【課題】含鉄物質からの鉄の供給を促進し、かつ安定的に持続させることのできる、新規かつ改良された鉄分の供給材、鉄分の供給材の製造方法、及び鉄分の供給方法を提供する。
【解決手段】含鉄物質と、針葉樹を主原料とする腐植酸含有物質とを含有することを特徴とする鉄分の供給材が提供される。このような腐植酸含有物質は、多くのプロトカテキュ酸を含む。さらに、腐植酸含有物質は、アミノ酸供給源としても機能する。そして、腐植酸含有物質から溶出したプロトカテキュ酸及びアミノ酸は重合してアミノ酸−プロトカテキュ酸重合体となる。このアミノ酸−プロトカテキュ酸重合体は含鉄物質中の鉄分を還元して水中に溶出させる。さらに、アミノ酸−プロトカテキュ酸重合体は、水中に溶出した鉄分のキレーターとしても機能する。
前記含鉄物質は、鉄鋼スラグ、スケール、鉄粉、酸化鉄粉、砂鉄、及び石炭溶融灰のうち、少なくとも1種を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の鉄分の供給材。
前記含鉄物質は、鉄鋼スラグ、スケール、鉄粉、酸化鉄粉、砂鉄、及び石炭溶融灰のうち、少なくとも1種を含むことを特徴とする請求項6〜9のいずれか1項に記載の鉄分の供給材の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
海水のpHは、8.0〜8.3で維持されており、含鉄物質から鉄イオンの溶出は困難な環境である。また、鉄イオンが溶出したとしても、水酸化物イオン(OH
−)と結合し、コロイド状の水酸化鉄として沈殿してしまう。そこで、特許文献1〜3では、含鉄物質を弱酸性の腐植酸含有物質などと混合する。これにより、含鉄物質から鉄イオンを溶出させる。溶出した鉄イオンは、配位子と錯体を形成する。すなわち、特許文献1〜3では、溶存態として鉄分を供給する。
【0009】
実際、(特許文献1、2)では、海水中に鉄分を供給し、海藻を繁茂させることができたが、鉄分を供給できる期間や濃度の安定性に課題を有していた。
【0010】
また、(特許文献3)にあるように、含鉄物質にアミノ酸だけを添加することで得られる鉄の溶出促進効果は極めて低いことが発明者らの実験的な検討によって明らかにされている。
【0011】
そこで、本発明の目的とするところは、含鉄物質からの鉄の供給を促進し、かつ安定的に持続させることのできる、新規かつ改良された鉄分の供給材、鉄分の供給材の製造方法、及び鉄分の供給方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明のある観点によれば、含鉄物質と、針葉樹を主原料とする腐植酸含有物質とを含有することを特徴とする鉄分の供給材が提供される。
【0013】
ここで、プロトカテキュ酸をさらに含んでいてもよい。
【0014】
また、アミノ酸をさらに含んでいてもよい。
【0015】
また、アミノ酸は、グルタミン酸及びグリシンのうち、少なくとも1種を含んでいてもよい。
【0016】
また、含鉄物質は、鉄鋼スラグ、スケール、鉄粉、酸化鉄粉、砂鉄、及び石炭溶融灰のうち、少なくとも1種を含んでいてもよい。
【0017】
本発明の他の観点によれば、含鉄物質と、針葉樹を主原料とする腐植酸含有物質とを混合する混合工程を含むことを特徴とする、鉄分の供給材の製造方法が提供される。
【0018】
ここで、混合工程では、含鉄物質及び腐植酸含有物質にプロトカテキュ酸をさらに混合してもよい。
【0019】
また、混合工程では、含鉄物質及び腐植酸含有物質にアミノ酸をさらに混合してもよい。
【0020】
また、アミノ酸は、グルタミン酸及びグリシンのうち、少なくとも1種を含んでいてもよい。
【0021】
また、含鉄物質は、鉄鋼スラグ、スケール、鉄粉、酸化鉄粉、砂鉄、及び石炭溶融灰のうち、少なくとも1種を含んでいてもよい。
【0022】
本発明の他の観点によれば、上記の鉄分の供給材を、水中に設置することを特徴とする鉄分の供給方法が提供される。
【0023】
本観点によれば、針葉樹を主原料とする腐植酸含有物質を使用する。このような腐植酸含有物質はより多くのプロトカテキュ酸を含む。また、腐植酸含有物質は、アミノ酸の供給源としても機能する。したがって、腐植酸含有物質から溶出したプロトカテキュ酸及びアミノ酸が重合してアミノ酸−プロトカテキュ酸重合体となる。このアミノ酸−プロトカテキュ酸重合体は、含鉄物質中の鉄分を還元して水中に溶出させる。そして、アミノ酸−プロトカテキュ酸重合体は、水中の鉄分に対してキレーターとして機能する。したがって、針葉樹を主原料とする腐植酸含有物質を使用することで、より多くの鉄分を安定的に水中に溶存させることができる。
【発明の効果】
【0024】
以上説明したように本発明によれば、含鉄物質からの鉄の供給(溶出)を促進し、かつ安定的に持続させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
【0027】
<1.本発明者による検討>
本発明者は、含鉄物質からの鉄の供給を促進し、かつ安定的に持続させることのできる、鉄分の供給材を鋭意検討した結果、本実施形態に係る鉄分の供給材等に想到した。そこで、まず、本発明者が行った検討について説明する。
【0028】
含鉄物質中の鉄イオンは、水域環境、特にpH8.0〜8.3の海域では、溶出しにくい。そのため、含鉄物質から鉄を溶出させるためには、含鉄物質周囲の環境を弱酸性環境にするか、含鉄物質に還元剤を添加する必要がある。酸性物質である腐植酸含有物質を含鉄物質に混合することで弱酸性環境を創出することはできるが、含鉄物質の周囲には常にpH8.0〜8.3の海水が存在するため、長期にわたって弱酸性環境を維持し、溶出を安定化させることは困難である。
【0029】
一方、含鉄物質に還元剤を添加する方法では、含鉄物質に必要量の還元剤を加えることで、溶出させる鉄の濃度や期間を調整することが容易となる。しかし、含鉄物質から鉄イオンが溶出しても、pH8.0〜8.3の海域では、二価鉄は三価鉄となり、三価鉄はOH基と結合することでコロイド鉄となり、沈殿してしまう(Fe
3++3OH
−→Fe(OH)
3)。そこで、水域環境中で鉄が溶存態として存在しうるには、鉄イオンがキレーターと結合し、錯体を形成する必要がある。
【0030】
そこで、本発明者は、還元作用を有し、且つキレーターとしての機能を有する物質を検討した。キレーターを選択する際には、錯形成能を考慮しなくてはならない。錯形成能が高いキレーターを用いた錯体は安定であるが、Fe
2+をかい離しにくい。このため、藻類は鉄分を取り込みにくい。一方、錯形成能が低いキレーターを用いた錯体はFe
2+をすぐにかい離してしまうため、海水中での鉄の溶存性を高めることができない。そのため、本発明者は、溶出液中である程度鉄濃度を維持できるキレーターを検討した。すなわち、本発明者は、Fe
2+を水中に安定して保持しつつ、藻類が錯体中のFe
2+を取り込み可能な程度の錯形成能を有するキレーターを検討した。その結果、還元剤と鉄錯体形成サイトであるCOOH基を有する物質とを混合することで重合体(例えばオリゴマー)を形成し、この重合体を鉄イオンに反応させることに思い至った。その組み合わせとしては、土壌環境におけるグリシンとカテコールの重合化が知られていることから(非特許文献1)、アミノ酸とベンゼン環に互いに隣り合って結合する2つの水酸基を有する物質を手掛かりに検討を行った。その結果、本発明者は、プロトカテキュ酸(PCA)とアミノ酸との重合体が還元作用を有し、かつ、キレーターとして機能することを見出した。具体的には、重合体は、プロトカテキュ酸由来のOH基の還元反応によって含鉄物質からFe
2+を溶出させ、フェノール酸物質及びアミノ酸が有するCOOH基によってキレーターとして機能する。なお、プロトカテキュ酸は以下の化学式1で示される構造を有する。
【0032】
具体的には、本発明者は、含鉄物質、プロトカテキュ酸、及びアミノ酸を混合することで第1の試料を作製し、人工海水中での溶出実験を実施した。この結果、溶液が黒色化し、溶液中の鉄濃度が上昇した。このことから、溶液中に上述した重合体が形成されていることが確認できた。また、溶液の波長400nmと波長600nmの吸光度Eの比、E
400/E
600は、分子量の増加によって低下することが知られている(Wang,Z.D.,Pant,B.C.,Langford,C.H.,1990.Spectroscopic and structural characterization of a Laurentian fulvic acid:notes on origin of color. Anal. Chim. Acta 232,43−49.)。そこで、時間経過に伴う吸光度Eの比の変化を測定した。この結果、時間経過に伴って、吸光度の比E
400/E
600が低下することが確認できた。この点においても、溶液中に上述した重合体が形成されていることが確認できた。
【0033】
さらに、溶液のTOC(全有機態炭素)をTOC計で測定した。この結果、溶出試験開始後から時間が経過してもTOCはある一定の値を維持することが確認できた。この点においても、溶液中に上述した重合体が形成されていることを確認できた。
【0034】
さらに、溶液の紫外・可視部(200−400nm)の吸光度を測定した。その結果、溶出開始から10日目以降から吸光度が減少し、炭素分の酸化が起こっていることが分かった。したがって、上述した重合体は、酸化によって二価鉄の溶出を促進していることがわかった。
【0035】
以上の結果から、含鉄物質、プロトカテキュ酸、及びアミノ酸が含まれた系では、プロトカテキュ酸とアミノ酸との重合体が形成され、また、この重合体の炭素分の酸化に伴って、含鉄物質中の鉄分が還元溶出することが推察された。その鉄イオンは、プロトカテキュ酸‐アミノ酸重合体と錯体を形成することで液中に安定して溶存することが推察された。
【0036】
一方、OH基の還元作用が鉄分の溶出を促進させる効果のあることを基に、上述したプロトカテキュ酸を、OH基の一つ多い没食子酸に置き換えて同様の溶出試験を行った。没食子酸は、以下の化学式2に示すように、ベンゼン環に互いに隣り合って結合する3つの水酸基を有するフェノール酸物質である。この結果、溶液の色の変化はほとんど見られず、溶液中の鉄濃度は上昇しなかった。また、吸光度の比E
400/E
600もほとんど変化しなかった。一方、TOCは、溶出試験開始時に有意な値を示したが、その直後から著しく減少した。このため、何らかの形態で炭素分が溶存しなくなることが推察された。その原因としては、一旦溶液中に溶出した没食子酸が製鋼スラグ表面に吸着、もしくは溶液中に溶出した没食子酸中の炭素分の酸化が進み、CO
2として系外に排出されたことが考えられた。そこで、溶出液の紫外・可視部(200−400nm)の吸光度を測定した。その結果、吸光度の変化はほとんど見られなかった。このことから、上記のTOCの低下は、没食子酸の製鋼スラグ表面への吸着によるものと推察された。
【0038】
この結果、没食子酸が含まれた系では、TOCの顕著な低下が見受けられ、かつ紫外・可視部(200−400nm)の吸光度に変化が見られなかったことから、溶液中に溶出した没食子酸は製鋼スラグの表面に直ちに吸着してしまうと推察された。このため、没食子酸は、アミノ酸との重合体を形成せず、鉄の溶出も促進しないと推察された。
【0039】
上記の知見によれば、アミノ酸とプロトカテキュ酸とが重合体を形成すること、このような重合体は、含鉄物質から鉄の溶出を促進し、かつ鉄を安定的に溶存させることができることが明らかとなった。
【0040】
次に、本発明者は、プロトカテキュ酸及びアミノ酸の供給源として腐植酸含有物質に着目した。ここで、腐植酸含有物質は、落ち葉、倒木、魚介残渣などの動植物リターが、それをエネルギー源とする微生物によって分解されてゆく過程で生成される有機物の総称である。これらの原料(すなわち、動植物リター)の分解の過程でプロトカテキュ酸及びアミノ酸が生成されるので、腐植酸含有物質はプロトカテキュ酸及びアミノ酸を含む。さらに、本発明者は、プロトカテキュ酸をより多く含む腐植酸含有物質について鋭意検討した。具体的には、本発明者は、針葉樹を原料とした腐植酸含有物質と、広葉樹を原料とした腐植酸含有物質とを準備した。さらに、本発明者は、含鉄物質を準備し、これらの含鉄物質及び腐植酸含有物質を用いて鉄分の溶出試験を実施した。溶出試験の詳細な内容は後述する実施例で説明する。
【0041】
この結果、針葉樹を原料とした腐植酸含有物質を用いた試験では、広葉樹を原料とした腐植酸含有物質を用いた試験よりも多くの鉄分が溶出した。このため、針葉樹を原料とした腐植酸含有物質は、より多くのプロトカテキュ酸を含んでいることが明らかになった。プロトカテキュ酸はコニフェリルアルコールから生成されることが知られている。コニフェリルアルコールは、針葉樹の細胞壁成分リグニンの前駆体である。このため、針葉樹を原料とした腐植酸含有物質には、より多くのプロトカテキュ酸が含まれていると推察される。また、広葉樹を原料とした腐植酸含有物質を用いた試験では、鉄分の溶出量が十分でなかった。この結果により、広葉樹を原料とした腐植酸含有物質には、プロトカテキュ酸だけでなく、多くの没食子酸も含まれると推察される。没食子酸は、上述したように、製鋼スラグ表面へ吸着し、鉄分の溶出を阻害する。当該試験の結果、本発明者は、針葉樹を主原料とする腐植酸含有物質をプロトカテキュ酸及びアミノ酸の供給源として用いることに想到した。本発明者は、以上の知見に基づいて、本実施形態に係る鉄分の供給材等に想到した。
【0042】
<2.鉄分の供給材>
つぎに、本実施形態に係る鉄分の供給材について説明する。本実施形態の鉄分の供給材は、含鉄物質と、針葉樹を主原料とする腐植酸含有物質とを含有することを特徴とするものである。
【0043】
含鉄物質は、鉄鋼スラグ、スケール、鉄粉、酸化鉄粉、砂鉄、及び石炭溶融灰のうち、少なくとも1種を用いることができる。
【0044】
鉄を供給する含鉄物質としては、穏効性の固形であればよく、鉄鋼スラグを用いることができる。鉄鋼スラグには、製鐵所から生成される鉄鋼スラグと、電炉メーカーから生成される電炉スラグ(電気炉系製鋼スラグ)とが含まれる。製鐵所から生成する鉄鋼スラグは、鉄鋼製造工程において副産物として発生する。鉄鋼スラグは大別して、高炉スラグと製鋼スラグに分けられる。本発明に使用するスラグは、これらのうち、製鋼スラグが好ましい。鉄分含有量が高炉スラグ(約0.4質量%)は製鋼スラグ(約20質量%)に比べて低い。したがって、より効率的な鉄分供給を行う場合には、製鋼スラグを使用することが好ましい。もちろん、本発明に使用するスラグは、製鋼スラグに限定されない。
【0045】
製鋼スラグは、製鋼炉(転炉、電気炉等)において、銑鉄やスクラップから鋼を製造する際に生成するスラグの総称であるが、本発明に用いる製鋼スラグは、転炉系の製鋼スラグであることが望ましい。転炉系の製鋼スラグは電気炉系製鋼スラグと比較し、成分組成が安定しており、品質管理が容易である。また、近年、鋼品質の高度化に対応するため、転炉による精錬のみでは不純物の除去が不十分となり、転炉前後の工程(溶銑予備処理、2次精錬)を付加された高級鋼製造工程から生成する溶銑予備処理スラグや2次精錬スラグも、転炉スラグと同様に転炉系の製鋼スラグに含まれる。本発明において使用する製鋼スラグは、粗鋼生産量に対して質量比で約10%相当量が生成することからも、安価で且つ安定的な供給が可能であり、鉄の供給材として非常に有望である。
【0046】
本発明に使用する製鋼スラグとしては、炭酸化処理した製鋼スラグを用いることが特に望ましい。製鋼スラグはf−CaO(遊離石灰)を1〜2質量%前後含んでいるため、水中のpHを一時的に上昇させやすいという性質がある。このため、炭酸化処理を施し、f−CaOをCaCO
3とした炭酸化製鋼スラグとする。製鋼スラグを炭酸化製鋼スラグとすることで、溶出水のpH上昇の程度を抑制することができ、ひいては、より製鋼スラグからの鉄分の溶出を促進することができる。製鋼スラグの炭酸化処理は、製鋼スラグを二酸化炭素又は炭酸含有水と接触させることにより実施することができる。この操作により、CaOはCaCO
3となり、また、CaCO
3は製鋼スラグの表面上に形成されるため、残存するCa
2+の急激な溶出を抑制することができる。このような炭酸化処理を製鋼スラグに施すことにより、水域での一時的なpHの上昇を防ぐことができ、それによって、本発明の溶出効果(すなわち、プロトカテキュ酸とアミノ酸との重合体による製鋼スラグからの鉄分の溶出効果)がより積極的に発揮される。
【0047】
また、電炉スラグは、鉄以外に、海藻の育成環境には好ましくない重金属を含むことがあり、使用の際は十分な注意が必要である。このことから、転炉系の製鋼スラグ又は高炉スラグを使用することが望ましい。より好ましくは転炉系の製鋼スラグを用いる。
【0048】
鉄鋼スラグのほか、酸化鉄、金属鉄を含むスケール、鉄粉、酸化鉄粉、砂鉄、石炭溶融灰を含鉄物質として使用してもよい。
【0049】
スケールとしては、鉄鋼製造プロセスで発生するスケール(例えば、ミルスケールなど)が代表的なものとして挙げられる。
【0050】
鉄粉、酸化鉄粉、砂鉄も含鉄物質として好ましい。ただし、スラグのように酸化鉄や金属鉄を複合的に含むものの方が、キレーターとの反応性が高く、鉄イオンの溶出能が高いので、より望ましい。
【0051】
石炭溶融灰は、微粉炊ボイラー灰(フライアッシュ)と噴流床石炭ガス化炉からの溶融灰(スラグ)がある。フライアッシュ中には鉄分が酸化鉄(Fe
2O
3)として0.6〜23質量%程度含まれているが、石炭ガス化複合発電(IGCC)における還元雰囲気中で生成した溶融灰では、酸化鉄の80質量%程度が二価鉄として存在する。
【0052】
本実施形態に係る腐植酸含有物質は、プロトカテキュ酸及びアミノ酸の供給源となるものである。上述したように、プロトカテキュ酸は、アミノ酸と重合して重合体(以下、このような重合体を「アミノ酸−プロトカテキュ酸重合体」とも称する)を形成する。アミノ酸−プロトカテキュ酸重合体のうち、プロトカテキュ酸由来のOH基による還元作用により含鉄物質から鉄分(すなわち、Fe
2+イオン)が水中に溶出する。さらに、アミノ酸−プロトカテキュ酸重合体は、アミノ酸由来のCOOH基及びプロトカテキュ酸由来のCOOH基を有するので、溶出したFe
2+のキレーターとして機能する。すなわち、アミノ酸−プロトカテキュ酸重合体は、Fe
2+に配位することで、錯体を生成する。アミノ酸−プロトカテキュ酸重合体内では、還元サイトであるOH基と錯体形成サイトCOOH基とが構造的に近傍に存在する。したがって、アミノ酸−プロトカテキュ酸重合体によって形成される鉄の錯体は、水中に安定して存在することができる。
【0053】
なお、プロトカテキュ酸を構成するOH基及びCOOH基は互いに近接していないので、プロトカテキュ酸単独では海水中に安定して存在することができない。具体的には、プロトカテキュ酸を単独で含鉄物質に添加した場合、プロトカテキュ酸はFe
2+と一旦結合するが、Fe
2+を解離させてしまう。プロトカテキュ酸から解離したFe
2+は、容易にFe
3+に酸化される。酸化したFe
3+は、上記の通り水酸化物コロイドとなり、沈殿してしまう。そのため、プロトカテキュ酸単独では、キレーターとしての効果が低くなってしまう。そこで、本実施形態では、プロトカテキュ酸をアミノ酸と重合させてアミノ酸−プロトカテキュ酸重合体とし、この重合体を鉄分の還元成分及びキレーターとして機能させる。アミノ酸−プロトカテキュ酸重合体をキレーターとして用いた錯体は、水中に鉄分(すなわち、Fe
2+)を安定して溶存させることができる。さらに、藻類は錯体中の鉄分を容易に取り込むことができる。
【0054】
本実施形態に係る腐植酸含有物質は、針葉樹を主原料として作製されたものである。すなわち、腐植酸含有物質は、針葉樹を主原料として含む原料を微生物により分解することで作製される。ここで、「主原料」とは、例えば、全原料の30質量%以上を占める原料を意味する。全原料中の針葉樹の割合は、好ましくは40質量%以上、より好ましくは50質量%以上である。また、微生物は、腐植酸含有物質の原料をエネルギー源とするものである。腐植酸含有物質の具体的な製造方法は特に問われず、従来の製造方法を任意に適用可能である。
【0055】
本実施形態に係る腐植酸含有物質は、針葉樹を主原料として作製されたものなので、プロトカテキュ酸を特に多く含む。プロトカテキュ酸の原料の一種であるコニフェリルアルコールは、針葉樹の細胞壁成分リグニンの前駆体である。このため、本実施形態に係る腐植酸含有物質は、多くのプロトカテキュ酸を含むと推察される。このため、含鉄物質からより多くの鉄分を海水中に溶出させることができる。
【0056】
さらに、針葉樹は、腐食が進みにくいという特徴を有する。このため、従来では、針葉樹を主原料として用いられることはなかった。具体的には、広葉樹を主原料として腐植酸含有物質を作製することが多かった。しかし、針葉樹の腐植が進みにくい(言い換えれば、腐食に時間を要する)ことは、見方を変えると、海水中で腐植酸含有物質の腐食が緩やかに進行することを意味する。すなわち、針葉樹を主原料として作製される腐植酸含有物質は、海水中でも緩やかに腐食され、当該腐食によって生成されたプロトカテキュ酸及びアミノ酸を海水中に溶出すると推察される。したがって、海水中で腐植酸含有物質のさらなる腐食と、鉄の錯体の生成とが同時進行し、鉄分を海水中に安定的かつ長期的に供給することができる。すなわち、鉄分の供給材の長寿命化が期待できる。鉄分の供給材のさらなる長寿命化を望む場合には、腐植化が進んだ腐植酸含有物質と腐食化がほとんど進んでいない腐植酸含有物質を混合すればよい。
【0057】
また、本実施形態に係る腐植酸含有物質は、原料の分解過程で生じた無機態の窒素(硝酸態窒素、アンモニア態窒素)やリン(リン酸態リン)を多く含む。したがって、海藻類の成長に必須である窒素、リンを同時に供給することができる。
【0058】
ところで、腐植酸含有物質の原料は、針葉樹を主原料として含んでいればよく、他の原料をさらに含んでいても良い。他の原料としては、広葉樹の落ち葉、倒木等の植物リター、魚介残渣などの動物リター等が挙げられる。なお、原料となる針葉樹及び広葉樹は、廃木材チップであってもよく、間伐材などであってもよい。
【0059】
ここで、鉄分の供給材には、本実施形態の効果を損なわない範囲で他の材料を添加してもよい。例えば、鉄分の供給材には、プロトカテキュ酸及びアミノ酸のうち、少なくとも1種をさらに添加してもよい。特に、本実施形態に係る腐植酸含有物質は、針葉樹を主原料として作製されたものなので、海水中に投入される際に腐食が十分に進んでいない可能性がある。したがって、投入初期では、プロトカテキュ酸及びアミノ酸が不足し、鉄分が十分に海水中に溶出しない可能性がある。そこで、プロトカテキュ酸及びアミノ酸の不足分を補うために、プロトカテキュ酸及びアミノ酸のうち、少なくとも1種を鉄分の供給材に添加してもよい。ここで、鉄分の供給材に添加されるアミノ酸は、鉄分の供給材を海水中に投入する場合、中性および酸性アミノ酸であることが好ましい。アミノ酸がプロトカテキュ酸と重合体を形成するためには、結合サイトであるアミン基の水素が他の元素と結合していない状態でなければならない。そのため、海水のpH(8.0〜8.3)よりも添加するアミノ酸の等電点が低くなければならない。したがって、等電点が8よりも低い、中性および酸性アミノ酸を添加することが好ましい。アミノ酸の特に好ましい例は、グルタミン酸、グリシンである。なお、このようなアミノ酸は、本実施形態に係る腐植酸含有物質にも当然に含まれている。また、針葉樹以外の原料を主原料とした腐植酸含有物質をさらに添加してもよい。ただし、針葉樹を原料とした腐植酸含有物質(つまり、針葉樹の腐葉土)の含有量が全腐植酸含有物質中30質量%以上であることが好ましく、40質量%以上であることがより好ましく、50質量%以上であることがより好ましい。
【0060】
<3.鉄分の供給材の製造方法>
本発明による鉄分の供給材の製造方法(作製方法)としては、以下の方法が挙げられる。すなわち、含鉄物質に含鉄物質から溶出する鉄分が所望の量となるように腐植酸含有物質を添加する。ここで、上述したように、腐植酸含有物質は、針葉樹を主原料として作製されるものである。また、含鉄物質には、アミノ酸及びプロトカテキュ酸をさらに添加してもよい。アミノ酸は、中性および酸性アミノ酸であり、好ましくはグルタミン酸、グリシンである。また、含鉄物質には、針葉樹以外の原料を主原料とした腐植酸含有物質をさらに添加してもよい。ただし、針葉樹を原料とした腐植酸含有物質(つまり、針葉樹の腐葉土)の含有量が全腐植酸含有物質中30質量%以上であることが好ましく、40質量%以上であることがより好ましく、50質量%以上であることがより好ましい。ついで、これらの材料を十分に混合する。なお、混合方法は特に限定されず、従来の製造方法と同様の方法であってもよい。これにより、鉄分の供給材を作製する。ついで、鉄分の供給材を、施用する場所に合わせて、透水性の袋や容器に充填すればよい。
【0061】
<4.鉄分の供給材を用いた鉄分供給方法>
本実施形態による鉄分の供給材を用いて鉄分を供給する方法は特に問われないが、鉄分の供給材を鉄分の供給対象となる水中に設置すればよい。ここで、鉄分の供給材の設置方法(施用方法)も特に問われないが、例えば、鉄分の供給材を有機分解性で透水性の袋(例えば、麻袋、ココナッツ繊維製の袋)に入れ、水底に沈める、水底や汀線部に埋設する、また、鋼製の箱に詰めて、それを敷設する方法が挙げられる。それによって、鉄分の供給材の中に水が浸潤し、鉄分が溶出した栄養成分が外部に供給され、施用した周辺で海藻をはじめとした生物の生育効果が期待される。
【0062】
鉄分の供給材が使用可能な場所は特に問われない。例えば、本実施形態の鉄分の供給材は、主に海、汽水域、さらに陸域での藻類の養殖場などにおいて使用可能であり、本実施形態による効果は、主に藻類や微細藻類の増殖、育成に及ぼすものである。
【0063】
本実施形態の鉄分の供給材が効果を及ぼす場としては、藻場が挙げられる。藻場とは、水底で大型海藻が群落を形成する場所を意味する。藻場としては、例えば、コンブの群落から成るコンブ藻場、ノコギリモクやオオバモクなどのホンダワラ類から成るガラモ場、この他、アラメ・カジメ場等がある。海藻類の生育には、鉄が必須であることが知られており、鉄分の供給による藻場再生の実例は、日本各地で報告されている。
【実施例】
【0064】
<1.鉄分の供給材の作製>
鉄分の供給材の原料として、製鋼スラグ、2種類の腐植酸含有物質、及びプロトカテキュ酸を準備した。ここで、製鋼スラグは、粒径0〜25mm(0より大きく25mm以下)の製鋼スラグを0.5mm以下に粉砕したものとした。腐植酸含有物質は、広葉樹を原料として作製した腐植酸含有物質(以下、「Lb」とも称する)、針葉樹を原料として作製した腐植酸含有物質(以下、「Lc」とも称する)とした。
【0065】
ついで、対照例として、製鋼スラグのみからなる鉄分の供給材を準備した。また、比較例として、製鋼スラグ及びLbを混合した鉄分の供給材を準備した。また、実施例1として、製鋼スラグ及びLcを混合した鉄分の供給材を準備した。また、実施例2として、製鋼スラグ、Lc、及びプロトカテキュ酸を混合した鉄分の供給材を準備した。ここで、製鋼スラグと各腐植酸含有物質との混合比は、特許文献1に開示されている混合比(製鋼スラグ:廃木材チップを腐葉土化したもの=6:5質量比)を参考にして決定した。また、プロトカテキュ酸の添加量は、製鋼スラグ中に含まれる鉄(約20質量%以下)と十分に錯形成ができるように設定した。鉄分の供給材の組成を表1にまとめて示す。なお、表1中、PCAの濃度は、後述する人工海水中の濃度を示す。
【0066】
【表1】
【0067】
ついで、予め100mlの人工海水が投入された三角フラスコを4つ準備し、各三角フラスコに上記で作製された鉄分の供給材を投入した。ついで、25℃で430時間、125rpmで振とう溶出を行った。
【0068】
振とう溶出の期間中、溶出液を定期的に1.2mlずつ採取し、採取した溶出液を遠心分離して懸濁物を除いた。そして、上澄み液を1ml採取し、採取した上澄み液に10mlの純水を加えた。さらに、上澄み液を塩酸で酸処理することで、上澄み液のpHを2未満とした。これにより、上澄み液中の鉄分を安定化させた。そして、ルミノール発光法を利用した鉄分析計(紀本電子工業社製FEA−07)を用いて、鉄分の濃度を酸可溶鉄の濃度として測定した。測定結果を溶出液中の鉄濃度とした。
【0069】
430時間(約18日間)の溶出挙動を
図1に示す。
図1の横軸は試験開始からの経過時間(単位:時間)を示し、縦軸(単位:μg/L、対数軸)は鉄分の濃度を示す。対照例(製鋼スラグ単独)と比較して、実施例1、2、比較例ともに鉄の溶出が促進されていた。さらに、比較例の実験最終日における鉄濃度が44μg/Lであったのに対し、実施例1では62μg/L、実施例2では76.1μg/Lとなっていた。したがって、実施例1、2では、比較例よりもさらに鉄分の溶出が促進されていた。比較例では、Lbから溶出した没食子酸が含鉄物質の表面に付着し、鉄分の溶出を阻害したと推察される。したがって、腐植酸含有物質の主原料として針葉樹を用いることで含鉄物質からの鉄分の溶出を促進できることが明らかとなった。
【0070】
また、実施例2では、実施例1よりも鉄分の溶出が促進されていた。これにより、鉄分の供給材にPCAを加えることで、より溶出促進効果が高まることが示された。実施例2では、実施例1よりも多くのアミノ酸−プロトカテキュ酸が生成されたため、鉄分の溶出が促進されたと考えられる。
【0071】
ところで、実施例2では、溶出の初期(具体的には、試験開始から30時間程度経過した時点)に鉄分の濃度が770μg/Lに達したが、その後低下した。本発明者は、この理由を以下のように考えている。すなわち、実施例2では、鉄分の供給材にプロトカテキュ酸を添加しているため、プロトカテキュ酸が腐植酸含有物質から供給されるアミノ酸よりも過剰に存在すると推察される。過剰分のプロトカテキュ酸は、含鉄物質中の鉄分を還元し、海水中に溶出させる。このため、鉄分の濃度が急激に向上する。そして、アミノ酸−プロトカテキュ酸重合体は、溶出した鉄分(すなわち、Fe
2+)と錯体を形成する。しかし、溶出したFe
2+は、水中に存在するアミノ酸−プロトカテキュ酸重合体よりも過剰に存在する。このため、一部のFe
2+は、アミノ酸−プロトカテキュ酸と錯体を形成することができず、容易にFe
3+に酸化される。そして、Fe
3+は、水酸化鉄となり、沈殿してしまう。このため、上述した現象が発生したと推察される。
【0072】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。