【解決手段】本発明の溶射ガン200は、筒状のケース体210と、ケース体210の先端側に設けられた一対の給電チップ230と、ケース体210の内部に設けられたガス流路250と、ケース体210の先端側に設けられ、ガスを噴出するノズル216と、を備え、ノズル216は、ケース体210の軸方向でケース体210の先端側である方向xを向く吐出口216aと、方向xと交差する方向yを向く吐出口216bと、方向x,yのいずれにも直角である方向に見て方向yよりも方向x側に傾く方向を向き、吐出口216a,216bよりもケース体210の基端側に位置する吐出口216cと、を含む。吐出口216cは、ケース体210の軸方向に見て、当該吐出口216cの指向方向が前方に向かうにつれて収束するように方向付けられている。
上記第1方向および上記第2方向のいずれにも直角である方向に見て、上記第1方向と上記第3方向とのなす角度は、20〜80°の範囲である、請求項1または2に記載の溶射ガン。
請求項1ないし3のいずれかに記載の溶射ガンと、上記溶射ガンに溶射ワイヤを送り込むワイヤ送給手段と、上記溶射ガンにガスを送り込むガス供給手段と、上記溶射ガンに電力を供給する電力供給手段と、を備えており、
円筒内面を有する被溶射体を用意し、上記円筒内面に溶射を行うための溶射システム。
上記第2吐出口の指向方向が上記円筒内面と交差する第1位置と、上記第3吐出口の指向方向が上記円筒内面と交差する第2位置とは、5〜30mm離間している、請求項6または7に記載の溶射システム。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、このような事情のもとで考え出されたものであって、溶射ヒューム等の付着を防止するのに適した溶射ガン、およびこれを備えた溶射システムを提供することをその課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、本発明では、次の技術的手段を採用した。
【0008】
本発明の第1の側面よって提供される溶射ガンは、筒状のケース体と、上記ケース体に内挿されており、溶射ワイヤを通すための一対のワイヤ導管と、上記ケース体の先端側に設けられ、上記溶射ワイヤに電力を供給する一対の給電チップと、上記ケース体の内部に設けられ、ガスを流すためのガス流路と、上記ケース体の先端側に設けられ、上記ガス流路を経たガスを外部に噴出するためのノズルと、を備え、上記ノズルは、上記ケース体の軸方向であって上記ケース体の先端側である第1方向を向く第1吐出口と、上記第1方向と交差する第2方向を向く第2吐出口と、上記第1方向および上記第2方向のいずれにも直角である方向に見て上記第2方向よりも上記第1方向側に傾く第3方向を向き、かつ上記第1吐出口および上記第2吐出口よりも上記ケース体の基端側に位置する第3吐出口と、を含み、上記第3吐出口は、上記ケース体の上記軸方向に見て、当該第3吐出口の指向方向が前方に向かうにつれて収束するように方向付けられている。
【0009】
好ましい実施の形態においては、上記第2方向は、上記第1方向に対して直角である方向、あるいは当該直角である方向よりも上記第1方向側に傾く方向である。
【0010】
好ましい実施の形態においては、上記第1方向および上記第2方向のいずれにも直角である方向に見て、上記第1方向と上記第3方向とのなす角度は、20〜80°の範囲である。
【0011】
好ましい実施の形態においては、上記第3吐出口は複数設けられている。
【0012】
好ましい実施の形態においては、上記複数の第3吐出口は、それぞれの指向方向が所定の収束位置に向かう。
【0013】
本発明の第2の側面よって提供される溶射システムは、本発明の第1の側面に係る溶射ガンと、上記溶射ガンに溶射ワイヤを送り込むワイヤ送給手段と、上記溶射ガンにガスを送り込むガス供給手段と、上記溶射ガンに電力を供給する電力供給手段と、を備えており、円筒内面を有する被溶射体を用意し、上記円筒内面に溶射を行う。
【0014】
好ましい実施の形態においては、上記円周内面により囲まれた空間における気体を吸引する吸引機構を更に備える。
【0015】
好ましい実施の形態においては、上記第2吐出口の指向方向が上記円筒内面と交差する第1位置と、上記第3吐出口の指向方向が上記円筒内面と交差する第2位置とは、5〜30mm離間している。
【0016】
好ましい実施の形態においては、上記第3吐出口は、それぞれの指向方向が所定の収束位置に向かうように複数設けられており、上記収束位置は、上記ケース体の上記軸方向に見て上記円筒内面の内側にある。
【0017】
好ましい実施の形態においては、上記ケース体の上記軸方向に見て、上記収束位置と上記円筒内面とは、0〜30mm離間している。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、第3吐出口は、第1吐出口が向く第1方向、および第2吐出口が向く第2方向のいずれにも直角である方向に見て、第2方向よりも第1方向側に傾く方向を向くとともに、ケース体の軸方向に見て第3吐出口の指向方向が前方に向かうにつれて収束するように方向付けられている。このような構成によれば、被溶射体に対して行う溶射時に、被溶射体の表面で跳ね返った溶射ヒューム等の異物がケース体の先端付近に付着するのを防止することができる。
【0019】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行う詳細な説明によって、より明らかとなろう。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の好ましい実施形態につき、図面を参照しつつ具体的に説明する。
【0022】
図1は、本発明に係る溶射ガンを備えた溶射システムの一例を示す全体概略図である。溶射システム100は、ワーク500(被溶射体)に溶射を行うためのものである。本実施形態の溶射システム100は、基台110と、この基台110上に起立する支持板120と、支持板120に設けられた一対のワイヤ送給機構130と、溶射ガン200と、電源部300と、ガス供給手段400と、を備えている。
【0023】
基台110には、載置テーブル111が設けられ、この載置テーブル111上にワーク500が置かれている。ワークとしては、たとえばシリンダブロックが用いられ、このシリンダブロック(ワーク500)はボア面S(円筒内面)を有する。載置テーブル111は、ワーク移動機構112に支持されている。詳細な図示説明は省略するが、ワーク移動機構112は、水平面内でのスライド移動、昇降および回転の各動作を行うことが可能であり、ワーク移動機構112の動作によってワーク500に所望の動きを与えることができる。ワーク500の上部および下部には、それぞれ吸引機構600が設けられている。
【0024】
本実施形態において、ワイヤ送給機構130は、ワイヤリール131、ガイドローラ132、送給ローラ133、およびモータ134を備えており、ワイヤリール131に巻き取られた溶射ワイヤWを溶射ガン200に向けて送り出すものである。
【0025】
ワイヤリール131は、たとえば水平方向に延びる軸心回りに回転可能なリールに溶射ワイヤWが巻き取られた形態を有しており、回転しながら溶射ワイヤWを繰り出すことができる。ワイヤリール131から繰り出される溶射ワイヤWは、ガイドローラ132を経て下向きに方向を変え、溶射ガン200に至っている。なお、本実施形態では、ワイヤ供給源としてワイヤリール131を用いる場合を示しているが、これに限られず、ワイヤ供給源としてワイヤパックを用いるようにしてもよい。
【0026】
送給ローラ133は、対をなすローラの少なくとも一方がモータ134によって駆動される。送給ローラ133は、ワイヤリール131に近接する位置と溶射ガン200に近接する位置との2箇所に設けられている。本実施形態においては、一対のワイヤ送給機構130の駆動により、溶射ワイヤWが対をなして溶射ガン200に供給される。
【0027】
電源部300は、溶射ガン200に電力を供給するものである。電源部300からの電力は、定電圧制御されて給電ケーブル310を介して溶射ガン200に供給され、後述のワイヤ導管220、給電部材215を介して給電チップ230に供給される。
【0028】
ガス供給手段400は、溶射ガン200にガスを送り込むものであり、たとえばコンプレッサにより噴出された圧縮エアを、流量および圧力が制御された状態で溶射ガン200に送り込む。
【0029】
溶射ガン200は、被溶射体にアーク溶射を行うものであり、適所に設けられたブラケット140を介して支持板120に支持されている。
図2〜
図4に示すように、溶射ガン200は、ケース体210と、一対のワイヤ導管220と、一対の給電チップ230と、一対のガイドライナ240と、ガス流路250とを備えている。
【0030】
ケース体210は、筒状本体211、上部カバー212、および下部カバー213を含んで構成される。筒状本体211は、所定の軸方向に長状に延びる円筒形状とされている。上部カバー212は筒状本体211の上端(基端)を塞いでおり、下部カバー213は筒状本体211の下端(先端)に設けられている。
【0031】
ワイヤ導管220は、溶射ワイヤWを通すものであり、たとえば銅管などの金属製パイプによって構成される。ワイヤ導管220は筒状本体211に内挿されており、ワイヤ導管220の下部は、ケース体210の下端寄りに設けられた絶縁部材214を介して当該ケース体210に支持されている。ワイヤ導管220の上部は、上部カバー212を貫通してケース体210の上端側(基端側)から外部に延びている。ワイヤ導管220は、筒状本体211の軸方向と略平行に延びている。各ワイヤ導管220の下端は、金属製の給電部材215に接続されている。詳細は後述するが、一対のワイヤ導管220は、ガス流路250内に配置されている。
【0032】
給電チップ230は、給電部材215に取り付けられている。給電部材215は、ワイヤ導管220と給電チップ230との間に位置しており、一対の給電チップ230に対応するように対をなして設けられている。より詳細には、給電部材215の下端(先端)部には雌ねじが形成され、また、給電チップ230の上端(基端)部には雄ねじが形成されており、上記雌ねじに上記雄ねじを螺合することによって給電チップ230が給電部材215に取り付けられる。このようにして、給電チップ230はケース体210の下端側(先端側)に着脱可能に設けられている。
【0033】
一対の給電部材215に形成された一対の雌ねじは、筒状本体211の軸方向に対して傾斜して延びる。そして、
図4によく表れているように、一対の給電部材215に取り付けられた一対の給電チップ230については、互いの中心軸線O1がケース体210の先端に向かうほど近接している。これら中心軸線O1は、ケース体210の先端側外方において交わっており、当該交点がアーク点Oxとして設定される。
【0034】
一対のガイドライナ240は、それぞれ一対のワイヤ導管220に内挿されている。ガイドライナ240は、可撓性を有する筒状とされており、溶射ワイヤWを挿通させることによってこの溶射ワイヤWを案内する機能を果たす。ガイドライナ240を構成する材料としては、溶射ワイヤWの摺動抵抗の小さいものが好ましい。そのような材料としては、たとえばテフロン(登録商標)樹脂などの合成樹脂を挙げることができる。
【0035】
各ガイドライナ240は、ワイヤ導管220の全長にわたって内挿される。
図4によく表れているように、ガイドライナ240の下端部(先端部)は、給電チップ230の基端部に内挿されており、給電チップ230の中心軸線O1に沿って延びている。
図2に表れているように、ガイドライナ240の上端部(基端部)は、ワイヤ導管220の上端(基端)から突出して外部に延びている。
【0036】
図3、
図4に示すように、ケース体210の先端部には、溶射ガスを外部に噴出するためのノズル216が設けられている。本実施形態において、ノズル216は、第1吐出口216a、第2吐出口216b、および第3吐出口216cを含んで構成される。これら第1ないし第3吐出口216a,216b,216cは、互いに異なる方向を向いている。
【0037】
第1吐出口216aは、ケース体210の下端付近に位置する絶縁部材217に形成されており、ケース体210の軸方向であって当該ケース体210の先端側である方向x(第1方向)を向いている。
【0038】
第2吐出口216bは、下部カバー213の下垂部分に形成されている。第2吐出口216bは、複数設けられている。各第2吐出口216bは、方向xと交差する方向(第2方向)を向いており、本実施形態では方向xと略直角である方向yを向いている。複数の第2吐出口216bは、溶射ワイヤWがアーク点Oxで溶融した後、当該溶融金属を被溶射体に対して直接噴き付けるためのものであり、アーク点Ox付近に向けられている。
図3においては、複数の第2吐出口216bの全体としての指向方向を矢印D1で表している。なお、各第2吐出口216bが向く方向は、方向xに対して直角である方向よりも方向x側に傾く方向であってもよい。
【0039】
第3吐出口216cは、筒状本体211(ケース体210)の下端(先端)に形成されている。第3吐出口216cは、第1吐出口216aおよび第2吐出口216bよりもケース体210の基端側(
図3における上方)に位置する。また、第3吐出口216cは、第1吐出口216aよりも方向yにおける前方に位置する。第3吐出口216cは、方向xおよび方向yのいずれにも直角である方向に見て、方向yよりも方向x側に傾く方向(第3方向)を向いている。方向xおよび方向yのいずれにも直角である方向に見て、方向xと第3吐出口216cが向く方向とのなす角度θ1は、0°<θ1<90°である。当該角度θ1は、好ましくは20〜80°の範囲である。
図3においては、当該角度θ1が55°の場合を示している。
【0040】
図2、
図5に示すように、第3吐出口216cは複数(本実施形態では9箇所)設けられている。
図6に示すように、複数の第3吐出口216cは、それぞれの端部が連通路255につながっており、この連通路255は、後述の第3ガス流路253に通じている。
図5に示した複数の第3吐出口216cは、ケース体210の軸方向に見て、それぞれの指向方向が前方に向かうにつれて互いに収束するように方向付けられている。
【0041】
本実施形態においては、複数の第3吐出口216cは、それぞれの指向方向に対して直角である断面が円形状の小径孔であり、筒状本体211(ケース体210)の下端であって方向y前方側に形成された傾斜面211aにおいて開放している。本実施形態においては、
図5に示すように、複数の第3吐出口216cは、ケース体210の軸方向に見て、それぞれの指向方向が実質的に共通の収束点P1(収束位置)を向いている。ここで、ケース体210の軸方向に見て、複数の第3吐出口216cの指向方向は収束点P1を頂点とする三角形状であり、当該頂点の角度θ2は、たとえば30〜150°の範囲である。なお、複数の第3吐出口216cは、ケース体210の軸方向に見てそれぞれの指向方向が共通の収束点P1を向くことを意図して形成されるが、実際には多少の誤差が生じうる。したがって、各第3吐出口216cの指向方向に沿った線分は、必ずしも収束点P1を通過するとは限らず、収束点P1の近傍を通過する場合もある。
【0042】
なお、本実施形態においては、
図3に示したように、方向xおよび方向yのいずれにも直角である方向に見て、複数の第3吐出口216c全てについて、方向xと第3吐出口216cが向く方向とのなす角度θ1が同一である。
図3においては、複数の第3吐出口216cの全体としての指向方向を矢印D2で表している。
【0043】
ガス流路250は、ケース体210の内部に設けられており、ガスを流すための流路である。本実施形態において、ガス流路250として、第1吐出口216aまでガスを流す第1ガス流路251と、第2吐出口216bまでガスを流す第2ガス流路252と、第3吐出口216cまでガスを流す第3ガス流路253と、を有する。第1ないし第3ガス流路251,252,253は、ケース体210の内部に形成された隔壁等によって互いに分離している。第3ガス流路253は、連通路255を介して各第3吐出口216cにつながっている。第1ガス流路251、第2ガス流路252および第3ガス流路253には、それぞれ個別に流量および圧力が制御されたガスが、ガス供給手段400より供給される。
【0044】
吸引機構600は、ワーク500のボア面S(円筒内面)に囲まれた空間における気体を吸引するためのものである。詳細な図示説明は省略するが、吸引機構600は、たとえばボア面Sと連通するダクト、およびこのダクトに接続された吸引部を備える。なお、本実施形態では、吸引機構600がワーク500の上部および下部の2箇所に配置される場合を示しているが、吸引機構600を1箇所にのみ設ける構成としてもよい。1箇所に吸引機構600を設ける場合、当該吸引機構600をワーク500の下部に配置するのが好ましい。
【0045】
次に、上記した溶射ガン200および溶射システム100を用いてワーク500に溶射を行う手順について説明する。
【0046】
図1、
図7、
図8に示すように、ワーク500としてのシリンダブロックのボア面S(円筒内面)に対して溶射を行う。ボア面Sに対する溶射処理は、溶射ガン200(ケース体210)をボア面Sの内側に挿入した状態で行う。
【0047】
ここで、
図7に示すように、ケース体210の軸方向に見て、複数の第3吐出口216cの指向方向の収束位置(収束点P1)は、ボア面S(円筒内面)の内側に位置する。そして、ケース体210の軸方向に見て、収束位置(収束点P1)とボア面Sとは、好ましくは0〜30mm離間している。即ち、収束点P1とボア面Sとの距離L1は、好ましくは0〜30mmである。
【0048】
図8に示すように、複数の第2吐出口216b全体としての指向方向(
図8において矢印D1で表す)がボア面Sと交差する第1位置P2と、複数の第3吐出口216c全体としての指向方向(同図において矢印D2で表す)がボア面Sと交差する第2位置P3とは、5〜30mm離間している。即ち、第1位置P2と第2位置P3との距離L2は、5〜30mmである。
【0049】
溶射システム100を用いて行う溶射作業時には、ワイヤ送給機構130によって溶射ガン200に溶射ワイヤWが送給される。送給された溶射ワイヤWは、ガイドライナ240内を挿通し、このガイドライナ240によってガイドされながらワイヤ導管220内を進む。そして、溶射ワイヤWは、ガイドライナ240の下端部を経て給電チップ230へ送られ、給電チップ230に接触しながら中心軸線O1に沿ってアーク点Oxに向かう。
【0050】
溶射ガン200には電源部300によって電力が供給される。溶射ワイヤWが給電チップ230に接触することにより、給電部材215から給電チップ230を介して溶射ワイヤWに電力供給される。そして、一対の給電チップ230から送り出された一対の溶射ワイヤWがアーク点Oxで短絡することによって、一対の溶射ワイヤWの先端間にアークが発生する。
【0051】
溶射ガン200にはまた、ガス供給手段400からの圧縮ガスが送り込まれる。当該ガスは、第1ガス流路251および第2ガス流路252を通過し、ノズル216(第1吐出口216aおよび第2吐出口216b)から噴出される。当該噴出されたガスは、溶射ワイヤWの先端のアークに吹き付けられ、溶融金属が液滴や微粒子状となってボア面S(被溶射体の表面)に溶射被膜が形成される。溶射処理に際し、ボア面Sは、ワーク移動機構112(
図1参照)によって中心軸Os周りに回転させられる。本実施形態では、溶射処理中に、ガス供給手段400からの圧縮ガスが、第3ガス流路253に供給され、連通路255を介して複数の第3吐出口216cから噴出される。第3吐出口216cから噴出されるガスの流速は、例えば第3吐出口216cの近傍において100m/s以上である。
【0052】
溶射作業時には吸引機構600を稼働させることで、ボア面Sに囲まれた空間における気体が吸引される。
【0053】
次に、上記した実施形態に係る溶射ガン200および溶射システム100の作用について説明する。
【0054】
本実施形態の溶射ガン200においては、
図3に示したように、ノズル216は、ケース体210の先端側(方向x)を向く第1吐出口216a、方向xと交差する方向yを向く第2吐出口216bに加え、複数の第3吐出口216cを含んで構成される。これら第3吐出口216cは、第1吐出口216aおよび第2吐出口216bよりもケース体210の基端側(
図3における上方)に位置するとともに、方向xおよび方向yのいずれにも直角である方向に見て、方向yよりも方向x側に傾く方向(
図3における左斜め下方向)を向いている。さらに、複数の第3吐出口216cは、ケース体210の軸方向に見て、これら第3吐出口216cの指向方向が前方に向かうにつれて収束するように方向付けられている。このような構成によれば、溶射処理時にボア面Sにて跳ね返った反射粒子や溶射ヒュームは、第3吐出口216cからのガス流によってケース体210から遠ざかる方向に吹き飛ばされる。したがって、溶射ヒューム等の異物がケース体210の先端付近に付着するのを防止することができる。
【0055】
さらに、複数の第3吐出口216cそれぞれの指向方向が収束するように方向付けられているため、これら第3吐出口216cから噴出されるガスが重畳し、流量および流速が大きく、また、指向性が強いガス流が形成される。その結果、
図7に示すように、ケース体210の軸方向に見て、ボア面Sにて跳ね返った溶射ヒューム等の異物は、第3吐出口216cからの上記指向性が強いガス流の外側に分散させられる(
図7において右方を向く矢印参照)。そして、上記指向性の強いガス流はその力積が大きいので、ボア面Sにおいて跳ね返った異物のうち特に重量の大きい金属粒子(スパッタ)がケース体210に正面から向かうことを抑制することができる。したがって、ケース体210の先端付近へのスパッタの付着を効果的に防止することができる。ケース体210の先端(ノズル216付近等)へのスパッタの付着状況に応じて清掃や部品交換等のメンテナンスが必要となるが、スパッタの付着防止が図られた本実施形態によれば、ケース体210先端部の耐久性が向上し、メンテナンス回数の低減や溶射作業の効率向上(稼働率の上昇)が実現される。
【0056】
本実施形態において、第2吐出口216bが向く方向は、方向xに対して直角である方向、あるいは当該直角である方向よりも方向x側に傾く方向である。このような構成によれば、溶射処理時にボア面Sに吹きつけられる溶射物がボア面Sに衝突する時の平均的な高さ位置は、第2吐出口216bと同程度の高さ位置あるいは第2吐出口216bよりも低い高さ位置になる。したがって、ボア面Sにおいて跳ね返った異物がケース体210の先端に向かうことを抑制することができる。
【0057】
方向xおよび方向yのいずれにも直角である方向に見て、方向xと第3吐出口216cが向く方向とのなす角度θ1は、好ましくは20〜80°の範囲とされる。このような構成は、ボア面Sにおいて跳ね返った異物がケース体210の先端に向かうことを抑制するのに適する。
【0058】
第3吐出口216cは複数設けられている。このような構成によれば、複数の第3吐出口216cから噴出されるガス全体によって指向性を有するガス流を形成することができる。また、第3吐出口216cを複数設けることで個々の第3吐出口216cの流路断面積を小さくすることができ、各第3吐出口216cから噴出するガスは流量が小さくかつ流速が大きい状態となる。これにより、各第3吐出口216cから噴出するガスは非圧縮流体に近い挙動を示し、流速が高くなるのに応じて圧力が低下する。その結果、各第3吐出口216cから噴出するガスは周辺の空気を巻き込んで流量が増加し、力積の大きいガス流が形成される。このことは、ボア面Sにおいて跳ね返った異物のうち特に重量の大きい金属粒子(スパッタ)がケース体210に付着するのを防止するうえで好ましい。
【0059】
複数の第3吐出口216cは、それぞれの指向方向が所定の収束位置(収束点P1)に向かう。このような構成によれば、被溶射体(ボア面S)に対し、指向性の強いガス流を噴き付けることができる。
【0060】
溶射システム100には、ボア面S(円筒内面)に囲まれた空間における気体を吸引するための吸引機構600が設けられている。これにより、ボア面Sで跳ね返った異物を外部に吸い出すことができる。したがって、ボア面Sに形成される溶射被膜に異物が混入するのを抑制することができ、溶射被膜の品質向上を図ることができる。
【0061】
複数の第2吐出口216b全体としての指向方向D1がボア面Sと交差する第1位置P2と、複数の第3吐出口216c全体としての指向方向D2がボア面Sと交差する第2位置P3とは、5〜30mm離間している。このような構成によれば、第2吐出口216bによって溶射ワイヤWの溶融金属をボア面Sに向けて噴き付ける作用への影響を回避しつつ、ボア面Sにて跳ね返った異物がケース体210の先端付近に付着するのを防止することができる。なお、第3吐出口216cとボア面との距離が変わると上記第1位置P2と上記第2位置P3とが離間する距離L2も変わるが、第3吐出口216cとボア面との距離に応じて第3吐出口216cが傾く角度θ1を変更することで、距離L2を適切な範囲に設定することができる。
【0062】
図7に示したように、複数の第3吐出口216cそれぞれの指向方向の収束位置(収束点P1)は、ケース体210の軸方向に見てボア面S(円筒内面)の内側に位置する。このような構成によれば、ボア面Sの内側において、複数の第3吐出口216cから噴出されるガスによって収束点P1を頂点とする三角形状に絞られた指向性の強いガス流が形成される。その結果、ボア面Sで跳ね返った異物は、複数の第3吐出口216cからのガス流がなす三角形の外側に分散させられる。このことは、ケース体210の先端付近への異物の付着を防止するうえで好ましい。
【0063】
ケース体210の軸方向に見て、複数の第3吐出口216cの指向方向の収束位置(収束点P1とボア面Sとは、0〜30mm離間している。このような構成は、複数の第3吐出口216cから噴出されるガスによって三角形状に絞られた指向性の強いガス流を形成するのに適しており、ケース体210の先端付近への異物の付着を防止するうえで好ましい。
【0064】
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明の範囲は上記した実施形態に限定されるものではなく、各請求項に記載した事項の範囲内でのあらゆる変更は、すべて本発明の範囲に包摂される。