(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-22287(P2017-22287A)
(43)【公開日】2017年1月26日
(54)【発明の名称】有機ラジカル化合物の薄膜
(51)【国際特許分類】
H01L 51/30 20060101AFI20170105BHJP
H01L 51/05 20060101ALI20170105BHJP
H01L 21/363 20060101ALI20170105BHJP
H01L 51/46 20060101ALI20170105BHJP
H01L 51/40 20060101ALI20170105BHJP
C07C 49/657 20060101ALN20170105BHJP
C07C 49/697 20060101ALN20170105BHJP
【FI】
H01L29/28 250H
H01L29/28 100A
H01L21/363
H01L31/04 154E
H01L29/28 310J
C07C49/657
C07C49/697
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-139966(P2015-139966)
(22)【出願日】2015年7月13日
(71)【出願人】
【識別番号】000000941
【氏名又は名称】株式会社カネカ
(71)【出願人】
【識別番号】304000836
【氏名又は名称】学校法人 名古屋電気学園
(74)【代理人】
【識別番号】100087701
【弁理士】
【氏名又は名称】稲岡 耕作
(74)【代理人】
【識別番号】100101328
【弁理士】
【氏名又は名称】川崎 実夫
(74)【代理人】
【識別番号】100110799
【弁理士】
【氏名又は名称】丸山 温道
(72)【発明者】
【氏名】辻 良太郎
(72)【発明者】
【氏名】宮田 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 宏
(72)【発明者】
【氏名】森田 靖
【テーマコード(参考)】
4H006
5F103
5F151
【Fターム(参考)】
4H006AA03
4H006AB92
5F103AA01
5F103DD25
5F103HH01
5F103HH04
5F103HH05
5F103LL13
5F151AA11
(57)【要約】
【課題】有機ラジカル化合物のπ平面が基板に平行となる配向で積層されている有機ラジカル化合物の薄膜を製造し、これにより基板に対して垂直方向に大きなキャリア移動度を有する有機ラジカル化合物薄膜の半導体素子を提供する。
【解決手段】真空蒸着法を用いて、基板上にTOT(Trioxotriangulene)誘導体を堆積してなる薄膜であり、該TOT誘導体のπ平面が基板に平行となる配向で堆積されている。
【選択図】
図2B
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に下記式(1)で示されるフェナレニル骨格を有する有機ラジカル化合物が堆積してなる薄膜であって、該有機ラジカル化合物のπ平面が基板に平行となる配向で堆積されている、有機ラジカル化合物の薄膜。
【化3】
(式中、Xは水素、ハロゲンまたは1価の有機基から選ばれ、互いに同一でも異なっていても良い)
【請求項2】
前記基板の材料がガラス、金属、金属酸化物、セラミックス、プラスチック、ゴムまたはカーボンから選ばれるいずれか1つである、請求項1に記載の有機ラジカル化合物の薄膜。
【請求項3】
前記基板において、有機ラジカル化合物が堆積している側の表面が銀、縮合芳香環化合物、またはカーボンから選ばれるいずれか1つである、請求項1または請求項2に記載の有機ラジカル化合物の薄膜。
【請求項4】
前記堆積された薄膜の厚さが10nm〜10μmの範囲である、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の有機ラジカル化合物の薄膜。
【請求項5】
前記式(1)におけるXが水素またはハロゲンである、請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の有機ラジカル化合物の薄膜。
【請求項6】
前記ハロゲンが臭素(Br)である、請求項5に記載の有機ラジカル化合物の薄膜。
【請求項7】
X線回折(XRD)分析のOut−of−Plane測定における2θ=25〜30°の範囲にあるπスタックに起因する回折面由来のシグナルの強度が、2θ=8〜12°の範囲にある並列カラム構造に起因する回折面由来のシグナルの強度の5倍以上である、請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載の有機ラジカル化合物の薄膜。
【請求項8】
X線回折(XRD)分析のIn−Plane測定における2θ=8〜12°の範囲にある並列カラム構造に起因する回折面由来のシグナルの強度が、2θ=25〜30°の範囲にあるπスタックに起因する回折面由来のシグナルの強度の5倍以上である、請求項1〜請求項7のいずれか1項に記載の有機ラジカル化合物の薄膜。
【請求項9】
請求項1〜請求項8のいずれか1項に記載の有機ラジカル化合物の薄膜を、光を取り扱う半導体層として利用する、有機薄膜半導体素子。
【請求項10】
前記光を取り扱う半導体層を含む有機薄膜半導体素子が、太陽電池または発光ダイオードである、請求項9に記載の有機半導体素子。
【請求項11】
基板上に下記式(1)で示されるフェナレニル骨格を有する有機ラジカル化合物が堆積してなる薄膜を製造する方法であって、
【化4】
(式中、Xは水素、ハロゲン、1価の有機基であり、互いに同一でも異なっていても良い)
前記基板上に真空蒸着法により前記有機ラジカル化合物を堆積させる工程を含む、有機ラジカル化合物の薄膜の製造方法。
【請求項12】
前記式(1)におけるXが水素またはハロゲンである、請求項11に記載の有機ラジカル化合物の薄膜の製造方法。
【請求項13】
前記有機ラジカル化合物を堆積させる基板の表面の材質が銀、縮合芳香環化合物、またはカーボンである、請求項11または請求項12のいずれか1項に記載の有機ラジカル化合物の薄膜の製造方法。
【請求項14】
蒸着源温度100℃〜400℃の抵抗加熱式真空蒸着法で実施する、請求項11〜請求項13のいずれか1項に記載の有機ラジカル化合物の薄膜の製造方法。
【請求項15】
前記真空蒸着法による製膜の際の、製膜速度が0.001nm/秒〜10nm/秒である、請求項11〜請求項14のいずれか1項に記載の有機ラジカル化合物の薄膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基板上に堆積された有機化合物の薄膜、およびその応用に関するものである。
【背景技術】
【0002】
有機化合物の薄膜は有機薄膜太陽電池、有機発光ダイオード(OLED)、有機薄膜トランジスタなど多くの有機薄膜系半導体素子に利用されている。例えば有機薄膜太陽電池においては、p型半導体としてポリ(3−ヘキシルチオフェン)、n型半導体としてフラーレンの薄膜が用いられる。
しかしこれらは閉殻分子であり、開殻分子を有する化合物、すなわち有機ラジカル化合物の薄膜については従来、報告例が少なかった。
【0003】
有機ラジカル化合物の薄膜を有する半導体素子として、特許文献1に、フェナレニル骨格を有するトリオキソトリアンギュレン(TOT;Trioxotriangulene)誘導体を半導体材料として含有するTOT薄膜を利用した有機半導体素子が記載されている。特許文献1によれば、有機半導体素子として、有機薄膜太陽電池、OLED、有機電界効果トランジスタ(FET)が挙げられている。前記TOT薄膜は、これら有機半導体素子の内部で、光吸収層、発光層、キャリア輸送層などとして利用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2010/061595号パンフレット
【特許文献2】特開2010-184918号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】J. Caro et. al.,”The First Oriented Thin Films Based on a Nitronyl Nitroxide Radical”Advanced Materials, 10-8, pp.608-610 (1998)
【非特許文献2】Yasushi Morita, et. al.,“Organic tailored batteries materials using stable open-shell molecules with degenerate frontier orbitals”, Nature Materials 10, 947-951 (2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
このような有機ラジカル化合物の薄膜を有する半導体素子においてキャリアは、基板に対して垂直方向に移動することが要請される。
TOT誘導体の場合、特許文献1の
図2にも示されているように、TOT誘導体のπ平面どうしが垂直方向にスタックされた構造となり、キャリアの移動方向は、基本的にはπ平面に垂直となる。
【0007】
したがって、π平面が基板に対して水平に配向され、π平面が基板面に垂直な方向にスタックされる構造が実現できれば、好都合となる。
ところが特許文献1には、TOT誘導体を含有する有機薄膜層におけるTOT誘導体の結晶の構造については前述したように記載があるものの、基板の材質が記載されていない。また、TOT誘導体の製膜は実際には塗布プロセスにより実施されるため、基板上でTOTの配向を揃えることが難しく、その点で改善の余地がある。
【0008】
他方、基板に対して有機ラジカル化合物を配向させた薄膜としては、非特許文献1に記載のニトロキシルラジカルが知られている。非特許文献1では、NaCl結晶基板上にニトロキシルラジカルを真空蒸着法により製膜し、ニトロキシルラジカルのc軸が基板に対して垂直となる配向を確認している。しかし非特許文献1のニトロキシルラジカルはπ電子系の広がりが小さいため、基板に対して垂直な方向のキャリア移動度は小さいという問題があった。また製膜速度が139nm/秒と比較的大きいため、薄膜中に欠陥が生じやすいという問題があった。
【0009】
非特許文献1と同様の構造を有する、アミノ置換アリール基を有するニトロキシルラジカルの真空蒸着法による薄膜について特許文献2に記載されている。しかし特許文献2ではニトロキシルラジカルの配向については制御がなされていない。またニトロキシルラジカルは電子スピン局在型ラジカルであるため分子間のπ−π相互作用を十分活用できないという問題があった。
【0010】
本発明の目的は、フェナレニル骨格を有する有機ラジカル化合物のπ平面が基板に平行となる配向で積層されている有機ラジカル化合物の薄膜を実現し、これにより基板に対して垂直方向に大きなキャリア移動度を有する有機ラジカル化合物の薄膜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の有機ラジカル化合物の薄膜は、基板上に下記式(1)で示されるフェナレニル骨格を有する有機ラジカル化合物が堆積してなる薄膜であり、該有機ラジカル化合物のπ平面が基板面に対して平行となる配向で積層されていることを特徴とする。
【0012】
【化1】
【0013】
(式中、Xは水素、ハロゲンまたは1価の有機基から選ばれ、互いに同一でも異なっていても良い)
前記基板の材料は、ガラス、金属、金属酸化物、セラミックス、プラスチック、ゴムまたはカーボンから選ばれるいずれか1つであってもよい。
前記基板において、有機ラジカル化合物が堆積している側の表面は、銀、縮合芳香環化合物、またはカーボンから選ばれるいずれか1つであってもよい。
【0014】
前記堆積された薄膜の厚さは、10nm〜10μmの範囲であることが好ましい。
前記式(1)におけるXが水素またはハロゲンであることが好ましい。
前記ハロゲンの例として臭素(Br)が挙げられる。
X線回折(XRD)分析のOut−of−Plane測定における2θ=25〜30°の範囲にあるπスタックに起因する回折面由来のシグナルの強度が、2θ=8〜12°の範囲にある並列カラム構造に起因する回折面由来のシグナルの強度の5倍以上であることが好ましい。
【0015】
また、X線回折(XRD)分析のIn−Plane測定における2θ=8〜12°の範囲にある並列カラム構造に起因する回折面由来のシグナルの強度が、2θ=25〜30°の範囲にあるπスタックに起因する回折面由来のシグナルの強度の5倍以上であることが好ましい。
前記有機ラジカル化合物の薄膜を、有機薄膜半導体素子の、光を取り扱う半導体層として利用することができる。
【0016】
この場合、有機薄膜半導体素子は、例えば太陽電池または発光ダイオードである。
本発明の有機ラジカル化合物の薄膜の製造方法は、基板上に前記式(1)で示されるフェナレニル骨格を有する有機ラジカル化合物が堆積してなる薄膜を製造する方法であって、前記基板上に真空蒸着法により前記有機ラジカル化合物を堆積させる工程を含むものである。
【0017】
前記堆積させる工程において、蒸着源温度100℃〜400℃の抵抗加熱式真空蒸着法で実施することが好ましい。
前記真空蒸着法による製膜の際の、製膜速度が0.001nm/秒〜10nm/秒であることが好ましい。
【発明の効果】
【0018】
本発明の有機ラジカル化合物の薄膜は、基板に対して垂直な方向のキャリア移動に優れるため、有機半導体素子、特に有機薄膜太陽電池、OLEDなどへの応用に有利となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1A】本発明の実施例1に係るH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)による表面像を示す写真である。
【
図1B】実施例1に係るH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)による断面像を示す写真である。
【
図2A】実施例2に係るH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)による表面像を示す写真である。
【
図2B】実施例2に係るH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)による断面像を示す写真である。
【
図3A】実施例3に係るH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)による表面像を示す写真である。
【
図3B】実施例3に係るH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)による断面像を示す写真である。
【
図4A】実施例4に係るH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)による表面像を示す写真である。
【
図4B】実施例4に係るH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)による断面像を示す写真である。
【
図5A】実施例4のH
3TOT薄膜のOut−of−Plane測定によるX線回折(XRD)分析結果を示すグラフである。
【
図5B】実施例4のH
3TOT薄膜のIn−Plane測定によるX線回折(XRD)分析結果を示すグラフである。
【
図6】実施例5に係るH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)による断面像を示す写真である。
【
図7】実施例6に係るH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)による断面像を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施形態について以下に説明する。本発明の範囲は特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図されている。
<有機ラジカル化合物の薄膜>
本発明の実施形態に係る有機ラジカル化合物の薄膜は、基板上に下記式(1)で示されるフェナレニル骨格を有する有機ラジカル化合物が堆積してなる有機ラジカル化合物の薄膜であり、該有機ラジカル化合物のπ平面が基板に平行となる配向で積層されている。
【0022】
(式中、Xは水素、ハロゲン、または1価の有機基であり、互いに同一でも異なっていても良い)
前記式(1)において、Xが1価の有機基である場合、例えばアルキル基、アリール基、アラルキル基、カルボキシル基、アルコキシカルボニル基、アミノ基、ヒドロキシル基、アシル基、ニトロ基、シアノ基などがあげられる。Xの分子量が小さいほうが真空蒸着法による薄膜形成が容易であるので、この観点から、Xとしては水素またはハロゲンが好ましく、分子量の最も小さな水素が最も好ましい。
【0023】
<基板>
前記式(1)の有機ラジカル化合物が堆積される基板の例としては、例えばガラス、金属、金属酸化物、セラミックス、プラスチック、ゴム、カーボンをあげることができる。有機薄膜太陽電池やOLEDとしてデバイス化する場合に有用である点で、ガラス、金属、金属酸化物、セラミックス、プラスチックの基板が好ましい。
【0024】
金属としてはコストや導電性の点で金、銀、銅、鉄、ステンレス、アルミニウム、モリブデンが好ましい。金属酸化物としては導電性や透明性の点でインジウムスズ酸化物(ITO)、インジウムタングステン酸化物(IWO)、アルミニウムタングステン酸化物(AZO)、酸化スズ、酸化亜鉛、インジウム亜鉛酸化物(IZO)、インジウムガリウム亜鉛酸化物(IGZO)が好ましい。
【0025】
セラミックスとしてはデバイスとして有用である点で、カルコパイライト、アルミナ、チタニア、シリカ、ペロブスカイト、ゼオライト、モンモリロナイト、ケステライトが好ましい。プラスチックとしては加工性の点でポリイミド、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレンナフタレート(PEN)、ポリエチレン(PE)、ポリプロピレン(PP)、ポリ塩化ビニル(PVC)、フェノール樹脂、フッ素樹脂、ポリアミドが好ましい。
【0026】
ゴムとしてはコストや入手性の点でブチルゴム、天然ゴム、フッ素ゴム、熱可塑性エラストマーが好ましい。カーボンとしてはグラファイトシート、グラフェンフィルムが好ましい。
基板の形状は、前記式(1)の有機ラジカル化合物が堆積される形状であれば特に限定されず、平板状、曲板状、球状、柱状、棒状、フィルム状などを用いることができる。
【0027】
また基板は単一材料からなるものに限らず、複数の材料を組み合わせたものを用いてもよい。例えばガラス、金属、金属酸化物、プラスチックなどの表面に金属、金属酸化物、ポリマー、縮合芳香環化合物、カーボンなどの薄膜を形成させた複合基板を用いることができる。これらの薄膜は前記式(1)の有機ラジカル化合物が堆積している側の表面に形成されていることが好ましい。
【0028】
このような複合基板としては、インジウムスズ酸化物(ITO)付ガラス、モリブデン(Mo)付ガラス、ITO付フィルム、熱酸化膜付シリコンウェハ、ポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホン酸(PEDOT:PSS)を塗布したガラス、ポリ(3−ヘキシルチオフェン)(P3HT)を塗布したフィルム、ペンタセンを蒸着したITO付ガラス、ペリレンを蒸着したITO付フィルム、銀を蒸着したガラス、銀を蒸着したフィルム、グラフェン付ガラス、グラフェン付フィルム、グラファイトシート付ガラス、グラファイトシート付フィルムが挙げられる。
【0029】
前記基板または複合基板のうち、有機ラジカル化合物が基板に対してπ平面が水平となる配向で堆積しやすい点で、有機ラジカル化合物が堆積する側の表面の材料が銀、縮合芳香環化合物、またはカーボンであることが好ましい。具体的には、銀、ペンタセン、ペリレン、ルブレン、パリレン、グラフェン、酸化グラフェン、酸化グラフェン還元体、グラファイトシートがより好ましい。
【0030】
<製膜方法>
本発明の実施形態に係る有機ラジカル化合物の薄膜を製造する方法としては、有機ラジカル化合物が自己組織化的に容易に配向して堆積される点で、基板上に真空蒸着法により製膜する方法が好ましい。
真空蒸着法の条件としては抵抗加熱式、電子銃照射式など特に限定されないが、使用する有機ラジカル化合物の分解が抑制できる点で抵抗加熱式が好ましく、得られる有機ラジカル化合物の薄膜の品質が良好で短時間に製膜できる点で以下の範囲がそれぞれより好ましい。
【0031】
蒸着源と基板との距離: 10mm〜300mm
蒸着源温度: 100℃〜400℃
基板温度: 0℃〜100℃
真空度: 1×10
−2Pa〜1×10
−6Pa
製膜速度(膜厚): 0.001nm/秒〜10nm/秒
なお、製膜速度については0.01nm/秒〜10nm/秒の範囲が特に好ましい。
【0032】
本発明の実施形態に係る有機ラジカル化合物の薄膜の膜厚は、製膜条件によって任意に設定可能であるが、光電変換素子や発光素子などの半導体素子として効率が高い点で、10nm〜10μmの範囲が好ましく、50nm〜5μmの範囲がより好ましい。
<堆積された薄膜の測定方法>
本発明の実施形態に係る有機ラジカル化合物の薄膜において、有機ラジカル化合物はそのπ平面が基板面に対して平行となる配向で積層される。これは電子顕微鏡観察やX線回折(XRD)分析によって確認することが可能である。
【0033】
前記式(1)の有機ラジカル化合物は結晶中、π平面同士がスタックしたカラム構造を取ることが知られており、カラム内のπ平面間の距離は3.3Å前後、カラム間の距離は9.2Å前後にある。XRD分析において結晶中のこれらの距離に応じた回折はそれぞれ2θ=25〜30°、および8〜12°の領域に観測される。すなわち2θ=25〜30°のシグナルはπ−πスタックに起因する回折面の存在を示し、2θ=8〜12°のシグナルは並列するカラム構造に起因する回折面の存在を示している。
【0034】
基板に対してπ平面のスタックが垂直方向に並ぶような配向の場合、すなわち基板に対してface−on配向の場合、通常のOut−of−Plane測定においてπスタック面が回折面となるため2θ=25〜30°の範囲にあるシグナルが大きくなり、一方並列するカラム構造に起因する2θ=8〜12°の範囲にあるシグナルは小さくなる。
本発明の実施形態に係る有機ラジカル化合物の薄膜では有機ラジカル化合物のπ平面が基板に平行となる配向で積層されているため、2θ=25〜30°の範囲にあるシグナルの強度が2θ=8〜12°の範囲にあるシグナルの強度の5倍以上となることが好ましい。一方In−Plane測定ではこの状況が逆となり、2θ=8〜12°の範囲にあるシグナルの強度が2θ=25〜30°の範囲にあるシグナルの強度の5倍以上となることが好ましい。
【0035】
この強度差が大きいほど有機ラジカル化合物の配向具合も大きいと言える。よって、XRD分析のOut−of−Plane測定において2θ=25〜30°の範囲にあるシグナルの強度が、2θ=8〜12°の範囲にあるシグナルの強度の10倍以上となる有機ラジカル化合物の薄膜がより好ましく、同様にIn−Plane測定において2θ=8〜12°の範囲にあるシグナルの強度が2θ=25〜30°の範囲にあるシグナルの強度の10倍以上となる有機ラジカル化合物の薄膜がより好ましい。
【実施例】
【0036】
臭素置換TOT(X=Br;Br
3TOT)と無置換TOT(X=H;H
3TOT)とを合成した。臭素置換TOT(Br
3TOT)は非特許文献2に記載の方法によって合成した。無置換TOT(H
3TOT)は2−ヨードトルエンを出発原料として用い、Br
3TOTと同様に合成した。
走査型電子顕微鏡(SEM)、具体的には日本電子製JSM−7600Fを用いて形状を観察した。リガク製Smartlab多目的X線回折装置を用いてX線回折(XRD)分析を行った。線源は、Cu Kα線にて実施した。
【0037】
<実施例1;H
3TOTの真空蒸着−銀基板>
ガラスに銀を100nmの膜厚で真空蒸着させたものを基板として用い、その上にH
3TOTの真空蒸着を実施した。
H
3TOT(1.3mg)を直径10mmのアルミナるつぼに入れて真空蒸着機内にセットし、その90mm上方に前記銀を蒸着した基板を、銀面がるつぼ側になるように水平にセットした。真空蒸着機内を2.4×10
−4Paに減圧し、抵抗加熱により、るつぼを8℃/分の速度で270℃まで昇温し、その後30分間かけて徐々に280℃まで昇温することにより、前記前記銀面の上に厚さ80nmのH
3TOT薄膜を得た。製膜速度は0.02nm/秒であった。得られたH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)像を
図1A、
図1Bに示す(
図1A:表面、
図1B:断面)。
図1B の断面像より、柱状のH
3TOT結晶が立った状態で並んでいることがわかる。
【0038】
<実施例2;H
3TOTの真空蒸着−銀基板>
基板としてガラス板に銀を100nmの膜厚で真空蒸着させたものを用い、H
3TOTの真空蒸着を行った。
H
3TOT(1.2mg)を直径10mmのアルミナるつぼに入れて真空蒸着機内にセットし、30mm上方に前記銀を蒸着した基板を、銀面がるつぼ側になるように水平にセットした。真空蒸着機内を1.4×10
−4Paに減圧し、るつぼを3℃/分の速度で175℃まで昇温し、さらに175℃で75分間ホールドすることにより、厚さ500nmのH
3TOT薄膜を得た。製膜速度は0.08nm/秒である。得られたH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)像を
図2A、
図2Bに示す(
図2A:表面、
図2B:断面)。
図2Bの断面像より、柱状のH
3TOT結晶が立った状態で並んでいることがわかる。
【0039】
<実施例3;H
3TOTの真空蒸着−グラファイト基板>
厚さ25μmのグラファイトシートをポリイミドテープでガラス板に貼り付けて基板とし、H
3TOTの真空蒸着を実施した。H
3TOT(1.0mg)を直径10mmのアルミナるつぼに入れて真空蒸着機内にセットし、30mm上方に前記グラファイトシート基板をグラファイト面がるつぼ側を向くように水平にセットした。真空蒸着機内を1.6×10
−4Paに減圧し、るつぼを3℃/分の速度で220℃まで昇温し、さらに220℃で30分間ホールドすることにより、厚さ400nmのH
3TOT薄膜を得た。製膜速度は0.22nm/秒である。得られたH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)像を
図3A、
図3Bに示す(
図3A:表面、
図3B:断面)。
図3B の断面像より、柱状のH
3TOT結晶が立った状態で並んでいることがわかる。
【0040】
<実施例4;H
3TOTの真空蒸着−グラファイト基板>
厚さ25μmのグラファイトシートを両面テープでガラス板に貼り付けて基板とし、H
3TOTの真空蒸着を実施した。H
3TOT(2.0mg)を直径10mmのアルミナるつぼに入れて真空蒸着機内にセットし、30mm上方に前記グラファイトシート基板をグラファイト面がるつぼ側を向くように水平にセットした。真空蒸着機内を2.6×10
−4Paに減圧し、るつぼを3℃/分の速度で220℃まで昇温し、さらに80分間かけて徐々に250℃まで昇温することにより、厚さ800nmのH
3TOT薄膜を得た。製膜速度は0.13nm/秒である。得られたH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)像を
図4A、
図4Bに示す(
図4A:表面、
図4B:断面)。
図4Bの断面像より、柱状のH
3TOT結晶が立った状態で並んでいることがわかる。
【0041】
この実施例4のH
3TOT薄膜のXRD分析を実施した。結果を
図5A、
図5Bに示す。
図5AはOut−of−Plane測定、
図5BはIn−Plane測定を示す。
図5AのOut−of−Plane測定においてTOTのπ平面の積層に由来する2θ=27.2°のシグナル強度が非常に大きく、9.5°付近のシグナルがほとんど見られない。なお、2θ=26.6°の大きなピークは基板のグラファイトシート(0001)面に由来する。
図5BのIn−Plane測定においては、TOTのカラム間に由来する2θ=9.8°、17.0°、19.5°、26.0°が観測される一方で、2θ=27.2°のシグナル強度は極めて小さい。これらよりTOTのπ平面が基板に対して水平な配向をとっていることがわかる。
【0042】
<実施例5;H
3TOTの真空蒸着−酸化シリコン基板>
熱酸化膜が付着したシリコン基板にH
3TOTの真空蒸着を行った。H
3TOT(1.0mg)を直径10mmのアルミナるつぼに入れて真空蒸着機内にセットし、30mm上方に基板を熱酸化膜面がるつぼを向くように水平にセットした。真空蒸着機内を5×10
−5Paに減圧し、るつぼを3℃/分の速度で220℃まで昇温し、さらに220℃で1時間ホールドさせて長さ約2μmの柱状微結晶の集合体としてのH
3TOT薄膜を得た。製膜速度は0.05nm/秒である。得られたH
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)断面像を
図6に示す。柱状微結晶が基板に対して立った状態で堆積していることがわかる。
【0043】
<実施例6;Br
3TOTの真空蒸着−酸化シリコン基板 >
熱酸化膜が付着したシリコン基板に、Br
3TOTの真空蒸着を実施した。Br
3TOT(1.0mg)を直径10mmのアルミナるつぼに入れて真空蒸着機内にセットし、30mm上方に基板を熱酸化膜面がるつぼを向くように水平にセットした。真空蒸着機内を5×10
−4Paに減圧し、るつぼを2℃/分の速度で昇温し、るつぼ内のTOTが消失したところで加熱を停止した。長さ約700nmの針状微結晶の集合体としてのBr
3TOT薄膜を得た。製膜速度は0.48nm/秒である。得られたBr
3TOT薄膜の走査型電子顕微鏡(SEM)断面像を
図7に示す。針状微結晶が基板に対して垂直に近い配向で並んでいることがわかる。