【解決手段】食道へ挿通可能な可撓性の長尺部材10と、長尺部材10の外周面において長尺部材10の周方向における半周以下の所定の範囲内に配され食道の内周面に接触可能な第一電極20と、長尺部材10の外周面において第一電極20に対して長尺部材10の中心線X1方向に平行にずれた位置に設けられ第一電極20とともに食道の内周面に接触可能な第二電極23と、食道を介して脊髄を電気刺激するための信号を生成し第一電極20及び第二電極23に対して個別に信号を出力するために第一電極20及び第二電極23に接続可能な制御部40とを備える。
前記長尺部材の外周面において前記第一電極及び前記第二電極に対して前記長尺部材の中心線方向にさらに平行にずれた位置に設けられ前記第一電極及び前記第二電極とともに前記食道の内周面に接触可能な第三電極をさらに備える、
ことを特徴とする請求項1に記載の脊髄機能監視用電極装置。
【背景技術】
【0002】
外科手術中の脊髄機能監視目的で、種々の誘発電位が用いられている。中でも、大動脈外科手術中の虚血性脊髄障害の監視には、運動誘発電位(たとえば非特許文献1参照)、体性感覚誘発電位(たとえば非特許文献2参照)、脊髄誘発電位(たとえば非特許文献3参照)が用いられてきた。
【0003】
経頭蓋電気刺激の筋電図を用いた運動誘発電位は、運動神経伝達路の機能を反映する点、虚血に対する感受性の高さと反応時間の短さ、ならびに手技の簡便さから頻用されてきた。しかし経頭蓋電気刺激には、麻酔薬の影響を受けやすいという原理上の弱点に加え、電極の適切な配置と固定、可能な刺激強度などの点に限界がある。このため、電位の自然変動による特異性の低さが問題である。
【0004】
一方、体性感覚誘発電位は簡便ではあるが、感覚神経伝達路の機能を反映するため虚血に対する感受性・特異性共に低く、さらに虚血に対する反応時間も長いため、使用される頻度は減少している。
【0005】
脊髄誘発電位は、硬膜外電極を2本用いて脊髄を直接電気刺激し、脊髄に誘発された電位を記録する方法である。これは、シナプスを介さないため麻酔薬の影響を受けにくいという、前2者にはない利点を有するが、虚血耐性が最も低い前角細胞の機能を反映しないため、虚血に対する反応時間が長い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第2799199号公報
【特許文献2】特許第5295119号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】de Haan P, Kalkman CJ, de Mol BA, Ubags LH, Veldman DJ, Jacobs MJ. Efficacy of transcranial motor-evoked myogenic potentials to detect spinal cord ischemia during operations for thoracoabdominal aneurysms. J Thorac Cardiovasc Surg 1997;113:87-100.
【非特許文献2】Laschinger JC, Cunningham JN, Jr., Baumann FG, Cooper MM, Krieger KH, Spencer FC. Monitoring of somatosensory evoked potentials during surgical procedures on the thoracoabdominal aorta. III. Intraoperative identification of vessels critical to spinal cord blood supply. J Thorac Cardiovasc Surg 1987;94:271-4.
【非特許文献3】Shiiya N, Yasuda K, Matsui Y, Sakuma M, Sasaki S. Spinal cord protection during thoracoabdominal aortic aneurysm repair: results of selective reconstruction of the critical segmental arteries guided by evoked spinal cord potential monitoring. J Vasc Surg 1995;21:970-5
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
大動脈外科手術では、術中に抗凝固薬を使用するので、脊髄を電気刺激するために硬膜外電極を使用する場合に硬膜外血腫形成のリスクがある。このため、硬膜外電極を用いた脊髄刺激が臨床に用いられる機会は激減している。
体内の組織に対して非侵襲的に刺激したり電気的測定をしたりするために、たとえば特許文献1,2に開示されているように食道に挿入される医療器具が知られている。特許文献1,2に開示された技術では、脊髄に対して効果的に電気刺激をすることが考慮されていない。
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであって、非侵襲的且つ容易に脊髄を直接電気刺激可能な脊髄機能監視用電極装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様は、食道へ挿通可能な可撓性の長尺部材と、前記長尺部材の外周面において前記長尺部材の周方向における半周以下の所定の範囲内に配され前記食道の内周面に接触可能な第一電極と、前記長尺部材の外周面において前記第一電極に対して前記長尺部材の中心線方向に平行にずれた位置に設けられ前記第一電極とともに前記食道の内周面に接触可能な第二電極と、脊髄を電気刺激するための信号を生成する制御部に接続可能であり前記第一電極に接続された第一リードと、前記制御部に接続可能であり前記第一リードに対して絶縁された状態で前記第二電極に接続された第二リードと、を備えた脊髄機能監視用電極装置である。
【0010】
上記態様において、前記長尺部材が、先端及び基端に開口を有する筒状部材からなっていてもよい。
【0011】
上記態様の脊髄機能監視用電極装置は、前記長尺部材の外周面において前記第一電極及び前記第二電極に対して前記長尺部材の中心線方向にさらに平行にずれた位置に設けられ前記第一電極及び前記第二電極とともに前記食道の内周面に接触可能な第三電極をさらに備えていてもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、非侵襲的且つ容易に脊髄を直接電気刺激可能な脊髄機能監視用電極装置を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の一実施形態について説明する。
図1は、本実施形態の脊髄機能監視用電極装置を示す模式的な平面図である。
図2は、
図1のA−A線における模式的な断面図である。
図3は、
図2のB−B線における模式的な断面図である。
図4は、本実施形態の脊髄機能監視用電極装置における第一電極の他の構成例を示す模式図である。
図5は、脊髄機能監視用電極装置の作用を説明するための図である。
【0015】
図1に示す本実施形態の脊髄機能監視用電極装置1(以下、単に「電極装置1」と称する。)は、長尺部材10と、第一電極20と、第二電極23と、リード部30とを有している。
【0016】
図1から
図3までに示す長尺部材10は、たとえば口から食道へと挿入可能な可撓性の部材である。長尺部材10の材質は、消化管等を傷つけない程度に柔軟であるとともに、消化管内に長尺部材10の一部が配された状態で体外における操作により体内にある部分が操作に対応して動作可能となる程度の硬さを有する材質であることが好ましい。長尺部材10の材料は、生体適合性を有する材料であれば特に限定されない。
本実施形態の長尺部材10は、電極装置1の使用時に食道内に配される先端11と、その反対側に配される基端12とを有する。また、長尺部材10は、先端11及び基端12に開口を有する筒状である。筒状に形成された長尺部材10の内部には、たとえば超音波診断用のプローブP等の公知の医療器具等を挿入することができる。なお、長尺部材10が筒状であることは必須でない。
長尺部材10の先端11近傍の外周面13には、第一電極20を保持する第一凹部14と、第二電極23を保持する第二凹部17とが形成されている。
【0017】
また、長尺部材10の外周面13には、長尺部材10の中心線X1と平行に長い線状のマーカー13aが設けられている。長尺部材10の外周面13にマーカー13aが線状に設けられていることにより、長尺部材10の先端11側が口から食道内に挿入されているときに、食道内にある第一電極20及び第二電極23の向きを体外に出ている基端12側において視認可能なマーカー13aを見て把握できる。本実施形態では、第一凹部14と第二凹部17とを通過して長尺部材10の中心線X1と平行に延びる一本の線によりマーカー13aが構成されている。
また、マーカー13aは、長尺部材10の先端11を原点として長尺部材10の基端12側に行くに従って漸次増加する目盛を有して長尺部材10の挿入量の指標とされてもよい。
【0018】
第一凹部14は、第一電極20が長尺部材10の外周面13に対して面一となる位置で第一電極20を保持する。すなわち、本実施形態では、長尺部材10の外周面13に第一電極20が露出した状態で、第一凹部14に第一電極20が埋め込まれている。なお、第一凹部14は、第一電極20が長尺部材10の外周面13に対して僅かに突出した状態で第一電極20を保持してもよい。
第一凹部14の底面15は、長尺部材10の内部空間と連通していてもよい。すなわち、第一凹部14は、筒状の長尺部材10の側壁を貫通する通路を有していてもよい。第一凹部14の底面15に設けられた通路には、第一電極20に接続されるリード部30が挿通される。なお、第一凹部14に通路が設けられていることは必須ではない。
【0019】
第二凹部17は、第一凹部14よりも長尺部材10の基端12側に離れた位置に設けられている。第二凹部17は、第一凹部14を長尺部材10の中心線X1に沿って長尺部材10の基端12側に平行移動させた位置にある。第二凹部17は、第二電極23が長尺部材10の外周面13に対して面一となる位置で第二電極23を保持する。すなわち、本実施形態では、長尺部材10の外周面13に第二電極23が露出した状態で、第二凹部17に第二電極23が埋め込まれている。なお、第二凹部17は、第二電極23が長尺部材10の外周面13に対して僅かに突出した状態で第二電極23を保持してもよい。
第二凹部17の底面(不図示)は、第一凹部14と同様に長尺部材10の内部空間と連通していてもよい。
【0020】
第一電極20は、長尺部材10の第一凹部14内に固定されている。第一電極20はたとえば円柱状又は円板状をなしており、第一電極20の中心線方向の両端面のうちの一方である第一端面21が、食道組織に接触可能である。なお、第一電極20の形状は特に限定されない。
第一電極20の第一端面21は、長尺部材10の中心線X1に対して直交する方向(長尺部材10の径方向外側)に向けられている。第一電極20の第一端面21は、長尺部材10の外周面13に倣った湾曲形状を有していてもよい。また、第一電極20の外周面と第一電極20の第一端面21との境界部分22は、ラウンド加工されていてもよい。これらの構造を有していることにより、第一電極20は、食道組織に接触した状態で食道組織に対して摺動しても組織を傷つけにくい。
なお、第一電極20の第一端面21は、長尺部材10の外周面13よりも長尺部材10の内部側に僅かにずれた位置にあってもよい。この場合、第一電極20と食道内面とは、体液等を介して電気的に接続されることとなる。
第一電極20の材質は、生体適合性を有する導体であればよい。たとえば、第一電極20の材料として、ステンレス鋼や白金等が挙げられる。
【0021】
第二電極23は、長尺部材10の第二凹部17内に固定されている。第二電極23の形状は特に限定されない。たとえば、本実施形態の第二電極23は、第一電極20と同形同大である。第二電極23の中心線方向の両端面のうちの一方である第二端面24は、第一電極20と同様に食道組織に接触可能である。また、第二電極23の第二端面24は、第一電極20の第一端面21と略平行な面となっている。
第二電極23の材質は、生体適合性を有する導体であればよい。第二電極23の材質は、第一電極20の材質と同じでもよいし、第一電極20の材質と異なっていてもよい。
【0022】
なお、第一電極20及び第二電極23の形状は、上述の円柱状又は円板状には限られない。たとえば、
図4に示すように、本実施形態の第一電極20に代えて、長尺部材10の外周面13に沿って長尺部材10の周方向に長い円弧状の湾曲面25を有する第一電極20Aが設けられていてもよい。図示しないが、第二電極23に代えて、長尺部材10の外周面13に沿って長尺部材10の周方向に長い円弧状の湾曲面を有する第二電極が設けられていてもよい。
【0023】
図2に示すように、又は
図4に示すように、長尺部材10の外周面13において周方向に半周以下の領域に第一電極20(20A)及び第二電極23が設けられていれば、長尺部材10の中心線X1を回転中心として長尺部材10を回転させる操作により食道内で背側に第一電極20(20A)及び第二電極23を向けたときに、腹側には第一電極20(20A)及び第二電極23が向けられていない状態とすることができる。その結果、長尺部材10の外周面13において周方向に半周以下の領域に第一電極20(20A)及び第二電極23が設けられていると、長尺部材10の回転操作により、食道の背側の刺激対象組織(本実施形態では脊髄)に対して特異的に電気刺激を行うことができる位置に第一電極20(20A)及び第二電極23を配置することができる。
【0024】
リード部30は、第一電極20に接続された第一リード31と、第二電極23に接続された第二リード32と、第一リード31及び第二リード32を後述する制御部40に接続するためのコネクタ33とを有している。本実施形態のリード部30は、長尺部材10の内部で第一電極20及び第二電極23に接続され、長尺部材10の内部空間を通じて長尺部材10の基端12側へと延び、長尺部材10の基端12の開口から長尺部材10の外へ延びている。
第一リード31及び第二リード32は、後述する制御部40に、コネクタ33を介して接続可能である。また、第一リード31と第二リード32とは、互いに電気的に絶縁されている。第一リード31及び第二リード32の具体的な構成は特に限定されない。たとえば、第一リード31及び第二リード32は、制御部40が生成する電気信号を伝達するための導体からなる芯線と、芯線を被覆する絶縁被膜とを有していてもよい。
【0025】
次に、本実施形態の電極装置1の使用時に電極装置1に対して取り付け可能な制御部の一例について説明する。
制御部40は、脊髄を電気刺激するために好適な所定の信号を生成し、リード部30を介して第一電極20及び第二電極23に対して所定の信号を出力する。
制御部40が出力する所定の信号は、脊髄を電気刺激するために好適な信号であれば特に限定されない。たとえば、本実施形態の制御部40は、食道を介して脊髄を刺激するための信号として、100V以上600V以下の範囲の一定電圧で0.05ms継続するパルス信号を2msおきに5回発生させる。本実施形態における食道を介した脊髄の電気刺激は、経頭蓋脳電気刺激に比し低い刺激強度の信号であっても経頭蓋脳電気刺激と同等以上に良好な電位を誘発することができる。
【0026】
本実施形態の電極装置1の作用について説明する。
図5は、本実施形態の電極装置1を口から食道へと挿入する一過程を模式的に示す説明図である。
電極装置1は、脊髄の電気刺激により発生する誘発電位を記録する誘発電位検査装置とともに使用される。
【0027】
電極装置1の使用時には、
図5に示すように、長尺部材10が口から食道内へと挿入される。食道内に挿入された長尺部材10の先端11側にある第一電極20及び第二電極23は、体外から直接視認することはできないが、長尺部材10の中心線X1と平行に延びるマーカー13a(
図1参照)の位置に基づいて容易に把握することができる。
【0028】
図5に示すように、長尺部材10が食道内に挿入されている状態では、食道の内周面は長尺部材10の外面に略密着状態となり、第一電極20及び第二電極23は共に食道の内周面に接している。長尺部材10が食道内に挿入された後、電極装置1の使用者が長尺部材10を周方向に回転させて、第一電極20及び第二電極23が脊髄側へ向ける。
【0029】
第一電極20及び第二電極23が脊髄側へと向けられた状態で、電極装置1の使用者等が制御部40を操作して、第一電極20及び第二電極23に対して所定の信号を出力する。制御部40から第一電極20及び第二電極23に出力された信号により、食道を介して脊髄が電気刺激される。電気された脊髄における誘発電位は誘発電位検査装置により検出され、記録される。
【0030】
本実施形態では、食道の内面に接する電極を用いて食道を介して脊髄を電気刺激するようになっているので、脊髄を刺激するための電極を配置する際の侵襲がきわめて低い。また、脊髄の刺激に必要な電圧は経頭蓋脳電気刺激に必要な電圧よりも低くて構わないので、食道に対する熱傷が起こりにくい。
また、本実施形態の電極装置1における第一電極20及び第二電極23の位置は、体外で長尺部材10の基端12部分を回転させることで容易に変更することができ、また位置決め後は、長尺部材10が食道の内面に接していることによる摩擦力により第一電極20及び第二電極23がずれにくい。このため、脊髄に対する電気刺激のための電極の配置が容易である。
このように、本実施形態の電極装置1によれば、非侵襲的且つ容易に脊髄を直接電気刺激可能である。
【0031】
さらに、本実施形態の電極装置1は、食道に接触する第一電極20及び第二電極23によって脊髄の電気刺激をすることができるので、脊髄を間に挟むように食道と体表との両方に電極を接続する場合と比較して電極の取付けが簡便である。
【0032】
(変形例)
上記実施形態の変形例について説明する。
図6は、本変形例の電極装置を示す断面図である。
本変形例の電極装置1は、上記実施形態に開示された第一電極20及び第二電極23に加えて第三電極26をさらに備えている。
【0033】
第三電極26は、第一電極20及び第二電極23に対して、長尺部材10の中心線X1方向に離間した位置に配されている。たとえば、第三電極26は、第一凹部14及び第二凹部17に対して長尺部材10の中心線X1方向に離間した位置に形成された第三凹部27に埋め込まれている。第三凹部27は、上記実施形態に開示された第一凹部14及び第二凹部17と同様に長尺部材10の外周面13に開口され、第三電極26の一部が食道内面に接触可能となるように第三電極26の一部を露出させた状態で第三電極26を保持する。
【0034】
また、第三電極26には、第三電極26と制御部40(
図1参照)とを接続するために、上記実施形態に開示されたリード部30が取り付けられている。
【0035】
本変形例では、第一電極20,第二電極23,及び第三電極26のうちから2つの電極を任意に選択して陽極及び陰極とすることができる。
【0036】
その結果、食道に対する第一電極20,第二電極23,及び第三電極26の位置決め後に、電気刺激を行う位置及び範囲に選択肢ができる。すなわち、上記実施形態と同様に第一電極20及び第二電極23を使用する場合、上記実施形態と異なり第二電極23と第三電極26とを使用する場合、また第一電極20と第三電極26とを使用する場合等、複数の選択肢から好適な組み合わせを選択して使用することができる。
【0037】
以上、本発明の実施形態について図面を参照して詳述したが、具体的な構成はこの実施形態に限られるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等も含まれる。
たとえば、上記実施形態の変形例において第一電極20,第二電極23,及び第三電極26の計3つの電極を備える例が示されているが、電極の数が3つより多くてもよい。
また、これらの電極は、必ずしも長尺部材10の中心線X1方向に一列に並んでいる必要はない。すなわち多数の電極から、互いに離間した複数の電極が選択されるものであってもよい。
また、上記実施形態に開示された脊髄機能監視用電極装置とその制御部とが組み合わされることにより脊髄監視システムが構成されてもよい。