の4つの転写因子を、例えばドキシサイクリンにより前記転写因子の発現を制御できる薬剤誘導性のベクターにより導入したイヌ体細胞を、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、白血病阻害因子(LIF)、p38阻害薬剤及びALK阻害薬剤存在下でFBSのような血清を含まない培養液で培養して、イヌiXEN細胞様株を得る。このiXEN細胞様株から胚様体が得られ、白血球系細胞および肝細胞が分化誘導される。
薬剤の添加により前記核初期化因子の発現を制御できる薬剤誘導性ベクターを用いて、前記核初期化因子がイヌ体細胞に導入された請求項1〜7の何れか1項に記載の方法。
【背景技術】
【0002】
イヌはヒトと同様、生活習慣病などの自然発症例が多くみられる動物種である。イヌはヒトと同様の環境で生活し、マウスやラットなどの小型の実験動物に比べて大型の実験動物であり、寿命も長いことから、比較的多量の薬物や生物製剤の投与が可能であり、長期間にわたるモニターにも適している。このようなことから、再生医療で最も問題とされている腫瘍化の疾患モデルとしても非常に有用であると考えられている。
【0003】
胚性幹細胞(embryonic stem cells;ES細胞)は、受精卵である胚盤胞の内部細胞塊から樹立される多能性幹細胞であり、体を構成するすべての細胞になる多能性と、自己複製能力にすぐれているために、目的の細胞への分化誘導により、再生医療への応用が期待されている。ES細胞は多分化能を持つ反面、実際の初期発生を調節する機構については分かっていないことが多いために、その分化を思い通りに誘導するのは簡単ではない。またES細胞は未分化幹細胞であり、移植すると三胚葉からなるテラトーマ(奇形腫)を形成するために、体内に移植する際には腫瘍化の問題が生じる場合がある。一方、XEN細胞は、ES細胞よりも発生が進んだ胚盤胞に存在する内部細胞塊の割腔に面した表面の細胞である原始内胚葉(胚体外内胚葉)から樹立される複能性幹細胞である。発生が進むと、XEN細胞は近位内胚葉及び遠位内胚葉に分化するとされるが、胎子の一部を構成する未分化な細胞も含むことが報告されている。そのため、移植しても腫瘍化のリスクが少ないと考えられ、XEN細胞は再生医療に応用できるものと期待される。
【0004】
これまでにマウス、ラット及びヒトにおいて、XEN細胞あるいはXEN細胞様の細胞が作製されたとの種々の報告があるが、これらの報告においては、基本培地であるDMEM(Dulbecco's Modified Eagle 培地)あるいはRPMI1640(Roswell Park Memorial Institute 1640培地)にFBS(ウシ胎子血清)などの血清、さらにLIF(白血病阻害因子)やbFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)のような分化抑制剤を添加した培養液が用いられていた。例えば、非特許文献1では、基本培地にRPMI1640を用い、FBSとヘパリンとFGF4(線維芽細胞増殖因子4)を混合した培養液が使用されている。また、非特許文献2では、基本培地にDMEMを用い、FBSとLIFを混合した培養液が使用されている。さらに非特許文献3には、基本培地にMEMを用い、FBSとLIFを混合した培養液及び基本培地にRPMI1640を用い、FBSとヘパリンとFGF4を混合した培養液が使用されている。
【0005】
また、その作製方法に関しては、胚盤胞から作製する方法が一般的であるが、体細胞に核初期化因子を加えることで作製する方法もある。例えば、非特許文献3ではマウス体細胞にレトロウイルスを用いて核初期化因子を加え、XEN細胞を作製することができたとある。これらの文献では得られた細胞はキメラ胚へ寄与し、35代程度継代培養できたとある。
【0006】
さらに、ラットではXEN細胞のうち一部の細胞が未分化マーカーを発現しており、分化複能性を有していると報告されており、例えば非特許文献2や4では、三胚葉由来細胞への分化能や胚盤胞における胎子部位への寄与などが報告されている。
【0007】
しかしながら、これまでのところ、イヌを含むラット以外の動物において分化複能性を有したXEN細胞が作製されたとの報告はなく、また、体細胞から作製されたXEN細胞において分化複能性を有しているという報告もない。さらに、FBSなどの血清を使用せずに、組成が明確である無血清培地を用いてXEN細胞を作製・維持できたという報告はない。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係るイヌiXEN細胞様株の作製方法は、核初期化因子を導入したイヌ体細胞を、塩基性線維芽細胞増殖因子と、分化抑制因子と、分化多能性維持因子の存在下、無血清培養液で培養する工程を含む。
【0014】
本発明においてイヌiXEN細胞様株とは、イヌの体細胞由来の細胞であって、分化複能性を有し、内因性の未分化マーカーであるSOX2、KLF4、NANOGの少なくとも1つ、好ましくは全てが発現していない細胞株である。さらに好ましくは、内因性のC-MYCや内因性のOCT3/4の発現が見られない細胞でもあり得るが、本発明におけるイヌiXEN細胞には内因性のOCT3/4がわずかに発現されている細胞も含み得る。また、外因性の導入遺伝子である
OCT3/4(例えば
E2A-OCT3/4)やSOX2(例えば
E2A-SOX2)、KLF4(例えば
E2A-KLF4)及び、導入された場合にはC-MYC(例えば
E2A-C-MYC)を含み得るがこれら3つ又は4つのすべての遺伝子の発現もない細胞である。また、発現されている分化細胞マーカーは、GATA4であり、GATA6であり、SOX17であり、FOXA2であり、AFPであり、TPAであり得る。本発明では、ここに挙げたマーカーのうち少なくとも何れか1種のマーカー、特にGATA6が発現された細胞であり、より好ましくはこれらの全てのマーカーが発現された細胞である。特に、イヌのiXEN細胞様株ではGATA6の発現量が多く、NANOGの発現が抑制されている点が特徴である
【0015】
本発明において使用され得るイヌ体細胞は、イヌから採取される体細胞であれば特に限定されず、例えば、胎子期の体細胞であり、成熟した体細胞でもあり得る。具体的には、神経幹細胞や造血幹細胞、間葉系幹細胞、精子幹細胞などの幹細胞、リンパ球、上皮細胞、筋肉細胞、線維芽細胞等の既に分化した細胞等であり得る。
【0016】
核初期化因子は体細胞の核初期化を誘導する因子である。核初期化因子を体細胞に導入することでイヌ体細胞に分化多能性及び自己複製能を備えさせる。該核初期化因子は特に限定されず、例えば、転写因子に代表される核酸(遺伝子)、ペプチド、タンパク質、有機化合物、無機化合物又はこれらの混合物等であり、好ましくは転写因子である。転写因子としても、イヌ体細胞を核初期化する因子であれば特に限定されず、公知の転写因子、例えば、
OCT3/4や
SOX2、
KLF4、
C-MYCなどが示される。また、その他の因子として、
NANOG、
LIN28、
TERT、SV40ラージT抗原が例示される。これらの核初期化因子の1種又は2種以上が用いられ、例えば、iPS細胞の作製に汎用されている
OCT3/4や
SOX2、
KLF4、
C-MYCの4つの因子の組み合わせや、この組み合わせから
C-MYCを除いた
OCT3/4、
SOX2及び
KLF4の3因子の組み合わせである。発癌のリスクを低減すると言われていることから、好ましくは
C-MYCを除いた
OCT3/4、
SOX2及び
KLF4の3因子の組み合わせである。また、転写因子は、好ましくはイヌ由来の因子であるが、ヒトやマウスなどイヌ以外の動物種の転写因子でもあり得る。
【0017】
核初期化因子の体細胞への導入方法も体細胞の核初期化が可能な方法であれば特に限定されるものではなく、公知の方法が使用され得る。例えば、転写因子をコードする核酸であれば、該核酸を発現することが可能なベクターを用いてイヌ体細胞に導入する方法が示される。2種以上の核酸(転写因子)を用いる場合には、使用される全ての核酸を1つのベクターに組み込んでイヌ体細胞内で同時に発現させてもよく、複数のベクターを用いてイヌ体細胞内で同時に発現させてもよい。
【0018】
当該ベクターとしては、例えば、レトロウイルス(レンチウイルスを含む)、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、センダイウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シルビスウイルス、ラブドウイルス、パラミクソウイルス、オルソミクソウイルス等のウイルスベクター;YAC(Yeast artificial chromosome)ベクター、BAC(Bacterial artificial chromosome)ベクター、PAC(P1-derived artificial chromosome)ベクター等の人工染色体ベクター;プラスミドベクター;宿主細胞内で自律複製可能なエピゾーマルベクター等が挙げられる。導入した転写因子の発現を人為的に制御することで、効率的に体細胞を初期化することができ、また、継続的に転写因子を発現することで、安定して初期化された細胞を培養維持することができるとの観点から、薬剤の添加により転写因子を発現させる薬剤誘導性ベクター、例えばドキシサイクリンを用いるドキシサイクリン誘導性Tet-Onレンチウイルスベクター(TetO-FUW-OSKM:Addgene社製)が好ましい。ベクターの導入方法も特に限定されず、リポフェクション法、マイクロインジェクション法、DEAEデキストラン法、遺伝子銃法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法等の公知の方法が利用され得る。
【0019】
核初期化因子を導入されたイヌ体細胞は培養液にて、初期化、培養される。培養に際しては、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)と、白血病抑制因子であるLIFなどの分化多能性維持因子と、p38阻害薬剤やALK阻害薬剤などの分化抑制因子を含む培養液が用いられる。この培養液は無血清の培養液である。無血清の培養液とは、培養液が無調整又は未精製の血清、例えばFBSや組成の不明な血清代替物、例えばKSR(ノックアウト血清代替物)を含まない培地を意味する。この培養液の基礎培地には、動物細胞の培養に用いられる培地が用いられる。基礎培地は、例えば、BME培地であり、BGJb培地であり、GLASGOW MEM培地であり、IMDM培地であり、Eagle MEM培地であり、DMEM培地であり、F12培地であり、Neuro Basal Mediumであり得る。
【0020】
本明細書において、分化多能性維持因子とは、得られたiXEN細胞様株の分化複能性を維持する、すなわち、幹細胞の分化複能性を維持するために人為的に添加される因子をいう。分化多能性維持因子は、幹細胞が分化複能性を保つのに必要な細胞シグナル経路を活性化させる因子であり、例えば、これまで汎用されているLIFやActivinなどが示される。また、本明細書において、分化抑制因子とは、幹細胞が分化するのに必要な細胞シグナルを阻害するものをいい、得られたiXEN細胞様株が自ら分化、すなわち個々の細胞が種々の機能を発揮し、異種の細胞に変化することを阻害する。例えば、p38阻害薬剤やALK阻害薬剤、MEK(ERK-MAP キナーゼ)阻害薬剤である。分化多能性維持因子や分化抑制因子は、その作用機序において分化多能性維持因子としても分化抑制因子としても利用し得る場合には、分化多能性維持因子として取り扱えば足りる。
【0021】
さらに、培養液には塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)が添加される。bFGFは公知の成分である。これらの各因子の添加量は当業者によって適宜定められる。bFGFの添加量は、培養液1mlに対して、その下限量は例えば0.01ngであり、0.1ngであり、0.5ngであり、1ngであり得る。また、その上限量は例えば10,000ngであり、5,000ngであり、1,000ngであり、500ngであり、100ngであり、50ngであり得る。LIFなどの分化多能性維持因子の添加量は、培養液1mlに対して、その下限量は例えば0.1Uであり、1Uであり、10Uであり、100Uであり、500Uであり得る。また、その上限量は50,000Uであり、10,000Uであり、5,000Uであり、2,000Uであり得る。bFGFや分化多能性維持因子の由来は問わず、例えばヒト由来であり、ウシ由来であり、イヌ由来でもあり得る。また、p38阻害薬剤やALK阻害薬剤などの分化抑制因子の添加量は、培養液1mlに対して、その下限量は例えば0.01μMであり、0.1μMであり、0.5μMであり、1μMであり得る。またその上限量は例えば10,000μMであり、1000μMであり、500μMであり、100μMであり、50μMであり得る。なお、塩基性線維芽細胞増殖因子は分化多能性維持因子の範疇に入る因子ではあるが、本願発明では塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)は必須成分として取り扱われるので、本願発明における「分化多能性維持因子」には塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)を含めないものとする。
【0022】
培養液は、さらに、bFGFやLIF以外の細胞の増殖や生育の維持に関する因子を含み得る。当該因子は、例えば、脂肪酸又は脂質、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、アルブミン、ビタミン、増殖因子、抗酸化剤、2−メルカプトエタノール、ピルビン酸、緩衝剤、無機塩類であり得る。具体的には、いわゆるサプリメントと称されるものであって、細胞増殖に寄与し得る因子である。培養液は、こうした細胞の増殖や生育の維持に関する因子の1種又は2種以上を含み、例えば、N2サプリメント(Invitorogen社)、B27サプリメント(Invitorogen社)のような混合物が好ましく用いられる。
【0023】
本発明において好ましく用いられる培養液は、DMEM/F-12とNeurobasal Mediumの基礎培地と、N2サプリメント又はB27サプリメントの少なくとも1つのサプリメント、より好ましくは2つのサプリメント(N2及びB27)を含む培地に、必須成分であるbFGF、LIF、p38阻害薬剤、ALK阻害薬剤を加えた培養液、より望ましくはこれにインスリン又はアルブミンを加えた培養液である。
【0024】
核導入されたイヌ体細胞は、好ましくはフィーダー細胞上で培養される。フィーダー細胞も、これまでのイヌiPS細胞やヒトiPS細胞、マウスiPS細胞の作製に使用された各種の細胞が用いられ、例えば、イヌ胎子由来線維芽細胞やマウス胎子由来線維芽細胞が示される。
【0025】
核導入されたイヌ体細胞の培養条件は、適宜当業者により設定され得る。例えば、30〜40℃の培養温度で、1〜10%程度のCO
2存在下で、5日〜1週間、好ましくは1週間〜2週間の培養期間である。その一例を挙げると、約5%のCO
2存在下、37℃、2週間の培養である。当該培養期間中に、核初期化因子が導入されたイヌ体細胞は核の初期化が行われ、その後引き続いて培養を行うことでiXEN細胞様株へと誘導される。
【0026】
得られるiXEN細胞様株は、自己複製能と分化複能性を有する。自己複製能は、分化複能性を保持した状態(未分化状態)で増殖できる能力であり、自己複製能を有することは継代が可能であることを意味する。
【0027】
分化複能性は分化可能な細胞系列が限定されているが、複数の系列細胞に分化できる能力を意味し、あらゆる幹細胞に分化することを意味する分化多能性とは区別される。得られるイヌiXEN細胞様株は、イヌiPS細胞よりも発生が進んだ細胞株であって、原始内胚葉(胚体外内胚葉)系列の細胞に分化し易い。従って、得られたイヌiXEN細胞を分化誘導することで、複数の系列細胞、例えば、生体由来材料として着目され、角膜、皮膚、鼓膜など再生医療分野での新しい素材として応用され始めている羊膜、卵黄嚢、ライヘルト膜などの胎膜細胞、肝細胞、膵島細胞などの内胚葉系細胞、さらに、血液細胞などの中胚葉系細胞などが作製され得るが、一方、精子や卵子などの生殖系列の細胞には分化し得ないと考えられる。さらに、得られたイヌiXEN細胞をフィーダー細胞として用いることで、ES細胞やiPS細胞の分化をサポートすることにも適用され得る。また、作製されたイヌiXEN細胞様株を分化して得られた細胞、例えば肝細胞などの体細胞は、さらにXEN細胞へ戻すことも可能である。これは、例えば新たに核初期化因子を導入することで達成され得る。iXEN細胞様株は前記のとおり、イヌiPS細胞より発生が進んでいるので、肝細胞などの内胚葉系細胞への分化誘導が、iPS細胞からの分化誘導に比べ容易であると考えられる。また、iPS細胞は移植すると三胚葉からなるテラトーマ(奇形腫)を形成するために、体内に移植する際には腫瘍化の問題が生じる場合があるが、XEN細胞は分化能力が限られるために移植しても腫瘍化のリスクが少ないと考えられる。
【0028】
継代培養には、上記核初期化する際に用いた培養液と同様の培養液が用いられ得る。初期化する際に用いた培養液組成に対して、分化多能性維持因子や分化抑制因子を加えて差し支えない。継代培養には、フィーダー細胞の有無も問わず、フィーダー細胞上でも、またフィーダーレスの条件でも差し支えない。
【0029】
分化誘導方法も特に制限されず、公知であるiPS細胞からの分化誘導方法が適用され得る。例えば、血球系細胞への分化誘導は、IMDMにFBS、ITS Liquid Media Supplement、L-glutamine、ペニシリン/ストレプトマイシン混合溶液、2-mercaptoethanol、イヌVEGF、アスコルビン酸を加えた培養液を用い、OP9細胞と共培養する。しかし、これに限られるものではない。
【0030】
以上のように本発明の方法によれば、現在までに報告の無いイヌiXEN細胞様株を体細胞から作製することが可能になる。得られたイヌiXEN細胞様株は、多世代の継代可能な自己複製能と内胚葉系の幹細胞、さらには各種の体細胞に分化する分化複能性を有し、多世代にわたり継代可能な自己複製能と分化複能性を保持する。
【実施例1】
【0031】
〔イヌiXEN細胞様株の作製〕
イヌ胎子線維芽細胞(CEF)に、ドキシサイクリンの添加により遺伝子を発現させることができる薬剤誘導性レンチウイルスを用いて遺伝子導入を行い、イヌiXEN細胞様株の作製を試みた。N2B27培地を基本培地として、添加因子としてbFGF、LIF、p38阻害薬剤(BIRB796)及びALK阻害薬剤(SB431542)を用いて実験を行った。また、フィーダー細胞(マウス胎子線維芽細胞(mouse embryonic fibroblast:MEF)の要否についても検討を加えた。なお、以下において、試薬の濃度は全て最終濃度である。
【0032】
1.フィーダー細胞(マウス胎子線維芽細胞(mouse embryonic fibroblast:MEF))の作製
妊娠14.5日齢のICRマウス(Slc:ICR、日本SLC社製)から胎子を摘出し、常法に従って得た胎子組織を、DMEM培地(SIGMA社製)に10%ウシ胎子血清(FBS、PAA Laboratories GmbH 社製、Ontario、Canada)、2mM L-glutamine(SIGMA社製)、1%ペニシリン/ストレプトマイシン混合溶液(SIGMA社製)を添加した培養液で37℃、5%CO
2下で培養した。この初代培養細胞は増殖後、継代を行い、3代以内の継代細胞を実験に使用した。また、実験には、10μg/mlマイトマイシン注用(協和発酵工業社製)を添加した前記培養液で、37℃、5%CO
2下で2.5時間培養してマイトマイシンC処理を行った。D-PBS(-)5mlで細胞を洗浄し、0.25%トリプシン-EDTA溶液(SIGMA社製)で回収し、フィーダー細胞とした。
【0033】
2.イヌ胎子線維芽細胞(CEF)へのレンチウイルスによる遺伝子の導入
1)パッケージング細胞の準備
パッケージング細胞として293FT cell line(Invitrogen社製)を用いた。DMEMに10%FBS、2mM L-glutamine、1%ペニシリン/ストレプトマイシン混合溶液、0.1mM MEM NEAA(GIBCO社製)、1mM sodium pyruvate(SIGMA社製)、500μg/ml geneticin(Invitrogen社製、培養初日及び遺伝子導入時は除去)を添加した培養液を用いた。100mm組織培養用ディッシュに培養液10mlを入れ、細胞数が2×10
6個の濃度で、37℃、5%CO
2下で培養した。この培養細胞は増殖後、0.25%トリプシン-EDTA溶液を用いて回収した。得られた293FT細胞を100mm組織培養用ディッシュに、上記の293FT細胞用の培養液を入れ、1ディッシュ当たりの細胞数が2×10
6個となるように播種し、37℃、5%CO
2下で一晩培養した。
【0034】
2)核初期化因子導入用ウイルス液の調整
予め準備しておいたテトラサイクリン制御性トランス活性化因子を発現するFUW-M2rtTAレンチウイルスベクター(Addgene社製)とレンチウイルス構成タンパク発現ベクター(psPAX2及びpMD2.G(Addgene社製))を、 Lipofectamin 2000(Invitrogen社製)を用いたリポフェクタミン法により、1)で準備した293FT細胞に導入した。これとは別に、4つの多能性維持遺伝子(マウスOCT3/4、KLF4、SOX2、C-MYC)が組み込まれ、かつテトラサイクリン応答因子を持ったTetO-FUW-OSKMレンチウイルスベクター(Addgene社製)とレンチウイルス構成タンパク発現ベクターを上記と同様にして新たな293FT細胞に導入した。24時間後にそれぞれの培養液を交換し、さらに24時間後、0.45μm cellulose acetate filter (Whatman社製、Kent、ME)を用いてFUW-M2rtTA及びTetO-FUW-OSKMのウイルス液を回収した。
【0035】
3)CEFの準備とレンチウイルスの感染
妊娠30週齢のビーグル犬(日本SLC社製)から胎子(雄)を摘出し、常法に従って得た胎子組織からCEFを、前記MEFと同様の条件で培養した。培養には、DMEM培地に10%FBS、2mM L-glutamine、100IU/mlペニシリン-100μg/mlストレプトマイシン混合溶液を添加した培養液を用いた。CEFを35mm組織培養用ディッシュ(IWAKI社製)に、1ディッシュ当たりの細胞数が9.5×10
4個となるように播種し、37℃、5%CO
2下で一晩培養した。ディッシュ一面に増殖したCEFに、上記2つのウイルス液の混合液に8μg/mlポリブレン(Nacalai Tesque社製)を添加したものを加え、CEFにウイルスを感染させた。
【0036】
ウイルス感染の24時間後に培養液を交換し、さらに24時間後0.25%トリプシン-EDTA溶液を用いて継代し、準備しておいたMEF細胞(フィーダー細胞)又はマトリゲル(Becton Dickinson Bioscience bioscience社製)をコーティングしたディッシュに感染済みCEFを、CEF培養液を用いて、1つの35mm組織培養用ディッシュ当たりの細胞数が2〜3×10
4個となるように播種し、37℃、5%CO
2下で培養した。
【0037】
播種翌日より、N2B27培地[DMEM/F12培地(Lifetechnologies社製)に1×N2(Invitrogen社製)を添加した培地とNeuro Basal Mediumに1×B27(Invitrogen社製)を添加した培地を1対1(容量比)に混合した培地]に、5mg/ml アルブミン(ウシ血清由来アルブミン:BSA)と、1mM L-グルタミンと、1%のペニシリン/ストレプトマイシン混合溶液と、1%Non essential amino acid(NEAA)と、0.1mM 2-メルカプトエタノールと、4μg/mlドキシサイクリン(Clontech)と、4ng/ml basic fibroblast growth factor(bFGF:Peprotech Rocky社製)と、1000U/ml leukemia inhibitory factor(LIF:和光純薬工業社製)と、2つの阻害薬剤(2μM ALK阻害薬剤:SB431542、2μM p38阻害薬剤:BIRB796、各TOCRIS社製)を加えた培地に交換し、その後毎日培地を交換した。bFGFとLIFは培地交換ごとに添加して培養を行った。
【0038】
3.イヌiXEN細胞様株の継代
MEF細胞上で培養したCEF細胞については、出現した初代コロニーをウイルス感染後8〜20日後に、ガラスピペットの細い先端をバーナーで熱し、45度に曲げたセルナイフを用いて物理的にコロニーを分割し、MEFコートした新たな35mm組織培養用ディッシュに1)iXEN細胞様株の作製に用いたN2B27培地を用いて播種した。以後、3〜6日間隔で同様にして継代した。また、安定して培養できたコロニーについては、0.25%トリプシン-EDTA溶液を用いての酵素継代を行った。
【0039】
培養開始5日後で初代コロニーが出現した。出現コロニーの顕微鏡観察による画像を
図1に示す。
図1に示すようにコロニーの形態はドーム型であった。このコロニー形状の段階では、分化が十分に進んでおらず、iXEN細胞様株が樹立されたとは言えない。
【0040】
出現した細胞コロニーは数回継代を繰り返すことで、コロニー辺縁から敷石状の細胞が現れた。現れた敷石状の細胞(4代継代)の顕微鏡像を
図2に示す。また、この敷石状の細胞は扁平なコロニーを形成し、長期継代が可能であった。
【0041】
〔イヌXEN細胞株の特性解析〕
フィーダー細胞上で得られたイヌiXEN細胞様株の細胞特性として、ALP活性、核型分析、未分化マーカーの発現、及びXEN細胞マーカーの発現を調べた。
1.ALP活性
得られたイヌiXEN細胞様株について、未分化マーカーであるアルカリフォスファターゼ(ALP)活性染色を行い、未分化状態を調べた。ALP活性はStemgent(登録商標) Alkaline P)hosphatase Staining Kit II Stemgent社製)を用いて酵素染色した後に判定した。その結果を
図3に示す。この結果から、iXEN細胞様コロニーのうち一部の細胞がALP染色に陽性を示し、未分化状態が高いことが示唆された。
【0042】
2.核型分析
得られたイヌiXEN細胞様コロニーを分割せずに、0.1%ゼラチンコートした35mm組織培養ディッシュに継代した。24代継代した細胞を簡易ヘマカラーキット(Merk chemicals社製、Darmstad、Germany)を用いてギムザ染色して、光学顕微鏡下で観察した。
図4に示されたように、78本のイヌ常染色体2nが観察され、性染色体がXY型で観察された。
【0043】
3.未分化マーカーの発現
免疫染色及び量的リアルタイムPCRによりXEN細胞マーカー、内因性未分化マーカー(免疫染色:GATA4、GATA6、SOX17、OCT3/4、NANOG;リアルタイムPCR:
GATA4、
GATA6、
FOXA2、
AFP、
TPA、
OCT3/4、
SOX2、
KLF4、
C-MYCの各遺伝子)、及び外因性の導入遺伝子(
E2A-OCT3/4、
E2A-SOX2、
E2A-KLF4、
E2A-C-MYC )の発現を調べた。
【0044】
1)免疫染色
16代継代された細胞株を4%パラホルムアルデヒドで室温、5分間固定した。D-PBS(-)(Nacalai Tesque社製)で洗浄後、0.5%Triton X-100(Nacalai Tesque社製)で5分間透過処理をした。さらに、1%BSA含有D-PBS(-)中で30分間のブロッキングを行なった。その後、一次抗体としてヤギ抗GATA4ポリクローナル抗体(SANTA CRUZ社製)、ウサギ抗GATA6モノクローナル抗体(Cell Signaling社製)、マウス抗SOX17モノクローナル抗体(Abcam社製)、ウサギ抗OCT3/4モノクローナル抗体(SANTA CRUZ社製)、ヤギ抗NANOGポリクローナル抗体(Abcam社製)を使用し、GATA4は200倍希釈、GATA6は1,000倍希釈、SOX17は1,000倍希釈、OCT3/4は1,000倍希釈、NANOGは1,000倍希釈したものを加えて、4℃で一晩培養した。
【0045】
0.1%BSA/PBSで洗浄後、二次抗体を使用した。二次抗体はGATA4とNANOGに対してはPE標識ロバ抗ヤギIgG抗体(NOVUS社製)を、GATA6とOCT3/4に対してはAlexa546標識ヤギ抗マウスIgG抗体(Invitrogen社製)を、SOX17に対してはAlexa488標識ヤギ抗マウスIgG抗体(Invitrogen社製)をそれぞれ1,000倍に希釈して使用した。30〜60分間染色後、ProLong Gold antifade reagent with DAPI(Invitrogen社製)を用いて封入し、共焦点レーザー顕微鏡(Nikon Clsi型、ニコン社製)にて観察した。その結果を
図5と
図6に示した。
【0046】
2)量的リアルタイムPCRによる未分化マーカーの解析
10代継代されたイヌiXEN細胞様株から、RNeasy(登録商標) Micro Kit(QIAGEN社製)を用いてtotal RNAの抽出を行った。内因性遺伝子である
canineGATA4、
GATA6、
FOXA2、
AFP、
TPA、
OCT3/4、
SOX2、
KLF4及び
C-MYCに対しては、すでに明らかになっているイヌの塩基配列(GATA4:Accession:XM_538830.1、GATA6:Accession:XM_014115502.1、FOXA2:Accession:XM_542865.5、AFP:Accession:NM_001003027.1、TPA:Accession:XM_539955.5、OCT3/4:Accession: XM_538830.1、SOX2:Accession: XM_005639752.2、KLF4:Accession:XM_005626996.1、C-MYC:Accession: NM_001003246.2)を基にプライマーを設計した。また、外因性遺伝子である
E2A-OCT3/4、
E2A-SOX2、
E2A-KLF4、
E2A-C-MYCに対して、addgene社から報告されているベクター配列を基にプライマー(センス鎖とアンチセンス鎖)を設計した。
【0047】
次に、抽出したtotal RNAから逆転写反応により、cDNAの合成を行った。合成には、My Cycler(商品名:バイオ・ラッドラボラトリーズ社製)を用いた。合成されたcDNA溶液1μlにつき、SsoFastTM EvaGreen(登録商標) Supermix(Bio Rad社製)5μl、外因性及び内因性未分化マーカーの25pmol/μl、センス鎖とアンチセンス鎖のプライマー溶液各0.2μlを加え、滅菌蒸留水で総量10μlとした。その後、MiniOpticon(登録商標) System(Bio Rad社製)を用いて反応させた。
Canine GATA4、
GATA6、
FOXA2、
AFP及び
TPAにはイヌXEN細胞株(P10)、CEF、イヌ胎子肝臓のmRNAよりcDNAを作製し用いた。
OCT3/4、
SOX2、
KLF4、
C-MYC、
E2A-OCT3/4、
E2A-SOX2、
E2A-KLF4、
E2A-C-MYCの検出には、上記のイヌ胎子肝臓に変えて、別途作製されたドキシサイクリン誘導性イヌiPS細胞(Nishimura, T et al., 2015, ISSCR Annual Meeting, F-1285 参照)のmRNAからcDNAを作製し用いた。内部標準マーカーとして
βACTINを使用した。ネガティブコントロールにはCEFを使用した。
【0048】
免疫染色ではGATA4、GATA6、SOX17に陽性であり、OCT3/4は弱陽性を示した。また、NANOGは陰性を示した(
図5(A)、(B)、(C)及び
図6(A)、(B))。リアルタイムPCRではXEN細胞マーカーである
GATA4、
GATA6、
FOXA2、
AFP及び
TPAの各遺伝子の発現がみられた(
図7)。また、内因性の
OCT3/4、
SOX2、
KLF4、
C-MYCの発現はみられず(
図8)、ドキシサイクリン存在下において、iXEN細胞様株の外因性の導入遺伝子である
E2A-OCT3/4、
E2A-SOX2、
E2A-KLF4、
E2A-C-MYCの発現は抑制され、遺伝子発現のサイレンシングが起きていた(
図9)。
【0049】
上記のように、ドキシサイクリン誘導性レンチウイルスベクターを用いて、N2B27培地にbFGF LIF、ALK阻害薬剤及びp38阻害薬剤を添加することによって、長期継代可能であるiXEN細胞様株が作製された。また、この細胞は未分化マーカーの発現は観察されなかった。また、フィーダーレスでも同様な性質を有するiXEN細胞様株が得られた。得られたiXEN細胞様株は、フィーダー細胞上ではもちろんのことフィーダーレスでも維持することが可能であり、凍結融解によってもその形態及び増殖能に変化はみられなかった(図示せず)。さらに、外因性遺伝子の発現が抑制され、無血清培地を用いて培養できることから、臨床応用にも適していると考えられる。
【実施例2】
【0050】
〔血球系細胞及び肝細胞への分化誘導〕
次に実施例1で作製したイヌiXEN細胞様株から血球系細胞及び肝細胞へ分化誘導し、その形態的構造や機能について解析を行った。
1. 胚様体の形成
フィーダー上で培養することで得られたイヌiXEN細胞様株を14日間浮遊培養して胚様体の形成を行った。なお、培養液はiXEN細胞様株を培養したN2B27培地からLIF、bFGF、p38阻害薬剤(BIRB796)、ALK阻害薬剤(SB431542)及びドキシサイクリンを除いた培地を使用した。
【0051】
2.胚様体からの分化誘導
(1)OP9細胞の培養
分化のためにOP9細胞(RIKEN提供)を使用した。培養液はMEM-α Glutamax(GIBCO社製)に1%ペニシリン/ストレプトマイシン混合液、及び15%FBSを添加したものを使用した。100mm組織培養用ディッシュに上記の培養液10mlを用いて、細胞数が5×10
5個の濃度で、37℃、5%CO
2下で培養した。この培養細胞は増殖後、0.25%トリプシン-EDTA溶液を用いて回収し、20代まで継代した細胞を実験に使用した。凍結培地にはセルバンカーを用い、-80℃で凍結保存した。
【0052】
(2)OP9細胞のマイトマイシン処理及び凍結保存
実施例1の1.フィーダー細胞の作製方法と同様の方法で、OP9細胞をマイトマイシン処理して凍結保存した。凍結細胞は実験前に37℃で解凍し、0.1%ゼラチンで処理した35mm組織培養用ディッシュに1枚当たりの細胞数が2×10
5個となるように調節した。OP9細胞は使用する1日前に準備し、さらに準備後3日内のものを使用した。
【0053】
(3)イヌiXEN細胞様株のOP9細胞上への播種
準備しておいたマイトマイシン処理済みOP9細胞に、上記1.で作製した胚様体を約15個播種した。培地はES分化培地(Iscove's Modified Dulbecco's Medium (IMDM)、SIGMA社製)に15%FBSと、ITS液体培地サプリメント(100×)(SIGMA社製)と、2mML-グルタミンと、1%のペニシリン/ストレプトマイシン混合溶液と、0.45mM 2-メルカプトエタノールと、50μg/ml アスコルビン酸(和光純薬工業社製)に20ng/mlイヌvascular endothelial growth factor(VEGF)(R&D systems 社製、Abingdon、OX)と、を添加したものを使用した。培地交換は隔日で行い、その後、培養16日に分化誘導された細胞の性状を調べた。
【0054】
(4)浮遊細胞の回収とフローサイトメトリーによる細胞表面マーカーの解析
培養16日の培地交換時に分化誘導培地の浮遊細胞を回収し、蛍光免疫染色し、フローサイトメトリー(FCM)を行った。回収した浮遊細胞をFCN液(D-PBS(-)に2%FBSと1mg/ml sodium azideを添加したもの)に希釈し、2μg/mlFITC標識ラット抗イヌCD45抗体を加えて30分氷上で反応させた。染色後の反応性を、S3セルソーター(登録商標:Rad社製)を用いて測定して表面マーカーの発現強度を求めた。コントロールには蛍光抗体液を加えない細胞を用いた。
【0055】
(5)分化誘導接着細胞のALP染色と遺伝子発現
上記方法で分化誘導された接着細胞をイヌiXEN細胞様株の特性解析時と同様の方法でALP染色を行い、この細胞からmRNAを回収し、回収したRNAから逆転写反応でcDNAを作製してPCRを行った後、2.0%アガロースゲルで、100V 20分間電気泳動した。公知であるイヌの塩基配列(Desmin:Accession:Y17737.1)を基に設計したオリゴヌクレオチドプライマーを使用して、肝細胞マーカーであるイヌALBUMIN遺伝子の発現を調べた。
【0056】
上記のごとく得られたイヌiXEN細胞様株を約7日間浮遊培養すると
図9に示すように胚様体が形成された。また、形成された胚体様をOP9細胞上で接着培養することで、培養14日に大型多核の細胞が確認され、この細胞はALP染色陽性を示し、RT−PCRにて肝細胞マーカーであるイヌALBUMIN遺伝子の発現が確認された(
図11(A)(B)及び
図12)。さらに、OP9細胞上で分化誘導することで、培養14日に多数の浮遊細胞が出現した。この細胞を回収し、FCMにて細胞表面マーカーを調べたところ、白血球系マーカーであるCD45抗原に陽性を示した(
図13)。