【解決手段】溶射ガン200は、筒状のケース体210と、ケース体210の先端側に設けられ、断面略円形状の貫通孔を有する一対の給電チップと、ケース体210の内部に設けられたガス流路250と、ケース体210の先端側に設けられ、ガスを噴出するノズル216と、を備え、ノズル216は、ケース体210の軸方向でケース体210の先端側である方向xを向く吐出口216aと、方向xと交差する方向yを向く吐出口216bと、を含む。ケース体210の先端には、一対の給電チップ230の先端部を囲う環状のチャンバ部218が設けられ、第1吐出口216aは、チャンバ部218における方向xの先端に設けられている。
上記一対の給電チップは、互いの中心軸線が上記第1方向に向かうほど近接し、かつ上記中心軸線どうしが上記一対の給電チップよりも上記第1方向に離間する位置で交わる交点を有するように配置されており、
上記チャンバ部は、上記一対の給電チップの先端部すべてを囲っている、請求項1に記載の溶射ガン。
上記第1吐出口は、上記一対の給電チップを通過した上記溶射ワイヤが上記交点に向かって移動する軌跡と干渉しないように設けられている、請求項2に記載の溶射ガン。
上記チャンバ部の上記第1方向における先端縁部と、上記交点とは、上記第1方向において0.1mm以上離間している、請求項2ないし4のいずれかに記載の溶射ガン。
上記第1吐出口は、上記ケース体の上記軸方向に見て上記一対の給電チップが並ぶ方向に延びる長孔状であるものを含む、請求項1ないし5のいずれかに記載の溶射ガン。
上記チャンバ部における上記第1方向寄りの部分は、上記第1方向に向かうにつれて上記ケース体の上記軸方向に対して直角である面内方向における断面積が小さくなる、請求項1ないし6のいずれかに記載の溶射ガン。
請求項1ないし7のいずれかに記載の溶射ガンと、上記溶射ガンに溶射ワイヤを送り込むワイヤ送給手段と、上記溶射ガンにガスを送り込むガス供給手段と、上記溶射ガンに電力を供給する電力供給手段と、を備える、溶射装置。
【背景技術】
【0002】
溶射装置を用いて行うアーク溶射においては、一対の溶射ワイヤを溶射ガンに送給させつつアーク放電によって溶射ワイヤを溶解させる。溶解した溶射ワイヤはノズルから噴出されるガス流によって被溶射体へ噴き付けられ、当該被溶射体の表面に溶射被膜が形成される(たとえば、特許文献1を参照)。
【0003】
特許文献1には、シリンダブロックのボア面(円筒内面)にアーク溶射処理を行うための溶射装置が記載されている。同文献に記載された溶射装置は、比較的長尺な溶射ガンを備えている。溶射ガンは、ワイヤ導管およびガス流路が円筒部材の内部に設けられた構成である。当該溶射ガンをシリンダボア内に挿入した状態にてノズルからガス流を噴出し、ボア面に溶射被膜を形成する。ボア面への溶射被膜の形成は、溶射ガンおよびシリンダブロック(ボア面)を相対移動させながら行う。
【0004】
溶射被膜の形成時において、溶射ガンはその軸方向が鉛直方向に沿う姿勢とされている。溶射ガンに送給される一対の溶射ワイヤは、溶射ガンの先端(下端)に設けられた一対の給電チップを介して互いが徐々に近接するように送り出され、先端どうしが短絡して発生するアークの熱によって溶融する。その溶滴に溶射ガンの先端(下端)のノズルから噴出するガス流が吹き付けられる。特許文献1に開示された溶射ガンにおいて、ノズルは第1吐出口(補助ノズル77)と第2吐出口(アトマイズノズル76)を含む。同文献の
図3〜
図5に示されるように、第1吐出口(補助ノズル77)は、一対の給電チップ(第1通電チップ72および第2通電チップ73)の間に設けられた小孔であり、溶射ガンの軸方向先端側である鉛直下方向を向く。第2吐出口(アトマイズノズル76)は水平方向を向く。第1吐出口から噴出するガス流は、一対の溶射ワイヤ先端でのアーク発生により連続して生じる溶滴を下方に移行させる役割を担う。第2吐出口から噴出するガス流は、第1吐出口からのガス流によって下方に移行させられた溶滴を溶射面に向けて噴射する役割を担う。
【0005】
しかしながら、上記従来の溶射ガンにおいて、第1吐出口が小孔であるために第1吐出口から噴出されるガス流の断面サイズが溶滴のサイズと比べて小さい。このため、第1吐出口からのガス流によって溶滴全体が移行せずに、溶滴の一部が周囲に飛散する場合があった。そうすると、第1吐出口からのガス流による溶滴移行が所定範囲に収まらない虞れがあり、その結果、第2吐出口からのガス流により噴射される溶滴によって形成される溶射被膜の品質低下などの不都合を招く虞れがあった。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の課題を解決するため、本発明では、次の技術的手段を採用した。
【0009】
本発明の第1の側面よって提供される溶射ガンは、所定の軸方向に延びる筒状のケース体と、上記ケース体に内挿されており、溶射ワイヤを通すための一対のワイヤ導管と、上記ケース体の先端側に設けられ、上記溶射ワイヤを挿通させる、断面略円形状の貫通孔を有する一対の給電チップと、上記ケース体の内部に設けられ、ガスを流すためのガス流路と、上記ケース体の先端側に設けられ、上記ガス流路を経たガスを外部に噴出するためのノズルと、を備え、上記ノズルは、上記ケース体の軸方向であって上記ケース体の先端側である第1方向を向く第1吐出口と、上記第1方向と交差する第2方向を向く第2吐出口と、を含み、上記ケース体の先端には、上記一対の給電チップの先端部の少なくとも一部を囲う環状であり、かつ内部空間が上記ガス流路につながるチャンバ部が設けられ、上記第1吐出口は、上記チャンバ部における上記第1方向の先端に設けられている。
【0010】
好ましい実施の形態においては、上記一対の給電チップは、互いの中心軸線が上記第1方向に向かうほど近接し、かつ上記中心軸線どうしが上記一対の給電チップよりも上記第1方向に離間する位置で交わる交点を有するように配置されており、上記チャンバ部は、上記一対の給電チップの先端部すべてを囲っている。
【0011】
好ましい実施の形態においては、上記第1吐出口は、上記一対の給電チップを通過した上記溶射ワイヤが上記交点に向かって移動する軌跡と干渉しないように設けられている。
【0012】
好ましい実施の形態においては、上記ケース体の上記軸方向に見た上記第1吐出口の開口面積は、上記給電チップの上記貫通孔の断面積の1倍以上である。
【0013】
好ましい実施の形態においては、上記チャンバ部の上記第1方向における先端縁部と、上記交点とは、上記第1方向において0.1mm以上離間している。
【0014】
好ましい実施の形態においては、上記第1吐出口は、上記ケース体の上記軸方向に見て上記一対の給電チップが並ぶ方向に延びる長孔状であるものを含む。
【0015】
好ましい実施の形態においては、上記チャンバ部における上記第1方向寄りの部分は、上記第1方向に向かうにつれて上記ケース体の上記軸方向に対して直角である面内方向における断面積が小さくなる。
【0016】
本発明の第2の側面よって提供される溶射装置は、本発明の第1の側面に係る溶射ガンと、上記溶射ガンに溶射ワイヤを送り込むワイヤ送給手段と、上記溶射ガンにガスを送り込むガス供給手段と、上記溶射ガンに電力を供給する電力供給手段と、を備える。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、ケース体の先端には環状のチャンバ部が設けられ、このチャンバ部は、ケース体の軸方向に対して直角である面内方向において一対の給電チップの先端部を囲っている。そして、チャンバ部においてケース体の先端側である第1方向の先端には、ケース体の先端側を向く第1吐出口が設けられている。このような構成によれば、第1吐出口から噴出されるガス流の断面サイズが比較的大きいので、一対の溶射ワイヤ先端で生じる溶滴全体を下方に向けて移行させることが可能となる。第1吐出口からのガス流による下方への溶滴移行が適正に行われると、第2吐出口からのガス流により噴射される溶滴によって形成される溶射被膜の品質が良好に維持される。
【0018】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好ましい実施形態につき、図面を参照しつつ具体的に説明する。
【0021】
図1は、本発明に係る溶射ガンを備えた溶射装置の一例を示す全体概略図である。溶射装置100は、被溶射体であるワーク500に溶射を行うためのものである。本実施形態の溶射装置100は、基台110と、この基台110上に起立する支持板120と、支持板120に設けられた一対のワイヤ送給機構130と、溶射ガン200と、電源部300と、ガス供給手段400と、を備えている。
【0022】
基台110には、載置テーブル111が設けられ、この載置テーブル111上にワーク500が置かれている。載置テーブル111は、ワーク移動機構112に支持されている。詳細な図示説明は省略するが、ワーク移動機構112は、水平面内でのスライド移動、昇降および回転の各動作を行うことが可能であり、ワーク移動機構112の動作によってワーク500に所望の動きを与えることができる。
【0023】
本実施形態において、ワイヤ送給機構130は、ワイヤリール131、ガイドローラ132、送給ローラ133、およびモータ134を備えており、ワイヤリール131に巻き取られた溶射ワイヤWを溶射ガン200に向けて送り出すものである。
【0024】
ワイヤリール131は、たとえば水平方向に延びる軸心回りに回転可能なリールに溶射ワイヤWが巻き取られた形態を有しており、回転しながら溶射ワイヤWを繰り出すことができる。ワイヤリール131から繰り出される溶射ワイヤWは、ガイドローラ132を経て下向きに方向を変え、溶射ガン200に至っている。なお、本実施形態では、ワイヤ供給源としてワイヤリール131を用いる場合を示しているが、これに限られず、ワイヤ供給源としてワイヤパックを用いるようにしてもよい。
【0025】
送給ローラ133は、対をなすローラの少なくとも一方がモータ134によって駆動される。送給ローラ133は、ワイヤリール131に近接する位置と溶射ガン200に近接する位置との2箇所に設けられている。本実施形態においては、一対のワイヤ送給機構130の駆動により、溶射ワイヤWが対をなして溶射ガン200に供給される。
【0026】
電源部300は、溶射ガン200に電力を供給するものである。電源部300からの電力は、定電圧制御されて給電ケーブル310を介して溶射ガン200に供給され、後述のワイヤ導管220、給電部材215を介して給電チップ230に供給される。
【0027】
ガス供給手段400は、溶射ガン200にガスを送り込むものであり、たとえばコンプレッサにより噴出された圧縮エアを、流量および圧力が制御された状態で溶射ガン200に送り込む。
【0028】
溶射ガン200は、被溶射体にアーク溶射を行うものであり、適所に設けられたブラケット140を介して支持板120に支持されている。
図2〜
図4に示すように、溶射ガン200は、ケース体210と、一対のワイヤ導管220と、一対の給電チップ230と、一対のガイドライナ240と、ガス流路250とを備えている。
【0029】
ケース体210は、筒状本体211、上部カバー212、下部カバー213、およびチャンバ部218を含んで構成される。筒状本体211は、所定の軸方向に長状に延びる円筒形状とされている。上部カバー212は筒状本体211の上端(基端)を塞いでおり、下部カバー213は筒状本体211の下端(先端)に設けられている。
【0030】
ワイヤ導管220は、溶射ワイヤWを通すものであり、たとえば銅管などの金属製パイプによって構成される。ワイヤ導管220は筒状本体211に内挿されており、ワイヤ導管220の下部は、ケース体210の下端寄りに設けられた絶縁部材214を介して当該ケース体210に支持されている。ワイヤ導管220の上部は、上部カバー212を貫通してケース体210の上端側(基端側)から外部に延びている。ワイヤ導管220は、筒状本体211の軸方向と略平行に延びている。各ワイヤ導管220の下端は、金属製の給電部材215に接続されている。詳細は後述するが、一対のワイヤ導管220は、ガス流路250内に配置されている。
【0031】
給電チップ230は、給電部材215に取り付けられている。給電部材215は、ワイヤ導管220と給電チップ230との間に位置しており、一対の給電チップ230に対応するように対をなして設けられている。より詳細には、給電部材215の下端(先端)部には雌ねじが形成され、また、給電チップ230の上端(基端)部には雄ねじが形成されており、上記雌ねじに上記雄ねじを螺合することによって給電チップ230が給電部材215に取り付けられる。このようにして、給電チップ230はケース体210の下端側(先端側)に着脱可能に設けられている。なお、一対の給電部材215は絶縁部材217によって支持されており、これら給電部材215間は絶縁状態にある。
【0032】
一対の給電部材215に形成された一対の雌ねじは、筒状本体211の軸方向に対して傾斜して延びる。そして、
図4、
図6に表れているように、一対の給電チップ230については、互いの中心軸線O1がケース体210の先端側である方向x(第1方向)に向かうほど近接している。これら中心軸線O1は、一対の給電チップ230よりも方向xに離間する位置で交わっており、当該交点がアーク点Oxとして設定される。
【0033】
給電チップ230は、基端側においてガイドライナ240を受け入れている。給電チップ230先端側には、後述のガイドライナ240を通過した溶射ワイヤWを挿通させるための貫通孔231が形成されている。貫通孔231の内径寸法(直径D1)は、溶射ワイヤWの太さ(横断面外径寸法)に対応する寸法とされており、溶射ワイヤWの横断面外径寸法より少し大きい。即ち、給電チップ230については、使用する溶射ワイヤWの太さが異なると、それに応じて貫通孔231の直径D1が異なるものが用いられる。使用する溶射ワイヤWの太さ(外形寸法)は、たとえば0.8mm以上である。
【0034】
一対のガイドライナ240は、それぞれ一対のワイヤ導管220に内挿されている。ガイドライナ240は、可撓性を有する筒状とされており、溶射ワイヤWを挿通させることによってこの溶射ワイヤWを給電チップ230まで案内する機能を果たす。ガイドライナ240を構成する材料としては、溶射ワイヤWの摺動抵抗の小さいものが好ましい。そのような材料としては、たとえばテフロン(登録商標)樹脂などの合成樹脂を挙げることができる。
【0035】
各ガイドライナ240は、ワイヤ導管220の全長にわたって内挿される。
図4によく表れているように、ガイドライナ240の下端部(先端部)は、給電チップ230の基端部に内挿されており、給電チップ230の中心軸線O1に沿って延びている。
図2に表れているように、ガイドライナ240の上端部(基端部)は、ワイヤ導管220の上端(基端)から突出して外部に延びている。
【0036】
図3、
図4に示すように、チャンバ部218は、ケース体210の先端部分に設けられている。チャンバ部218は、一対の給電チップ230の先端部を囲う環状とされており、内部空間が後述の第1ガス流路251につながっている。より具体的には、チャンバ部218は、絶縁部材217に形成されたガス通過孔217aを介して第1ガス流路251につながっている。また、本実施形態において、チャンバ部218は、ケース体210の軸方向に対して直角である面内方向において、一対の給電チップ230の先端部すべてを囲っている。チャンバ部218は金属製であり、チャンバ部218の内面は、たとえばセラミックス材料などの絶縁材料によってコーティングされている。
【0037】
本実施形態において、チャンバ部218の先端寄り(方向x寄り)の部分は、方向xに向かうにつれて上記面内方向における断面積が小さくされており、先端側が窄まっている。また、チャンバ部218における方向xの先端は部分的に開口しており、この開口部分が後述の第1吐出口216aとされている。また、
図4、
図6等に示した、チャンバ部218の方向xにおける先端縁部とアーク点Oxとは、好ましくは0.1mm以上離間している。即ち、チャンバ部218の先端縁部とアーク点Oxとの距離Lxは、好ましくは0.1mm以上である。なお、チャンバ部218の形状については、本実施形態のような先端側が窄まる形状の他にも、種々な形状を採用することができる。
【0038】
図3、
図4に示すように、ケース体210の先端部には、溶射ガスを外部に噴出するためのノズル216が設けられている。本実施形態において、ノズル216は、第1吐出口216a、および第2吐出口216bを含んで構成される。これら第1および第2吐出口216a,216bは、互いに異なる方向を向いている。
【0039】
第1吐出口216aは、チャンバ部218部の先端に設けられており、ケース体210の軸方向であって当該ケース体210の先端側である方向x(第1方向)を向いている。
図6、
図7から理解されるように、第1吐出口216aは、一対の給電チップ230を通過した溶射ワイヤWがアーク点Oxに向かって移動する軌跡と干渉しないように設けられている。本実施形態においては、
図5、
図7に示すように、第1吐出口216aは、ケース体210の軸方向に見て長孔状とされており、一対の給電チップ230が並ぶ方向を長手方向として延びている。
【0040】
第1吐出口216aは、ケース体210の軸方向に見て所定以上のサイズを有する。
図7において、ケース体210の軸方向に見た第1吐出口216aの開口面積は、給電チップ230の貫通孔231の断面積の1倍以上である。なお、第1吐出口216aの形状については、本実施形態のような長孔状の他にも、種々な形状を採用することができる。また、本実施形態では、1つの第1吐出口216aが設けられる場合を例示したが、第1吐出口216aとしては、互いに分離して複数設けられた構成であってもよい。
【0041】
第2吐出口216bは、下部カバー213の下垂部分に形成されている。第2吐出口216bは、複数設けられている。各第2吐出口216bは、方向xと交差する方向(第2方向)を向いており、本実施形態では方向xと略直角である方向yを向いている。
図4に表れているように、第2吐出口216bは、複数の長孔を含む。複数の第2吐出口216bは、溶射ワイヤWがアーク点Oxで溶融した後、当該溶融金属を被溶射体に対して直接噴き付けるためのものである。
【0042】
ガス流路250は、ケース体210の内部に設けられており、ガスを流すための流路である。本実施形態において、ガス流路250として、第1吐出口216aまでガスを流す第1ガス流路251と、第2吐出口216bまでガスを流す第2ガス流路252と、を有する。第1および第2ガス流路251,252は、ケース体210の内部に形成された隔壁等によって互いに分離している。第1ガス流路251は、ガス通過孔217aを介してチャンバ部218の内部空間につながっている。第1ガス流路251および第2ガス流路252には、それぞれ個別に流量および圧力が制御されたガスが、ガス供給手段400より供給される。
【0043】
次に、上記した溶射ガン200および溶射装置100を用いてワーク500に溶射を行う手順について説明する。
【0044】
図1、
図7、
図8に示すように、ワーク500としてはシリンダブロックが用いられ、このシリンダブロック(ワーク500)のボア面S(円筒内面)に対して溶射を行う。ボア面Sに対する溶射処理は、溶射ガン200(ケース体210)をボア面Sの内側に挿入した状態で行う。
【0045】
溶射装置100を用いて行う溶射作業時には、ワイヤ送給機構130によって溶射ガン200に溶射ワイヤWが送給される。送給された溶射ワイヤWは、ガイドライナ240内を挿通し、このガイドライナ240によってガイドされながらワイヤ導管220内を進む。そして、溶射ワイヤWは、ガイドライナ240の下端部を経て給電チップ230へ送られ、給電チップ230に接触しながら中心軸線O1に沿ってアーク点Oxに向かう。
【0046】
溶射ガン200には電源部300によって電力が供給される。溶射ワイヤWが給電チップ230に接触することにより、給電部材215から給電チップ230を介して溶射ワイヤWに電力供給される。そして、一対の給電チップ230から送り出された一対の溶射ワイヤWがアーク点Oxで短絡することによって、一対の溶射ワイヤWの先端間にアークが発生し、溶滴が生じる。
【0047】
溶射ガン200にはまた、ガス供給手段400からの圧縮ガスが送り込まれる。当該ガスは、第1ガス流路251および第2ガス流路252を通過し、ノズル216(第1吐出口216aおよび第2吐出口216b)から噴出される。当該噴出されたガスは、溶射ワイヤWの先端のアークに吹き付けられ、溶融金属が液滴や微粒子状となってボア面S(被溶射体の表面)に溶射被膜が形成される。溶射処理に際し、ボア面Sは、ワーク移動機構112(
図1参照)によって中心軸Os周りに回転させられる。なお、第1ガス流路251を通過するガスの流量は、たとえば100L/min以上である。第1ガス流路251を通過したガスは、ガス通過孔217aおよびチャンバ部218を経て第1吐出口216aから噴出される。第1吐出口216aから噴出されるガスの流速は、たとえば第1吐出口216aの近傍において150m/sec以上である。
【0048】
次に、上記した実施形態に係る溶射ガン200および溶射装置100の作用について説明する。
【0049】
本実施形態の溶射ガン200においては、ケース体210の先端には環状のチャンバ部218が設けられている。チャンバ部218は、ケース体210の軸方向に対して直角である面内方向において一対の給電チップ230の先端部を囲っている。そして、チャンバ部218の方向xにおける先端には、ケース体の先端側(方向x)を向く第1吐出口216aが設けられている。このような構成によれば、第1吐出口216aから噴出されるガス流の断面サイズが比較的大きいので、一対の溶射ワイヤW先端で生じる溶滴全体を下方に向けて移行させることが可能となる。このように第1吐出口216aからのガス流による下方への溶滴移行が適正に行われると、第2吐出口216bからのガス流により噴射される溶滴によって形成される溶射被膜の品質が良好に維持される。
【0050】
チャンバ部218は一対の給電チップ230の先端部全体を囲っており、チャンバ部218の内部空間の容積は比較的大きい。これにより、第1吐出口216aから噴出されるガス流については、脈動の発生が防止されて流速が安定する。このことは、第1吐出口216aからのガス流による下方への溶滴移行を適切に行ううえで好ましい。
【0051】
また、チャンバ部218の内部空間にはガスが充満するので、チャンバ部218および給電チップ230の冷却効果が高まる。これにより、チャンバ部218へのスパッタ等の付着が抑制されるとともに、チャンバ部218および給電チップ230の耐久性が向上する。
【0052】
さらに、一対の給電チップ230の先端部全体をチャンバ部218が囲う構成によれば、給電チップ230にスパッタ等が直接付着することは防止される。したがって、給電チップ230がチャンバ部218によって保護され、給電チップ230の耐久性が向上する。
【0053】
チャンバ部218の方向xにおける先端縁部とアーク点Oxとは、0.1mm以上離間している。これにより、第1吐出口216aから噴出するガス流がアーク点Ox付近で生じる溶滴に衝突する時点において、当該ガス流の力積が比較的大きく、また、流速が安定する。このことは、第1吐出口216aからのガス流による下方への溶滴移行を適切に行ううえで好ましい。
【0054】
第1吐出口216aは、一対の給電チップ230を通過した溶射ワイヤWがアーク点Oxに向かって移動する軌跡と干渉しないように設けられており、ケース体210の軸方向に見て一対の給電チップ230が並ぶ方向に延びる長孔状である。このような構成によれば、一対の給電チップ230を介して送り出される一対の溶射ワイヤWについて、その移動を妨げることなくアーク点Oxに向かわせることができる。
【0055】
チャンバ部218における方向x寄りの部分は、方向xに向かうにつれて断面積が小さくされている。このような構成によれば、チャンバ部218を通過して第1吐出口216aに至るまでのガスの流れがスムーズになり、第1吐出口216aから噴出されるガスの流量および流速がより安定する。
【0056】
第1吐出口216aは、ケース体210の軸方向に見た開口面積が給電チップ230の貫通孔231の断面積の1倍以上である。一対の給電チップ230から送り出される溶射ワイヤWの移動速度が変化させられると、アーク点Ox付近で生ずる溶滴の大きさも多少変化する。第1吐出口216aの開口面積が上記のように所定以上であることにより、大きさが変化しうる溶滴についても下方への移行を適切に行うことが可能となる。
【0057】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明の範囲は上記した実施形態に限定されるものではなく、各請求項に記載した事項の範囲内でのあらゆる変更は、すべて本発明の範囲に包摂される。
【0058】
上記実施形態において、チャンバ部218が一対の給電チップ230の先端部すべてを囲う場合について説明したが、これに限定されず、たとえば給電チップ230の先端縁がチャンバ部218の先端縁(下端縁)よりも下方に突き出して外部に露出するように構成してもよい。
【0059】
上記実施形態において、チャンバ部218の内部空間が、ケース体210の内部において隔壁等により隔てられた第1ガス流路251につながる場合について説明したが、これに限定されない。ケース体としては、筒状の外側本体と、この外側本体との間に隙間を空けて配置される内側本体と、を具備する構成とされる場合がある。この場合、上記外側本体および内側本体の間の環状空間をチャンバ部の内部空間につなげるように構成することで、当該環状空間を、チャンバ部へガスを流すためのガス流路として用いることができる。