンパク質の構造異常を何らかの方法で検出する方法の開発を試みることとした。
【0114】
本実施例では、構造異常を起こしたタンパク質がその表面に露出する疎水性アミノ酸残基に着目し、かつ、プロテアーゼの中でも疎水性アミノ酸残基を認識してタンパク質を分解するセリンプロテアーゼの一種であるキモトリプシンの特性を利用して、正常高次構造と正常高次構造を失ったAαGluを識別できるかどうかを、TLKC処理キモトリプシンを用いて検証した。
【0115】
本実験では、組換え酵素製剤(rAαGlu)を酵素試料として用い、中性pHの保存液で4℃と37℃でインキュベート後、4℃保存では充分活性があることから正常高次構造を有するAαGlu(Active AαGlu)とし、37℃で保存したものは完全に失活していることから高次構造を失ったAαGlu(Inactive AαGlu)として実験に供した。また、Active AαGluとInactive AαGluには、内在性のAαGluを全く有していないC103X/C103X培養線維芽細胞の細胞ホモジネートを総タンパク質濃度が0.5mg/mlとなるように添加し、通常の細胞ホモジネートと同じ環境となるように調整した。この2つの酵素試料にTLKC処理キモトリプシンを0〜200mu/mlとなるように混和し、37℃、20分間反応後、95℃5分間加熱して酵素反応を止め、ウエスタンブロットにより、両AαGluタンパク質の分解の有無を観察した(
図11)。
【0116】
結果は
図11に示したごとく、正常高次構造を有しているActive AαGluは、本実施例での実験条件では全く分解されておらず、部分的な分解断片も一切観察されなかった。一方、正常高次構造を失ったInactive AαGluは、キモトリプシン活性80mu/mlで完全に酵素タンパク質が消失し、低分子領域に分解断片が認められた。
【0117】
この実験成果は本発明の根幹をなす重要な知見を含んでいる。先ず、最も重要な知見は、高次構造を有する酵素タンパク質と高次構造を失った酵素タンパク質の違いを、キモトリプシン活性に対する抵抗性/感受性の有無で識別できることである。次に、その違いの識別が細胞ホモジネートの存在下で可能であることである。細胞ホモジネート中には種々雑多なタンパク質が含まれていることから、キモトリプシンのプロテアーゼ活性を競合阻害することが予想されたが、キモトリプシンは多くのタンパク質が存在する中にあっても、AαGluの高次構造の異常を認識し、正常高次構造の酵素タンパク質は全く分解することなく、正常高次構造を失った酵素タンパク質を選択的に分解した。このことは、通常の細胞ホモジネートを試料としてその中に含まれるタンパク質の構造異常を簡便に検出することができることを意味している。
【実施例12】
【0118】
本実施例では、N-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)によりAαGluのプロセシングが促進した2種類のポンペ病患者由来の培養線維芽細胞を用いて、プロセシング促進により増加した酵素成熟体が正常高次構造を有しているか否かをキモトリプシンアッセイを用いて解析した。
【0119】
本実験では、NB-DNJによりAαGluのプロセシングが促進したP5454L/P545L細胞とY455F/Y455F細胞を対象に、細胞培養液に様々な濃度のNB-DNJを添加し、4日間培養後、その細胞ホモジネートを総タンパク質濃度0.5mg/mlに調整し160mu/mlのキモトリプシンと反応させ、その反応産物をウエスタンブロットにより解析した(
図12)。
【0120】
図12に示すごとく、両細胞共にNB-DNJによりAαGluのプロセシングは促進し、NB-DNJ非存在下では認められなかった酵素成熟体が、NB-DNJ濃度依存的に増加した。キモトリプシンを反応させたものでは、酵素前駆体は完全に消失し、酵素中間体と酵素成熟体は残存した。このことから、患者細胞に内在する変異AαGlu酵素タンパク質に対して、NB-DNJはその正常構造の形成・維持を促進し、正常なプロセシングへ導くことが示され、それによって増加した細胞内の酵素成熟体は正常な高次構造を有していることが立証された。
【実施例13】
【0121】
本実施例では、外部から細胞内に取り込まれた組換え酵素製剤(rAαGlu)が正常な高次構造を有しているか否か、また、N-ブチルデオキシノジリマイシン(NB-DNJ)によりプロセシングが促進し、酵素成熟体となったAαGlu酵素タンパク質が正常な高次構造を有しているか否かを調べるために、ポンペ病由来の培養線維芽をキモトリプシンアッセイを用いて検証した。
【0122】
本実験には、内在性のAαGluを全く有しないC103X/C103X細胞を用い、細胞培養液に一定量のrAαGluと様々な濃度のNB-DNJを添加し、4日間培養後、細胞ホモジネートは総タンパク質濃度を0.5mg/mlに調整し、160mu/mlのキモトリプシンを反応させ、その反応産物をウエスタンブロットにより解析した(
図13)。
【0123】
実験結果は、
図13に示すごとく、細胞内部に取り込まれたAαGlu酵素タンパク質は、NB-DNJによりプロセシングが促進し、酵素成熟体が増加した。増加した酵素成熟体は、キモトリプシンアッセイにより、正常な高次構造を有していることが初めて証明された。特に、プロセシング促進により増加した正常高次構造のAαGlu成熟体量は、MB-DNJ濃度依存的に顕著な増加傾向を示し、NB-DNJ非存在下と比べると10倍以上にも増加した。
【0124】
この実験成果もまた、極めて重要な意味を持っており、本発明の根幹をなすものである。すなわち、(1)細胞内に取り込まれたrAαGlu酵素タンパク質は、化学シャペロンであるNB-DNJによりプロセシングが促進し、酵素成熟体が増加すること、(2)さらに、増加した酵素成熟体は本発明によるキモトリプシンアッセイにより、正常な高次構造を有していることを証明できたことである。
【0125】
本発明の一つであるキモトリプシンアッセイは、リソソーム病を含む他の遺伝性代謝病のみならず細胞内タンパク質の高次構造の異常が原因となる、いわゆる「タンパク質折りたたみ異常症」のための治療法開発や、診断ならびに病型診断、予後の予測などに応用が可能である。