(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2017-2371(P2017-2371A)
(43)【公開日】2017年1月5日
(54)【発明の名称】表面処理された熱処理炉用金属製パイプ
(51)【国際特許分類】
C21D 1/74 20060101AFI20161209BHJP
C23C 24/08 20060101ALI20161209BHJP
C21D 9/56 20060101ALI20161209BHJP
【FI】
C21D1/74 W
C23C24/08 C
C21D1/74 G
C21D9/56 102
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-119280(P2015-119280)
(22)【出願日】2015年6月12日
(71)【出願人】
【識別番号】715005491
【氏名又は名称】マコト産業株式会社
(72)【発明者】
【氏名】池田 栄治
(72)【発明者】
【氏名】河野 雄三
(72)【発明者】
【氏名】小泉 智史
【テーマコード(参考)】
4K043
4K044
【Fターム(参考)】
4K043AA02
4K043CA03
4K043EA02
4K043FA03
4K043FA12
4K043HA01
4K044AA03
4K044AB03
4K044BA18
4K044BB01
4K044BC01
4K044CA24
(57)【要約】
【課題】
線材の連続熱処理を行う連続炉において、金属製パイプの中を線材を走行させる際、線材がパイプの内壁に接触することにより発生する擦り疵、あるいはパイプ内に生成した硬い炭化物等の塊に接触し、擦れて削られることにより生じる擦り疵の発生を抑制する。
【解決手段】
金属製パイプの内壁あるいは全面に、六方晶窒化ホウ素を主成分とする膜を成膜させる。これにより、金属製パイプと線材の直接の接触を防いで擦り疵を抑制し、さらに、金属製パイプの内壁に生成する蓄積する炭化物の塊との密着性を低下させて、擦り疵の原因となるこの塊をエアブローなどで容易に除去することを可能にして、疵の抑制とパイプの交換頻度を低減する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属の線材を連続熱処理するための熱処理炉にあって、線材を挿入、通過させて、無酸化あるいは還元雰囲気の中で加熱熱処理するために使用される金属パイプにおいて、少なくともその内壁に、六方晶窒化ホウ素を主成分とする膜を成膜することで表面処理された金属製パイプ。
【請求項2】
前記の六方晶窒化ホウ素が98%以上の純度であることを特徴とする六方晶窒化ホウ素を成膜することで表面処理された請求項1に記載の金属製パイプ。
【請求項3】
前記の六方晶窒化ホウ素の膜厚が0.2μm〜5.0μmの範囲であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の表面処理された金属製パイプ。
【請求項4】
前記の六方晶窒化ホウ素を成膜した金属製パイプと線材との間の電気抵抗を測定する手段を備えることで、六方晶窒化ホウ素膜の膜厚を求めて、六方晶窒化ホウ素膜の寿命を予測することのできる請求項1〜3のいずれかに記載の表面処理された金属製パイプ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属の線材を熱処理するために用いられる熱処理炉の部材とその表面処理に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属の線材は、高温に加熱して熱処理を行う方法として、コイル状の線材、あるいはリールに巻かれた線材を、そこから巻き出して単独の金属線にして、インラインで加熱・冷却すること(連続炉熱処理と呼ぶ)が広く行われている。この時、線材は、高温における表面の酸化等の反応を抑制するために、無酸化あるいは還元性の雰囲気ガスが導入されたステンレス製の熱伝導性の良い金属製パイプ、あるいはマッフルとよばれる管の中を通され、線材の加熱は、パイプの外側から、電気あるいはガスにより加熱された金属製パイプを介して行われる。これに対し、線材をコイルごと炉に入れて熱処理する方式(バッチ式炉という)があるが、これと比較して、連続炉熱処理は、線材をムラなく均一に熱処理することができ、加熱と雰囲気ガスの流入を効率よく行うことができるので、経済的にも優れている。
【0003】
熱処理では、加熱温度と温度保持時間が重要なパラメータとなる。連続炉熱処理を行う場合、これに対応するのが、金属製パイプの温度、線材の移動速度、金属製パイプの長さであり、生産性を考慮して線材の移動速度を上げるためには、十分長い金属製パイプが必要となる。
【0004】
一般に、連続炉熱処理では、線材の断面に比べ、金属製パイプの長さは非常に大きくなる。例えば、線径が5ミリメータ前後の線材を熱処理するためには、約8メートル程度のパイプが要求される。また、効率よく加熱と温度保持を行い、品質的および経済的観点から必要十分な上記ガスを流すためには、例えば、外径が34mmの場合はパイプの肉厚は約3.0mm程度、また、外径が42.7mmの場合は、肉厚は4.9mm程度となり、内径は限られ、また金属製パイプの曲げ剛性を大きくとることはできない。
【0005】
こうした金属製パイプに線材を通した場合、内径が小さいので、線材は金属製パイプの中で撓んで内壁と接触する。また、金属製パイプも剛性が低く、常温で真直ぐであっても、加熱されて膨張すると変形して蛇行してしまい、線材と接触しやすくなる。
【0006】
一般に、金属は温度が上がると軟化するので、線材も加熱時にパイプの中で軟化している。また、線材と金属製パイプの内壁は、無酸化あるいは還元性雰囲気にあるため、表面の酸化スケールが減少して、非常に活性な表面を露出している。
【0007】
高温で、活性な表面をもつ軟化した線材が、同じく活性化している金属製パイプの内壁に接触すると、凝着あるいは溶着が生じ、線材が移動することで擦り疵が発生し、線材に重大な欠陥をもたらす。特に、ステンレス製のパイプと同種材であるステンレス線材を熱処理するときは、凝着や溶着が加速して、こうした擦り疵が発生し易くなる。
【0008】
熱処理の温度が高いほど、例えば、1000℃以上に加熱される条件では、金属製パイプの変形(蛇行)が大きくなり、また、線材の軟化と表面の活性化が進み、擦り疵は発生し易くなる。
【0009】
線材は、熱処理を行う前に洗浄等を行い、表面の清浄化が行われることもあるが、前工程で使用された伸線の潤滑剤に含まれるカルシウム、ナトリウム、シュウ酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩、油分等がある程度、残存して付着しており、これらがパイプ内で加熱され反応して、硬い炭化物等の固体(塊)となって金属製パイプの内壁に蓄積する。
【0010】
この硬い炭化物等の固体が一定以上の大きさになり、またシャープなコーナーを有する場合、移動する線材と接触すると、軟化した線材は表面にアブレイシブな(ひっかき状の)疵を発生する。
【0011】
金属製パイプの内壁に蓄積した炭化物等の硬い固体による疵の発生を防ぐために、通常、年に最低一回程度、定期的にパイプを交換していたが、これが生産性を低下とコストアップにつながり、大きな負担となっていた。
【0012】
こうした主に2種類の擦り疵を防ぐために、これまでに多くの方法が検討されてきた。まず、線材と金属製パイプの内壁との直接の接触を防ぐために、撓みを小さくする目的で線材に引張り力(張力)を与えることが考えられたが、軟化した線材に伸びが発生し、断面の寸法が減少し、寸法不良を生じることとなり、十分に大きな引張り力を与えることができなかった。
【0013】
線材と金属製パイプの内壁の接触を避けるために、外径が金属製パイプの内径以下で、短尺のセラミックスパイプを金属製パイプに挿入することが試みられた。しかし、セラミックスのパイプの内面には、線材が持ち込む潤滑剤の残存物により、同様の炭化物等の硬い塊が固着形成され、擦り疵を防ぐことはできなかった。(特許文献1)
【0014】
同様の目的で、セラミックスのボールをパイプ内に多数挿入し、転がりを用いて擦り疵を防ぐことも考えられたが、セラミックボール上に形成された炭化物等が、軟化した線材に擦り傷を発生させ、疵を解消するには至らなかった。(特許文献2参照)
【0015】
さらに、線材とパイプの内壁との直接の接触を防ぐために、耐熱クロスや、セラミックスのシートを金属製パイプに挿入し、線材の擦り疵を防止することが考えられた。しかし、この方法では、セラミックス表面の酸化を防ぐための還元性ガスの増量が必要となり、コストアップの問題を生じていた。特に、熱処理の温度が、1000℃を超える処理において顕著であり、また、セラミックスシートが破損することもあった。(特許文献3参照)
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】実開平6−76355号公報
【特許文献2】特開2004−36981号公報
【特許文献3】特開2008−50645号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
線材の連続熱処理炉において、線材を、無酸化あるいは還元性の雰囲気ガスを流しながら効率よく加熱、温度保持、冷却を行うために、金属製パイプの中を走行させる際、線材がパイプの内壁に接触して溶着することにより発生する擦り疵、あるいは金属製パイプ内に生成した硬い炭化物等の固体に接触し、擦れて削られることにより生じる擦り疵の発生を抑制することを課題とする。
【0018】
これまで擦り疵防止対策として行われてきた、耐熱クロス、セラミックスのシート、セラミックスのボールなどの部材をパイプに挿入したり取り出したりする方法は、手間がかかる面倒な作業であり、また、こうした部材が金属製パイプ内に導入されることで、雰囲気ガスの増量が必要となった。こうした部材をパイプに挿入することなく、疵の発生を抑制することを課題とする。
【0019】
線材が持ち込んだ潤滑材の残存物が、高温で蒸発し、金属製パイプ内に蓄積して硬い炭化物等の塊を形成し、移動する線材に擦り疵を発生するが、この擦り疵の原因となる塊はパイプの内壁に密着し金属製パイプから容易に取り除くことができないため、金属製パイプそのものを交換していた。金属製パイプを熱処理炉から取り出して交換することなく、出来る限り取付けたまま、金属製パイプ内に蓄積して硬い炭化物等の塊を取り除いて金属パイプの交換頻度を低減しながら、疵の発生を抑制することを課題とする。
【0020】
これまで、熱処理稼働中に、金属製パイプの内壁の状態を、線材に生じる疵を防止の観点から、評価することが出来なかったので、早めに金属製パイプを交換していた。金属製パイプの内壁の状態を監視・評価できるようにすることで、金属製パイプの適切な交換時期を予測し、効率の良い金属製パイプの交換を行いながら、疵の発生を抑制することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
金属の線材を連続熱処理するための熱処理炉にあって、線材を挿入、通過させて、無酸化あるいは還元雰囲気の中で加熱熱処理するために使用される耐熱金属パイプにおいて、その内面あるいは全面に、六方晶窒化ホウ素を主成分とする膜を成膜した金属製パイプを用いる。
【0022】
上記の六方晶窒化ホウ素が98%以上の純度であることを特徴とする六方晶窒化ホウ素を成膜した金属製パイプを用いる。
【0023】
上記の六方晶窒化ホウ素において、膜厚が0.2μm〜5.0μmであることを特徴とする金属製パイプを用いる。
【0024】
上記の六方晶窒化ホウ素を成膜した金属製パイプと線材の間の電気抵抗を計測することで、六方晶窒化ホウ素膜の膜厚を求め、六方晶窒化ホウ素膜の能力と残存寿命を予測することができる金属製パイプを用いる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本発明における表面処理された金属製パイプと連続熱処理炉の構成を示す。
【
図2】本発明の金属製パイプにおける従来の課題を示す。
【
図3】本発明の金属製パイプの従来の課題を解決する手段を示す。
【
図4】本発明の金属製パイプにおける従来の課題を示す。
【
図5】本発明の金属製パイプの従来の課題を解決する手段を示す。
【
図6】本発明における六方晶窒化ホウ素の摩耗劣化の状況の測定と残存寿命を予測するシステムを示す。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明は、線材の熱処理において、線材の表面の酸化を抑制するために、線材が通過するパイプの中に雰囲気ガスを流しながら、熱処理を行う連続熱処理炉において、処理中に線材表面に発生する疵を防止するために、表面処理を行った金属製パイプに関するものである。
【0027】
図1に、連続熱処理炉の加熱炉7において、熱処理をされる線材1、線材1を加熱するための連続熱処理炉における金属製パイプ2、金属製パイプ2を外側から加熱して線材1を加熱するためのヒーター3、および雰囲気ガスの導入口4を模式的に示す。雰囲気ガスは、アルゴンガスや変成された還元性のガスなど、酸化を防ぎ、また、過度の酸化スケールが発生しないために用いられるガスを指している。金属製パイプ2は複数(10本程度)を並列して炉内に設置されるが、ここでは説明をわかりやすくするため、その中の一本について示している。
【0028】
金属製パイプ2は、一般にヒーター3により800℃以上に加熱され、線材1を所定の温度に加熱する。このため、金属製パイプ2に使用される材質は、高温での耐食性の高いSUS310などのステンレスが主に使用されるが、高温の耐食性が十分であれば、他の材質も使用することが可能である。
【0029】
金属製パイプ2の長さSが、線材1の径Tに比べ大きく(SとTの比ははおよそ2000)、また金属製パイプ2の内径Uは線材1の径Tに比べそれほど大きくないため(UとTの比は10以下)、線材1は、実際には炉の中で
図2(a)のように重力で撓み、
図2(b)の金属製パイプの内壁21に接触している。また、ヒーター3による加熱で、金属製パイプ2自身は熱膨張して伸びるが、この時、加熱炉7により長さ方向に拘束があるため、金属製パイプ2は、曲りあるいは蛇行を生じる。これにより、線材1と金属製パイプの内壁21とは、重力以外の要因からも接触が生じ、線材1が進行方向Wに動くため、両者の相対的な擦れは避けられない。
【0030】
また、線材の表面11の酸化を防ぐために、雰囲気ガス導入口4から導入される雰囲気ガスVの中で、加熱は行われる。そのため、線材の表面11および金属製パイプの内壁21は、非常に化学的に活性になっており、接触すると
図2(b)のように凝着Oを生じ、線材1が進行方向Wに移動することで、
図2(c)のように線材の表面11に凝着による擦り疵Pを発生する。
【0031】
図3に、これを防ぐための本発明である六方晶窒化ホウ素膜5を金属製パイプの内壁21に形成させた金属製パイプ2を示す。
【0032】
窒化ホウ素には、高圧で作られる立方晶窒化ホウ素(c-BN)と、常圧で作られる六方晶窒化ホウ素(h-BN)があるが、前者は、合成ダイヤモンドに次いで硬い構造をもつ化合物であり、切削工具等に用いられる。立方晶窒化ホウ素には、摩擦係数を小さくする構造がないため、擦られると線材の表面11に擦り疵がつく。
【0033】
これに対し、六方晶窒化ホウ素は、グラファイト、二硫化モリブデン、雲母などと同様、二次元的に共有結合で連結した平板状の構造が、弱い結合力(ファンデルワールス力)で積み重なった層状の構造(積層構造)をしており、平板状の構造が容易にせん断変形して滑ることで、小さい摩擦係数を示す。これにより、加熱された軟化した線材1がこの上を擦られても、六方晶窒化ホウ素膜5がせん断変形するため、
図2に示すような線材の表面1に凝着による擦り疵Pがつくことはない。すなわち、六方晶窒化ホウ素膜5は、線材の表面11と金属パイプの表面21の間に入り、金属同士の直接の接触を防いで凝着を防ぐと共に、摩擦係数が小さく滑り性が良いので、線材1が六方晶窒化ホウ素膜5の上を擦られても線材の表面11に疵をつけることがない。
【0034】
グラファイト、二硫化モリブデン、雲母も、同様の構造を示し、優れた固体潤滑剤として小さい摩擦係数を示すが、大気中では500℃以下でも酸化が進行し、また、無酸化雰囲気中でも約800℃で構造変化が生じて、前記の積層構造が壊れ、機能が著しく低下する。一方、六方晶窒化ホウ素は、大気中でも900℃まで安定しており、無酸化雰囲気では1800℃、窒素雰囲気では3000℃まで安定といわれている。今回、主たる対象となるステンレス鋼線材の溶体化熱処理温度は、1000℃〜1200℃であり、この温度領域で十分な構造的な安定性と良好な滑り性を有している。
【0035】
六方晶窒化ホウ素膜5は、その成膜も比較的容易である。窒化ホウ素の粉末は、容易に水あるいは溶剤に溶けないが、適当な分散剤を用いることで、それらに溶け、また、金属製パイプ2の材質であるステンレス(SUS310)に対し適度な濡れ性を有しているので、室温で均一に広がり、安定した表面処理(成膜)ができる。
【0036】
尚、水の分散剤としては、オキシビスホスホン酸カリウム、カルボキシメチル、セルロースナトリウムなどが適当であり、また溶剤の分散剤としては、ニトロセルロース、イソプロピルアルコールが有効である。これらは、いずれも、六方晶窒化ホウ素20%に対し、2〜6%で使用するのが適当である。少ないと分散が不十分で、多すぎると六方晶窒化ホウ素膜5の偏析等のムラが生じて、安定した表面処理(成膜)ができないからである。
【0037】
分散剤は、加熱炉7のヒーター3がオンとなり、金属製パイプ2の温度が500℃を超えると、すべて蒸発し、六方晶窒化ホウ素膜5だけが表面に残る。尚、使用される窒化ホウ素粉末の純度は、高温での機能に支障がないように、98%以上であることが好ましい。
【0038】
こうして成膜された六方晶窒化ホウ素膜5は、1000℃以上の高温において化学的に安定であると同時に、膜厚Xが均一であり、線材の表面11とパイプ内壁21の間に立ち、
図2(c)のように凝着Oを抑制し、六方晶窒化ホウ素膜5が成膜された金属製パイプ2を通過する線材1は、線材の表面11に、擦り疵Pを発生することがない。
【0039】
六方晶窒化ホウ素の膜厚Xは、薄すぎると摩耗寿命が十分でない場合があり、0.2μm以上が必要である。また、厚すぎると、六方晶窒化ホウ素5の弾性率が金属製パイプの約2倍ある(390GPa)ことから、表面および界面に応力が発生して剥離を生じる恐れがある。曲げ試験の結果より、最大の膜厚Xは5μm以下とすることで安定した効果を発揮する。
【0040】
図4(a)に、線材1に残存する潤滑剤(カルシウム、ナトリウム、シュウ酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩等)の気化Kにより、それらが金属製パイプ2に付着して、高温で硬い炭化物等の塊Lを形成して、パイプ内壁21に堆積した状態を示す。
【0041】
六方晶窒化ホウ素膜5がない場合、炭化物等の塊Lは、金属製パイプの表面21と反応することで、強く固着しており、この炭化物等の塊Lに線材1が擦られることにより、
図4(c)のように通過した線材12に擦り疵Qを発生する。
【0042】
擦り疵Qを防止するために、金属製パイプ2を炉に取付けたまま炭化物等の塊Lを掻き出すことを試みても、密着性が強いため、取り除くことは容易でない。そのため、金属製パイプ2を定期的に交換することが必要となり、この作業が生産上およびコストの点で大きな負担となっていた。
【0043】
六方晶窒化ホウ素膜5は、高温における安定性が、他の固体潤滑(例えばグラファイト、二硫化モリブデンなど)より優れ、カルシウム、ナトリウム、シュウ酸塩、リン酸塩、ケイ酸塩等、また、これらの炭化物等と1000℃以上でもほとんど反応しない。そのため、
図5(a)の六方晶窒化ホウ素膜上の炭化物等の塊Mと六方晶窒化ホウ素膜5との密着力は化学的なものでなくなり、非常に小さくなる。
【0044】
六方晶窒化ホウ素膜5が金属製パイプ2の上に成膜されていると、残存する潤滑剤の気化Kにより生成する六方晶窒化ホウ素膜上の炭化物等の塊Mの密着力は低下しているので、
図5(b)のように、パイプ端面22から、例えば5kg/cm
2程度の圧力のエアブローNで容易に吹き飛ばされ、六方晶窒化ホウ素膜5の上の炭化物等の塊Mを除去することができる。これにより、金属製パイプを交換することなく、擦れ疵Qを防ぐことができる。
【0045】
六方晶窒化ホウ素膜5が一定以上残存いれば、使用を継続できるので、金属製パイプの交換頻度が低下する。また、六方晶窒化ホウ素膜2が摩耗した後、同一の金属製パイプ2を使用して、再び表面処理を行い、六方晶窒化ホウ素膜5を再成膜することで可能なので、コストダウンも実現する。
【0046】
線材1と六方晶窒化ホウ素膜5の間の摩擦係数は小さいので、摩耗による膜厚Xの減少の速度は小さく、また、前記の適切な膜厚Xの範囲であれば突然剥がれることがなく、摩耗速度は安定している。摩耗による膜厚の減少の速度が分かれば、六方晶窒化ホウ素膜2の残存する膜厚が求まり、六方晶窒化ホウ素膜2が成膜された金属製パイプ2の疵防止の機能の残された寿命が予測可能となり、金属製パイプ2の交換時期も明らかなものとなる。
【0047】
六方晶窒化ホウ素は、非常に電気抵抗が大きく、およそ1×10
16 Ωmといわれている。
図6に、この六方晶窒化ホウ素の高い絶縁性を利用して、線材1と六方晶窒化ホウ素膜5を成膜した金属製パイプ2を繋いで回路6を作り、回路6の電気抵抗の変化を計測し、六方晶窒化ホウ素膜5の残存する膜Zの膜厚Xを求め、膜の余寿命hを予測するシステムの概念図を示す。回路6は、線材1との接点61、金属製パイプ2との接点62、直流電圧63と電流計64からなる。尚、接点62は測定精度を考慮して、
図6のように金属製パイプの複数の箇所に設けることができる。電流値をi、電圧値をeとすると、線材1と六方晶窒化ホウ素膜5を成膜した金属製パイプ2の間の抵抗R、また、その他の回路6の抵抗rとすると
R=e/i−r
と求めることができる。抵抗Rが大きいほど残存する膜Zの膜厚Xが大きく、反対に抵抗Rが小さくなるに従い膜厚Xは減少する。抵抗Rが膜厚Xにほぼ比例することから、熱処理する線材1と熱処理条件に応じた比例係数aを求めて、残存する膜Zの膜厚Xを求めることができる。例えば、Rを「線材1」と「六方晶窒化ホウ素膜5」と「金属製パイプ2」の間の抵抗とし、tを六方晶窒化ホウ素膜5の膜厚Xの値とし、比例係数aを用いて、
t=a・R
から膜厚Xの値としてtを求めることができる。尚、一次式でなくRに関する2次式あるいは多項式等を使用することもできる。
【0048】
凝着による擦り疵P、および炭化物等の塊との擦り疵Qを発生させることのない膜厚Xの限界の値cを実験等から設定し、残存する膜Zの膜厚Xの値tと比較して、膜の減少速度vを用いることで、金属性パイプの余寿命hを予測することができる。すなわち
h=(t−c)/v
のように表される。余寿命hが分かれば、適正な時期に効率的に金属性パイプ2の交換ができる。これにより、従来1回/1年の程度行っていた金属製パイプ2の交換頻度が、大幅に低減させることができる。
【0049】
尚、六方晶窒化ホウ素膜5は、金属製パイプの内壁21だけでなく、金属製パイプ2の外周部を含めた全周であってよい。これは、この六方晶窒化ホウ素膜5が酸化雰囲気中であっても高温で安定であり、熱伝導性も良好であることによる。
【符号の説明】
【0050】
1 線材
2 金属製パイプ
3 ヒーター
4 雰囲気ガスの導入口
5 六方晶窒化ホウ素膜
6 回路
7 連続熱処理炉の加熱炉
11 線材の表面
12 通過した線材
21 金属製パイプの内壁
22 パイプ端面
61 線材との接点
62 金属製パイプとの接点
63 直流電圧
64 電流計
O 凝着
P 凝着による擦り疵
Q 擦り疵
K 残存する潤滑剤の気化
L 炭化物等の塊
M 六方晶窒化ホウ素膜上の炭化物等の塊
N エアブロー
R 抵抗
S パイプの長さ
T 線材の径
U 内径
V 雰囲気ガス
W 進行方向
X 膜厚
Z 残存する膜
a 比例係数
c 限界の値
i 電流値
e 電圧値
h 余寿命
r その他の回路の抵抗
t 膜厚の値
v 摩耗速度