【解決手段】工作機械による切削加工における所定の刃数を有する多刃工具の異常検知方法であって、切削加工の開始初期の加工データ項目を使用してMT(マハラノビス・田口)法における単位空間を設定するステップと、単位空間における単位空間マハラノビス距離を求めるステップと、切削加工中における加工データ項目を使用して加工時マハラノビス距離を求めるステップと、単位空間マハラノビス距離と加工時マハラノビス距離とを対比して多刃工具の異常を判定するステップと、を備える。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の第1の実施形態に係る多刃工具の異常検知方法について、適宜
図1から
図4を参照しながら詳細に説明する。切削加工を行う工作機械として横形のマシニングセンタ(不図示)を使用する。多刃工具は、
図1に示すように、ドリルのように加工刃が1本に連続していない複数の加工刃11を有する工具である。多刃工具としてフライス1を使用する。
【0012】
第1の実施形態に係る多刃工具の異常検知方法では、
図2に示すように、切削加工における主として加工刃11の逃げ面11aに生じる逃げ面摩耗量δを基準としてフライス1(
図1参照)の異常を判定する。逃げ面11aは、ワークWの加工面に対して逃げ角βをなす面である。
【0013】
切削加工は、
図1に示すように、ワークWに対して、加工のパス(送り動作)を横引き(X軸方向)のみとする。X軸方向(送り方向)へ1パス(1回の送り動作)削るごとにZ軸方向(加工刃11を切り込む方向)へフライス1を0.3mm(切り込み量)ずつ切り込む。切削加工における加工条件は、横形のマシニングセンタの主軸10の回転数(フライス1の回転数)が875(/min)、送り速度が1050(mm/min)である。フライス1の加工刃11(チップ)の数は、6本である。
【0014】
なお、本実施形態においては、加工テーブル2を固定した状態でフライス1をX軸方向へ移動させるが、フライス1を固定した状態で加工テーブル2をX軸方向へ移動させる場合であっても同様である。
【0015】
なお、本実施形態では、工作機械を横形のマシニングセンタとしたが、これに限定されるものではなく、立形のマシニングセンタであってもよいし、ボーリング加工機等の種々の工作機械に適用することができる。また、多刃工具は、フライス1に限定されるものではなく、複数の加工刃11(チップ)を有するものであればよく、エンドミルであっても適用することができる。
【0016】
本実施形態に係るフライスの異常検知方法は、
図3に示すように、単位空間を設定するステップと、単位空間マハラノビス距離を求めるステップと、加工時マハラノビス距離を求めるステップと、フライス1の加工刃11の異常を判定するステップと、を備えている。
【0017】
<単位空間を設定するステップ>
単位空間を設定するステップは、切削加工の開始初期の加工データ項目を使用してMT(マハラノビス・田口)法における単位空間を設定する。切削加工の開始初期の加工データ項目を使用することで、加工刃11が交換直後の新品の状態であるから、正常な切削状態における加工データを取得することができる。
本実施形態では、「切削加工の開始初期」として、100パスまでの加工データを単位空間とした。
【0018】
<加工データ項目>
第1の実施形態に係る逃げ面摩耗量δ(
図2参照)を基準としてフライス1の異常を判定する場合には、次のような加工データ項目をMT法における特徴量とするのが好適である。
逃げ面摩耗量δを判定するために好適な加工データ項目は、切削加工を行うマシニングセンタ(不図示。以下、単に「マシニングセンタ」という。)における主軸トルク指令値、X軸トルク指令値、Y軸トルク指令値、Z軸トルク指令値、X軸方向振動振幅、Y軸方向振動振幅、Z軸方向振動振幅のそれぞれの和、並びにそれぞれの標準偏差をMT法における特徴量とする。
【0019】
ここで、本発明における工作機械は、主軸10(
図1参照)に沿う方向をZ軸方向、Z軸方向に直交する方向において、相互に直交する方向をそれぞれX軸方向、Y軸方向という。
【0020】
加工データは、マシニングセンタ(不図示)に設置した種々のセンサから取得したデータを用いる。加工データは、各パス(
図1参照)において、例えば1ミリ秒ごとに取得する。
例えば、加工データ項目のうち主軸トルク指令値の和を特徴量の1つとする場合には、1ミリ秒ごとに取得した主軸トルク指令値の和を求める。また、加工データ項目のうち主軸トルク指令値の標準偏差を特徴量の1つとする場合には、一例として1ミリ秒ごとに取得した主軸トルク指令値の標準偏差を求める。
【0021】
特徴量は、種々のセンサ(不図示)から取得した種々のデータ(加工データ項目)の中から特徴を表現できるものを抽出して選択する。マシニングセンタ(不図示)には、コラム、主軸ヘッド、加工テーブル等(不図示)にひずみゲージ等の種々のセンサを装着して加工データを検出する。
【0022】
主軸トルク指令値は、主軸サーボモータ(不図示)に与えるトルクの指令値である。主軸トルク指令値は、切削加工時の負荷(切削抵抗)の変動に応じて変動する変化量であり、この変化量を1ミリ秒ごとに取得する。
【0023】
X軸トルク指令値は、マシニングセンタの主軸ヘッド(不図示)をX軸方向(左右方向)へ移動させるサーボモータに与えるトルク(N・m)の指令値である。X軸トルク指令値は、切削加工時の負荷(切削抵抗)の変動に応じて変動する変化量であり、この変化量を1ミリ秒ごとに取得する。Y軸トルク指令値、およびZ軸トルク指令値は、移動方向が異なるがX軸トルク指令値と同様であるので詳細な説明は省略する。
【0024】
なお、本実施形態においては、加工テーブル2(
図1参照)を固定した状態でマシニングセンタの主軸ヘッド(不図示)をX軸方向へ移動させる例について説明するが、主軸ヘッド(不図示)を固定した状態で加工テーブル2をX軸方向へ移動させる場合であっても同様である。
【0025】
X軸方向振動振幅は、主軸ヘッド(不図示)または加工テーブル2(
図1参照)をX軸方向(左右方向)へ移動させる場合に、主軸ヘッド(不図示)または加工テーブル2(
図1参照)に発生する振動振幅(μm)である。Y軸方向振動振幅、およびZ軸方向振動振幅は、振動の方向が異なるがX軸方向振動振幅と同様であるので詳細な説明は省略する。
【0026】
なお、横形のマシニングセンタ(不図示)は、主軸ヘッドをX軸方向(左右方向)、Y軸方向(上下方向)に移動させ、加工テーブル2をZ軸方向(前後方向)へ移動させる移動機構を備えているが、これに限定されるものではなく、種々の軸構成を採用することができる。例えば、主軸ヘッドをX軸方向(左右方向)、Y軸方向(上下方向)、およびZ軸方向(前後方向)へ移動させるものであってもよい。
【0027】
<単位空間マハラノビス距離を求めるステップ>
単位空間マハラノビス距離を求めるステップは、MT法におけるマハラノビス距離を求める規定に則して行うため、詳細な説明は省略する。
図3に示すように、単位空間マハラノビス距離は、1前後の値となる。
【0028】
<加工時マハラノビス距離を求めるステップ>
加工時マハラノビス距離を求めるステップは、切削加工中における加工データ項目を使用して加工時マハラノビス距離を求める。切削加工中における加工データ項目は、単位空間を設定するステップで使用した同じ加工データ項目における特徴量を使用する。
【0029】
加工時マハラノビス距離を求めるステップは、MT法におけるマハラノビス距離を求める規定に則して行うため、詳細な説明は省略する。
図3に示すように、加工時マハラノビス距離(縦軸)は、100から800パス(横軸)まででは、1〜10000程度の値となる。加工時マハラノビス距離は、100〜200パスぐらいまでは単位空間と同程度で安定して推移する。200〜300パスぐらいまでは少し急激に立ち上がる傾向を示す。300〜800パスまでは、加工回数(パス数)に比例して緩やかに増大する。
【0030】
加工時マハラノビス距離は、フライス1による切削加工における逃げ面摩耗量δ(
図2参照)に対応している。
図4に示すように、加工時マハラノビス距離(
図3参照)と同様に、逃げ面摩耗量δ(mm)は、100〜200パスぐらいまでは緩やかに増大しながら推移する。200〜300パスぐらいまでは少し急激に立ち上がる傾向を示す。300〜800パスまでは、加工回数(パス数)に比例して緩やかに増大する。
【0031】
このようにして、MT法における特徴量を適切に選択することで、加工時マハラノビス距離(
図3参照)は、実際のフライス1(
図1参照)による切削加工における刃先の逃げ面摩耗量δ(
図2参照)に対応させることができる。種々の実験の結果、切削条件が異なる場合でも同様に両者を対応させることができる。
【0032】
<多刃工具の異常を判定するステップ>
フライス1(
図1参照)の異常を判定するステップについて、
図3を参照しながら説明する。異常を判定するステップでは、
図3に示すように、単位空間マハラノビス距離と加工時マハラノビス距離とを対比してフライス1の異常を判定する。
【0033】
具体的には、加工時マハラビノス距離に対して、予め加工目的や切削条件等に応じて所定の閾値、例えば、8000(縦軸)のように判定基準を設定しておくことで、フライス1の加工刃11(
図1参照)の交換時期を客観的に定めることができる。加工時マハラビノス距離が8000に到達した時の加工回数は、本実施形態では700パスである。
【0034】
続いて、本発明の第2の実施形態に係る多刃工具の異常検知方法について説明する。第2の実施形態に係る多刃工具の異常検知方法では、逃げ面摩耗量δ(
図2参照)およびチッピング(刃先の欠け)の両方を識別してフライス1(
図1参照)の異常を判定する。
逃げ面摩耗量とチッピングとを切り分けてフライス1の異常を判定する場合には、次のような加工データ項目をMT法における特徴量とするのが好適である。
【0035】
第2の実施形態に係る加工データ項目は、マシニングセンタ(不図示)における主軸トルク指令値、およびZ軸方向振動振幅のそれぞれの和と、主軸トルク指令値、X軸方向振動振幅、およびY軸方向振動振幅のそれぞれの平均値と、Y軸方向振動数、およびZ軸方向振動数のそれぞれの刃数分の1の分数調波と、Z軸方向振動数の刃数倍の高調波と、X軸方向振動(波形)、および主軸ヘッドのZ軸方向振動のそれぞれに対するMT法における存在量と、X軸方向ひずみ(波形)、およびY軸方向ひずみのそれぞれに対するMT法における変化量と、をMT法における特徴量とする。
【0036】
主軸トルク指令値、およびZ軸方向振動振幅のそれぞれの和は、前記した第1の実施形態内容と同様である。
主軸トルク指定値の平均値は、主軸トルク指定値の和を1ミリ秒ごとに取得したデータの総数で割った値である。X軸方向振動振幅、およびY軸方向振動振幅のそれぞれの平均値は、平均値の求め方は主軸トルク指定値の平均値と同様である。
【0037】
Y軸方向振動数の刃数(6本)分の1の分数調波は、主軸ヘッド(不図示)または加工テーブル2(
図1参照)のY軸方向(前後方向)における1回の振動波形を1/6にしたものである。
Y軸方向振動数は、主軸ヘッド(不図示)または加工テーブル2(
図1参照)をY軸方向へ移動させる場合に発生する振動数(周波数)である。Z軸方向振動数は、振動の方向が異なるがY軸方向振動数と同様である。
【0038】
Z軸方向振動数の刃数倍の高調波は、主軸ヘッド(不図示)または加工テーブル2(
図1参照)のZ軸方向(上下方向)における刃数倍(本実施形態では6倍)の高調波である。
【0039】
MT法における存在量は、MT法における存在量を求める規定に則して定義される。X軸方向振動に対するMT法における存在量は、主軸ヘッド(不図示)または加工テーブル2(
図1参照)のX軸方向(左右方向)におけるX軸方向振動の波形を基準にして定められる。Z軸方向振動に対するMT法における存在量についても同様である。
【0040】
MT法における変化量は、MT法における変化量を求める規定に則して定義される。
X軸方向ひずみに対するMT法における変化量は、主軸ヘッド(不図示)または加工テーブル2(
図1参照)のX軸方向(左右方向)におけるひずみの波形を基準にして定められる。Y軸方向ひずみに対するMT法における変化量についても同様である。
【0041】
第2の実施形態に係る加工時マハラノビス距離について、
図5を参照しながら説明する。
図5は、加工回数(パス数)と加工時マハラビノス距離との関係を示すグラフであり、逃げ面摩耗量が識別可能であることを示し、(b)はチッピングが識別可能であることを示す。
【0042】
また、
図5(b)は、チッピングを再現するために、新品の加工刃11にチッピングを発生させたものと、
図5(a)で示した830パスまで切削加工を行った加工刃11にチッピングを発生させたものとを使用して加工時マハラノビス距離を求めたものである。
チッピングを発生させた加工刃11(
図1参照)では、6本の加工刃11のうちの1本にチッピングを発生させた。
【0043】
逃げ面摩耗量に対応する加工時マハラノビス距離は、
図5(a)に示すように、100から800パス(横軸)まででは、1〜110000程度の値となる。加工時マハラノビス距離は、100〜200パスぐらいまでは単位空間と同程度で安定して推移するが、200〜110000パスまでは、加工回数(パス数)に比例して増大する。
【0044】
チッピングに対応する加工時マハラノビス距離は、
図5(b)に示すように、新品の加工刃11にチッピングを発生させたもの(新品の加工刃+チッピング)では、マハラノビス距離が2000であるから、
図5(a)に示す単位空間よりも2000程度も上方に表示される。
【0045】
830パスまで切削加工を行った加工刃11にチッピングを発生させたもの(使用済みの加工刃+チッピング)では、マハラノビス距離が180000程度であるから、
図5(a)に示す830パスまで切削加工を行ったチッピングのないもの(使用済みの加工刃でチッピングなし)よりも70000程度も上方に表示される。
【0046】
したがって、逃げ面摩耗量に対応する加工時マハラノビス距離に対して、所定の距離だけ上方に離隔する位置に加工時マハラノビス距離が表示された場合には、チッピングが発生したことを検知することができる。例えば、逃げ面摩耗量に対応する加工時マハラノビス距離よりも所定の閾値だけ大きいマハラノビス距離が表示された場合には、チッピングが発生したことを判定することができる。
【0047】
以上より、逃げ面摩耗量およびチッピングの両方を判定する場合に特化した加工データ項目を特徴量として選択してマハラノビス距離を求めることで、チッピングの方が逃げ面摩耗量よりも上方に表示される。このため、逃げ面摩耗量とチッピングとを切り分けてフライス1の異常を判定することができる。
また、6本の加工刃11のうちの1本にチッピングが発生したときに、フライス1の異常を判定することができるため、加工不良の発生を未然に予測して早期に対応することができる。
【0048】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は前記した各実施形態に限定されず、適宜変更して実施することが可能である。
例えば、前記実施形態に係る異常検知方法では、工作機械がX軸、Y軸、Z軸の3軸で構成したが、これに限定されるものではなく、2軸であってもよく、4軸以上であっても同様に適用することができる。