【解決手段】細菌Bの捕集装置1は、サンプルSの液体中に分散した複数の細菌Bを捕集する。捕集装置1は、レーザ光L1を発するレーザ光源50と、上記液体を保持可能に構成されたハニカム高分子膜12とを備える。ハニカム高分子膜12には、上記液体中に分散した複数の細菌Bが捕捉される細孔Pを規定するための隔壁Wが形成されるとともに、レーザ光源50からの光を熱に変換する材料を含む薄膜13が形成される。薄膜13は、レーザ光源50からのレーザ光L1を熱に変換してサンプルSの液体を加熱することによって、液体中に対流を生じさせる。
前記保持部材には、複数の細孔が前記空間として形成されるとともに、前記複数の細孔のうちの隣接する細孔間を互いに隔てる隔壁が前記内壁部および前記光熱変換領域として形成され、
前記捕集装置は、
前記光源からの光を集光する対物レンズと、
前記対物レンズにより集光された光を、前記隔壁と前記対物レンズとの相対的な位置関係を調整することによって前記隔壁に照射可能に構成された調整機構とをさらに備える、請求項1に記載の微小物体の捕集装置。
前記保持部材には、複数の細孔が前記空間として形成されるとともに、前記複数の細孔のうちの隣接する細孔間を互いに隔てる隔壁が前記内壁部および前記光熱変換領域として形成され、
前記対流を生じさせるステップは、対物レンズにより光を集光し、集光された光を前記隔壁に照射するステップを含む、請求項8に記載の微小物体の捕集方法。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0018】
本発明およびその実施の形態において、「微小物体」との用語は、ナノメートルのオーダーからマイクロメートルのオーダーまでの範囲のサイズを有する物体を意味する。微小物体の形状は特に限定されず、たとえば球形、楕円球形、ロッド形(棹形)である。微小物体が楕円球形の場合、楕円球の長軸方向の長さおよび短軸方向の長さの少なくとも一方がナノメートルのオーダーからマイクロメートルのオーダーまでの範囲であればよい。微小物体がロッド形の場合、ロッドの幅および長さの少なくとも一方がナノメートルのオーダーからマイクロメートルのオーダーまでの範囲であればよい。
【0019】
微小物体は、生体由来の物体を含み得る。より具体的には、微小物体は、たとえば細胞、微生物(細菌、真菌等)、抗原(アレルゲン等)、ウイルス、生体物質を含み得る。「生体物質」とは、タンパク質、核酸、脂質、多糖類等の生体高分子を含み得る。
【0020】
微小物体の他の例としては、金属ナノ粒子、金属ナノ粒子集合体、金属ナノ粒子集積構造体、半導体ナノ粒子、有機ナノ粒子、樹脂ビーズ、PM(Particulate Matter)などが挙げられる。「金属ナノ粒子」とは、ナノメートルのオーダーのサイズを有する金属粒子である。「金属ナノ粒子集合体」とは、複数の金属ナノ粒子が凝集することによって形成された集合体である。「金属ナノ粒子集積構造体」とは、たとえば複数の金属ナノ粒子が相互作用部位を介してビーズの表面に固定され、互いに隙間を設けて、金属ナノ粒子の直径以下の間隔で配置された構造体である。「半導体ナノ粒子」とは、ナノメートルのオーダーのサイズを有する半導体粒子である。「有機ナノ粒子」とは、ナノメートルのオーダーのサイズを有する有機化合物からなる粒子である。「樹脂ビーズ」とは、ナノメートルのオーダーからマイクロメートルのオーダーのサイズを有する樹脂からなる粒子である。「PM」とは、マイクロメートルのオーダーのサイズを有する粒子状物質である。
【0021】
本発明およびその実施の形態において、「ナノメートルのオーダー」には、1nmから1000nm(=1μm)までの範囲が含まれる。「マイクロメートルのオーダー」には、1μmから1000μm(=1mm)までの範囲が含まれる。したがって、「ナノメートルのオーダーからマイクロメートルのオーダーまでの範囲」との用語には、1nmから1000μmまでの範囲が含まれる。「ナノメートルのオーダーからマイクロメートルのオーダーまでの範囲」との用語は、典型的には数nm〜数百μmの範囲を示し、好ましくは100nm〜100μmの範囲を示し、より好ましくは1μm〜数十μmの範囲を示し得る。
【0022】
本発明およびその実施の形態において、「光を吸収する」あるいは「光吸収性を有する」との用語は、物質により吸収される光の強度がゼロより大きいという性質を意味する。光の波長領域は、紫外領域、可視領域、および近赤外領域のいずれかの領域、これら3つの領域のうちの2つの領域にまたがる領域、3つの領域のすべての領域にまたがる領域のいずれもよい。光吸収性は、たとえば光の吸収率の範囲によって定義することができる。この場合、吸収率の範囲の下限はゼロよりも大きければよく、特に限定されない。なお、吸収率の範囲の上限は100%である。
【0023】
本発明およびその実施の形態において、「ハニカム状」とは、複数の正六角形が2次元方向に六方格子状(ハチの巣状)に配列された形状である。複数の正六角形の各々には細孔が形成される。複数の細孔がハニカム状に配列された構造を有する構造体を「ハニカム構造体」と称する。各細孔は、ナノメートルのオーダーからマイクロメートルのオーダーまでの範囲の開口を有する孔である。細孔は、貫通孔であってもよく非貫通孔であってもよい。また、細孔の形状は特に限定されず、円柱形、角柱形、真球形を除く球形(たとえば半球形または半楕円球形)等の任意の形状を含み得る。
【0024】
本発明およびその実施の形態において、「マイクロバブル」とは、マイクロメートルのオーダーの気泡である。
【0025】
本発明およびその実施の形態において、「界面張力」とは、固液界面において液体がその表面をできるだけ縮小しようとする力を意味し、毛管力を含む。「毛管力」とは、毛管現象による力、すなわち固体表面間に挟まれた空隙もしくは固体表面に囲まれた狭い空間に液体が浸入しようとする力、または上記空隙もしくは空間内に浸入した液体が上記空隙もしくは空間内に保持される力を意味する。なお、毛管現象は、毛管(管状構造)内で起こる現象に限定されず、上記細孔内で起こる現象を含み得る。
【0026】
以下に説明する実施の形態では、微小物体の一つの例示的形態として細菌が採用される。ただし、上述のように微小物体は細菌に限定されるものではないことを確認的に記載する。
【0027】
[実施の形態]
<細菌捕集装置の構成>
図1は、本実施の形態に係る細菌の捕集装置の構成を概略的に示す図である。捕集装置1は、捕集キット10と、XYZ軸ステージ20と、サンプル供給部30と、調整機構40と、レーザ光源50と、光学部品60と、対物レンズ70と、照明光源80と、撮影機器90と、制御部100とを備える。以下、x方向およびy方向は水平方向を表す。x方向とy方向とは互いに直交する。z方向は鉛直方向を表す。重力の向きはz方向下方である。
【0028】
捕集キット10はサンプルSを保持する。本実施の形態において、サンプルSは、細菌B(
図2参照)が分散された液体である。捕集キット10の詳細な構成については
図3にて説明する。捕集キット10は、XYZ軸ステージ20上に搭載される。
【0029】
サンプル供給部30は、制御部100からの指令に応じて、捕集キット10上に液体状のサンプルSを供給する。サンプル供給部30としては、たとえばディスペンサを用いることができる。
【0030】
調整機構40は、制御部100からの指令に応じて、捕集キット10が搭載されたXYZ軸ステージ20のx方向、y方向およびz方向の位置を調整する。本実施の形態では対物レンズ70の位置が固定されているので、XYZ軸ステージ20の位置を調整することにより、捕集キット10と対物レンズ70との相対的な位置関係が調整される。調整機構40としては、たとえば顕微鏡に付属のサーボモータおよび焦準ハンドルなどの駆動機構を用いることができるが、調整機構40の具体的な構成は特に限定されるものではない。なお、調整機構40は、固定された捕集キット10に対して対物レンズ70の位置を調整してもよい。
【0031】
レーザ光源50は、制御部100からの指令に応じて、たとえば近赤外(たとえば波長1064nm)のレーザ光L1を発する。ただし、レーザ光L1の波長は、後述する薄膜13(
図3参照)の材料の光吸収帯に含まれる波長であれば、これに限定されるものではない。
【0032】
光学部品60は、たとえばミラー、ダイクロイックミラーまたはプリズムを含む。捕集装置1の光学系は、レーザ光源50からのレーザ光L1が光学部品60により対物レンズ70へと導かれるように調整される。
【0033】
対物レンズ70は、レーザ光源50からのレーザ光L1を集光する。対物レンズ70により集光された光は捕集キット10に照射される。ここで「照射する」とは、レーザ光L1が捕集キット10を通過する場合を含む。すなわち、対物レンズ70により集光された光のビームウエストが捕集キット10内に位置する場合に限定されない。なお、光学部品60および対物レンズ70は、たとえば倒立型顕微鏡本体または正立型顕微鏡本体に組み込むことができる。
【0034】
照明光源80は、制御部100からの指令に応じて、捕集キット10内のサンプルSを照らすための白色光L2を発する。1つの実施例として、ハロゲンランプを照明光源80として用いることができる。対物レンズ70は、照明光源80から捕集キット10に照射された白色光L2を取り込むためにも用いられる。対物レンズ70により取り込まれた白色光L2は、光学部品60により撮影機器90へと導かれる。
【0035】
撮影機器90は、制御部100からの指令に応じて、白色光L2が照射された捕集キット10内のサンプルS(
図2参照)を撮影し、撮影された画像を制御部100に出力する。撮影機器90には、CCD(Charge Coupled Device)イメージセンサまたはCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)イメージセンサを含むビデオカメラが用いられる。
【0036】
制御部100は、サンプル供給部30、調整機構40、レーザ光源50、照明光源80および撮影機器90を制御する。また、制御部100は、撮影機器90により撮影された画像に所定の画像処理を施す。制御部100は、いずれも図示しないが、CPU(Central Processing Unit)と、メモリと、入出力バッファ等とを含んで構成されるマイクロコンピュータによって実現される。
【0037】
なお、捕集装置1の光学系は、レーザ光源50からのレーザ光L1を捕集キット10に照射することが可能であるととともに捕集キット10からの白色光L2を撮影機器90に取り込むことが可能であれば、
図1に示した構成に限定されず、光ファイバ等を含んで構成されてもよい。また、捕集装置1において、サンプル供給部30、照明光源80および撮影機器90は必須の構成要素ではない。
【0038】
図2は、サンプルSに含まれる細菌Bの例を示す画像である。
図2(a)は緑膿菌のSEM(Scanning Electron Microscope)画像を示し、
図2(b)は黄色ブドウ球菌のSEM画像を示す。
【0039】
図2(a)に示すように、緑膿菌B1は棹菌である。典型的な緑膿菌(本実施の形態ではNRBC(NITE Biological Resource Center)番号3080)の長軸の長さ(長径)は約2μmであり、短軸の長さ(短径)は約0.5μmである。緑膿菌B1はグラム陰性菌である。
【0040】
一方、
図2(b)に示すように、黄色ブドウ球菌B2は球菌である。典型的な黄色ブドウ球菌(本実施の形態ではNBRC番号102135)の直径は、約0.8μmである。黄色ブドウ球菌B2はグラム陽性菌である。以下では、緑膿菌B1と黄色ブドウ球菌B2とを区別しない場合には細菌Bと記載する。
【0041】
図3は、捕集キット10の構成を説明するための概念図である。
図3(a)を参照して、捕集キット10は、基板11と、ハニカム構造体が形成された高分子膜(以下「ハニカム高分子膜」とも略す)12と、薄膜13とを含む。
【0042】
基板11には、たとえばカバーガラスが用いられる。ハニカム高分子膜12は基板11上に形成される。ハニカム高分子膜12は、その表面に沿って複数の細孔Pがハニカム状に配列された膜である。ハニカム高分子膜12の材料には樹脂を用いることができるが、その作製手法については後述する。なお、基板11は、本発明に係る「支持体」に相当する。ハニカム高分子膜12は、本発明に係る「保持部材」に相当する。
【0043】
図3(b)は、
図3(a)のIIIB−IIIB線に沿う捕集キット10の断面を説明するための図である。
図3(b)に示すように、ハニカム高分子膜12上には薄膜13がさらに形成される。レーザ光L1が照射される箇所(レーザスポットの位置)に薄膜13を部分的に形成してもよいが、本実施の形態ではハニカム高分子膜12の表面全体を覆うように薄膜13が形成される。したがって、薄膜13は、ハニカム高分子膜12の構造を反映してハニカム構造を有する。すなわち、薄膜13には、ハニカム状に配列された複数の細孔(空間)Pが形成されるとともに、複数の細孔Pのうちの隣接する細孔間を互いに隔てる隔壁Wが形成される。細孔Pの底面をPBで示す。また、隔壁Wの上面をWTで示し、隔壁Wの壁面(細孔Pの側面)をWSで示す。隔壁Wの側面WSは、本発明に係る「内壁部」に相当する。
【0044】
薄膜13は、レーザ光源50からのレーザ光L1を吸収して光エネルギーを熱エネルギーに変換する。すなわち、薄膜13(言い換えると、隔壁Wの上面WTおよび側面WSならびに細孔Pの底面PB)は、本発明に係る「光熱変換領域」に相当する。薄膜13の材料は、レーザ光L1の波長帯(本実施の形態では近赤外)に対する光吸収性(たとえば光熱変換効率)が高い材料であることが好ましい。本実施の形態では、厚みがナノメートルのオーダーの金薄膜が薄膜13として形成される。金薄膜は、スパッタまたは無電解メッキなどの公知の手法を用いて形成することができる。薄膜13の厚みは、レーザ光L1の強度(以下「レーザ出力」とも記載する)および薄膜13の材料の光吸収性を考慮して、設計的または実験的に決定することが好ましい。本実施の形態では、厚みが40nmの薄膜13を金スパッタにより形成した。
【0045】
<ハニカム高分子の作製>
本実施の形態におけるハニカム高分子膜12の作製手法について説明する。なお、この作製手法の詳細については、たとえば非特許文献1を参照することができる。
【0046】
図4は、ハニカム高分子膜12の作製手法を説明するための概念図である。ハニカム高分子膜12の基質(以下「ハニカム基質」とも略す)としては、有機溶媒(疎水性溶媒)に溶解可能な高分子を用いることができる。本実施の形態では、ポリスチレンがハニカム基質として用いられる。ハニカム基質には、親水基および疎水基の両方を有する微量の両親媒性ポリマーが添加される。本実施の形態では、ジメチルジステアリルアンモニウムブロミド(DimethyldioctadecylammoniumBromide)を親水基として有し、ポリスチレンスルホン酸ナトリウム(Poly(styrenesulfonicacid) sodium salt)を疎水基として有するポリイオンコンプレックス(PIC:polyion complex)が両親媒性ポリマーとして添加される。ただし、両親媒性ポリマーの種類は、PICに限られず、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロミド(CTAB)等の界面活性剤であってもよい。
【0047】
ハニカム高分子膜12を作製するための溶液の調製手順について具体的に説明する。まず、64.5mgのポリスチレンスルホン酸ナトリウムを50mLの超純水に溶解させた溶液を透明になるまで攪拌した。また、200mgのジメチルジステアリルアンモニウムブロミドを100mLの超純水に溶解させた溶液を70℃〜80℃に加熱しつつ半透明になるまで攪拌した。
【0048】
続いて、ジメチルジステアリルアンモニウムブロミドの溶液を攪拌しつつ、その温度を維持したままポリスチレンスルホン酸ナトリウムの溶液をメチルジステアリルアンモニウムブロミドの溶液に加え、さらに20分間攪拌した。これにより生じたコロイド状のPIC析出物の吸引濾過を行なった。吸引濾過されたPICを真空デシケータ内で乾燥させた。その後、25mgのポリスチレンと2.5mgのPICとを10mLのクロロホルムに混合し、その混合溶液を5分間激しく混合した。このようにして調整した溶液(以下「ハニカム溶液」とも記載する)121を基板11上に500μL滴下した。
【0049】
次に、ハニカム溶液121からのハニカム高分子膜12の作製手順について簡単に説明する。ハニカム溶液121の溶媒(クロロホルム)の蒸発に伴って潜熱が奪われることにより、ハニカム溶液121の表面が冷却される。そのため、ハニカム溶液121の上方に水蒸気を含む気流Fを流すと、ハニカム溶液と気流Fとの温度差により溶液表面が結露し、複数の水滴核(D1で示す)が生成する。各水滴は時間の経過とともに成長する(D1〜D4で示す)。このとき、ハニカム溶液121にPICが含まれていることで、複数の水滴同士の合一が抑制されるとともに各水滴の大きさが均一化される。そして、複数の水滴は、自己組織化によりハニカム状に配列する。溶媒の蒸発によりハニカム基質(ポリスチレン)が次第に濃縮され、ハニカム基質の濃度が飽和濃度(溶解度)に達すると、ハニカム基質が析出する。つまり、複数の水滴がハニカム状に固定される。その後(あるいは溶媒の蒸発と並行して)、各水滴を蒸発させる(D5で示す)。
【0050】
このように、自己組織化によりハニカム状に配列した複数の水滴を鋳型とすることでハニカム高分子膜12を作製することができる。なお、両親媒性ポリマーの種類に応じて水分子との静電相互作用の大きさが異なるので、水滴の成長度合いが異なる。この特性を用いることで細孔サイズを調整することができる。
【0051】
図5は、本実施の形態において作製されたハニカム高分子膜12の画像である。
図5(a)は、ハニカム高分子膜12の上面画像(実体顕微鏡像)を示す。
図5(a)から、ハニカム高分子膜12の細孔Pの規則性が高いことが確認される。より詳細に説明すると、複数の細孔Pについて、xy平面方向に沿う細孔開口の直径(細孔径)を算出したところ、平均細孔径は約5.0μmであった。つまり、細孔径は細菌B(
図2に示した緑膿菌B1および黄色ブドウ球菌B2)のサイズ(より詳細には長径)よりも大きいので、細菌Bが細孔開口を通過可能であることが分かる。さらに、細孔径の標準偏差は0.1μm以下であった。このことから、細孔径の均一性が高いことが分かる。
【0052】
図5(b)は、ハニカム高分子膜12の断面画像(SEM画像)を示す。細孔Pの直径(細孔Pを球として見たときのxy平面方向の直径)は約5.0μmであり、細孔Pの深さは約3.0μmであった。つまり、細孔Pの深さ(隔壁Wの高さ)は細菌Bのサイズ(より詳細には
図2に示した緑膿菌B1の短径、および黄色ブドウ球菌B2の直径)よりも大きいので、細菌Bを捕捉可能であることが分かる。また、細孔Pの底面PBに残るハニカム基質を詳細に観察すると、隣接する細孔P同士が底面側で互いに連通していることが分かる。
【0053】
<薄膜形成>
次に、金スパッタ処理されたハニカム高分子膜12に対してX線元素分析装置を用いて元素分析を行なった結果について説明する。
【0054】
図6は、金スパッタ後のハニカム高分子膜12の隔壁Wの上面WTの元素分析結果を示す図である。
図7は、金スパッタ後のハニカム高分子膜12の細孔Pの底面PBの元素分析結果を示す図である。
図8は、金スパッタ後のハニカム高分子膜12の隔壁Wの側面WS(細孔Pの壁面)の元素分析結果を示す図である。
図3(b)および
図6〜
図8を参照して、すべての箇所の元素分析結果において、金原子由来のピークが観察された。これにより、隔壁Wの上面WTだけでなく、細孔Pの底面PBおよび壁面(隔壁Wの側面WS)にも金薄膜が形成されていることが確認された。
【0055】
以上のように構成された捕集キット10において、細菌Bが分散した液体状のサンプルSが薄膜13上に滴下される。本実施の形態では、サンプルSの液体(分散媒)は水(超純水)である。細菌BはサンプルS内を移動し得る。たとえば緑膿菌B1は、鞭毛を有し、走化性を示すためである。本実施の形態では以下の方法により細菌Bを捕集し、さらに捕捉する。
【0056】
<細菌捕集フロー>
図9は、本実施の形態に係る細菌Bの捕集方法を示すフローチャートである。このフローチャートに含まれる各ステップは、基本的には制御部100によるソフトウェア処理によって実現されるが、その一部または全部が制御部100内に作製されたハードウェア(電気回路)によって実現されてもよい。なお、このフローチャートの開始時には、細菌Bが分散したサンプルSがサンプル供給部30内に設置されているものとする。
【0057】
図1および
図9を参照して、ステップS10において、制御部100は、捕集キット10を準備してXYZ軸ステージ20上に設置する。この処理は、たとえば捕集キット10の送り機構(図示せず)により実現される。
【0058】
ステップS20において、制御部100は、サンプルSが捕集キット10上に滴下されるようにサンプル供給部30を制御する。サンプルSの滴下量は、上述のように、たとえば500μL程度の微量であってもよいし、より多量であってもよい。
【0059】
ステップS30において、制御部100は、捕集キット10上のサンプルSに照射するための白色光L2を発するように照明光源80を制御するとともに、サンプルSの撮影を開始するように撮影機器90を制御する。
【0060】
ステップS40において、制御部100は、レーザ光源50からのレーザ光L1が捕集キット10の適切な位置に照射されるように、調整機構40を制御することによってXYZ軸ステージ20の位置を調整する。上記「適切な位置」としては、詳細は後述するが、隔壁Wの位置であることが好ましい(
図3(b)および後述する
図10参照)。この位置調整は、撮影機器90により撮影された画像から、たとえばパターン認識の画像処理技術を用いて細孔Pのパターンを抽出することによって実現することができる。
【0061】
ステップS50において、制御部100は、レーザ光L1を発するようにレーザ光源50を制御する。レーザ光L1は対物レンズ70により集光され、集光された光が隔壁Wに照射される。これにより、サンプルSの液体中に対流が生じ、液体中に分散している細菌Bがレーザスポット近傍に捕集され、ハニカム高分子膜12の細孔P内に捕捉される。細菌Bが捕集かつ捕捉される様子およびそのメカニズムについては
図10〜
図12にて詳細に説明する。
【0062】
ステップS60において、制御部100は、レーザ光源50を制御して捕集キット10へのレーザ光L1の照射を停止させる。これにより、一連の処理が終了する。
【0063】
なお、ステップS30の処理は、サンプルSを観察するための処理であって、細菌Bを捕集(かつ捕捉)するために必須の処理ではない。したがって、ステップS30の処理を含まないフローチャートを実行した場合でも細菌Bを捕集(かつ捕捉)することができる。
【0064】
<細菌捕集メカニズム>
以下、本実施の形態における細菌Bの捕集メカニズムおよび捕集結果について説明する。本実施の形態に係る細菌Bの捕集装置1では、レーザ光源50からのレーザ光L1を薄膜13に照射して光熱変換による熱を発生させ、それにより細菌Bの捕集を促進する。
【0065】
図10は、光熱変換の原理を説明するための図である。
図3(b)にて説明したように、ハニカム高分子膜12上には、ナノメートルのオーダー(本実施の形態では40nm)の厚みを有する金薄膜が薄膜13として形成される。この金薄膜は、一般的にナノメートルオーダーの微細な凹凸が生じる金スパッタにより形成されているので、
図10に示すような金ナノ粒子131の集合体であると言える。金薄膜表面の自由電子は表面プラズモンを形成し、レーザ光L1によって振動する。これにより分極が生じる。この分極のエネルギーは、自由電子と原子核との間のクーロン相互作用により格子振動のエネルギーに変換される。その結果、金薄膜は熱を発生させる。以下では、この効果を「光発熱効果」とも称する。
【0066】
なお、本実施の形態ではレーザ光L1として波長1064nmの光を用いて光発熱効果を生じさせるが、金薄膜の表面プラズモン共鳴波長(空気中または水中では400nm〜800nmの可視光の波長域に存在する波長)に近い波長の光をレーザ光L1として用いてもよい。これにより、同じレーザ出力でも、より多くの熱を発生させることができる。
【0067】
また、薄膜13の材料は金に限定されるものではなく、光発熱効果を生じ得る金以外の金属元素(たとえば銀)または金属ナノ粒子集積構造体(たとえば金ナノ粒子もしくは銀ナノ粒子を用いた構造体)などであってもよい。あるいは、薄膜13の材料は、レーザ光L1の波長帯の光吸収率が高い金属以外の材料であってもよい。そのような材料としては、黒体に近い材料(たとえばカーボンナノチューブ黒体)が挙げられる。
【0068】
図11は、本実施の形態における細菌捕集メカニズムを概略的に説明するための図である。なお、
図11では、図面が煩雑になるのを防ぐため、サンプルSの液体の界面を示す曲線の図示を省略している。
【0069】
図11(a)に示すように、レーザ光源50からのレーザ光L1の照射開始前には、細菌Bは、サンプルSの液体中を自由に移動し得る。ハニカム高分子膜12の細孔P内には細菌Bはほとんど捕捉されない。
【0070】
しかしながら、レーザ光L1の照射(以下「光照射」とも略す)を開始すると、レーザ光L1の照射位置(レーザスポット)の薄膜13の光発熱効果により、レーザスポット近傍が局所的に加熱される。これにより、レーザスポットに近いほど液体の温度が高くなる。つまり、光照射により液体中に温度勾配が生じる。この温度勾配に起因して、液体中に規則的な熱対流(層流)が定常的に発生する(
図11(b)参照)。以下では、この熱対流を単に「対流」と称する。対流の方向は、矢印Cで示すように、レーザスポットに向かい、その後レーザスポットから離れる方向である。このように狭い領域に対流が生じる理由は以下のように説明することができる。すなわち、加熱された領域の鉛直方向(z方向)上方に存在する液体が加熱により相対的に希薄となり浮力によって上昇する。それとともに、加熱された領域の水平方向(xy方向)に存在する低温の液体が加熱された領域に向けて流入する。
【0071】
この対流に乗って細菌Bがレーザスポットに向けて運ばれることによって、細菌Bがレーザスポット近傍に捕集される。ここで「捕集」とは、細菌Bがレーザースポット近傍に集められる作用を意味する。これにより、光照射がない場合と比べて、細菌Bがレーザスポットの周囲の細孔P上方を通過する頻度(単位時間当たりの回数)が高くなる。細菌Bは、細孔P上方を通過する際に細孔P内に捕捉される。ここで「捕捉」とは、細菌Bを細孔P内の空間に捉える作用を意味する。この捕捉は以下のように起こると考えられる。すなわち、細菌Bがレーザスポットに向けて運ばれる途中でレーザスポットの周囲(マイクロバブルMBの直径のたとえば10倍程度の領域内)の細孔P上方を通過する際に、細菌Bが隔壁Wに衝突して液体中を落下することで細菌Bが捕捉される。
【0072】
その後、
図11(c)に示すように光照射を停止すると、対流は弱まる。しかしながら、細孔P内に捕捉された細菌Bの多くは、捕捉された状態に維持される。この捕集および捕捉のメカニズムについては、後に比較例と対比しながらより詳細に説明する(
図20および
図21参照)。
【0073】
このように、本実施の形態によれば、レーザ光L1を薄膜13に照射することで光発熱効果により生じさせた対流を用いることによって、レーザスポットの周囲の細孔P上方を細菌Bが通過する頻度を高める。これにより、細菌Bを捕集および捕捉することができるとともに、細菌Bの捕集および捕捉に要する時間を大幅に短縮することができる。また、ハニカム高分子膜12を用いることによって、細菌Bを高密度に捕集することができる。さらに、捕集された細菌Bが光照射停止後においても細孔P内に捕捉された状態を維持することができる。
【0074】
図12は、光照射開始前後のハニカム高分子膜12の様子および細菌Bの挙動を説明するための連続画像である。
図12(a)は、レーザ光L1の照射開始前の画像を示す。
図12(b)〜
図12(f)は、光照射開始から5秒、50秒、53秒、56秒、86秒経過後の画像をそれぞれ示す。光照射開始から56秒後にレーザ光L1の照射を停止した。
【0075】
光照射開始前にもハニカム高分子膜12の細孔P内に捕捉された状態の細菌B(
図12では緑膿菌B1)は存在するものの、その量は少なかった(
図12(a)参照)。
【0076】
その後、光照射を開始した。
図12(b)〜
図12(d)ではレーザスポットを白円で示すが、レーザ光L1が隔壁Wの上面WT(
図3(b)参照)に照射されていることが分かる。
図12(b)に示すように、光照射を開始すると、一部の細菌Bがレーザスポット近傍に捕集され、細孔P内に捕捉された。これは、光照射による対流の発生が始まったためと考えられる。
【0077】
レーザ光L1の照射をさらに続けると、
図12(c)に示すように、光照射開始から約50秒が経過した時点でレーザスポット近傍が黒くなる様子が観察された。これは、レーザスポット近傍の液体の温度上昇によりマイクロバブルMBが発生したためと考えられる。マイクロバブルMBは時間の経過とともに成長した(
図12(d)参照)。マイクロバブルMB発生後はレーザスポットを中心に対流が発生している様子が観察された。その結果、レーザスポット近傍に限らず、レーザスポットからある程度離れた位置においても細菌Bが細孔P内に捕捉された。また、細孔P内に捕捉された細菌Bが動いている様子も観察された。
【0078】
レーザ光L1の照射を停止すると、
図12(e)に示すように、マイクロバブルMBは直ちに消失した。しかしながら、細孔P内に一旦捕捉された細菌Bは、細孔P内で動き続けているものの細孔P外へと脱出することはなかった。また、光照射停止から30秒経過後も細菌が細孔P内に捕捉された状態が維持された(
図12(f)参照)。
【0079】
<細菌の生死判定>
光照射により液体の温度が過度に上昇すると、捕集された細菌Bが死滅してしまう可能性が考えられる。以下では、捕集された細菌Bの生死を細菌Bの蛍光染色により判定した結果について説明する。
【0080】
図13は、細菌Bの蛍光染色手法を説明するための図である。本実施の形態では、蛍光色素としてSYTO9(登録商標)とPI(Propidium Iodide)とが用いられる。SYTO9は、膜透過性を有するDNA染色試薬であり、細菌の細胞膜(グラム陰性菌である緑膿菌では外膜)に損傷が生じているか否かにかわらずDNAを染色する。つまり、生存している細菌(生菌)と、死滅した細菌(死菌)との両方がSYTO9により染色される。SYTO9を含む細菌にSYTO9の励起波長の光を照射すると緑色の蛍光を発する。一方、PIは膜透過性を有さない。そのため、細胞膜に損傷が生じている細菌(すなわち死菌)のみがPIにより染色される。PIを外部から励起すると赤色の蛍光を発する。
【0081】
図14は、捕集された緑膿菌の蛍光観察像である。
図15は、捕集された黄色ブドウ球菌の蛍光観察像である。
図14(a)および
図15(a)は、SYTO9の励起波長による蛍光観察像(以下「SYTO9画像」とも記載する)を示す。
図14(b)および
図15(b)は、PIの励起波長による蛍光観察像(以下「PI画像」とも記載する)を示す。レーザスポットは、各画像のほぼ中央に位置する。レーザ光源50からのレーザ出力は、いずれも0.04Wであった。対物レンズの倍率は100倍であり、対物レンズ70通過後のレーザ出力は、レーザ光源50からのレーザ出力の約20%であった。
【0082】
SYTO9画像より、緑膿菌および黄色ブドウ球菌の菌種にかかわらずレーザスポットの周囲に細菌Bを高密度に捕集して細孔P内に捕捉できることが分かる。その一方で、PI画像に示すように、緑膿菌および黄色ブドウ球菌のいずれに関してもレーザスポット近傍に死菌がわずかに観察される。また、同一菌種のSYTO9画像とPI画像とを比較すると、SYTO9画像にて観察される細菌量(生菌+死菌の量)に対してPI画像にて観察される細菌量(死菌の量)が少ないことから、細菌Bの生存率が高いことが示唆される。
【0083】
なお、レーザスポット近傍に捕集された細菌Bが死滅する理由としては、上述のようにレーザスポット近傍が局所的に高温になるためと考えられる。このことは、ハニカム高分子膜12の基質であるポリスチレンのガラス転移点が約100℃であるところ、レーザスポット近傍のポリスチレンのガラス転移が観察されたことによって裏付けられる。
【0084】
<レーザ出力依存性>
次に、細菌Bの捕集密度(捕集された細菌Bの密度)および生死状態のレーザ出力依存性について説明する。
【0085】
図16は、異なるレーザ出力条件下で捕集された緑膿菌量を比較するための蛍光観察像(SYTO9画像)である。
図17は、異なるレーザ出力条件下で捕集された黄色ブドウ球菌量を比較するための蛍光観察像(SYTO9画像)である。
図16には、レーザ光源50からのレーザ出力が0.01Wから0.07Wまでの範囲で0.01Wずつ異なる場合の結果を示す。
図17についても同様である。レーザスポットは、各画像のほぼ中央に位置する。なお、図示しないが、SYTO9画像に加えてPI画像も取得した。
【0086】
図16および
図17に示すように、緑膿菌および黄色ブドウ球菌のいずれにおいてもレーザ出力が増加するのに伴い、より多くの細菌Bがレーザスポットの周囲に捕集された。
【0087】
また、
図16(e)〜
図16(g)および
図17(e)〜
図17(g)にて特に顕著に観察されたように、レーザスポット近傍であっても細菌Bが捕集されていない領域が存在する。これは、マイクロバブルMB直下の領域(マイクロバブルMBと薄膜13との間の領域)には細菌Bが侵入できないところ、レーザ出力が大きくなるに従ってマイクロバブルMBが大きく成長し、細菌Bが侵入できない領域が増大するためと考えられる。
【0088】
SYTO9により染色された細菌(生菌+死菌)は、SYTO9の励起波長の光照射下で緑色の輝点として観察される。したがって、観察領域で観察される緑色の輝点数を数えることによって、捕集された細菌数(全細菌数)を求めることができる。そのようにして求めた細菌数から下記式(1)に従って細菌Bの捕集密度を算出することができる。
捕集密度=緑色の輝点数/観察領域の面積 ・・・(1)
【0089】
一方、PIにより染色された細菌(死菌)は、PIの励起波長の光照射下で赤色の輝点として観察される。PI画像についてもSYTO9画像と同様に、赤色の輝点数から死菌数を求めることができる。
【0090】
本実施の形態では、細菌Bの生存率を下記式(2)のように定義した。すなわち、全細菌数と死菌数との差分を生菌数と推定し、全細菌数に対する生菌数の割合を生存率と定義した。そして、緑色の輝点数および赤色の輝点数を数えることで生存率を算出した。
生存率=(緑色の輝点数−赤色の輝点数)/緑色の輝点数 ・・・(2)
【0091】
図18は、細菌Bの捕集密度および生存率のレーザ出力依存性を示す図である。
図18(a)は緑膿菌での算出結果を示し、
図18(b)は黄色ブドウ球菌での算出結果を示す。
図18(a)および
図18(b)において、横軸は、レーザ光源50からのレーザ出力を表す。左側の縦軸は細菌Bの捕集密度[単位:10
7個/cm
2]を表し、右側の縦軸は細菌Bの生存率を表す。
【0092】
生存率は、緑膿菌および黄色ブドウ球菌のいずれに関してもレーザ出力にかかわらず90%程度であることが分かった。このように、本実施の形態によれば、高い割合で細菌Bを生きたまま捕集かつ捕捉することができる。
【0093】
一方、捕集密度は、緑膿菌および黄色ブドウ球菌のいずれに関してもレーザ出力に依存した。本実施の形態では、レーザ出力が0.04Wの場合に捕集密度は最大(約10
7個/cm
2)であった。この最大密度は、光照射を行なわない場合の密度の約1000倍である。このように、できるだけ高い捕集密度を実現するためには、実験またはシミュレーションによりレーザ出力を適切な値に設定することが望ましい。
【0094】
レーザ出力が0.04Wよりも高くなるに従って細菌Bの捕集密度が低下した理由としては以下の2点が考えられる。第1の理由は、各細孔P内に捕捉可能な細菌数には上限が存在するためである。このため、レーザスポット近傍の細孔P内に捕捉された細菌数が上限に達して飽和している場合には、たとえレーザ出力の増加に伴い対流が強まってレーザスポットへ向かう細菌数が増加したとしても、それ以上の細菌Bは捕集されない。第2の理由は、上述のようにレーザ出力の増加に伴いマイクロバブルMBが成長することによって、細菌Bが侵入できない領域が増大することである。
【0095】
<捕集された細菌の機能評価>
図14および
図15にて説明した染色観察像から、レーザ光L1の照射による細菌Bの細胞膜(外膜)への損傷はほとんど生じないことが確認された。しかしながら、捕集された細菌Bの細胞膜に損傷が生じていないことは、細菌Bがその機能を維持していることを必ずしも意味するものではない。そこで、細菌B捕集後のハニカム高分子膜12を培養液(液体培地)に添加することで、捕集された細菌Bを培養した。
【0096】
図19は、捕集された細菌Bの培養前後の培養液の画像である。19(a)は培養開始前の画像を示し、
図19(b)は18時間培養後の画像を示す。培養前後の培養液の画像を比較すると、培養後の培養液が培養前の培養液と比べて懸濁していることが確認された。これは、捕集された細菌Bが増殖したことを意味する。これにより、本実施の形態に係る捕集装置1によって捕集された細菌Bが、その機能(代謝機能または増殖機能)を維持していることが分かる。
【0097】
<比較例との対比>
以下、本実施の形態に係る細菌捕集メカニズムについて、理解が容易になるように比較例に係る細菌捕集メカニズム(特許文献4参照)と対比しながら詳細に説明する。
【0098】
図20は、比較例における細菌捕集メカニズムを説明するための図である。
図21は、本実施の形態における細菌捕集メカニズムを詳細に説明するための図である。まず、光発熱効果による加熱の相違点について説明する。
【0099】
図20(a)に示すように、比較例に係る捕集キット10Aは、基板11A上にハニカム高分子膜12が形成されていない点において、本実施の形態に係る捕集キット10と異なる。捕集キット10Aでは、基板11A(たとえばカバーガラス)上に、厚みがナノメートルのオーダーの金薄膜である薄膜13Aが直接形成されている。
【0100】
光照射を開始すると、
図20(b)に示すように、レーザスポットにマイクロバブルMBが発生するとともに液体中に対流が発生する。マイクロバブルMBは、レーザスポット近傍の温度上昇に伴い成長する(
図20(c)参照)。マイクロバブルMBと薄膜13Aとの間には、対流の流速が略ゼロとなる淀み領域が生じる。比較例では、対流により運ばれた細菌Bが淀み領域(およびその周囲の領域)に滞留することで捕集される。
【0101】
ここで、薄膜13Aの材料である金は、光熱変換効率が高いだけでなく熱伝導率も高い。より詳細には、分散媒である水の熱伝導率が0.6W/(m・K)であり、基板11Aの材料であるガラスの熱伝導率が1W/(m・K)であるのに対し、金の熱伝導率は320W/(m・K)である。なお、ハニカム高分子膜12の基質であるポリスチレンの熱伝導率は、0.1W/(m・K)である。
【0102】
熱伝導率が高い金薄膜が形成されている領域(xy平面方向に延在する領域R)に着目した場合に、比較例では、薄膜13Aが基板11Aの表面に沿って一様に(連続的に)形成されている。薄膜13Aのうちレーザ光L1が照射された箇所が熱源となるところ、この熱源で発生した熱は、薄膜13A内をxy平面方向に伝導する。よって、比較的広い範囲の液体が加熱される(加熱領域を斜線で示す)。よって、細菌Bが捕集された淀み領域において、広範囲に亘って薄膜13Aの温度が上昇し得る。その結果、死滅する細菌Bの割合が高くなる可能性がある。
【0103】
これに対し、本実施の形態においては、
図21(a)に示すように、基板11上にハニカム高分子膜12が形成され、ハニカム高分子膜12上に薄膜13がさらに形成される。そして、薄膜13のうち隔壁Wの表面に形成された箇所が熱源となる。この熱源は液体中に突出しているので、熱源で発生した熱は、熱源近傍の液体を集中的に加熱する。さらに、隔壁Wのうち薄膜13間の領域(xy平面方向のある側面WSと他の側面WSとの間の領域)には熱伝導率が低いポリスチレンが存在する。ポリスチレンによってもxy平面方向の熱伝導が阻害され、熱がxy平面方向に関して熱源近傍に閉じ込められやすくなる。したがって、本実施の形態において熱が伝わる領域(加熱領域)は、比較例における加熱領域と比べて狭い。
【0104】
このように、比較例ではレーザスポットがいわば「面熱源」として作用するのに対し、本実施の形態においてはレーザスポットがいわば「点熱源」として作用する。そのため、本実施の形態では、比較例と比べて、薄膜13の温度が過度に上昇する範囲が狭くなり、レーザスポットを中心とする広範囲の細孔P内に捕捉された細菌Bへの熱的なダメージが低減される。よって、死滅する細菌Bの割合を低減して細菌Bの生存率を向上させることができる。
【0105】
さらに、本実施の形態では、隔壁W上に形成された薄膜13にレーザ光L1が照射されるように、捕集キット10と対物レンズ70との相対的な位置関係が調整される。レーザ光L1の照射位置は隔壁Wの側面WSであってもよいが、隔壁Wの上面WTであることがより好ましい。
【0106】
細孔Pの底面PBに形成された薄膜13にレーザ光L1を照射することも考えられる。しかしながら、そうすると、隔壁Wにより対流の発生が阻害されるので、対流を生じさせるためにはレーザ出力を十分に高くしなければならなくなる。これに対し、本実施の形態においては隔壁Wにレーザ光L1を照射することにより、相対的に低いレーザ出力で対流を生じさせることができる。その結果、薄膜13の過度の温度上昇を抑制し、細菌Bの生存率を一層向上させることができる。
【0107】
なお、一般に、ハニカム構造体は、その構造に起因する撥水性(および撥油性)を有することが知られている。さらに、薄膜13の材料である金は疎水性を有する。そのため、分散媒である水は細孔P内に浸入しにくく、光照射前の細孔P内には空気が存在し得る。したがって、細孔P内に水が浸入しやすくなるように、基板11上への液体の滴下前には基板11表面にアルコール処理を施し、基板11表面を親水性に変化させておくことが望ましい。
【0108】
続いて、ハニカム高分子膜12による細菌Bの捕捉作用について説明する。ハニカム構造体は、上述のように撥水性(および撥油性)を有する一方で、液体が細孔内に一旦入り込むと、その液体を保持する性質(液体保持性)を有する。これは、液体と細孔表面との界面における界面張力(より詳細には毛管力)によるものである。対流によりレーザスポット近傍に捕集され細孔P内に捕捉された細菌Bは、ハニカム構造体の液体保持性により細孔P内に液体とともに保持される。したがって、光照射停止後であっても細菌Bを細孔P内に捕捉することができる。なお、捕捉された細菌Bについては、抗体等を用いて細孔P内の内壁または底面に固定してもよい。
【0109】
このように、細孔径の上限値(上限サイズ)は、毛管力(あるいは毛管現象)が生じるサイズを考慮して決定することが好ましい。毛管現象が顕著に生じるか否かは、液体の表面張力と、接触角を指標値とする細孔表面の濡れ性と、細孔径とによって主に定まる。本実施の形態のように、液体の主成分が水であり、樹脂を材料とする細孔表面に金属薄膜が形成されている場合、細孔径の上限値は、好ましくは数100μmであり、より好ましくは数10μmである。なお、細孔径の下限値(下限サイズ)は、捕集対象の細菌B(あるいは他の微小物体)のサイズおよび数に応じて決定される。細孔径の下限値は、少なくとも1つの細菌Bの短径よりも大きい。
【0110】
同様に、細孔Pの隔壁Wの高さ(深さ)も細菌B(あるいは他の微小物体)のサイズおよび数に応じて決定される。隔壁Wの高さの上限値は、好ましくは数100μmであり、より好ましくは10μmである。なお、隔壁Wの高さの下限値は、細菌Bの短径よりも大きいことが好ましいが、少なくとも1つの細菌Bを捕捉可能であれば特に限定されるものではなく、たとえば細菌Bの短径の半分程度であってもよい。
【0111】
以上のように、本実施の形態によれば、ハニカム高分子膜12上に形成された光熱変換部材としての薄膜13にレーザ光L1を照射することによって、光発熱効果による対流を生じさせる。ハニカム高分子膜12では複数の細孔Pがハニカム状に配列しているので、細菌Bを高密度に捕集し、さらに捕捉可能である。また、対流を生じさせることによってレーザスポット近傍での細菌Bの捕集を促進し、捕集時間を短縮することができる。さらに、ハニカム構造による熱の閉じ込め効果によって過度の温度上昇が起こる領域が狭められるので、高い生存率で細菌Bを捕捉することができる。また、光照射により細孔P内に捕捉された細菌Bについて、光照射停止後にもハニカム構造体の液体保持性により細孔P内に捕捉した状態を維持させることができる。
【0112】
[変形例]
実施の形態では、複数の細菌Bが捕捉される空間として、ハニカム状に配列した複数の細孔Pを例に説明した。しかし、本発明に係る「複数の微小物体を捕捉するための空間」の構成は、これに限定されるものではない。実施の形態の変形例1〜3では「空間」の他の構成例について説明する。
【0113】
図22は、実施の形態の変形例に係る、微小物体を捕捉するための空間の例を説明するための捕集キットの上面図である。
図5(b)に示した断面図では、複数の細孔Pのうちの隣接する細孔間が底面PBにおいて互いに連通していると説明した。しかし、
図22(a)に示すように、複数の細孔P1が細孔の上面(開口)において互いに連通していてもよい。
【0114】
また、複数の細孔Pの配列はハニカム状に限定されない。さらに、各細孔Pの開口形状も円形(楕円形)に限定されない。捕集対象の微小物体のサイズよりも大きいサイズを有する任意の多角形を任意に配列することができる。たとえば
図22(b)に示すように、正方形の細孔P2をマトリクス状に配列させてもよい。ただし、各々が円形の開口形状を有する複数の細孔Pをハニカム状に配列することにより、最も高密度に細孔を配列させることができる。
【0115】
さらに、複数の細孔Pに代えて1または複数の溝を形成してもよい。溝の形状も特に限定されず、たとえば同心円形状であってもよいし直線状であってもよい。
図22(c)では渦形状の溝P3を示す。なお、フォトリソグラフィー等の微細加工技術を用いることにより、ガラス基板等に所望の形状の細孔または溝を形成することができる。
【0116】
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。